プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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カッシーニ グランドフィナーレⅡ
シチズンフォー  スノーデンの暴露
スノーデン
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英国王のスピーチ
やさしい本泥棒
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レヴェナント: 蘇えりし者
透明な身体性
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ヴィデオドローム2 ~イスラム国 ~アノニマス
見えない重力を描く Ⅱ
美の翳りに寄せて
写真についてーⅡ
午前零時の奇蹟(シュル・レアリスム覚醒の時間)
パーフェクト・デイ ~ルーリード ~ローリー・アンダーソン ~スーザン・ボイル
未来派の画家~ウンベルト・ボッチョーニ
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「ゴールドベルグ変奏曲」 バッハ  ~グールド ~P・オトゥール ~ニーチェ
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最近、来客が増える

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今日は娘の友人でピアノが上手なHさんが来て、家で絵を描く(オマケに成績も良い)。
いつもは、ピアノを娘たちと弾いてからゲームをやって帰るという形なのだが、今日は絵である。
彼女は家で写生(静物画)を以前描いたが、とても上手かったので、今度は夏休みの課題を一緒にやろうということに。
スマホにたくさん海の生物の写真を入れて来た。

何といっても、絵は時間のかかる作業である。
夏はこれがどうにもめんどくさく感じる。特に今日のわたしはグロッキーな状態でこれに臨む。
カンバスならよいが、画用紙だと、やはりこうしようと方向性を変える場合、とても厄介なことになる。
例えアクリルガッシュで描いていたにせよ、描き直しはやりにくい。
紙がごわごわ(よれよれ)になってしまったりする。

Hさんの今回のテーマ「深海の世界」は神秘的で煌びやかでもあったりする。
それをファンタジックに描けば、それは楽しく面白いものだろう。
この点では、充分納得なのだが、問題は幾つもの構成要素をどう配置し空間(水中)の構図をどのような形にするかである。
各要素間の距離や見る側(自ずと生じる視座)からの奥行きとインパクト~ドラマ性そして各要素の生む運動・連動~リズム等。
これらに関しては最初から意識して入って行きたい。

だがわたしのスタート時の話しに今一つインパクトがなかったか、空間のほぼ中間領域に要素が綺麗に配置される形をとっていた。同じ形の要素を並べてリズム・方向性を意識したものはあるが、並ぶ軌道自体の形状や大きさ又は色の変化(グラデーション)は特にみられなかった。べつにそこまでデザインする必要はなかろうと言えばその通りでもあるが、実際にそのような運動・変化は自然界に普通に見られる現象であり、その多様な秩序を取り込んで絵作りした方が楽しいのではないか。
そしてわたしがはじめに例として示した、用意された要素から、小さなもの~クリオネとか、、、をうんと前面に大きく取り上げ、遠く~奥にダイナミックな鮫をうねらせてみるとか、深海の神秘な奥行きと運動に可愛らしいインパクトなども画策してみては、と持ち掛けていたのだが、構図上の動的な深み~奥行き感があまり意識になかったみたいであった。これはあくまでもひとつの演出に過ぎず、そうする必然性はないのだが、同じくらいの大きさのものが、ほとんど同地点に並列していても図鑑のような静かな雰囲気しか生じまい。

結局明日もう一枚、描いてみようね、ということになる。折角だし、少しでも攻めたものを彼女には描いて欲しい。
家の娘もお世話になっていることだし。
わたしも最初からサポートを意識したい。
(最近、どうも人に教えていない為、勘が落ちている)。
だが家の娘たちに至っては、すでに描き始めていた「浅間山噴火後の鬼押し出し」と「白糸の滝にて」を仕上げるところであったが、だらだらしていてなかなか制作に乗ってこない。
折角、わざわざ友達が絵を描きに来てくれているのに、わたしに安易に頼ってきて、集中もしないのだ。
これでは友達に失礼である。
ちょっとわたしも気分を害した。
だが、どうにも乗ってこない為、わたしがこんな動きもあると言って上から手を入れてみると、、、
そこから、絵を崩しながらも上塗りつつ絵を再び作り始めた。
壊したと言った方がよい代物だが、取り敢えずもう描けないというところまで行ったので、良しとした。
(今年は入賞は無理かなと思う。せめて入選だけでも、、、)。

