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長女の作品展受賞式

moa001.jpg

長女の作品展受賞式に出る。
昨年も一昨年も人数制限などの理由でわたしは参加出来なかったため、今日は出る事は決めていた。
事前に知らせておけば主席に問題ない式である。しかも歩いて行ける距離なのだ。
滅多にないことで、出ないわけはない。

何故か受付より1時間半早く会場に行き、入選、入賞した全作品を見て回る。
わたしはギリギリで良いと思ったが、余裕を持って行ったため(家族に無理矢理連れてこられ)あちこち見て回れたのは、それはそれで良かった。

かなりダイナミックな作品があり、楽しめたものだ。
子供の作品は面白い。
制約がないほど面白い。
学年が上がる程、型が見えて来て上手い割に面白味は失せる。
だが全体に、やんちゃで無鉄砲な絵が多い。
元気になる。
癒される。
解放される。
こちらも無邪気に遠慮なく笑える。

今、わたしに最も必要なのは、笑いではないか、ということに気づく。
久し振りに笑った。
何と言うか、一瞬でも柵から解かれ自由を実感する。無となる。
これは大切な事だ。
これから一日に一度は笑えるようにする。
これは気づきかも知れなかった(爆。
絵を観てこんなことを思ったのは、恐らく初めてだ。
(大画家の崇高な思想に圧し潰されそうになることはよくあることだが)。

審査員の先生に会場で出遭い、どの絵か聞かれ(長女が)指さすと、構図をしきりに褒められた。
「こんな構図は初めてだ」こう言われて嬉しくないはずはない。
わたしの指南だ(爆。
娘も描いている時はどうかな、という顔でいたが今は納得しているようだった。
(忽然と蝶やヤギが現れるところについても)。

その後、時間が空いてダラダラ、ボンヤリ過ごす。
こういう時間が体にとって危ない。
些かコーラを飲み過ぎた。

だがその後の式は長い。あまりに長い。噺が長いのだ。しかも似たような内容が。
特に次から次に来る来賓挨拶はキツイ。その後の審査員挨拶も同様だが。
「本当に皆さんの作品には感動しました」確かに謂わないわけにもいくまいが、、、その後もほぼ同様の運び。
欠伸をしたら涙が出てきた。
これが学校のかつての朝会なら、バッタバッタと倒れる生徒続出であろう。
ああ、あの光景、懐かしい、、、。
(一時間目のはじめに額から血を流している女子がいたっけ。鼻も真っ赤だったような)。


ボロカメラを一つ下げていったが、ちゃんと保護者が写真を撮る為のスペースが設けてあって、皆物々しい一眼レフで撮影していた。夫婦そろってビデオと高級カメラでバシバシやっているのを見ると執念を感じる。
これには参った。
こちらは手ぶらで行くつもりが、出るときについでに昔のコンパクトカメラを首にぶら下げて来たものだ。
取り敢えず撮れたが、その前に撮ったスナップの方がずっと良かった。
賞状を貰う時の写真はやはり退屈だ。式全般、そういうものだ。


ともかく、いつも残念なのは作品が戻らないことだ。
高解像度のコピーが賞状と一緒に貰える場合もあるが、ほとんどが冊子や画集に小さく印刷が載る程度。
やはり額に入れて飾りたいので、コピーが欲しい。
これさえ貰えれば嬉しいものだが、、、。

でも作品は返してくれても良いのではと思う。
(ずっと保管管理など出来るとも思えない。その後どうするのだろう)。


最後に集合写真を撮って、帰り際にシクラメンの鉢植えを頂いた。
(色鉛筆セットとかサインペンセットにスケッチブックとかいう、よくある副賞はなかった)。
シクラメンは上品なピンクで、一度は絵に描かせたい。
冬はシクラメン、クリスマスローズ、冬咲きクレマチス、ジュリアン、パンジー、ノースポールなど家にあるだけでも描ける花は多い。


さて来年はどう狙うか。





次女の作品展示会

moon005.jpg

明日が搬出日で今日しかないため、肌寒い中、次女の作品展示を観に行く。
昨年の長女の時と同じ展示会場になった(今年は長女は違うコンクールに出品している)。
電車に乗りながら知ったが、作品はWebからダウンロード印刷が出来るようであった。
展示会場の風景も見渡せる。
別にわざわざ行かなくてもと思ったが、実際に行って雰囲気を感じるのも良いし、昨年の長女のときみたいにみんなで作品の周りで写真を撮るのも悪くはない(実はそれが目的で行くのだ(笑)。
出した作品は戻ってこないため、やはり一度は現物にお別れをしておくべきだろうし。
作るという時間の思いがしっかり畳み込まれているのだ。それは大切にしたいではないか。


次女の作品は長女のものより、柔らかい印象派である。
ふたりには、描く前に印象派の色使いが分かる絵を幾つか軽く見せておいた、、、モネ、シスレー、ピサロ、、、など。
基本、筆で塗るのではなく、色を置くようにさせたかった。ほっておくとペンキ屋さんみたいに塗っている。
色を混ぜ過ぎず、彩度・輝度の保たれた色を短い筆致により構成する快感を体験させたい。
ともかく違うパタンも覚えさせたいのだ。筆使いは特に大事だし意識させたい。
ゴッホは筆使いの発明家であった、、、。

次女は体質もあろうが、淡い色彩の使い方とタッチは、モネがアルジャントゥイユの草原の光景を描いた、何という題だか忘れたが、あの雰囲気に似ている。ちょっと盛りすぎだが(笑。
常に長女の方が良い賞につくのだが、次女の作品の方がいつも絵画的なのだ。
わたしは次女の作品の全体に醸す雰囲気が好きだ。ただいま一つインパクトに乏しい。
今回の絵の題(題材)は「夕日を眺める母娘」である、、、(展示会ではちょっと題名が違っていたのだが)。
ちょっと絵本の挿絵にもなりそうな絵であった。

