プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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要塞警察

yousai.jpg

Assault on Precinct 13
1976年アメリカ
ジョン・カーペンター監督

本作はジョン・カーペンターの最高傑作とも呼ばれるもの。
こっちのほうも観ておかなければ、と思ったのだ。
これは『リオ・ブラボー』(ハワード・ホークス監督)へのオマージュとして作った作品であると。

確かに西部劇風の設定と展開である。
巧みにストリート・ギャングと警察との抗争にすげ替えたものだ。
警察署ごと地区移転を図らなければならないほどの荒廃した無法地区が舞台である。
(無法地区・無法者は西部劇に欠かせない)。

ギャング対警察といっても、準備万端で突然襲ってきた多数のギャングたちと調度移転をして後処理のため残っていた少数の警官との戦いである。サイレンサーの不意打ちで、最初のうちに警官はほとんど射殺され、残ったのはその日に空になる警察署の電話番に送られてきた刑事と一時的に収監された凶悪犯ナポレオンだけである。(もうひとりは脱走計画に失敗し、あえなくギャングに殺される)。他に、肝の据わった凛とした女性職員もいるが、初っ端に腕を撃たれ負傷している。(しかし銃をバンバン撃ってギャングをやっつける頼りになる女性)。
それから逃げ込んだ民間人ひとり。

この男がそもそもそこに助けを求めて入ってきたことで、標的にされることになったのだ。
しかし、民間人としては命を狙われたら、警察に駆け込んできて悪いはずはない。
この男は、ギャングに可愛い娘を直前に射殺されているのだ。
射殺した犯人を銃で撃って殺したまではよいが、その報復に連中が多勢で襲ってきたとくる。

圧倒的な武力の差と心の余裕の差が歴然としてある。
特に警官たちはこの事態がにわかに飲み込めない。
このたまったものではない、という状況を如何に乗り越え逆転を図るかが、映画の見所となろう。
『リオ・ブラボー』という映画は見てはいないのだが、西部劇っぽい展開である。
なんせ、警察署の玄関に、わざわざギャングが「皆殺しの旗」を置きに来てから本格的に始まるのだ。

特に凶悪犯の死ぬ方の男は、彼ら「ストリートサンダー」の実態を知っているためビビりまくる。
警察署もほとんど引越しが終わっており、銃器の備えも乏しい。
電気と電話も移転の為切れることになっている(がその前にギャングに線を切られてしまう)。
応援は呼べないうえ、周囲は地区移転の為、人がいないので異常事態が感知されない。
警官たちもそれでようやく、自分たちがのっぴきならない場所に立っていることを知るに及ぶ。
警官たちといっても警官は結局一人となっており、急な都合で護送されてきた2人の凶悪犯を檻から出して手錠を外し、共にギャングと戦う事になる。都合上、これ以外に彼ら自身の身を守る術はない。

凶悪犯が良い人でなければ、大変である。
特に、その筋では一目も二目も置かれている、スタイリッシュな殺し屋ナポレオンは、腕前を発揮し知恵も貸してくれる。
しかも、警官より物事に対し、シビアで楽観主義ではない。
そこが良かった。こんな時に多少とも甘さが出たらおしまいだろう。
何とか署内における信頼関係は築くことができ、少ない弾丸で敵に応戦することになる。
こんな時、署に飛び込んできた父親がシュワルツネガーであれば、充分過ぎる活躍をしてくれるはずだが、その市民は終始毛布を被って怯えている始末。
しかし、それが普通だ。シュワルツネガーには、銃弾は当たらないお約束になっている。
庶民が出たならたちまち蜂の巣だ。
じっと寝て待つのがベストな選択である。
(結局この人は、生き残った僅か4人の中の一人となる。ここに教訓すら感じる)。

結局、ナポレオンの言う通りに地下室に身を隠し、狭い通路をやって来る連中を狙い撃ちにし、最後は刑事のアイデアで充分に通路に呼び込んだところでアセチレンガスを爆発させ一網打尽とする。女性職員も殊の他勇敢に立ち向かい、ナポレオンを感心させる。
面白かったのは、ギャングたちが屍体の処分や車の位置を速やかに戻してしまうなど、周囲に一切感知されない光景をすぐさま作ってしまうことだ。(銃はサイレンサーだし)。これでは、パトロールの警官が通っても気づかれない。
ナポレオン曰く、「やつらは働き者なのさ。」
確かに組織集団の恐ろしさが身に滲みる。

何とか作戦も成功し、ギャングを片付けたところに、呑気に救援のパトカーが騒ぎを察知してやって来る。
刑事とナポレオンにはその頃には友情が芽生えており、女性とナポレオンの間にはちょっと恋愛感情も窺える。
「お前はカッコつけるな!」
「だからナポレオンと呼ばれるんだ。」
イマイチよく分からないところでもあるが、ナポレオンは確かにカッコよかった。


考えてみれば、このようなクライムサスペンスは、どれも西部劇の影響を受けている、と言うか系譜の中にいると思うのだが。
この作品が、『リオ・ブラボー』の下に書かれているのなら、この流れは脈々とクライムサスペンス作品群を貫いているといえまいか。

無論、「真昼の決闘」の流れも途絶えることはない。
(おおっゲーリー・クーパーとグレース・ケリー!)
寧ろそっちの方が真実味はあり、今では河幅が広がっているように見える。


