プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
基本的に、日々思うことを綴ってゆきます。悪しからず。
必ずパソコン画面(PCビュー)でご覧ください。


*当サイトはリンクフリーです。

PICKUP
パラサイト 半地下の家族 -2
パラサイト 半地下の家族 -1
ヘンリー・ムーア~彫刻に見る普遍性
911爆破の証拠―専門家は語る 前
9/11:爆破の証拠 - 専門家は語る 後
アポロ 11
シャチ~優しい殺し屋~
ハイヒール
お嬢さん
とうもろこしの島
セールスマン
トラピスト1に寄せて
「労働疎外より人間疎外」によせて
カッシーニ グランドフィナーレ
カッシーニ グランドフィナーレⅡ
シチズンフォー  スノーデンの暴露
スノーデン
レヴェナント: 蘇えりし者
透明な身体性
森羅万象を描く デューラーから柄澤齊へ
ヴィデオドローム2 ~イスラム国 ~アノニマス
見えない重力を描く Ⅱ
美の翳りに寄せて
写真についてーⅡ
午前零時の奇蹟(シュル・レアリスム覚醒の時間)
パーフェクト・デイ ~ルーリード ~ローリー・アンダーソン ~スーザン・ボイル
未来派の画家~ウンベルト・ボッチョーニ
Balthus ~ バルテュス展行ってまいりました。
「ゴールドベルグ変奏曲」 バッハ  ~グールド ~P・オトゥール ~ニーチェ
大昔のスケッチ(詩画集のための試作)
すでに世界は終わっていたのか ~ ヒエロニムス・ボスその1
スヌーズレン002
情報リテラシー  ~華氏911 ~不都合な真実
南伸坊「歴史上の本人」
プラトーン
カレンダー
03 | 2020/04 | 05
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

エンドルフィン

Endorphine.jpg

Endorphine
2015年
カナダ

アンドレ・ターピン監督・脚本

ソフィー・ネリッセ、、、シモン・ディコネック(量子物理学者の少女時代)
マイリーン・マッケイ、、、シモン・ディコネック(量子物理学者の女子大生時代)
リズ・ロイ、、、シモン・ディコネック(量子物理学者の初老時代)
モニア・ショクリ、、、シモンの母


脳内伝達物質のエンドルフィンは、モルヒネを使用した時のような多幸感を齎す。
以前、βエンドルフィン分泌によるランナーズ・ハイなどが話題になっていた時期があった。
何でこの映画、エンドルフィンなのか、、、。

やさしい本泥棒」のヒロインのリーゼル役であったソフィー・ネリッセが主人公の若い頃を演じる。
ちょっと成長した時期をマイリーン・マッケイ。教授になってからの姿をリセ・ロイ。


と言っても、初老の教授の頃と女子大生の頃と少女期が飛び飛びにごちゃ混ぜになって出て来る。
少女期に目の前で母を殺害され、シモンは深いトラウマを負う。
その為か、彼女は時間に拘ったのか。
その時に何も出来なかった自分の無力感が時間意識いや感覚に対する無力感にも同期する。
そして時間とはそもそも何か、を解明したいと願う、、、ようになったみたいだ。

教授の現実~時間についての講義がこの映画の解説にもなっている。
量子力学ベースの時間論となる。ミクロレベルで、粒子は時間的方向性を持たない。
われわれの感じるスケールにおいて立ち現れる時間とは、、、。

様々な説があるが、この先生の説はどのようなものかは今一つ分からないのだが、
昆虫の環界認識との差などを映画のコマ送りを素材にして説明するところで、昆虫の視覚の速度における精度の高さを説いていた。
われわれのスケールでのぼやけた視覚における世界認識というものはある。
そのぼやけ~無知の尺度として生まれた概念が根深く身体化しているところはある。

彼女の講義からは離れるが、全素粒子の相互作用を観る方法がない為、物質と熱(エントロピー)の関係を統計学的に(例えば温度とかで)表現する測りとして時間という概念が生じたという説明はある。
いずれにせよ、われわれが日常感覚では平らな地面~無意識的な基準~の上に生活していて空に浮かぶ天体はこの確かな地面の上空を移動している~日が昇り、沈む~のが極自然な基本感覚である。これに対してわれわれの貼り付いている地面の方が動いているのだと言われても身体感覚では受け入れ難い。その動きも複雑極まりないピアノ曲線を超高速で描いてゆく。
通常のわれわれの時間感覚は、天動説に馴染んだ身体感覚のようなものと謂えるか。
こんなところから、時間について対象化したり思い描いたりすること自体が難しい。
もう久しく前から、光の速度がどの観測者から観ても一定ということから、時間の相対性~時空の歪みは説かれてきたものだが。

もう少しこのシモン先生の時間講義を聴いてみたいものであったが、そこは映画自体で、、、ということか。


もう出だしから尋常ではない時間論の解説なのか、映画の世界そのものの描写なのか判然としない光景が映し出される。
シモンのイメージ、思考、経験、、、物事はこれらをキッパリ割り切れるものではないが、時間のみならず、これらもコラージュの如くに組み込まれて展開する。

こういう映画のように形式を目一杯活用して内容~テーマを表現するものって、どうも解説は難しい。
解説しようなんて元々思ってはいないが(笑。
映画の内容で思想を語るものではないところが難しいのだ。
そのまま体験すればよい?確かにそうなのだが、、、。

要するに変化の体験をわれわれが日常的~マクロのスケールで~把握する尺度として生まれた概念のひとつが時間となろう。
であるから、このような体験を映画で魅せて、この作者の「時間論」いや時間を披露しようと言うものとして、、、
だが、どうも残念なことに、わたしは見終わってどういうものであったかが定かでなくなり、全体をよく思い出せないのだ。
記憶自体がそもそも通常の時間に制約されているため、それを離れた把握が有機的(言語的)にし難い。
別の文法が必要となってくる。

それにどれだけ厳密にある時間論に則し作られているのか。
その辺も何とも言えない。
何でこの映画、エンドルフィンなのか、、、。


そういえば、時間を扱った「グラビティ 繰り返される宇宙」と「万引き家族」の感想を書くことにしていたことを思い出した。
これは、もう鮮度が失われて無理かもしれないが、キャストの記録くらいは残しておきたい気もする。








検索フォーム
ブロとも申請フォーム
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

SF PickUp