プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
基本的に、日々思うことを綴ってゆきます。悪しからず。
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見えない重力を描く Ⅱ
美の翳りに寄せて
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午前零時の奇蹟(シュル・レアリスム覚醒の時間)
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夜の雨

rain.jpg

夜の雨に身体が流されてゆく夢を見た覚えがある。

少し前に長女と一緒に買ってきた小型省スペースパソコンでこれを打っている。
先ほどこのマシンを使う前に、その小さな筐体のゴム足を取ってねじを開け、メモリーを外し、基盤も外し、邪魔なパーツを一通り外して一番底のHD増設ベイまで辿り、手持ちの昔のHDを小さなビスでとめて増設を済ませた。実際ビスが小さく何種類もあるのも面倒だが、半田付けしてあるケーブルを切らないように気を付けて作業することが一番厄介であった。ノートパソコンよりも内部アクセスはずっと面倒であった。
タワー型ならあっという間にできることも、小さいと厄介である。
これも長女がかなり手助けしてくれた。
小さなビスの扱いはわたしより上手い。
(最近、小さなものを扱うときは必ず頼んでいる)。

少し離れたところから次女の笑いが聞こえる。
特にやることがないと、ほとんどノートパソコンにはりついて東方ものや「ゆっくり」の動画を見て楽しんでいる。
クラスにも同じ趣味の子がいて、オタク噺に花を咲かせているらしい。
今度、それらの祭典が東京ビッグサイトで開かれるそうで、友達と行くことになっている。
彼女は東方もののキャラの絵を友達にせがまれ、それを団扇や扇子に描いてプレゼントしている。
コピックでイラストの量産がライフワーク化しそうだ。
良いものが出来てきており、そのうちわたしも一つ貰いたい。
勉強とピアノも何とかして欲しいが。


感情は雨に似ている。
無意識から蒸発し意識に降り注ぎ身体を満たして流れ落ちてまた無意識に染み込む。
水の循環みたいだ。
雨が感情に似ているのか、、、。
感情が雨なのだ。雨が感情なのだ。

めくるめく夜のしじまに降る雨に清められる。
浄化され。
機械の構造とそのディテールまで冷たく清まる。




イコライザー 2

The Equalizer 2 001

The Equalizer 2
2018年
アメリカ

アントワーン・フークア監督
リチャード・ウェンク脚本
マイケル・スローン、リチャード・リンドハイム原作『ザ・シークレット・ハンター』
ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ音楽

デンゼル・ワシントン、、、ロバート・マッコール (元CIAエージェント、現在タクシードライバー)
ペドロ・パスカル、、、デイブ・ヨーク(CIAエージェント、元ロバートの相棒)
アシュトン・サンダーズ、、、マイルズ・ウィテカー (アパートの隣人、絵描きの卵)
オーソン・ビーン、、、サム・ルビンスタイン(ロバートの顧客、戦争で引き裂かれた姉を探す老人)
ビル・プルマン、、、ブライアン・プラマー (スーザンの夫、作家)
メリッサ・レオ、、、スーザン・プラマー (CIAエージェント、ロバートの親友)
ジョナサン・スカーフ、、、レズニック (CIAエージェント)
サキナ・ジャフリー、、、ファーティマ (アパートの隣人、菜園家)
カジー・タウギナス、、、アリ (CIAエージェント)
ギャレット・A・ゴールデン、、、コバック(CIAエージェント)


ハードボイルドでクールであった。
とても良い。

どれもみな瞬殺である。滅法強い。読書家。
爽快!
密かに人助けをしながら、かつて妻を事件で失ったこころの穴を埋めている。
(妻を失ったことと、人助けがどう繋がるのかは、わたしには不明)。

音楽がこの寂し気でスタイリッシュな映画にとても合っていた。
暗鬱で荒れた雰囲気が主調となった映像も綺麗である。
しかしこんな風に、派手に殺していては、死体もゴロゴロでどう事後処理するのか(しないのか?)。
それが心配になった。CIAの蒔いた種は彼らが何とかするにせよ。

The Equalizer 2 002

局の指示通りに冷酷(機械的)に殺人を繰り返すかつての仲間のCIAエージェントには呆れる。
少なくとも人を始末する際には、何らかの意味付け~理由を確認し納得してからではないのか。
金のためにここまで単純な殺人鬼になれるニヒリズムが寒々とした光景にマッチする。
ブリュッセルでのある殺人事件の捜査から物語が劇的な展開となる。

ロバートがこころを許すスーザンがその事件に携わるが、彼女は事件の裏に気づいてしまう。
サム・ルビンスタインの姉探しもロバートから頼まれていたが、その有力情報も掴む。
とても出来る女性捜査官である。
事件の当事者はCIAの一員であったが、当局に邪魔者として自殺に見せかけて後始末されたのだった。
しかし、そのスーザンも同様に彼らの巧妙な罠に嵌り殺害されてしまう。

The Equalizer 2 003

ロバートは現場のヴィデオや携帯を調べることで、その暗号や巧妙な手口から事件に大きな組織が関わっていることを突き止め、遂にかつての相棒が中心となってやっていたことを知る。
最後の決着の場は、ロバートが妻と昔住んでいた海岸沿いの街ではじまる。
通行止めの暴風雨のなかで荒れる海の高波が岸に激しく打ち寄せる。
こんなところで繰り広げられる死闘である。
ロバートには地の利があるが、相手はプロの殺し屋(CIA)エージェント4人が相手であり、しかも壁塗りに雇った画学生マイルズを人質に取られているのだ。

それでもロバートが一枚上手であり、ひとりまたひとりと情け容赦なく倒してゆく。
なかなかの緊張感が保たれる。
クールなハードボイルド。
激しい嵐が全てを洗い流し清めてしまう象徴にも感じられる。

スーザンの仇はきっちりとるが、、、
CIAがこのまま黙っているか、どうなのか、、、。
役所からこれまで全く相手にされてこなかったサム・ルビンスタインが晴れて、念願の姉との再会を果たす。

The Equalizer 2 004

最初のイコライザーの方が面白かったが、これも決して悪くない。
デンゼル・ワシントン、いつまでも若い。よくあそこまで動ける。
そこは、見習わなければ(笑。

旅行先でこうした荒涼とした気候~事態となってしまったらホテルに缶詰めとなるのだろうな、、、。






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独り眠る

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今日は、家の誰もが出掛けていて、咳がなかなか治らないわたしは家で独り寝ていた。
横になっているのがもっとも自然に感じられる。
余程、疲れているらしい。
身体と折り合いのついていないことが多いわたし。
時折、眠っていたことに気づく。

そしてまた眠っていた。
夢の文脈を辿る。
夢か現か、、、。

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夢は縛られない。
重力に縛られない。
外からの光に暴かれない。

重力から自由で、独自の光をもつもの。
この世界にいるようでいて、実は異なる文脈をまたがりつつ生きる。
いや眠るのか。

どちらでもよい。
究極の自由はそんな場所にある。
いるような顔をして、そこにはいない。

そもそも本当の顔など見たこともない。
わたしは自分の名前が嫌いだ。
親の声が気持ちを苛立たせる。

目覚めと同時に警戒心が疼く。
社会に属してなど、いきれない。
息詰まる。

生きるための衝動と無意識を純化する。
自我の消滅に任せる。
影の世界に光が充ちる。

移動するために精々眠っておきたい。
しっかりトリップしてから新たに目覚めよう。
体ごとのトリップのため。

夢の中で絵を描いていた、、、。
何処の絵であるかは、今は忘れた。


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スピード・フラット SPEED FRAT 女子美で観る

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アリオに乃木坂の4期生が3人来たので娘二人と見に行った。
連絡が来たのが始まって少し経過してからであった為、我々が到着して会場に辿り着いた時には歌もトークも終わってCDの販売と握手会になったところであった。
もう人だかりで、娘たちには何にも見えない。これで帰るわけにもいかず、わたしが交互におんぶしてお目当てを見せた。
顔はしっかり生で見えたので、その点は取り敢えずは納得したとはいえ、ちゃんと始まる前に情報を入れなかったことで、母親にはふたりが携帯で噛みついていた。確かにもうちょっとしっかり姿を拝みたかったものだ。
ちなみに、来ていたのは、賀喜遥香、金川紗耶、筒井あやめ、、、の3人であった。
うちの娘は、いくちゃんを推している筒井あやめさんを贔屓にしている。
見れたので取り敢えずは、よし、、、とまでいかないので、帰りに何処かに連れてゆくことになった。


女子美のアートミュージアムに、そのままワープした(笑。
”SPEED FLAT”というのをやっていた。
スーパー・フラットと謂うのはよく聞いたものだが、スピード・フラットという流れもあったのか。
「~フラット」ということで、無関係な概念とも思えない。

「素早くものを創造すること」をさすひとつの取り組み~プロジェクトらしい。
素材は、布や紙やシートなど、、、をこれまでにない製法で作るもののようだ。
金沢美術工芸大学、首都大学東京、湘南工科大学、多摩美術大学、法政大学、武蔵野美術大学と女子美術大学の7つの大学がそれぞれのコンセプト~角度で「スピード・フラット」を実現していたような。

女子美の出品作は、「モバイル・オフィス」で、具体的にはスマホで作ったトートバッグが壁一面に展示されていた、、、。
スマホで撮った写真(画像)などを元に(スマホ上でレタッチを加えプリンタ印刷でもして?)作ったみたいである。
「モバイルオフィス」とは、通常、ネットワーク(インターネット)やモバイル機器を使い、自由に移動できる事務所に近い環境を適宜、構築したものを指すと思うが、そのオフィスの様々な形態や作業例等を見せるというより、それによって作った作品を陳列したということらしい、、、?
しかし、どうなんだろう。このようなものは、特に「モバイルオフィス」環境云々と謂うより、主婦が育児の傍らにちょっとした暇に作れるもので、どう「モバイルオフィス」ならではのものなのか、どのような「モバイルオフィス」でこれを作る必然性があるのか分からなかった。そもそもトートバッグは奥さんが隙間時間を利用して家で作り(奥様の手芸の会などで美味しいクッキーと紅茶でも頂き歓談しながら作ったりして)出来たものをそのままお買い物などに使うのが適当ではなかろうか。暇のない奥様方は店で気に入ったものを買う。ただそれだけ。テーマのスピード・フラットとどういう繋がり方があるのか、特に説明もなく意図がよく分からないままで終わった(個別に見て絵柄の面白い~魅力的なバッグもなかった。店に並んでいたらスルーである)。

