プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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VHSテープを巻き戻せ!

REWIND THIS!001

REWIND THIS!
2014年
アメリカ

ジョシュ・ジョンソン監督

最近、観るものがドキュメンタリーに偏っている。
演じモノがとても胃に重く感じられるのだ。
所謂ドラマでも、淡々として流れるものがよい。

ここのところ、毎日欠かさず、「ニック・ケイヴ/20,000デイズ・オン・アース」を観ている。
たまらない魅力。どうしても観たく、いや聴きたくなるのだ。


さて本作は、ひたすらオタクにインタビューする類のもので、観ながら脱力しつつニンマリしてしまったりする。
出てくる人が皆、拘りのコレクターばかりなところもちょっと嬉しい。
わたしも自分のマンションから今の実家に戻る際に、かなりの本数を処分してきたが、それでも2000本は残っている。
セルビデオは当時一本10000円位が相場であったし、そう簡単に捨てられない。
買うときはいつも胸をときめかせていたし、今でもケイトブッシュのシングルビデオクリップ集など煌めくアイテムである。
多少の画質がどうしたというのだ。画面に筋が入ると流石に落ち込むが、気にしてはいられない。
とは言え、セルゲイ・パラジャーノフの「ざくろの色」などの画質は相当キビシイものになっていた。
何が映っているのか判然としない部分もあって、この映画の最大の売りでもある鮮やかな色調もいまひとつのコントラストでうやむやであった。パラジャーノフものは、3つVHSでもっているが、どれもDVDにはなっている。場合によっては買う方向で考えるかも知れない。
だが、VHSのまま放置されたコンテンツも多いと聞く。それらに詳しい彼らマニアには、そのVHSは死んでも手放せない価値である。
それ、よく分かる。

REWIND THIS!002

VHSビデオデッキを残しておく理由は確かに在る。
わたしは、引っ越してきて2台場所の関係もあり捨てたが、頼みのメインデッキが作動しなくなり、修理に出したがすぐにソフトを呑み込んだまま動かなくなってしまったため、また2台中古で購入する羽目になった。何やってんだかである。
当時、TV録画した貴重なコンテンツも多い。もうとっくの昔に亡くなった人のビデオも少なくない。今後どんどんそうしたものは増えてゆくことになる。これらは死守しなければならない。滲んだ画像には何やら霊的な尊厳も加わって有難く見えてしまう。
想い出の自然と重なる絵は鮮明であれば良いというものではないことを感じた。
パソコンのストリーミング画面でしか映像を見たことのないうちの小5の娘たちとはまず、この感覚は共有不可であろう。
(彼女らには、メディアの記録媒体もデータそのものも手元にはないのだ。全てがクラウド管理という中央集権には、恐らく収集マニアは、馴染まないのではないか。彼らは少なからずアナキストで、徹底した個人主義者であることが多い)。

映画ではホームビデオ文化についての解説というかメディア論的授業の教材めいた部分が多い。
この時代をリアルタイムに生きたわたしにとっては自明でありわざわざ聞くことでもないが、知らぬ世代にとっては今現在のメディア環境がここから発展したということが学習できるはず。ただ、VHSデープやデッキ自体を手で触って操作もしてみないと正確には認識できないだろう。勿論、巻き戻しを体験するのは当然のこと。

REWIND THIS!004

ホームビデオ以前と以後は、映像文化にとり別世界とも謂える。
VHSとベータは日本の技術である。
それが世界の大変革を齎した。
どの世帯にもビデオデッキがTVの近くに据え置かれ、まずTV番組が放送時間から解放される。
そのため、番組表に支配されずに時間を自由に使うことが出来るようになった。
好きな番組は何度でも見ることが出来るだけでなく、ディテールをポーズしたり巻き戻したり、スロー再生して確認も可能であった。これは映画のVFXを素人の目で解析するにも役立った。
そこからビデオカメラで手軽に映像を取り込み、ビデオデッキで編集してお手軽インディペンデント映画を作ることに熱中する人もたくさん出てきた(映像と言うものに対して、人はとても主体的に低予算でアウトプットが可能になった革命である)。これと同時に、大手映画会社もそのビデオ販売権利を新たに生まれたビデオコンテンツ会社に売るにとどまらず、自らも映画のビデオコンテンツ部門を作り積極的に映画コンテンツの販売、レンタルを開始する。個人経営のビデオレンタルの店が次々に立ち上がり大変な儲けを手にすることとなる。これまでは番組~シリーズ終了でそれまでであったものが、パッケージされてその後に売り出されることになった(この件を押井守が感慨深げに語っていた)。
更に、ヒトは何も大掛かりな映画をソフト化するばかりが能ではないことに気づく。
最初から低予算でシリーズ量産可能なビデオ映画を手軽に作ればよいではないかというプロが出てくる。
これが日本でいえば「Vシネマ」と呼ばれるコンテンツである。
Vシネマに特化する俳優も生まれてきた。

海外VHSマニアたちが熱く語っていたが、Blu-rayなんぞ短命に終わるだろう。
またVHSが盛り返すのだ、と。
何故なら、まだ多くの人の知らないコンテンツがVHSの中にだけ眠っているのだから。
もしテープの劣化、散逸などでこれらが失われれば、その貴重なコンテンツには二度と触れることはできない。
彼らは今現在もレアコンテンツ収集に奔走し、管理保存に心血を注いでいる。
そう、わたしも頭を痛めているのは、管理~整理である。
こういう収集物の管理・整理術が肝心になってくる。
「VHSテープを巻き戻せ!」であるが、これは管理上、鉄則である。こうしないとテープが痛むのだ。
(VHSメディアを知らない世代は覚えておいて欲しい)。

REWIND THIS!003

まさかこれからVHSが流行ることはあるまいが、貴重なコンテンツが消滅することはなんとかしてもらいたいものだ。
わたしも自分の持っている資源は捨てないことを心掛けたい。
(猛烈な圧力が掛かるが。わたしの場合、鉄人28号フィギュアやLPレコードその他、色々あるので)。







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CRASS:ゼア・イズ・ノー・オーソリティ・バット・ユアセルフ

THERE IS NO AUTHORITY BUT YOURSELF001

CRASS:THERE IS NO AUTHORITY BUT YOURSELF
2006年

アレクサンダー・ウーイ監督

ペニー・ランボー、、、リーダー、ドラム
スティーヴ・イグノラント、、、ヴォーカル、作詞
イヴ・リバティーン、、、ヴォーカル
ジー・ヴァウチャー、、、アートワーク、撮影
ギタリスト、ベーシストは昔のライブビデオで出ていたが、、、


クラスの名前は知っていたが、わたしはパンクにそれ程傾倒しなかったため、そのサウンド(メッセージ)には触れずじまいであった。
バンドの存続期間は、1977年から1984年までである。パンクバンドとしてみれば長いが、多くのパンクとは違い筋金入りである。
このドキュメンタリーを観て、当時から彼らを知っていたなら、かなり救われた部分があったはず。
ホントにそう思った。
パンクは直ぐにひとつのファッションへと絡めとられてしまっていたから、このように最後まで抵抗し続けた骨太の精神があったことを見過ごしていた。

THERE IS NO AUTHORITY BUT YOURSELF002

アナーコ・パンク・バンド~アナキストである。
社会の枠組みから離れて生きることは可能であるとペニー・ランボーは主張する。
「世界の中にありながら世界に属さない」吉福伸逸の言葉を思い起こす。
特に極めつけは、キリスト教批判であろう。
(パンクでよくあったのは格差社会批判どまりであったが)。

ダイヤルハウスというかなり広い庭付きの家で自給自足の共同生活を送る。
どんな思想の人間も分け隔てなく受け容れる。そこはルールは一切なく、相手を思いやる行動の自発性のみで成り立つ。
そもそも、ペニー・ランボーは上流階級の出であるが、スティーヴ・イグノラントは労働者階級である。
イギリスに根深くある関係性をまず解体し、互いを解放した。
スティーヴ・イグノラントは、これまでの人生で自分がこれほど尊重された経験はないと述べている。
(彼はその影響で文学に深くのめり込んで行くが、両親は揃ってそんな馬鹿な真似はよせと言い続けたそうだ。彼はそれを直ぐに歌詞にして痛烈にうたっている)。
彼はお互いに尊敬の念で結ばれている同等の関係だと今現在も誇りにしているという。
この出逢いからCRASSという理念が始まったのだ。
社会独特の排他性の対極の実践。
自由に出入りでき、自由に誰とでも対等に語り合える。
宿泊・食事代など一切請求せず、自分のことを語るのが代償。
畑(肥料含む)仕事にも余念がない。
(環境保護やフェミニズムにも深く関与する)。

ライブで大金が入ってもすぐになくなる。
創作費用の他は食費とガソリン代以外、全て寄付してきて手元にはいつも何も残らない。
レコーディングもレーベル運営全て自分たちで行う。アルバムデザイン・ロゴ・撮影まで。
DIY精神に貫かれたバンド(過激な歌詞の為、どこも仕事を引き受けてくれなかったことが発端)。
余計な金は貯めない。
生活を豊かにするのではなく人生を豊かにすることが目的。
理念はブレない、、、。

THERE IS NO AUTHORITY BUT YOURSELF003

流石に歌詞は優れている。同時期のパンクバンドよりことばが絞り込まれていてストレートに響く。
妙な曖昧さがない。彼らに曖昧さがない為だ。
イヴ・リバティーンのヴォーカルはまた呪術性を感じるもので、このバンドのサウンドを重厚にしている。
政治的な直接行動は歌詞に劣らずかなり刺激的でお茶目なメディア戦術もとっていたが、、、
フォークランド紛争において、レーガン大統領とサッチャー首相の演説を、会話形式に繋ぎ合わせまことしやかな形で巷に拡散させた件は、もうその道のプロである。まだ、携帯とかSNSなどない時代である。KGBが作ったテープだと噂され、危険な輩だと警戒されたうえに、何と本家KGBからスカウトも来たという。逆に危ないではないか。当人たちはそこまで本気に受け取られるとは想定していなかったようだが。