長女の作品の方が一言でいえば子供の勢いで押すタイプである。
彼女のスタイルをより推し進め、攻めの絵を描かせてみた(笑。
今回はかなり彩度の高い色を短い筆致で並置させ、色彩に鮮烈さを持たせた。
構図上では、思い切り人物を前後に配置させその大小で奥行きというものを意識させた。
特に画面を大きく占有する中心人物はその体勢~動作から特に前後への動勢を印象付かせ、斜め後ろに位置する人物はすれ違い逆方向に遠のく速度により空間の奥行をさらに深める。
勿論描いたのは全て長女だが、わたしが事前レクチャーを入れた。というよりプロデューサー的立場か(爆。
(少し描けるようになって、絵が説明的で平面的~並置的になっている。生き生きさせるため搔き乱すことにした)。
画題は何であったか忘れたが、「ターザンロープをする少女」には違いない(笑。


次女は実は昨日からかなりの鼻風邪になってしまいグロッキーなのだ。
彼女だけでなく、家族みんながなんとなくだるい(風邪がようやく治りかけた長女とか、わたしも風邪気味)。
写真をみんなで撮ってから、確かにみんなテンション低いので(爆、、、軽食をとり早めに帰ることに、、、。
(ちょっと勿体ない気もするが、、、横浜までは日頃なかなか来ないし)。
長女の時は観た後、しこたま道草して遊んで帰ったが、今日は体調の関係ですぐに帰路に就く。


長女の作品の授賞式は来週だ。
多少寒くても晴れだと良いが。
体感温度がかなり違う。

blue sky




ジョルジュ・ルオー

Georges Rouault001

Nichibiでルオーの特集があった。
マティスとルオー」という形で以前、姉妹ブログ"Low"に書いてはいたが、ルオー独りは書いていない。
(ちなみに、マチスもルオーもギュスターブ・モローの愛弟子である)。

ルオーについて何をか書くとすれば「聖顔」が目に浮かぶ。
番組でもこれに時間が割かれていたと思う。
ルオーの「聖顔」(生涯に60点を数える)を見ると、確かに「ことばを超えるもの」が迫る。
この真正面からとらえた顔はゆるぎない存在感をもち、同時に非常に強いメッセージである。


20世紀最大の宗教画家と言われ、 バチカンからも勲章を授与されたルオーであるが(今や法王の授与する十字架のペンダントにも彼の描いた聖顔がプリントされている)、教会などには足を運ばなかったという。
それはよくわかる。そうだろう。
彼は、師ギュスターブ・モローの死後、自分~自らの芸術を見失い、宗教画の存在意義から問い直すことをした。
世はまさに印象派の台頭によって刹那的な光の煌めきに満ちており、それはまた享楽的な生を高らかに肯定する側面は強かった。
ルオーは学校(エコール・デ・ボザール)も辞めて彷徨い、修道院に籠り、暫く絵も描かなかったという。
そこでなんとあの「大伽藍」(「さかしま」や「彼方」より寧ろ「大伽藍」であろう)のユイスマンスに出逢う。
彼の影響を受けたのなら、外部ではなく、徹底して内界を凝視する目を磨いたかも知れない。きっとフラ・アンジェリコの例など噺も出たはず。
(それにしてもモロー~ユイスマンスとは、濃い~孤高の師匠をもったものだ。羨ましいが)。
彼は芸術的美が宗教心を真に沸々と蘇らせるものであるという確信を得るに至る。
絵を描くこと自体が信仰であり、自分にとってすべきことはそれだけだ。

吹っ切れて、市井に出るが、一個の存在として社会に対峙した際に出逢ったのが「ピエロ」であった。
以前のように物々しい宗教画や歴史画ではなく、「ピエロ」という存在を見出し描き始める。
それは「わたしであり、われわれすべての姿であった、、、」

Georges Rouault004

実際に見たピエロを何枚も描いてゆくうちに純化され、それはイエスにまで行き着いたものか。
いや、彼らの内にイエスが染み出るように現れて来たのだ。
モローの「出現」みたいに。
実際、聖痕の写真に衝撃を受けたりもしている。
この間、第一次大戦も勃発し、それを題材化した”misère”などの銅版画連作も制作している。
崇高な痛みが深化したと想われる。
その結果としての「聖顔」であろう。

しかし改めて見ると尋常ではない「顔」である。
この強度~差異は圧倒する。
目力が凄いなんていうレベルではない。
そしてキリストの神聖な威厳は勿論だが、わたしは「サラ」や「ヴェロニカ」の荘厳な美しさに殊の外惹かれる。
よく見るほどに、これほど純粋に美しい女性の顔を見たことがないのに気づく。
本当に限りない美しさである。

Georges Rouault003

厚塗りだ(化粧ではない(爆)。笑ってる場合ではない。
この色の付け方はモローに似ている。
ここまで物質的・本質的なレベルで師モローの技法が息づいているのには驚愕する。
それは厚塗りによる輝き。
ゴッホ、バルテュス、モンドリアンも相当な厚塗りでそれぞれ輝き方も異なるが、ルオーの輝きも独自である。
自身の教会と化したアトリエで、ひたすら塗る~スクレーパーで削るを繰り返す。
この塗る、削るの反復が、祈りであり神との対話であった。
混じり気のない信仰への到達であろう。
この「聖顔」の強度はこうして生み出される。

しかしこの異様な彩度~輝度は、彼が少年の頃憧れたというステンドグラス~イコンの神聖な光そのものであったかも知れない。
幼少年期の経験~記憶の重要さを再認識するところでもある。

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田中一村

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Nichibiで引き続き面白い絵を観たので、その感想など、、、。
(このパタンが癖になりそう(笑)。
田中一村 日本画家(1908年 - 1977年)


この田中一村という画家は「南画」を幼いころから描き始め8歳の時にはその技量から神童と呼ばれたという。
やがて芸大に優秀な成績で入学するも、自分の得意とする「南画」を描く場はそこにはなかった。
(つまり意気揚々と大学に入ったは良いが居場所がなかったようだ)。
それで2か月で大学を辞め、以降自分独自の絵を独りで探求し続ける。
枠に収まらないスケールの絵はこうして生まれたのか、、、。