或いは、同一形状のきれいに並んだバッグは、極めて日常的に(日常の尺で)使えるものを手軽に素早く量産できることを全体で象徴的に示したものなのか。しかし実際にモノはそうした方向で作られており、何ら新しいことではない。素材や作り方、こんなところで、このような場面でも作れるみたいな背景~説明がほしいものだった。敢えて何故モバイルオフィスなのか。何処でも全てがフラットにモバイルオフィス空間なのだということを主張したいのか。何かこじつけにしか思えないが。つまりわざわざそう名付ける必要もなかろうに、という意味で。また、無理やりモバイルで完結させるより、じっくり機材の充実したディスクトップ環境に移して行う方がストレスがない場合も多い(こちらの方が素早くインスピレーションを形に出来ることが少なくない)。

わたしが面白いと思ったコーナーは、首都大学東京の「ストリートファニチャー」であった。
思考のプロセスを示したとあったが、これは分かる気がした。
ファニチャーを風景に溶け込ませる。
確かにベンチを形成するドットが周りの景色の保護色になっていたものだ。
これをもってフラットな景色だと言って喜べるかどうかはともかく、面白く楽しいものではあった。
こんなベンチを実際に各場所に設置してみたら、皆が改めてその生活環境の色を微分して捉える事が出来、差異と価値に敏感になる装置となるのではないかと思える。

もう一つ挙げると法政大学の「拡張する照明」に興味を持った。
そこに来たものに対するセンサーもあるのか、光量が変化したりサイズや装置の動きが変わり見ていて楽しい。
また、その時に出る音が何とも言えないものであった。
今日の展示においてもっとも気になったのが、そこの動く照明器具から発せられる音と言ってもよい。
音は、色~光とともに外せない重要なファクターである。
音派の人間も多い。これを忘れてはなるまい。


ここまで娘たち(小5)を連れてくるのも、軽いおんぶと同等な仕草~支援である。
乃木坂を見に行く同じ姿勢で基本的に(飛躍も断絶もなく)連続してこれらを観れたのは、スピード・フラットであったからか。
乃木坂に盛り上がる(握手会)会場も実にフラットであった。あの場には確かに個別空間はなかった。
開け放たれた内面性を異様に感じたものだ。彼女らのコンサート空間もきっと、フラットでボーダーレスな場所なのだと想像できた。

時々面白いなと思って観ている「ガールズ・クラフト」というNHKの番組がある。
いつも極めて手際よく身近にある素材を使い、気の利いたアクセサリーを5分枠で綺麗に作っている。
これなど、ある面でかなりスピード・フラットを実行していないか。

それを言い出したなら、次々に出てきそう、、、。


そうだわたしが最近とみに意識している旅行もフラットであることを確認する運動なのか、それとも神韻縹渺たる多様性を感得しようというものなのか、、、。
わたしは後者であるつもりなのだが。
選択や創作を素早くやる必然性もわたしにはないし。



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タリ-と私の秘密の時間

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Tully
2018年
アメリカ

ジェイソン・ライトマン監督
ディアブロ・コディ脚本

シャーリーズ・セロン 、、、マーロ(子育てでボロボロの主婦、企業の人事部)
マッケンジー・デイヴィス 、、、タリー(夜間ベビーシッター)
マーク・デュプラス 、、、クレイグ(裕福な兄)
ロン・リヴィングストン 、、、ドリュー(夫、エンジニア)
アッシャー・マイルズ・フォーリカ 、、、ジョナ(長男)
リア・フランクランド 、、、サラ(長女)


JUNO/ジュノ」の監督+脚本コンビによる映画。なるほど、、、。
シャーリーズ・セロンはあの重い映画でアカデミー主演女優賞を取った役に近い体形に増量しての熱演。なんでも18㎏増やしたとか、、、あまり無理しないで欲しい。わたしは彼女の映画では「イーオン・フラックス」が一番良い。これは誰が何と言っても(爆。
マッケンジー・デイヴィスは「ブレードランナー2049」でマリエッティ役で観ている。それから「オデッセイ」にもNASAのエンジニアで出ていた。とても良い作品に出ている。

マーロは子育てに一切手を抜かずに頑張るが、ジョナの適応障害(自閉症か)もあり、かなりきつい毎日を送っていた。
次の子供が生まれるまで再三、兄夫婦からは夜間専門のベビーシッターを雇うように薦められていたが、他人に自分の子供を預けることは、マーロの主義に反していた。
しかし、三人目が出来て、ついに限界を超える。
余りに大変なので、ほとんど無意識に頼んでしまったようだ(兄夫婦からもらった電話番号から)。

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慢性疲労と極度の睡眠不足で異常なハイの状態になってしまう。
その時にベビーシッターが赤ちゃんの世話のみならず、マーロのこころの細やかなケアから、部屋の掃除まで完璧にこなし、見事な仕事をしてくれる。
はじめは若い変わったシッターで気味悪がっていたが、次第に自分のことを何でも打ち明けられるもっとも信頼のおけるパートナーみたいな存在となっている。

タリ-はマーロの知っていて気づかぬ部分を意識させてゆく。
何故か共に暮らしている夫は一度もタリ-本人を見てはいない。
夫のドリューは仕事とサラの勉強は見てくれるが、子育て全般に関してはほとんど無関心なのだ。
マーロがそれを一手に引き受けている。

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欧米の家庭(特に裕福層ほど)幼い子供の養育の肝心な部分をベビーシッターとか伯母みたいな存在に委ねる傾向がある。
これはわざわざ言うことではないが、生まれた後の半年間の母親(特定の人間)とのスキンシップ~心臓の鼓動の同期は限りなく重要な意味を持つ。胎外胎生期~生理的早産の生物特有の問題と謂えよう。
3歳までが最重要という人もいるが(それもよく分かる)。

この生育の上で必須の愛着関係が不全であった場合、、、愛着障害と呼ばれる。
生きる上での周囲の環境への適合(無条件に世界を信じられること)だけでなく自らの身体とも折り合いがつかなくなる。
免疫力も低く、病弱となる。
しかし子供であれば、本質的な居心地の悪さを常時抱いていても親の庇護のもと暮らし続ける他ない。
そのような親で、子供に対する想像力が発揮できず、子供を自分を投影し自分を活かす対象としか見ない場合、必然的に子供を通して自分を生きようともする。つまり無意識的搾取である。

子供の人生は内的な空虚と欠落をひたすら埋めんとしてもがくものとなる(それ以外のことはもうほとんどどうでもよくなる)。
根深い自己否定により潜在能力も抑圧され発揮できない、投げやりで無気力な態度が常態となってしまう。
欠如による無意識パタンが反復、フラッシュバックして、違和や不全感、不安、孤独が募り、当たり前に日常を送ることが不可能となって行く。
そのまま思春期に突入すれば、自立や性へのしわ寄せは勿論、不安性の障害や摂食障害、囚われ、依存症が顕著に現れる。自分を何処かで支える為に過度な消費行動に駆り立てられたりもする。物に頼るしかないのだ。
このように愛着障害は第二の遺伝子として働く。

親にとってはその有様~姿が単に子供に対する落胆や失望や怒りしか呼び起こさない。
必然的に叱責や虐待またはネグレクト、過保護で対応するしかなくなる(彼らには全てそれが子供の問題としか映らないからだ)。
生育の過程で段階的に生命にとってあるべき関係が結べないと取り返しはつかない。このことがまだ何故か周知されていない。
更に事態は深みに嵌り、救いようのない断絶した暴力的関係が強固に反復して行く。
こんなパタンは少なくない。

その子供は多くは(医者や専門家に)発達障害と受け取られるが愛着障害と取らねば埒が明かないことの方が多い。
親が決定的に自己対象化能力~内省を欠いている場合、事態は悪化の一途を辿る。
解決策とは言えないが多くの場合、(距離的に離れても意味はない為、精神的に)はっきりと別れるしかない。
今生の別れをその時点ですること。
求めることは不毛でしかないからだ(100億年待ってもまず無理である)。

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わたしは、何を騙り始めているのか、、、。
脱線である。
だが、マーロも3人目の子を産んでから暫く意識が脱線していたようだ。
良い意味で、まさにリフレッシュを促すように無意識が助け舟を差し向けたのだろう。
タリーというスーパーエゴであろうか。

最後に車で河に飛び込むまで、全てタリ-が仕組んでいたかのように。
水中でマーメイドのタリ-がマーロのシートベルトを外していたのを見て、ハッキリ分かった。
(実はわたしはそれまでベビーシッターの彼女が奇妙な点はあったにせよ本当にいたと思っていた(笑)。
それで、3番目の娘はずっと彼女が世話をしていたことも分かりホッとした。
恐らく、ジョナもそうして育てたはずだから、発達障害でも(遺伝性のものであれ)このままの愛情で抱擁するなかで次第にコミュニケーションも豊かに取れる関係性が芽生えてゆくはずだ。

河から助け出されてから、夫との関係もとても良いものとなり、生活そのものがこれまでと同様ではあるが質的には遥かに好転して行くのが分かる。
素敵なお母さんであり、憧れる母親像だ。

だが、シャーリーズ・セロンには美しい女戦士みたいなのがやはり一番似合う。
断然、「イーオン・フラックス」だ。
もうこのような無理やり太った役はやめて欲しい。
噺はとても良かった。良い映画であったが。






