プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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奈良原一高

narahara.jpg

奈良原一高はもっとも好きな写真家のひとりで、すでにこのブログで1回、美術専門のブログ”Low”で4回記事にはしている。
主に「消滅した時間」について書いた「奈良原一高
敢えてまた書くのは、日美で観たから(笑。奈良原一高という人に改めて興味を持ったからか。
これまでも彼自身については書いたことはなく、久しぶりに番組を観て気づいたことや想い起したことなども含め書いておきたい(備忘録か)。

軍艦島の写真「人間の土地」でデビューした写真家である。
普通ならそこを撮るとなると、社会派的な報道写真の枠組みで構えてしまう誘惑というか使命みたいな観念に囚われると思う。
土門拳はまさにそういう使命感に燃えた写真家だ。同じ場所を「筑穂の子供たち」で世に出している。
(土門は「生活から遊離した抽象はやり切れない」と奈良原を批判した)。
だが、奈良原はすべての物事をイデオロギーを外して見ようとする。
物事はどのようにも捉え見ることが可能なのだと。
人が物事に接するとき、無意識に自分の内面~体制的先入観を投影して観てしまっていることが多い。
例えば軍艦島に隔離されて働く労働者(とその家族)は悲惨だという政治的固定観念である。
しかし実際の事物はそんな認識枠に留まらない広がりを持つ。
その広がりは宇宙大にもなる。
物事は、もっと美しくてもよいのだ。実際に美しい。そして残酷でもある。

narahara001.png   narahara004.jpg

奈良原のデビュー前の写真に廃墟の軍需工場を撮った「無国籍地」がある。
まさにこれが写真家としての原点であろう。
彼は13歳で終戦を迎え、それまで信じていた国家や親友を喪う。一夜にして日本は民主国家となり梯子を外された。
この虚無感をまさに形象化した写真であったか。
土門の嫌った抽象を強く求めた。
やがて奈良原は芸術写真家として確固たる地位を得る。

narahara002.jpg

その前に、彼は大学時代、一年下に河原温がいた。以前河原についても書いたことがあるが、突出したコンセプチュアルアーティストである。
その彼の才能にいち早く気づき、あの「浴室」を購入していたそうだ。河原温の第一コレクターみたいだ。
やはりこの感性は突き抜けている。
ファッション写真に進出しても、その芸術的意匠は更に磨きがかかり、モデルと環境(背景ではない)が等価で切り離せない関係を成立させている。全体として、ひとつの風景と化しているかのよう。
空間の美学的追求と謂うより、林忠彦の「風景的人物写真」も想い起してしまうが、その抽象化度はかなりのものだ。
そして同い年の詩人、谷川俊太郎の「20億光年の孤独」が好きだという。
とても分かる(笑。
少年時代に経験した終戦時のB29の飛んでいないポッカリ空いた明るい青空の虚無~突き抜けた時空も原体験のひとつに数えられよう。
(その後の写真集にそれが強く感じられる)。

narahara003.jpg

絵画的な構図を極めた芸術写真家として高名になるが、彼自身それに対する違和感が強く芽生えてくる。
ひとつは、美輪明宏の謂うように、帰属意識を持たない(持てない)彼はどのような形でもそれに安住することは出来ない。
常に何からも自由であろうとする。
ヨーロッパに行き、「人間が構築した世界」その連綿と繋がる歴史の重さを体験する。
自分は、終戦を持って、歴史の全てを失ってしまった。
だがそれだからこそ、宇宙的(巨視的)な視線から文明の光景を切り取る作業が出来たという。
アメリカに赴き、他の惑星を見るような視点から多くの州~場所を撮り続ける。
(写真を撮る前は、自分を常に空っぽにするという)。
そしてスペースシャトルの打ち上げに臨み、地上の諸々の事物に深い愛おしさがこみ上げてくるのだった。
それはこれまでの全ての経験からの彼自身の解放でもあった。
「静止した時間」、「消滅した時間」にそれが見事に結実している。

narahara005.jpg

番組で面白いエピソードが語られていた。
ファッション写真を撮っていたころ、森英恵に服飾から自分で全てやりたいと言い、そこまでやることはないとたしなめられたということだ。田淵行男もそういう類の人であったが、優れたクリエーターは自分の作品に関わることは徹底して自作したくなるようだ。
確かに分かる気はするが、、、。


また彼の写真をじっくり眺めたくなった。




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田淵行男

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田淵行男という飛んでもない人を初めて知る。
共感し感動した。
これもまた、日美から(笑。
「まだ見ぬ頂を求めて」という題であったか。まさにその通りであった。
山岳写真に革命を齎した写真家だ。
1940年12月1日未明に彼が息を殺して撮った浅間山からそれは始まる。
(太平洋戦争一年前ではないか)。

tabuchi005.jpg

これまでの全貌を説明的に捉えた単なる記録写真から、部分を切り取ることでディテールからその山の本質を鷲掴みするような芸術的山岳写真を生み出した。記号的に対象を眺めて確認する類のものではなく、息を呑むような緊張感が張り詰める臨場感がそこにはある。恐らく作家がその場所を切り取る瞬間のこころのざわつきの感じられる程のものである。
この抽象画のような浅間の画像は、センセーショナルな話題を呼び多くの議論を引き起こしたという。
彼は学校の先生をしながら山で7000日を過ごしたそうだ。
一枚をものにするために多くの月日を必要としたのだろう。