南画に決別して独自の道を歩みつつ「白い花」から自らの新たな作風を確立し、安定した形でその後も変遷を重ねてゆく。
この絵が青龍社展に入選したことで、恐らく波に乗ったのだ。
彼ならではの個性を放つ作品が生まれてゆく。

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日本画家であり「花鳥画」を描いているのだが、わたしは最初見たとき、日本画とは気づかなかった。
大変グラフィカルで独自の様式美をもったアクリル画のようにも思えた。
とても鋭い観察の行き届いた精緻な絵であり、実際、アクリルでこそ描ける絵とも思う。
細部への拘りも凄い追及がなされているが、絵全体の構成に圧倒され魅了される。
南国の光と生がテーマであることも合わせて、、、そう眩い光のせいで大きな葉の影の面が真っ黒なのだ。
花鳥画で真っ黒の葉は初めて見た。本土の日本画ではない。
とても好きなタイプの絵だ。そう気に入ってしまう絵なのだ。

確認すると確かに墨の濃淡で饒舌に空間が描かれている。
しかし構図が大変モダンで色彩使いも大胆な為、普通に思い描く「花鳥画」の範疇にはない。
言い換えれば日本画の平面性と装飾性が極限的に生かされている。

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こんな絵に行き着くには、やはり場所が肝心である。
題材は風景~花鳥なのだ。出来れば手付かずの自然。
魚の絵も素晴らしい。やはり漁場も大事だ。
何より、場所なのである。
彼は創作意欲に燃え、南下する。

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紀州、四国、九州、、、へと。
当時、日本はゴーギャン旋風が吹き荒れていたようで、北に行こうという向きはなかったらしい。
わたしも南は賛成だ。
あ~憧れの南仏、、、アルル、、、。タヒチまでは、、、ちょっと。

彼は千葉から全てを投げうって、ついに奄美大島に50歳になってから移り住む。
集大成と言えるものをここで思う存分制作しようということである。
神童から孤高の画家への道程であった。
風景画(花鳥画)の中の鳥が実に凛としている。
(よく絵のなかの動物に画家は自画像を忍ばせるという)。

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そういう決意、どこでするかだ。
毛遅れにならないうちに、体力と知力の残っているうちに決断しなければならない。
出来れば、南に、、、。
わたしも南に行きたい。
何故なら、寒いところが苦手だからだ。
寒さと辛さは避けたい。


南国で美味しいフルーツを腹一杯食べながら人生の集大成をしたい、、、
と、この番組を観て思った、、、。


小原 古邨

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小原 古邨とは、明治時代の日本画家、浮世絵師、版画家である。
これも録画してあった「日曜美術館」で観た。
最近、NHKの回し者みたいである。
決してそうではない(爆。


元は小原 古邨は1作単位で描く日本画家であったが、パリ万博の時期に丁度フェノロサに見出され、欧米に輸出する絵の制作を頼まれたという。超絶技巧の優れた芸術である上に、日本画ブームにも乗り、大変な注目と注文も殺到したようだ。
(日本画の極めてシンプルな題材である「花鳥」による自然に対する繊細な感性が欧米の人々に求められていた)。
制作が当然追いつかない。そこで木版画~所謂、多色摺り木版画錦絵によって対応することとなる。
ここではフェノロサが一枚噛んでいるが、どのような形で木版画生産の流れとなったのか。

それはともかく、とても瑞々しく透明感あふれる精緻な技巧に支えられた浮世絵である。
アイデアもセンスも抜きん出ており、絵の中に時間を描き込む手法も洗練されている(この点はマグリッドを凌ぐかも)。
特に「蓮に雀」という、葉に舞い降りた雀の重さで葉の上に溜まった水が滴り落ちる瞬間を捉えるところは凄い。
(今なら)そういう写真を写真専門誌等で観ることは出来るかの知れないが)。
彼は師匠から「対象よりも本物らしく描け」と指導されたそうだが、自然~生き物をそれ以上に美しく描くことに成功している。
確かに実物の雀よりそれらしいものとして極めて精緻に描きあげられている。まるでイデアに遡るかのように、、、。

そして当番組を見て、強烈に悟ったのは、版画制作そのものは、絵師と彫師と摺師との共同作業であること、である。
絵師の世界~思想を彫師と摺師がどれほど深く理解しているかで、「作品」が決まる。
当たり前なことかも知れぬが、実際に「原画」~版下絵の解釈によって摺り方が変わり、作品が違うものになるのを目の当たりにすると、つくづく彫師と摺師の「原画」の把握~受け止め方の重大さが分かる。
小原 古邨の版木が老舗の版元で見つかり、それを現代の摺師が、試行錯誤して刷り上げる様には惹き込まれた。
(21の版木に、30色の墨で繊細に摺って行く)。

koson002.jpg(解釈の異なるパタンもある(笑)

枝に泊まるフクロウの下に三日月が見える。
この月が空間に出ているのか、下の水面に反映しているのかで、絵の世界が大きく変わる。
この摺師は水面に映る月と受け取る。わたしもそう思う。
すると摺りの技法が大きく変わる。異なるぼかし技術を採用するのだ。
「あてなしぼかし」というそうだ。クリアな夜空に浮かぶ煌々とした光を放つ月とは異なる水面に滲んで光る月に見事になっている。
これには痺れる。

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そしてもうひとつ、小原 古邨の版画に使われた技法である。
「正面摺り」これは輪郭が馬簾で擦ることで光沢が出る事を利用し、烏の羽の部分などに艶模様となって摺りあがる。
これにより、光が当たれば特に羽のリアルな質感が浮かび出るものだ。
「きめ出し」(何か相撲の決め手みたいだが)、積もった雪の質感を出すために、和紙に凹凸を作り、やはり光の当たり具合で白い雪に陰影が生じる。重さや雪の質感が絶妙に表れるものだ。
驚いたのは、まるで3D効果みたいに蝉の羽が震えるように煌く効果である。「雲母摺り」という雲母の粉を混ぜて摺る技法だそうだ。
しかもこの時期となると合成顔料が輸入される。
より鮮やかな色彩表現も可能となった。
そのユリの花弁の瑞々しい鮮やかさは、それまで見られない色である。

