真夏の夜の病

自分を自分として束ねる装置が緩み始める。
いくつかの意識層と無意識的な領域、例えば植物的な生命の層の時間性―身体性が軋んでいる。
普通なら、適応障害とか自立神経失調症とか言われるところか?
心療内科を勧められそうである。
しかし、人間を統合的に診ていくということ自体生半可なものではない。
何となく方向性が朧げに見えてきたとしても、それでどうなるものではない。
眠れない。
多分、社会との関係を心理面で追う程度のものか?
よく人間ドックでも心理チェック?のような白痴的テストを受けさせられることがある。
というか、必ずやらされる。
あれで何がどう分かるとでも言うのか?
バカバカしいの一言。
まずもって、テストの体をなしていない。
だが、統合は肝心だ。
本当の意味での。
そうでないと、まとまったことが考えられない。
存在自体としての。
このへんどうであるのか。
散り散りでは雲丹のようになってしまう。
彼は?それぞれが別々で動いているらしい。
構成体の意思がバラバラでは、雲丹という総体は意味をなさない。
力学的に相殺されつつ全体の動きが結果的に出ているのか?
面白いといえばそうでもあるが。
かつては精神科医でその辺を研究していた弟とメールやり取り出来たのだが、
最近は全く没交渉になってしまった。
お互いの忙しさはある。
が、なんというか、落ち着いたやり取りができない状況というのが一番あたっている。
わたしは自分宛に来たメールの99%は開かずに消去しているし。
このブログに頂いたコメントとメッセージ以外は見ていないことに今気づいた。
暫く、それでいこう。
充分かも知れない。