更に街での政治活動も建物に直接ペンキなどを使うことはせず、ポスターにメッセージを書いていったそうだ。
戦争を行うのではなく、戦争と戦え、、、ポスターの書き換えというのも鋭いメディア戦術だ。
しかも過激ななかに分別を持って行動をしている。

ジー・ヴァウチャーのアートワークは、相当なレベルのものだ。
つまりそんじょそこらのパンクとは一線を画する芸術性ももってしまっていた。
ロゴマークについては、ペニー・ランボーも大絶賛である。
確かに洗練されていて無駄がない。
彼らが確固たる思想と行動理念を持っていたことが形に現れている。

THERE IS NO AUTHORITY BUT YOURSELF004

ダイヤルハウスの敷地が大企業に狙われるが、死守している。
このような貴重な場を失いたくない。

しかし影響力が非常に大きくなり偶像化されることで、人々に依存されるようになってきた。
自分たちは人々の解放を狙って活動を起こしてきたのに、われわれを指針として生きようとする人が出てきた。
いつしか、望まれる偶像として役を演じる自分に気づき、活動から身を引く流れとなった。
そう、当事者が自分が自分でなくなるのだ。
これは実に怖いことであり、そう言うものだと思う。
こういう人々を根底から揺るがす強烈なメッセージを放つアーティストは、長く誠実に活動をすることはとても難しい。

最近、またCRASSのグッズが大企業から彼らに何のことわりもなく販売され売れまくっているらしい。
スティーヴ・イグノラントが怒っていた。
ベッカムが俺たちのロゴの入ったTシャツを着てやがる。
大企業は何でも金にしてしまう。
商品として絡めとって行く。
(かつてパンクはことごとくそれにやられた)。


難しい問題である。






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エスケープ フロムL.A.

Escape From LA001

Escape From L.A.
1996年
アメリカ


ジョン・カーペンター監督・脚本
デブラ・ヒル、カート・ラッセル脚本

カート・ラッセル 、、、スネーク・プリスキン
ステイシー・キーチ 、、、マロイ
スティーヴ・ブシェミ 、、、エディ
ピーター・フォンダ 、、、パイプライン
ジョージ・コラフェイス 、、、クレボ・ジョーンズ
ブルース・キャンベル 、、、ビバリーヒルズの外科医
ヴァレリア・ゴリノ 、、、タスリマ
パム・グリア 、、、ハーシー
A・J・ランガー 、、、ユートピア(大統領の娘)
クリフ・ロバートソン 、、、大統領


BS録画で観た。ジョン・カーペンターだから観てみようかという乗りである。

「ニューヨーク1997」(姉妹作)は観たような気もするが、これと言った印象がない。
だが、本作を見たら物凄い既視感があったので、どこかで観ている気はする(怪しいが)。
内容的には、至って単純。主人公は撃たれない(雨霰状態でも弾が当たらない)。
だが、噺の展開は伏線も含めよく出来ている。最後には成程、と唸った(笑。
VFXも単にリアルにではなく、独特の禍々しいキッチュ感もあり、アメコミ風な質感で統一していた。
絵はかなり凝っていたと謂える。
上質なエンターテイメント作品には違いない。

2013年の近未来と来た。もうとっくに追い越しているが、「2001スペースオデッセイ」はいまだに輝かしい作品として価値は色褪せない。2013をどう描き出しているかだ。
何だか知らぬが島と化したロサンゼルス島は、所謂政治犯を収容するそれ自体が監獄のような場となっていた。
それに対するアメリカは飛んでもない規制の敷かれた人権も何もない警察国家みたいなものとなっている。
つまり、それだけ見れば絶対ロサンゼルス島の方が住みよいはずなのだが、こっちも何やらマフィアの巣窟みたいになってしまっている。形だけは、チェ・ゲバラみたいな風貌のボスが革命と解放を叫んでいるが、やっていることはマフィアよりも酷い。配下の者~奴隷か?に殺し合いをさせてみんなで喜んでいるなどいつの時代だ。ただのテロリストか。
アメリカ大統領も空爆で皆殺しだとか、自分の娘(名前がユートピア)を電気椅子で処刑だとか、もう尋常ではない狂態を呈しているし。
どこから見てもどちらも酷い。

Escape From LA004

タスリマがこのロサンゼルスを、ここも捨てたもんじゃない、向こうは監獄だけどここには自由があって気に入ってるわ。とスネークに語った瞬間、韓国マフィアに突然狙撃されて死んでしまう。ここだけ妙にハードボイルドであったが、まさに象徴的であった。
法でがんじがらめにして統制されては生が抑圧され干乾びてしまうが、自己中心的な自由が行くところまで行ってしまえば、こんなことも充分起こり得るのだ。
どちらも暴力の支配である。

しかし荒唐無稽で盲目的な暴力を地で行く国が実際あるのだから、この映画の世界ばかりが突飛なわけではない。
陰惨で殺伐としてどこかコミカルですらあるB級映画感がそのままの国や地域が存在するというのが凄いものだ。
実際、彼ら本物のギャングたちは、ハリウッド映画を観て殺し方とかファッション、立ち振る舞いなどを真似ているのだ。
映画の世界と現実は接続し混じり合って行く。
この2013も実際のどこかの場所とパラレルに存在していてもおかしくない。

Escape From LA003

SF的ガジェットや兵器もちょっと面白いものである。
人工衛星から特定の場所の全てのエネルギーを無効化させるシステムなどなかなかのものだ。
ユーモラスでコミカルなところも少なくない。
アメリカ政府にゲバラ似のボスが犯行声明をTV放送している画面の端で、捕らえられたスネークがウォーキングマシンでせっせと歩かされているのって、この映画、何を意図しているのかよく分からなくなる。
一番極めつけなのは、パイプラインと足を怪我しているはずのスネークがビルの谷間から激しい大波に乗ってサーフィンを始めると丁度そこにオープンカーで逃げてきたエディの脇に並んで進み、ボードから車に飛び移るところなど何なんだ、である。とっても面白いシーンであった。
スネークがアメリカ政府の手先として動かざるを得ない形にされた神経破壊ウイルスも、実際にあっても不思議に思えぬが、ここでは単なる風邪ウイルスであったというのも、コミカルなオチというのもほどがある。あれだけニヒルなスーパーヒーローで、しょっちゅう残り時間をタイマーで確認しながら任務を遂行していたのにで、ある。
そう絵にかいたようなヒーローであったが、バスケ、サーフィン、ハングライダー、ジョーズ風の潜水艇、ユニバーサルスタジオも海中に沈んでいたし、ロスだなーというところもしっかり魅せる。ハングライダーでの奇襲には笑えたが。

Escape From LA002

サービス精神で映画を作るとこうなるという見本みたいな映画か。
やはりこういう映画もたまに見たくなるものだ。

最後の締めがカッコよかった。結局スネークは政府から提供されたガジェットを実に上手く使いこなしたわけである。
ホログラフで最初の頃は散々やられてきたが、最後に決定的にホログラムでやり返し打ち負かすところは、こちらの胸がすくところだ。
しかし世界中のエネルギーを無効化してしまい、人類は生き残れるのか、はなはだ疑問ではある。
国で禁じられているたばこを拾い武器と一緒に渡されたマッチをすって美味そうにくゆらせている満足げな表情を見ると、これはハッピーエンドなのかと思う。







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ニック・ケイヴ/20,000デイズ・オン・アース

20,000 Days on Earth004

20,000 Days on Earth
イギリス
2015年

イアン・フォーサイス, ジェーン・ポラード監督
イアン・フォーサイス, ジェーン・ポラード、ニック・ケイヴ脚本

ニック・ケイヴ
ウォーレン・エリス
カイリー・ミノーグ
ブリクサ・バーゲルト(アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン)
ザ・バッド・シーズ


ニック・ケイヴは、20世紀の終わりに人間であることをやめた。
わたしもやめた。
ちょうどいい。
彼の場合は、曲~ロックによって現実とも幻想とも呼べない狭間を生きる存在となること、であるか。
その曲は飼いならされたところで死ぬ。
”Ghosteen”近作のそれは美しいこと、、、。瑞々しく開かれた静寂に優しく包み込まれる、、、。

荒涼とした風景や機材ばかりではない調度の趣味の良い室内が妙に美しい。
絵も流れも実に綺麗に撮られている(白日夢的)ドキュメンタリー。
わたしは特にニック・ケイヴをよく聴いたわけでもファンでもないが、気になる存在としてはずっとあった。
彼の影響を受けた(わたしの気になる)ミュージシャンは多い(いまや伝説のアーティストの域か)。

20,000 Days on Earth001

このなかから、特に(妙に)気になった部分をあげておきたい。

失って一番恐ろしいことは、「記憶」だという。
確かに。
そしてその記憶の編集が作品の源となろう。
記録保管所って何だ。

彼にとって「ロリータ」第1章を読んでくれた父の記憶~存在がとても大きいことが分かった。
父とは、物言わぬ目撃者。彼の精神において父の想いは決定的な部分を占める。
そっとライブを見に来ていて、「お前は天使のようだった」とボソッと語ったという、、、恐らく今の彼を創った言葉か。
ことばとは、そういうものだ。そして彼はことさら、ことばに拘る。当然だ。当然のことだ。

20,000 Days on Earth003

自分の世界を離れる時、現実に戸惑う。
この感覚物凄く分かる。
わたしの場合、恐怖と不安にも苛まれる。

曲作りでは対位法が何より肝心であると。
和声より対位法というのは納得。

ノリが良く冗談も言うが後で後悔するところが良い。
気分が削がれちまった、とかいって。

ウォーレン・エリスが鰻と海藻のサラダ?を作ってニックに御馳走として出したが、彼はこっちに置くよと脇に置いたきりで芸術論などをずっと交わしていたが、あれは結局、食べたのか?旨いのかどうか気になった。

