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スローターハウス5

Slaughterhouse5 001

Slaughterhouse5

1972年
ジョージ・ロイ・ヒル監督

カート・ヴォネガット”Slaughterhouse-Five or The Children's Crusade: A Duty-Dance With Death”原作
スティーブン・ゲラー脚本

マイケル・サックス、、、ビリー・ビルグリム
ロン・リーブマン、、、ラザロ(ビリーを友の敵として復讐を誓っている)
ユージン・ロッシェ、、、ダービー(ビリーの庇護役のリーダー格の兵士、大学教授)
シャロン・ガンズ、、、バレンシア(ビリーの妻)
ヴァレリー・ペリン、、、モンタナ(映画女優、ビリーの恋人)


ゴールドベルク変奏曲(グレン・グールドによる)が何度も流れる。
とてもシーンに合っていて格調を与えていた。

「子供の十字軍」なるほど、、、。
「第5屠殺場」は、ドレスデン空襲の際に、ビリー・ビルグリム達の捕虜収容所として使われていた場所。
ついでに、「ドレスデン空襲」は誤爆であり犠牲者のほとんどは民間人であった(子供も多かった)という。
ここでも子供たちの死骸を山積みにして火をつけ火葬する場面がある。


”トラルファマドール星”というのが出てくるが、そこには姿は見せぬが時間を自在に移動できる存在がおり、主人公(など)ヒトもすきな時間に移動させてしまう。そんな設定で、ビリー・ビルグリムは目まぐるしく自分の辿った時間を行ったり来たりする。但しあくまでも「その時間」を生きるだけで、その時間流に対する超越的な存在=固有時でいることは出来ないため、その時空を対象として変容させることは出来ない。ただその時空になるだけ~経験するだけ(一回性のもとに)の話である。
であれば、普通線状的に時系列に沿って描いた映像をブツ切りにして、ランダムに並べ替えることで基本的に出来てしまいそうである。
しかしそうだとすると、一か所明らかに変なところがある。ビリー・ビルグリムが演説後にラザロに撃たれて死ぬことになっているということを演説の最中に民衆に向け話すのだ。そして実際に撃ち殺される。これはあり得ない。ルール違反だ。物語が形式的に壊れる。

彼ら?は主人公のところに(窓辺などに)青い星のような光で遠い夜空からやって来きたりする。
飛行機事故で脳に損傷を受けたビリー・ビルグリム自身が、何やら記憶を異常に鮮明に想起出来るような症状となったようにも窺えるが、映画女優のモンタナとトラルファマドール星で妻の死後に結ばれたりするところは、明らかに文脈から飛躍したシーンであるし、本人の憧れから生じた妄想も入ってきていると謂えるか。そのトラルファマドール星の見えない観衆の前に据えられたビリー・ビルグリムとモンタナのドーム形の部屋も如何にもチープな空想から出来た感じのセンスのない作りである。

何と言うか、それぞれのシーン(時空~記憶)の切り替えが、人込みで込み合っている集会から兵士の犇めき合う戦場に移行したり、廊下を歩く戦地の収容所から戦後の病院の廊下に移るなど、言語連想のようにシーン移行するところがかなり怪しい。
勿論、それぞれの場面、捕虜生活、結婚、息子の非行と反抗、妻の事故死、女優と結ばれ子供を授かる、息子の改心と軍隊入隊、出世、、、など様々なシーンが描かれるが、どれも主人公ビリー・ビルグリムが実際に体験した(知らされた)範囲に留まる。
であるから、ドラマチックで劇的な戦闘シーンやビリー・ビルグリムが防空壕に隠れていたときにどれだけの激しい空爆が続いていたのかなど、微塵も描かれない。広島以上の犠牲者を出したという壮絶な戦場は、防空壕を出た後の、子供たちの死骸の処理の場面だけで描写される。
それは仕方ない。彼は俯瞰的にそれを確認する視座は持たないのだ。何も見てはいなかった。いや、もっと謂えば、想い出せないのだ、、、。
周囲の人々の人物像はほとんど描かれない。
しいて言えば、自分が頼りにしていて親しかったダービーが、公正でしっかりしていて責任感の強い人として描かれていたくらいか。

感情的な起伏もなく、極めて淡々と物事が運ぶのも、ビリー・ビルグリムという人がそういうヒトだからだ。
出世して大金持ちの彼が妻の誕生日にキャデラックをプレゼントするが、その妻は彼が飛行機事故で収容された病院に半狂乱で車を事故でボロボロにしながら向かい、到着してから後に息を引き取る。
ここも、他の箇所と同じく狂態と混乱を引いて静かに捉えている。
妻はこの時点では死ぬが、それだけのことである。
きっとそういうことなのだ。

終始、感情的にほとんど揺れ動くことはなく、ユーモラスな感覚を覚えて観ていた。
それは、死がなんら決定的なものではないところからきている。
死の悲惨さも高揚も微塵もないのだ。
主人公が時間のあらゆる断片を行き来するとこを観てゆくうちに、時間に最初と最後があろうが、その中間を無限に行ったり来たり出来ることから、始まりと終わりのインパクトなど何もないことが感覚的に分かってしまう。
ここでも主人公は撃ち殺された後、すぐに別のシーンで愉しく過ごしている。

われわれより一次元上の、時間を点~瞬間ではなく、広がりとした世界に存在したらどのような認識を得られるのだろうか、、、。
何と謂うか究極の悲惨さ、そのどうしようもない動かしえない事実~結果があろうが、、、何だか宇宙の始まりと終焉を巡っての噺にも思えてくるではないか、、、誕生と死とを知らず、その間を無限反復すること自体に癒されて逝くのかも知れない。






プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
日々思うことを綴ってゆきます。
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ることもあります。
悪しからず。
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