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ブレイン・ゲーム

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SOLACE
2015年
アメリカ

アフォンソ・ポヤルト監督
テッド・グリフィン、ショーン・ベイリー脚本

アンソニー・ホプキンス 、、、ジョン・クランシー博士(超能力者、元FBI捜査官)
ジェフリー・ディーン・モーガン 、、、ジョー・メリウェザー(FBI捜査官)
アビー・コーニッシュ 、、、キャサリン・コウルズ(FBI捜査官、精神病理学者)
コリン・ファレル 、、、チャールズ・アンブローズ(超能力者)


「慰安」とか「慰め」ではないか、、、
ブレイン・ゲームってスリリングなクライムものだぞ、という感じで売ろうとしたのか?
あさましい。
それから、頭脳戦とかいう類のものでもなかった。
変な先入観は与えないように。

キャストは申し分ない。
羊たちの沈黙」のあの博士のイメージが余りにも強烈であったアンソニー・ホプキンスと「The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ」、「聖なる鹿殺し」、とても印象に残る「オンディーヌ 海辺の恋人」のコリン・ファレルである(わたしはこのくらいしか見ていない)。
アビー・コーニッシュも「ジオストーム」や「スリー・ビルボード」、「プロヴァンスの贈りもの」そして何よりジェーン・カンピオンの「ブライト・スター いちばん美しい恋の詩」であろうか、、、この人の映画は知らないうちに観ていた感じだ。
ちなみに傑作「スリー・ビルボード」よりこの映画の方が古い。

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触った(少し関わった)ことで、その人に関する様々な情報~光景が見えてしまう。
事件の背景がみんな見えてくるのだから、捜査の効率と正確さからすれば願ってもない。
これは凄い能力だが、当人にとってはうんざりするものでもあろう。
孤独である。
こうした能力は、幼年期(胎生期から)の生育環境などで得られる可能性を吉本隆明氏が講演で語っていたことを思い出す。

ジョン・クランシー博士も初っ端から、元同僚ジョーとその相棒キャサリンの近い将来の惨劇が見えてしまう。
伏せているが、気持ち良いものではあるまい。
「何か見えたのか」(ジョー)、「いやまだわからん」(ジョン)このやりとりは何度もあった。
見ると謂うより見えてしまう、受動性であること自体煩わしくないか。
娘の悲劇もあるが、彼が人里離れた屋敷に引っ込んで生活するのも分かる。

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だがクランシー博士と同様の能力をもつチャールズ・アンブローズは、その力を積極的に使おうとする。
ひとつの効力意識をもって。
ある意味、彼にしかできない(崇高な)人助けをしようとする。それを自らの宿命と考えている。
一般的には安楽死の問題となるか。
クランシー博士以上の能力を持つチャールズは、将来的に病になり激痛を伴う耐えがたい闘病生活を強いられる人間をそれ以前に楽にする~延髄を貫き即死させる行を実行している。

だが、普通にそれは無差別殺人に映る。
まだ、発病していない患者も含むため警察も被害者の繋がりや犯人の犯行目的も何も掴めない。
現場には全く痕跡を残さず手掛かりなしで時が経つ。
それで、ジョー・メリウェザー捜査官は、かつての頼れる相棒であるジョン・クランシー博士に助っ人を依頼した。
現在の相棒、キャサリン・コウルズ捜査官も科学者である以上、超能力者には懐疑的であったが、それは捜査が進むにつれ考えを正されてゆく。

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どうやらチャールズは、相手に触れなくても何でも分かる人らしい。
サイコの殺人鬼を追った捜査中、ジョー・メリウェザー捜査官は犯人の凶弾に倒れてしまう。
それもチャールズの巧みに仕組んだものであったのだ。
ジョン・クランシーがそれまでに度々、イメージの断片で目に浮かんでいたその光景が現場にピタリと重なった。
(彼は不吉な事態の光景の断片を度々見ている。多くはそれとの接触時であるが)。

ジョーは誰にも言わなかったが、ステージ4の癌であり、もう余命いくばくもない身であることを宣告されていた。
ジョンはそのことに気づいていただろうが、彼に最後まで寄り添う決意をもってこの事件に協力したはずだ。
ジョンは、その犯人チャールズに遭遇する。
チャールズ曰く、ジョーは70日以上の過酷な闘病生活がこの先待っていた。そしてそのまま死んでいたら、とても恩給くらいで息子を大学には出せない。
だがこの度、殉職となったことで、余裕をもって息子を大学に出せる(すでに出る大学すら予見していた)。
当人も家族も幸せだと謂える。恐らく彼がそれを望んだはずだと、、、。

実は、ジョン・クランシー医学博士は、白血病の末期で激痛を訴える愛娘をずっと看病していたが、娘の楽にしてほしいという望みを受け容れ彼女を安楽死させていた。
その後、退職し妻とも別れ独り閉じ篭って生きてきたのだ。

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地下鉄で、ジョンとチャールズとの対決のとき、双方の予知が絡み合う。
周囲にはFBIが沢山いて無謀にも撃ちまくって来る。
ここは、ジョンのビジョンも差し挟まれつつスリリングに展開してゆく。
キャサリン・コウルズはこの現場に駆け付け、そこで血の海に沈む予見がはっきりなされていた。
彼女は病気でも何でもないが、額を撃ち抜かれる映像は何度もジョンは見てきている。

だがジョンはそれを阻止できるところにいた。
つまり予め分かっている事態はその直前、行動を変えることで違う結果を齎すようだ。
(彼はそれまでの捜査で何度もそれを使っている。この特技もあって彼は重宝がられてきたのだ)。

ジョンの銃弾がチャールズが撃つ前に彼の胸を撃ち抜き、結果キャサリンは額を撃ち抜かれずに済む。
ジョーは被弾していたが、病院に運ばれ手術で助かる。
ただ、チャールズが息を引き取る際に、ジョンに後を引き継いでくれと想念を送っていた。
チャールズも病に罹っていて死ぬ運命であり、この事件はジョンを探す(誘い出す)意味も担っていたのだ。
この先、どうなるのか。

ジョンとしては娘と重なる年頃のキャサリンを助ける事が出来、娘を失ったことで分かれた妻とも和解する。
チャールズの後を継ぐ必要はあるまい。
(あったら、続編ではないか、、、。アンソニー・ホプキンスにはキツイ。今回もその歳で走ったりしていたが)。

ハンニバル・レクターとは異なる魅力を打ち出したアンソニー・ホプキンスであったが、やや物足りない向きも多いかと、、、。






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Searching
2018年
アメリカ

アニーシュ・チャガンティ監督・脚本

ジョン・チョー 、、、デビッド・キム
デブラ・メッシング 、、、ヴィック捜査官
ジョセフ・リー 、、、ピーター(デビッドの弟)
ミシェル・ラー 、、、マーゴット(デビッドの娘)
サラ・ソーン 、、、パム(マーゴットの亡き母)


細かく観たら、各映像ビューの繋ぎ方がかなり錯綜しているにも関わらずスムーズな展開であり、随分丁寧な編集作業の結果だと思う。(PCビューばかりでなく、監視カメラのビューも含む)。
ほぼPCパネル上だけでスリリングな噺を完結させる手腕は大したものだ。
突然姿を消した最愛の娘をネット上、彼女の関わった全てのSNSを虱潰しにあたって行く父の奮闘振りと娘の足取りがネットを介しパネルに展開する。これがハイテンポであることも引きずり込む上で大きい。
共感しつつ自分もこう検索するなとかまずそこから行くか等と、経験上(インターフェイス上)の身体性に重なって来て、一瞬も目が離せなくなっている。
それぞれの捜査画面で主人公の感情的なものや出来事の奥行きまで描かれてゆく。

ただこうしたメディアは急速に進歩するため、数年経つとこの道具立てからレトロな感覚を醸すようになるのだろうな。
昔のSFがそうであるように。

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それと見終わってみて、この映像を無理にPC画面に当て嵌めなくても、よかったかなとも思える。
それにより映し方はそれ相応となる。
別にそれを狙っていて成功しているのだから問題などないのだが。
(敢えて、形式に当て嵌めて映しているのだ)。
だがそれにより例えば、ゴダールとか小津に比べ表現という点での自由に限界は出来る。

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何れにせよ最初のアイデアで勝負というところだ。
これは2度は使えない。他の監督についても、今後これをやったら直ちにこの映画のパクリだと叩かれよう。
その点で本作は、新鮮ではあった。
こうした視座の拘りは、あのシューティングゲーム調の「リディバイダー」どちらかというと主人公のARと謂うべきか、、、特異な視座で押すものもある。
だがそれより寧ろ、ストーリーがよく練り込まれていてそこに惹き込まれた。
この監督、とてもアイデアがあり、恐らく次作も面白い発想で優れた作品を捻り出す期待が持てる。

PC画面上でストーリーが展開する面に気を取られるが、その表現形式を最大限に活かしたストーリーも2転3転し見事な畳み掛けであった。
脚本が良い。
日頃からよく知っていると安心している身近な存在のことを実はほとんど知らない事実が、これまた日々慣れ親しんでいる検索という所作~インターフェイスを通して暴かれてゆく。
これは父にとって何とも言い難い苦悩であり苦痛である。
(正直、娘の孤独に気づくというのは、ショッキングかも知れない)。

この監督には注目して行きたい。
インド系の監督と謂えば、これまではナイト・シャマラン監督が著名であるが。
(「スプリット」、「サイン」、「シックス・センス」、「ヴィジット」等)。

この監督の方が凄そうである。

本作も記念碑的な作品だと思う。
最近の映画にしては珍しくハッピーエンドであることも嬉しい。
(この点はわたしにとって大きいものだ)。

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エリザベス∞エクスペリメント

ELIZABETH HARVEST001

ELIZABETH HARVEST
2019年
アメリカ

セバスチャン・グティエレス監督・脚本
ケイル・フィノット撮影

アビー・リー・カーショウ 、、、エリザベス・カレンバーグ(ヘンリーの亡くなった妻のクローン)
キアラン・ハインズ 、、、ヘンリー・カレンバーグ(ノーベル賞受賞の生物学者)
カーラ・グギーノ 、、、クレア(生物学者)
マシュー・ビアード 、、、オリバー(ヘンリーのクローン、盲目の青年)
ディラン・ベイカー 、、、

