プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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ラ・ラ・ランド

La La Land001

La La Land
2016年
アメリカ

デミアン・チャゼル監督・脚本
ジャスティン・ハーウィッツ音楽


ライアン・ゴズリング、、、セバスチャン・ワイルダー(ジャズピアニスト)
エマ・ストーン、、、ミア・ドーラン(女優志望)
ジョン・レジェンド、、、キース(ジャズバンド”Messengers”のリーダー)
ローズマリー・デウィット、、、ローラ

「ブレードランナー2049」に主演する人でないか!ライアン・ゴズリング!
今から待ち遠しい~(想。

ちなみにエマ・ストーンは「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」でサム・トムソン役で目立っていた。
取り敢えず戻る。

この監督「セッション」の監督である。まだ若手でパワーがあって、ビビットである。
あの鬼教師J・K・シモンズも出ていてセバスチャンを首にしている。(クリスマスなのにクリスマスソング以外の曲を弾いた為)。
ここでも音楽的に非常に厳しい鬼だ。
こういう役柄固定の人なのか、、、。


La La Land002


始まりのロスのハイウェイ渋滞のシーンで巻き起こる歌とダンスは良いイントロでかなり期待を抱く素敵な感じがしたものだが、、、
それからの流れが、確かに絵ハガキ的に綺麗な夜景でセバスチャンとミヤがタップを踊るところなどあるが、とりたてて感動するようなものでもなく、他にもステレオタイプの綺麗な風景と赤、緑、黄色のドレスのルームメイト?とのチョットしたダンスにこれは、と思うも、さっと終わり、、、。

それにしても、何であんなにつっけんどんだったセバスチャンが急にミアに惹かれて優しくなったのか、その辺の機微が分からない。
ミアがセバスチャンに惹かれたのは、彼のピアノ演奏かと思うが、、、。
彼女のプリウスがレッカー車に引かれて行ってしまい立ち寄ったバーで。
(最後も偶然立ち寄った、バーで彼に出逢う)。
ちなみに、ハリウッドで意識の高い俳優は(レオナルド・デカプリオとか)ずっとプリウスに乗っている。
ミアはこの点でも正しい選択をしているが、セレブなプールパーティに来た客の車がプリウスばっかり、と言うのは笑うしかない。
ジャズが命で、妥協を嫌う彼がミアの為、安定した収入を得る為にポップな曲を歌うバンドのメンバーとなるというのも、、、。
どうにも解せない。

全体的に、歌もよいと言えばよいが、今ひとつインパクトに欠ける。
曲は確かに良いと思う。

噺そのものに魅力が感じられない。
と言う程でもなく、主演のふたりにどうにもシックリこない。
という訳でもない。
ライアン・ゴズリングとエマ・ストーンどちらも技術があり熱演には違いないのだが。
何と言うか、、、基本キャストをもっと目まぐるしく動かして歌とダンスが観たいのだ。
恐らくその辺の欲求不満が疼くのだ。

ルームメイト?の黄色、緑、赤のお友達も今ひとつ(こればかり、口癖みたいだが)どんな人なのか分からないし、ミアとの関りもとても希薄だ。人間を深く描いて欲しい訳ではない。
もう少し、絡みが膨らみ動的であってよいような、、、。


噺のうえでも、ジャズバーを持ちたがっているセバスチャンと女優志望のミアの出遭い、はよいとして急に仲が良くなり、そのまま行くのか、よい感じではないか、と思ったら5年後は、、、それまでに何があったのか、ここまで付き合わされたのだ。知りたいではないか!
お互いの夢を確認して頑張りましょうというところであったのだが、、、。
つまり、、ミアはオーディションが良い感じで、ハリウッドで活躍することになればロケなどで暇はなくなるし、セバスチャンはバンドのツアーで各地を回り、レコーディングでも缶詰になるなど、逢う時間が取れなくなるという、そういったレベルでの話か?
それで別れてしまったのか?