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これまでわたしは単純に、絵師がもっとも上に立ってイニシアチブを握る者と想像していたのだが、、、その卓越した芸術性を支える創造者として当然だと思っていたのだが、、、実は版元の企画がまず先行し、絵師,彫師,摺師はそれを実現させるために動員される技術者という位置づけであったようだ。つまり商業資本~プロデューサーとしての版元であって、その下に絵師,彫師,摺師が配置されるのが一般的構図であったようだ。
まるで、映画産業の世界みたいだと思った。
とは言え、いくらテーマが出され、制約が課せられようと、その枠内で如何に創造豊かな逸品を作り上げるかは、絵師の原画~版下絵次第であろう。そしてそれを具体化する高度な技術(と技法)を持つ彫師と摺師の存在によるであろう。


しかしこれだけの版画がある会社の倉庫にずっと眠っており、300点が最近偶然、日の目を見たというのには、驚く。
彼の版画は海外に多く渡っており、向こうでは画集が幾つも出ている人気作家であるそうだが、、、。
わたしは、この番組で初めてこの画家を知った。

今は手袋とマスクで絵を扱うが、その当時の人はこれらの絵~版画を、たなごころで観ていたのだ。
丁度それにピッタリのサイズでもある。
贅沢ではないか、、、。



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いわさき ちひろ

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NHKの日曜美術館で「“夢のようなあまさ” をこえて」と言う、”いわさきちひろ”の特集を観た。
(実は大分前の録画なのだが、直ぐに観ることをしなかった。触手が動かなかったせいだ)。

彼女は自分の絵を評して「わたしの描く子供には夢のようなあまさがただようのです」と言っている。
30年で9000点の絵を描く。
黒柳徹子さんが”ちひろ美術館”の館長であることも知った。
読んだことはないが、「窓際のとっとちゃん」という本の表紙もちひろの絵であったようだ。
その絵と本のイメージがピッタリ合っていて、それを壊したくない為に映画・ミュージカル化の誘いを全て断って来たという。
黒柳さんにとって余程大事な絵であり絵描きなのだと痛感する。


番組では、世間的によく知られる”絵本、挿絵画家”としてではなく、独立した絵を描く画家としてのいわさきちひろを強調していた。
絵本にあってもストーリーとはまた異なる時間を味わえる絵の技法世界がクローズアップされている。

まず、「描かないで、感じさせる」(ちば てつや)彼女ならではの作風。
確かに余白は彼女の絵の特徴であるが、よく見るとかなり過激な余白であることに気づく。
相当な意志(造形的で思想的な意思)で作らないと出来ない余白だ。
その余白が、子供~母子の心情や周囲の雰囲気、季節の光を雄弁に語っている。
そして存在の孤独や不安も、、、。

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番組では彼女の変貌も紹介されている。
丸木俊(原爆の絵を描き続けた画家)に影響を受け、力強い労働者の鉛筆デッサンを描いていたことも知った。
これは黒柳館長の件よりも有益な情報であった(これだけでも見た甲斐がある)。
少女期に影響を受けたものに「コドモノクニ」という雑誌があり、その定型的な子供の姿が少なからず彼女の絵の元型を成していることも確認できた。
本格的に画家を目指し、油彩画、墨を活かした技法、パステル画、、、そして水彩と画材を広げてゆく。
彼女は画材を挑戦的に使った。
確かに使う画材によって描き方は制限を受ける。
それを自分の絵に創造的に活かす。
この方向性であろう。

しかし描く主題は一貫していた。この母子関係とそこから取り出された子供だけの絵。
人の一生に深く作用する愛着関係が昨今問題視されているが、ここで描かれる母子に関しては子供は母に全幅の信頼を寄せている事が分かる。
「スイカの種」(ちばてつや)のような目が満ち足りた表情を雄弁に語る。
しかし晩年の絵には、しっかり瞳が描き分けられている(通常の眼である)。


「薄い絵だ」という指摘には、ハッとさせられた。
決して平面的なのではない。
滲み、暈しによって生成される僅かな振幅を捉えた薄い空間。
稲垣足穂の「薄い街」というのを、読んでずっと気になっていた世界だ。
とてもアーティフィシャルで物理的でもある。
水彩、パステルと水を浸した筆でのみ可能となる煌めく時間をたたえている。
(これは油彩では難しい。構築的になり辻褄合わせとなって煩い絵になるはず)。
つまり、絵本であってもそのストーリーとはまた異なる揺らめきの世界が流れるのだ。
深みのある絵本となろう、、、。

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最後のふたりの子供のいる海の絵には驚愕した。
マックス・エルンストたちのシュルレアリスムの画家は偶然出来た形から現実の何かの形を発見し取り出すことで作品化するが、彼女は自らの技によって技法の偶然性をコントロールして絵の主題に饒舌に嵌め込む。
とても豊かなイメージで海の表情を創り出すのだが、それを意識的に筆などで描けるかと言えばまず無理である。
しかし確かに偶然に生じる滲み技法を海なら海以外の何ものでもない形体に生成・昇華している。

いわさきちひろのそれは、彼女独自の技である。
偶然を操るのだ。
ジョン・ケージのいうチャンスオ・ペレーションでもある。
この点においては、彼女の右に出る者はいないかも、、、。
更にそれに加えて、晩年の横を向いた、こちらからそのこころを凝視せざるを得ない子どもの顔。
ベトナム戦争を題材に描いた絵本の子供のこちらから瞳を逸らせた力強い目。
わたしたちが思わず覗き込むしかない意志を秘めたその目。

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ここに到達点~神髄があるのかも知れない。
“夢のようなあまさ” を超えて、確かな強度(差異)をもつ絵となっていた。


