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教室の一回目

omocha002.jpg
(本当のセットの写真は、もっとおもちゃカボチャを足したものを来週((笑)。

頂いた大きなオレンジカボチャ3個。
これがひょうたん型でなかなかボリューム的にも凄い。
それに加え、わたしが花屋で一つだけ調達できた、おもちゃカボチャの4つで構成して、、、
(色々な形を期待して行ったのだがワンパタンしかなかったのだ。270円。昔は100円で買えたのに、、、)。

クロッキーを5回やった。
一回3分。
線~輪郭線だけで描く。
消しゴムは一切使わない。
iPhoneのストップウオッチで「はじめ」、「はい、そこまで」などとやると、かなり面白がっていた(笑。

ただ、そのまま描かせると、小さめになることが多い。
クロッキー帳のページ一杯に描かせるようにする。長女はそれで直ぐに大きく調整したが、、、。
次女のように何でも小さく描きがちなケースには、予め薄く絵をおさめる大きさの丸(楕円形)を描いてガイドラインとする。
するとほぼその大きさで描けるようになった。
(思ったよりあっさり、、、)。

描いた中から一つ選んで、色を塗らせた。
今回は、少し水を多めのポスターカラーで。
これまではリキテックスで描かせることが多かったが、アクリルだと後始末が大変である。
薄い紙に描くことから、透明水彩も考えたが、コスパと使い勝手を取り、これにした。
充分これでイケる。

透明水彩は、色の扱いに慣れてきて、知識も実地で身につけてからでないと、思うようには描けない。
グワッシュにするならポスターカラーでよい。グワッシュは高いし。
一回目としては、そこそこ手応えはあった。
筆使いは沢山描いていくことがまず肝心だろう。
ちなみに、わたしは描くどころでは、なかった(苦。
もう少し波に乗ってから描き始めようと思う。


生徒は来るべき子がまだ、来れる状況ではない為、来週からとなる。
だから今日は、うちの娘二人とである。
最初だからそれなりに真剣にやってはいたが、家族であると次第にだらけてくる可能性は高い。
やはりそこに他人が入ることでピリッとしてくるものだ。
来週から来てくれれば丁度良いか、、、。



ユトリロ

Utrillo004.jpg

私生児で10代からアル中になり、少年時代は大変苦労したという。
入院したり警察に拘束されたり学校にも馴染めずで、不安定でかなり荒れた生活をしていた。
健康状態も悪化したり小康状態になったりの繰り返しであったらしい。
母親も手をこまねいて人任せになり、祖母に預けることも多かったようである。
しかし祖母が元々アル中で、ユトリロ少年にも酒を呑ませていた影響が大きかったと謂われる。

要するに生育環境が悪かった。
人はそれを選べないのが、決定的なところである。
この初期の受け身の状況については、どうにもならない。
では、それを変える~脱するには、もうカントの説くように自らがそれを選んだと捉え返し、自らの主体として生きなおすしかない。

ユトリロ7歳の時の母シュザンヌ・ヴァラドンによるデッサンはよく彼の特徴を湛えている。
晩年のユトリロの写真にも残る面影が窺える。
鼻つきがまさに彼である。
どういう対象として描いたのだろう。
この頃は彼女も画家として成功している時期だ。

結局、彼女が息子のアル中療法として彼に絵の手ほどきするようになった。
だが、師匠の言うことを素直に聴いて画業に励むというより、独自の画法を編み出して描いてゆく。
かの有名な白い絵だ。
何と絵の具に漆喰を混ぜている。

Utrillo003.jpg

はじめは、描くこと自体嫌々ながらであったらしい、、、想像はつくが。
母とは異なる作風であるが、彼も高い評価を得るまでにそう時間はかからなかった。
それに従い、とても平穏な日常生活も手に入れてゆく。
絵を自ら描いてゆくうちに、生命力の核に触れていったのだと思う。
自我とか主体よりもっと深いところに、図らずも降り立ったのではないか?
それが確信を生み、強固なものにしてゆく。身体も落ち着く。
外的なシステム~法に全く左右されない内的な基準~価値の獲得により、、、。
大概、優れた芸術家はその域に達している。
(世間の目や流行りや、才能などという外部の尺度などは端から意識にないが)。

自分のやるべきことをひたすら、やる。
創造行為とはそうしたものである。

Utrillo002.jpg

ユトリロは、ひたすら街を描く。彼にとって絵を描くとは、街~街頭を描くことであった。
彼もまた、パリに色々な国や地域から集まって来てモンパルナスやモンマルトルの街や風俗や人々を、ボヘミアンな生活を送りながら描き続けた所謂、エコール・ド・パリの画家に数えられるが(その中でも特に有名な画家であるが)、彼にとってはパリは生まれ故郷であり自分の元々住んでいる街頭を描いているだけである。

それがとても寒々としている。
人は時折、街路や階段に見つかるが、本当に他者であり、何か繋がりの感じられる温もりの表情はその姿にない。
だが、白い建物や路(石畳)は構図と共にとても堅牢である。
白の堅牢なマチエールが更にその建造物の内と外を厳しく隔てているようだ。
ユトリロは勿論、外にいる。
ロートレックは中にいる(笑。(レオナール・フジタもいた)。

Utrillo001.jpg

最初に見た絵がこれだったか、、、。
とても孤独な絵だ。
孤独というものをじっくりと感じさせる。
だが、寂しいとか悲惨なものでは全くない。
確信的な孤独である為、力強い。
強度のある孤独である。


観ているうちにこちらにも力が漲ってくる(笑。
いや、本当に、、、。



プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
基本的に、日々思うことを綴ってゆきます。悪しからず。
コメント、メッセージ頂ければ嬉しいです。

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