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GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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家族ゲーム

kazoku003.png

1983年

森田芳光監督・脚本

松田優作、、、吉本 勝(家庭教師)
宮川一朗太、、、沼田 茂之(中三の高校受験を控えた少年)
伊丹十三、、、沼田 孝助(茂之の父)
由紀さおり、、、沼田 千賀子(茂之の母)
辻田順一、、、沼田 慎一(茂之の兄)
戸川純、、、近所の奥さん
阿木燿子、、、吉本の恋人


吉本の飲み物の飲み干し方が面白かった。
わたしも飲み物は何でも直ぐに飲み干してしまうので、そこに自ずと注視してしまった。
要するにチビチビ飲めないのだ。共感を覚える(笑。
酒だろうが、お茶やジュース、みそ汁もみんな同じように一気にゴクゴク飲んでしまうはずだ。
生理的な感覚の演技がとても細かく独特。
主演が松田優作であることでこの映画の質感が決まっていると思う。
(そして宮川一朗太と伊丹十三がそれをしっかり不気味に固めている)。

全て横並びなのだ。この映画、なんでも横並びである。
だから顔を見て話そうとすると、異常に近いのだ(笑。
肩が擦れ合い自由な身動きが如何にも取り難そう。この身体感覚、特異に思えるのだが、、、。
そもそも何でこの家は、こんな「最後の晩餐スタイル」をとっているのか?
たまたま縦に細長いテーブルを買ってしまったからだろうか?謎である。
しかし、家具によって人の基本的生活習慣~体癖~性格~内面及び感覚が改変・形成されてしまうことは確かだ。
ウイリアム・モリスの「アーツ&クラフツ」運動はそれを意図的に積極的に繰りこんでデザインを進めていったものだし。

kazoku002.jpg

であるから、沼田家に相談に来た近所の奥さん(戸川純)は、その位置(空間)感覚に耐えられず、椅子をお尻に抱えながら千賀子の正面に座りなおした。わたしもきっと、この家に招かれたらそうするだろう。
面と向かえば、適度な距離感~空間感覚つまりはアイデンティティを保持して相手の表情~目を窺うことが出来る。
距離空間とは、そのまま自我空間という深さを形成し、わたしの足場となる。
わたしとして初めてことばを発する個人となることが出来る。
肩を擦り合わせ顔を見る距離のない、つまりは相手の肉体~物質性は感じても内面~思考の分からない関係は、とても不気味なことばだけを振り撒き続ける。それぞれが相手に届かぬ独り言を喋り、伝えた気になってゆく。

また近所の奥さんの相談事が深刻で面白い。
もう先が見えている義父が死んだら、エレベーターに棺桶入れる広さがないのにどうやって下に降ろすのか、という悩みなのだ。
やはり階段を降ろしてゆくのだろうか。かなりの高層団地の上の方の階であったが、、、。
心配になるのは分かる。死を気にするモノこそ実存なのだ。
(彼女が泣きながら心配しているのは単なる屍体の処分の問題に過ぎないか?)
死~実存は、何にせよその取り巻く場所~環境から零れ出ているのだ。
高層核家族団地には、端から死は想定されていない。
千賀子はそれに対し団地の世話役に相談すると対応するが、それ以外に彼女に何が言えよう。
このタイミングで傍では茂之という剥き出しの思春期の不気味さを立ち昇らせる息子が、何故かパンツ一つで母親に早く布団敷いてよと愚図っている。
のっぴきならない生活の更新・反復はどうにも死(のことば)には触れ得ないし届かない。

全ての登場人物の人格を匂わす(おどろおどろしい)光と影の効果が際立つ。
吉本などレンブラントの絵に出てくる深遠な、というよりとても怪しげな詐欺師に見える。
その隣に座っているのが茂之(宮川一朗太)である。実に怪しく不穏な絵に落ち着く。
この宮川一朗太が、中三の生々しい気色悪さをこれまたよく醸していた。
性と生の生々しさはあっても、死への収束を感じない突然プツンとスイッチの切れる人形感をも充満させて。

これを最も明瞭に体現する人物が千賀子であろう。
このツルツルの存在感はまさにOFFのスイッチでそのまま眠りこけるものだ。
すでに息子二人は、まだ夕方なのに隣の部屋で眠っている。
ヘリコプターがいつになく爆音を鳴らして飛んでいる。旋回でもしているのか、、、。
あらゆる行き場のない宙を舞うことばの片々を吹き散らすかのように、、、。

わたしの住む地区にも巨大なゴキブリのような軍用ヘリが爆音鳴らしてよく飛んでくる。
その意味で、既視感いや既聴感を感じるシーンでもある。
この上空に浮遊感を誘う俯瞰的位置感覚は何か。
監視・管理の不気味な暗示である。互いの目と死から切断された個~ことばが眠ったまま引き取られる先であろう。
もはや彼らに棺桶は不要だ。


ミュージシャンの戸川純のファンであったわたしは、久しぶりに彼女の姿を見ることが出来、得した気分になった。
如何にも神経質で悩みの多い、ピッタリの役柄に思えた。(飛び抜けた芸術性は、見せないが、、、団地の一主婦役である)。
そして何より松田優作の圧倒的な厚みのある存在感である。
沼田家の最後の晩餐を無茶苦茶に壊し無秩序状態にして、彼は帰って行く。
この終盤から異様に彼らの食事のナイフ・フォークや食べ音が際立ってくる。
ことばがノイズに解消されてゆくようにエントロピーが増大してゆく。
それは最後のヘリに繋がる。

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