遠藤彰子

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遠藤彰子は日本の油絵画家の中ではもっとも好きな画家のひとりである。
はじめて教科書で観てからずっと彼女の絵のファンである。
あのキリコの輪回しをする少女を彷彿させる不安で気にかかる絵であった、、、。

先日のNHK「日曜美術館」で久しぶりに作品にまた邂逅したので、感想だけでも記しておきたい。
テーマとしては、「大きな絵」である。

自宅が見れて良かった。緑に包まれている。実はうちも緑に侵食されていたのだが、今日日中を使いその70%を剪定してしまった、、、。そうしてみると、遠藤氏宅がやたらと羨ましく思えたものだ。
アトリエも見れたし、階段に並ぶ小物が確かにアンティークショップを思わせた。
そして500号の絵が何枚も格納された倉庫も見ることが出来た。
脚立と謂い、この絵の釣り上げシステムと謂い、巨大画を描く画家のアトリエはテクノロジーも見合ったものが必要である。



家の前のアスファルトに蝋石で何処までもいつまでも絵を描く少女。
それが後の遠藤彰子となる。
誰もこんな風な幼少時の逸話(武勇伝)はもっているはず。


50年間毎日絵を描く。
30年前から大作にも着手する。
イメージの連鎖の作る世界。
相模原市に移り住み、それからは毎年、500号を超える大作を制作している。
これは一枚のキャンバスでは収まらない。

動物と人間の楽園をそこに見たという。
{楽園シリーズ}
このシリーズ画は、はじめて見た。
1970年代以降の作品である。
毎日のように森に通って制作した作品というが、林はあっても森は無いと思うが、、。
太った豚が子連れで歩いていたというが、その時点から彼女は幻想の世界に浸っていたかも知れない。
(いくら何でも豚が放し飼いはない。イノシシでもあるまいに。わたしは何故か相模原にはとても詳しいのだ(笑)。
まずはこの作品、ファンタジーとして見ることの出来るものだ。
アンリ・ルソーを賑やかにしたような、、、。ボスの絵にも繋がるものはある。

郷愁~イマジネーション喚起力の魅力。
人~植物~動物が等価。
大画面の初期は大きさの自在さはあっても、まだ平面的で装飾的な空間であった。
全ての物体が人間的ヒエラルキーから解かれ、自在に配置され、子供時代の囚われない物象世界を想わせる作品が見られる。
とても愉しい。作者の気持ちが伝わるような、、、。

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遠藤氏が現実に深く結びつく絵を描くようになったのは、息子の病気がきっかけであったという。
それは納得できる。深刻な生死観が根底にくるであろう。
「街シリーズ」から明らかに変わって来る。
この辺からわたしも知る絵が現れる。

俯瞰する視座からの迷路のような巨大都市。
人々は思い思いの仕草をしている。
あの輪回しの少女も何処か橋の欄干に持たれているかも知れなかった。

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空に吸い込まれるような構図の巨大建造物。
そして遠近法の消失点が複数ある絵である。
空も複数ある。
空が見つめるのか、人々が見つめるのか。
主体がはっきりしない不安で荘厳な眼差し。
「重力の反転」、、、確かにそうした眩暈を覚えずにはいられない。

今、500号×2のサイズの絵を制作している。
制作風景が見れたのは得した気分になった。
まずは、モノトーンで陰影の配分を見ながらの下地作りから始まる。
習字用の比較的細い筆でずっと書き進める。
番組ではあんなデカい画布にそんな細筆では途方もないという事を謂っていたが、絵の要素が全て小さいのだからあれで描くしかなかろう。

次第に奥行きが極端に深化し、渦巻くようなダイナミックな動勢が生じる。そして、上下左右が定かではなくなる重力からの自由(自在性)もその奥行きと動きの構造に加わる。やがて複数の時空の接合したような歪んだ空間が現出する。
大画面未来派のエッシャーとでも呼びたい絵。

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「大きい絵」を描く意味。
全ての制約から解かれた自由な絵の創作をそこで可能にした。
「重力のコントロールによって」(遠藤彰子)
~自由に動ける~イメージの連鎖・増殖~「自然に色々な場所から何かが出てきちゃう」~生々流転。
まさに、そういうことか、、、改めて確認した。

やはり自由とは重力から解かれることなのだ。
夢や思考には重力がない。


これは大変重要なことだ。


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「図案対象」久保克彦



「図案対象」
若々しく生命力に溢れた幾何学的な図象。
そんな第一印象をもった7メートルを超す、5つのパートに分かれた絵である。
第二次大戦で大学卒業後に動員され中国大陸で戦死した画家、久保克彦の絵(卒業制作)である。


自分の生=絵画制作がはっきりと断絶することを知った時点で、そこから遡行するような形で人は全ての思考・思想・記憶・感情を動員して総括を行おうとするものか。

戦争において、自分という時間流が戦場でふいに断ち切られる。
いや実質的に戦争に動員された時点で、画家という生命は終わっているか。
奇跡的に生きて終戦を迎え、家(アトリエ)にまでたち戻れれば、そこから断絶した人生の再開~制作続行は果たせるだろう。

だが、極限状態において、当人は「終わり」を予知してしまっているのだ。
これが”スワンソング”であると。
TV番組*で「図案対象」を見て分かった。
これは認知し認識した事象全ての見取り図ではないか。
芸大の卒業制作である。
それが最期の作品である。

構図・構成は計算しつくされたストイックな緊張が張り詰めており、カメラが近くによると、ほとんど全ての作図線が残っている。
恐らくそれらも重要な構成要素として敢えて残したのだ。
単に設計図やプロセス~時間性を重層的に残すというより、意味~読みのヒント・ガイドラインとしても。
一見、そのダイナミックさと要素の構成・配置から、フラクタル図形からの無限~永遠、有機物と幾何図形の対比の作る象徴性を内容として強く感じさせるが、実は5つの巨大絵画が全て1:1.618の黄金比よって貫かれていることが分かっている。
これには、驚く。