「エリザベスの報い」か。
アビー・リー・カーショウは「ネオン・デーモン」にサラ役で登場していたスーパーモデルである。
エクス・マキナ」に近い雰囲気を持つ。だがこちらはクローンである(むこうはロボット)。

細胞から取り出したDNAを含む細胞核を未受精卵に移植することで、はじめてクローンが作成される。
奥さんが23で亡くなったとしたら、その体細胞から奥さんと同じような容貌と体格を持った個体まで育つには単純に、23年以上かかる。その過程が描かれていないうえに、何故かみんな成人なのにカプセルみたいなものに保存されているため、奇妙であった。
後半、カプセルに入れた(戻した)のは病気のせいだとは分かる。
彼女らはクローン人間作りに狂気の情熱を燃やすヘンリーに加担するクレアのつきっきりの研究治療を受けていた。

はじめ6体作成したものが最終的には1体だけ生き残る。
それまでは適合が困難であったり、精神が構成できなかったり?で失敗したり、博士がわざわざこの部屋を覗くなとあたかも覗くような動機付けをしておいて、約束を破って覗いたことに腹を立て殺したりして、数が減って行く。
ただ途中で、博士が徹底的にこの研究をやり尽くすとか、失敗したところで殺すのが快感みたいなことを言い出し、ずっと研究を続行すると力説していたが、6体の後でまた移植を追加したのかどうか定かではないが、あくまで人と同じペースで成長するクローンである。その辺の流れがどうもすっきり伝わってこない。いきなり映画が成体の姿から始まりそれらがカプセルから目覚めたりするものだから、実に変であった。

ELIZABETH HARVEST002

噺は、妻を若くして病気で失ったマッドサイエンティスト(ノーベル賞の生物学者)がこれまた優秀な女性生物学者クレアの支援を受けながら、妻のクローン作成を延々と続けてゆくというもの。
そのクローンエリザベスに対しては、ヘンリーはかなり年上の夫、クレアは屋敷のメイド、盲目の青年オリバーは召使として接する。

それにしても、見事な豪邸である。
なんでも揃っていて、外に出る必要性を感じない。
わたしなら快適に籠もるはず。
この映画自体、ほぼこのキーの解除できない屋敷の中だけで展開する。
何故、夜になるとクレアとオリバーが邸宅の外に出てゆくのかがいまひとつ分からなかったが。

閑静な郊外というより、人里離れた森みたいなところか。
こういう場所で秘密の実験が行われ、エリザベスのような訳アリの美女が幽閉されているという設定は余りに既視感が強い。
特にSFものには多い。
エクス・マキナは勿論、「ショートウェーブ」とか、探し始めたらかなりありそうだ。
だが、この設定に説得力はある。
(これもSFお伽の城なのだ)。

ELIZABETH HARVEST003

5代目エリザベスが、ヘンリーとの共同研究を行ったクレアの日記を読んで自分のことやオリバーの出自を知ってしまったことで、彼ら相互の関係性をしっかり把握する。
そこから事態は大きく動いてゆく。
特に目の見えないオリバーは自分の存在について大きな不安を抱えており、エリザベスから日記に何か書かれていないかを執拗に探って来る。自分は本当にヘンリーの息子なのかどうか、疑い続けてきたようだ。
それが、ヘンリーのクローンであったのだ。つまり彼の不安は的中したのだ。
5代目エリザベスが起こしてしまった6代目が何処かに潜伏していて暫くの間姿を見せず、終盤に現れたところで、事態は決定的に行くべきところまで行ってしまう。

5代目は6代目に射殺されるが、彼女の得た認識は6代目に受け継がれる。
(後半、エリザベスにとって正当防衛で、ヘンリーを殺害してしまったあたりから、かなり血生臭い状況に展開してゆく)。

彼女は、病気で入院していたクレアが戻ると、その邸宅を彼女に明け渡し、自らは颯爽と出てゆく。
念願の外の世界に逞しく足を踏み出してゆくのだった。

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アビー・リー・カーショウがかなりの演技派であることも分かった。
それぞれ代の異なる(と言っても作成時は同時だが、カプセルからの目覚めの時差がある)それぞれのエリザベスをしっかり演じ分けていた。これは見事である。
ただ、遺伝子が全く同じでほぼ同様の環境で教育や植え付けを受けて来たはずなので、それほどの目立った差異は生じないとは思うが、クレアの彼女らに対するケア~治療が向上していった成果によるものなのだろうか。
段々代が増す毎に、エリザベスは人間らしくなってゆく。
つまり物事に懐疑を抱き、探求心を持ち、それを自ら発見して解決しようとする姿勢が強くなってゆく。
最後のエリザベスは最初の頃のお人形のような頼りなげな彼女とは容貌は一緒なのに別人のように逞しい。

耽美的でもあり、その雰囲気にも酔えるかも。

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ANON アノン

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Anon
2018年
イギリス

アンドリュー・ニコル監督・脚本・製作
クリストフ・ベック音楽

クライヴ・オーウェン、、、 ササル・フリーラン(一級捜査官)
アマンダ・サイフリッド、、、(ANON)
コルム・フィオール、、、 チャールズ・ガッティス(指導刑事)
マーク・オブライエン、、、サイラス(技術スペシャリスト)
ジョー・ピング、、、レスター(技術コンサルタント)

何と黒髪のストイックでハードボイルドな?アマンダ・サイフリッドである。
非常にきまっていた。
ガタカ」の監督である。
スタイリッシュで美しい。
BGMが良い効果を生んでいた。
攻殻機動隊」と同様のサイバー空間が構築されている。
今もスマホ片手に出来ることはかなりあるが、それが脳内チップでより自在に容易にデータベース検索などが可能となっている社会だ。

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確かに今と地続きの近未来をリアルに感じさせる世界観だ。
全ての人間の経験~知覚データは「イーサ」というサーバーにデータベースとして管理・共有され政府の権限を与えられた者は自由にアクセス出来る。
全人口のデータを管理する巨大サーバーは、丁度アメリカの「プリズム」の延長であろう。
プライバシーのない世界に人々はどのような形で同意したのか?
同意というような民主制なしにこのような徹底した管理社会に繋げていったのか、、、。
利便性を追求した技術革新に呑まれた結果なのか。犯罪率の低下または犯罪の解決率の著しい向上を謳ってのことか。

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しかしそうした透明な環境には、必ず匿名性を守り抜く可視化されない存在が生じる。
単一化した共同体の脆弱性を突いてくる。
ハッカーである。。
彼らはデータベースに不法侵入しデータを消去・改竄・入れ替え・編集を巧みに行う。
ここに登場する殺人事件の犯人に疑われる”アノン”という女性もそれを生業として生きる。
(闇サイトを通じて、記憶を消去・改竄して欲しいクライアント相手に接触する)。
精巧で特殊なアルゴリズムを開発し対象の過去を完全に改竄してしまう。
見えるものは全て作り変えが出来、情報は塗り替えられる。
こういうフラットな社会である。当然、そうした需要と供給は何処からか生じて来よう。
匿名プロキシなどたて安全対策も万全に、痕跡を消して穴を補完し、すり抜けてゆく。
報酬も彼女は必ず紙幣の手渡しで受け取り、ネットは作業を終え、手早く後始末をすると直ぐにログアウトし、普段の生活はアナログ(ネット接続のない環境)の生活を送っている。

果たしてデジタルの極致のような利便性を追求した生活がどれだけ質が高いかは疑わしい。
彼女の部屋の音楽は、ターンテーブル上のLPレコードにより優雅に鳴っている。
(このレコードをかける行為が煩わしいものかどうか?コーヒーをたてるような美学にもあたる乙な所作ではないか)。

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それにしても、突然発生した異様な殺人事件は、単にデータベース上のハッキングに留まらないものであった。
犠牲者は、記憶を改竄してもらった後で、念入りに口封じのように殺されてゆく。
しかも異様なことに、どの犠牲者も自らの視覚をリアルタイムでハッキングされ犯人の視覚を上書きされて射殺されている。
事件を追うササルも視覚を操作され危うく殺されかける。しかも隣人を銃で射殺したデータまで捏造され、捜査から外されてしまう。
これはアノンのやる行為を明らかに逸脱したものであった。
彼女も自らが関わったクライアントが悉く殺されていることに身の危険を感じ不安になっていた。

つまり殺人犯と疑われていたサイファーが他のサイファーに脅かされていたのだ。
彼女の他に非常に技術力のあるサイファー(0~幽霊)が存在することは間違いない。
これは囮捜査で彼女と深く関わりを持ったササル・フリーランも同意する。
しかし警察上層部は、殺人そのものや犠牲者などどうでもよく、システムの信頼性を揺るがす者が断じて許せないのだ。
ネットワーク上に共有されない者は、体制と治安を揺るがす存在であるという認識である。
この点において殺人犯同様、彼女の存在も窮地に立つ。

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結局、上官の推薦で捜査チームに配属されたサイラスがアノンのなりすまし殺人を重ねていたものであり、彼女のネット上のストーカーであった。上官も操作されて彼を知らず配属させていたのだ。
何故か、ササルがサイラスの虚を突き撃ち殺す。
アノン曰く「見られたくない秘密があるのではなく、見せたいものがないの」と言い残し、彼女はササルの前から消える。

見るという行為が余りに単純に透明化されていたことが気になった。
見る事は言語作用でもある。透明な見えというものはあり得ない。
また、その言語のうちにプライバシーが息づく。
この辺の視覚~表象のズレは簡単に解消したり同期できるものではないと思うが。

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引っ掛かるところはあるが、謂わんとしていることはよく分かるが、、、。
もうひとつ、リアルタイムの視覚像改竄はデータベースの画像・動画改竄からはかなり技術的に飛躍していると思う。
脳内チップを介してどのようにコマンドを出すのだ?
あのインターフェイスはとてもしっくりくるのだが、、、。
イメージ出来ない(笑。



