プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
基本的に、日々思うことを綴ってゆきます。悪しからず。
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ドント・ハングアップ
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パラサイト 半地下の家族 -2
パラサイト 半地下の家族 -1
ヘンリー・ムーア~彫刻に見る普遍性
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アポロ 11
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「労働疎外より人間疎外」によせて
カッシーニ グランドフィナーレ
カッシーニ グランドフィナーレⅡ
シチズンフォー  スノーデンの暴露
スノーデン
レヴェナント: 蘇えりし者
透明な身体性
森羅万象を描く デューラーから柄澤齊へ
ヴィデオドローム2 ~イスラム国 ~アノニマス
見えない重力を描く Ⅱ
美の翳りに寄せて
写真についてーⅡ
午前零時の奇蹟(シュル・レアリスム覚醒の時間)
パーフェクト・デイ ~ルーリード ~ローリー・アンダーソン ~スーザン・ボイル
未来派の画家~ウンベルト・ボッチョーニ
Balthus ~ バルテュス展行ってまいりました。
「ゴールドベルグ変奏曲」 バッハ  ~グールド ~P・オトゥール ~ニーチェ
大昔のスケッチ(詩画集のための試作)
すでに世界は終わっていたのか ~ ヒエロニムス・ボスその1
スヌーズレン002
情報リテラシー  ~華氏911 ~不都合な真実
南伸坊「歴史上の本人」
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スズキ会長が謝罪とは、、、

baleno.jpg

排ガス測定の偽装工作が三菱で発覚し、ついに日産ゴーンの傘下に入ることになったばかりであるが、何とスズキまで、、、。
と、ショックを感じWeb上の記事を確かめたが、それほどの深刻な事態ではないようで、ひとまず安心した。
スズキを特別贔屓にしているわけではないし、スズキの車に乗っているわけでもないのだが、ここのところの新ラインナップには、意欲的な取り組みを感じていたため、注目度はかなり高いものだった。

まず、アルトのマニュアルシフトのワークスである。(他にターボRSがあるが、あちらはオートマである)。
ちなみに、わたしは自動車教習所で、マニュアルしか運転したことはない(笑。
車を持った当初、5速ギアとクラッチがないことにかなり当惑したものだ(汗。
アルトワークス、かなりのレスポンスで小気味良く走るらしい。
勿論、軽であるためパワーの自己規制があり、端から限界は見えるが元々アウトバーンで走るわけでもない。
日常走行でスポーツフィーリングを味わってみたいのだ。
あの小さくて如何にも軽そうで、軽には珍しい引き締まったボディには魅力を感じる。(ツーシーター以外では)。
大概の軽は、トールワゴンタイプが多く、実用性に傾きすぎる。
その為、中国で不格好などと陰口を叩かれることもある。
勿論、日本の交通事情から軽しか走れない場所はあり、居住性も考えればベストな体型なのだが、分からない国では仕方ない。
ただ、そこに過剰な装備を施してゆけば、重くなる。値段も高くなる。おまけに軽を優遇していた税制が廃止され、近頃販売台数がかなりの落ち込みを見せていた。
そこに、根本的に軽の枠組みを見直しデザインされたアルトは、コンセプトがはっきり外観に現れている。
軽量コンパクトのインパクトは確かにあった。ワークスはカラーリングも決まって軽で一番カッコ良いと思う。
実を言えば、スタイリッシュで質を追求したセルボが生産終了になったことに一抹の寂しさを覚えていたのだが、あの方向性ではただ車が濃く重くなってゆくしかないことは明白である。スッパリ断念して、アルトの方向を取ったことは、正解だと思われる。

