プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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ドクトル・ジバゴ

Doctor Zhivago

Doctor Zhivago
1965年
アメリカ・イタリア

ボリス・パステルナーク原作
デヴィッド・リーン監督

オマー・シャリフ、、、ユーリー・ジバゴ
ジュリー・クリスティ、、、ラーラ(ユーリー・ジバゴの愛人)
ジェラルディン・チャップリン、、、トーニャ(ユーリー・ジバゴの妻)
トム・コートネイ、、、パーシャ(ストレハニコフ、)

「アラビアのロレンス」1962年のオマー・シャリフが詩情豊かな魅力あふれる男を演じていた。
片や砂漠、片や雪原、、、過酷!
ロシア革命、革命後の厳しい現実が荘厳な大自然のもと、稠密に描かれている。



暫く見てつくづく感じたのは、ドクトル・ジバゴは優れた人格であるが、それを支えるふたりの女性の何と素晴らしいことか。
それは、終わってからまた最初にDVDが戻った時に気づいた。
ラーラの娘の名がトーニャなのである。
これは何を意味するのかと思うと、、、このふたりの女性の品格の高さに感動してしまった。

確かに、ジバゴを巡って、どちらの女性も相手の存在を充分認識していたにも関わらず矜持をもち、お互いに尊重し合い、深い敬意を抱いていた。でなければ、ラーラが彼の正妻の名前を自分の娘に付けるはずはない。当然トーニャがそうされるに相応しい高潔な女性であったからでもある。

詩人として個人的な世界に傾倒し過ぎると批評されたジバゴであったが、芸術が個の場所に徹底的に拘らずに普遍性に抜けられるはずはない。これは断言する!
その個人性がブルジョア的としか理解できないなんて、、、何という情けなさ。
そもそも最初から個はない、等といっている知性のない輩に、ファシズム以外に走る道はない。
白軍も赤軍もあったもんじゃない。同じ穴の狢だ。
またこういった輩は額面しか問題にせず、本にしても文字や文面のみにしか目がいかない類の低脳ぞろいである。
(そういった目線で検閲や改竄などを偉そうに行う)。
これは、所謂、社会的良識派とか評される連中に言えることだ。
ファシズムはこの辺の連中の心性にこそ確かに巣食っている。
(今現在の話である。ジバゴの頃の話ではない)。
単に知の堕落である。


結局、ユーリー・ジバゴが残したものは、ラーラに対する深い愛を綴った詩だけかも知れぬが、それが普遍性を持ち得たことは、彼の葬儀に現れた参列者からも窺えるものだ。
この時期だからこそ、政治を振りかざさない知性に好感が持てる。


ダムの建築現場で今や将軍職にあるジバゴの義兄がラーラとジバゴの孤児トーニャと出逢う。
彼は彼女に力になりたいと告げる。
最後に彼女がバラライカの名手であることが分かり、それを背負って歩いている姿を映してエンドロールとなる。
祖父からの隔世遺伝~血筋を確かに示していることをその義兄は確認して微笑む。


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予報通りの雪

yuki.jpg

雪がまた降った。
Time Machineに乗ると、、、?
今年の1月にも降っている。
その時の想いも蘇ってくる。

その時の自分がどうであったか、、、

雪を其の儘放っておいてくれと言っている。
確かに、雪は直ぐにどけられてしまう。
そのままにしておくと、恐らく下になにがあったか、あったことすら忘れてしまうからである。

今はどうにもこんなふうに書けない。
最近、動いていないせいか、文が硬い。
元来スポーツはことばを軽やかに放つ為にあるという。
考えないと、、、昔の物を見直す意味はそんなところにある。


もう少し遡り、2014/10までゆくと九品仏に纏わる想い出を綴ったものに出くわす。
九品仏は、静寂の時がいつも支配していた。
そして浄真寺をはじめ、その地はわたしにとってはめくるめく雪の光景として上書きされていた。
ウェルバンで最高のフルーツティーを飲みながら窓辺から雪をうち眺める。
その喫茶店の古い蓄音機は音が鳴ったことがなかったから、雪の日は更に無音状態に凍結していた。
本当に真っ白い雪の日は一際、何もない。
雪が音の波と粒子を黙々と吸い取りつつ全ての物を覆ってしまうのだ。
記憶も断絶し、ここがどこであったか思い出す気力も失せてゆく、、、。