トーンが良く、全体に静謐で洗練された映画であった。






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アンシンカブル 襲来

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Den blomstertid nu kommer
2018年

スウェーデン

ビクター・ダネル監督・脚本

クリストファー・ノルデンルート、、、アレックス(ミュージシャン)
リサ・ヘンニ、、、アンナ(アレックスの元彼女)
ジェスパー・バークセリウス、、、ビヨルン(アレックスの父)

出だしはセスナに乗る父子の情景から始まり、アレックスとアンナでバンドを組もうと、バンド名を考えるところなど、擽ったい共感を呼ぶ出だしであったが、、、


様々な思いの重さ(囚われ)とその絡みと行き違いによる孤独と苦悩が描かれ。
最後はその思いの残酷な忘却で悲惨に終わる。
ひとは想念の生き物であり、それによって確執を呼び、がんじがらめにもなってしまう。
その厄介さと絶望が暗く描かれ印象的であった。

内向的だが内省的でない主人公。だけでなく他の人も皆。
人と謂うより国(レベルで)もそうである。
それぞれの粗雑で身勝手な思いが暴力としてぶつかり合う。

音楽もチープでそれはないだろ、というレベルのものであった。
ここは、ミュージシャン~コンポーザーとして成功した人という設定なのだし、坂本龍一にでも頼めばよかったのに。
(もしかしてギャラが高すぎるのか?見るからに低予算映画のようだし)
音響は良かったと思う。

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相手がはっきり何者かが分からぬまま、ISのテロやロシア絡みの陰謀説など憶測も流れつつ進行して行くが、わけの分からぬ敵が突然、激しく機関銃を撃ち込んで来たり軍用ヘリで急襲して来たりするのだから怖い。
実体は余りにはっきりしているのに、それに一義的に名を付けられない不気味さは途方もない。
更に雨が生物兵器なのだ。
国際法で禁止されているものだ。
しかもその攻撃対象が民間人ではないか。
一体どうなっているのか。

これはもう戦争ではない。
ただの侵略である。
恐るべき何者かの襲来としか言えない。
(ということなのか?)

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車が次々にぶつかって行く。
何故だろうと思っていたのだが、雨に濡れて皆、運転中にアルツハイマーになっていたのだ。
これは怖い。

結局、雨にアルツハイマーになる毒薬を混入しスウェーデン人から「思い出」を奪った敵は何者だったのか、、、
最後にTVにプーチンが出て来て「ロシアの経済状態は良好」とか言って切れたが、、、。
この襲来はプーチンが糸を引いてたのか?
よく分からない。

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大切な思い~記憶を雨に洗い流されて逝くという残酷で悲しくも絵の美しい北欧スウェーデンの映画であった。






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華氏451

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Fahrenheit 451
2018年
アメリカ

ラミン・バーラニ監督・脚本
レイ・ブラッドベリ原作

マイケル・B・ジョーダン、、、 ガイ・モンターグ
マイケル・シャノン、、、 ジョン・ビーティ隊長
ソフィア・ブテラ 、、、クラリス
リリー・シン
ディラン・テイラー


だいぶ以前に「華氏451」は観ている。
フランソワ・トリュフォー監督の映画だ。SF色のないSFで、幻想的な美しさが印象に残っている。
リメイクということで、興味をそそられ観てみたが、如何にもTV映画というものであった。

「オムニス」、「サラマンダー」、「イール」、「ナイン」などの道具立て(環境づくり)をして原作制作時にはないデジタルメディア~IT社会に対応した思想(言論)封じの世界を描いている。

本やメディア、ハードディスクを火で燃やすという原始的な儀式はそのまま(象徴的に)残している。
隠れて本を残そうとする者たちを「うなぎ」と呼びそれを捕らえてメディアに火にかける者を「火とかげ」とか言っているが、ちょっと変。
「イール」、「サラマンダー」でないと。

街にはとても毒々しいドギツイ形で本~思想の取り締まりや相互監視の広告の映像を出しているが、そんな殺伐とした光景を表に出さなくとも、もっとスマートで強力な方法があろうに。
現に今だって、似たような状況にあり、いつの間にか「電気グルーブ」のアルバムが消えていたり、、、自主規制等々結構危ない社会であることが、露呈しているではないか。
このわれわれの社会の方が、普段何食わぬ顔をしている分、この映画の物々しい統制社会よりも潜在的で無意識的で恐ろしい。
体制の内面化、あたかもそれが自らの主体的意思によるかのような操作の方があからさまな外圧より強力であり質の悪いものだ。

それにうちの娘を見れば分かるが、ホントにいくら本を買い与えても、スマホやPCにばかりもたれこんで、無尽蔵にある面白動画やゲームなどをひたすら受け身で享受している。
本を薦めているのに、そちらに向おうとしない。
本に関わるには、受け手も相当な主体性と能動性を発揮しなければ太刀打ちできない。
必然的に思考と精神運動を要する。
その体勢が身に付かず、受動的に堕落している現状の方がこの映画より恐ろしいではないか。
何も暴力的に追い立てるまでもない。自ら欲しないのだ。
これでよいのか?(極めて自覚的な教育が必要になってきている)。

これこそ由々しき事態であろう。
文明崩壊が極々自然に進行している。
言語が世界から凄い速度で消滅しているという。
様々な文明が消えているのだ。「多様性」という言葉が実質、死語になってしまうのか。
英語ばかりが益々強大になって行くと、この映画のような一元支配の世界へと重なって行くことになろう。


最後の高い天井に空いた穴から通信機を付けたDNAに本の情報を乗せられた鳥が飛び去って行くところは素敵であった。
ちょっと「ブレードランナー」に対するオマージュを感じるところた。
トワイライトの空には、無数の群がる鳥が飛び回っており、先ほど天空に向け飛び立っていった鳥がその中に混じる。
空を覆うような鳥がやがて仕込まれたDNAを拡散して行き、この硬直した社会を崩壊させるであろう解放感を漂わせて終わる。

終わってみると、これはこれでよい映画にも思えるが、、、。

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ボヘミアン・ラプソディ

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Bohemian Rhapsody
2018年
イギリス・アメリカ

ブライアン・シンガー 監督
アンソニー・マクカーテン 脚本
ブライアン・メイ ロジャー・テイラー エグゼクティブ音楽プロデューサー


ラミ・マレック 、、、フレディ・マーキュリー
ルーシー・ボーイントン 、、、メアリー・オースティン(フレディの彼女)
グウィリム・リー 、、、ブライアン・メイ
ベン・ハーディ 、、、ロジャー・テイラー
ジョー・マッゼロ 、、、ジョン・ディーコン
エイダン・ギレン 、、、ジョン・リード(マネージャー)
トム・ホランダー 、、、ジム・ビーチ(弁護士、2人目のマネージャージャー、ニックネーム:マイアミ)
アレン・リーチ 、、、ポール・プレンター(フレディに悪影響を与えた男)


フレディ・マーキュリーを主人公に描いた物語。
わたしの大好きな曲「ボヘミアン・ラプソディ」の出来るまでを描く映画みたいな先入観をもって観ていたら中盤に仕上がってしまっていた(笑。
フレディの生涯を描く、と謂ったものであった。
彼の(本人が消し去りたかった)バックボーンを垣間見る事が出来、感慨深い。
(わたしは彼らのファーストから「オペラ座の夜」までは注目していたが、その後は忠実なリスナーとはとても言えない、ファンの風上にも置けない立場の人間だ)。
それでも身を入れて観られる映画であった。

最後、エイズ感染を知ったフレディの不退転の決意とクイーンの一丸となった体制で臨む「ライヴエイド」でのステージシーンには感動した。
この会場のスケールが完璧に再現されているのにはただ驚くばかり。
ジム・ビーチが彼らの演奏ボリュームを直前に上げていたのが印象的であった。
(彼はこの映画のプロヂューサーでもある)。
何やら噺のよく分からぬところで戸惑うところもあったが、彼ら(特にフレディ)のパフォーマンス~音楽により、細かいところなど、どうでもよくなった。

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それにしても主演のフレディ役のラミ・マレックであるが、特に骨相的に似ている訳でもないし、体格も違うのによくあそこまでフレディになりきれたと感心する。切ないほどにフレディであった。
もう憑依したほどの熱演ではないか。
よくあるそっくりさん狙いではなく、演技で本質を炙り出そうというもの。
こちらが王道だ。
この映画、ミュージシャン(アーティスト)の伝記映画のなかでも楽曲が多く使われているように思う。
流れに沿って的確な選曲がなされており、それが聴けるだけでも盛り上がるに充分であった。

音源は主にフレディ生前のものがほとんどであろうが、ラミ自身の唄っている部分はあるらしい。
映像的には彼が唱っているようにしか見えなかった。
その点での裂け目はない。
フレディという存在のかなりの厚みが描かれていたように思う。
その横柄さと裏腹の繊細さ、迷いや葛藤、苦悩と虚無に耐え自らを信じる強さに。

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彼は(ゲイと謂うより)バイセクシャルであったというが、フレディと「女性」の彼女との関係がとりわけ丁寧に描かれていた。
恐らく製作者側が強調したかった点かも知れない。
性の問題が複雑に絡むと重くなるが、これも例外ではなかった。
ブライアン・メイとロジャー・テイラーも音楽だけでなく、物語の内容に少なからず関与しているはず。
親友(家族)の生涯を語るのだ。
薄っぺらで杜撰なものは許せまい。
それにしても、切ないが清々しい思いに充たされた。
演出も気が利いていたが、ただ脚本がどうもこなれていない感じは拭えなかった。

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ディーコン・ジョンの描写が今一つだった。
ブライアン・メイと ロジャー・テイラーは結構、特徴が出ていたと思うが、ディーコン・ジョンが余りに地味すぎる。
クイーンファンではないわたしでもジョンのクイーンにおける重要な立場は知っている。
音楽、テクニカルな面だけでなく、まとめ役とマネージメントにおいての彼の役割である。
これはドラマの上でも多少は描いておくべき点だと思う。

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フレディに限らずゲイ(バイセクシャル)には、とても感性が鋭くクリエイターとしても表現者としても際立つ人がいる。
エルトン・ジョンやボーイ・ジョージとかジョージ・マイケル等々は有名なところだが、マイケル・スタイプ(REM)やジャズ界のコール・ポーター、、、チャイコフスキーもバイセクシャルであったという。
エイズで39だったか?で90年代初頭に亡くなったクラウス・ノミも個性あふれる非常に優れたミュージシャンであった。
(わたしは、ノミやスタイプのファンである)。

しかし、過激なミュージシャンであっても、この当時はまだゲイのカミングアウトは社会的に困難を極めた。
性的趣向~ゲイやバイセクシャル~に対する弾圧的風潮に加え、完全に不治の病であり社会的にも差別的に扱われていたエイズに犯され、フレディにとってその恐怖と絶望と寄る辺なさは如何程のものであったか!

