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ケープ・フィアー

Cape Fear001

Cape Fear
1991年
アメリカ

マーティン・スコセッシ監督
ウェズリー・ストリック脚本
ジョン・D・マクドナルド「恐怖の岬」原作・リメイク
エルマー・バーンスタイン音楽アレンジ(バーナード・ハーマン オリジナル音楽)


ロバート・デ・ニーロ 、、、マックス
ニック・ノルティ 、、、サム(弁護士)
ジェシカ・ラング 、、、レイ(サムの妻)
ジュリエット・ルイス 、、、ダニエル(サムの娘)
グレゴリー・ペック 、、、リー・ヘラー(弁護士)
ロバート・ミッチャム 、、、エドガード警部


Cape Fear005

レナードの朝」でデニーロのファンになってから久しい。彼の演技はどの映画で見ても痛快であるが、スコセッシ監督とのものでは、何と謂っても「タクシードライバー」か。ここではジュディ・フォスターが鮮烈な本格的デビューを果たしている(13歳であった)。そのあたりも、ちょっと本作と相通じる面があった(ジュリエット・ルイスの立ち位置は異なるも)。
それからわたしの好きな「グッドフェローズ」であるが、こちらでは実に渋くて暗くて怖い感じであった。
どれをとっても、成り切り度が圧倒的だ。
ここでの偏執狂的でエキセントリックな役も常軌を逸してはいるが説得力は抜群である。

弁護士サムのマックスを舐めた(手抜きでマックスを不利に導く)弁護により14年間を監獄で過ごしたマックスが出所して、サムにお礼参りに来た噺である。一言で謂えば、逆恨みなのだが、サムにも法的に見て手順のうえからも落ち度はあった。
こういうケースはあるものだろうが、実際サムが弁護した頃は、字も読めなかったマックスがムショで字を学び猛烈に勉強をして出て来たのだ。法律、哲学、宗教、文学をかなり深めていた。シャバに出てからも図書館でニーチェなどを普通に読んでいる。
しかし見かけは思い切り怖い。顔つきもそうだが、刺青が半端ではない。ここが思い込みの強さを窺わせる。

サムは、マックスを馬鹿にし陥れた自分の罪の意識もある為、最初は金をちらつけせご機嫌取りをして何とか交そうとするが、マックスは14年間のせいで失ったと同様なものをサムにも思い知らせるのだという。
これにビビってじたばたするサムは法を逸脱した方法でその手の探偵や用心棒を頼みマックス排除に奔走し、挙句の果てはマックスをはめて合法的な殺人で解決を図ろうとする。
だがことごとく、マックスの方が上手で、サムたち一家は追い詰められてゆく、、、。

Cape Fear002
狡賢いマックスは、サム一家の分断も図る。
演劇教師に化けて、ことば巧みに娘のダニエルを味方に惹き込もうとする。
サムの浮気も含め家庭内の不和のあることや娘の両親への不満や反撥心などもしっかり調査済みであった。

ダニエル演じるジュリエット・ルイスは、演技以前の少女期ならではの素振り~生理からして、非常に生々しく危ういものを感じる。
この危険な純粋さ~エロティシズムが、死や不安の観念に繋がる恐怖を募らせてゆく。
脚色はとても効果的につけられていると思われる。
この少女の絶妙な存在感が物語の陰影を深めていた。

Cape Fear004
バルテュスの絵画から出て来たような少女である。
やはり一言で謂って、生々しい。
ジュディ・フォスターとはかなり異なるタイプだ(ジュディはどうしても知的になる)。
少女期の生理的で情動的な雰囲気が漂い、マックスとの関わりにより相乗効果を生む。
実際に、彼のアジテーションの巧みさ(確かに理屈には説得力がある)と、思春期特有の性的な欲動が絡み合い、両親よりマックスに同調してゆくところなど、よく分かる。

Cape Fear003

だが、実際マックスは怨念に深く囚われており、彼の理屈・理論も全てそこに根差しており、昇華しはしない。
サムへの復讐の為の思考に閉塞する。
「失う恐怖」を徹底的にサムに知らしめたいだけなのだ。
マックスに共感した部分の大きかったダニエルも、親密であったメイドが彼に惨殺され、はっきりと敵意を燃やす。
宗教(思想)の極端な原理主義者が、いともあっさりとヒトを殺害するケースがあるが、彼もそうした狂信者とも受け取れ、感覚のバランスを逸している。

ある意味、マックスにもっとも痛手を負わせたのはダニエルに他ならない。
実際サム夫妻はやられっぱなしで、怖がっているだけであった。
特にサムは典型的ヘタレである。

最後は、娘の機転と奮闘で流れを引き寄せ、幸運もあり何とかサム一家はマックスの恐怖から解かれる。
かなりの犠牲者も出したうえである。

生きていればどうしても様々な、ネガティブな情勢に呑み込まれることは不可避でもある。
取り返しのつかない損失を被る場合も少なくはあるまい。
セルゲイ・パラジャーノフなどは作家人生の合計20年をソ連当局によって失い、その過酷な環境が元で病に倒れ死んでいる。
だが、それでもなお思考の中立を図り、生きてゆけるかどうか、、、である。

マックスもかなりのインテリになっているのだし、、その使い道が他にもあったのでは、、、と想わせるに足る内容になっていた。
知の使い道の問題である。
それを誤ると恐ろしいホラーサスペンスとなってしまう。
確かに「過去に囚われることは死を意味する」ものだ。
ここなのだと思う。

音楽もかなりマッチしていてよく出来ていた。オリジナル版の音楽のアレンジであるという。
オリジナル版の「恐怖の岬」(62)も観てみたい。
ここで主役をはっていたグレゴリー・ペックとロバート・ミッチャムも出演している。
マーティン・スコセッシ監督の外連味を感じる。
色々と興味深い面白い映画であった。






プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
基本的に、日々思うことを綴ってゆきます。悪しからず。
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