各画面においても黄金比によって正確に構成されている。
黄金比によってできる長方形をまた区切って正方形が切り出されてゆく。
その完全性の枠の中に、彼が拘る要素がことごとく整然と収まっている。
そして、各画面にある有機物の落とす影で時間を示す。
朝から夕刻までの意識~生きられる時間であろう。
エッシャーとはまた異なるスケールと質を感じる。


これが死を眼前にした者のひとつの「回答」なのだ。
世界との相関関係において実相を描くことを強いられた、とも謂えようか。
巨大な不安と恐怖を抱えつつ。

同期の芸大卒業生で、彼がただ一人の戦死者であったという。
――>同期の東京美術学校工芸科図案部15人のうち、ただ一人の戦死者
    (甥の久保克彦様からのご指摘により訂正。お詫び申し上げます)。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「この絵を描いたからこそ、これから自分が戦争に行くということに向き合えたんじゃないか」と番組で芸大の女子学生が述べていたが、わたしもそうだと思う。
これを描いたことで、死を受け容れる覚悟も出来たのだろう。
(しかし、これは見ようによっては、未完であるとも謂える)。
彼は友への手紙に「自分は一兵卒で死ぬ」と書き送っていたという。


死を受け容れてしまうと、本当にそうなる(引き寄せる)ことにもなるかも知れない。
続きを必ず帰ってから描くと決めていたら、きっとそうなっていたように思う。



上野の芸大美術館で10/2から展示されるという。
季節も良いし、見に行きたい。



*新日曜美術館

モネとは何か

Monet005.jpg


モネの現代的な意味を再確認(再発見か?)する番組(日曜美術館)を、たまたま例によって途中から見たので、それに対して感じた事を幾つかメモしておきたい。
モネについては以前「モネの快楽~快眠」で書いてみた。
(何を書いたかほとんど覚えていないが)。
良い絵を観ると良い音楽を聴きながら寝てしまうように、眠くなる。
あくまでもわたしの場合であるが、他にもそういう人がいるかも知れない。
そんなところで締めたはずだ(笑。

今回、番組で白を主体に雪の絵を描いている女性画家の噺が印象的であった。
ブレ、揺らぎで完結しない図像。
主題から解かれた額縁絵画を超える絵画。
地続きに身体全体で感じる世界。
身体性~無意識で観る絵画。
こんなことが現代絵画の作家(画家、版画家)の対談で語られていた。
モネの現代絵画~藝術にも繋がる意義である。

モネは印象派の画家ではなく現代絵画の先駆者だという位置づけも分かる。
そういってしまえば、宗教(神話)画、歴史画、肖像画(印象派にもあるが位置づけが異なる)などの主題性と象徴性を持つ絵から「印象派」の画家たちの絵に目を転じれば、何か自由に解き放たれる感覚は少なくとも誰もが持つはずである。
印象派の肖像画の主題性は当のモデルより技法自体に置かれる。
実際の噺、対象は人間でも積藁でも同じモノなのだ。
そのモノでどのように光~色彩の移ろい、その時間性を封じ込めることが出来るかの試みとも謂える。

その中でもとりわけ、モネが30年に渡り描き続けた、自宅の庭に水を引いて作った池に浮かぶ「睡蓮」の連作が輝かしい成果の一つになろう。
その水面には睡蓮と共に、微妙な空の光や変幻する彩雲も映り込む。
それらが等価の画像として一瞬の光の色彩として画布に揺らぎ続けるのだ。


確かに印象派から絵画は読まれるもの意味を解かれるもの、から誰もが自由に絵を読むものとなった。
いや読む~意味を見出すのではなく、光と風の揺らぎをおのおので体験するものとなる。
そして、それが極めて現代的な絵画~藝術の先駈けとなっていると謂えよう。

最後に司会者の作家が、モネの絵から、それぞれ後世の画家が、わたしはモネのこの場所、わたしはこの場所というようにして自らの絵画世界を形成していったのだろうと述べていたが、そういうものだと思う。
そのように沢山の人が印象派にインスパイアされて来たはずだが、とりわけモネの「睡蓮」はその巨大な場となったと想える。


Monet006.jpg








クリムト

Gustav Klimt001
「接吻」

何故か、クリムトについて書いていなかったことに気付く、、、。
あの圧倒的な金と装飾性がヒトの生~性の余りの生々しさ(更に対比的な死)を過剰に強調しているかのようで、興味がありながらどこか敬遠して来た感もある。


クリムトには風景画が多い。
最近、気付いた。
しかしよく見るとその風景は恐らく彼の得意とする装飾的で象徴的な物語~構成である。
所謂、「風景」が出現していない時代ではないと思われる。
印象派の目前にはすでに恐るべき「風景」が現出していたではないか、、、。
恐らく彼にとっては風景も女性もあの塊~アマルガム調となったドラマチックな男女(老若男女)の絡む像も、同じ心象風景であったのだと思われる。
彼の内面世界(の投影)に違いない。

今回彼について書いてみようとしたところで、画集を見直して気付いたことである。

そう想うと風景も肖像も構成的物語像も等しく同じ次元の作品に感じられ腑に落ちる。
描き方も基本的に同じである。
金細工職人の息子に生まれ、工芸学校を出て、建築装飾の仕事に就く。
身に付けた(ルーツでもある)金の装飾技術を遺憾なく発揮した極めて構成的で装飾的な作品群。
象徴性に富むというよりそれをいやが上にも引寄せてしまう平面的世界の構築である。
(通常の奥行き・遠近法を締め出しているものが多いぶん、特異な象徴性~文学性は深まる)。


しかしそれはまた反面、通常の物語性を解体する視座の提示でもあったことは重要である。
それまで、主流の絵画で「愛」を語るには神話のフィギュア構成~物語上に描く事が自明であった。
そこからすると、奔放な性の奔流する(エロチシズム)の生々しさと過剰な装飾性(構成と共に金箔の多様な使用)の共存はそこからの衝撃的な逸脱であった。明らかに新たな絵の出現だ。
テーマの捉え方が内容的~意味においても形式的にも、センセーショナルであったと謂える。