出自における違和は「フレディ・マーキュリー」(本名はファルーク・バルサラ、ザンジバル島生まれのゾロアスター教徒)という名で乗り越えたとは言え、精神的な空白は埋めがたい。居場所の持てない常に宙吊り状態の彼はクイーンのなかにあってもズレに苦しみ続ける。その表れとしてしょっちゅう集まりには遅刻を繰り返し、エキセントリックに振舞うかと思うと直ぐに独りになっている。そんな隙をポール・プレンターに巧みにつかれ享楽的で危険な遊びに引きずり込まれ溺れてしまう。
更にクイーンからフレディは切り離されてしまう。
彼はポールを最終的に切り捨てるが、時すでに遅かったと謂えよう(その病においては決定的であった)。

フレディにとっての究極的なアイデンティティはやはりクイーンに求める他なかった。
そして他のメンバーも最終的にそうであった。
「おれたちは、家族だ」(フレディ)。
(終わりの頃のクイーンのアルバムはコンポーザーは個人名ではなく、全て「クイーン」で統一されている)。
善を積めといつも諭していた父とも最後のステージ前には和解し(このステージが最高の善である)、メンバーと一体となって臨んだ。
だがそれでも途轍もない孤独が解消されるわけではあるまい。
その孤独に耐え、飢えに苦しむアフリカの人々を救うためにノーギャラで臨んだ最後のステージの神々しいまでのパワーには深く感じ入った。

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2018年
月川翔 監督
柳本光晴 原作
西田征史 脚本


平手友梨奈、、鮎喰響
北川景子、、、花井ふみ(編集者)
アヤカ・ウィルソン、、、祖父江凛夏(文芸部部長、響の親友)
高嶋政伸、、、神田正則(「木蓮」編集長)
柳楽優弥、、、田中康平(新人賞作家)
吉田栄作、、、祖父江秋人(人気作家)
小栗旬、、、山本春平(作家)

「お伽の庭」読んでみたい。
秋元康ワールドに結構乗せられているわたしである。

いくちゃん繋がりで「乃木坂~」も娘と見始めたら、「乃木坂~」ファンとなり、最近では平手女史の「欅坂~」も観始め、「日向坂~」も3日前あたりから観ている。どれも面白い。はまる。一緒になって笑ってしまう。健康にもよい。
今や「坂~」ファンの端くれ状態である。
本当はコンサートのライブを観るべきだろうが、流石に会場にはちょっと。
Blu-rayをパソコンで観たいとは思う。
やはりライブのステージは観たいでしょう。
(以前、AKBのステージを岩井俊二が撮っていたはず。わたしはAKBには全く興味ない。ハロプロもいまひとつ。夢アドは曲によってはよいが、、、何故、「坂」がはまるのだろう、そのうち考えたい)。

特に平手女史のライブパフォーマンスは凄いらしい。
TVで踊っているのを観たことあるが、天性のものを感じる。
やたら恰好良い。良すぎる。
日本のイザドラ・ダンカンか、、、。

このひとも、努力・根性とか負けず嫌い、上昇志向、そういったレベル、この映画でいえば賞を取るために頑張るようなタイプではない。
自らの内から迸り出るものを抑えきれずに、純粋に思い切って表出しているのだ。
恐らく孤独や不安に打ち震えながらも、根源的な表現への意欲(欲望)に身を任せステージで爆発させているのだろう。
今やっている表現が手段ではなく目的に違いない。
彼女は本質的な表現者であって、少なくとも芸能界で有名になりたい、賞を貰いたい、成功したいなどの目的でやっているひとではないことは強く感じられる。

その点で、この物語の主人公に重なるところは大きいはず。
きっと本を読んでそう思い引き受けたのではなかろうか。
自分の感覚・感性をどこまでも信じられるひとである。
他人や世間の無責任な思惑などに微塵も動じない。
孤高であることを恐れない。
彼女自身がこんなに粗暴とは思わないが。
15歳ならギリギリ受け容れられるところか。
(さすがに歳とってこれは出来ない。無理(爆)。

ともかく、平手女史とその他のキャストの強度で最後まで一気に観れた。
正直、ヒロインが平手女史でなければ、もうヘロヘロのお話となっていた可能性大である。
観れたものではなかったかも知れない。
平手友梨奈と重ねて鮎喰響を見る、いや鮎喰響に重ねて平手友梨奈を見る映画であろうか。
このまま行って貰いたいひとである。
「坂~」の人たちは魅力があるのだと思う。
いくちゃんは謂うに及ばず(はやく人間国宝にしてもらいたい)、乃木坂だと他に歌をはじめ何でもござれの実力者の久保さん、欅坂だと他に小林さん(ギター)とか、日向坂だと佐々木さん(バイオリン)とかなかなか楽しみなひとが多い。そう、STU~というグループの瀧野さんはサックスが凄い。それだけ知ってる(笑。それにしても秋元康というひとはどこまで手広くやっているのだろうか。
物凄い金持ちであることは間違いないが。


欅坂のPV「世界には愛しかない」は印象的だった。
ここでの平手友梨奈さんの最後の、、、”世界には愛しかないんだ”、、、はきまっていた!

ホント、かっこいい。


まだ芽の出ぬ作家山本の自殺を思いとどまらせる場面ほ、全く現実的ではないが妙に良かった。
列車を止めた罰金は印税で支払うと。
やはり平手女史だから様になる。他の誰かがやっていたら、もうくそみそであろう。

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長女の多肉写真から

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長女が見てみてというので、リサイズして載せることに、、、。
どれもいまいちの多肉だが、そのままの姿に映っている。
うちの中堅どころか(笑。

サボテンがひとつ混じっている。
シルエットの大きい方の黒法師がちょっとお気に入り。
いや、でも光に塗れた黒法師もよく見ると味わい深い。

改めて、わたしも写真を撮ってみようと思った。
旅に行くにはカメラも持って行くことになろうし。
でも絵を描くにはスケッチブックの方が大切だが。

やはり写真は特に、光と影がポイントだなと確認する。
(娘は所謂、カタログのつもりで撮ったみたいだが)。
それから、多肉は寄せ植えが楽しい。
(かなり大きなよく出来たものをはずみで二鉢あげてしまったのをちょっと後悔している)。


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フェティッシュなオブジェのようでいて

いま、欲しいモノ。
すでに持ってはいても、イマイチであったり、そのうち手に入れたいと密かに思っているモノ、、、。
ここに公開(笑。
フェティッシュなオブジェのよう、、、眺めても触っても飽きないモノを。
微細な身体性をビビットに発動させたいのだ。
旅行にもそのまま繋がるような存在のリフレッシュを図る。
とりあえず、双眼鏡と万年筆は直ぐにも欲しい。





月球儀はこれまでなかなか良いものに出逢えなかった。
月を想うオブジェ(アイテム)は自分の机上に欲しい。









双眼鏡は、コンサートにも必要だが、未知の旅行には持って行きたい。
これは思いの他役立ちそう。
わたしはカメラより寧ろこれだ。
スマホも抽斗にしまって
ともかく、これを携え外に出たい。







万年筆には少しずつ拘りが出てきた。
これまでは書ければ何でもよかったが、バカ高くはなく書き心地のよいモノを。
しょっちゅう手にしたくなるもの、、、。
端末のキーボードばかり打っている生活を少しばかり異化したい。
いまも打っているのだが、、、トホホ。





クラゲやクリオネが直ぐに飼育できる水槽。
最近、クラゲを見て驚愕した。
その異様で繊細なめくるめく運動の美。
亀よりクラゲではないかと思ってしまった。
(うちの亀には悪いが、、、)。
亀は亀で愛嬌があって可愛い。が、悪意さえ感じる怪しい振る舞いには魅せられる、だろうな。




随分古い、結構良い品だと謂われる扇子があるのだが、ほとんど使わないし意識もしなかったが、TVで扇子を何度か観ているうちに気になって来た。
センスのあるものを手にしてみたい、そんな気持ちが疼いてきた。
これからは、心地よい風が必要になって来る。
扇子で扇ぐのも良い。いや、最高かも、、、。




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百日紅 Miss HOKUSAI

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2015年
原恵一 監督
杉浦日向子 「百日紅」原作
丸尾みほ 脚本
板津匡覧 キャラクターデザイン
富貴晴美、辻陽 音楽
椎名林檎 主題歌

声:
杏、、、お栄 (葛飾北斎で絵師)
松重豊、、、葛飾北斎
濱田岳、、、池田善次郎 (北斎宅の居候で絵師)
高良健吾、、、歌川国直 (歌川豊国門下の人気絵師、お栄に恋心を抱く)
美保純、、、こと (母)
清水詩音、、、お猶 (お栄の妹、盲目で尼僧に預けられている)
筒井道隆、、、岩窪初五郎 (北斎門下の人気絵師、お栄が恋心を抱く)
麻生久美子、、、小夜衣 (吉原の花魁、夜首が伸びる)