更に彼は高山蝶の研究家であり、細密素描家であり、「本」の企画・立案・制作をも受け持つ所謂ディレクターか。
博物学的素養を持つ突出したクリエーターでもあった。
ともかく、「山」が好きで多面的に、とことんそれに迫った人であった。
(荒俣宏氏をつい想いうかべてしまう。向こうは魚であるが)。

これもまた、1枚限りの1本勝負である。
冬山にテントを張って待機し、早朝3時にカメラと割れたら終わりのガラス乾板を持って山道を凍えながら分け入って行く。
当時、カメラも重く、ガラス乾板による撮影でもあり、絶好の場所~光を息を殺して待ちそれを切り取るのが撮影であった。
今のように軽量高性能デジタルカメラで幾らでも撮り放題の時代ではない。
「リトレックⅠ」という日本製の寒さに強い一眼レフカメラが愛用機であった。
例の浅間も初冬の初冠雪の光景を狙ったそうだ。
彼の登場で、山の本質を芸術家の目で捉える山岳写真が生まれた。

tabuchi006.jpg

確かに違う。
そして彼自身が編集した、いやもはやディレクターとして最初から最後まで関り作り込んだ写真集は、もうそれ自体が高度なアート作品となっている。
プロの編集者でもここまで拘るのは、松岡正剛氏くらいだろう。
通常、写真家がそれを載せる本自体を自分の思いのままに作ってしまうなんてことがあろうか。
そこまでは到底手が回らないはずだ。
それぞれページ毎に異なるアートワーク、奇抜で斬新なレイアウトなど、読者への伝え方をどの次元まで突き詰めようとしたのか!
彼は写真を撮って後は編集者に丸投げする写真家と異なり、実際の読者にどこまで自分の撮った山の実質を知らせることが出来るかに極限まで拘ったのだ。

とは言え彼自身とても楽しみながら工夫を凝らしている気がする。
感性的な軽みやしなやかさを多分に感じ取れるのだ。
意匠を凝らしてはいるが、楽しく見れるものになっている。
遊び心も旺盛な人であったのではないか。

そして高山蝶の細密画。
博物学を治めた人らしい絵である。
対象に対する「愛」が半端ではない。
幼くして両親を亡くした彼の精神の拠り所でもあるのだ。
雪を纏う高山に惹かれ、寒冷地を求めそこに追いやられた蝶に自分を(運命的にも)重ねたのか、、、
これは肖像画でもあるのか。

tabuchi001.pngtabuchi002.jpgtabuchi003.jpgtabuchi004.jpg

どこまでも高みへ白く光る場所へまだ見ぬ頂へ。

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好きなこと、好きなもの、惹かれるものに彼は徹底して拘り続けた。
そうして出来上がったものが肌身に感じられるようなスリリングで美しいものであるのは当然だ。




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林忠彦

hayashi tadahiko

「決闘写真」と彼は自らのポートレートを呼んだ。
よく目にする文学者のポートレートは、ほとんどこの人の撮ったものであることを知った。
(画家のものもある)。
一対一の存在を賭けた真剣勝負。
撮るまで、かなり長い時間をかけるという。

晩年は風景写真に移ったそうだ。
しかしそれも尋常な風景ではない。
「風景的人物写真」という(林氏の定義)。
わたしにとって新たな観念だ。
結構、NHKの日曜美術館とコズミックフロントネクストは、勉強になる(バラツキはあるにせよ)。
今回もそこから。


彼にとっては、ポートレートを撮ることは、被写体に決闘を挑む行為であったという。
まさにシャッターを「切る」間を巡る勝負か。
風景を薄暮の頃合いを見て撮るときも、侍みたいな掛け声をかけてシャッターを切っていた。
その絶妙な光の具合。
まさに「光画」というに相応しい。

hayashi tadahiko001

わたしにとっては何と言っても文学者のポートレートであるが、、、
作家それぞれの個性、世界観、ひととなりを見事に捉えているものばかり。
ひとつは太宰治のバーのスツールに胡坐をかき、誰かと談笑しているショットである。
栞にその写真が印刷されていたものを持っていたものだから、本を読み終わるまではそれとなく眺め続け、それを「太宰治」としていつしか馴染んでしまっていた。(それ以前は文庫本のカバーに印刷された如何にもナイーブで内向的な感じの写真であったが)。
ある時、彼は誰と話し込んでいるのかな、と本を閉じる際にふと思ったことがあった。
(その時は、話し相手は多分バーのマスターかなと感じた程度であるが)。
今回の番組で、その答えが知らされるとは夢にも思わなかった(これだけでも番組を観る価値はあった(笑)。
その話し相手とは、何と坂口安吾なのだ(彼はわたしの大好きなサティの「ソクラート」の日本語訳もしてくれている)。
そして、太宰を撮る前に、撮影したのがそのすぐ近くに座っていた織田作之助(「夫婦善哉」の作家)であった。
何というゴージャスなバーだ。この時代を代表する無頼派トリオ?が一堂に会する店とは、、、。まあそういう店だから林忠彦も網を張っていたのだろうが。
こんな機会に勝負をかけない分けにはゆくまい。

