プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
基本的に、日々思うことを綴ってゆきます。悪しからず。
必ずパソコン画面(PCビュー)でご覧ください。


*当サイトはリンクフリーです。

PICKUP
レッド・ファミリー
キューブ CUBE
ドント・ハングアップ
キャット・ピープル
パラサイト 半地下の家族 -2
パラサイト 半地下の家族 -1
ヘンリー・ムーア~彫刻に見る普遍性
911爆破の証拠―専門家は語る 前
9/11:爆破の証拠 - 専門家は語る 後
アポロ 11
シャチ~優しい殺し屋~
ハイヒール
お嬢さん
とうもろこしの島
セールスマン
トラピスト1に寄せて
「労働疎外より人間疎外」によせて
カッシーニ グランドフィナーレ
カッシーニ グランドフィナーレⅡ
シチズンフォー  スノーデンの暴露
スノーデン
レヴェナント: 蘇えりし者
透明な身体性
森羅万象を描く デューラーから柄澤齊へ
ヴィデオドローム2 ~イスラム国 ~アノニマス
見えない重力を描く Ⅱ
美の翳りに寄せて
写真についてーⅡ
午前零時の奇蹟(シュル・レアリスム覚醒の時間)
パーフェクト・デイ ~ルーリード ~ローリー・アンダーソン ~スーザン・ボイル
未来派の画家~ウンベルト・ボッチョーニ
Balthus ~ バルテュス展行ってまいりました。
「ゴールドベルグ変奏曲」 バッハ  ~グールド ~P・オトゥール ~ニーチェ
大昔のスケッチ(詩画集のための試作)
すでに世界は終わっていたのか ~ ヒエロニムス・ボスその1
スヌーズレン002
情報リテラシー  ~華氏911 ~不都合な真実
南伸坊「歴史上の本人」
プラトーン
アリータ
カレンダー
04 | 2016/05 | 06
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

父 パードレ・パドローネ

Padre Padrone

Padre Padrone
1977年イタリア
パオロ&ヴィットリオ・タヴィアーニ兄弟監督・脚本
ガヴィーノ・レッダ原作(彼の自伝)
まさしく「父」である。家父長制がどうのという以前の問題である。超絶的な父と言える。

オメロ・アントヌッティ、、、父
サヴェリオ・マルコーニ、、、息子(言語学者)
ガヴィーノ・レッダ、、、本人(冒頭と最後に出演)


これほどの名作をまだ観ていなかったのだ、、、。
わたしのこれまで観た映画のベスト5には入る。
監督としても、タルコフスキー、ベルイマン、ユイレ・ストローブ、ゴダール、小津、溝口、ヴェンダースなどに引けを取らない存在と感じた。
これはとてつもない映画であった。
最近、映画を観る事の苦痛が募っていたのだが、こんなに素晴らしい作品がある事を知って、また観てみようという気持ちにも少しなってきた。(探してみよう、、、であるが)。

わたしは、羊飼いになるとはどういうものか、この映画を見て初めて知った。
牧歌的とは程遠い。


寓話的な出だしで始まるのだが、、、。
突然小学校から父に連れ出される6歳の主人公。彼は羊飼いの仕事で強制的に独りで山に暮らす事になるのだ。
幼い少年が義務教育すら受けられない。父には殴られ放題殴られる。
イタリアのサルデーニャ島を舞台に、貧しい羊飼いの子として生まれ育つ主人公の辿る過酷な物語である。
後に言語学者となる主人公であるが、20歳過ぎても全くの文盲であった。

頑迷な支配者である父を「エル・スール」「湖のほとりで」でも名優振りを魅せていたオメロ・アントヌッティが圧倒的な存在感を持って演じる。
まさに乾いた極寒の自然そのもののような支配者である。
人を育むと言うより、家畜のように小さく飼い慣らそうとする。
しかし血の絆は容易に断ち切れるものではないのだ。
と言うより、断つものではないのかも知れない。
父(父性)とは何か?
わたしも未だに分からない。
少なくとも主人公は力関係では逆転した時点であっても最終的にそうしなかった。
親子(父子)の関係とは、単なる呪縛を超えた自然のように険しく根深い強固なものなのだろう。
(何らかの意味を持った、いやそこに意味を見出すべき、、、)

父だけではない。
その土地である。
何故これほどまでに酷い目に遭った土地ー記憶に拘るのか。
ドイツに移住しようとし父の奸計のよってその地に引き戻され縛りつけられてもいる。
父の命令で本土の軍に入隊し、ラジオ技師となりその際、独学で標準語を身に付け、小学校、中学校、高校の卒業資格を取る。
しかし自らの意思で除隊し、故郷の島に戻り父の元に帰ってくる。
だが父は彼を認めず、ただ過剰な仕事を彼に押し付ける。
過酷な環境下の肉体労働しか認めない父のため彼は大学入試に落ちてしまう。
そもそも何故、彼は軍隊に残らなかったのか。
少なくとも、大学入試まではそのままいた方が楽であったはずだ、、、。
きっと生まれ故郷でこそ自らの本当にやりたいことができると信じていたのだろう。

結局、このままでは父との殺し合いなることを悟り、本土に戻り勉強を続け言語学者となるが、再び島に戻ってくる。
どうしても彼は戻る必要があるのだ。
彼の身体性がこの過酷な島ー自然に分かちがたく結びついているのだ。
どれだけ教養と知性を高めてもヒトの自然の部分は大きな基調となって彼を支配するのだろう。
最後に本人が語っている。
「わたしはこの土地に戻らなければ研究を続けられなかった。」
そういうものなのだろう。
人間とは不条理なものだ。自然がそうであるように。


彼が幼い頃から自然界の「音」に対する感覚を研ぎ澄ましてきた経験からであろう。
この映画の大変印象深い場面は、特に音に関連している。
演出も夜の自然の恐ろしげな物音や木の葉の葉擦れの音から動物や人々が揃って欲情する音など際立つものであったが、特にアコーディオンの音色に強烈に惹きつけられ、羊2頭と壊れたアコーディオンを交換したところである。
結局、そのアコーディオンでも彼は優れた音感で曲を弾きこなしている。
アコーディオンの曲にはフルートも絡んでいた。
グレゴリオ聖歌やモーツァルトのクラリネットの協奏曲なども挿入されていた。
もう一つは終盤、彼がラジオでフルート協奏曲を鑑賞している時に、父からラジオを消して出てゆけと怒鳴られ、逆に大きくするところである。
怒った父は殴りかかり、ラジオを取り上げ流しの水に沈めてしまう。
音が途絶えた後彼は、何とその曲の続きを口笛で吹くのだった。

この「音」に対する感覚が彼の言語学の研究に役立ったことは間違いない。
サヴェリオ・マルコーニの熱演素晴らしかった。

最後の本人の淡々とした生の語りも、大変興味深いものであった。


この映画いつまでもわたしのなかに残ってしまいそうである。



検索フォーム
ブロとも申請フォーム
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

SF PickUp