彼の運転する車の中での盟友との対話のシーンが幻想的で素敵だ。
かなり突っ込んだ話である。
実際は、彼の脳裏でのダイアローグなのだろう。とても感慨深い噺を噛みしめていた。
カイリー・ミノーグだけ助手席ではなく、後部座席に座って話していた。カイリーの話は内容的には砕けていたのだが。
(物凄く紳士的な人なのか)。

20,000 Days on Earth002

ニーナ・シモンのライブとは、どれほどのものだったのか興味が湧く。
ニック・ケイヴが何度も繰り返して友に話すくらいのステージだ。
要チェックである。

終わり13分前くらいからが、すこぶるカッコよい。
圧倒的に痺れる。メッセージ性も極めて強く、メモを取りたくなった。
こんなかたちで絞めてくるとは、にくい。
これはルー・リード並みのライブではないか、、、。
そうニック・ケイヴは、詩人としてルー・リードにとても近く感じる。

観終わってみると、とても精緻に練られた(編集された)ドキュメンタリー形式のニック・ケイヴ脳内映像のように思えてきた。
創造的で気品のある作品であった。



ベルリン・天使の詩」で(ザ・バッド・シーズと共に)本人役でライブをやっていたが、これもまた観たくなった。




これは字幕版の方が良い。


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聖者たちの食卓

Himself He Cooks006

Himself He Cooks
ベルギー
2012年

バレリー・バートー、フィリップ・ウィチュス監督、脚本、製作、撮影


シク教総本山にあたるハリマンディル・サーヒブでの毎日10万人を対象とする無償の炊き出しの光景~ドキュメンタリー。
無私の奉仕活動を続けるシク教徒の調理、給仕、食事後の片づけ、皿洗いの様子がダイナミックに描写される。
準備に入る際の堆く積まれた食材の入ったドラム缶や薪やコンロや大きな鉄板や人がスッポリ入るくらいの鍋(実際、洗うときには人が入っていた)に圧倒される。
時折映し出されるシュールな水面の表情が美しい。

Himself He Cooks003

ナレーションも音楽も無く、ただひたすら巨大な鍋で豆カレーを作り、鉄板でナンを焼き、軽業みたいにひっくり返す。
ズラッと並んで座る老若男女の銀色の皿に、それは美味しそうなカレーとナンをシク教徒がポンポンと配って行く。
それからカップに水もたっぷりこぼしながら注ぐ。
めいめいに好き勝手に食べ、お代わりも要求できる(しかし残してはならない。当然だ!)。
男が一枚だけでは足りないらしくもう一枚要求するが、気前よく2枚渡す。
ナンの焼き方も本場ならではの手際の良さ。そりゃ、10万食である。ドンドン量産しなければ追いつかない。
最後のクレジットを見て驚くが、これが500年も続いているそうだ。
圧巻。というか眩暈がする。

Himself He Cooks005

沢山の人々が黙々とインド料理をお腹いっぱい食べている光景には見ていて恍惚となる。
そして見ているうちに、自然とこちらもカレーが食べたくなる。
間違っても、カレーライスではない。ナンにカレーをつけて食べるのだ。これを見たならナンしかない!
子供が三種類のカレーをナンに同時につけて美味しそうにほおばっていた。これなのだ。
これをやる。今夜。

Himself He Cooks002

誰が誰の隣に座ろうと、これも勝手なようだ。
カースト制度など、ここで考える問題ではないらしい。
主に巡礼者や旅行者に対する食事の無償提供事業であるため、宗教、人種、性別、年齢、階級、職業は全く問わないという。
(基本的に、食事の施しを受ける場であるから、自ずと来る階層は決まってくるだろうが)。
それから仕来りであるが、この黄金寺院~ハリマンディル・サーヒブに入るときには、手を洗い、靴を預け、足を清めることになっている。国では誰もが知っているルールなので滞りなく進んでいるが、それを知らない外国人にも立て札に英語表記があって安心した。
面白いのは、預かった靴をこれまたボランティアで磨いてくれていた。
至り尽くせりではないか。

Himself He Cooks004

フィリップ・ウィチュスは料理人であり料理評論家としても有名とのこと。
調理風景を撮らせればそりゃ上手いはず。

こういう奉仕活動を続けているのは、ここしかないという。


ここに行って一度、彼らの中に並んで座り、カレーを食べてみたい。
そんな気にもさせる映像。

これって、ベルギー映画なの?!
もう一度見てみたくなる映画だ。






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残穢

zanne001.jpg

2016年

中村義洋 監督
鈴木謙一 脚本
小野不由美 『残穢』原作

竹内結子、、、私(作家)
橋本愛、、、久保さん(建築デザイナー学生)
滝藤賢一、、、直人(「私」の夫、作家)
佐々木蔵之介、、、平岡芳明(怪奇作家)
坂口健太郎、、、三澤徹夫(心霊マニア)
山下容莉枝、、、田村さん(「私」担当の編集者)


小野不由美は好きな作家だ。この本は未読だが、読み応えのある作家であり、機会があればこれも読んでみたい。
確かに「残穢」だ。
とても精緻に描かれてゆき、よく出来た御話だと思って見ていたのだが、最後の最後の締めがどうなのか、、、
周辺的な関係者からまた徐々に災い(呪い)が主人公らに迫って行く兆しを見せて終わりか、、、。原作は実際どうなのか。
このエンディングがちょっと即物的で中途半端感が強い(今一つはっきりしないのだ)。

マンションの一室で畳を掃くような音が聞こえる、というところから、既に何処かで聴いていた話や自分が読者から寄せられた体験談をもとに書いた話などが次々にひとつの場所に繋がってゆき悲惨で禍々しい出来事の本質が掘り起こされてゆく展開は見事であった。
しかもそれは明かされることで解決をみるといったものではなく、穢れは浄化されたりはせず、その絶対的な重みは残存し続けそれに無暗に触れてしまった者に災いを齎す。何一つ事態は変わっていない。
ただ、把握しきれない広がりと深みをもつ穢れの全容に迫れるところまで迫りそれを総括する構造図を描きかけたところで、それを完成させる意味~意義を主人公たちは失い、これまでの生活に戻って行くというところなど説得力を感じる。
「自分が一体何を追い求めていたのか分からなくなりました」という久保さんの言うことは、そこまで観てきたこちらにも共感できる。
(但し終わり方がどうも落ち着かない。続編が用意されているというならそれもよいが、、、そこまでのイメージともそぐわないし)。
これまでに見たホラーの中では出色の出来に思える。
原作がかなりのものなのだ。

zanne002.jpg

やたらと出しゃばって情報提供してくる平岡芳明の謂うように、それについて見たり語ったり聴いたりすることですでに呪われるというのなら、もう主人公たちの運命は決まっているも同じであろう。
どんなところでも生存出来る逞しさとは、あの久保さんの住んでいたアパートの主婦たちのような人種以外にいまい。

何かを感知してしまった人はそこを逃げてゆくしかないが、それに気づいてしまっていることで、それは憑いているのだ。
知るとは本来そういうものであろう。
そして謎の自殺や心中や事故によって死ぬ。
主人公たちが地道に調べてゆく過程で、陰惨な出来事は悲惨な死亡事故などに必ず帰結していた。資料に出くわすたびにそれを齎した穢れに慄くことになる。
(その資料の古新聞や写真、掛軸や過去帳なども上手く活かされている)。
穢れの深みと広がりは際限のない様相を呈して行く。

zanne003.jpg

このまま広がり続け、繋がりからその起源を見出した者まで、殺してしまうのかどうか、、、。
それでは、自分たちが永久に浮かばれまい。
だがそうしたベクトルを有するもの~場なのかどうか、そこが判然としない(わたしには)。
やはり続編を観たいものだ。
(というより原作はどうなっているのか。ちょっと気になる)。


キャストは良かった。
力任せの演出でびっくりさせることしかないホラーとは根本的に違う怖さを魅せる良作であった。






オマールの壁

Omar003.png

Omar
2013年

ハニ・アブ・アサド監督・脚本・製作


アダム・バクリ、、、オマール(パン屋)
サメール・ビシャラット、、、アムジャド(オマールの幼馴染)
ワリード・ズエイター、、、ラミ(イスラエル捜査官)
リーム・リューバニ、、、ナディア(タレクの妹、学生、オマールの恋人)
エヤド・ホーラーニ、、、タレク(オマールの幼馴染)


ハニ・アブ・アサド監督の「パラダイス・ナウ」の次の作品だ。
テーマ性は同一面にあるが、切る角度が異なり、サイードの父の立場を鮮烈に描写するもの。
何と言うか扱うテーマは変わらぬのだが、映画としてのエンターテイメント性が飛躍した感がある。
ハリウッドでも意識したか。
上手い、という感じの映画に仕上がっている。
内容にも関わらず、とても面白く観てしまった。

パレスチナ自治区の様子が少しばかり窺えた。
オマールがしょっちゅう軽々と登り降りしていた巨大な高い壁であるが、あれは自治区の外縁として聳えているわけではないらしく、自治区の中をイスラエルが何らかの政治的な意図で区切っている壁のようだ。
壁の向うに降りてもお仲間が住んでいる。実際オマールは、お隣の家に行くような感じで壁を(実際、命がけで)乗り越え、幼馴染と恋人に逢いに行くのだ。よく登っている最中に秘密警察に撃たれないものだと、はらはらするが。

まさに「オマールの壁」だ。
彼専用の彼だけの濃い意味のある壁だ。
(橋であろうと、坂道だろうと、空き地であろうと、月であってもそれぞれ人によって特有の価値をもつ)。

彼は高所での身のこなしがとても軽い。運動神経のよいパン作りの技ももった真面目な好青年である。
そこを降りると仲間と襲撃に備えて狙撃訓練をし、タレクの妹ナディアと手紙を交わし愛を育む。
ワクワクするひとつの親和的な共同体に憩う事が出来る。
だが、勿論その時間に留まり続けることは出来ない。
ほんの束の間の猶予期間のようなものに過ぎないことは承知の上だ。
誰もがそれを心得ている。
彼など、ここに生まれなければ明るい将来が約束されていたであろう青年だ。
(何処に生まれる、どういう親の元に育てられる、これが大変大きな意味を持ち、人の運命を決定することは避けられない)。

