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GOMA28

Author:GOMA28
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ちいさな英雄 カニとタマゴと透明人間

kani000.jpg

2018年
短編3つ並んだオムニバスアニメ映画。
昨日は実写オムニバスであったが、今日は日本アニメのオムニバスを観てみた。

スタジオジブリ出身の3人の監督がそれぞれ1作ずつ提供している。

kani001.jpg

「カニーニとカニーノ」
米林宏昌 監督・脚本

木村文乃、、、カニーニ
鈴木梨央、、、カニーノ

借りぐらしのアリエッティ」、「思い出のマーニー」、「メアリと魔女の花」の監督である。
「借りぐらしのアリエッティ」と「思い出のマーニー」はよい作品であった。
だが、この短編映画に関しては、どうもしっくりこない。
まず、このカニである。
擬人化したカニが実に中途半端な抽象的なモノなのだ。
人の形体ならそれでよいとしても、川の中にいるモノとしての物理属性がないとコンテクストから浮き出てしまう。
妙にリアルな川の流れ(CG)などを作っているため、尚更違和感を感じ続けるはめになる。
そう、大きな鯉?魚もCGで不気味な質感を出していた。
(川~その流れと巨大な魚を自然の脅威として描き、擬人カニを異質な存在としたかったのなら、それは一体何なのだ。カニとは完全に自然の側に生きるものであり、そのモドキはカニでもヒトでもない、文字通り宙に浮いた記号である)。
彼らは川底を歩く水(水圧)抵抗がまるで感じられない。地上を歩くのと同じなのだ。
そのくせ、水泡の威力はあるらしい。
カニを擬人化するのならどのカニも人型かと想えば、他のカニはカニそのものである。
向こうのカニも家族のようであったが、主人公家族とどう違うのか。

この家族には、どのような特権が与えられて浮いてしまっているのか。
それから羽~トンボの羽か~に何やら特別な意味~サインを見出しているように窺えるシーンがあるが、あれは何なのか。
何処かの伏線があったようにも見えない。

この擬人カニ家族はそのキャラクターだけでなく行動、振る舞い諸共、記号だ。
画面に重ねられるテロップみたいな在り方であった。
少なくともわれわれの間近に広がる小さな世界にこのようなドラマが潜んでいるみたいな実感など微塵も湧かない。
コンセプトに物質性がない。

米林宏昌という監督は、ジブリを離れてから後の「メアリと魔女の花」から作品に極端に精彩がない。
「借りぐらしのアリエッティ」と「思い出のマーニー」は、ジブリにあって初めて可能となった作品であったようだ。

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「サムライエッグ」
百瀬義行 監督

篠原湊大、、、シュン
尾野真千子、、、ママ

卵アレルギーの少年シュンとママの奮闘記といった内容。
シュン君は野球の好きな活発な少年のようだ。
ママはダンススタジオで、先生をやってるのか?
ふたりとも体を動かすことが好きなのだ。
アレルギーがこのふたりの生活に特別大きな場所を占めているにせよ、とても普通な親子である。
食生活で僅かでも注意を怠ると大変な事態を引き起こすことも説得力を持って描かれていた。
いくら気を付けていても毎日の生活である。何らかの手違いは確率的にも起こるものだ。
あのようなアイスクリーム事故が起きたとしても不思議ではない。

試練を幾つも掻い潜ってきて、シュンは自分から「治す」とママに告げ治療に前向きになる。
(ここで見られる治療法は「経口免疫療法」のようだった)。
丁度抜けた前歯も生えてきたところで、生きる意欲を新たにする。
母子の絆も希望と共に強くなるのだろう。

絵のタッチは柔らかくて母子の愛情と生に向ける意欲を描くには、丁度良い。
われわれの近くにあるであろう、このような生活にスポットを当てる試みは成功しているのではないか。

ところでこの「サムライ~」というのは、何処から来たのか。
彼は野球ファンでもあるだろうから、例の「サムライジャパン」から来たものか?
あのように闘志を持って卵に負けない体を作って行くぞ、とかいうことだろうか。

それにしてもあまりピンとこない題である。
それまでにサムライが何らかの形で話題にでも出ていれば、それなりに分かるだろうが、最後にああいった形で出て来ても唐突感は否めない。

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「透明人間」
山下明彦 監督・脚本
中田ヤスタカ 音楽

オダギリジョー、、、透明人間
田中泯、、、盲目の老人

これには、ハッとした。
こちらの観る姿勢も自ずと変わる(笑。

唯一、惹き付けられるアニメであった。
拾い物である。

とても繊細でフラジャイルで危なっかしい。
この覚束ない抽象性と浮遊感。
いいねえ!
と思わずニンマリした。

まず、スピードとアングルと構図。
まるでジブリらしくない危うい疾走感が嬉しい。
(前のふたつは、ジブリの二番煎じの子供だ)。
ジブリ映画も確かにスピード表現はあるが、その質がまるで違う。
この翻弄されるがままの脆弱な強度である。
ジブリは確かな主体が速い速度で飛んで行く。王道であるが。主体がブレない。中心がある。
ここでは、全てのモノが相互関係も不全で不確かに複雑に揺れ動く。

明らかに異なる新たな流れで、ジブリから生まれたというこの何とかという会社の未来は、この危険な監督に賭けるべきだろう。
前2作を見終わる当たりでしみじみ思ったのは、京都アニメーションの実力の高さであった。
あのレベルは到底、今後は無理かと思っていたら、この作品である。
正直びっくりした。

見えないということは質量もないということだったのか。
そして透り抜けられてしまう、ようなシーンもあった(勿論われわれもミクロの視点から見ればスカスカなのだが。夥しいニュートリノが通り過ぎている)。
彼は服を着てサングラスをかけて、モノも運んだりして、何らかの形体は保持している、らしい。
スクーターにも乗って飛ばしていて、ちゃんと現実世界に作用を及ぼしている。
この微妙な存在の仕方が曖昧で不思議だが、心理的に納得出来てしまう。
この在り方~コンテクストが気になって物語に入れないということが、ないのだ。
物理的にではなく存在的(実存的)に納得出来てしまう。
何故ならわれわれ人間がそういう存在だから。
(実は物理的にもそうである。われわれの地球自体が超高速でピアノ曲線を描きグレートアトラクターに引っ張られているのだ)。
スリリングに本質を突いている。
だから良い。

とても贅沢なキャストをこれまた贅沢に使っている。
オダギリジョーと田中泯である。どういうつもりだ、と聞きたい。
(しかし田中泯さんは最近、こういった方面によく顔を出す。ダンスは続けているのだろうが)。
Perfumeやきゃりーぱみゅぱみゅの音楽プロデューサーである中田ヤスタカが音を担当ということだが、作画スタイルにピッタリあっていた。

この監督の作品を今後も期待したい。
「透明人間」拡大版も面白そうではないか。
最後に、彼がスクーターを安定した乗り方で錘(消火器とか)持たずに普通に乗っているのは、何とも言えない。
この先、彼は不透明な誰からも目に留まる人になってしまうのか。
あの赤ん坊を助けたのは、無我夢中のことであったろうが、赤ん坊に承認されてから自我の重みが出て来たのだ。
ヒッグス場を通過してある意味、失速してしまったのだ。これは存在にとって仕方のないことではある。



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