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GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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ひろしま

hiroshima001.jpg

1953年
関川秀雄 監督
長田新 原作
八木保太郎 脚本

伊福部昭 音楽

山田五十鈴、、、大庭みね
岡田英次、、、北川先生
加藤嘉、、、遠藤秀雄
月丘夢路、、、米原先生
薄田研二、、、仁科芳雄博士
町田いさ子、、、大庭みち子
月田昌也、、、遠藤幸夫


広島県教職員組合と広島市民により作られた空前絶後の作品。
被爆者をはじめ市民が総勢8万8千人出演している。それは迫力というより異様な生々しさを覚えた。
極めて精確に事実をおさえようとした記録映画かと思っていたが、映画として実によく出来た作品であることに驚く。
単に核戦争の悲惨さを訴えるというに留まらず、民間人の救助より人心の統制を優先する政府や被曝による病に怯えケロイドを隠して細々と暮らさなければならない被爆者たちの境遇や差別の状況、朝鮮戦争に向けて軍事産業が早くもはじまるなどの光景もしっかり描かれる。そのなかで、エノラ・ゲイの「パールハーバーの敵討ちだ」という発言やドイツの学者の「有色人種だからモルモットにされたのだ」といったものなども漏れなく組まれている。
それでも登場する人々の気高さが基調となる画面は美しい。
推薦者のひとりオリバー・ストーン監督の謂うように、「詩的な(美しい)映画」であった。
被爆者自身が自らの体験を演じる鬼気迫るリアリティが余りに圧倒的で、崇高な美しささえ感じられるのだ。
伊福部昭の音楽が支える部分も大きい。
著名な俳優たちの演じるエピソードが大変説得力ある流れを作っていた。
この作品に近い強度のものを敢えて挙げれば「ゴジラ」と「この世界の片隅に」か。

広島にある高校の北川のクラスでは被爆により病や差別や貧困等で苦しめられている生徒がかなりいる。
生徒の大庭みち子は授業中に体調が悪くなり鼻血を出して倒れた。
その後彼女は白血病と診断される。この症状で多くの被爆者が亡くなって逝った。
すでに原爆投下から8年過ぎていたが、その被害状況(原爆による病)に対して余りに無知であったことを北川は恥じる。
実際、驚くべきことだが、最大の被害者である広島県民にすら、原爆投下による被害状況の実態・規模や原爆病に関する正確な情報がほとんど行き渡らないでいたのだ。
GHQが敷いたプレスコードの影響もあるが、すでに1953年はそれが解かれている。
しかし政府がそれを自ら引き継ぎ様々な自主規制と共に対米感情を配慮し正確な被害を伝えていなかったことが大きい。この映画の上映も反米的な要素があることで大手配給会社の忖度(今や流行語)により3か所のカットを迫られたと謂う。結局、自主上映にとどまることになり、70年日の目を見ぬこととなる。この姿勢は今も政府~体制側は不変である。
日本は、まだまだ自立していなかった(今も怪しい)。
遠藤幸夫は、北川のクラスの生徒であったが、学校を辞めてしまう。

戦争末期の1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分にピカドンが来た。
丁度広島の高校生は疎開作業の最中であったようだ。
その閃光と爆風の凄まじさ。
吹き飛ばされて気づくと、周囲は一変し何処も瓦礫の山で、すでに死んでいる者、何とか火傷を負いながら起き上がるが足元の覚束ない者、子供や伴侶の名を叫び血眼で探し回る者、、、水を求める者はそのまま水の中へと絶命して逝く、、、。
遠藤幸夫の父秀雄は、家の下敷きになった妻を必死に助けようとするが火災に阻まれ見殺しにしてしまう。
その別れの際、妻から子供を頼むと強く念を押される。このような立場の人間もさぞ多かったはず(他の映画でもこのパタンがあった)。
漸く探し求めていた息子一郎を発見するが時既に遅し。彼はすでに亡くなっていた。父はおんぶするのも久しぶりだなと呟き死骸を背負ってゆく。

ポツダム宣言受諾する日本。
原爆病でもう生気のない人たちも怒りに身を震わせる。
(ここは「この世界の片隅に」も同様だ)。
75年間は広島には草木は生えない荒れ地となることをアメリカの学者は説いた。
病院の庭に植えた大根の芽が出た時の患者たちの歓喜の表情。
希望にすがるこの流れはよく分かる。
しかし遠藤秀雄は原爆病の発症で既に病院で末期を迎えていた。
そこに疎開していた息子の幸夫と洋子が、遠藤家の防空壕で出逢った夫人に連れられやってくる。
だが、幼い妹はこの人はお父さんじゃないと父のその姿を認めず何処かに行ってしまう。
この時、幸夫と妹は生き別れてしまうのだ。
父の死後、幸夫は福祉施設で過ごすが、叔父に引き取られ高校に入るも、退学してキャバレーで働き、パチンコにハマる生活を続ける。被曝により足の不自由な彼女はいるが、相手は自分の体を気にして決して結婚は受け容れなかった。

大庭みち子の葬儀の日に集まった生徒と北川。幸夫が工場で働いていることを聴かされ安心する。
だが、当の幸夫は如何わしいものを大人やアメリカ兵に売りつけて生活費を稼ぐ少年ギャングたちに、もっと金になるものを教えると誘い、宮島の防空壕を掘り起こさせ、そこに眠る頭蓋骨を売りさばけと彼らをそそのかす。
早速警察に捕まり、北川も呼び出される。
そこで、幸夫は、工場を辞めたことを先生に打ち明ける。
まだ、敗戦の傷も癒えていないのに、工場では朝鮮戦争のための砲弾を作り始めていたのだ。
彼はそんなものは作りたくない為に辞めたと言う。
今度は僕たちが戦争に駆り出され、恨みもないものと殺し合いをして原爆を落とすことになるのか、と問う。
戦争で沢山の人を殺せば英雄となり、普通に殺人をすれば死刑になる不条理を彼は最近観たチャップリンの「殺人狂時代」から引いて語る。


慰霊の儀式に北川や幸夫やその他の生徒が広島ドームに向かって歩いてゆくと、そこに夥しい人々が加わり行進となって行く。
流れに加わる人々の数が増え続ける。それは学生や子供や大人たちで何万人もの歩みとなる。
その時、それに重なるように、かつて8月6日に亡くなっていった人たちがあらゆるところですっくと立ち上がりまっすぐに歩き始める。
(この演出にゾックと来る)。
終始、伊福部昭の音楽が寄り添っていた。
この音楽はやはり同じテーマの「ゴジラ」に引き継がれることとなる。


岡田英次の主演する『二十四時間の情事』(ヒロシマモナムール)で劇中にこの映画を垣間見ることが出来る。
デジタルリマスターでかなり鮮明に蘇生されていた。
国宝級のフィルムであろう。



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