プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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秒速5センチメートル

5cm per second001
フランスでの公開時のロゴ、、、さすがフランス(最近フランス文化の凄さに圧倒されっぱなし)。
2007年

新海誠監督・脚本・原作・絵コンテ・演出・製作総指揮

新海誠監督のやりたいように作られた作品に思える。

「桜の花びらが舞い落ちる速度」が秒速5センチメートルだという、、、。

風情がある。というより儚い。

「桜花抄」、「コスモナウト」、「秒速5センチメートル」の3部作構成である。
遠野 貴樹「桜花抄」(小3~中1)「コスモナウト」(高校生)「秒速5センチメートル」(社会人)
篠原 明里「桜花抄」(小4~中1)「秒速5センチメートル」(社会人)
澄田 花苗「コスモナウト」主人公の女子高生


「桜花抄」
人物の内面描写が自然現象との関わりのなかで、見事にディテールまで繊細に描かれている。
散々雪で待たされ(彼女を待たせ)深まる夜の不安と焦燥のさなか不意に風に吹き飛ばされてゆく彼女に渡す手紙、、、。
情けなさで押し潰されそうになるきもち。
この切なさは自分の記憶にも深くゾンデを降ろす。
桜の花弁のはらはらと舞い散るなか、、、その普遍的な(いや永遠の)時間のめくるめく。

仕事の関係で転校の続く家庭に生まれた遠野 貴樹は、同い年の転校生、篠原 明里とこころを通わせる。
内向的で図書室が好きなふたりは、お互いに強く引き合ってゆくが、転校によって離れることになる。
ふたりは、転校を重ね次第に遠く離れて暮らすことになる。
栃木と鹿児島まで、離れてしまった時に、意を決してふたりは会うことにする。
大雪で途中電車が長時間止まり約束の時間を大きく遅れてしまうが、深夜ふたりは会うことが叶う。
雪の結晶のはらはらと舞い散るなか、、、彼は彼女をどう受け止めたらよいか分からなくなる。
ふたりでお弁当を食べ、一夜を納屋で明かす。
別れ際、「貴樹くんはこの先も大丈夫だと思う。ぜったい」と 明里は語る。彼は無言でそれを受け止める。
ふたりがそれぞれ書いたラブレターは、どちらも渡せなかった、、、。

「ぼくたちの前には、茫漠とした時間がどうしようもなく横たわっている。」
「このまま彼女と一緒にいることはないということは確かだ」、という彼の予感・直覚は正しい。


「コスモナウト」
音楽(ピアノ)の演奏がモノローグに絡み美しい。
澄田花苗が主体となり物語が綴られる。種子島が舞台。
遠野 貴樹は文武両道の憧れの的、というより転校してきた時から澄田花苗の恋愛対象であった。

彼は優等生的に当たり障りのない優しい返答しかしないが、それは外部との交流を単にやり過ごすだけの手法に過ぎない。
篠原 明里との文通は遅れがちとなり、やがて途絶える。彼女のことはまだ忘れられないが、何が忘れられないのかまだ分かっていない。
メールを打っては発信しない日が続き、それが儀式的な癖となっていた。
次の花苗へのことばは、誠実な答えであったと思われる。
「余裕ないんだ。迷ってばかりだよ。できることをなんとかやってるだけ」。

時速5キロで運ばれてゆく深太陽系探査ロケット。
本当に真っ暗なひとつの水素原子に出会うことも希な空間を進んでゆく孤独な旅に思いを馳せる。
茫漠とした時間の横たわり。どうにもならない距離。
それが生むもの、、、。

澄田花苗はサーフィンで波に乗ることに成功する。
(彼女はプロのサーファーを目指しているのか?)
この幸運な日に、彼女は意を決する。
彼に告白しよう!、、、しかし彼が自分の遥か、遥か向こう、、、遠くを見つめていることに気づく。


「秒速5センチメートル」
相変わらず光の物理的表現のきめ細やかさに驚く。
篠原 明里は来月、誰かと結婚を決めている。
そんな時、子供の頃書いた手紙を見つける。

ただ、生活しているだけの悲しみ、、、茫漠とした時間の消費に毎日を費やす悲しみがその無表情に現れている。
彼はすでに、1000回メールしてもこころは1センチも近づかなかったと3年付き合った彼女に告げられ分かれている。
前に進みたいが、掴むべきものが何であるかが分からない。強迫的にそれを求め闇雲に働いたが、日々弾力を失うこころに唖然とする。そしてある朝「自分があれほどまでに真剣で切実だった思いがきれいに消えていることに気づく」。
(篠原 明里からの結婚の知らせのメールは見たはず。少なくとも要因ではなくともトリガーではあろう)。
同時に彼は会社を辞める。

夢の中では、遠野 貴樹と篠原 明里は13歳のままで、また桜の花弁の舞う下で逢える、、、
回想と空想~白日夢が目まぐるしく交錯する。
この時の歌はとても良かった。
わたしが山崎まさよしのファンだからか。
いや、とても曲想と映像が合っていた。
そして現実へ、、、
線路を渡るすれ違いざまに篠原 明里の現在の姿~幻をある女性に認め、 貴樹は降りた遮断機を間にして、振り返る。
電車の通った後、彼女もこちらを振り向いているだろうか、、、?
しかし、その女性はすでに影も形もなかった。
彼は一瞬眉を曇らせるが、その後口元に笑みを浮かべる。