次に、イグニス。
これは、ソリオが軽のスペーシアタイプのトールワゴン系を踏襲した形で、まさに軽(スペーシア)より少し大きめのコンパクトカーで用途としてはその延長という位置にいるのに対し、はっきりどこでもない新たなポジションに、アルトテイストの軽量コンパクトミニSUVを投入したという感じだ。かなりユーザー任せの自由度は高い。
自ずと限定されるソリオのポジションから見ると、かなり広く老若男女からユーザーは集められると思われる。
形はアルトに似ているが、かなりのヒットを飛ばしたハスラーの発展形に受け取れる。
ハスラーも自由度の高い新しい軽の使い方を提案して予約待ちの人気機種となっている。
イグニスに目新しさがあることもあってか、時折街で見るとなかなかのものである。なんというか雰囲気がヨーロッパのイケるコンパクトカーに感じるものに似ている。この軽量ボディに、スイフトスポーツあたりの1.6リッターターボを積んでも面白い車になるはず。
勿論、シャーシーとトランスミッションから見直す必要が出てくるが、バッチリセッティングされれば、スイフト以上のスポーツタイプになると思われる。
基本はコスパの良い自在性の高い取り回しの良い車であろうが。
様々なタイプを用意することも、イメージを高めることに繋がる。
もうスイフトに少し遅れて出された、スプラッシュのような中途半端をやらなくなったことは、スズキの開発コンセプトがしっかりしてきたことを感じさせるところだ。

そしてバレーノ。
これは、まだ街で見ていない(笑。どれくらい売れているのか、、、。
まだ発売されて間もない車である。評価もこれからでああろう。一見してスタイルデザインに力を入れた車であることが分かる。
この面で、スイフトで満足できない層の取り込みに向けたものであることは察することができる。
だが、言えることは、車幅が確か1745くらいであったか。ならば、ほぼSX4と同じサイズだ。
このクラスだと通常1695であり、充分なコンパクトカーのサイズである。それでいながら、何と重さが950である。
下手をすれば軽の方が重い。これに驚き、重さだけはしっかり覚えている(爆。
ここのところのスズキの統一基本コンセプトがよく分かりすぎる車種である。
軽いということは、燃費も走行性能も自ずと良くなるものである。
写真で見たところ、一番リーズナブルなタイプはインテリア的にはいささかチープ感が漂うが、基本必要な装備の網羅されているタイプなら問題ない。エンジンも非常に特徴的な2タイプが用意されている。
直列3気筒直噴ターボの1リッターのものが、111PSである。文字通り、リッター当たり111ということで普通に言うスポーツ仕様のように想えるが、単なる1タイプ扱いである。但し当然無縁プレミアムガソリンだ。
もう一つが、直列4気筒のもので、これまでスイフトやソリオに使われてきた1.2リッター91PSものである。これは当然無鉛レギュラーでよい。充分使われてきたエンジンであり信頼性は高いはず。
で、用途はどうなのか、、、これは単純に数値上でどうこうは言えない。実際乗り比べてみないと分からないものだ。ただこちらの方は、車両重量が何と910Kgという車の大きさから言えば信じがたい軽量なのである。このメリットは安全対策が万全(シャーシーの剛性等)なら、小さくない。
面白い車が出てきたものである。わたしが子供の頃夢中になっていた車なら、同種類では排気量が大きい車の方を高出力に設定するのが普通であった。総合的に見てどうなのかは、道にいっぱい見つかる頃に分かるはずである。


所詮、燃費などというものは、メーカーが発表している数値の半分と見て間違いない。
実際に使ってみれば、だいたいそんなところだ。
しかし、カタログ上のほんの小さな数値の差(誤差程度)にやはり気が向いてしまうものである。
適正な形で数値は出しておかないと、メーカーとしてのイメージダウンによる損害はそれこそ計り知れない。
せこいことをすると大損するという教訓か、、、?

スズキはほんとに大丈夫だろうか、、、



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村田英子展を観る

murata hideko

村田英子の絵を小さな展示会で観た。
はじめて観た。

非常にドラマチックな悲壮感と深い憂いの漂うビビットな女性像が並んでいた。
9点程の油絵であったが、色とその塗り方が何より印象的であった。
それは見覚えのある色の選び方と塗り方であった。
特に、「青」が。


村田英子氏。独立美術協会会員。
独立美術協会と言えば、前回観た児玉 沙矢華氏もそこの会員ではなかったか、、、。
実力者ぞろいのようだ。
経歴を見たら、わたしの高校の先輩である。(ちなみに児玉氏は後輩)。
絵を最初に観た印象通り、ギュスターブ・モローに傾倒していた人であると。
色使いと塗り方がまさに、モローであった。
あのモローの抽象に突入寸前の狂気の色使いに差し掛かりそうな頃を思い起させる。
エロスとタナトスを残酷に表す煌びやかで退廃的な配色と叩きつけたかのような色面テクスチュア。
痙攣的である。
ギュスターブ・モロー。
バルテュスボッチョーニと並ぶ、わたしの一番好きな画家でもある。

