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GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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そして誰もいなくなった

AND THEN THERE WERE NONE01

AND THEN THERE WERE NONE
アメリカ
1945年
ルネ・クレール監督・脚本
アガサ・クリスティ原作

バリー・フィッツジェラルド、、、判事
ウォルター・ヒューストン、、、ドクター
ルイス・ヘイワード、、、ロンバード
ジューン・ドペレス、、、ベラ


”AND THEN THERE WERE three”
スティーブ・ハケットの抜けたジェネシスが出した最初のアルバムタイトルをみて、なるほどねと当時思ったものだ、、、。
この映画は、、、そして”ふたり残った”。

途中で嫌にならない、わたしにとっては数少ない映画である。
テンポが絶妙であり、目を離せない。
孤島という閉塞空間にひたひたと起こる狂気の殺人劇である。
彼らを招いたホストが不在であるという構造には魅せられた。


全体に軽みがあり、幾らかコメディタッチで、人物像が少し人形めいている。
ひとりまたひとり”10人のインディアン”の歌詞に合わせて殺害されてゆき。
このメンバーの中にこそ、そのホスト=犯人がいるとして、皆が互いに疑心暗鬼となり、不信感を募らせてゆく過程は描かれているのだが、、、。
何と言うか、情念の部分が抜け落ちている。
役者たちは至って達者な人ばかりなので、演出上のことだと思われる。
とは言え、役者の演技や脚本に、無駄がなく簡潔で上品な雰囲気が味わえた。
細かい仕掛けや演出の工夫は充分感じられ、最後の電灯の傘の使い方など思わず唸ったところだ。
猫も毛糸も人形も鍵もモノクロの光の明暗の中で、とても活きていた。
映像の解像度は、最近観た古典映画の中でも良い方ではないが、画面に傷が見られなかったのは大切に保管・管理がなされていたためか。
役者たちの顔に馴染むのにやや時間を必要とした(笑。

今更ストーリーについての感想を書く気は無いが、最後のはっきり原作とは違う(戯曲版だという)オチは、それはそれでとても楽しめる。
11人目がヒョイと現れるところなども、粋である。
(彼は最初に印象的な姿を見せていたが)。
よく練られている。


個性から言って一番癇に障る判事がやはりサイコパスで、わたしにとってあまりサスペンスとは言えなかったが、充分展開を楽しめる内容ではあった。
客の中に犯人であるホストが紛れ込んでいると皆に明かすのも彼であるところからも典型的サイコである。
ただ、死ぬ前にあの種の善行を行って、死ぬんだという心象も動機も全く共感は出来ない。
余りに手の込んだ悪辣な仕掛けをわざわざ死期も間近な男が組む事自体、ご苦労様なものである。
(やはりサイコらしい)。
その分のシラケはあるのだが。
異常設定が基本となっているのだから仕方ない。
流れを楽しむ映画であろう。

最後に残る男女のやりとりも軽妙でよい。
信じることで救われる、となる。
物語の最後に、ここは説得力があった。
結局はラブ・ストーリーでハリウッド調にキメたと言えるか。
(ルネ・クレール監督ではあるが)。


しかしこの既視感の度合いは、やはりどれだけこの作品が後の映画界に反復されてきたか実感するものである。

充分にリスペクトに値する先駆的映画であろう。(オリンピックに影響された表現、、、(笑)。


雲~絶対的な白

malevich001.jpg

よく変幻する彩雲がどうのといった記事を読む。
わたしもそのような文を書いたりしてきた。
今日長女と公園に行き、芝生に寝っ転がって空をうち眺めていたのだが、、、。
白一色で複雑怪奇な形態にかっちり固まった雲がただその存在を誇示していた。

圧倒する白の存在感だ。
白は油絵やアクリルでは、多くの種類があるが、やはり常に足りなくなる。
娘の宿題で描く水彩の白もつい先ごろなくなって、5本白だけ買い足した。
しかしどの白を使っても、この白は難しい。

白は実際に白そのものの物質性が弱いものだ。
ジンク系は、透明性が高く剥離しやすい。単色では扱いにくく混色には適するが変色は早い。
チタニウム系は、隠蔽力は高いが混色で濁り易い。
学校で教育用に使われる白はそれらの特色を程よく混ぜたミキシングホワイトが使われたりする。
白という素材そのものに関しては、、、。

白い雲をそれっぽく見せるのは易しい事である。
写実的な描写であるなら尚の事。
そのシチュエーション、コンテクストの中に上手く嵌め込めばそれと見える。
適当に色を混ぜても雰囲気は出し易い。
だが、白以外に何も混ざってはいない。
単に、マットな白というレベルではない。

今回の雲は、雲を超えているのだ。
雲らしいものであったが、それより圧倒的に「白」であった。
関係性の中での白ではなく、絶対的な白である。
これは、どう描くのか。(描くとしたなら)。


カシミール・マレービッチのシュプレマティズムの「白の中の白」を画集で見たときも驚いたものだが、、、。

いま空に浮かぶ巨大な白―物自体には慄然とした。


長女が、あんな重いものがよく空を飛ぶね。
と言う。
やっぱり重いの?
と聞くと、、、
うん、重い。
飛行機で何度も見たから知ってる、と。
(彼女はわたしの10倍以上飛行機には乗っている)。
雲の裏側は真っ黒だったりするよ。夜の色。
その時、重さも恐ろしい秘密も実感したらしい。
雲を下に見た時なのか?
しかし、雲というより、、、。

あの白、、、。
白だね、、、。


白でしかない、白。


寝転んで、雲をふたりで見ながら、「白」に絶句した。


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