hayashi tadahiko002

もうひとつとっても気に入ったのが、その坂口安吾の自室でのポートレートである。
作家は普通、自分の書斎はなかなか見せてくれるものではないという。
余程の人間関係を結ばないとまず無理と言うものだ。
(わたしも友人の書斎はとても興味があり、家にお邪魔すれば無理を言って見せてもらうが)。
その執筆中の安吾の姿は彼の妻でも見ることの出来ないものであったそうだ。
これは快挙である。いくら見ても見飽きないそれは凄まじい混沌とした(エントロピーがピークとなった)部屋だ。
こういうところで、書いていたのだなあ、あの「堕落論」をとか、「桜の森の満開の下」とかを、、、と思うとホントに感慨深い。
実に感慨深い。

hayashi tadahiko003

他にも川端康成のポートレートを徐々に間合いを詰めながら撮って行き、ついに20年間かけて傑作をものにするなど、凄い執念である(粘着気質でもあるか)。面白いのは、谷崎潤一郎にこれで撮影を終わりますと言って、彼が気を抜き素で微笑んだところをすかさず別のカメラで表情を切り取ったという写真も趣深い。そういう騙し討ちも「決闘写真」のひとつに数えられよう。

hayashi tadahiko004

そして晩年の風景に対峙した写真であるが、、、
天候、つまり光の具合や時には雨などに強く拘って、その場を狙ったそうだ。
同じ場所に7回趣き、まさにこの光だ、というところでシャッターを切る。
人はその場にいないが、これまでにそこを通った人々の視界を追体験するような写真というか光画である。
確かにポートレートも顔だけで成り立つものだけでなく、環境ポートレートと呼んでもよい、彼の内面を饒舌に表す周囲の情報を纏ったものが多い。
そこから特定の人を抜き取った形のものが、彼にとっての風景写真=「風景的人物写真」なのだろう。
江戸時代の旅人の記憶を覘くような、、、。

hayashi tadahiko005


この写真家の作品は、これまで知らぬうちに、かなり目にしてきたことに改めて気づく。



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ボンヌフの恋人

Les Amants du Pont Neuf001

Les Amants du Pont-Neuf
1991年
フランス

レオス・カラックス監督・脚本
主題歌:デヴィッド・ボウイ、リタ・ミツコ

ドニ・ラヴァン 、、、アレックス
ジュリエット・ビノシュ 、、、ミシェル
クラウス=ミヒャエル・グリューバー 、、、ハンス


凄まじい貧困状況が映される。
「狂った夜」の貧困表現など飯事だ。
そして夜もうすぼんやりした夜ではなく漆黒の夜。
主要人物はみな、思いっきり汚い。

アレックスは路上で我を失い寝転がっていたところを片足を車に轢かれる。
偶然そこに出くわした片目を眼帯で覆っているミシェルはそれを死体だと思ってデッサンにする。
アレックスは片手の指をピストルで吹き飛ばす。
片思いはいつものこと、、、。

アレックスは退院すると自動的にボンヌフ橋に戻る。
ボンヌフ橋は修復の為、工事中であるがそれも中断しており、そこを住処にしている者もいる。停滞の象徴。
今のままではダメだ、南仏に行こうと良心的な人に誘われるが、気持ちは乗らない。
アレックスは基本、何処にも行けない。
それは分かる。わたしも行けないのだ。理解できる。
橋の自分の寝床には、彼を道端でデッサンした女ミシェルが寝ていた。
動ける契機と謂える。逆に謂えばこんな事態が生じなければ、そのままであり、多くはそのパタン。

アレックスは、眠り方を知らず、ハンスに頼っていた。
ハンスが箱から眠剤のガラスアンプルを取り出す。ここがとてもゾクゾクする。
ハンスは元警備主任であったためそこらじゅうの施設の鍵も全て持っていた。
世間から退き、年老いて沢山の鍵を持つ男はいるものだ。

Les Amants du Pont Neuf005

明るい時の明るさがことさら明るい。
夜の漆黒のせいだ。
レオス・カラックスの黒と呼びたいほど。
それによる明暗のコントラストが凄い。
アレックスの年上の相棒ハンスは女のホームレスを認めない。
家に帰れと、、、。しかし彼は彼女を嫌っているのではない。
彼女の視力はどんどん減退する。蛍光灯の光にも耐えられない。
夜、ハンスとミシェルは美術館に一緒に忍び込み、肩車して蝋燭の光で彼女にレンブラントを見せてやる。
レンブラント光線を逆照射された彼らも絵の中の姿になる。
この明暗の妙。

盗んだ魚を夜刺身で食べる。
「日本ではこれをスシというのよ」
アレックスに言っても意味はない。想像もつかない。
彼女もホームレスだが元は裕福な家のお嬢様である。
ふたりで睡眠強盗をカフェテラスで行い金儲けする。一緒に悪事をすることは楽しい。彼ははじめて海を見るが、、、
アレックスはそれ~金が彼女を橋から遠ざけてしまうことを恐れる。
徹底して彼女の移動を拒む。