確かに貴樹は一歩を踏み出さんとしていた。

5cm.png


言の葉の庭

kotonoha001.jpg

2013年
新海誠監督

タカオ(靴職人を目指す高校生)
ユキノ(高校の古文の先生)


雨の日の美しくも瑞々しい恋(孤悲)物語であった。
「君の名は。」の監督の作品であることがよくわかる。
こころの琴線を同じように切なくかき鳴らす。

ここでも万葉集だ。

この監督はことばをとても大切にし、それに拘る。
良い監督は、皆そうだ。
そもそもことばを疎かにする者に、まともなものなど作れるはずもない!


「雷神の 少し響みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留めむ」
雨の降る新宿の公園のベンチで出逢った女性がそう主人公の少年タカオに言い残し去ってゆく。
彼女はどこか苦しげで孤独な雰囲気を醸していた。
チョコレートとビール以外に味を感じないらしい、、、。
、、、雷が鳴り響き、曇り始めた、、、雨が降ればあなたを引き止められるのに、、、。

彼らは、決まって雨の日にそのベンチで出逢う。
雨の日にだけ出逢える、織女星と牽牛星みたいに。
確かに雨であれば、邪魔は入らない。(たまに晴れた日にそこを訪れるとまるで違う場所であった)。
そこはふたりのこの世であってこの世でない儚く絶対的な世界だ。
外部の時間は流れない。
ただ暖かい色彩と光に満ちている。

かなり後で気づくが、彼らは同じ高校の古文の先生と生徒であった。
タカオは雨の日の1元はサボることにしていたのだ。
(古文の先生ユキノは療養休暇中であったが)。
彼女がどういう理由で学校を休むことになったかタカオは随分遅れて知る。
(味覚障害もそれが原因で発症したか)。
そして彼女が学校を辞め去ってゆくのも目にする。


タカオは、靴職人を目指し日夜、独学で研究を重ね制作に取り組んでいた。
そのためのアイデアスケッチを暇なときはいつもしている。
梅雨が終わると、カラッと晴れた夏になる。
彼らは別々に淡々とした日常生活を送ってゆく。

タカオは、いつかの短歌の意味を知り、また雨の日に出逢ったユキノに返す。
「雷神の 少し響みて 降らずとも 我は留らむ 妹し留めば」
ユキノは最初、彼に短歌を詠んだとき、自己紹介も兼ねた気持ちであった。
だが、タカオは自分の進む道以外に関心の向く状況ではなかった。
今更お互いの立場を確認し合ったところで、それが何であろうか。
、、、雷が鳴り響き、雨は降らずとも、、、あなたが引き止めてくれさえすれば、わたしは留まる。

大雨が降り、ふたりはびしょびしょになってユキノの家で服を乾かす。
そこで、タカオが食事を作って食べて共にコーヒーを沸かして飲む。
お互いにこれまで生きてきた中で一番幸せな時だと自覚する。

だが、タカオがユキノにずっと抱いてきた好意を口にすると、彼女は実家の四国に戻るのだという。
タカオはそこをすぐに飛び出してゆく。
ユキノは彼の後を追い、お互いに初めて激しくぶつかり合う。


タカオはある日、愛らしいハイヒールを作り上げ、あの公園に持ってゆき、ベンチにそっと置く。
彼がユキノのために作った靴だ。
その靴は、歩くためのものである。
少しでも彼女が長く歩きたいと思えるようにと。
そして自分のためにも。

「2人とも歩く練習をしていた」のであった。
あの雨の日々に、、、。「雨」と「靴」にこめられた濃密な時間の意味を知る。

タカオは、「もっと遠くまで歩けるようになったら」ユキノのところに会いに行こうと思う。


宮崎駿や栗栖直也や細田守にない、、、とまでは謂わないが、現実と地続きに接続してゆくところがこの監督(作品)の素敵なところだ。
しかも現実の最も詩的な場所に。
いまここである最も詩的な場所に。

そこでは無論、歳の差なんて問題外である。
昨日のSFアニメを観た後であるからか、この淡々として極めて物理的に追求されたディテール描写の魔術が殊の他、爽やかであった(特に光学的な反射など)。
極限的世界の仮構から本質を描き出そうとする手法は思想の表出にとても有効なものだが、このアニメーション「言の葉の庭」の現実を詩的に異化してこのままからそのままへ展出してしまう方法には、目の覚める思いがした。


最後に流れるJ-Popは、悪くはないのだが、雨いや水にちなんだクラシックか現代音楽の方がしっくりしたと思われる。
ちょっと、あそこまで行ってヴォーカル入のポップとは、、、
余韻、余情にもっと浸りたかった、、、、。
あくまでもわたしの個人的な趣味の問題か、、、?
(岩井俊二ならぴったりのクラシックを入れてくるだろう)。


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