プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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メランコリア 神の死

Melancholia001.jpg

宇宙を自己認識するたったひとつの主体が完全に消え失せ、実質いや現実に宇宙は消滅する。
その意識ー知性ー夢とともに。
宇宙を想い描く唯一の精神が神もろとも死滅する。

キルスティン・ダンスト、、、ジャスティン(コピーライター・アートディレクター)
シャルロット・ゲンズブール、、、クレア(ジャスティンの姉)
キーファー・サザーランド、、、ジョン(クレアの夫の富豪の科学者)

Melancholia
すでに”メランコリア”については2度も書いている。
だが、また観てしまった(笑。
「宇宙にはわたしたちの他には誰もいない」わたしも全く同じ考えだ。
誰もいない。
何者も。
「トリスタンとイゾルテ」(ワーグナー)のみが、余りに空虚に荘厳に全編にかかり続ける。
究極の宗教性を覚える。


第一部 ジャスティン

窮屈な田舎の小路を巨大な真っ白いリムジンで乗り付ける。
結婚式披露宴で客を2時間待たせる新郎新婦。
整然としたマリエンバート的庭園に、18ホールのゴルフ場を完備したどうでもよい大邸宅。

あの星は何?
彼女はいち早く気づく。いや身体で感づく。
「あれはアンタレスだよ、、、」

実は、ジャスティンのこころはもう身体に落ち着いていなかった。

豪邸の中は、、、
気の滅入るやり取り。
過剰な芝居がかったやり取り。
ダラダラ続く抱擁。
言葉が淀む。腐っていく、、、。
手順も流れも時間もボロボロに砕け散る。
広告業界にいる彼女―ジャスティンは言葉の世界の人間であるからか、、、
言葉から真っ先に崩壊してゆく事を悟っている。
パーティは、世界は、滅茶苦茶。
エントロピーは増大し続け、、、。

「土地を買ったよ」
(今更何を、、、)。

ジャスティンは書斎の抽象画をすべてブリューゲルなどの画家の絵にすげ替える。
すでに彼女はちゃんと歩くととさえ出来ない。
怖いの、、、。誰より早く事体を恐怖する。
身体が収まりきれない。からだが言うことを聞かない。

ESAもNASAもJAXAまだ、何も確認できないのか、、、
(公表出来ない。それもあろう)。

上司も地位も伴侶も彼女にとってはもう全くどうでもよかった。
エントロピー最大、、、。

「アンタレスが無くなっている、、、」



Melancholia003.gif


第二部クレア

人里離れた場所のために幻想性も昂まる。
「わたし時々あなたがひどく憎くなるの」姉クレアがジャスティンに対し。
これまでの世界ー規範において、そしてこの終末ー事体の受け入れにおいて、、、。

「天体は衝突しない。通り過ぎる」夫の気休めは、不安を駆り立てるばかり。
ジャスティンは送り出されたが戻ってくる。
何処に行けるというのか。
もはや、行くところなど在りはしない。
すでに彼女の感覚は変わってしまっており、味覚も無くなっていた。
とても献身的でしっかりした姉クレアであったが。
周囲も人の世話を焼いている場合ではないことに気が付く。

次第に姉妹の立場は逆転する。
使用人も無断欠勤する。
夫も自殺する。
真相は明かされてゆく。

ジャスティンは、或る夜確信を得た。
巨大な天体「メランコリア」は衝突して地球を呑み込む事を。
わたしたちは完全消滅する。
宇宙を知り感ずるものは何も無くなる。
同時に宇宙は無くなる。
完全な虚無に耐える。
いや主体の消滅における理性ー感情の受け入れ、の問題である。

「他に生命は無いの?宇宙のどこかに。そこに転生は、、、」最後の望みにかけるクレア。
「わたしには分かる。生命は地球にしか存在しない」ジャスティン。
「他には無いの」
彼女はとりすがろうとする全ての幻想を否定する。

クレアは激しく動揺し、子供を抱き狼狽えるが、ジャスティンに諭され、子供とジャスティンが木の枝で組んだシェルターに入る。(もはや何の象徴性も持ち得ない)
取り乱しながらも、受け入れようとするクレア。
しかし、迫り来る恐怖は抑えられるものではない。絶望に顔を歪ませる。
ジャスティンは完全に達観して静かな境地に入っている。
父にソックリな幼い息子もすでに目を閉じ、、、

