ゴーストライター

主人公がかなり普通の人である。
周りの人間-妻や秘書の女性達はかなりのやり手である。
と言うか、野心の塊で大変危険な連中である。
この話は最初から仕組まれていた。
元首相の自伝は、何にどのように利用される目的であったのか。
その首謀者は誰なのかが、物語の最後には深く印象的に浮き彫りにされる。
原稿の紙吹雪が舞い散る中、余情をもって染み渡る。
「わたしは政治には疎いが大切なのはハートだ」とか言ってる男に仕事を任せること自体まず最初から怪しい。
勿論、主人公はプレゼンのおかげで勝ち取ったと思っている。
そのこと自体は正しいのだが。
最初だけ元首相ラングの自伝のゴーストライターに抜擢され、ラッキーかと思いきや。
殺された前任者の初稿を推敲しつつ、取材や彼の残した資料に当たるうち、深く首を突っ込んでいってしまう。
それも不器用に、行き当たりばったりに、危なっかしく。
見ていて、これじゃいつ消されてもおかしくない、とこちらが不安になってくる。
アメリカ東海岸の孤島という舞台設定である。
不穏の押し寄せる風景描写が半端ではない。冬の寒さも肌にじわじわ伝わる。
そう、物語への入り込みは主人公への心配からであり、彼に寄り添う形で流れに乗ってゆく。
周りははっきりした企みで動いているのに、彼はあまりに無防備なのである。
そもそも危険性から言ってもラング氏の別荘に籠って執筆すべきなのに、何でわざわざ安ホテルを外に借りているのか。
原稿の持ち出しは禁じられているのに、外に部屋を借りる不合理は実に不可解であった。
それにしてもラングという人物、テロに対する戦いと言いブッシュの飼い犬などという有難い称号をもらってアメリカに絶対追従したかのイギリス首相そのものではないか。パロディにもなってない。
ここまで分かりやすい、あからさまの設定で出してくるか。
本心の分からない掴みどころものない人物ではあるが。
映画ではCIAに取り込まれ、自国のためではなく自分とアメリカの利益となる方針をとってゆく。
行き過ぎた親米路線やイスラム過激派への拷問加担によりイギリス国民から非難され、ほぼ戦犯扱いにされている。
デモは国内に起こるは、息子がイラクで戦死したことで強い殺意を覚えている父親などが近くを徘徊している。
しかし最後に何であんなにあっけなく撃たれてしまうのか?
専用機から降りるところで、これといった警備すらないのか。
明らかに自伝とセットで仕組まれていた事が分かる。
ラングと大学時代の同胞の教授(CIAと繋がっている)が主人公を最後に車ではねさせたのかも分かる。
秘書からのヒントで前任者が原稿に施したトリックが解けてしまったのだ。
そもそも秘書はなぜわざわざそんなことを主人公に教えるのか。
この物語、主人公だけが、呑気な素人である。
と言うか、間が抜けている。
解いた真実を紙片に書いて、こともあろうにラングの妻に教えてしまうのである。
亡き夫の自伝出版会のスピーチの終わったところで、彼女はそれを手にして表情を変える。
がすぐさま例の教授が耳打ちする。
「大丈夫、この始末はすぐにつける」とでも言ったか。
この秘書や妻には、この主人公ではどうあがいても(あがきもしないのだが)、勝ち目はない。
しかし、それはこちらが俯瞰的に物語を眺める視座にあるからで、実際ただのゴーストライターが周囲の企みに対する感覚自体、持ち得るはずはない。
これは、単なる平凡なライターがある計画実行の為に利用され、消されただけの話なのだ。
全編暗雲垂れ込む、ただならぬ緊張下なのに、弛んだ感じで話が進行してきたが、流石に終盤はテンポが速い。
映像の撮り方もやはり違う。
特に、画面から消えている部分にこちらのイマジネーションを向けさせ暗示的に表現するところなど、この作品に重厚さを持たせているところだ。
ともかく、終始こちらの目を惹きつけ続ける、何か余裕さえ感じさせる映像の作りには感服する。
あの邸宅の窓からの圧倒的な眺めはCGのようである。
ロマンポランスキーはアメリカには入国できないため、かなり抽象的で無国籍な場所を作り出したが、見事に成功していた。
