
Science Fiction Volume One: The Osiris Child
2016年
オーストラリア
シェーン・アビス監督・脚本
ケラン・ラッツ、、、サイ(看護師、脱走囚人)
ダニエル・マクファーソン、、、ケイン・サマーヴィル(中佐、インフラ設備の統括者)
ティーガン・クロフト、、、インディ・サマーヴィル(ケインの娘、地球から休暇でやって来た)
半分観ないうちに止めて放り出した映画だが、今日改めて観てみた。
ここのところ同傾向の映画が続き、息詰まったのだ。
かなり荒っぽい映画だが、こざっぱりしているので最後まで付き合った。
少女インディがヒロインでナレーションをやっている。
やはり見ているうちに距離感が出てくるが、突き放して見る分には観れる。
チャプター分けしてそれぞれの物語を並べてゆく。
ずっと繋げて線状的に展開するより、一つの噺が深く掘り下げられるかとも思ったがそれ程の効果はない。
登場人物の背景もサイについてはよく分かったという程度。
父が娘の射撃の訓練をするが、それが別に伏線で生きない。
それはそれでいい。何でも回収すればよいというものではない。
最初と最後に(少女によって)意味深げに語られる「何かを求めて来る人間は信用できない。だが何かを求めない人間はいない」というのが、物語にどう絡んでいたのか、よく分からない。
兎も角、ある惑星を植民地化して支配しており、それを上空の基地から管理している。
惑星には街と刑務所があり、囚人(独房に移された者)は極秘に生体実験に使われていた。
植民地の先住民を制圧するためにウイルスによって生物兵器にされたモンスターが囚人と共に脱走する。
どれくらいの規模の街をどれだけのモンスターがどのように暴れているのかは分からない。
上空の基地に伝えられる情報で知らされるだけだ。
荒れ野にあるバラックで2人の男を群れで襲う、何とも淋しい光景はあったが、、、。
余程の低予算映画なのだろうか、、、?CGはなかなかそつないものではあった。
出来たモンスターがもう破壊衝動しかないイグアナ似の代物だが、それをどのように統率して使うつもりだったのか?
このような厄介で面倒なものを作るくらいなら、もっと効率のよい方法が幾らでもあると思われるが。
上空の管理責任者は、この事態を地球政府から隠すため、惑星を核で一掃して収拾することに決める。
つまり普通の住民たちの巻沿いを何とも思わない。その余りに非倫理的で不合理な決定を他の幹部が異論を挟まない。
軍事法規上も当然、引っかかるはずだが。

その爆破のタイムリミットまでに、ケインはたまたま地球から遊びに来ていた娘を安全なシェルターまで避難させなければならないと、、、。
上層部は、下の住民たちに情報は流さないまでも、管理者たちの家族くらいはまず優先して基地に連れてこさせないか?
これだけ特権階級意識を持っているのだ。普通それくらいの処置はとらないか、、、地上に機密情報が流出することを何より恐れてのことか。
情報を全て遮断して、完全に地上との行き来を閉ざすという事は、口で何を言おうが地上を見捨てることを意味する。
上層部の家族でも、、、冷酷な女司令官だ。
そして単に囚人が暴徒と化し刑務所を脱走し、危険ウイルスを盗んで逃亡している。彼らは原子力発電所を破壊すると脅しているという偽情報を意図的に流す。そうすることで、原子炉破壊により地上を壊滅させることが合理的に出来る。
ケインは命辛々、閉鎖される直前の基地から脱出して地上に降り立ち、刑務所から脱獄していたサイと出逢う。
ケインは追いすがる基地の戦闘機数機と空中戦を交えている。
この空中戦がほとんど二次大戦級のものと変わらない。
あのような目視に頼る戦闘の可能な次元のものなのか、、、その速度と謂い、射撃システムと謂い、、。
ちょっと時代を(テクノロジーを)誤っている。

脱獄後、サイは仲間と別れている。
「オペラを見に行く」と言って。どういう目的で別れたのかはさっぱり掴めず仕舞い。
・・・・いちいちこれらを書いていても仕方ないのだが、これから先も規定違反でビールを作っている店に立ち寄りバスを借りる。
バスの持ち主の男女が店ではかなりクレージーで凶暴であったのに、急に落ち着いた話を理性的に始める。
その辺の変貌が唐突に感じられる。バスを大金で貸すところまではよいが、彼らに協力してケインの娘救助に命を張る。
どうもしっくりこない。彼らは店で頻りにナイフ投げの腕を自慢していたがそれは実際の戦闘場面では活かされないし、ロケット砲を高い値段で仕入れたのにマシンガンくらいしか使っていない。

とここまでにして置き、終盤はなかなか意外な展開を見せ、急に締まって来る。
バスがシェルターに着く直前に戦闘機に見つかる。一度は基地をやり過ごし戦闘機が過ぎ去ったところで全速でシェルターに向かう。助かったかと思ったその時、引き返して来た戦闘機にバスがハチの巣にされる。ここはスリリングであった。上手い。
そして娘と家族をこれから何よりも大切にすると誓ったばかりの父ケインも絶命する。
何故か体を張ってくれたバスの持ち主の2人も死に、サイとインディだけ生き残る。
この二人がシェルターに逃げ込むのだが、扉寸前のところでサイがイグアナモンスターに針を刺されウイルスを注入されてしまう。
シェルター内で、サイは体が見る見る変貌して行くことが示唆される。
ここは「
ハウリング」や「
狼男アメリカン」みたいにじっくり克明に変貌する姿を見せるというVFXはやらない。
こちらに想像させるだけである。それでよいのだが、何と謂うか物足りなさは感じる。

そして一年後、その後を探査に来た船が見たのがその女の子である。
彼らはその子を救出しようとしたが、ひとりは殺され、インディとモンスター化したサイに船を乗っ取られる。
サイとインディは手話で意思の疎通を図っていた。
サイは理性が保てる特殊例であったらしく、船の座席に女の子と行儀よく座っているところは、「トトロ」みたいな妙に和む光景であった。
しかしそれを確認しつつ操縦桿を握る女性飛行士は何やら本部に通信を送っている、、、。
如何にも続編を匂わすエンディングであったが、それもこれくらい荒っぽい作りでゆくのだろうか、、、。
(だが、出たら気になって見てしまいそう(笑)。
確かにこの終わり方だと気になる。