金の箔の使い方が、やはり親譲りのものか、反射率の異なる箔の貼り方を駆使しており、人物の衣装に使われる部分は全体に思いっきり輝きが強く、背景の金は反射率の低いくすんだ金箔の地となっている。
日本画(琳派など特に多いか?)の技法も思わせるものである。

Gustav Klimt002
「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 II」

先日、日曜美術館で彼を取り上げていたのだが、そこでも腑に落ちたポイントがあった。
エミーリエ・フレーゲというミューズの存在である。
もっとも、彼には愛人が多く、アトリエには常に二桁のモデルがひしめいていて彼女らとの間に14人の子供がいたことは、この番組で知った。NHKも役に立つ。
その時代の先端を行くミューズが彼に大きな影響を与えていたようだ。
特にエミーリエは、まだ女性の地位と自立が然程認められていない時期に、実業家として活躍していたのである。
そうした(精神的・経済的に)自由な立場の女性との関係は、自らの芸術の解放に拍車をかけるに充分であっただろう。

もう一つ。コルセットで固めた身動きしにくそうな上流の女性のドレスをゆったりした動きの美しさにシフトしたドレスをデザインしたことである(これについては画集にも解説されていたが)。デザイナーとしてだけでなく、その写真も彼が撮ってファッション誌(その始まりらしい)という形に掲載したそうだ。
つまり新時代のファッションリーダーでもあったのだ(エミーリエとともに)。
静的な堅苦しい線のドレスから動きの美しさを狙ったドレスへの変貌は、女性の解放の形体をも意味したであろう。
実際、この時期は、ブルジョア新興勢力の台頭期である。
だから尚更、クリムトのような画家はもてはやされたはず。
美しく先進的で確固たる信念をもった女性にも大モテであった。
良い人生であったはず。恐らく(笑。

彼の着物みたいな不思議な衣服もきっと自らデザインした物だろうと合点した。
(以前からずっと気になっていたちょっと妙な感じの服であるが、確かに着やすそうで自由な感じはする(笑)。
しかし、第一次世界大戦の勃発により、華やかさは息を潜め、至る所に死の蔓延る混とんとした時代となる。
彼の、性~生が性~死に繋がるような晩年の「金」を封印した象徴性の高い絵が生まれてゆく。

Gustav Klimt003
「死と生」

番組で紹介されていた絵はそれぞれクリムトらしさをもっとも表しているものに思えた。
ベストチョイスに感じる。
番組としては皆が自分の趣味に惹き付け感想を述べあう井戸端会議みたいで、それはそれで面白かった。

Gustav Klimt004
「白樺の林」




バーニー・フュークス

Bernie Fuchs001 Norman Rockwell001

バーニー・フュークスにした。ノーマン・ロックウェルではなく。
J・Fケネディの肖像で決めた。
(自分の好みでもある)。
どちらも「アメリカのポートレート」画家(作家)~~アメリカの良心(ジャクソンブラウンがよくそう言われていた意味でも)であると感じるが、同じ対象を描いてもかなり趣が異なる。
*左のケネディがフュークスで右がロックウェル。

Norman Rockwell002 Bernie Fuchs006
基本的な作風の違いはよく現れてはいるが、左はまだフュークスがスポーツ選手を描く前のファッション誌のコテコテのイラストレーションを描いていた時期で、彼の既知の物語性をズラし斬新で本質的なフレーミングを切り取り編集するところまでは至っていない。
*左がロックウェルで右がフュークス。

輪郭においてロックウェルは極めてスタティックであるが、フュークスは、動的なぼかし溶け込みが感じられる。
ロックウェルの精緻で忠実な描写に対しフュークスは必ずその対象の本質的な要素を押さえる機智に富んだ描写が見られる。
それがケネディにおいてはワイシャツである。階級的な象徴となるボタンダウンを彼は着なかったことをその目の覚めるような白いシャツで強調する。常に合衆国そのものとともにあろうとする不屈の使命感を滲ませる。
(ケネディの肖像は、沢山あるがどれもほとんど野心的な若いイケメン大統領の域を出ない)。

ロックウェルの絵は基本的に静的であり、アメリカらしい(アンドリュー・ワイエスで極まるが)写実の系譜と謂えるか。
とても庶民性があり日常の機微とユーモアに満ち、絵本に親和性の高い典型的な絵に思える。

フュークスの絵には、ただそれらしく描いただけ、というものは恐らくひとつもないだろう。
攻めのイラストレーションなのだ。その意味でモダンなのだ。全く古さを感じない。

二人とも商業主義的な広告(CM)などを含むイラストレーターとしての活躍の場が主体であるが、フュークスの与えられたテーマにおける彼独特の場面の選定とそのフレーミングと構図・構成は、どの絵においても彼のスタイルとなっている。
初期のデトロイトでの車のイラストでも、それまで(通常)のイラストでは、人の姿など添え物として端に僅かに描かれる程度であるが(今の広告でもそんなものだ)、彼の絵では、勿論車は卓越したテクニックで魅惑的に中央に描かれているが、寧ろその車と共にいることの楽しさや幸せを、ひとを様々に活き活きと描く事で目一杯表している。ひとをこれ程しっかりと描き込んでいる車の広告は彼のもの以外にあるまい。

Bernie Fuchs002

そしてスポーツである。彼の真骨頂が描かれる。
実はわたしが、このバーニー・フュークスという偉大な画家を知ったきっかけがこの絵である。
Bernie Fuchs005
ケネディの崇高な孤独の姿にも深く胸をうたれたが、この野球選手の画像には、ただ圧倒されるばかりであった。
そして感情的にグッと込み上げるものが、あった。