"black Salome"シリーズ?がメインであった。
Salomeの絵は、どれも顔が主体であるが、上半身部分(着衣)の色使いも肝心なところである。
一際目を引く青にせよ赤にせよ生々しくビビットである。叩きつけるようなタッチや重ね塗り、錯綜するコラージュ部分も、深遠さと厳しさを畳み込んでいる。黄色は黄金の広がりー永遠性を思わせる。
モローのSalomeは、Salomeのみならずその一瞬の情景そのもの(物語)の切り取りであるが、村田氏のSalomeは、Salomeそのもので象徴する普遍的な女性像の創造であろう。
顔は、ギリシャ神話や聖書を思わせる天上的な禁欲的容貌(ギリシャ神話は禁欲的とは言えないのだが)というより、寧ろ現代的でハリウッドスター的な彫りの深い造形を基本としているようだ。
クロエ・グレース・モレッツを思わせるコケティッシュな可愛らしさも窺わせるものもある。
(じっくり見ているとそれが痕跡であることを感じるが)。

モローも数多くの"Salome"を描き続けたが、村田氏もこのようにSalomeを"black Salome"として描き続けるのか?
(ライターにそういうものがなかったか?他については生憎、知識がない)。
モローの他にもこれまでに洗礼者ヨハネの首を持ったSalomeの絵は画家達の題材に幾つもあがっており、怪しく舞を踊るシュトゥックのSalomeも強烈な印象を残してきた。(画家の中でモローのものが主題的に見ても最もシュールだ)。
しかしブラックとは、黒いサロメとは何なのか、、、。
美の儚さと普遍性を練り上げた女性像に具現化した作品に、とどまらないことは題にも如実に窺える。

鮮烈な色の炸裂は、激しい生命力を強く表している。
全ての作品に漂う悲壮さは、その表情を洗い落としたような顔に刻まれている。
(凡ゆる表情の去った後の頭部にも似た)。
この絵(アマルガム)そのものは、何か決然とした決意を感じさせないではいない。


もう少し多くの作品に接してみたいものである。
さしずめ今日初めて観た感想である。

Gustave Moreau
出現:ギュスターブ・モロー



生田絵梨花 〜 猫

neko.jpg

ふたりの娘がかなりの生田絵梨香ファンである。
セーラームーン・クリスタルへの熱気は去り、2次元から3次元に移行してきたか?
ももクロ唱うタイトル曲は、相変わらず車に乗ると大声で合唱してはいるが。

普段、「いくちゃん!」と呼んで2人はTVの彼女を喜んで見ている。
やはりピアノと歌が上手なのがよいのだと想うが、可愛らしさも勿論あってのお気に入りなのだろう。
受け答えも凛としているし、時折放つボケ(天然か?)のズレ具合も印象的だ。
好きになる要素は色々あると思われる。

アイドルやタレントも学業との兼ね合いなどもあって大変だと思う。また人気を手にしたとしても、居心地が良いとも限るまい。実際のところはどうなのだろうか。(結局個々の問題に落ち着こうが)。
どんなにスポットライトを華々しく浴びても、自分だけの場所は確保したいであろうにと要らぬことまで考えてしまう。


ひところ(わたしが高校生頃)の彼女らとは、かなり違う印象を持つ。
現在広く人気を博している指原莉乃という人のトーク番組を見て思ったが、自分の言いたいことを何の気兼ねもなくポンポン言い放つ。
そういう芸風を作られて被せられているのとは、明らかに違う、生な表出を見せつけられる。
私立女子高のケラケラ高笑いながら道を横に並んで闊歩してゆくお姉ちゃんがたの語り(テンション)、そのものに近い。
ホントに屈託無く活き活きしていて、思わずつられて笑ってしまうのだ。(笑う以外にない)。