最後の5年後のシーン。
彼女が女優として成功を収め、セバスチャンがかつて彼女が薦めた「セブス」という名前のジャズバーのピアニスト兼オーナーとなっており、偶然そこに今の夫と来たところから、時間が逆回りして切ない空想シーン。
もし、そのままセバスチャンと結ばれていたなら、、、である。
ここは綺麗な編集が効いていた。
長くも短くもない無駄のない尺に思えた。

結局、別れを選択して、お互いに自分の念願の夢を叶えた男と女の物語か。
こういうことは少なくないと思われる。
特にこのようなショービジネス界では。


終盤(5年後)のシーンでしっかりまとめた作品ではある。

La La Land003

何とも言えない成功したもの同士の、とっても寂しそうな別れの表情で終わる。
(本当はお互いに結ばれたかった、という気持ちはよく見える。が、やはり自分のやりたいことを優先すべきである)。
正しいのだが、切ないものだ、、、。
ということなのか。


もっと派手で尺をタップリとった歌とダンスが観られるかと思っていたのだが、意外にそれが少なめで、ライアン・ゴズリング(「ブレードランナー2049」頼むよ!)のキーボードが全編に渡って流れまくった。
勿論、それは良いのだが、ミュージカルなのだし華麗なダンスが観たいではないか。
広告・CMでこれは!と受けた印象と違った。
噺なんて基本どうでもよいのだ。ダンスが観たい。
率直な気持ち。


二学期始まる!

darkmoon.jpg

今年は雨、嵐が多かった。
降らないと思っていてもゲリラ降雨である。
今日は何とかもつだろうかと思い、物凄い晴れ間に洗濯物を干してみてえらい目に遭ったりしたものだ。
(それ以来100%室内干しで来ている)。
二人の娘は海外旅行で日本には中盤ほとんどいなかったが、帰って来てからも、天気は愚図つきっぱなしで、外で元気に遊ぶ余裕はさほどなかった。

花火は、彼女らが出かける前にそこそこ楽しんだ。
これをやらないと、我が家では夏休みの始まりを実感できない(らしいのだ)。
それから公園に2度行って、買い物にも2回行ったが一緒に出歩けたのは、そのくらい。
(やはり帰り際に雨に降られたが、それはそれで妙にロマンチックな雰囲気ではあった)。
プールの方は一度も行けなかった。
終盤、行こうとしていたが妙に天候が寒々しくなり行く気分になれなかったのだ。

宿題はみっちりやった。自由課題の絵は何を描くか、というところから一緒に考えた。
観察記録については、家にいるわたしが撮っておいたマリーゴールドと鳳仙花の成長過程の写真をもとにつけていた。
かなり丁寧に出来ていたと思う。
次女が相変わらず、字が小さい。
自分にだけ読める暗号にしているみたいだ。
暗号解除でオープンソース化を狙いたい。
提出物に関しては、3日前には、鞄に詰め込んで用意はできていたが、、、。

夏休み最後の昨は月齢が9.4の半月から二日目といったところで、黒い雲の流れる合間に顔を出した「お月様」を二人に見せた。
見えるときはとても克明に見えて、クレーターのそれぞれの表情を充分に楽しんだ。
それにしても黄色く明るい美しい天体だ。
いつもその色に魅せられる。
少しずつ遠ざかっているにしても、まだまだじっくり味わえる。
焦る必要もない。
また満月をゆっくり見よう。
6日が満月である。


長女とは、イソップ読みを毎日したが、絵本の挿絵もとても気になったようで、興味はもったようだ。
ここにあるような「物語」に馴染むことはとても肝心である。
(わたしは、幼少時代このような「物語」を読まずに、エドガー・ポーなどを熱心に読んでいたが、まずは最初に規範的物語を入れておく必要がある。そうしないと狼少年・少女になってしまう。これは中上健司も言っていた)。
次女は、相変わらず読み物は「怖い話」しか読まない。(平仮名のついたもの)。
かと言って、小泉八雲にはまだ乗ってこない。「雪女」は以前噺をして印象にはあるようなのだが。
その手の映画を選んできて見せると、怖いところになると別の部屋に逃げ込んでしまう。
それを含めての雰囲気が好きなのか、、、。
まだ鑑賞というレベルではない。


結局、ほとんどこれと言って新たな事が出来た訳でもない。
今年の夏休みは、ちょっと今ひとつ感がある。
彼女らが「ゼルダ伝説」以上に熱心に物事に当たっていた感はない。
飛躍はなく、そのままと言う感じか、、、。

変わるときは目に見えて変わるものだ。
宇宙物理学者が重力波の検出をするときの根気強さに比べれば、どんなことでも地道過ぎる事などない。
反復しかない。
方法を工夫しながら反復してゆく他にない。
毎日が生成過程である。

わたしももう少し観察日記をつける必要がある。


今朝も長女と一緒に登校した。
まだ続く、、、。


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