プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
基本的に、日々思うことを綴ってゆきます。悪しからず。
必ずパソコン画面(PCビュー)でご覧ください。


*当サイトはリンクフリーです。

PICKUP
レッド・ファミリー
キューブ CUBE
ドント・ハングアップ
キャット・ピープル
パラサイト 半地下の家族 -2
パラサイト 半地下の家族 -1
ヘンリー・ムーア~彫刻に見る普遍性
911爆破の証拠―専門家は語る 前
9/11:爆破の証拠 - 専門家は語る 後
アポロ 11
シャチ~優しい殺し屋~
ハイヒール
お嬢さん
とうもろこしの島
セールスマン
トラピスト1に寄せて
「労働疎外より人間疎外」によせて
カッシーニ グランドフィナーレ
カッシーニ グランドフィナーレⅡ
シチズンフォー  スノーデンの暴露
スノーデン
レヴェナント: 蘇えりし者
透明な身体性
森羅万象を描く デューラーから柄澤齊へ
ヴィデオドローム2 ~イスラム国 ~アノニマス
見えない重力を描く Ⅱ
美の翳りに寄せて
写真についてーⅡ
午前零時の奇蹟(シュル・レアリスム覚醒の時間)
パーフェクト・デイ ~ルーリード ~ローリー・アンダーソン ~スーザン・ボイル
未来派の画家~ウンベルト・ボッチョーニ
Balthus ~ バルテュス展行ってまいりました。
「ゴールドベルグ変奏曲」 バッハ  ~グールド ~P・オトゥール ~ニーチェ
大昔のスケッチ(詩画集のための試作)
すでに世界は終わっていたのか ~ ヒエロニムス・ボスその1
スヌーズレン002
情報リテラシー  ~華氏911 ~不都合な真実
南伸坊「歴史上の本人」
プラトーン
アリータ
カレンダー
02 | 2018/03 | 04
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

バーニー・フュークス

Bernie Fuchs001 Norman Rockwell001

バーニー・フュークスにした。ノーマン・ロックウェルではなく。
J・Fケネディの肖像で決めた。
(自分の好みでもある)。
どちらも「アメリカのポートレート」画家(作家)~~アメリカの良心(ジャクソンブラウンがよくそう言われていた意味でも)であると感じるが、同じ対象を描いてもかなり趣が異なる。
*左のケネディがフュークスで右がロックウェル。

Norman Rockwell002 Bernie Fuchs006
基本的な作風の違いはよく現れてはいるが、左はまだフュークスがスポーツ選手を描く前のファッション誌のコテコテのイラストレーションを描いていた時期で、彼の既知の物語性をズラし斬新で本質的なフレーミングを切り取り編集するところまでは至っていない。
*左がロックウェルで右がフュークス。

輪郭においてロックウェルは極めてスタティックであるが、フュークスは、動的なぼかし溶け込みが感じられる。
ロックウェルの精緻で忠実な描写に対しフュークスは必ずその対象の本質的な要素を押さえる機智に富んだ描写が見られる。
それがケネディにおいてはワイシャツである。階級的な象徴となるボタンダウンを彼は着なかったことをその目の覚めるような白いシャツで強調する。常に合衆国そのものとともにあろうとする不屈の使命感を滲ませる。
(ケネディの肖像は、沢山あるがどれもほとんど野心的な若いイケメン大統領の域を出ない)。

ロックウェルの絵は基本的に静的であり、アメリカらしい(アンドリュー・ワイエスで極まるが)写実の系譜と謂えるか。
とても庶民性があり日常の機微とユーモアに満ち、絵本に親和性の高い典型的な絵に思える。

フュークスの絵には、ただそれらしく描いただけ、というものは恐らくひとつもないだろう。
攻めのイラストレーションなのだ。その意味でモダンなのだ。全く古さを感じない。

二人とも商業主義的な広告(CM)などを含むイラストレーターとしての活躍の場が主体であるが、フュークスの与えられたテーマにおける彼独特の場面の選定とそのフレーミングと構図・構成は、どの絵においても彼のスタイルとなっている。
初期のデトロイトでの車のイラストでも、それまで(通常)のイラストでは、人の姿など添え物として端に僅かに描かれる程度であるが(今の広告でもそんなものだ)、彼の絵では、勿論車は卓越したテクニックで魅惑的に中央に描かれているが、寧ろその車と共にいることの楽しさや幸せを、ひとを様々に活き活きと描く事で目一杯表している。ひとをこれ程しっかりと描き込んでいる車の広告は彼のもの以外にあるまい。

