プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
基本的に、日々思うことを綴ってゆきます。悪しからず。
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アポロ 11
シャチ~優しい殺し屋~
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とうもろこしの島
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「労働疎外より人間疎外」によせて
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写真についてーⅡ
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賢く生きる恋のレシピ

SMART PEOPLE

SMART PEOPLE
2008年
アメリカ

ノーム・ムーロ監督
マーク・ポワリエ脚本

デニス・クエイド 、、、ローレンス(大学教授、著作家)
サラ・ジェシカ・パーカー 、、、ジャネット(医者、ローレンスのかつての教え子)
トーマス・ヘイデン・チャーチ 、、、チャック(ローレンスの義弟、放埓で宿無し)
エレン・ペイジ 、、、ヴァネッサ(ローレンスの娘、非常に学業優秀)
アシュトン・ホームズ 、、、ジェームズ(ヴァネッサの大学生の兄、詩が雑誌に載る)


別にエレン・ペイジ繋がりで観る義理もないのだが(笑。
ここではどれくらい変わるのか観てみた。(やたら知的で理屈っぽい皮肉屋の役である)
「インセプション」の彼女がやはり一番、らしく思える。
それにしても捻って凝った邦題だ。
こういうイメージでこのコンテンツを売ろうというのか、、、レシピ?何となくトレンディーでお洒落な感じにしたかったのか?
「エデンより彼方に」、「バンテージ・ポイント」「デイ・アフター・トゥモロー」のデニス・クエイドであるが、ここでも難しい役柄を熟している。

この映画も、チョッとした演出で見せる映画だ。
観終わったばかりで、印象に残るところは、知的で偏屈で他人の行いに厳しいローレンスが放埓な義弟チャックと買い物中に、カートに足を掛けて乗って滑ってるところだ。
この時点で、生き方をとても嫌っていたチャックに親しみすら抱いており、彼を容認していることが分かる。
(物語の最初で、息子ジェームズがカートに乗ったことを叱っていた)。
ローレンスがジャネットとの恋愛を経て、他者を受け容れる余地をもったことを知らせる何気ない行為だ。

わたしの苦手な(場合によってはホラーよりキツイ)ラブコメに入る映画であろうが、癖のある役者の捻った演技でかなり渋くみせて行く。
そう、キラキラしたりワイワイキャーキャーするところのない、ある意味地味に進行する映画だ。
軽くも重くもなく、明るくも暗くもない。
しかし誰もが何かに囚われていて、不自由でいる。
チャックがもっとも吹っ切れてはいるが。
自分の枠を突き壊せないでイライラを抱えて過ごしている。
これは、他者に対する感覚の麻痺と裏表の関係でもある。
その息苦しいリアリティが基調をなす。

インテリのヴァネッサは、父を上回る知的な偏屈娘で、それによって身動きが取れない。
ただのガリ勉だけならまだしも、共和党青年部とかに入っていて同年齢の友達など排除している。
兄ジェームズも親に反抗的で、黙々と部屋で詩を書いている。
兄妹で食事中に嫌みを言い合い喧嘩をする。
教授である父ローレンスは偏屈さから学生に思いっきり嫌われている。(亡き妻への拘りも大きい)。
そんな彼が変わって行くきっかけが、偏屈が原因で怪我をして入院した病院であった。
彼は素敵な女医ジャネットと恋に落ちる。
彼女はかつての自分の教え子であった。

しかし、ジャネット相手に自分の研究テーマばかりを得々と話し続け、彼女に全く話すタイミングを与えない。
この自己中振りに彼女は呆れかえって一度は完全に彼を拒絶する。
当たり前だ。
彼はもしかしたら初めて自己対象化して狼狽える。
放埓な生活で行き場のない義弟も家に居候で住み着き、いよいよ家庭は混乱する。

だが、当初は単なるお抱え運転手もまともに出来ないお荷物の義弟チャックであったが、彼が謂わばトリックスター的な役回りで家族をしっかり対面させてゆく。じわじわと、家族が相手を受け容れる態勢を取り始める。
チャックという異質の要素~触媒により、しっかり自分に向き合い前向きになって行く。
こう書いてしまうとそれまでだが、その関りがワザとらしい嫌みな感じがなく、微妙で自然な感じである為、何となく納得出来る緩やかな展開となる。

ローレンスは自分の著作名を「ポストモダニズムと認識論の代償」として売り出そうとしていたが、どの出版社も見向きもしなかった。しかしヴァネッサのアイデアで、「この本を読むな」という題にしたら、すぐさまオファーが舞い込み出版の流れとなる。
大手出版社のその社長曰く、この人を食った題と内容は物議を醸し売れること間違いない、と。
その印税でヴァネッサは、合格を内緒にしていたスタンフォード大学に無事行けることに、、、。
ローレンスとジャネットもチャックの後押しで和解に漕ぎつける。


特別、感動的な映画ではないが、しっかりした作りの映画である。
音楽のセンスもなかなかのものだった。

女子美の美術展に行く

torunka.jpg

女子美術大学同窓会設立100周年記念~
「青のかけ橋 佐野ぬい賞受賞作家展」
に、先週長女と公園で遊んだ帰りに行った。


>物質がもつ”spontanéité”
>この”自発性”抜きに藝術が語れないというのもまた
>見過ごされがちな事実ではないかと・・・。

>藝術の領域で
>表現者の意図が、そのままにくまなく表出されることの方がむしろ稀で
>創造とは
>作品上に配置されたる物質
>その物質側の運動(偶然性)と、切っても切れない関係性にありましょう。
>よって、両者の統合の上に構築されたるもの

   ~エストリルのクリスマスローズより

まさに上記の通りに、作家の「意図」とその物質特有の「自発性」のせめぎ合いにのなかで生成された油絵であり銅版画であった。
基本的にこれ以外に余計な言葉は付け加えたくはない。
(作品展については以上)。


一般的に謂って、何をか作品を作るという行為にあって(テーマは100%自分で決めるという場合特に)、ほとんど誰もがこの泡立つ「せめぎ合い」を経験し、ドキドキわくわくしながら、頃合いを見極める作業をしているはず。
精神のゾンデを深みに降ろし、手探りで、創造のタイミングを狙う。
その微細なコントロールの正しさは、内的必然として感知される。
能動的に半ば自然に任せることで、創造の運河化がすでに起きている。
ものを形作る厳粛な喜び~法悦の瞬間、瞬間、瞬間。
(恐らくミケランジェロは、それは宗教性~至高体験にまで達していたはず)。

ジョン・ケージの提唱していたチャンス・オペレーションにも近い。
こちらの意思と向こうからやってくるものとの、飛躍的な融合だ。
精神と物質との高次のコミュニケーションとも謂えるか。
恐らくそうなのだ。
われわれは真に一体化することを希んでいるのだ。

生と死を超えて。


藝術に触れるとは、この現象~事件を時空をおいて認知することなのかも知れない。
遠方の星を観測するように。




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