プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
基本的に、日々思うことを綴ってゆきます。悪しからず。
必ずパソコン画面(PCビュー)でご覧ください。


*当サイトはリンクフリーです。

PICKUP
レッド・ファミリー
キューブ CUBE
ドント・ハングアップ
キャット・ピープル
パラサイト 半地下の家族 -2
パラサイト 半地下の家族 -1
ヘンリー・ムーア~彫刻に見る普遍性
911爆破の証拠―専門家は語る 前
9/11:爆破の証拠 - 専門家は語る 後
アポロ 11
シャチ~優しい殺し屋~
ハイヒール
お嬢さん
とうもろこしの島
セールスマン
トラピスト1に寄せて
「労働疎外より人間疎外」によせて
カッシーニ グランドフィナーレ
カッシーニ グランドフィナーレⅡ
シチズンフォー  スノーデンの暴露
スノーデン
レヴェナント: 蘇えりし者
透明な身体性
森羅万象を描く デューラーから柄澤齊へ
ヴィデオドローム2 ~イスラム国 ~アノニマス
見えない重力を描く Ⅱ
美の翳りに寄せて
写真についてーⅡ
午前零時の奇蹟(シュル・レアリスム覚醒の時間)
パーフェクト・デイ ~ルーリード ~ローリー・アンダーソン ~スーザン・ボイル
未来派の画家~ウンベルト・ボッチョーニ
Balthus ~ バルテュス展行ってまいりました。
「ゴールドベルグ変奏曲」 バッハ  ~グールド ~P・オトゥール ~ニーチェ
大昔のスケッチ(詩画集のための試作)
すでに世界は終わっていたのか ~ ヒエロニムス・ボスその1
スヌーズレン002
情報リテラシー  ~華氏911 ~不都合な真実
南伸坊「歴史上の本人」
プラトーン
アリータ
カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

途中下車の快楽

escape.jpg

最近、電車にほとんど乗らない為、途中下車に縁が無くなった。だが懐かしい。
はじめて途中下車したのは、大学時代で、とてもワクワクした。
毎日、電車の車窓から眺めるタマガワの川面の煌きにともかく魅せられたのだ。

その距離と速度の作る幻想美と、ルーチンの流れを切断する快感!からのウズウズした果ての行動である。
「美」とまで行かなくとも、何か新しい事、別な事をやるときには、決まって「もうや~めた!」という逃避の快感が伴う。
「けつをまくる」というやつだ。
以来、何度けつをまくって来たことか(爆。

ゾンネンシュターン(色鉛筆のシュルレアリストの画家フリードリヒ・シュレーダー・ゾンネンシュターン)の描いた「女からの逃走」という絵を観てほとほと、いやつくづく感心した覚えがあるが、追いすがる女性(らしき鬼のような者)から馬に跨りこれまた必死の形相(なのか歓喜に沸く表情なのか?)で逃走を図る男の絵であった。
関係性からの離脱・解放の欲望は誰にでも生じる。
(潜在する欲動があるとき忽然と横溢する)。

新たな関係性と切り結ぼうとしたときに限らず、まずは辞めちまおう、とするような衝動だ。
そんな時は、身の危険すら伴う場合もあろうが、それで更にスリリングになりワクワク感も昇まる。
サスペンス映画タッチにもなるかも。
丁度、今日マイケル・ダグラスの「サウンド・オブ・サイレンス」を観たのだが、これは典型的巻き込まれ型サスペンスであり、電車では車両事故か人身事故で途中降車させられた乗客みたいになってしまうので、それは困る。
受動的で無意識的でありながら思い切った賭け事に出るような主体性のある自動的な感覚が肝心なのだ。
(しかも集団でぞろぞろ先導されてとかあり得ない(笑)。

先程のゾンネンシュターンの絵をわたしに教えてくれたのは、やはり学生時代にジャズの魅力を伝授してくれた点描画家のS君であるが、ジャズは快感そのものであり、絶対に自分の空間~中に流しておきたいミュージックなのだと常々謂っていた。
その絵は確かに彼の説もあるが、常に快楽を求めて突っ走る人に見えたものだ。
(今思い返しても、そう感じる)。

何かを辞めようと思い立った時、それはもうプライドとか意地や見栄や外聞ではなく、自分の本能的で自己防衛的な純粋な欲動に従った時、であろう。
その、ある意味原始的な快感を求める力がなくなったら、人は狂うか死ぬしかなくなる場合もある。
何だろう、、、過労死なども自ら始めた責任ある仕事を途中放棄するなど恥である、というような理性~信念から突っ走っているうちに、もう脇見や飛躍の感覚が麻痺してきてしまうのか。身が重くなってきてしまうのか。
これも快感の裏返しの感覚なのだろうか、、、。

ともあれ、快感~快楽を求めるリビドーが身体性から枯渇すると、人は間違うと思う。
ズレ、切断し、逃避し、横断する。
リゾームからリゾームへと移動し続ける。
これがなければ、生きることはとてもしんどくなるはず。


然しながら、距離と速度の作る魅惑的な幻想は、今いる系にいてこそ、そう映るものである。
タマガワべりに降りた大学生のわたしは、目前に見るその川の即物性と汚濁に痛く幻滅した。
光は何処にもない、、、。
これも一種の観測の問題である(笑。


救われない映画のようなエンディングで、、、。
今日の所は。



続きを読む

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

SF PickUp