プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
基本的に、日々思うことを綴ってゆきます。悪しからず。
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圧倒的な廃墟論

Broadway tower edit

愛しの“Folly”~廃墟論その美学的見地 Ⅱ

”Folly”というものは、確かロックの歌詞でかつて見ましたが、(ジェネシスとかで)それがなんであるか知りませんでした。
なんというお洒落なものでしょう?!
そう言えば、ほど近い公園にそのような”Folly”がありました。
わたしは苦し紛れにトマソンとか呼んでいましたが、意図的な建造物か、ただ打ち捨てられ本来の用途を失ったものかの違いは明白です。

上に貼らせていただいた「廃墟論」まさに圧倒的なものです!
数行引用させてもらい、それについて語ろうと思っていたのですが、それ自体無意味と知り、まるごと引かせて頂きました。

ここに書かれていることは、すべてまさにその通り、よく言ってくださった。
というものです。

ということで、めでたくわたしの舌足らずな廃墟に関する覚書も終了させてもらいます。
と、言いたいところなのですが、上のエッセイの説得力に溢れるイディオムにやはり時間性と自然があります。
わたしが、しまったと思ったのは、時間と絡めた「自然」という概念をしっかり採り上げなかったことです。
まさにこの「自然」こそが、廃墟を知るになくてはならない概念です。
単なる自然ではなくはっきり概念として摂りだした「自然」です。
「時間」もそうですが。
自然について書いていても「自然」として抽象しなければなりません。

特に圧巻なのは、「人為が自然に同化し
得も言われぬ一体感が醸し出される場所は
その深意を増すように思います

果てしのないような虚無感が呼び覚まされ
支配するのは時間だけという世界」

このくだり。
さすがとしか言い様がありません!
「廃墟」に関してはこれだけで十分に言い得ています。

そして

「空間上の建築というよりも
時間軸上の建築といった色彩を帯びるもの 」
そこだと考えます。
まったくです!



また、重要なことは、廃墟を観察する当事者の問題。それを含んでの廃墟現象。または、事象です。「場所」です。これもしっかり記されています。量子力学的な考察です。


そのうち余裕があれば、改めてわたしの書いたものをまとめて載せるつもりです。
明らかに、書くごとに整理していった部分はあります。
1について、明確になっていなかったイデオムを、2で訂正していますので、そのへんをまとめたい気持ちはあります。
が、当分は違うことを伸び伸び書けそうです。
ありがとうございます。

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忘れるということ いや、なくすということ~喪失とは

Restless flycatcher04

わたしはたびたび記憶が飛ぶ。

それで大事なものを置き忘れたり、失くしたりする。
忘れた、失くした、と気づいたときの無念さ。文字通りの喪失感。
これから、もっと大きな忘れ物をしはしないかと心配にもなる。
ある種の不安と恐怖。

病気か?しかし病院は嫌いだがすでに、
頭のMRIは撮っている。何の問題も無かった。
だが、生活や仕事に支障をたびたびきたす。
個人情報だけは持ち歩かないようにしている。
自分の物もヒトの物も。

これは、SFの子供モノTV番組でも見られる、時間を止めてその間にトンデモナイことを仕掛けておいて、時間を流す。
止められていた間の認識はないため、突然の敵の攻撃に手も足も出ずにやられてしまう、という主人公の訳の分らぬ無念さに似ている。

「おのれーっ」と敵の怪人でもいるのなら言ってやりたいものだが、怪人が見当たらないと言うのであればこの行き場のない怒りは自分の胸の内に鎮火させるしかない。
雨の日に途中でカフェに行き、電車で帰った駅前の雨の景色に、はじめて店に傘を置き忘れたことを思い出した時の虚無感、奈落の底に突き落とされる無念。
忘れ物をしないヒトにこの気持ちは分かるまい!

直ぐに取りに行ってもない時はない。

いかにもBluetoothでもしてます、といった風を装い、電車の車掌さんのような点検をいちいちやってみようかとか本気で考える今日この頃。

以前、同僚から美味しいラーメン屋さんを勧められ、休日に雨の中、電車でわざわざ食べに行ったときのこと。
店は混んでいたが待つことはなく座ることができ、確かにおいしい店ではあった。
ただ、量が多めでそれに手こずっていた。わたしは余程のことがないと残すことが出来ない。
私が入ってから男性客が3組出てゆき、そろそろわたしも食べ終わる頃、女子校生3人組が店を出てゆこうとする。
それにわたしは何とも言えぬ胸騒ぎを覚えた。
何というか、先に書いた怪人の影を感じたのである。
ラーメンをラストスパートで食べ終わり、水も飲まずに会計を済まして外の傘立てを確認して、思わず「やられたー!」と無念にも予感が当たっていたことを知る。
わたしの傘と同じ模様の一回り小さい、ひどく傷んだ傘が置いてあり、まだ新しく綺麗なわたしの傘は、なかった。

