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GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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ニーゼと光のアトリエ

Nise da Silveira Senhora das Imagens002

Nise da Silveira: Senhora das Imagens
2015年
ブラジル

ホベルト・ベリネール監督

グロリア・ピレス、、、ニーゼ(精神科医、作業療法主任)
 以下、クライアント~
シモーネ・マゼール、、、アデリナ
ジュリオ・アドリアォン、、、カルロス
クラウジオ・ジャボランジー、、、エミジオ
ファブリシオ・ボリベイラ、、、フェルナンド
ホネイ・ビレラ、、、ルシオ


絵は実は人間にとって本質的なものなのだ、と再実感するものであった。
音楽だってそうなのだが、如何せん演奏技術が伴わないと自分のエモーションをそのまま表出することなどかなわない。
誰もがエリック・クラプトンではないのだ。わたしは成れるならロバート・フリップになりたい(笑。
(確かに全ての芸術は音楽の状態に憧れる、とはいうが)。

音楽的な絵というものはある。
決まってよい絵だ。
クレーの絵だけではなく、様々な名画が目に浮かぶ。未来派(ボッチョーニたち)も忘れてならない。
どれも心が軽やかに楽しくなるばかりではないが、律動と旋律に身体が惹き込まれてゆく。
それは例え重く稠密な体験であっても快感を呼ぶ。何と言うか、法悦と呼んでもよい、、、そうベルニーニ、、、彫刻もそうである。

で、この映画の統合失調症のクライアントたちの描く絵と作る彫塑であるが、とても素晴らしい。
無意識~(映画では)抽象的言語を、目に見えるように定着してゆく得も言われぬ解放感を感じる。
まさにそれは、芸術であり同時に治療~癒しの過程となろう。
ちょっと苦しくも必ず快感と陶酔を伴い、描くまたは作るのを止められなくなるのは、そのためだ。
抵抗感は最初のうち見せただけで、直ぐに彼ら自らがすすんで黙々と取り組んでゆく。
やはり、絵や粘土というのは、誰にとっても入り易い敷居のない有効なメディアなのだ。
(稚拙さも絵だと個性的な面白味として伝わるが、音楽はただの下手以外の何ものでもなく伝達不能である。パンクムーブメントはその域を微妙なところまで引き下げたが、、、恰も若者の政治表明みたいに)。

確かに彼らクライアントたちは、飛んでもない人権無視の差別を受けていた(時は1940年代ブラジル)。
その最たるものは、前頭葉切断手術であるロボトミー手術だ。
カッコウの巣の上で」は忘れられない映画である。
この手術がノーベル生理学・医学賞を取っているのだ、、、。佐藤栄作のノーベル平和賞が微笑ましく思えるではないか。
アイスピックが使われていたというのは、凄まじい。
(眼窩の骨の間から、アイスピックを大脳前頭葉部分まで通し、神経繊維を切断したという)。

Nise da Silveira Senhora das Imagens004

ヒロインの医師ニーゼは、そのような手術や電気ショックなどによる治療が主流の時代に、紅一点で病院に独り飛び込み孤軍奮闘する。荒み切った殺伐とした鉄格子ばかりの環境で、予算の分配もない作業療法の主任にされる。
彼女はそこから独自の目の覚めるような活動を展開して行く。
患者をクライアントと呼び、「アイスピック」を一切拒絶し、皆に「絵筆」を与えた。
病院支給の患者の服から自分の気に入った服に着替えさせる。
作業スペースを綺麗に掃除し、そこをアトリエとして彼らを新鋭画家にしてしまう。

Nise da Silveira Senhora das Imagens001

理論的な根拠をユングに置いた。
絵は最初はカオス状のものであったが、次第に幾何学的な図形へと整序される(特に円が象徴的に生まれてゆく。それに従い彼らの安定が見られる、、、ユング的だ)。
更に、そこから実に素敵な表現主義的な絵画が続々と芽を出してゆく。
アンリ・マティスフランツ・マルクみたいな極上のものに近いところまで辿り着く。
風景画は、ゴーギャン風のものも。
制作は彼ら自身に全面的に任せた。自由なキャンパスそのものである。
そのなかで彼らは直ぐに自分が何を描くかを悟っていた。

Nise da Silveira Senhora das Imagens003

彼らを厄介者と見ていた職員たちも彼らの無意識を恐れなくなっており、スタンスが彼らを理解しようというものに変わって行く。
ブラジルでもっとも名高い美術評論家はその作品群を見て驚きを隠せない。
彼らは少なくとも絵の教育は一切受けていないのだ。
だが、確固たる表現コンセプトをもっている。
そのもっとも説得力あったのは、神を見たことのあるクライアントが、他の人にも自分が見た神を見せたい、というもの。
これはもしかして、いやまさに「絵」でないと実現不可能ではないか。絵で描く他あるまい。
これ、ほとんどゾンネンシュターンに重なる。芸術の起源の神秘~魔術的時空のめくるめく世界であろう。
ニーゼ先生、絵を描く環境を作ったことは、実に的を得ていた。
「意味のある人生を取り戻してあげたい」、、、確かに。
彼らもしっかり言葉でも考えを伝える「いつかこの絵のように窓が開く。簡単じゃないけど。」

Nise da Silveira Senhora das Imagens005


これは、つまらぬ美大よりアグレッシブな環境と化してはいないか。
そしてユングからも注目される。
これでこの成果が世に一気に認められ、大変な成功例として新たな統合失調症に対するメソッドとなったか、と言えばまだ道程があった。
病院側の妨害であった。ことあるごとに彼女を批判し邪魔をしていたが、何とクライアントの精神的な拠り所として飼っていたペットの犬を全て殺してしまったのだ。当然の如く大混乱となる。
ここで、彼女の方法論は残り結果的に現在に継承されているが、アトリエは閉鎖され全ての絵は取り払われた。



わたしもブログを書いてる暇があったら、絵を描くべきだろうか、、、。
最近、ホントに考えていることだ。




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