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GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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ターミナル

terminal.jpg

「ヤギの薬」には、驚いた。
優れた通訳はそういう訳をすると、野球関係でも聞いたことがある。
(「父親に送る薬」では、没収で強制送還なのだ)。
機転がモノを言う。

しかし物語はひたすら待つ話だ。
実際に空港に住んでいたヒトもいたそうで、ターミナルに非常事態で一晩明かすことは有りうる。
しかし主人公は9ヶ月ターミナル内に足止めを食らう。
祖国がクーデターでもはや国として機能を失ったからだ。
ニューヨークまで飛んで来たのに、アメリカに入国できない。
空港の外に出られる目処がいつまでも立たない。
そんな停滞する状況でどう生きるのか、である。
生易しいものではない。

この不条理さは、かなりのものだ。
しかしそれを大変コミカルにペーソスたっぷりに描いてゆくのがこの映画の肝だ。
Tom Hanksの円熟した演技力に負うところがなによりも大きい。


国を失った異邦人として、つまりIDの消失した人間として放り出されてしまう。
言葉も分からず、コミュニケーションもまともに取れない。
お金も自国のものは使えない。
祖国への不安。先の見通しが持てない。
現状に混乱し周囲には不審がられる。
ここですぐに機能するのは管理側の押しつぶさんばかりの圧力である。
彼らの意識もそうだが、具体的に立ちはだかるのは、手続き・書類・規則である。
それを盾に居場所を奪おうとする。
厄介払いである。

何処に行けというのか?
保護は愚か、収容所すら何処にもないのだ。

不便な暮らしを強いられる。
無理解と疎外に耐える。

しかしこんなことは、この映画の特殊な状況下においてのことか?
ほぼ日常的なことだ、という人もいるに違いない。
そういう人は増えていると思う。

この作品では、ひょんなタイミングから冒頭の名翻訳により、同じような外国人を救ったことから、一躍ターミナル内の人気者になれたため、人々が彼に親和的に接するようになる。
流れが一気に変わり、彼をみんなが後押しするようになるのだ。
おかげで彼はニューヨークにやってきた目的を無事果たす。
こんなチャンス通常あるだろうか。
知恵や機転を利かすにも、日常はあまりに無味乾燥で分厚く平坦ではないか?
どうだろう。

主人公は手に職を持っており、一途でバイタリティがあった。
そのへんがひとつの鍵だと思う。


昨日は娘の誕生日だった

Papyrus.jpg

一緒には祝えなかった。
何か自分が宇宙船で他の銀河探索の任務に就いているようで。
そこからお祝いをモニターを通して伝えている感じがした。
どちらかといえば、わたしがもう疲弊した地球に残っている方か?

実際、フェイスタイムでやり取りしている。
何故か、少し会っていないうちに、次女が大人っぽくなった気がした。
長女は生え変わった前歯がしっかり大きくなっていた。
2人の朝顔の咲き具合も画像で送っている。
日記があるからだ。


7歳とは何であろうか?

ケーキはうちで食べるのより豪華なものだった。
かなり奮発したみたいだった。

蝋燭の焔がいともあっけなく掻き消えた。
歌を大声で歌っていた。
やはりほとんど変わっていない。

暫く次女がモニタを独占して、最後に長女がちょこっと顔を出して「またね」となった。
ピアノをずっと弾いていない。
帰ってからが大変だ。


わたしは、8歳の時自ら今の自分の基調を作った記憶がある。
それ以前の記憶はない。
勿論、生まれる前、胎内にいた時からの無意識の記憶が連綿と続いてきていることは確かであろう。
しかし、わたしの意識としては、8歳のときの記憶が大きい。
この時に意識したのは、「ことば」だった。
ことばを意識した時が、こころを意識するこころが生まれた時だった気がする。
この時以降の記憶は切れ切れにある。

彼女らは、ことばは使っているが、ことばを意識しているようには見えない。
まだ、内面ははっきり成立していないであろうし、この先に記憶として蘇る画像があるかどうか。
この「わたし」は、まだ心象に刻まれてないように思う。

今も何らかの体温として彼女らに纏わりついているのかもしれないが。
もう少し元気でいなければ、恐らく父親像は残らないだろう。


7歳とは。
自分にとっても仄暗い闇の向うだ。


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