漸く観ることとなった。が、子供が煩くて落ち着いて観られず後日改めてじっくり見直したい。


オルタナティヴ・ロックとディープなお江戸が実に合う。
文化11年。1814年である。
飛びぬけた腕を持つ女流画家であるお栄を主人公とした物語。
葛飾北斎と娘のお栄とその妹お猶を軸に進行してゆく。
居候や犬や版元や秘かに慕っている相手や吉原の花魁などがそこに色を添える。
オカルティックな闇と光の交錯の眩い「江戸」がどっぷり堪能できる。
これは通常の旅行では味わいようもない「時間」だ。
映画ならではの醍醐味である。

北斎は滅多に家には戻らず仕事場として借りている長屋で絵を描くか、ぶらぶらしているかのどちらかだ。
絵についてはもはや神の域である。だがその風貌から北斎と信じてもらえなかったりする(まさかあ、、、という感じ)。
お栄は基本的に絵の師匠である父についているが、盲目で病弱の妹のケアも献身的にしている。
というより、妹との特別な時間が彼女(の精神)にとっても大切なのだ。
江戸では、絵画(浮世絵)の世界が生き生きと日常的感性に直結していて、そこに描かれる異界や霊魂や穢れや彼岸などがありありと現実に雪崩れ込んでくる。見えないモノの察知や共振や交わりの時間が交錯する日々なのだ。
フラジャイルで果敢ないお猶 の存在はお栄の感性を研ぎ澄ますことにも繋がっているように思える。
彼女が「橋」でいつも物思いに耽るのも象徴的だ。
ムンクの例の絵も突然、橋(という境界)で突然のインスピレーションを得て声のない叫びをあげてしまう様である。

お栄の描く世界は余りにリアルで地獄を描けば持ち主は文字通り地獄に落ちる羽目となった。
しかし父はその絵に持ち主を救うアイテムを描き加えて騒動を治めてしまう。
絵に「始末をきちんとつけろ」と。
なるほど、確かに一枚上手だ。

亡くなったお猶が父北斎のところにたったひとつの椿の花として舞い込む場面で感極まった。
この風情である。
ストーリーではない。この濃密な空間に胸が一杯になってしまった。


お江戸の粋な言葉使い、ニュアンス、所作、立ち振る舞い、生活の機微、異界の気配、光と闇がとてもビビッドであった。
鮮やかな臨場感と体を実際に運ぶような感覚は、まさに旅をしている気分だ。
そしてこれ程、贅沢な旅はない。
この圧倒的な物質性。
風の梵や仄かな香さえ感じられる空間であった。

杉浦日向子さんの世界をしっかり再構築できていたのでは、と思える。
声優陣がピッタリ合っていたことも大きい(岩窪初五郎が何とも雰囲気が良かった)。
杏は江戸にも詳しい人だが、凛としたお栄のキャラにはうってつけだった。


これは何度も見直してしまう映画となりそう。
本当に凄い傑作に出逢ったものだ。
この旅感覚は何とも謂えない。






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ブラックホールを描く

Black hole001

ここのところ、この話題で持ちきりである。
「イベント・ホライズン・テレスコープ」というプロジェクトの成し遂げた偉業である。
5500万光年の彼方、おとめ座銀河団の中心にある巨大楕円銀河M87の中心にあるブラックホールを直接観測したというのだ。
質量は太陽の65憶倍だというが、、、。
これまでブラックホール自体が余りに小さいので、観測は諦められていたとも謂えた。
TVで科学者が、月面上に置かれたオレンジ一個を見るような精度が必要だとか言っていたものだ。
絶句である。

何か感想めいたことでも書いてみたいが、その内容に関しては専門ニュースに任せるしかない。
絶句するだけだし(笑。書いてもしょうもない。
実に興味深々なこと~その価値が挙げられている。
全く新しい天文学が形成されるという、、、。
それにしても、つくづく感心したのは、銀河の中心に巨大な質量を要請することからブラックホールを予言したアインシュタインの天才である。
これらのことも含め、たくさんのHPが今回の発見について扱っている。


ただ改めて思うことは、やはりあった、とかその存在の確信に至るには視覚情報に頼る(限る)ことだ。
どれだけわれわれが視覚を優位においた文化にいるかが実感できる。
目しかないのだ、、、時空の歪みを目で見る?!、、、目にそこまで任せるのか?
見るとは本来、見間違えることでもあるのだが。(多次元にせよ図解されると曲解されぬか?)
ここで画像というのは、膨大な観測データをもとに特殊なアルゴリズムによってCG生成したものを意味する。
(これまでNASAのHP等で掲載されてきた画像は悉くCGによって目に見える形にされたものだ。レアデータそのものでは見るに見えない)。

今回のブラックホール描画で凄かったのは、まずは観測~データ収集のための地球大の仮想望遠鏡の(ネットワーク)構築であるり、チリ、アリゾナ、ハワイ、メキシコ、スペイン、南極にある8か所の電波望遠鏡を繋いでいる。
この作業に最先端の研究者~専門家たちが10年を費やしてきた(費やされた予算も途方もないモノだろう)。
人の目の300万倍の解像度をそれによって得たというものだ。
だがそれは、単に解像度などという単体のカメラの性能みたいなスタティックなお手軽なものではない。
それぞれの観測装置自体が様々な影響を受けて動いているのだ。
地盤(南極は氷の基盤)の移動、月の重力の影響による移動、勿論地球の自転、またターゲットから来る光を捉える時間も地球上の望遠鏡の各位置により誤差が生じる。その辺を考慮したプログラム上の調整が必須である。だからそれぞれの望遠鏡に装置を設置する際の正確さもミクロン単位で要求される。ちょっとした狂いも許されない。
観測は4回、4日で行われた。2017年4月のことである。
途中、結構トラブルにも見舞われ(メキシコの天候やその他諸々)悪戦苦闘したようだが、、、初めてのことに挑戦するときには必ず想定外の事態はつきものだろう。

そしてアメリカの本拠地に送られてきたデータ量が何と5ペタバイトという卒倒するようなボリュームである。
HD自体からして相当重かったはず。
統合されたデータをもとにアメリカの若い女性科学者(29歳?)が書いた新しいアルゴリズムによりコンピュータで計算を4グループに分かれて行ったそうだ(データ統合の際にも問題は発生していたらしい。時間的補正を要したという)。
切れ切れデータから全体を探る。
部分と全体の関係についても示唆が深い、、、。

その結果できた画像が今誰もが見る事の出来る初めての直接観測によって得られた「ブラックホール」である。
これまで理論上(アインシュタインによる)その存在が要請されていたものが、「実在」となった。

空に浮かぶ月と同レベルの存在となったのだ。
(ブラックホールの輪郭の析出~吸い込まれるガスの光によりその存在がはっきり特定されたのだが)。
凄いと思ったのがブラックホールから噴出しているガス(ジェット)である。その長さは8000光年にも及ぶという。
何でも吸い込む(この表現はよくないのだが)ばかりでなく派手に噴射もしているのだ。
途轍もないスケール~相当にアグレッシブな姿が際立つ。
事象の地平線。
光の縁。

やはりわれわれが認識するには、まず観るしかない。


ノーベル賞はこの計画の発案者が貰うのか?
アルゴリズムを書いた女性科学者にもあげてほしいのだが。
見える形にしないと、やはり(我々の世界では)話にならないのであるから。


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旅行時間

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”百日紅 Miss HOKUSAI”というアニメ映画があることを最近知った。
2015年の作品であるからそれほど古い分けではない。
しかし今まで気が付かなかったのは迂闊である。

原作は江戸学者であり漫画家の杉浦日向子さんである。
「百日紅」は流石であった。
彼女の漫画は出ればすぐに購入してみていた。
どれもストーリーにも絵にも(そのディテールにも)惹きづり込まれる魅力で充満していた。
(江戸の市井の微細な陰影やキャラの可愛らしさ等々)。
何せ旦那さんが荒俣宏というから凄い(わたしは博物学者である彼の大ファンでもある)。
諸星大二郎、山岸凉子、高野文子らとともにもっともお気に入りの漫画家であった。

当然、キャラクターデザインや美術に関われる訳はないので他の人が担当しているのだろうがユーチューブのCMを見た限りではかなり、よさそう、、、。彼女の粋な世界のイメージを壊す感じはしなかった。
椎名林檎が主題歌である。
映像表現と音楽が噛み合っていれば、更に魅力の倍増も期待できる。
ともかく観なければ。
差し詰め、お江戸への旅だ。
(アニメと謂うところも良い。日本アニメは世界一だ)。

彼女が豪華客船で世界一周の旅に出たという噺~噂は聞いていたが、その後余りに早いご逝去には驚いた。
病については誰よりもご当人がよく知っていたはずであるから、残りの貴重な時間を優雅な旅にあてたのだ。


例えば人工透析などをしながらの長旅などは大変な無理があろう。
豪華客船でゆっくり旅に出られるうちに出ておくことは賢明な選択と謂えるのではないか。
かく謂うわたしも脳梗塞で入院経験がある。
(詳しくは、サブブログ「脳梗塞との付き合い方"No-Dock"」ご参照のほどを)。

わたしも今のうちに「徐々に外へ」出てゆきたい、と思っている。
出られなくなってからでは遅い。

若者なら粗末な旅にも耐えられるしそれ自体を楽しむことも出来ようが、ある程度歳をとると、旅は至れり尽くせりの方が良い。
途中で体調など崩してもこれまた大変である。
優雅な旅がしたい(ゴージャスな旅とか書くとうさん臭くなるが)。

と、ここまで書いて、杉浦氏のことをWIKIで確認してみたら、番組降板の際、表向きに旅行に出ると言っていたがその実、闘病生活に入っていたという、、、。
わたしは彼女が豪華客船で世界一周を愉しんでいるイメージを色濃く抱いていたので、思わず溜息が出た。
(確かにそちらの方が、リアリティを感じるにせよ、、、)