3人で手を繋いで生命―知性の完全な最期を迎える。


Melancholia002.jpg



光と緑の美術館~パーク・ライブ

パーク・ライブ
yokoyama park
我が家でよく行く公園のひとつ。
陸上・野球・テニス・そしてふたつのプール(50M)がある総合スポーツ公園に行くともなく行ってみた。
そろそろ娘たちを泳ぎに連れてゆかねばならないことにはなっている。
妙なオブジェもいくつも丈高く立っている公園だ。
「照手姫伝説」(てるてひめ)ゆかりの地(横山丘陵緑地)でもある。
まだ早朝の時間帯であったが、ベンチに座った女性がアコースティックギターをかき鳴らしながら歌を唱っていた。
わたしはiPhoneでクラフトワークを聴いてきたのだが、それを止めて少し離れたベンチに腰を下ろし暫し耳を傾けた。
非常に声量があり、特に高音の伸びと艶が素晴らしい歌唱であった。
ギターもちゃんと弾けてる。(サックスなどがアレンジで要所々々絡むとなかなか決まる感じ)。
曲想は、CHARAやACOとかYUIなどの歌手が如何にも唱いそうな感じのものか、、、。
なかなかのゴシック的歪みと甘苦いテイストの絡む楽曲で、彼女自身の作品なのか聞いてみたい気もした。
(わたしは日本のシンガーソングライターについてはとても疎いため、誰かの楽曲を唱っているのかも知れない)。
暫く聴いていると、彼女のファンなのか初老の老人が彼女のすぐ隣に腰を下ろし、何やら談笑を始めた。
彼女は笑い声もかなり大きい。
その受け答えから、よく知っている者同士ではなく恐らく今日初めて話す相手のようで、頻りに老人は彼女の歌を褒めている様子であった。
歌が途切れた為、わたしはまたクラフトワークに戻った。
やはり”Music Non Stop”は最強である!

丘の上で、のんびり聴き入っていたら、蚊に腕を3箇所刺された。
わたしは、ひどく蚊に刺され易い体質なのだ。
ベンチにあのまま座っていたら、もっと刺されていたはず。
じっとはしていられず丘を降り、いつもなら帰るところだが、、、

terute.jpg
それはそれは可愛らしいと謂われた照手姫は、現在JR橋本駅のビルにいる。
ピアノ発表会のおり、何故か照手姫と一緒に娘の記念撮影をしてしまった。



Light and Greenery Art Museum
その公園の向かいにひっそり「光と緑の美術館」”Light and Greenery Art Museum”がある。
あると分かっていても、ほとんど入ろうという気が起きない類の美術館なのだ。
そういう美術館というのも珍しい部類だろう。井浦新が入ったら、何と言うだろうか。コメントを聞きたい気もする(笑。
わたしが生まれる前からその公園の麓にあった美術館である。
子供の頃、来たことがあるが、まさかこれ程小さな空間とは思わなかった、、、。
もしかしたら、隣にカフェ空間があるのだが、展示空間を割いて作ったのかも知れない。
分からないが、いくらなんでもお金払って入ったらこれだった、、、というのはちょっと物足りないものだ。
作品は、、、皆、彫刻家として名高いイタリアの作家のものばかりである。
マリノ・マリーニ、ジャコモ・マンズー、エミリオ・グレコ、ペリクレ・ファッツィーニのリトグラフやドローイングが主でそれぞれの作家で6点前後かあり、ファッツィーニの小さな彫塑が3点ばかりあった。
(わたしだってフランス画家のリトグラフ作品は10点は持っている)。

ペリクレ・ファッツィーニの悪戯っぽく何かを狙っている猫の彫塑が一番気に入ったが、考えてみるとこの4人は皆、具象系の作家である。
ジャコモ・マンズーのリトグラフに音楽的なコンポジション作品があったが、それ以外はどれも全て具象であった。
マリノ・マリーニの、カラーのリトグラフで「馬と騎手」は、立体でも彼の代表作に見られるテーマだが、彼の拘り題材なのだろう。
色彩も赤の地に黄色と白、部分的に青と黒の入る強烈な色彩対比でサイズの割に見応え充分である。
その他にも、馬と騎手の全く雰囲気の異なる作品があり、黒地に青・赤それに彩度を落とした3段階くらいのオレンジが分散した静かな内に動きを秘めたものや黒地に赤と緑を光と影風に配置し、白い馬と青い騎手を上下に構成的に並べたものなどがあった。
赤地に張りのあるリズムを感じさせる男女のダンス作品も活き活きしたものであり、彫刻家のドローイングや版画ではあるが、とても質の高い独立した平面作品であることは違いない。
とは言え、エミリオ・グレコのドローイングなどは、明らかに彫塑作品制作のための試作デッサン的なものに感じられた。
明らかに描こうと思えばすぐ描ける(笑。

部屋が1部屋なので、入ってくるっと回って出るしかなかった、、、。
(常設展と特設展をどう分けるのか、、、展示スケジュールを確かめたくなったが、あまりその意欲も沸かない)。
客はわたし一人。
車が駐車場に10台以上並んでいたのだが、それはただ駐車場として貸してるだけのようだった。
カフェの方が人の出入りもあるように思える。


午前中の公園というものは、午後の公園より個別的で突出したイベントに出逢うことがある。
以前は三味線の凄まじい演奏に圧倒されたこともあった。
午後の平板な時間に無い、何かに出逢うには早い時間に出掛けることが必要か、、、。


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