Les Amants du Pont Neuf002


アレックスは彼女のもっていた手紙から素性を探る。
ジュリアンとは彼か。
彼女は彼を描き、彼は彼女に音楽を送った、、、
何かが起こった。彼は去り、彼女は待った。
彼のことが忘れられない。
それが愛か。
彼を探すために家を出たのか、、、
アレックスはそんな一連の物語を想い、彼女のことで頭が一杯となる。

火を噴く大道芸。
漆黒の夜にパリの祭りの花火と火炎。
夜。川。花火。音楽。ピストル。踊り。
酔っぱらって下品に笑い転げる。ピストルの弾丸を一発だけ撃たずに残しておく。
(それが後にアレックスの指を撃ち抜く)。

「空の白。雲の黒。」とアレックスはミシェルに求愛のサインを出した。
しかし彼女は別の男に関わっている。
何度も彼女がアレックスに言う言葉
「いつか話すわ」
戸惑い憤りにも繋がる。
それなのに、空の白を受け容れ、愛し合う。
だが、元々そのまま落ち着けるはずもない。そんな場所にいないのだ。

Les Amants du Pont Neuf003


メトロでチェロの音に惹かれて走り出すミシェル。
チェロの男を追い払うアレックス。
メトロで彼女を探すポスターが貼られる。
「彼女の目が治せるというメッセージ」
剥がして火をつけるアレックス。
ミシェルはドア越しにジュリアンをピストルで撃ったのか、、、だが一発も使われていなかった。
アレックスは、片っ端彼女を探すポスターに火をつけて周るが、荷を積んだ車ごと作業員も焼き殺してしまう。
こちらは悪夢では済まなかった。街で日常を生きる子供が目撃していたからだ。

ハンスは、ミシェルと絵を観た翌朝、川に沈む。
目が治せることをラジオで聴いたミシェルはアレックスに「あなたを愛してなかった。わたしを忘れて」と橋に書き残して去る。
服役していたアレックスに2年ぶりに目の治ったミシェルがやって来て言う「治らないものはないのよ」
生きていれば治るのだ。そして動こうと想えば何かに乗ってしまえばよい。動ける。違う人間になれる。
壊れた橋も直った。しかしそこには彼らの居場所はない。交通があるのみ。

人も生きていれば治るのだ。

Les Amants du Pont Neuf006

クリスマスか、、、。
雪の降る寒い夜、、、あまり寒そうには見えない。
午前零時のしっかり完成したボンヌフで二人は逢う。
ここでも二人は実に下品に笑い燥ぎ合う。
そして幸福を分かちあうが、彼女はもう帰らなければならないと切り出す。
「いつか話すわ、、、」
「嘘つき!」と叫びアレックスは彼女に飛びつき川に共に身を投じる。橋から弾き飛ばされるみたいに。
砂を積んだ船に拾われそのまま船の行く先「ルアーブル」にふたりも一緒に向かうこととなった。

Les Amants du Pont Neuf003


「微睡め、パリよ!」
橋を失ったアレックスはミシェルとこの先、何処にでも行けるはず。


やや、尻切れトンボで終わってしまった、、、。
が、それまでがとても良いからいいことにする(笑。




娘の写真の整理

CIMG0872.jpg今回、使えない写真

実は、これに2日タップリかけている。
学校の生活の授業で、これまで撮った写真から5枚くらいをチョイスして休み明けに持っていくそうだ。
やり始めたはよいが正直、これはわたしにとって、大変な作業となっている。
(ブログを書いている暇もない(笑)。
娘たちの写真は、3歳頃は特に、ほぼ毎日ペースで撮っていたことが分かった(疲。
娘たちの写真専用サーバーから一枚一枚見ていくと、面白いことこの上ないが、終わりの全く見えない作業に巻き込まれたことに気づく。

その彼女らの動きがどういう情景~要因でなされたかも収めたいため、少し引き気味の写真が多めである。
動きの顛末がしっかり捉えられたものは、それなりに楽しいものになる。
それは良いのだが時折、親戚がわたしのカメラで彼女らを撮った顔のアップを見たとき、衝撃的な印象を受けたのも事実であった。
顔だけで微細に強度に訴えかけてくる精神的な動きが、確かに見えた。
外面的~運動原理における関係性を超えた微分的表情である。
別に全体を追うことなどないのだ。(これはこれでよいのだが)。
表情一つに雄弁に語られている事柄~事情がある。

この時期は、ひとにとって何もかもが発見である。
目の輝きが違う、、、われわれ大人とは、、、。
目の輝くのは、周りの様々なものがやはりキラキラ輝いているからだ。
(輝けるものがあって、輝ける。輝けるから、輝くものがある。これは同時の関係性にある)。

