プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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お焼香を離れ 断片補遺

darkmoon.jpg

死については最近いろいろなかたちで接してきた。
と言うか、その影響を被ってきた。

見知らぬ他人の関与。
人身事故の場合、こちらは多大なダメージは喰らうが、その主体や背景に関しての知識・イメージはゼロである。死んだのかどうかさえ分からない。
ただ人災の一種としてこちらにぶっきらぼうに告げ知らされるが、そののっぺらぼうな事件に単に不条理をひたすら感じるのみである。

このような見知らぬ他人の最も極端な影響として。(ピンポイントの)
投身自殺志願者が下を歩いていたヒトを直撃し、無関係なヒトは即死でダイブしたヒトは助かったという話。
自殺志願者が突然運転中のハンドルを切り、対向車線を走ってきた車に正面衝突し、普通に走ってきたドライバーは即死し、自殺志願者は命に別状なかったというケース。等々。
単に運が悪いのか?それで片付けられてよいのか?残された家族はどうするのか?そこの生活は大打撃なんてもんじゃあるまい!


しかし、考えてみれば、死は誰にも突然やってくる。
勿論自死を除いて。(自殺だってすんなり行くとは限らない)
だから、巻き添えを食って死んだ人も本質的には多くの死者と同等である。
その突然さにおいては、特筆すべきケースではあるが。
もしかしたら、本人も死んだことに気づいていない可能性も感じる。

だが、死においては、みんな原理的には同じである。
ひとりで死ぬ。
その孤独さにおいては。
これほどの現実と孤独は他に有り得ない。
どれほど現実感に乏しい夢想家にとっても誰にとっても、死だけは完全な現実として立ちはだかる!
それは暴力的な現実=レアルとして。

ひとりの人間の死によって恐らく多くの情報が消え去る。
その人間にまつわる多くの物語が語られる。
大概、その人間にとってほとんどどうでもよい物語が。
しかし物語という物自体がそういう属性で成り立つ。

死者のものなんてこの世にはない。
死者そのものなどどこにもない。
すべてはその関係者による錯綜した辻褄の合わぬご都合主義の物語に塗れて逝くだけである。

原子にまで分解され、何かを構成する一部となったからといって、もうそれは何の意味もない。
死者は消滅する。

物語も消滅する。
担うものが少なければたちまちのうちに、、、。

世界は忘却によって成り立っている。

そして言うまでもないが、わたしが死ぬと同時に世界も消滅する。
無というとき誰にとってもそれはすでに指し示せない。




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お焼香をあげに

darkmoon.jpgアラマサ氏提供。

お隣とそのお隣がほぼ同時期に揃ってお亡くなりになった。
すぐにお通夜等かけつけるものであるが、あいにく週日であり、帰りも遅くて参列できず、土日にと思ったのだが、それもどうにもならない用が入り、今日は午前は変更できない予定で、午後は疲れて寝てしまったもので、(そう、ここのところの疲労は尋常ではなかった。人身事故とかの影響大である。)明日は確実に行くことにしている。
お焼香に。

お隣は、うちの母より若いがほぼ同年輩の女性の方。つまりわれわれのお母さんに当たる方。
そのお隣は、やはりお隣と同年輩の、丁度おとうさんに当たる方。

親戚の場合は、一日忌引きをもらい、その日の朝から電車で出かけてゆくのでこういうためらいは生じない。
ご近所の場合はまず、うちの母親がすべてしてくれているので、少し後にお隣にお線香をあげに行けば良い手筈なのだが、これがすぐに行けそうで、なかなかゆけない。
土日のどちらかでタイミングを見て行けるはずなのだが、、、。

恐らく子供の頃など色々とお世話になっていることは確かだ。
罰当たりとか何とかというより、そのご家族に申し訳が立たない。
長く伸ばすと、ご近所付き合いにもよくない。


明日は最優先で午前中に速やかに行くつもりだ。

考えてみれば、お隣もそのお隣もお宅に上がったことが、これまでに一度もない。
故人と話したこともほとんどない。(忘れているかも知れぬが)
近所とは言え、近くて遠い未知の場所だ。

親戚の葬儀でも集まったヒトの何%知っているかといえば、極親しいところ以外はどこの誰だかさっぱり分からない。
そんなものだ。だからいつもそこで、名刺交換して自己紹介して親戚との親交を図る場ともなっている。
お話を伺えるようなら伺いたい。
何らかのエピソードを。
ほとんど存じ上げない方たちであるが、些細な物語でも最期の日々のことでも。

勿論それでも何も知らないに等しいが、僅かでも亡くなった相手についての物語の片辺を垣間見たい。
実感のまるでないテレビなどで見る死ではない死に、ほんの僅かでも触れたい。
死に際しての生の場所をそこで分かち合いたい。
隣のおかあさんは、わたしの小学・中学時代のクラスメートの女の子のおかあさんでもある。
彼女とは、小学校の時、一緒にダンスをしたことを今でも覚えている。
彼女の口からお話を聴きたい。
レアルな記憶と実感をもちたい。
何処かの時間の共有によって。



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