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GOMA28

Author:GOMA28
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ワイルド・バンチ

The Wild Bunch001

The Wild Bunch
(ディレクターズカット)
1969年アメリカ
サム・ペキンパー監督・脚本

「強盗団」である。

ウィリアム・ホールデン、、、パイク・ビショップ
アーネスト・ボーグナイン、、、ダッチ・エングストローム
ロバート・ライアン、、、デケ・ソーントン
エドモンド・オブライエン、、、フレディ・サイクス
ジェイミー(ハイメ)・サンチェス、、、エンジェル


蠍を蟻の大群に殺させる遊びに興じている笑顔満面のこどもたちのシーンから始まる。
とても不穏な雰囲気が緊張感を醸す。

パイクたちが馬で乗り付け鉄道管理事務所に入るまでの一連の動きと、それに合わせたクレジットタイトルの計算し尽くされた表示などから、これはもう尋常でない映画である緊迫感が走る。
「動く奴は撃つ」(パイク)で、directorのサム・ペキンパーが表示されるインパクト!
これはペキンパーからの「文句のある奴はぶっ殺す!」というメッセージだ。

このような計算もあれば、その場で監督がふいに決めたという最後の決闘に向かうところでの4人の行進。
これは周りの者には、何を意味するのか後でフィルムを確かめるまで理解できなかったという。
全体としてみればこの映画の肝に当たるシーンでもある。
咄嗟に考えたシーンがそれになってしまうところが、この監督の凄さなのだろう。

細やかな計算と鋭い直感によって作られた傑作といえるか。
特に演出の妙であろう、
恐らく、ペキンパー監督の最も得意とするところが、そこなのでは、、、。

よく云われる「西部劇に引導を渡した最後の西部劇」いうことだが、たしかに主人公たちがもうこの仕事を最後にしようという疲労と虚無感を目一杯漂わせる、時代的にももはや通用しなくなった無法者―アウトローの退廃の美学が描かれている。

まず最初の途轍もない、、、子供が普通?に遊ぶ街中での戦場さながらの長時間の銃撃戦である。
ここまでやるか、、、と呆れるほどのものだった。

そして最後の死場での激しい銃撃戦。
もうみんな蜂の巣状態ではないか、、、。
また、出てくる女たちも男どもに負けずに悪い。
パイクも女に気を許したところで背後から撃たれてしまう。
(さっさと殺しておけばよかったものを、、、ともう完全に入り込んで観てしまっている)。
アーネスト・ボーグナインによれば、彼らの最初の銃撃戦と最後の銃撃戦の意味は違うということだが。
最初はただの強盗であり人殺しに過ぎなかったが、最後はエンジェルの同胞のために命を賭した姿を通して目覚めた義を持った闘いであると。
4人に対し敵のアパッチ隊は200を超える。
ダッチの晴れやかな笑顔には死場を定めた潔さがよく滲み出ていた。
(任侠映画にも同様に感じられるシーンはあるが、、、この「行進」はやはりうまい!)
その死地に赴く4人の心境を、銃を肩にした行進が如実に現してゆく。
閃きの冴え渡る監督の真骨頂でもあるシーンだ。

ここまでドラマチックでなくとも、細やかにこのような導線は全体に引かれている。
感情の描写も行き渡っている。
特に、パイクとダッチの信頼関係。パイクとソーントンとの敵の立場にいる友情。そしてパイクたちとエンジェル間の情の流れだ。
人物がしっかり活きて変化している。
いや、人間(文明)の本質が遺憾無く描かれてもいる。
兵士の屍体にハイエナより遠慮なく群がる輩たち。
これは俺の殺した奴だと金になりそうなものを引ったくり合う。
これが混乱し貧困な世界のアウトローの姿か、、、。
非常に刺激的で、バイオレンスに満ちた世界であるが、稠密に結晶した映画だ。
無駄と思える部分が無い。
無駄死ににもスローモーションで描かれる様式美を感じる。
激しいシーンにも粗さが見られない。
CGのない時代に、よくここまでのVFXを作ったものだ。
特に橋の爆破シーンである。本当に馬に乗った人間を置いての爆破だ。
見事にみんな川に落っこちる。
さすがのペキンパー監督もスタッフ・スタントたちの命の心配をしたという(笑。
スタントも馬も無事に救出されたからよいが、、、。

サムペキンパーはメキシコに特別な拘りを持っているフシもあるな、と感じた。
(奥さんもメキシコ人だったし)。
舞台も1913年の動乱を極めるゲリラ戦真っ只中のメキシコである。
彼の趣向と描きたい(ぶつけたい)事全てがここに、という映画に思える。

一切の妥協をしないことが彼の信条である。
本作については、製作者の理解もあったらしい。
何と言っても4年間、製作者との衝突で、映画界から干された後の復帰第一弾である。
きっとやりたいように撮った作品であろう。
(それは生きたいように生きた、に等しく)。
彼は映画を撮り終えるということは、死を経験するに等しいと謂ったことを漏らしていたが、、、
作中の夥しい死もその死の擬体験でもあったか。
様々な自身の死への誘惑でもあったか。
あまりに素っ気ない死が殊更美しくもあった。
そしてこの作品自体が、「西部劇」という消えゆくものを彼流のダンディズムで(愛情深く)葬るものであった。

「死」へのオマージュ。


清々しさすら感じる作品であった。






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