原風景 ~鉄
子供のおもちゃの片付けをしていたのだが、しまう場所がなくなった。
余りに多いのだ。
それでわたしの物品を少し整理し、その場所に取りあえずは置くことにした。
その時に、古い写真が掘り出された。
文字通り、そのように発見されたのだ。
1979年と書かれている。
多分、当時自転車に小さなカメラを装着して、うら寂しい光景を撮っていた頃のものである。
かなり夥しい数があった。
10%の画質でスキャンしたものを幾つか、、、。
紛れもなくわたしの原風景である。
これらのメモをもとに絵を描いていた。(写真作品としての価値は全くない)。
絵は、ほとんど抽象である。
ボードにリキテックスで描いていた。
リキテックスは性に合う。
わたしはせっかちであり、瞬時にものを仕上げてしまいたいからだ。
油絵はいつまで経っても乾かないため基本的には選ばなかった。

あらぬ彼方をうち眺めるダイナソーである。

ダイナソーが方向性をもって移動してゆく。

いつも自転車で通る道すがら、米軍の施設(設備)は常に肥やし臭い畑を挟んであった。

よく出逢った、電動車椅子の紳士である。今日はどちらの路にするか、というところか。

このようなカップルの写真はいくつ撮ったことか。かなりこの手のものはある。

独り者であるが、そこそこ楽しそうである。

わたしの写真の最も典型的なもの。実際、こういったところが結構有り、自転車でこの中を走ったこともある。
クモの巣に巻き付かれることもあり、充分先を確認しつつ走らなければならない。
大概、鉄との出逢いである。
鉄は最も安定した元素であり、地上のどこにでも見つけることのできる身近なモノである。
恒星の核分裂も鉄どまりである。
何というか、、、確かなものとの接続であった、と思う。
今夜は出てきた写真をしみじみ見ながらワインでも呑んで過ごしたい。
余りに多いのだ。
それでわたしの物品を少し整理し、その場所に取りあえずは置くことにした。
その時に、古い写真が掘り出された。
文字通り、そのように発見されたのだ。
1979年と書かれている。
多分、当時自転車に小さなカメラを装着して、うら寂しい光景を撮っていた頃のものである。
かなり夥しい数があった。
10%の画質でスキャンしたものを幾つか、、、。
紛れもなくわたしの原風景である。
これらのメモをもとに絵を描いていた。(写真作品としての価値は全くない)。
絵は、ほとんど抽象である。
ボードにリキテックスで描いていた。
リキテックスは性に合う。
わたしはせっかちであり、瞬時にものを仕上げてしまいたいからだ。
油絵はいつまで経っても乾かないため基本的には選ばなかった。

あらぬ彼方をうち眺めるダイナソーである。

ダイナソーが方向性をもって移動してゆく。

いつも自転車で通る道すがら、米軍の施設(設備)は常に肥やし臭い畑を挟んであった。

よく出逢った、電動車椅子の紳士である。今日はどちらの路にするか、というところか。

このようなカップルの写真はいくつ撮ったことか。かなりこの手のものはある。

独り者であるが、そこそこ楽しそうである。

わたしの写真の最も典型的なもの。実際、こういったところが結構有り、自転車でこの中を走ったこともある。
クモの巣に巻き付かれることもあり、充分先を確認しつつ走らなければならない。
大概、鉄との出逢いである。
鉄は最も安定した元素であり、地上のどこにでも見つけることのできる身近なモノである。
恒星の核分裂も鉄どまりである。
何というか、、、確かなものとの接続であった、と思う。
今夜は出てきた写真をしみじみ見ながらワインでも呑んで過ごしたい。