わがいくちゃんの乃木坂46の番組でも同様だ。(乃木坂冠番組が幾つもあることを知った)。
そこの様々な企画でメンバーたちが、結構それぞれ言いたいことを言い合っている。
(実際、学校ではあんな面白いことをやってはいられない。メンバーにとってはそこをめいっぱい補う場でもあるのか)。
実際、確かにそうだな、とこちらも頷きながら聞いている。
とてももっともな事を言っていると思う。
そこが、昔と違う。昔はそんなんじゃなかった。
もう、はっきり言わされてつまらぬ話をしている事は見え見えで、時折自分のことばをうっかりこぼすと大きなボロを見せる。
このパタンであった。

今のアイドルは、感性を押し殺さず、活かしてゆける環境が用意されていると感じる。
だから、頭が良い。

先日、乃木坂番組でメンバーが猫の真似をする企画があった。Vを見てその仕草を真似るのだ。
これは正直、受けた。
こちらが面白いと言うより、やっている当人が愉しいだろうな、と思う類の面白さだ。
所謂、普通の生活を営んでいる範囲では、こんな事出来る機会はない。
独りでこれを部屋でやっていたなら、間違いなく家族が内緒で病院に連絡するだろう。
仲良くみんなでキャーキャー言いながら、猫になって、最後に「かわいいーっ」と賞賛し合う。
メディアを通し全国に流れ、ファンも喜ぶ。
確かにホントに可愛いのだ。ケチのつけようがない。
こういうハレの儀式を定期的に出来る事は、快感であろうし、健康的だと思う。
ここに時折、自分だけの時間も保証されれば、いう事あるまい。

最後に「とっても素敵な企画ですねえ。また是非やりましょうね。」とメンバーが視聴者の気持ちを代弁するようなコメントを放っていた。君はプロデューサーかい、と言いたくなるところだが、思ったことをかなり自由に話せる場なんだと感じる。
ノイズや偶発性も含め編集でカットするより、それをそのまま拾って受ける番組にする方針が窺える。
そのなかで、言語感覚を研ぎ澄ませてゆくのだろうと思う。いやそれだけではない。

この番組の前回の特集で、いくちゃんの絵が紹介されていた。いくちゃんの描いた絵である。
いくちゃんは、ピアノと何処ぞの民族音楽だけでなく、絵も凄かった。
これなら、個展や画集をやってもかなりの人を集められると思った。
ラインに進出するのも良いのではないか?
田辺画伯が痛手を負う可能性があるが、新規参入は常に想定していなければならない。
恐らく、田辺画伯の絵に飽きてきている人や、さらなる刺激を欲する人が飛びつくはず。勿論、いくちゃんファンは突然であろう。

表出の機会が様々にあるショービジネス界というのは、やはり当人が1番磨かれる場なんだろうな、とつくづく感じた。
ここでつけた力は、後々も色々な面で生きるのだろうな。



指原氏はそのうち自民党からの出馬要請がかかるかも知れない。
あれだけ喋りが達者で票集めが上手いのだ。
自民がほっとくはずがない。
(いつだって政治信条など二の次だし)

草いきれ

asa.jpg

朝の陽光の降り注ぐもとで、湿った草いきれを静かにゆっくりと吸い込む。
緑が目に染み込む。
身体に行き渡る。

もう首筋がピリピリする。
半袖の腕に日が暖かく、フッと吹き付ける風が優しい。

気持ちいい。

「みんなだまっている。」
「いきをひそめて。」
(谷川俊太郎がどこかで書いていた)。


いつもは7時のところ、今日は5時半に娘たちを起こした。
昨日は、ダラダラしていてピアノもろくに練習せずに夜更かしをしていた。
密かに、早く起こしてやろう、と思っていた。

流石に彼女らも文句は言ったが、一緒に朝の庭に出て、空気を吸うと気持ちも和やかになった。

草いきれを3人で吸い込んだ。
娘の頬から微笑が零れた。
かなりショボンとしていた多肉の色艶が少し良くなっている。
枯れたと思っていた花の幾つかは、復活の兆しも見える。


物音が遠くで
いや近くで
いくつかし始める。

すでに起きている人はいた。
犬の散歩のひとはわたしより早かった。

いまは、あちこちで起きる音の連鎖が起こる。
カラスも鳴く。
世界が今日も新しく、物音で繋がってゆく。


家に入ると娘が朝っぱらからピアノを弾き始めた。
それも自然に溶け込んでゆく。



自然体で臨もうという気持ちが何故かスッと湧いてきた。




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