やはり杉浦さんには優雅な世界一周旅行の方が似合う。
いや、実際に行っていてほしかった。




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プロが高感度カメラで撮った本場のオーロラはそれは見事であるが、

うちの娘が玩具のようなカメラで撮った近所の雪の日の光景もこれはこれで面白い。
彼女はこの写真をもとに絵も描いていた。

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地球に遍く注がれる光~電磁波をどこでどのように享受~堪能するか。

地表を少しばかり移動する意味もあろう。
だがあくまでも受け取る主体側が肝心であるが。
どれだけ解放されているか、、、恐らくこれであろう。

そのうえで、その場所にしか起こりえない自然現象を確かに見届ける、、、
そして絵を描く必然性を見出すかも知れない(再び)。
そう、生き返るのによい機会。

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新鮮な音楽も聴こえてくる、、、。
光に充ちた。


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夜風のなかで

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やはり夜風は心地よい、、、。

夜風に当たりに外に出たのは、今日ほぼ一日中寝ていたからである。
風邪でいまひとつ何かをする気も起きず、寝ているのが自然で気持ち良かったからだ。
夢はかなり込み入ったものを見ていたのだが、もう何も覚えてはいない。
相当動きも激しいインナートリップであったことだけは知っているのだが、具体的な表象は流れ去ってしまった。
この感覚で暫く宙吊り状態となっている。

夢の中の特異性は、重力感覚がないことだ。
別にISSのなかで宙に浮かんでいるようなことではない。
普通に立って歩いているのだが、質量から来る身体感覚がないのだ。
(生の重みから解かれている、と謂えようか)。
思考にも一切それはない。
(本来的に思考は重力から自由である)。

起きたついでに「世界の中心で、愛をさけぶ」がBSで入っていたので観た。
オーストラリアのウルル(エアーズロックなのか?)という世界の中心とアボリジニが定めている場所に恋人同士で行くことにしていたのだが、彼女(長澤まさみ)が白血病で亡くなってしまったので、彼氏が彼女の灰をその地に撒くというもの。
それは綺麗に彼女は風に乗って忽ち青空に消えて逝く、、、。

何か夢もこんな風な光景があったように思えてくる、、、。
それにしても世界の中心である。
実際に何処にもないようでいて、あると言えば何処かにありそうな場所だ。
少なくともそこは、自分のなかには無い。
だが、自分と無関係にある場所とも謂えない。

自分にとってそんな、恋人の骨を撒きたい場所が何処かにある気もする。
探す価値はあるかも知れない。
きっとそこは夢のように生の重みを感じない場所ではないか。


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南仏の光

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NHKのテレビ体操を暫くやってみた。
あれだけでも結構、体が解れる。
身体への働きかけでこころの在り様も変わって来る、面はあるものだ。
しかし日常ルーチンに引き戻されると、たちまちのうちに身も心もこれまでの流れに収まってしまう。
体癖や固定観念というものはその固有の生活様式の中で固着してゆくのだ。きっと。

動くことが肝心だ。
いつもと違うことをやってみるのもよいか。
そして、違う場所に身を置く。
取り敢えず、外に出てみよう。
何か固まって来たという凝りの症状が気になったら、これまでは布団に入って寝ていたものだが、、、。

人間的な関りより自然との関りを大事にしたい。
よく一人旅に出る人がいるが、知らない場所より知らない人との出逢いを求めていることが少なくないように思う。
それも愉しみのひとつかも知れないが、どうなんだろう。
世界のどこに行ってもメディアの発達は凄まじく、感性、感覚、思考の均質化は著しいものに思える。
スーパーフラットな空間がポップに全てを覆ってゆく。
窒息する。
遠藤彰子氏の多元的宇宙はそれに明らかに対抗する運動であるに違いない。

感覚~無意識をキックする「場所」を求め歩くことはしてもよい~する価値はあると思う。
ちなみに遠藤先生は、相模原に今も残る森を散策するうちに、肥えた豚の親子などに遭遇したことで絵画のテーマを発想したという。もしかしたらその豚は妖精であったかもしれない。その可能性の方が高い気がするが。


わたしはどうやら場所とは光~色との関係が大きいように感じる。
最近特に、肌に感じるのだ。
この微妙な境界膜~インターフェースに。
まあ、わたしたちの世界は重力と電磁波で出来ていることは確かであるし。

ここのところ風邪でグロッキーな状況にいたが、こんな時こそ本質的な何かを求めてしまう。
「もっと光を!」
である。
異なる光に身体を浸透されたい。


ゴッホの南仏の光。
それなら旅に出る確かな理由となる。


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春めいて

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その昔、わたしがとある公園から一株持ち帰った射干が今年も群れ成して白い花を咲き誇らせている。
昨年余りに増えたので半分くらいの株を庭中に娘と振り分けて植えてみたのだが、しっかり付いて花を咲かせたのは一か所だけだった。
とても強い植物だから咲かないものもそのまま放っておくつもり。
枯れたようになっているものもいくつもあるが、そのうち息を吹き返すかも知れない。

隣で躑躅が同じような真白い花をたくさん咲かせている。
白の重奏であり見栄えがある。
白くて繊細な花が特に好きだが、、、
桃がとても鮮やかなピンクの花をこれまた活き活きと一本の小さな木にたくさん咲かせている。
これにも見惚れた。
それらとはちょっと離れた場所にはクリスマスローズが御淑やかに咲いていた。
後は、あちこちで多肉とサボテンのアーティフィシャルな花がポカリポカリと好き勝手に開いている。
(これらは昼の間しか見れない。だから務めていたころは休日しか愉しめなかった)。


ついでに亀がやたらと元気に暴れ始めた。
水槽を覗くと顔に水をかけられるほどに元気にはしゃいでいる?
こちらに向けて何をか伝えたいのか、首をそれは長く伸ばして寄って来る。
(首の長さだけでもバランスを失うほどのボリュームだが)
そのまま二本足で立ち上がり前足でバランスをとりながらも後ろに倒れたりしている。
何を思っているのか、ひょうきんものである。

いろいろなものが活性化し始める。
賑やかにコミカルに、、、。
こころも解れてくる。
わたしも外へ出てみようかという気持ちが徐々に湧いてきた。


春だな、と想う。


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旅への誘い

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わたしはこれまで出不精ということもあり、余りこれと謂った旅は経験していない。
遠くに何らかの目的が生じることも少なかった。
(無くはなかったが、行かずに済ませることも出来た)。
まあ、無理やり誰かに遭うとか催しに参加するとか是非ともその場所を見学したいという欲望が薄かったと謂えようか。
旅自体(その形式)を愉しむという感覚も特に持っていないのだ。
(電車、飛行機、船そのものへのフェティッシュな好みとか車窓の風景や駅弁への拘り等々)。

よく旅は気晴らしにはうってつけ、ということも聞く。
しかしわたしは外に出るのが億劫という他に気晴らしでわざわざめんどうな準備をしてまで何処かに行くという発想もなかった。
それ以前に気晴らし自体に興味がない。
何処に行っても気晴らしにならないことは知っていた。
自分が付いてくるのだし。
(そうか、我を消滅させるほどの電撃的な何かを皆、期待して行くのか?)
確かに、環境の作用は時に大きい。
とは言え、幼い頃の経験ならまだしも、今の年齢で、、、。

娘を連れて行ってみようか、という気持ちは、ある。
それなら有意義であろう。
行くならどこが良いか?
まずは、南仏である。
そりゃあそうだ。
そこで「光」を浴びたい。いや包まれたい。
ゴッホが見た「マジックアワー」をわたしも生きてみたい。

そして心底、絵を描こうと想うだろう。
絵にとどめようとするだろう。
そう、南仏には行かねばなるまい。


その他では、と考えると、、、
フィンランドである。
「オーロラ」が見たい。
それにサンタもいる。
つい最近、サンタの正体が親だったことに愕然とした長女であるが、ここで実際にサンタに遭えばどうであろうか。
いやそれはともかく、サンタではなくオーロラである。
ラップランドにヘルシンキから飛行機でまたかなり飛ぶことになるようだが、そこに行かなければはじまらない。
大気と地磁気があれば太陽風(プラズマ)との関りで他の天体でもその見事な現象が拝めるという。
孫の代できっとそんなツアーもできるように想う。


アルル~サン=レミ(南仏)の光とロヴァニエミ(ラップランド)のオーロラ。
(まさにアヤメか燕子花だ)。
何れも”マジックアワー”に他あるまい。

これからは旅行を考えよう。

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9:10下校!

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恐るべし。
始業式。
9:10下校で帰宅して来るのだ。

家を出て行ったと思ったら帰って来た。

何しに行ったかと謂えば、新しいクラスの友達と担任は誰か、子供にとっては一大事を確認しに行ったのだ。
一年を左右する大きな情報である。
と、思っていたのだが、、、。

それでどうだった、とすかさず聞くと。
「別に、、、」である。
これといった驚きも新鮮味も意外さもなかったみたいだ。


たしかに仲の良い大切な友達はスマフォでいつでも連絡とって遊べるし。
結局クラスが一緒になってもならなくても、たいして大きな問題でもなかった、のか。
でもクラスメイトといる時間はやはり多いものだが。
どうしても班活動とか付き合いは濃くなろうに。

行く前は、誰と一緒になれるか、誰とは同じクラスは嫌だとか、色々気にしていた割には、別にどうでもよいような素振りであった。
そこそこ趣味を語れる友達はクラスにいたようだ。
長女の方はセットになっている友達がやはり一緒であった(笑。
担任ははじめての先生だがベテランらしい。

次女は特に仲の良かった友達とは離れてしまった。
長女の担任は音楽の先生だ。
ピアノはしっかりやらせたい。
まあ、普通に登校して面白いことを見つけてくれれば、わたしとしては、なんでもかまわないのだが。


まずは芸術的な感性をと思ってやってきたが、そろそろ所謂勉強もさせたいものだ。
もう5年生。
はやいものだ。

つくづくそう思う。


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