もう少し遡ると2014/2/10には、積雪でかまくらを作っていた
雪で気持ちも舞い上がっていたらしい(爆。
元気なものだ。
もうかまくらは作る気はしない。
寒さが急に身に染みるようになったのだ、、、(寒。

2013/5までゆくと、わたしのブログの開闢期に当たる。原始時代まで来た、、、。
「ゆきんこ」を題材に公立小学校の音楽教科書の「絵をみて作曲しよう」というページの絵を描いていた。
先方の依頼に出来る限り応えて描くもので、自分の作風は控えて描く、、、。(作風をわざと作る気はしないのだが)。
随分昔のことだ。
懐かしいことこの上ない。
暫くの間、教科書会社から原画のキャンバスはそのまま保管しておくように言われていたので、そうしていたが、今は何処に片ついているか、、、探してみたくなった。(会社に買い取られた物だから捨ててはいない)。
この絵たちには思い入れがある。
4連作の1枚だけ、ゆきんこが川に溶けて流れてゆくシーンで、プレラファエル派のジョン・エヴァレット・ミレイへのオマージュ的な構図の絵を描いたら、見事描き直しとなった。会議で「死を連想するものは好ましくない」と判断されたということであった。
その絵がわたしの一番の力作ではあったのだが。

”Ophelia”は小学生には、早いのか、、、。(うちの娘はそういうの大好きであるが)。
仕事に忠実なわたしはすぐさま描き直した。仕事は仕事である。それが教科書には載った。もっとも詰まらない絵だが。
しかし描き直しは1回、1枚限りで済んだ。後で編集主任に聞いたら、7,8回描き直しをくらう絵かきはザラらしい。
芸術家というものは、融通が効かないのだ。
こうしてくれと具体的に丁寧に説明して分かった顔をしていても、また何度も同じことを繰り返すらしい(爆。
彼は非常に困惑した顔で言っていた。(同情したい。わたしが大分以前、大田区在住の画家100人による新大田百景で蒲田駅西口の絵を依頼されたときも、きっちり具象でお願いしますと最初に指示されていたにも関わらず抽象画を描いて担当者を大いに困らせていた大先生が数人いた。どうしても譲れないなら最初に仕事自体を断るべきである。わたしはこの時は、スーパーリアリズム派でいった。要するに作風~拘りがないので楽なのだ、、、(笑)。(勿論、自分の身体性にこびり付いた癖はある。実はそこが小さくないのだが、、、)。
教育課程もどんどん変わってゆき、教科書の内容も4年に一回の改訂で、かなり変わる。
絵を見て作曲の単元も、その後なくなっていた。

今の新改訂教科書のひとつ前の中学1,2,3、器楽、の音楽教科書の表紙も描いていた。
これは面白かった。
うんとラフに描くように言われ、一筆書き風にちょいとコミカルに描いてみたが、楽しいだけの仕事となった。
一昔前に流行ったヘタウマ風に仕上がってしまったが、それでよいのかさすがに戸惑ったものだ。
この絵は、切羽詰った段階で来た仕事であったためか、ほとんど打ち合わせなしで、描いた物をそのまま持って行ってもらったようなもので、こちらの方が不安になった。
しかし出来上がったものを見てみると、印刷技術の高さを思い知ったものだ。
この鮮明さは何なんだ、、、という感じである。
全体の80パーセントに切り取られていたが、それはそれで良い感じだった。
(この絵のコピーは念の為まだ、こういう場には載せないことにする。全国のおよそ半分には無償配布されているが。教育出版)。


雪そのものから逸れたが、ポール・ギャリコの「雪のひとひら」から始まった話である。
雪はどうやら昔話を誘うものかも知れない、、、。
真っ白いキャンバスにコンテクストから解かれた記憶~想念が鮮やかに解き放たれる。
元々われわれの想念はそれが鮮明な程、時系列の属性は失せて彷徨い出して来るものだ。


雪をこうして眺め続けていくと、、、どうなるのか。
キリマンジャロの雪山を只管登り続けた豹の心境とはどんなものだったのだろうか、、、。
(ヘミングウェイ) 


他の時間流に逃げ込んでみたい誘惑に駆られてしまう、、、。
(かまくらの中に入るのも、その疑似体験なのかも知れない。娘にせがまれたら、また作るかも(笑)。



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