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ここには前提がある。
抵抗と解放の為、命を賭して闘うこと。
占領とは死に等しい。
生まれた時から宿命を背負う。
そして極めて危うい疑心暗鬼の世界で生き延びてゆかなければならない。
面倒を見てやっている幼馴染アムジャドが「サルの捕まえ方」の話をし始めた時に、待ち伏せのカフェが秘密警察に急襲され、オマールは捕らえられ、しかも彼は一発も撃ち返さなかったと仲間組織の人間に広められている。この裏切りの濡れ衣を着せたのは誰か。その場に一緒にいた男以外にいまい。

そして彼に最悪の魔の手が忍び寄る。
イスラエルの捜査官ラミにまさに嵌められる。
秘密警察に連行され拷問を受けても自白はしなかったが、ナディアの命を盾に脅されたら従うしかない。
しかし何故これほど彼のこと、仲間の情報の詳細を捜査官とは言え押さえているのか。
すでに彼の仲間のうちの誰かが密告者であるのだ。
オマールは中途半端な立場を保ちつつ上手く切り抜けながら密告者をあげようとするが、彼自身が裏切者扱いをされ、命の危険に脅かされる。二度も秘密警察に捕らえられ拷問で痛めつけられる。
しかし、彼としてはナディアを守ることが至上命令となってゆく。
だがラミはそこにこそ目をつけ彼を釈放し操ろうとする。
情報操作術では彼の方が数枚上手なのだ(情報操作に巧みな者が闘いを有利に運ぶのは言うまでもない)。
それに加え、彼らはテクノロジーも駆使する(絶対に外せない通信機など)。

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結局、オマールは親友や恋人との関係をズタズタにされる。
ラミの流したナディアとアムジャドとの間に子供が出来たという嘘を巧みに信じさせることで、タレクは死に自分は最愛の恋人を諦め貯めた金を全てアムジャド~裏切者に渡して身を引き、何よりナディアを裏切ることとなってしまった(ナディアは疑いはしたがオマールを愛し続けていた)。
ラミは再びオマールに目を付けたパレスチア過激派組織を潰すために情報提供を彼に催促してくる。
銃をくれれば、自分の問題を片付けそれに協力すると彼を呼び出し、「サルの捕まえ方を知っているか」と声をかけ試し撃ちをする為に手渡された銃で復讐を遂げる。と同時に無音のエンドロールへ。


奸計に嵌められどうにもならないというようなことは、日常においてもある。
わたしも、何故だか知らぬがそうした事態に陥っていた(絡めとられていた)経験がある。
如何なる悪意がどのように介在・作用したのか、未だに真相を突き止めようなどと思っていない為、有耶無耶なままだが。
(実際のところ犯人の当たりは付けてはいるが、、、取り敢えずは昔のことだ)。
情報を操作してターゲットを追い込もうという輩は何処にでもいる。パレスチナではそれが生死に直結してしまうが。






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パラダイス・ナウ

Paradise Now

Paradise Now
フランス、ドイツ、オランダ、パレスチナ
2007年

ハニ・アブ・アサド監督・脚本
ベロ・ベイアー製作・脚本
アントワーヌ・エベルレ撮影

カイス・ナシェフ 、、、サイード
アリ・スリマン 、、、ハーレド
ルブナ・アザバル 、、、スーハ
アメル・レヘル 、、、ジャマール
ヒアム・アッバス 、、、サイードの母
アシュラフ・バルフム 、、、アブ・カレム


ハニ・アブ・アサドはパレスチナ人で製作者にはイスラエル人もいるということが救いか。
この終わりなき闘いが別の形をとる可能性のひとつが窺える。

イスラエルに自爆攻撃で一矢報いるパレスチナの若者二人を追う。
この立場に置かれた者の、彼らの内面が余りにリアルに緊迫した映像。
サイードやハーレドは希望のない不遇の日々を送る幼馴染の青年だ。
そこに、海外で教育を受けた地元で英雄と称えられる父をもつ上流階級の娘スーハが絡む。

ジャマールのような組織交渉人や幹部のアブ・カレムが言葉巧みにサイードやハーレドのような青年を乗せてゆく。
彼らは日々の生活環境の中で自然に洗脳されているのだろう。そこへ組織が付け込み自爆攻撃の駒に彼らを手際よく仕立てあげてしまう。
テルアビブの自爆攻撃の実行者に選ばれたことを名誉に思い、おれたちは直ぐに英雄になれる。天国が待っている。とは言ってみるが、、、

いくら自分の置かれた現実が過酷で無残なものであるにせよ、、、。
イスラエルの仕打ちがどれだけ酷く、武力では圧倒的に不利とは言え、、、。
そして同輩たちが組織の使命を受けて殉教者として潔く死んでゆくのを見て来たとしても、、、。
神の思し召しなら、、、次は俺たちの番だ、と颯爽と出掛けてはみたが、僅かな手違い、アクシデントが全てを軋ませる。

ここにスーハの双方を相対化する視座が加わる。
暴力に対する暴力ではなく、別な形の解決法の可能性を示唆する。
最後は「死ねば天国に行ける」「そんなものは頭の中にしかない」「占領されて生きるより、頭の中の天国の方がマシだ」
ここまで追い詰められているのか。
しかし自分の死がこの関係を終わらせることに繋がるのか?
殉教ではなくこれが単なる復讐に過ぎないのなら、この連鎖は止むことがないだろう。
自分のしようとしていることが正当化出来なくなって迷い始める。

死を目前にして、殉教者としての声明文(お仕着せの定型文)を切々と読み上げている彼らに対しての幹部たちの当事者意識の微塵もない自堕落な態度。
結局、彼らのビデオ~尊厳などどうでもよく、2人はただの捨て駒に過ぎないことが、彼ら自身にも分って来る。
しかも街では殉教者(自爆兵士)と密告者として処刑される者のビデオを高値で売買してる業者もいる。
ここは、一体どうなっているのか。
サイードは大いに迷う。一方何の疑問もなくパレスチナのパラダイムに浸ってきたハーレドの方が、サイードの迷いとスーハの理論に揺り動かされ、自爆戦士を降りることに決め、サイードと共に家に戻ろうとする。

だが、サイードの内面はもっと複雑であった。
彼の父は善良だったが、弱さから密告者として処刑されてしまった。
その屈辱は払拭出来るものではなかったのだろう。
結局占領は死と同じ。であれば、何らかの衝撃を相手に与えて死ぬ意味はあるというものか。
しかし相手はそれをどう受け取るか。やはり復讐は復讐しか生むまい。
サイードが自ら謂うように「加害者が被害者を名乗る」相対的な関係でしかないのだ。
だから終わらない。

そして、こんな関係の外で極普通に生きている人間たちがいるのだ。
外にはそうした人間が。スーハの見て来た世界を彼も実感する。
そこで、ハーレドのように戻ることを彼はしなかった。

もはや相手に対する憎しみや恨みではなく、この宿命に対する復讐に向ったのだ。
サイードの自らの現実に対する絶望が全てに勝ってしまったのかも知れない。
サイードは最初の意識とは異なる次元で実行する。




世界は何故これほどまでの苦痛と悲しみにに充ち充ちているのか、、、。







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多肉植物の大移動

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外の棚で野放図に暴れ放題延び拡がった大量の多肉植物を一日で剪定?して室内に運び入れた。
未曾有の台風のせいである。
これは、想像以上に大変な作業(準備)だった。


鉢から1メートルもはみ出て好き勝手にアクロバティックな運動をしているところは、やんちゃな亀と何ら変わらない。
うちは、娘も含め、みんな一緒ではないか、、、。
それでわたしがこんなに疲れるのだ。そうなんだ?

実際、多肉はしっかり世話をしたのは、半年前でそれ以来ほっぽっていた為にこうなったのだろう。
亀も水取り換えをサボった翌日に出て行ってしまったのだし、、、。
やはりやることをしっかりやっていないとツケがまわるものなのか。
余りに素直に形となって表れているのに、呆気にとられる(笑。

ただ、その姿が何とも言えず面白い形で、これはこれで良い気がしてくる。
ちょっとした偶然でも、なかなか生まれそうもない形もあるし。
しかも 中には元の形ではなく、もしかしたら改良前の世代の形に戻ってしまったのかと思えるような、違うフィギュアになっているのもある。
日照や気温の関係でサボテンも形はかなり変形するものだが、、、。
(判り易いところで、玉サボテンが徒長して柱サボテンになってしまったり)。

しかし多肉は放っておく方が面白い結果を生むのかも知れない。
(亀は気を付けてみていかないと危ないが)。
まさに多様性の妙であろう。
とは思ってはみたが、暴れ多肉を室内に並べるにはやはりスペースを取り過ぎて無理がある。
棚から取り出すにも、知恵の輪みたいにこんがらがって、かなりの困難があった。
パラパラとそこでも葉っぱが散乱する羽目に、、、。
余りにだれもが野生的で自由な人々なため室内に全て収まりそうもないので、鉢からはみ出た部分は切断することにした。
面白味は減るがまた直ぐに伸びるし。

以前みたいに、切り取った部分をまた別の鉢などに活けると、本家を凌ぐ勢いでまたデカく育ってしまう。
数も増える。
それでこんなに沢山になってしまっているのだ。
厳選して育てていたはずなのに、80鉢を越えていた。
まさにいつの間に、という感じ。
最初は25鉢くらいで維持していたのに。
(マンションで一人住まいの頃は、かるく150鉢以上あった。それで苦労する羽目になったので少数精鋭の体制にしたのだが)。

ということで、大きなゴミ袋パンパンになるほど切れ端を処分して、数は増やさないことにした。
大人しくなった多肉はどれもちょっと上品に見える(爆。
かなり初々しいのもいる。
暫くは室内で鑑賞しよう。