Bernie Fuchs002

そしてスポーツである。彼の真骨頂が描かれる。
実はわたしが、このバーニー・フュークスという偉大な画家を知ったきっかけがこの絵である。
Bernie Fuchs005
ケネディの崇高な孤独の姿にも深く胸をうたれたが、この野球選手の画像には、ただ圧倒されるばかりであった。
そして感情的にグッと込み上げるものが、あった。

神聖な威厳すら湛えた肖像である。まだ黒人はメジャーリーグで活躍する場を与えられておらず、野球史に残る名選手(実力者)であったにもかかわらず国民の注目を浴びる機会に恵まれなかった男の姿~生き様を浮きたたせる。
これは彼のその選手に向けた畏敬の念の表出の結果であろうが、技法的に見れば対象を後光の如くに照らす荘厳な光の役割が大きい。フュークスは、ここでも独自の光の表現法を見出している。背景を描き切ったところで、周到にテレピン油で光の場所を拭き取るのだ。これはやり直しは効かない絶妙な技術である。
「消し取り描法」と彼によって命名される手法だ。(まあ、わたしも無意識に絵の具を拭き取り光を作る経験はしてきたが、、、多分そういう人は少なくないと思うが、しかし彼の絵における、この効果には目を見張るばかりだ)。
更にここでもさりげなく、しかしとても肝心なところに彼の人生を支えて来た家族の姿をしっかりと描き込んでいる。
ここが違うのだ。彼の絵には必ずこれがある。探すまでもなく、あるべきところに、あるのだ。

Bernie Fuchs007
モハメド・アリの肖像でもこれを凌ぐものがあるだろうか。
その存在の偉大さをひしひしと感じさせる。
肩書はイラストレーターであるが、これらの肖像の厚みはレンブラントの人物画や自画像群にも引けを取らないと思う。

Bernie Fuchs003
ゴルフ場であるが、メインが何処か一見分からない。
主役であるはずの選手は実に小さく、ギャラリーと見分けがつきにくいくらいに入っている。
そしてフェアウェイがその先の先まで描き込まれ、われわれの視線はいやが上にも丈高い木々へと注がれる。そこに射す光に。
そのゴルフ場の特徴とその下でのプレーを一瞬に物語る。

同様の作品に得意の野球ものがあるが、、、
「グリーン・モンスター」である。
Norman Rockwell009
外野の選手がたった独り守備をしているプレーの最中を切り取った絵である。
この球場はその設置環境の条件から、ホームラン性の玉も跳ね返してしまう、守備も大変な高いネットが聳えていることが何よりの特徴なのだ。
そのやりにくそうな選手の姿に共感してしまう構図が面白い上に絵としてもとても印象に残るものだ。


そしてわたしの一番好きな絵は、彼の絵本にある。
ジョセフィン・ベーカーの少女期を表した愛情をたっぷり感じる物凄く精緻に描かれた贅沢過ぎる絵本である。
これには驚く。ジョセフィン・ベーカーの可愛いこと。ダンスしながら歌う弾ける姿は、特に可愛い。
静かな肖像なら、ルノワールの「イレーヌ・カーン・ダンヴェール」などあるが、この活き活き感は、ちょっとないだろう。

Bernie Fuchs004

彼がまだ差別意識の高い時代に、黒人をこれだけ親密に描いているのは、彼にとっては自然であった。
彼はグレンミラーに憧れ、トランペットにのめり込み頭角を示しており、将来を嘱望されていたという。
普通に黒人とセッションする音楽人生を送っていたが、彼の祖父には内緒であったそうだ。
しかし高校卒業後に努めた工場で利き手の指三本をプレス機で失い、演奏家の夢は断たれる。
そこで第二の夢として絵描きを目指すが、利き手の指が3本無いと絵だってそう容易に描けるものではない。


絵に、やはり彼の人生の全ての時間がこめられていることを実感する。


検索フォーム
ブロとも申請フォーム
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

SF PickUp