本当に活き活きしている。
瑞々しい歓びが暖かい波となって伝わってくる。
スタジオアリスで撮った、着物、ドレス、縫いぐるみと一緒に撮った幼い頃のものから、最近のピアノ発表会でのもの、、ホームセンターで鯛焼を頬張るもの公園で豪快に転げ回るもの、何故か川に入ってビチョビチョのもの、顔中ソフトクリームのもの、、、まで様々だ。
普段、直ぐに喧嘩になるが、ふたりで仲良く遊んでいる場面も少なくなかった。
それだけみると、小さなふたりで果敢に旅に出ているような光景に実際、見えてくる。
物語が生成される。
写真とはそういうものだ。
尽く、あらゆる意味を取り込んで物語を生産し続ける表面である。

赤ん坊の時の写真は、また殊の他、感慨深い、、、。
今でもよく覚えているが、次女は生まれたばかりの時は老賢者の顔をしていた。
まさにそういう風格であった。
その後、三日後くらいの間に、全てを最初からやり始めるといった赤ん坊の顔に魔法のようになっていた。
今でも忘れない、とても神秘的な体験である。
ちなみに長女は低出生体重児であったためNICUに入っており、わたしだけが白衣帽子マスクを付けて面会できた。
それは実に特権的立場に思えた。
長女はとても元気に暴れてなき声を精一杯あげていた。
看護師との日記で毎日のやり取りができた。
昨日のことのように覚えている。
今では、長女の方が次女より大きい。

ひとつひとつ丁寧に観てゆくと、こちらもその時の情景が浮かんでくるものが多い。
圧倒的に楽しいことが思い浮かび、吹き出すことも少なくなかったが、妙な事態についても思い出した。
お祭りで、うち(わたしは関与してない)が役員をしているとき、子供神輿をはじめて担ぐ娘たちの勇姿をここぞとばかりに写真に収めようとしていた際、背後で何やら声がする。動いている大事な被写体を追って集中しているさなかの事である。
それどころではない。わたしはやるべきことに集中した。子供神輿の移動距離などほんの僅かなものだ。
今回写真を確認してみると結構良く撮れている。これについては、満足だ。
後で思い返すと、わたしに何者かがしきりに呼びかけているみたいであった。
普通、まさに今真剣にピアノを弾いているひとに向かって話しかけたりするか、、、?
何か用があるなら、こちらの仕事がキッチリ終わってからにしてもらおう。
異常な経験であったが、撮り終えた時には何も見当たらなかった。
下手をすると振り向いているうちに大事なシャッターチャンスを逸するところであるが、わたしはそんなヘマはしない。
(きっとタヌキか何か物怪の間の抜けた仕業であろう)。

写真は音楽と同じように、時間の芸術である。
まさにそう思う。
同じ光景と思っていても、一秒のズレでどれだけ変化したか分からない。
まだ「場」について本質的には解明されていないことが多すぎる。


写真というものは、きっと場とのせめぎあいに、身を置くことなのだ、、、。



昭和記念公園に行く

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娘ふたりが歌を唱っていたら横にやって来たので長女が撮る。通り過ぎた後、グエグエ鳴いていた。音痴だから笑われたんだ、と言うとふたりとも真に受けていた。

セグウェイにトロトロ乗って移動している人が楽しそうであった。
自転車で敢えてここを走るのは何とも言えない。
娘たちとしょっ中、自主的に自転車教室をやっている。
似たようなコースだ。
銀杏並樹は色が黄金色にキラキラしていた。
その先には噴水もあり、そこそこ和めそうだ。

バスと電車でわざわざ来た。(最近わたしの事情で遠出は公共交通機関を使用する)。
殿様仕事の神奈中は、今日も25分予定時間を遅れた。
もはや日本とも思えないが、走らせたい時に自由に走らせているとも聞く。
それくらいのリズムで生きましょう、というキャンペーンなのかも知れないが、真意は掴めていない、、、。


大きな広場に売店、沢山の子供がまとまって遊べる大きな遊具。
確かにいつも行く公園より規模が大きい。
しかし、それくらいなら入場料払って入る程でもない。
やはり、ここはボートだ。
いつも行く公園にボートの池までは無い。
綺麗な池ではないし、広い訳でもないが、ボートに乗ること自体が日常的ではないのだ。
そこに意味が有る。

思いっきり漕いでボートを走らせた。
かなり風が強かった為、流されないよう気をつけて下さいね、と言われワクワクするものがあった。
陸と違って、ハンドルの反応が少し遅れる。
特性は次第に掴めてくるが、まず、漕がなければならない。少し嫌になる。
時折、わたしが疲れた頃を見計らって、最近走るのが速くなった次女が漕ぐ。
面白そうに漕ぐ。それを長女が羨ましそうに眺めている。
syouwa003.jpg
長女が来い来いと呼びかけていたら何故か一匹やってきたので、長女が撮る。

