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GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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風の中の牝雞

A Hen in the Wind001

A Hen in the Wind
1948年

小津安二郎 監督
斎藤良輔、小津安二郎 脚本

田中絹代、、、雨宮時子
佐野周二、、、雨宮修一(復員した夫)
村田知英子、、、井田秋子(時子の親友)
笠智衆、、、佐竹和一郎(修一の同僚)
坂本武、、、酒井彦三(大家)
岡村文子、、、曖昧宿の女将


笠智衆が驚くほどの若さ、、、これが一番印象的であった(笑。
芸風は全く不変である(この一貫性、尊敬に値するレベル)。
彼が喋るとこの世であって、この世でない感覚になってゆく。(これが見事に「東京物語」に結実する)。
相変わらずのローアングルは小津映画だという安定感を覚えるが、今回は階段を見上げ見下ろすアングルが加わる。
縁側から望む鳥籠や植木に代わり、街角や大きな工場の隙間に揺れる洗濯物がその役割を果たしていた。

A Hen in the Wind002

昭和23年である。
戦後間もないと謂うより、戦地からの復員をまだまだ首を長くして待っているという時期だ。
国民健康保険の制度もなく、アルバイト仕事の求人があるわけでもなく、母子で家を守る側もさぞ大変であったはず。
ここでも幼い子供が大腸カタルになり、医者に診せたことで、病気は治るが治療費が支払えず、曖昧宿(青線)を一度だけ利用してしまう。後でこのことが日頃から資金援助など助けてくれている親友に知れ、相談しなかったことを責められる。
だが、親友自身も大変な生活をやりくりしており、とても声を掛けられなかった。
どうにもならない事情はいつでも起こるモノだが、その事後処理こそが肝心かも知れない。

そんななか夫が突然、無事に帰還してくる。
物静かで温厚な男である。
良かった、ということで家族三人水入らずの待望の生活が始まるはずが、この奥さんよりによって夫に喋ってはならないことを正直に伝えてしまうのだ。
隠し立てが出来ない性格と言えば、聞こえは良いが墓場まで持ってゆくべき事もあろうに。

A Hen in the Wind004

これもまた、いつも世話を焼いてくれる親友に叱られる。それはそうだ。
夫はその日から苦悩に表情を歪め、怒りを顕わにし妻を遠ざけるようになる。
折角飛んでもなく大変な目に遭いながらも日本に戻って来たのに、恐らく一番聞きたくないことを知らされたわけだ。
しかし妻の身になれば、あの状況にあって我が子の命を救うにあたり、とった行為を誰も責め立てることなど出来まい。
ただ、そのことではなく、何でわざわざその件を夫に告白する必要があるのか。
(宗教上の理由があったわけでもないようだし)。
その影響を考えないのか、、、性分と謂うよりシミュレーションも想像力も働かせないおっちょこちょいなのかも知れない。

恐らく夫が無事に帰って来た家庭であっても、このような悲劇は少なくなかったのだろう。
すんなり万歳、これからは民主主義だ~と明るく楽しい生活が始まるという能天気な家庭はほとんどなかったと思われる。
双方の時間の交差から何らかの蟠りや躓きが生まれても不思議はない。

A Hen in the Wind003

そもそも日本が太平洋戦争~アメリカとの戦争にまんまと引き込まれたのも、情報戦に負けた結果であった。
情報の扱いを誤ると時に命取りとなる。
ここでも4年間待ち続けた夫が帰って来てからの方が、地獄のような耐え難い日々となってしまった。
皮肉である。

後半、修一が時子が行ったという曖昧宿に赴き、そこで働く21の若い女性と草原で弁当を食べながら対話するところで、ホッとする。
追い詰められた妻の行い~置かれた状況を相対化する視点を探ってることに共感出来るところだ。
心情的な大きな蟠りを捨て、全てを受け容れようと模索する姿がやんわりと描かれている。

最後に懇願し縋りつく時子を修一が振り払い、その弾みで彼女が階段を頭から下へと転げ落ちてゆくシーンがある。
これには、度肝を抜かれた。
しかも音と事後の姿でそれを暗示させるのではなく、あからさまにその様を映すのだ。
暴力による大変危険な事故場面である。
何もここまでする必要はなかろうに。あくまでも映画演出上。
(ちょっと畳に突き倒すくらいでは、ダメなのか、、、)。

しかしこれは、敗戦の衝撃とそこからの再生にだぶらせる適切な劇的シーンであったのかも知れない。
これを機に、夫は妻を抱き寄せ、これから夫婦で何があってもお互いを労わり合いしっかりやってゆこうと誓うのだ。
大変、熱の入った感動的シーンかも知れなかった、、、。
過去を振り払い、共に前に向かって突き進もうという力強い。

A Hen in the Wind005

とは言え、今のわたしの感覚では、階段の下でピクリともせず横たわっている妻に対して大丈夫かと声をかけ、漸く気が付いて手摺ににつかまり上がって来た彼女に向かい、ちょっと歩いてみろと命じ、よろよろと壁伝いにビッコを引いてゆく姿を見て、よし、は無いと思う。まず医者に診せないと。頭を打っていたらこの後激変する可能性もある。打ち所が悪ければ命に関わる。
わたしは、以前娘が椅子から落ちた時にすぐに救急車を呼び脳の検査をしっかりしてもらった。
今の感覚では、そうだと思う。

この夫の感覚は、まだ明らかに戦時中である。
まだ、戦後ですらない。
ジャングルの兵隊感覚である。
体よりまず精神先行である。これから日本を立て直してゆくぞと二重写しになるような夫婦の強い誓いであるが、この奥さん大丈夫だろうか、という心配が映画の感動的流れとは別に生じてしまい、終盤かなりの距離感をもって観てしまった。


やはりわたしは、ほぼ彼岸に行ってしまっている(この世とは思えぬ)「東京物語」が一番好きだ。




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