さて戸締りもきちんとして、(みんなで)明日に備えよう。



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亀が治ってきた

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毎日、娘たちではなく、わたしがせっせとイソジン塗りと水替えに水温管理を行っているせいか、亀の白い部分がかなり小さくなってきた(祝。
未だに後ろ足の付け根とかは、塗らせないように抵抗している。
前回の記事で書かなかったのだが、足の白い部分が消えて来て良く分かったのだが右足の小指に当たる爪の部分が無くなっているのだ。
恐らく、縁側に置いた水槽から抜け出る際に、上に乗せた格子状の覆いの何処かに爪をひっかかり、それを無理に体重をかけて引き抜こうとした時か、下に落下してお隣に向けあるいてゆく過程で、何らかの障害物に足を取られるなどしたか、、、。

かなりのサバイバル体験を経てきていることが分かる。
それでも囲いの外に果敢に出ようとするその意志は、本能的なものだろう。

ともかく、かなり白カビが目立たなくなってきたので、大きな水槽二つでの管理は大変な為、今日から一つの水槽に亀島ふたつにヒーターふたつ、亀ライトひとつ、の体制に戻すことにした。

するとこれまで、ずっと(恐らく彼らは生れた時から)一緒に育って来たにも拘らず、何やら様子が変なのだ。
暫く、個別に暮らしていたからなのか、凄くバタバタして牽制し合ったり、片方が追うと大変な勢いで逃げ惑ったり、一体どうなっているのか、というかんじなのだ。
ずっと、バタバタし通し。

これで夜中に見に行ってまだやっていたら、別々にした方がよいかな、、、と考えている。
ストレスが溜まったらまずい。
まさか、暫くぶりに逢ったので、歓びの表現でやっているのか、、、。
何時間か後で、前のように落ち着いていたら、このまま行くつもりだ。

わたしとしては二水槽はキツイ。
娘たちは最初の頃は、面白がってイソジン塗りに興じていたが、ここのところ何かと理由をつけて、仕事をこちらに押し付けてくるのだ。
まったく、、、。


そもそも亀は娘の情操教育の為に買ってきたのだ。
やはり明日から彼女らに世話をさせよう。
こちらも手伝うが、、、。



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草原の実験

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Испытание  Test
2014年
ロシア

アレクサンドル・コット監督・脚本
アレクセイ・アイギ音楽
レバン・カパナーゼ撮影

エレーナ・アン
ダニーラ・ラッソマーヒン
カリーム・パカチャコーフ
ナリンマン・ベクブラートフ・アレシェフ


無言劇である。だが、美しく広大な自然に音楽もあり、画面~世界は饒舌である。
わたしはただ、無心に観ていればよいのだ。身を任せるように。
観終わってみて、映画が全部こうだったら良いのに、と思った。


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牧歌的にどこまでも拡がる長閑な緑の平原であった。
父と彼に余り似ていない美しい娘が二人していつもの毎日を送っている。
父をトラックに乗せて(14歳の)彼女が運転し、二股に道の別れるところまで父を送る。するとそこで娘はトラックを降り、後は父一人で仕事場まで向ってゆく。
少女が一人歩き始めると、丁度その時を待っていたかのように、地元の少年が現れ彼女を馬に乗せて家まで送る。
家に着くと彼女は井戸の水を彼に振舞う。それをゴクゴク飲み残りを岩に向け打ちかけると水がサーっと乾いてゆく。(爽やかさの演出か?)そしてかれは颯爽と帰って行く。

少女は独りの時間を愉しむ。家でスクラップブックを眺めたり、、、思うが儘の生活を緩やかに送る。

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父は飛行機のパイロットに憧れる男であったようだ。
一度、2人の(軍関係者のような)男が、家まで飛行機でやって来て、父に飛行機を操縦させてくれたことがあった。
父は大喜びであった。

父想いの娘は父が疲れて帰って来ると、足を洗い靴下を履かせる。
ソファーに座り柱に寄り掛かったまま居眠りを始めると、柱と頭部の間にクッションを挟む。
ともかく、細やかな気の配れる優しい娘である。

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だが時折大人の怪しげで魅惑的な表情も垣間見せる。
あくまで無意識であろうが。
そういう年頃でもあるのだ、、、。

彼女の写真を撮り幻灯機で夜に家の壁にそれを映して見せる、ロシア?の少年。
彼女をいつも颯爽と迎えにきては水を爽やかに飲んで帰って行く地元の少年。
二人が偶然鉢合わせ、彼女を巡り取っ組み合う。
それを家の窓から眺める少女。

何とも原初的な光景だ。
とても生々しい恋愛の姿だ。
彼女は2人に同時に水をかける。

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父の体調が思わしくなくなり、世界が不穏な不協和音を奏で始める。
この穏やかな草原がピリピリと緊張してゆく。

彼女らの住むこの美しい草原は、、、
カザフスタンのセミパラチンスク核実験場のようだ。
冷戦時、アメリカと核兵器開発で鎬を削っていたソビエト連邦の核実験場であった。現在は独立したカザフスタン共和国の土地である(同時に核実験は廃止される)。
当時、土地一帯が無人であるという間違った認識からその地が実験場として選定されてしまう。
(本当に調べたのかは疑わしいが)。
であるから住民への避難警告など一切なされなかった。
秘密警察の指揮下で実験の為の秘密基地が建設されたそうだが、彼女の父もそこで労働に従事していたのかも知れない。
父は恐らくその仕事中に被爆でもしたのか、病気となり一度は(病院に?)連れて行かれ娘と離れ離れになってしまう。
自力であるとき家に戻って来るが、すぐに亡くなってしまう。

彼女一人で父を葬る。

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不穏な緊張感が一気に高まる。
少女は父の遺品か?僅かな荷物を持って家を出てゆくが、途中でトラックはガス欠で動かなくなる。
自分の家のある広大な草原が高く張り巡らされた有刺鉄線で囲まれていることを知る。
そこが世界の限界~縁のようなのだ。

そこで、歩いて地元の少年の家を訪ねる。
彼女は自分で髪を切り、ショートカットになる。
何か、「ミツバチのささやき」とか「 サクリファイス」を想わせる。そう血縁関係はありそうだ。

少年たちの最後の決闘があり、どうやらロシア少年が彼女を得たらしい。
ふたりの結ばれたことが、彼らの吊るされた洗濯物が風に靡く姿で象徴される。
何と上手い演出だ。
そしてふたりで黙々と綾取りをしているとき、家のガラスがひとつ衝撃波で割れる。

それは、赤い閃光とともに凄まじい爆風となって押し寄せ、一瞬のうちにその一帯をなめ尽くす。
彼女の家も勿論、2人も一瞬に呑み込まれていった。

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その理不尽で盲目的暴力の前には~国家権力にせよ何者かの悪意にせよ自然災害であるにせよ~人の日々のルーチンなど、実はかなり覚束ないところで辛うじて成り立っている、果敢ないものなのだ。

456回の核実験がその地でなされ、人体実験の場でもあったようだ。市民の被爆による被害の実態はソ連当局によって隠蔽されてきたという。


エレーナ・アンの恐らくこの時だけの異様な美しさが際立った。
この処女作を彼女は今後、超えられるのか、、、。
ピーター・オトゥールみたいにならないことを祈ろう。






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アクト・オブ・キリング

The Act of Killing001

The Act of Killing
2012年
イギリス・デンマーク・ノルウェー

ジョシュア・オッペンハイマー監督

プレマン(ゴロツキ)たち多数




いきなり魚のオブジェが登場。かと思って見ていると、口から女性ダンサー?が次々に出て来て緩く踊り出す。
滝を背景に踊り子たちに交じり、主演の殺人者コンビが幻想的な風情で両手をあげ天を仰いでいる。
マイクでしきりに「平和だ」の声がリフレインする。この光景はファンタジックなパラダイスのよう(大変キッチュだが)。

1965年インドネシアにおける大量虐殺に実際に関わった者が沢山出演するドキュメンタリー。
昨日の「ルック・オブ・サイレンス」の前に発表された作品。
とても長い(3時間近い尺である)。
90%くらい進むまでは、ただ只管かつて殺戮に関与した男たちが次々に登場しては自らの武勇伝を誇り具体的な状況などを解説してみせたりしてゆく、うんざりする胸糞悪いものが続く。これが長い。

最初の魚から踊り子など奇妙なシチュエーションがちょっとリンチ監督を思わせる演出で戸惑うが、その後は「ルック・オブ・サイレンス」が違う角度からこの世界を切り取ったものだなということが分かる。色調は同じ。事件の背景とかこの作品の方が分かりやすく述べている。ほぼインドネシアの普通の人間すべてがパンチャシラ青年団のような暴力組織(民兵)の傘下で暮らしている印象を受け、とてもインドネシアに遊びに行きたいとは思えない国に自分の中ではなっている。恐喝と搾取、賄賂などが日常の風景である。
軍隊、警察、知事これらが全て無法者の集まりプレマンによって構成されるパンチャシラ青年団と深く繋がっているのだ。
だが、彼らからは監督はとても親密に扱われており、おいジョシュアと迎えられ余程信頼関係をしっかり築いておいたことが分かる。
単に憧れのアメリカ人ということだけではなかろう。
彼らは民主主義の世に暮らしているとは言え、基本的に軍部独裁当時と何も変わってはいない。

スカルノ大統領からクーデターにより政権を奪った将軍が軍事政権を打ち立て、前大統領側近をはじめ前政権関係者や支持者や軍の独裁を認めぬ者を全て共産党員として粛清をした。
組合員、小作農、知識人、華僑たちが捕らえられ尋問されて虐殺される。
彼らは共産主義と闘って民主主義を勝ち取ったのでは全くない。
彼らが殺した者の中に果たして共産主義者が何人いたものか?
それでも彼らは大義を果たしたというプライドを持ち、罪悪感すらない。
(軍部の作った恐ろしい共産党員の映画を拠り所としている者もいた。その白々しい内容に縋って)。
処刑場所は街中の普通の事務所だ。