長女は、池から飛び立つ瞬間の鴨を狙って写真に撮る。これは流石に難しい。鯉が勢いよく近づいてくるところを撮る。これは彼らの表情も窺えた。
だが、本当はボート漕ぎをやりたかったらしく、しきりに次女とポジションを代わりたがってきた。
だが、こんな小舟で立ち上がったらたまらない。
もう水は随分冷たい。その前に深緑の水である。
間違っても落ちてこの水を飲む気などしない。
あちこちコーナーを回っていたが、わたしが途中でスマホをやって、自然の流れに任せていた時、岸沿いのモウモウとした枯れ草にボートが捕まってしまった。
ありゃ、動かない(爆。
必死に2人で漕いで脱出したが、ちょっときた冒険気分が味わえまずまずだった。
ハンドル操作に慣れてきたらもう30分経っている。(ちょっと残念だったが、ちょうどよい時間でもあった)。

ソフトクリームのプレミアバニラが、美味しかった。

知り合いのご夫婦とその息子4歳に出逢い、後半一緒に行動したが、その息子がやんちゃでかなりの重量級。
凄いキャラクター(体重無差別級のクレヨンしんちゃん)で、やることなすこと面白かった為、退屈はしなかった。
最後はシャボン玉を飛ばしまくってケラケラ笑いっぱなしで、おわかれした。

広い公園を歩くうちに、銀杏、紅葉、ケヤキと並ぶが、日頃馴染んでいるメタセコイヤもあった。
紅葉のグラデーションが特に見事というほどではなかったが、その先の噴水がちょうど強烈な逆光に映えてほとんど光線の束しか観えないほどのタイミングであったため、これはという瞬間に、娘たちも入れて写真に撮った。

その前に長女の撮ったもの。誰も映っていなくてよかった。
syouwa004.jpg

おやつを買い溜めておいた為、小出しに渡すとかなり喜ばれた。
やはり遠足はおやついかんだな、と思った。









写真についてーⅡ

jyosibinotonari001.jpg
このメタセコイヤたちは愛情たっぷりに撮られている、メタセコイヤの肖像写真みたいだ。
わたしの身体性に地続きの優しいフレーミングでもある。
この向こう側に、メタセコイヤの吐息が聴こえてきそうな彼らに密着したメタセコイヤの道がある。
常に木漏れ日とそよ風が絶えることのない、時折噴水の水しぶきが虹とともにかかるお気に入りの一本径が控える。
事後承諾であるが、この写真と後の写真の二枚、エストリルのクリスマスローズより、転載させて頂いた。

以前、「写真について」の記事で、写真の感情喚起する作用に少し触れた。
写真が説明的、資料的な機能を引き受けたので、絵画はその機能を放棄したという解説が一般的であるが、写真はいつも説明的、資料的以上の何かを語ってきた。
資料的役割に徹しようとしたアッジェが最もその機能を激しく逸脱しているとも言える。
アンドレブルトンもそこに注目した。(流石である)。

恐らく禁欲的な写真ほどリアルな幻想を孕むのかも知れない。
リアルなほど幻想性を増すのは、カフカの小説に如実に見ることができる。
余計な(お節介な)エフェクトがかけられている方が写真の意味が限定され、つまらないものになることは多い。
ただ、その時空を切り取っただけ、と言ってもその人の深い身体性ー現存在が如実に現れてしまうものだ。


jyosibinotonari002.jpg
ところで、自分がよく娘たちとほっつき歩いている日常的な場所が、写真によって一体ここはどこなんだという光景になっている好例である。

透徹した文学的写真である。
青空とメタセコイヤの圧倒的な重みが実に鮮やかだ。

まさか、このなかをわたしが、時折娘たちを叱りつけたりしながら歩いているとは思えない。
普段、周りは知らぬ人ばかりだという前提で歩いているのだが、もし知っている人にそこを見られたら、モグラの穴にでも入りたい気分になるはず。
この写真の部分がクローズアップされると、少しばかり人間的なドラマも見えてくるだろうか。

しかし写真は距離を切り取るものでもある。(それは同時にフレーミングを決めるもの)。
宇宙空間から観た地球にもある意味、これは似ているかもしれない。

この視点から自分の日常を見直してみなさい、と提示されているかのよう。
それは大切なことだ。

わたしにあれこれ言われながら歩く娘たちは、寧ろ微視的な視座をもっているようだ。
芝草の中の細かい虫などをよく見分ける。
その虫の顔をわたしからくすねたルーペで、しげしげ見ていたりする。
娘たちは、漠然と隣にある女子大に行くの、と言っているが、理由を聞くとこの公園で遊べるからと答える。
最初は、子供の考えていることは、、、と思ったが、満更でもない。
大学院を卒業したばかりの作家の展覧会をアートミュージアムで見たら、その人も授業中抜け出してここで虫採りをしていたそうだ。そのためたくさんの作品をものにしている。娘も見習ってもよいのかも?