神聖な威厳すら湛えた肖像である。まだ黒人はメジャーリーグで活躍する場を与えられておらず、野球史に残る名選手(実力者)であったにもかかわらず国民の注目を浴びる機会に恵まれなかった男の姿~生き様を浮きたたせる。
これは彼のその選手に向けた畏敬の念の表出の結果であろうが、技法的に見れば対象を後光の如くに照らす荘厳な光の役割が大きい。フュークスは、ここでも独自の光の表現法を見出している。背景を描き切ったところで、周到にテレピン油で光の場所を拭き取るのだ。これはやり直しは効かない絶妙な技術である。
「消し取り描法」と彼によって命名される手法だ。(まあ、わたしも無意識に絵の具を拭き取り光を作る経験はしてきたが、、、多分そういう人は少なくないと思うが、しかし彼の絵における、この効果には目を見張るばかりだ)。
更にここでもさりげなく、しかしとても肝心なところに彼の人生を支えて来た家族の姿をしっかりと描き込んでいる。
ここが違うのだ。彼の絵には必ずこれがある。探すまでもなく、あるべきところに、あるのだ。

Bernie Fuchs007
モハメド・アリの肖像でもこれを凌ぐものがあるだろうか。
その存在の偉大さをひしひしと感じさせる。
肩書はイラストレーターであるが、これらの肖像の厚みはレンブラントの人物画や自画像群にも引けを取らないと思う。

Bernie Fuchs003
ゴルフ場であるが、メインが何処か一見分からない。
主役であるはずの選手は実に小さく、ギャラリーと見分けがつきにくいくらいに入っている。
そしてフェアウェイがその先の先まで描き込まれ、われわれの視線はいやが上にも丈高い木々へと注がれる。そこに射す光に。
そのゴルフ場の特徴とその下でのプレーを一瞬に物語る。

同様の作品に得意の野球ものがあるが、、、
「グリーン・モンスター」である。
Norman Rockwell009
外野の選手がたった独り守備をしているプレーの最中を切り取った絵である。
この球場はその設置環境の条件から、ホームラン性の玉も跳ね返してしまう、守備も大変な高いネットが聳えていることが何よりの特徴なのだ。
そのやりにくそうな選手の姿に共感してしまう構図が面白い上に絵としてもとても印象に残るものだ。


そしてわたしの一番好きな絵は、彼の絵本にある。
ジョセフィン・ベーカーの少女期を表した愛情をたっぷり感じる物凄く精緻に描かれた贅沢過ぎる絵本である。
これには驚く。ジョセフィン・ベーカーの可愛いこと。ダンスしながら歌う弾ける姿は、特に可愛い。
静かな肖像なら、ルノワールの「イレーヌ・カーン・ダンヴェール」などあるが、この活き活き感は、ちょっとないだろう。

Bernie Fuchs004

彼がまだ差別意識の高い時代に、黒人をこれだけ親密に描いているのは、彼にとっては自然であった。
彼はグレンミラーに憧れ、トランペットにのめり込み頭角を示しており、将来を嘱望されていたという。
普通に黒人とセッションする音楽人生を送っていたが、彼の祖父には内緒であったそうだ。
しかし高校卒業後に努めた工場で利き手の指三本をプレス機で失い、演奏家の夢は断たれる。
そこで第二の夢として絵描きを目指すが、利き手の指が3本無いと絵だってそう容易に描けるものではない。


絵に、やはり彼の人生の全ての時間がこめられていることを実感する。


キリコ

Chirico.jpg

わたしが恐らく初めて観た彼の絵は、教科書に載っていた「通りの神秘と憂愁」だったと思う。
中学生になって観たものだ。
それ以来、キリコはわたしのなかで特別な場所を持つようになる。

5感を越えた現実を捉え見えるものにするのがシュルレアリズムであるなら、まさにそれかも知れない。
何処までも続くアーケード。
張り詰めた濃密な気配だけ漂う空間。
それはまた何か恐ろしい事件の残響。

少女の影だけが浮かび上がる不吉な時間。
いや、凍結した時間か。
真っ白に、思考の終了による事態。

キリコはイタリアの広場に憧れを持っていたという。
ルーツにあるギリシャ古代都市にイタリア広場の接続。
寂莫と不安の支配する空間。
哲学者同士の出逢う場。

どんより曇った空のもとでの何処から照らされるのか強烈に明るい温度を持たぬ光と幾何学的な影。
その不安は更に崩された幾つかの消失点をもつ遠近法により増幅される。

「形而上絵画」が極まったところで、パリではアンドレブルトン、アポリネールらのシュルレアリストたちから絶賛を浴びる。
だが、直ぐにスタイルを変え、彼らの元を去ってしまう。
キリコは古典絵画の技法の習得に向かう。
これはピカソにも例えてよい変貌であろうか。

ティツィアーノを彷彿させる(実際に彼からの影響とされる)官能的豊かさに輝く色彩と活き活きしたタッチの馬や静物が描かれてゆく。
そしてその技法によるマネキンたちの生成。
ここに芳醇な傑作は幾つも生まれている。


晩年となると、自らの初期「形而上絵画」の模倣や要素を入れ替えただけのものや、日付を書き換えただけの作品の量産が起きる。これは世間を大いに戸惑わせる(誹謗中傷を呼び込む)変貌でもあった。
この意味を解説できる美術評論家は未だにいない状況である。
一部、初期作品の評判が上がったためのリクエストに応えたものだなどという噂もあるが、ニーチェに強く影響を受けた画家~小説家である彼の読み込みはまだ十分になされていない。
少なくともウォーホールなどとは、全く別の系に乗る芸術家であろう。


謎をもっとも愛する画家であったが、自身非常に深い謎を秘めた画家であった。
この謎が深くわたしを魅了し続ける。

実は「通りの神秘と憂愁」は、わたしのノスタルジア~原郷の拠点のひとつなのだ、、、。
それが映画となると、まさにタルコフスキーの「ノスタルジア」そのものとなる。

プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
基本的に、日々思うことを綴ってゆきます。悪しからず。
出来ればパソコン画面(PCビュー)でご覧ください。

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