殺された人数は全体で100万人を超える。
しかしアメリカや日本はその事実を黙認あるいは支持しており、大量虐殺の事実は隠蔽された(デヴィ夫人が怒っていたらしい。虐殺などなかったと言われては、そりゃ当然だ)。
これはその動かぬ証拠として当時の事を精確に残したい人々の協力の下、製作された映画である。
自分たちの武勇伝を後々まで伝えたい殺人者たちの協力で成立したものだ。
実際彼らは、自分たちの工夫した道具ややり方をとても丁寧に説明し、役には真剣に打ち込んでいた。
監督は彼らが中心となり映画を製作する過程を追い、その成り行きを映画でじっくり伝えてゆく。

冒頭にファンタジックな絵の中で陶酔の表情を浮かべていたプレマン(語源は自由人つまり無法者)のリーダーのふたりが3時間近いドキュメンタリー映画の最後まですっと深く関わって行くのだが、文字通りThe Act of Killingで実際の殺戮を再現するロールプレイのうちに自分が惨殺した被害者の経験を追体験することとなる。
役をやり深みに嵌って行くことで、被害者という他者の気持ちに同調してしまう。

他者の気持ちが分かるということ自体矛盾だが、演技に嵌ることは憑依的な面は大きいはずで、その無意識的な身体性から意識レベルに立ち上るものは確かにあろう。演技の上とは言え尊厳を踏みにじられ、恐怖の場面に身を浸してみると当時の深層の記憶が身体から蘇る面はかなりあるはずだ。
実際、彼は終盤において自分のやって来たこと(1000人ほど殺してきたこと)を対象化してゆく。
おれに報いが来るのか、、、。おれは殺した。殺すしかなかった、、、。前半の余裕の表情を浮かべながら威圧感を持って自慢気に話す姿とはずいぶん異なる。

自分のやったことに慄き、苦し気に嘔吐する。一言二言、自問自答しながら激しく嘔吐する。
嘔吐を繰り返す。
それは自分が抑圧・隠蔽してきた深層から突き上がって来る思いそのものである。
その不気味な異物がいまや容赦なく突き挙げてくる。

ちなみに映画の最後は、冒頭の滝の場面に戻り、そのプレマンのリーダーが自分の殺害した男から自分を殺し天国に送ってくれてありがとうと言われ手を握るものである。
ギャグにもならぬ。

完成を観たその夜、事務所屋上の殺害に使っていたスペースに独りやって来て、内省と遡行に及ぶ。
嘔吐の場面である。

最後の最後でブーツストラップしてきた。
これをドキュメンタリーに入れる事が出来たところで、この映画がしっかり成立した、と謂える。









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ルック・オブ・サイレンス

The Look of Silence

The Look of Silence
デンマーク・フィンランド・インドネシア・ノルウェー・イギリス
2014年

ジョシュア・オッペンハイマー監督・製作

アディ・ルクン(眼鏡技師)
彼の両親と子供
その他は全て本物の殺人者たち。


まさに兄を虐殺された眼鏡技師アディ・ルクンの『沈黙の眼差し』であった。

これ一回限りのドキュメンタリー(に違いない)。
この映画を放映後、もう同種の映画をこの国で撮ることなど出来るはずがない。
撮影スタッフ、監督はよく無事であったものだ。
現地人でかつての殺人チームと同じ地区で今も暮らしている眼鏡技師アディ・ルクン一家も安全なのか?
何よりそれが心配だ。
エンドロールでスタッフクレジットが、”Anonymous”であったのは、当然頷ける。

恐らく万全な危機管理を施した上で仕事をして、バレる前に素早く帰国したのであろう。
撮ったもん勝ちである。
だが、アディ・ルクンは(とその一家も)、土地の人であり、素性を知らせず眼鏡の調整あるいはお勧めで接触したにしても、直ぐに何処のどいつか分かってしまうだろう。この後、移住しているはずだ。監督がその辺のケアも怠ってはいないはず。

それにしても充分日本のそこいらにもいそうな普通の糞馬鹿男たちがかつて殺した共産党員をさぞ自慢気にこうして殺したああして殺したとその残虐極まりない殺害の仕方を笑顔で懇切丁寧に実演までして説明しているのには、ホントに呆気にとられた。
軍部のプロパガンダで共産党員は神を恐れない無法者で残虐な奴らだなどと吹き込まれているにせよ、 何の疑問もなく10万人(100万ともいわれている人)を残虐な殺し方で葬って来たのだ。
そもそもインドネシアに、共産党員がそんなにいるものか。殺されたほとんどの人は、組合員や農夫であったという。
突然収監されて、トラックで順番に「ヘビ河」まで運ばれ、そこで切り刻まれ水に放り込まれていったそうだ。
しかも命乞いする囚人の喉を掻っ切って血を呑んだという。
何でも犠牲者の血を呑めば、気が狂わないのだそうだ?!

The Look of Silence002

その連中が今現在も英雄(地元の名士)として経済的にも恵まれた生活を送り、相変わらず権力の座にいるという。
小学校では声高に教師が「民主主義」を獲得した経緯などを子供たちに教えている。
かつて共産党員であった者がいる家系の子供は、将来インドネシアの公職には就けないことも教えていた。
スカルノ大統領の統治時代にインドネシアをアメリカ側につけるために軍部が将軍を6人惨殺してその犯人を共産党に仕立て、民衆蜂起という形で(軍部は直接手を汚さず)共産党員の大量虐殺を行わせたのだ。教師は当時の軍部のプロパガンダのままを子供たちに教え込んでいる。
これが現状なのだ。
なるほど、アメリカに加担して働いた(という意識の)連中だ。アメリカ人監督が俺たち英雄の記録映画を撮ってくれるんだと想えば、気安く撮影に協力するはずだ。アディだけは立場上危ういが、兄を虐殺され、娘の学校ではその殺された兄たちを鬼畜のような存在として教え込んでいる。歪められた歴史に一石を投じたい、そう奮い立ちインタビュアーを買って出たのであろう。

チャチな記号操作でいとも容易くこんな風に人が心底操られることは、このわたしがよく知っている。
人間というものがどういうものかを再確認しないと本当に危険であることは明白である。
福祉国家が確立してくればそれはかつてのイタリアのファシスト党と同じ構造を持つことに警鐘を鳴らしている佐藤優氏などもいる。
これは地続きの問題として捉えてよい。

アディの兄の惨い殺し方を嬉々として説明する能天気な殺害者二人組のビデオを自宅で見つめる彼の『沈黙の眼差し』は、深く印象に残った。
彼らは何とその一連の惨殺行為を自ら描いた絵を添えて本まで出版していた。
勿論、英雄譚としてである。
この映画で出て来た多くの殺人者たち(政治家や有力者たち)で、少しでも反省の意を見せていたのは、ひとりいたような、、、そんなところであった。みんなその行為の(イデオロギー的な)正当化をしたり、自分は上からの命令に従ったまでというよくあるものから、殺害した者の血を呑んだから平気だ!という意味不明なものまで、自らの行為の総括をする者など一人もいない状況であったのには驚くばかり。
特に多いのは、今うまくやっているのに、何で傷口を開くようなことを今更やる必要があるんだ、という殺害者の子供たちの言い草である。

The Look of Silence003


奇蹟的な微調整の上に成り立つ「人間原理」によって生存する知的生命であるわれわれとはよく謂うが、非常に低レベルな人間原理で辛うじて存在しているに過ぎないとも謂えようか。







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クローバーフィールド HAKAISHA

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Cloverfield
2008年
アメリカ

マット・リーヴス監督
ドリュー・ゴダード脚本
マイケル・ジアッチーノ音楽 エンド・タイトル曲“ROAR!”

マイケル・スタール=デヴィッド 、、、ロブ(日本本社への栄転し副社長)
マイク・ヴォーゲル 、、、ジェイソン(ロブの兄)
オデット・ユーストマン 、、、ベス(ロブの恋人)
ジェシカ・ルーカス 、、、リリー(ジェイソンの彼女)
リジー・キャプラン 、、、マリーナ(リリーの友人)
T・J・ミラー ハッド  、、、ハドソン(ロブの友人、ほぼすべての手持ちカメラの撮影)


10 クローバーフィールド・レーン」を観ていたので、これも観ておくことにした。
監督は違う。
これは、ハッキリ100パーセント・パニックムービーであった。
それ以外の何ものでもない。
「10 クローバーフィールド・レーン」の方がずっと内容は豊かで変化にも富んでいた。
両者には内容的に何の関係もないが、「クローバーフィールド」とは何なのか?
まあ、今回のような題材だと、こうした展開と流れに落ち着くしかないだろうが。

こういったパニックものはカムコーダ撮影が流行っているがこれは特にブレが酷かった。
配役の一人、ハドソンが逃げたり怪獣に襲われたりしながら撮っている画面を見せられている為、当然揺れは半端なものではない。
様々な揺れそのものをその時の状況として演出としているのであるが、臨場感たっぷりの体感パニック映画とか謳われたりしたら、有難くはない。
そんなの別に体感したくない。違う形で臨場感出して欲しい。
酔う。

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ここに見られるクリーチャーは、暗闇に見え隠れしながらその異形を垣間見せる効果的な演出だ。
スピードも相当ある。突然、ドンっと来て瞬殺と来る。
ビルを叩き壊すような巨大なのもいれば、犬くらいのサイズで襲ってくるものもいる。
大きさにバリエーションがあれば討ち漏らしも減るはず。そつがない。
形そのものも捉えにくくデザインで異物感~他者性はかなりのものであった。
どうみても話し合いに応じる風情ではない。

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前半のウダウダした怠い流れから、一気に非日常に入るところは予測は充分ついていてもワクワクはするものだ。
その後の夜景の中の展開も、かなり既視感は感じつつも、今度は誰がどんな風にやられるのか、期待しながら見られる。
一本調子で死の恐怖に追われながら逃げ惑うものだが、緊張感もあり前半のように部屋掃除しながらは観れない。