わたしが一番つまらぬ距離感でものを見ている恐れもある。
写真がよく気になるのもそのためかも知れない。
多様性と言いながらも自分がどれだけ多様な時間を生きられているか、、、。

自分がそのなかを幾度となく行き来している場所の写真を見ることは、とても興味深い。
しみじみ魅入ってしまう。
自分にとっては素敵な資料である。
(地球をまるまる見てみるのもよいが、この距離感も必要である)。



写真について

Gibeon meteorite
4億5千年前に地球に落下した隕石。


片付け仕事は、とりあえず一区切りしたのだが、どうしても見つからないものがある。
古い写真が見つかったのは良いとして、それより新しい写真群が見つからない。
ちゃんとしたカメラで撮り始めた頃のものである。
それらは、敢えてアルバムに入れず、桐箱に入れて何処かに大切に保管したことまでは覚えているのだが、、、。
仕舞い場所が何処なのかが、どうにもはっきりしない。
地中に埋めてないことだけは確かなのだが(笑、一時期の写真群だけスッポリ抜けているのだ。
それが、昨日夕刻から気になり続けて、、、どうにもならない。
薬は飲んでいるため、眠ることは眠れたが、気がかりができてすっきりしない。

やはりこれは、深刻な物忘れなのだろうか。
生活を脅かし始めたら、誰が何を言おうが深刻な事態となる。
今のところ、次女の保険証を失くしたくらいであるから、楽観視はできないが、慌てる程のことでもないような気がしているが、、、。
物忘れは、バカにはできない。
重大な事をごっそり忘れていて、そのこと自体に気づかないで何の問題も感じずいることもあるかも知れない。
コンテクストの片鱗を握っているから、忘れたという意識がまだある。
気になってしょうがない、気持ちがある。
だが最初から最後まできれいに失くしていたら、無い事すら知らない。
無かったことで、良ければ良いような気もしてくるが。

そんな事も実は幾つかあったのではないか、と思う。
それで、支障なく生活できていたなら、それでよい。
家の母親を見れば、忘れることが如何に逞しく生きることに繋がるかがよく分かる。
基本、自分に都合の悪いことを全て海馬や大脳皮質から消去できれば、きっと長生きに繋がるだろう。

しかし、忘れてはいけない事がある。
今の自分を少なからず形成するに至った、暗黒期である少年時代の記憶である。
少年時代とは、ロマンチックに美化されるに値するものとは言い難く、体力、知識、経済においても圧倒的に弱く依存的で抽象的な存在の時期であり、言い換えれば奴隷の時代の記憶に他ならない。
それがよく淡い郷愁に彩られた何か帰るべき世界のように描かかれた作品などを目にすることは多いものだ。
しかし実態としては不可避の暴力に晒され続け、その認識に形を与える言葉を欠如した暗黒時代であり未開の時である。
ここに言葉をあてなおす作業は、ことに触れてしてゆく必要がある。
内省的な(反省的な)知である。
知により、光を当て直さなければならない。
解放のためであり。
反復のために。

写真は大脳に替わる記憶装置としての役目も果たす。
勿論、それは芸術にも展開する路も秘めている上、何より感情を導き出す作用がある。
感情が沸き立たなければ、初めてのことばが生成されない。
差異が生成されない。
新たな反復が望めない。
写真は、その点で優れた装置なのである。
思い出すより遥かに大きな覚醒に路を開く。
その過程で作品も生まれてゆくかも知れない。
(自分だけのものでも良い)。


それが、無性に気になり始めていたのか。



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原風景Ⅱ ~All is lost

昨日の続きで、かなり違う傾向のものを。
いや基本的に全く同じであるが。
これらは皆ソースに過ぎないものであった。
(もう方付けようと思う)。


008.jpg
ただ、闇を撮りたかっただけか。
闇にも目印は必要だ。
この徴が十字架ならば、カラヴァッジョの救いのない闇だ。

009.jpg
どこの扉だろう。勿論、もうあるわけもない。中にあったものも諸共、、、まだあったとしても知りようもない。
仕舞い込まれて、明かされることのない無意識下に沈み込むもの、、、
または、ただの厚みも奥行もない書割であったか。


010.jpg
最近はとくに、こういう剥きだしのモノは見なくなった。災害とか事故のときなどにふと顔を見せるが。
ある戦いの秘められた名残にも思える。
そう残骸だ。


011.jpg
ほんとうに宇宙の隅っこ感が半端ではない。稲垣足穂に見せたい(笑。
この写真、好きだ。
こんな一角があった。


012.jpg
当時のわたしの心象風景か。
底知れぬ不気味な淋しさ。
絶対零度の光景があるなら、、、。


わたしのルーツであることは間違いない。





原風景 ~鉄

子供のおもちゃの片付けをしていたのだが、しまう場所がなくなった。
余りに多いのだ。
それでわたしの物品を少し整理し、その場所に取りあえずは置くことにした。

その時に、古い写真が掘り出された。
文字通り、そのように発見されたのだ。
1979年と書かれている。
多分、当時自転車に小さなカメラを装着して、うら寂しい光景を撮っていた頃のものである。
かなり夥しい数があった。

10%の画質でスキャンしたものを幾つか、、、。
紛れもなくわたしの原風景である。
これらのメモをもとに絵を描いていた。(写真作品としての価値は全くない)。
絵は、ほとんど抽象である。

ボードにリキテックスで描いていた。
リキテックスは性に合う。
わたしはせっかちであり、瞬時にものを仕上げてしまいたいからだ。
油絵はいつまで経っても乾かないため基本的には選ばなかった。

