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マザー!

Mother008.jpg

Mother!
2017年
アメリカ

ダーレン・アロノフスキー監督

ジェニファー・ローレンス、、、妻(マザー)。
ハビエル・バルデム、、、夫(詩人)
エド・ハリス、、、客(医者)
ミシェル・ファイファー、、、客の妻


ブラックスワン」の監督ということで観た。
何でも旧約聖書を元に描いたもの~メタファーであるとか。
そういうものは、兎角チャチになる。
キャストは神、地球、アダム、イブ、カイン、アベル、その後の人類(末裔)という構成か、、、
、、、しかし、それで何なのか?
また、聖書文化圏外の人間には、更にしっくりこない。
そういう映画は確かにこれまでにも観たことはある。
だが、その背景を意識しなくても重厚な映画として感動できたものは少なくない。

余りに変なので、調べてみたら監督の噺~インタビューを聞いたという文面が?
これは実は「地球環境問題」のメタファーなのだと、、、直ぐ閉じた。
ゴアの「不都合な真実」みたいな感じのものか?ちょっと呆れてしまった。
(わたしはその手の環境問題の手の込んだ詐欺まがいの議論に辟易しているうえに、そのメタファー物語などまず受け入れ難い)。
と、なるとこれはメッセージなのか?
それとして到底機能しないと思う。

また、そういうことをやってみたいというなら、そのメタファーの物語そのものも、それ自体しっかりしたディテールの描き込まれたリアリティある物語として完結している必要がある。
その上で、実はこの背後にはこういう意味~世界が横たわっているのだ、と言われ誰もが成る程と感心するような作りにしてもらわないと。
だが、この物語、途轍もなく酷い。
兎も角、現在において不自然極まりなく、不可解で不愉快である。

普通に、良い詩を読んでも作者の家を探してあのように民衆が熱狂して詰めかけることなど断じてあり得ない。
メールや作者への感想はがきを書くくらいだろうが。
これは聖書の衝撃を謂っているのだという見当はつくものの、、、。
それから後の暴動への展開など突飛で話にならない。
勿論、その後の宗教戦争~十字軍など多々あったことは思いつく。
それを更に環境問題に置き換えて観るのか?

しかし前提となる、この現在の話自体が完全に破綻している。
ある意味~世界のメタファーとしてこういう噺となった、では済まない。
噺になっていないのだから。
妻の身体から取り出した心臓~宝石が恐らくリンゴの実であろうが、そういうガジェット問題ではない。
全く背景や意味など知らずに白紙状態で観ても何らかの豊かな物語をそこに観られないのは、単に稚拙である。

静かで落ち着いた愛ある生活を望む妻に対して、夫と謂えば何やら怪しい他者をやたら呼び込み、妻に対しては基本的に無関心。熱狂的信者をただ受け容れ、好き放題にさせるばかり。単なる放任である。彼女は家を守りたいのだが、暴徒と化した彼の信奉者たちは破壊、盗み、殺人、何やら怪しい宗教~法まで始め独自の残虐性を顕にする、、、それは妻にまで手が及び、遂にはふたりの赤ん坊にまで、、、悪徳の限りを尽くし屋敷をメチャクチャにしてゆくのだ。イエスの磔、戦争の馬鹿らしさ(ナンセンスさ)にしてもこのコンテクストはない。

彼はひとに愛される事だけを好むが、彼自らは何もしない。所謂、神の不在であるか?
ここに無理に背後にある意味を読み込めと謂われれば、この人は誰であり、この行為がこれに当たるか、この言葉はこのことか、などと億劫な見方~解釈も可能であろうが、そんな映画鑑賞は鬱陶しいし、馬鹿げている。
いちいち付き合ってはいられない。


わたしには悪魔のようなバカボンのパパが例の大学の旧友をやたらめったら家に連れ込みママがひたすら大変な目に逢っているようにしか見えない。
いっその事、「天才バカボン」のハリウッド版リメイクにでもすればよかったのだ。
ホラー系バカボン。
はじめちゃんが災難に遭うことになるか、、、イエス・キリスト役となる?
恐らく日本で上映中止となったのもあの辺(赤ん坊)のシーンが問題視されてのことか、全体に横たわるコンセプトではあるまい。
一つの屋敷で「永劫回帰」の物語をやるというなら、それはそれで面白いアイデアだと思うが、「環境問題」はないだろう。いや、恐らくそれは監督の嘘だと思う。宗教問題とすれば、その圧力は大きくそれをかわす嘘だ。きっと。
それにしても、やはり耐えがたいバカボンのパパ映画であった。
これでは神の信用を落とす。
結局環境は誰が~何が問題だというのか、、、。


こうしてみると、「ブラックスワン」は、ナタリー・ポートマンの狂気の怪演と演出効果によって成り立っていた作品に思える。
ちょっと「ブラックスワン」自体の価値観も揺らいできた。


根本的におかしな(頭のおかしな)映画である。
みんなよく付き合ったものだ。
観る方も勿論、災難であった(笑。




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モネとは何か

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モネの現代的な意味を再確認(再発見か?)する番組(日曜美術館)を、たまたま例によって途中から見たので、それに対して感じた事を幾つかメモしておきたい。
モネについては以前「モネの快楽~快眠」で書いてみた。
(何を書いたかほとんど覚えていないが)。
良い絵を観ると良い音楽を聴きながら寝てしまうように、眠くなる。
あくまでもわたしの場合であるが、他にもそういう人がいるかも知れない。
そんなところで締めたはずだ(笑。

今回、番組で白を主体に雪の絵を描いている女性画家の噺が印象的であった。
ブレ、揺らぎで完結しない図像。
主題から解かれた額縁絵画を超える絵画。
地続きに身体全体で感じる世界。
身体性~無意識で観る絵画。
こんなことが現代絵画の作家(画家、版画家)の対談で語られていた。
モネの現代絵画~藝術にも繋がる意義である。

モネは印象派の画家ではなく現代絵画の先駆者だという位置づけも分かる。
そういってしまえば、宗教(神話)画、歴史画、肖像画(印象派にもあるが位置づけが異なる)などの主題性と象徴性を持つ絵から「印象派」の画家たちの絵に目を転じれば、何か自由に解き放たれる感覚は少なくとも誰もが持つはずである。
印象派の肖像画の主題性は当のモデルより技法自体に置かれる。
実際の噺、対象は人間でも積藁でも同じモノなのだ。
そのモノでどのように光~色彩の移ろい、その時間性を封じ込めることが出来るかの試みとも謂える。

その中でもとりわけ、モネが30年に渡り描き続けた、自宅の庭に水を引いて作った池に浮かぶ「睡蓮」の連作が輝かしい成果の一つになろう。
その水面には睡蓮と共に、微妙な空の光や変幻する彩雲も映り込む。
それらが等価の画像として一瞬の光の色彩として画布に揺らぎ続けるのだ。


確かに印象派から絵画は読まれるもの意味を解かれるもの、から誰もが自由に絵を読むものとなった。
いや読む~意味を見出すのではなく、光と風の揺らぎをおのおので体験するものとなる。
そして、それが極めて現代的な絵画~藝術の先駈けとなっていると謂えよう。

最後に司会者の作家が、モネの絵から、それぞれ後世の画家が、わたしはモネのこの場所、わたしはこの場所というようにして自らの絵画世界を形成していったのだろうと述べていたが、そういうものだと思う。
そのように沢山の人が印象派にインスパイアされて来たはずだが、とりわけモネの「睡蓮」はその巨大な場となったと想える。


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GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
基本的に、日々思うことを綴ってゆきます。悪しからず。
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