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GOMA28

Author:GOMA28
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ミスエデュケーション

The Miseducation of Cameron Post001

The Miseducation of Cameron Post
2018年
アメリカ、イギリス

デジレー・アカヴァン監督
デジレー・アカヴァン、セシリア・フルギュエーレ脚本
エミリー・M・ダンフォース『The Miseducation of Cameron Post』原作


クロエ・グレース・モレッツ 、、、キャメロン・ポスト
サシャ・レーン 、、、ジェーン・フォンダ
ジョン・ギャラガー・Jr 、、、リック・マーシュ神父
フォレスト・グッドラック 、、、アダム・レッド・イーグル
ジェニファー・イーリー 、、、リディア・マーシュ医師
クイン・シェパード 、、、コーリー・テイラー
エミリー・スケッグス 、、、エリン
ダルトン・ハロッド 、、、 ジェイミー


最近流行りのLGBT映画。
まだ同性愛者が差別されていた1990年代の噺。
そして今回も信仰の問題が妙に絡む。
シャレにならない茶番を真面目にやっている。
そこが不気味でならない。
「アダムス・ファミリー2」では、クリスティーナ・リッチが見事に中央突破してサマーキャンプを壊滅状態に追い込むが、、、あくまでもギャグ満載のはコメディであり痛快で面白い。
こちらは、ストイックで真面目だがピントが根本的に狂ってる。
だから”Miseducation”なのだが。
一番鬱陶しいパタン。


交通事故で両親を亡くし叔母のもとで暮らしていた女子高生のキャメロン・ポストであったが、同性愛の相手に裏切られ~密告され「神の約束」という更生施設送りこまれるはめとなる。
すでに名前からして如何わしい、、、「神の約束」だと。
信仰の強制が見え見えではないか、、、。

叔母は何とか彼女を真っ当な人間にしようとして迷わずここに連れて来た。
「神の約束」では、キリスト教の信仰を盾に、入所者を正しい人に更生するカリキュラムが実施されていた。
高校生たち~弟子と呼ばれる彼らは、間違った人間という自覚からはじまり、正しい人間に向けて矯正されてゆくのだ。
入っていきなり荷物検査で神を賛美していない物は没収とくる。
「ヘブンピクス」というエアロビも実に気持ち悪い。
集団のディスカッション?がもっとも気色悪いが。
芝生に横たわってのひと時にすら、彼らお互いに告白を強制して来る。
告白と言う制度を内面化している。
ジョークではない。滑稽を通り越している。


同性愛が病~悪という考えをベースにするにしても、神への信仰つまり神の意志に反しているという宗教観の次元から教育し直そうというのは、信心深くても信仰に関心がもてなくても、困難なことだ。
罪の意識を植え付けるにせよ、真面目に信仰しているキリスト教徒なら、日々罪悪感に苛まれ自分を誤魔化して(抑圧して)快方に向かおうとするかも知れず、無神論者や宗教に無頓着な者なら、別にどうでもよいことであり、適当に合わせてともかく早い出所を狙うだろう(刑務所と一緒である)。いずれにせよより内面化を深め他者との距離は広がるばかりだろう。

LGBTは生にとって本質的なものであり、簡単に変われるものではない。
その人間の個性であり人格そのものである。
そのような荒唐無稽な更生施設に少しばかり入ったところで何が変わるものではない!
性は死よりも本質的で地球上における歴史も長い。

だがそこで真面目に関わり、自分を追い詰め、変わろうとし、それでも不完全だと非難され自殺を試みる者がでる。
信仰とはそもそも何なのか。
差異~個性を周囲が全く認めない。
当たり前だが、どうあがいても誰もが違うのだ。
その違いの、ある部分を厳しく差別する。
しかしその人間にとって、そこがもっとも肝心である場合どうなるのか。

他者から存在を完全否定されるわけだ。
人を治すという名目で、人の魂の殺害を行っている。

The Miseducation of Cameron Post003
欧米人のこういう感覚がたまらなく嫌いだ。
自分を素直に解放しているシーンなのだろうが、余りに無神経でわきまえていない。
何でシステムキッチンの台に土足で上がれるのか?
これを自由と呼んでいるのならわたしは、彼らの神経の治療も必要だと考える。

この施設や教師に虫唾が走るのは当然だが、ここにいる入所者にも色々な面で不快感をもつ。
感覚的にも体質的にも。
何でこんな施設に適応を図ろうとするのか、と言うだけでなく、自分を信じようとしないのか。
更に自分が知らず学習して身に着けてしまった感覚の対象化も肝心である。
そして何より、、、
保護者や教師の力で強制的に収容されたのだろうが、何故怒りを感じ、反旗を翻さないのか。

キャメロン・ポストが終盤口にする、「自分自身を憎ませるのは、精神的虐待だと思う」は当然。
その程度でも、言うだけましか。彼女と悪友二人はこの施設をきっぱり否定する。
後は、とっとと逃げて行けばよい。すぐに権力に絡めとられるが、気づいたときにまた逃れればよい。
そうするしかない。

暴力=制度からの逃走である。
トラックの荷台に飛び乗ったは良いが、3人の悪友同士でこれからどうするか、虚ろな表情だが何となく楽観的な感じである。
そんなものだ。何とかなるかも知れない。
悪い映画ではない。


クロエ・グレース・モレッツについては「キック・アス」は勿論だが、「ヒューゴの不思議な発明」、「アクトレス 女たちの舞台」、「フィフス・ウェイブ」などで好演していたものだし、いくら「クリミナル・タウン」が酷い代物だとしても怒りに任せてハイさよならというのは惜しい気がして、とりあえずもうひとつだけ観てみる事にはした。

The Miseducation of Cameron Post002

だが、期待するほどのものではなかった。
大した映画ではない。
月並みである。



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