ホリーマウンテン

The Holy Mountain
メキシコ・アメリカ
1973年度作品。
アレハンドロ・ホドロフスキーという監督は有名なので名前は知っている。
だが、作品を見たのは初めてだ。
ルネ・ドーマルの『類推の山』原作
アレハンドロ・ホドロフスキー監督・脚本・音楽・美術・衣裳
アレハンドロ・ホドロフスキー、、、錬金術師
ホラシオ・サリナス、、、盗賊
ラモナ・サンダース、、、婦人
ホアン・フェラーラ、、、フォン
アドリアナ・ペイジ、、、イスラ
バート・クライナー、、、クレン
監督の思想を余すことなく表現した映画なのだと思われる。
古臭さは感じないし、大変お金を使ったであろう凝ったセットである。
すぐに劇中にぶっ壊すが、映画のゴージャスな醍醐味であろうか。
しかし、ショッキングな映像かというと、昨今のその手の映像に慣れた感覚からすると、刺激はそれ程でもない。
ただ、長かった。
辛くなるほどの長さであった。
もう少し短く編集してもらえまいか?
せめて後40分は短くしてもらいたい。
途中で意識が朦朧としてきて、計20回くらいポーズして、飲み物や軽い食事をしたりして、ようやく見終えた。
終わった後はほっとした。
後日、途中から見ようなどと思ったら、まずもう二度と見ないことは確かである。
徹頭徹尾有り得ない街で有り得ない話が進行するが、考えや感覚的に同調できれば映画というものは、いくらでも身を任せて観て行ける。
この映画は、共鳴できるところが1秒たりともなかった。
60年代終盤から70年代にかけてのサイケデリックなカルチャーが強く反映されている。
あの辺のものは、いまでも新鮮さを感じるところがある。(相当魅力がある)。
あの時期のヒッピームーブメントやオカルト、カウンターカルチャーのすべての波動がわたしにとっては、くすぐったくも刺激に満ちて心地よかった。
その頃のもっとも優れた成果は、ムーディーブルースに感じられた。
レッドツェッペリンのジミーペイジもピンクフロイドとムーディーブルースを一押ししていた。
(懐かしい)。
73年と言えば、次の年には、キング・クリムゾンの”レッド”が出ている。
それを考えると、ロックミュージックの方が遥かに強度がある。
刺激は比べようもなく強い。
この映像手法で、有効な破壊力は当初からなかったと思う。
あれば、いまでも普遍的な力を少なくともわたしにも及ぼすはず。
セットや小物、機械などディテールに渡りよく出来ていた。
町並みや建造物も動物たちもフリークスたちも徹底している。
そう徹底したナンセンスにも。
スプラッターなところも含めた監督の偏執狂的な拘りには、見る価値はある。
これほどそれらで、てんこ盛りな映画は他にないであろう。
力作であることは分かる。
しかしボリュームの点では圧倒的であっても、迫るものがない。
普遍性や独自性があれば何らかの引っかかりを感じる。
その点で言えば、わたしにはかなり退屈であった。
エンディングは有名なところらしいが、わたしは最初からその距離で見ていたので、特に何も感じなかった。
ピエール・ド・マンディアルグは小説「大理石」の中盤でそれをやってのけた。
それでも読者のイマジネーションが希薄化しない強度が稠密に保たれていた。
映像が精神にくい込む力は、この手法だけでは限界を感じる。
わたしはむしろ、「船を編む」などのような姿勢に遥かに力を感じる。