001.jpg
あらぬ彼方をうち眺めるダイナソーである。

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ダイナソーが方向性をもって移動してゆく。

003.jpg
いつも自転車で通る道すがら、米軍の施設(設備)は常に肥やし臭い畑を挟んであった。

004.jpg
よく出逢った、電動車椅子の紳士である。今日はどちらの路にするか、というところか。

005.jpg
このようなカップルの写真はいくつ撮ったことか。かなりこの手のものはある。

006.jpg
独り者であるが、そこそこ楽しそうである。

007.jpg
わたしの写真の最も典型的なもの。実際、こういったところが結構有り、自転車でこの中を走ったこともある。
クモの巣に巻き付かれることもあり、充分先を確認しつつ走らなければならない。


大概、鉄との出逢いである。
鉄は最も安定した元素であり、地上のどこにでも見つけることのできる身近なモノである。
恒星の核分裂も鉄どまりである。

何というか、、、確かなものとの接続であった、と思う。



今夜は出てきた写真をしみじみ見ながらワインでも呑んで過ごしたい。


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ジャック・アンリ・ラルティーグ

lartigue.jpg

日中、ポカポカ陽気であったため、ベランダのいちごプランターの前で、思い切り寛いで本を見たいと思った。
文字を追うと、すぐにちょっとした単語に過剰反応して興奮し、落ち着いていられないのでドゥルーズとかは、やめる。
ロラン・バルトもダメ。モーリス・ブランショは多分眠る。ここで寝るのは危険である。

ということで、写真集を眺めることにした。
取り敢えず持ってきたのは、マン・レイアルフレッド・スティーグリッツロバート・フランク、ウォーカー・エバンス、アンセル・アダムス、ジャック・アンリ・ラルティーグ。
その他、リチャード・アヴェドンとか、アンリ・カルティエ・ブレッソン、ダイアン・アーバス、そしてウジェーヌ・アッジェなどなど、、、大物が控えているのだが大判で重た過ぎるので、無理である。膝に置くと痛い。

選ぶまでもなく、ジャック・アンリ・ラルティーグにした。
書庫から運ぶ時点で決めていた。
思いっきりボケっとできる。

久々に見るラルティーグ。
純粋に、面白い。

大写真家アンリ・カルティエ・ブレッソンとはかなり違う(笑。
勿論、ジャック・アンリ・ラルティーグにも「決定的瞬間」写真は数多い。
というか、それ狙いの写真ばかりが目立つ。
だが、ブレッソンに比べると、ギャグみたいな光景だ。
本人もそんなつもりで撮っているに違いない。
やはりアンリ・ルソーを想わせる。
だが、ルソーは素朴ではあるが、結構技法的な工夫を見出して描いているのだ。
ラルティーグは興味と好奇心に満ちているが、探求は感じられない。
少なくとも芸術家の苦悩など、どこ吹く風だ。
面白いシーンを切り取りたい、童心に近い「一心」が窺える。

単に”アンリ”つながりの連想をしてしまった(笑。
しかし、ルソーと比べると面白い。
彼には実にルソー的な、スポーツ写真がいくつもある。
ルソーの絵の下写真に思えるほどのものだ。
だが、ルソーはかなりの時間と試行錯誤を経てその絵を完成させる。
それは勿論、「絵」という形式であるための制作方法的な要請としてでもあるが、それだけではない。
構成・構図・技法などを考え、構想して制作している。(所謂素人絵描きのボンボワ達の素朴派とは、一線を画する。しかし紙一重的な部分が無いとはこれまた言い切れない、、、)。
ラルティーグは、動くものを見据えて、ここぞという時の運動神経勝負である。
釣りのようなものか?
構成的な静物・風景・肖像写真家の要素はない。
マン・レイなどのカメラレスの熟考された芸術写真からは、程遠い。

しかし、ではプロの大作家の写真で、これ程軽妙洒脱な楽しい絵を撮れる人がどれだけいるか?
と思うと、多くは重厚で壮麗な方向に洗練を重ねて向かって行ってしまう傾向が強い。
そう、重くなり、それに従い、ノイズも無くなる。

ラルティーグは、重力を自我で調整しない。
それを強靭なディレッタント精神で許さない。
微細な存在-有り様を全てそのまま、活かす(解放する)。
単に細かいことは、気にしないのかもしれないが。
しかし大雑把な性格で撮れる写真ではないのは明白だ。

この際、作家はひとまず置き。
作品は、必然的に(物理的に)色褪せるが、この写真のイデアは瑞々しさを失わないことが判る。
いや、はっきりイデアの存在する何かであると言えよう。
今これ以上語る準備は、脱力中のわたしにはないのだが、、、
ずっと、多くの脳裏に残る写真であることは、間違いない。

そしてやはり、作家が気になる作品群である。
彼ラルティーグにとって、世界はおもちゃ箱をひっくり返したような愉しさに満ちたものだったと想われる。
そんな世界とは、恐らく微細で多様で異質なモノ全てを面白がり愛する精神を前提とするはずだ。
そしてその強度を保ち、畢生ディレッタントで押し通せることは、超人(ニーチェの)に近いと言ってもよい。


アッジェも後で、ゆっくり楽しみたくなった。
写真集は、見始めると面白い。
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