結局、先にヘリに乗り込んだリリー独りが助かったということか。
後半から主人公ペアと思しき二人はあえなく心中ということに。
途中までは分かるが、こんなシビアな状況に至るまで、ビデオを撮って逃げるだろうか。
なんでそれほどビデオに拘るのか。
ロブの昇進・日本行きパーティの流れでここまで取り続ける意味が分からない。
(怪獣に襲われ死ぬまで撮り続けたのだ。この映画の為に撮ったというメタレベルの行為か)。


怪獣は、恐らくロブの来日を歓迎してサプライズでやって来たのかも知れなかった。
ロブは彼女と死んでしまったが、、、。

マイケル・ジアッチーノのエンド・タイトル曲が伊福部昭調のなかなか聴かせる曲であった。
この曲が最大の売りに思えた。






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亀は一本足で立つ!

kame005.jpg

亀の首の付け根と右足の付け根の白カビに如何にして薬を塗布するかという問題が思いの他簡単に片ついたと思ったのだが、、、
敵もさる者である。
昨日あたりから、余裕が出て来たのか、塗る方の脚を引っ込め片足立ちで対抗し始めた。

片足で立って首は伸ばしてこちらを窺い、片腕で牽制して来る。
何すんだ止めろよ、という感じ。

ちなみに左脚にも少し白っぽいところが見られる。
それでそちらにも塗ってみると、今度は左を引っ込め右で立つ。
ちょっと面白くなり、右をすぐさま塗ってみると、慌てて足を取り換える。
何度かそれを繰り返したが、まるでギャグだ。

こちらはそれに付き合っているほど暇ではない。

素早く不意を突くところで、スポイドも使ってみたが、確実に患部についたかどうか定かではない。
そこで今日から低く薬湯に浸ける形にした。
亀温泉である。
これに暫くつけてから、乾かして暖かめの水槽に還す。

これでそこそこ患部にまで浸み込むようにみられる。

この形でなんとかなりそう。
ちなみに、白い部分は小さくなっている。
薬は効いている様だ。
暫くこれで様子をみたい。




魅惑の探査機 その3

最近、旧友(かつての仕事の同僚)に逢う機会があり、時折ブログを見てくれているそうだが、宇宙物がめっきり少なくなったねえと謂われた。確かに書いていないし、かつて書いたものは、情報として確実に古くなっている。特に冥王星についてとか、、、。
以前は折に触れて書いていたものだ。ちなみに今日はソ連がスプ―トニック1号(人類初の人工衛星)を発射した日だ。1957年だ。
もう宇宙開発も歴史の重みを充分に感じるようになってきた。
ソ連~ロシアと謂えば、当初はアメリカに先駆けて人工衛星や有人飛行などで圧倒的な成果を挙げてきたものだが(スプ―トニック打ち上げでアメリカの焦りがよく出ている映画「アイアン・ジャイアント」)、探査機関連では失敗が目立つ。NASAやESAやJAXAの活躍が目覚ましい。


mars odyssey
2001マーズ・オデッセイ:NASAによる火星探査機。表層の水の痕跡の発見、地表の鉱物の分布、放射線測定を目的とした。のちの探査機マーズ・エクスプロレーション・ローバーやフェニックスの通信中継も行う。ビーグル2は着陸できなかったため実現しなかった(魅惑の探査機 その2)。もっとも長期間、火星の探索に当たっている。運用中。

全然関係ないが「マーズ・オデッセイ」(映画)~何故かわたしはかなり憤慨している(爆。



Phoenix.jpg
フェニックス:NASA所属、アリゾナ大学の月惑星研究所とカナダ宇宙庁、ロッキード・マーティンの開発した火星探査機。火星の地下の氷を着陸することで直接探査した。5か月間の活動を続けたが、火星の冬を経て、塵に埋もれ破損したことが確認され運用終了となった。





Voyager 2
ボイジャー2号:木星・土星・天王星・海王星のグランドツアーを敢行したNASAによる宇宙探査機。すでに42年以上稼働し続けており、恒星間空間に達したというアナウンスが昨年あった。ボイジャー1号とともに恒星間空間を飛行中。運用中。
「地球の音」という銅製レコードと再生用の針を搭載されている。地球上の波や風の音、動物の鳴き声の他、55の言語も収録。人類のロマンのメッセージだ。



New Horizons
ニュー・ホライズンズ:NASAによる太陽系外縁天体(エッジワース・カイパーベルト)探査機。冥王星をどうしてもアメリカ人は詳細に調べたかった。ニュー・ホライズンズが出掛けた後で、冥王星は準惑星にカテゴライズされた。クライド・トンボー(冥王星発見者)の遺灰が搭載されたことでも有名。太陽電池を使えないため、原子力電池を使用している。エッジワース・カイパーベルト内のウルティマ・トゥーレに最接近して得られたデータが先ごろ公表された。運用中。

ニューホライズンズ
ニューホライズンズその後、どうなったのか?

Cassini Huygens
カッシーニ:NASAとESAによって開発される。土星探査機。惑星探査機ホイヘンス・プローブ が搭載され、タイタンに投下された。組成・風速・気温・気圧を直接観測する。タイタンに吹く風の音が聴けた。3時間40分後に運用は終了。
カッシーニ自身については、以下をご覧の程。

カッシーニ グランドフィナーレ
カッシーニ グランドフィナーレⅡ



プラス探査車
Mars_Rover.jpg
マーズ・エクスプロレーション・ローバー:NASAによる火星探査車。
バイキング着陸船~マーズ・パスファインダーに次ぐミッションに当たる。
2機のローバーは、スピリット(MER-A)とオポチュニティ(MER-B)である。スピリットは6年間、オポチュニティは14年を超える探査を行った。「火星の水」についての詳細な調査、これに尽きるか。人類が将来居住可能の地か?

小噺:
マーズ・エクスプロレーション・ローバー・オポチュニティ



Curiosity Rover
マーズ・サイエンス・ラボラトリー(キュリオシティ):NASAによる火星探査車。生命の保持可能性について探ることをミッションとした。ほぼダイレクトに宇宙線と太陽の放射線が地表に降り注ぐ環境で生命の可能性はまずないとは思うが。

火星をテラフォーミングしようという科学者はいるようだが、一朝一夕に出来るものでもない。


これに関する些末な記事(笑、、、火星のカニ



全体を見渡せばもう夥しい探査機が地球を飛び立っているのだが、わたしの興味を特に引いたもののみをとり上げた。
ソ連~ロシアも面白いものをかなり投入したのだが、ほとんどが上手くいっていない。
ベネラ-Dに期待したい。
写真だけ載せるつもりが、ついいらんことを書いてしまった(苦。




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魅惑の探査機 その2

akatsuki.jpg
あかつき:JAXA、ISAS開発の金星探査機。金星周回軌道上から金星大気を観測。運用中。





Europa Clipper
エウロパ・クリッパー:NASAによって構想が進められているエウロパ探査機。エウロパ(木星第二衛星)における生命の居住可能性を調査し、将来の着陸地を選定する。2023~2025打ち上げ予定。





OSIRIS REx
オシリス・レックス:NASAによる地球近傍小惑星であるベンヌの探査機。日本のはやぶさに当たる。サンプルリターンを目標とする。運用中。





Pioneer 11
パイオニア11号:NASAによる木星・土星探査機。人類と太陽系を(地球の位置関係も)描いた金属板が地球外生命に向けて備えられた。今どの辺を飛んでいることやら。ボイジャー計画の先駆け。





Mars express
マーズ・エクスプレス:ESAによる火星探査機。バイコヌール宇宙基地からソユーズロケットで打ち上げられた。ビーグル2号の降下には失敗し、2001マーズ・オデッセイ(NASA)との連携は出来ず。大気や地下の構造を探査。運用中。








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魅惑の探査機 その1

わたしは宇宙探査機のデザイン~その機能美が好きで、ニュースや特集番組などでは、ついつい見入ってしまう。
なかでもカッシーニ、ボイジャー、ニューホライズンズの大ファンである。
以前、ここで数回に渡り試みたマジックアワーの探査機版をやってみたい。
コメントは出来る限り排したい(ついつい余計なことを書きたくなるので。書き出すときりがない)。



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ジュノー、、、NASAの木星探査機:木星の極付近の磁気圏、重力場、磁場、組成の調査。運用中。




ジョット
ジオット、、、欧州宇宙機関 (ESA) のハレー彗星探査機:彗星のコマ内部まで突入し、近距離より彗星核の撮影を試みる。運用終了。




Venera 10
ベネラ-D、、、ロシア連邦の金星探査機:2025年に打ち上げ予定。金星地表の地図情報化を進める。




はやぶさ2
はやぶさ2、、、JAXAで開発された小惑星探査機。地球近傍小惑星 「リュウグウ」からサンプルリターンを計画。運用中。




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これまでの写真カタログ、”マジックアワー”

マジックアワー Ⅰ
マジックアワー Ⅱ
マジックアワー Ⅲ
マジックアワー PreⅠ
マジックアワー PreⅡ
マジックアワー Presence



魔女と呼ばれた少女

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Rebelle
2012年
カナダ

キム・グエン監督・脚本

ラシェル・ムワンザ、、、コモナ
アラン・バスティアン、、、隊長
セルジュ・カニアンダ、、、マジシャン
ラルフ・プロスペール、、、肉屋のおじさん
ミジンガ・ムウィンガ、、、グレート・タイガー

「反乱」である。

こうした映画を正面から作るとなると、かなりの困難を伴うと思う。
コンゴ民主共和国の残虐で悲惨な情勢は、ストレートに映像化出来るレベルのモノとは思えない。
とり上げるのなら、相当な覚悟が必要となろう。
しかもここでとりあげられているのは、少年兵である。
なかでももっともコアな部分であり、恐怖で人心を操る極限的な世界となろう。

それが伝えられていたかと言えば、微妙である。
演出がそもそも何をどうつたえようとしているのか、、、という面もあり。
肝心なところで幽霊がたくさん出てくるのだ。超常現象や心象を否定する気などさらさらないとは言え、、、
残酷で過酷極まりない現実が、忽然と宙吊りになり、うやむやにされる。
この違和感が何とも言えない。

