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GOMA28

Author:GOMA28
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蠣崎 波響(かきざき はきょう)

isyuuretsuzou001.jpg
「夷酋列像」(いしゅうれつぞう)
夷酋列像を構成する12枚の絵である。

アイヌの酋長を描いた『夷酋列像』が有名であるが、とても特異な絵であることは確か。

顕微鏡で描いたかのような細密描写。
描いた目的が、「藩を救うため」であること。(自分の名誉や利益の為ではない)。
画力はずば抜けているが、絵師ではなく武士。しかも松前藩家老にまでなっている。
アイヌの指導者12人を描いた絵であるが、実際に波響が直接逢ったのは、7人だけ。
異様なまでに描写にリアリティを追及しているのに、ほぼ皆同じ顔でその当人自体~IDに重きを置いたものではないことが分かる。しかもポーズも左右反転で装飾~衣装を変えて済ませてあるなど、バリエーション・フォーマット化されている。
ロシアコートを着ている指導者は、西洋画の陰影法を使うなど画法の使い分けをしている。
その時期まで(少なくとも日本)には、現れたことのない大変芝居がかった大袈裟で絢爛な肖像画である。

ともかく趣向が凝らしてあり面白く、興味が尽きない、、、。

それにしても画業と政治の両立とは、、、個人として相当しんどくはないか?

akkeshi.jpg
「イトコイ」

まず目に飛び込んで来るのは鮮烈な赤であるが、これで直ぐに異民族の姿であることが察知できる。
日本の肖像画~風俗画でこのようなビビッドな赤は使われない。
そして、12人の誰にも言えるが、服飾品も含めとても豪華で派手でありポーズもフォーマットされてはいても特徴的な動勢がある。
まるで現代のヒーローキャラの絵カードみたいに見えるではないか。
恐らく普遍的に興味関心を刺激する絵であると思われる。
1980年フランスのブザンソン美術考古学博物館で11点が発見されたという。美術館の学芸員も何故ここに渡って来たのか分からないそうだ。

kunashirimenashi.jpg
「ションコ」

個々のアイヌの首長のみならず、民族全体にも敬意を表して描かれていることは明白である。
それはまた日本国内(諸国の藩、江戸幕府、天皇)に対しても、蝦夷地において松前藩が安定した治世を行っていることのアピールでもあった。
「クナシリ・メナシの戦い」で、治世を危ぶまれた松前藩が、アイヌと日本全土に対して講じた策であった。
闘いの際、藩とアイヌとの間を取り持ち、和平に協力した酋長の絵で構成されたものである。
「絵」というものが最大限に政治的に役立った例でもあろう。
その絵を描いたのが、後に家老として藩を導く蠣崎 波響である。
それ以降、彼は剣の代わりに絵で何度も藩を救ってゆく。外交・財政両面において。

「夷酋列像」は九州の藩にまで話題となって広がり、幾つもの藩で模写がなされた。
アイヌとはどのような民族なのか、噺でしか耳にしていない人々の好奇心を掻き立てるものでもあっただろう。
彼はこの絵を携え京に赴き、光格天皇の天覧にも供され、いたく感心した天皇が、一晩彼を宮中に泊めたという。

後に江戸幕府から蝦夷地が直轄地とされた為、陸奥国伊達郡梁川藩に転封され、藩の規模を縮小されるが、ここでも絵で財政難を切り抜け、その利益で得た金を使い再び松前に藩を戻すことに成功する。
ここまで「絵」が有効に使えるものか、、、。

nehan.jpg
「釈迦涅槃図」

波響はかの円山応挙と親交を結び、俄然絵の主題が増し表現の幅も広がりを見せる。
京や江戸で他に著名な画家、文人とも多数親交を持つ社交的な人でもあったらしい。政治家でもあるから当然か、、、。
彼は風景画や風俗画、美人画まで描くようになる。
そのなかで、びっくりしたのは応挙のあのシュルレアリスティカルな滝登りの鯉の図そっくりの絵を描いていることだ。
ある意味、如何に応挙に心酔し技術を更に吸収し高めたところを示すものか。
毎日彼は絵を描いては神社に奉納していたそうである。
絵で救われてきたという実感からか、宗教性も覚えるところだ。
全ては絵であった。唯一無二の武士~政治家であったかも。

結核を患いながらも絵筆を手放すことなく描いた最後の作「釈迦涅槃図」が彼の集大成の代表作となる。


政治(政策)と絵画~藝術(制作)をこれだけ密接に絡めて、いや同じ地平においてクリエイティブな創作を続けた蠣崎 波響も万能のヒトのひとりかも知れない、、、。



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