随分と、「ダーク・スター」からは遠くに来た感のある見応えの作品であった。


ダーク・スター

dark star
こういうパッケージ、、、

” Dark Star”
1974年アメリカ
ジョン・カーペンター監督

何ともすごい映画である。
この映画を見ているうちに、脳裏に浮かび上がったのは、未だその作品を見るに至っていない迷(名)監督エド・ウッドである。
きっと、彼ならこんなスペース・ファンタジー作ってしまうのでは、、、と思ったのだが、実際は更にぶっ飛んでいるらしい。
ますます敷居が高くなった。

しかし、これも大したもんである。
ジョン・カーペンターの初仕事であるそうだが、それにしてもと思い確認すると学生時代の作品だと、、、。
学園祭のドタバタ気分の乗りで作ったようなものなのか?
(しかし商品として出す際にリメイクはされているらしい)。
タルコフスキーの「ローラーとバイオリン」も彼の学生時代の作品であるが、極めて高純度の傑作であった。
作品に向かう姿勢というか、位置づけがひどく隔たる気がする。
これ、まさか卒業制作ではなかろうな、、、。

この作品は、大学校内を適当に使って予算の心配をせず面白いもん作ろうぜという感じで制作されたと思われる。
しかし、面白かったのは誰より作った本人たちであろう。
こちらも、そんなつもりで見る分には悪くもないが、知り合いの息子の作品を学園祭でノルマで見させられる気分にもなる。
道具立てや諸準備などの制作費は、ほぼお小遣い程度で済んだだろうか?
本も何というか、子供向けSFであっても、それはないという類のものである。
いや、子供対象なら真っ当な物理を下敷きに描かなくてはならない。
まあ、真に受けて誤学習するほど緻密な出来ではないので心配ないが。
これは、あくまでも大学生のパーティーの余興と言える。

宇宙のどっかの星で捕まえたエイリアンが、キャンパスに転がってたであろうビーチボールに手(足か?)をつけただけのものである。(これは笑える域を超えている)。それが変な悪戯をして船員を困らせるが何をしたいのかは意味不明なのだ。
その悪さが宇宙船に致命的な損傷を与えることとなる。(伏線もバッチリ?)
かなりの尺を取った、エレベーターのシーンは一体何なのか、さっぱりわからんが、廊下でも使ってフィルムの角度を変える映像を是非とも撮ってみたかったのだろう。
宇宙空間があたかも空気が充満しているような星が湿って瞬く光景。
その光景を眺めるのが好きな孤独好きの内向的で要領の悪い船員と粗野でいい加減な船員。
この宇宙船かなり深刻なトラブルが発生しても、ロックを聞いていて呑気に構えているのだ。
彼らの学生生活そのものにも思えてくる。
そう、始まって早々彼らは地球からの支援を予算削減から打ち切られたことを知らされていた。
何か最初から諦観に満ちたアナーキーでファンキーな雰囲気・感触は確かにある。
大学生活に何処かついてまわる孤独な自在感というか、、、。

それにしても、どこを利用したのか異様に狭苦しい変な並びのコクピットだ。
船室(休憩室?)は、モロ散らかし放題の自分の部屋の再現か?体育館の倉庫かい。
何処であろうと、少しはそれらしく作って見せてもよかろうに、、、。
それから冷凍保存された事故死したという船長。
船体が爆発寸前に真面目に彼に助けを求め相談にいく船員。
船長も何故か受け答えをしてしまうのだが、まるで要領は得ない。
(そりゃ死んで冷凍になっているはずだし、、、)。
また何故かAI化して誰の言うことも聞かない核爆弾を船員が外に出て、デカルトもどきの意味不明な説得を試みたり、、、。
コンピュータがまた説得力に欠けるデパートの店内放送みたいなやつ。
(これで不真面目な奴が真面に聞くか?)
これは、ファンタジーなのか?
ナンセンス・コメディーなのか?
何なのか?
確かに荒唐無稽で不条理なのだが、一笑に付しておしまいという代物でもないのだ。

実はこの作品も早回しでさようならしようと思い始めたのだが、最後のサーフィンをしてどこかの星の重力に引かれ衝突してゆくところで、この作品がカルト映画として、密かに?見継がれていることが少し分かってくる。
最後の方は飛ばさなくてよかった。
なんせ、核爆弾が船内で爆発したというのに、取り敢えず船外に出ていた者は生き伸びており(船長も生きていた!?)、最後にサーフィン好きな船員が船体の破片を板にして乗り、どこかの星の重力に引かれて飛び去って逝くという、究極的に物悲しいエンディングなのである。(もう片方の孤独を好む船員は最後までロマンに浸ってどこぞのピカピカ光る星に取り込まれて逝く)。

ここにブーツストラップされ、この作品が唯一無二の孤高のカルトたり得ているような気がする。
見終わって、時間を無駄にしたという気が不思議にしてこない、清々しさなのだ。
下手をするとまた見てみたくなるような、嫌な予感までしてくる。
何かサブミナル効果を巧みに使われた疑いも持ってしまうのだが、、、。
そこまで手の込んだ作品ではない。


結局、不可思議な魅力というものを味わえる逸品であった!
時間と心に余裕のある方には、ちょっとオススメしたい作品である。
(そうでない人に下手に勧めでもしたら、殴られかねない)。


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