非常にご都合主義的な流れに引き取られ、ファンタジーめいてゆくのだ、、、。
コモナのいる少年反政府軍が野営して気を抜いて居るときに、ふと気づくと政府軍が大挙して向かってくるではないか。
彼らにとって、もう絶体絶命の玉砕シーンであろう。
そこで何故か幽霊を見る能力があり魔女と呼ばれるコモナが、その場にたくさんの幽霊を見たら、政府軍を蹴散らし激しい銃撃戦を少年たちが制していたというのだ。
(時には幽霊が、逃げろとかアドバイスしてくれたりする。そうしたら隊長に優遇されるのは当然であろうが)
こういう幽霊を見る能力を持った少女は実際、いたのかも知れない。
しかし、これをここに持ってくることにより、コンゴの極めて過酷な現実がどこかぼやけてくる。
監督の狙いがどこに(何に)あるのか分からなくなるのだ。
こういう場面が幾つもある。

Rebelle002.jpg

このようなのっぴきならない現実を恐怖と洗脳により操られ徹底的に搾取され、そうした自分に気づいても自らの手ですでに両親を銃殺させられていて帰る場所もない立場の少年兵の非情な現実が、何かお伽噺めいてくるではないか。
コンゴをとりあげたのなら、その最低ラインをしっかり描写することは避け難いものになるはず。


コモナの表情が無く淡々としているのはとてもよく分かるし共感できる。
12歳で突然襲って来た反政府軍ゲリラに自らの手で両親を銃殺させられ、その後反政府軍少年兵士に厳しく仕立て上げられ、日常的に暴行を加えられ過酷な労働と戦闘を強いられ、彼氏と共にたまらず逃亡したことで暫く後に捕らえられ、眼前で彼氏を殺害される。
まだ年端もいかぬ身でそんな経験を経て感情が瑞々しく残っているはずがない。
おまけに、捕らえられた反政府軍の部隊長の子供を宿す身となる。
まだこの頃も14歳であったはず。
(この辺のアウトラインはそこそこリアルに、だがソフトに描写はされていたと思う)
彼女が通常の喜怒哀楽などとは無縁の世界を生きることとなるのは充分に分かる。

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結局彼女は、自分の手で両親を弔い、自分一人で子供を産む。
子供の名は、自分の亡き彼氏であるマジシャンと同じ名にする。


過酷さは取り上げられていて分かるのだが、何故かずっしりと来るリアリティが沸いてこない。
映像の質感が妙に優しい。(ロベール・ブレッソンの対極みたいな)
絵が(演出が)何か絶えずファンタジックなところに誘うものなのだ。
かなり脱色されたコンゴの情勢を見た感がある。








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亀の病気 その後

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イソジンを上手く患部に塗るにはどうするか?は、考える間もなく直ぐに見つかった、、、。

亀を水槽から出し、子亀の頃に育てていた小さな水槽に取り敢えず移して水槽を念入りに洗っているのだが、その際に亀(爬虫類)の習性であろう、脱出を試み首と四つ脚をピンと伸ばして懸垂みたいにして前足を縁に掛けて外に出ようとする姿勢が余りに理想的であった(笑。

右脚の付け根の白い患部と首の付け根の部分にしっかり綿棒を当てる事が出来るのだ。
亀としたらそんなことは、取り敢えずどうでもよく、ともかく外に出てみたい。
首などは引っ込めると鼻の孔だけ出して頭部をすっかり埋めてしまうものだから、この外に出たいという本能的欲動を生かして薬を塗布するに限る。
塗っている間、特に嫌がるそぶりも見せずに必死に水槽の縁にしがみついている。
塗り放題塗れるではないか(爆。
これで暫く様子を見たい。

薬を塗った後、少し乾かす為にそのままほおっておいたら、案の定外に出ていた。
小さな水槽が空なのだ。
何処に行ったのか探して観ると、すぐそばのカーテンの後ろに後ろ足で立って所在なさそうにしがみついていた。
外には出てみたものの、何処に行く当てもなく、なす術もないままにカーテンの後ろにしがみついていたという感じだ(笑。
持ち上げて観ると、ありゃ~っという表情で大人しくしていた。

大きな水槽も綺麗になったので、元に戻すと元気に足をバタバタさせて泳ぎまくっていた。
時折、部屋の中ではあるが、水槽の外にも出してやろうかと思う。
ストレス解消になるかどうか、、、。

カビに変化が表れてきたらまた報告したい。




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イントゥ・ザ・ストーム

Into the Storm002

Into the Storm
2014年
アメリカ

スティーヴン・クォーレ監督
ジョン・スウェットナン脚本

リチャード・アーミティッジ 、、、ゲイリー(高校の教頭)
サラ・ウェイン・キャリーズ 、、、アリソン(気象学者「タイタス」と共に行動)
マット・ウォルシュ 、、、ピート(ストーム・チェイサー・チーム「タイタス」リーダー、ドキュメンタリー映像制作者)
アリシア・デブナム=ケアリー 、、、ケイトリン(ドニーのクラスメイト)
アーレン・エスカーペタ 、、、ダリル(「タイタス」カメラマン)
マックス・ディーコン 、、、ドニー(ゲイリーの長男)
ネイサン・クレス 、、、トレイ(ゲイリーの次男)
ジェレミー・サンプター 、、、ジェイコブ(「タイタス」カメラマン)
リー・ウィテカー 、、、ルーカス(「タイタス」カメラマン)
カイル・デイヴィス 、、、ドンク(YouTuber)
ジョン・リープ 、、、リービス(YouTuberドンクの相棒)


アメリカ中西部の街シルバートンが舞台。

真の自然の脅威とは、これまでにない規模のものが突然襲ってくることだ。
つまり想定外のもの。
想定外のものに出逢いなす術もなく、死を目前に自然の脅威を知る。

Into the Storm004

普通の人間が、途轍もない災害に遭い死に物狂いのサヴァイヴァルを共にすることで、彼らの内の何かが変わる。
互いに逞しくなったり、自分を対象化して反省したり、過去の総括したり、共に逃げる(立ち向かう)者との関係性も極めて濃くなる。
親子の絆がこれを機に強くなる。必ずと言ってよいほど、責任ある立場の人間が、これまでなほざりにして来た子供をこの時とばかりに救出に向かう(笑。このパタンの類型化は余りに著しい。
それから息子と彼女が結ばれる契機となる。
新たな出逢いも生まれる。
そして生き残った者たちの崩壊しかけていた絆は、見事に再生して強固なものとなっており、家が解体していようがこの先の展望は明るい。
こうしたパニック映画の諸々の要素を全て備えた王道を行く、よく出来た作品であった。

Into the Storm003

その上でこの映画の特別な要素を挙げるとすれば、ストーム・チェイサー・チームとアマチュアのYouTuberがかつてない巨大ストームを果敢に追い続けるというところか。単に脅威から逃げるだけのパニックものではない。つまり、パニックアドヴェンチャー映画といえるところだ。逃げると同時に攻めるのだ。
ただそれを追う者の意識の差は大きく、名誉と野心の為に追う者、巨額の金を当てにする者、研究のために追う者、ウェブ上で人気者になるため興味本位に、と、、、様々である。
また、「タイタス」はプロのストーム・チェイサーのチーム名というだけでなく、ストームを追うために特化した特殊装甲車の名でもある。
ここが嬉しい。
この「タイタス」をリーダーが紹介解説してみせるシーンがあるが、かなりの高機能のシステムや装備も魅力的なイケてるマシンでありワクワクした。
わたしも乗りたくなる車だ。この車、一般に販売しても災害時などに役立つと思われる。
「タイタス」の他に気象学者の乗る室内に10個くらい大きなパネルの並ぶ気象観測ワゴンもなかなかのものであったが、基本市販車であり、ストームに最接近するにはスペック不足である。
これらの車が出て来て、ストームに挑んでゆくところが、ただキャーキャー言いながら逃げるだけの映画とは一線を画する。
そしてここが一番の魅力ともなっている。

タイタスでカメラを出来る限り至近距離まで寄せ撮りまくるところが臨場感を高める。
やはり恐ろしいものに敢えて近づく行為である。
しかし巻き込まれたら未曽有の風速120mのゴジラ級のストームだ。一瞬に巻き上げられ、ひとたまりもない。
ストームも実に多様な姿を見せ、合体シーンもあり大変リアルで、巻き込まれするっと天に向ってゆく人影など圧倒されるものだった。
欧米人なら黙示録的な光景と受け取り畏怖の念をもつかと思ったが、この映画には一切、宗教色はなかった。

Into the Storm005

後半から終盤にかけての緊張感は、ほぼ途切れることがない。
特に、マンホールから地下道に入り巨大ストームをやり過ごすところが圧巻であった。
ここで隠れたメンバーを風から守る蓋の役目をギリギリまで果たしていたタイタスが最後の最後で最大の強風に巻き込まれついに天に舞い昇って逝く。
このときピートの見たストームの目のなかでの陽光の輝きはまさに神を見たような一時であったか。
ひたすら、ストームに取り憑かれ追い続けた男の最期に相応しい場であっただろう。
わたしは、登場人物の中で一番、共感が持てる人間であった。
自分の求めるものが日常の中にはどうしても見いだせなかったのだ。

Into the Storm001

しかしこういった経験に逢うことで、全ての過去をポジティブにとらえ返すことなど出来るのだろうか。
それは疑問だ。
何があった後でも反復して現れることやフラッシュバックしてくることはあるはず。
それに対する心構えが変わって来るだろうか。
この辺にはとても興味がある。

また極めて不謹慎でふざけたYouTuberの2人が途中で風に吹き飛ばされたにもかかわらず、木に引っ掛かって最後に生きているところが何とも言えなかった。だが実際そんなものかも知れない。



やはりストームを克明に観るにはBlu-rayがお勧め。


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