わたしは、直ぐに店主に訴えると、主人はずいぶん前の置き忘れだけど、と親切に傘を貸してくれたが、その頃にはほとんど雨は上がっており、今更傘を借りたところで意味もないので、もし間違って傘を持っていったヒトが届けに来たら受け取っておいて欲しい、とだけ言って店を出た。お気に入りの傘で、女性がさしても抵抗のないものであった。
わたしも余程その傘に未練があったのか、翌週その店にまた食べにゆき、傘の件を確認してみたが、やはり届けはなかった。あのぼろ傘はずっと残っていただろうが、それを取りざたする気はなかった。傘は広げずに家に持って帰ってしまったろう。2日程前の雨にその傘を開いてみると、何故か一回り大きく新しくなっているではありませんか!わたしの日頃の行いが良いせいだわ♡
と、思ったかどうか知らないが、良くなっていたら普通届けに行ったりはすまい。

何を言いたいでもないが、どういうかたちであっても、モノが忽然と姿を消すことは、腑に落ちないことであり、わたしの時間を狂わせ、身体性に支障をきたす。

雨の日にはもっていた傘。それが微妙に違えば、何かが狂ってくる。良い方にシフトすればご機嫌にもなろうが、そうならないことのほうが多い。付き合いが長い、苦労して作ったものはその強度もさらに高く、比重が重い。
だが、親密さにおいてそれとは、比べ物にならない大きな身近なものが突然いなくなったらどうだろう?想像でなにかが掴めるものではない。だがその場合、著しく身体性が損なわれ、時間性が狂ってくるはずだ。
離れて戻ることの出来ないでいる双方にとって。
子供がいなくなるなど、その究極で、まさに想像を絶する。
あってはならないこと、としか言いようがない。
必ず見つかるように再開できることを祈るばかりだ。


森永 正男様SNSより  (現状です 拡散宜しくお願いします

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善・悪の分かる自律系ロボットだと?

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善悪ロボット?どの程度のものにするつもりなのか?自律型だそうだが。米海軍が資金援助を行ってタフツ大学とブラウン大学、ならびにレンセラー工科大学からなる学際的研究チームで開発しているとの事。何かについて判断が下せるロボット兵を生産するつもりか。確かに人を戦場で使うのは益々困難も大きくなる。作れるものならロボットで済ませたい。

単なるゲーム感覚で、常識的なYes/Noを答えるくらいなら、子供のおもちゃで事足りる。余計なこと考えられては困るという類のお掃除ロボットに毛が生えた程度のものなら、それはそれで道具として役立つか?兵隊としては。人型ロボットも体の機能としては随分開発も進んで来ている。運動能力で人を追い越すのは時間の問題だろう。
今回の米の開発チームもこの自律系善悪判断ロボット、「ヒトが考えるより実現は難しいものではない」そうな。どうせその程度のものだろう。

善・悪は機械のデフォルトにとっては全くどうでも良い余計なものー価値である。
しかし、善・悪は本来考えれば、考えるほど大変難しいものである。
何が膳であり、何が悪であるか、善悪の彼岸とは、、、。

まだニンゲンを作ろうという方向性が見え隠れしている状況には驚く。いや、そういう方向性がまだはっきりあるのか?
ニンゲンレベルの世界認識を持つ知性・価値観・判断力を期待する場合、つまりニンゲンを作ろうというのは、ニンゲンそのものを原理的に把握出来ないため、不可能である。表象を表象足らしめる当のものの背景にどうやって回り込むのか?という問題。対象化出来ないものをどうやって作るのか?初めから問題化出来ない。

元々ニンゲンが機械になる方向しか残されてはいない。選択の問題ではなく。
ニンゲンは日に日に機械化が進んでいる。無理やりチップとか埋め込んで、意気込んでみるのも勝手であるし、流行るかも知れない。タトゥーとか、ヘソや口元や鼻ピアス感覚で自己主張のアイテムになるとは思うが、自然の流れでニンゲンは機械化している。攻殻機動隊の世界になっていくのはそう遠くない。われわれには、その方向性しか残されていないのだし。

ロボットは、今後も大変限定された、機能を特化した軍事ロボットや災害対策、工業用で活躍するものが中心に提供されていくと考えられる。勿論、簡単な学習支援用もあって良い。常識の範囲内の善悪くらいなら判断してもらって構わない。さして難しいプログラムとは思えない。
精神分析ロボットが随分前に流行った。基本的なやり取りのパターンを単にブログラムしたものであったが、本物の先生より好まれたりして、面白い現象であった。ヒトは何故か他人を信用したがらないが、機械やロボットには驚くほど無防備に気を許すところがある。



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