友だちが帰ってから、ふたりはソルフェージュの教室に行く。
わたしがいつも通り送り迎えをする。
どうもシンドイ。

今日はどっと疲れた、、、。
すると日も暮れたころになって妻の友人が幼い子供連れでやって来るのだ。しかも泊りがけである。急にである、、、。
先日、S君、O君ファミリーに提供したのと同程度の料理が気前よく出て来た。
準備は極秘に進められていたらしい。
わたしは夏バテ気味であった為、かなり食べてしまった(抑制が効かない(笑)。
しかしその時、流れでついワインも飲んでしまったことで、何を書いているのか今一つ定かでない現状なのだ(爆。
ついでだが、幼稚園年中組のその男の子は、ずっと眼を据えてスマホのゲームをし続けていた。
見ているだけで凄く眠くなってしまう。
目つきが印象に残る幼児であった。


昨夜、色々なモノの整理で夜中の3時過ぎまで起きてゴソゴソしていたことが祟ったみたいである。
夏は特に睡眠には気を付けたいものだ、、、。



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かこさとし 最期のメッセージ

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わたしの敬愛する絵本作家、かこさとしの最晩年の姿が窺える貴重な番組を観た。
92歳で亡くなられたというが、最後まで大作に取り組んでいたことを知った。
腰を痛め長く椅子に座ることが出来ず、緑内障もありほとんど視界も覚束なかったようだ。
創作机は自作だという。天板自体が光り、トレースをしやすい仕様となっていた。
とっても短くなった鉛筆が整然と並び、パレットは使わなくなった子供用のディッシュがいつの間にかそれになっていたそうである。
素敵な書斎でもあった(わたしはひとの書斎を見るのが大好きなのだ)。

「日美」で観た。何か書いておきたいと感じた。
彼は戦時中、軍人になろうとしたが近視の為なれず、科学の研究でお国に貢献しようと決める。
東大に入学するもその年に終戦となり、周囲が何の反省も総括もせず民主主義者にあっさり鞍替えしてしまったことに驚く。
自分は償いをしなければならぬと考えた結果、自ら物事をしっかり判断できるような子供たちを育てようと決心する。
工学博士として研究所勤務の傍ら、「東大セツルメント」を立ち上げボランティア活動として子供たちに自作の紙芝居を作って見せるようになる。大変盛況であったようだ。
それも頷ける。発想や着眼点やストーリーも良いと思うが、それを具体化する「絵」が優れている。
余り数は紹介はされていなかったが、ものによってはモンマルトルのロートレックを想わせる構図・構成も見られた。

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子供には誤魔化しは効かず、ディテールで手を抜くとついて来ないという。確かにそう思う。
そして内容的にも、彼らが自ら必要~面白いと感じたこと以外には乗ってこないことを思い知らされる。
つまらなければ、彼らはザリガニやトンボを捕りに何処かへ行ってしまうのだ(笑。
彼はザリガニやトンボより面白いものを作ることに挑戦した。
即興で歌も飛び出した。

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幼児教育の本よりも実際の子供の活動から得ることの方がずっと大きかったという。
絵本も書き始めるが、ヒットの糸口は、子供の遊びから発想を得たことであった。
子供が蟻の動きを見て名前を付けたりして楽しんでいるのを見て、蟻を主体にストーリーをつけた。
紙芝居から絵本にシフトして、本業の知識を活かし「科学本」も本格的に制作を始める。
わたしが好きなのはこれだ!
蛇腹の本も作る。確かにページをめくるばかりが本ではない。そのままの面に続く~展開するほうが納得できる世界もある。
絵の世界も単なる平面を超えて半ばファンシーグッズみたいな形態にもなったものもある。
内容と形式は切っても切り離せない。
毎日ワクワクする楽しい仕事を進めていたことが良く分かった。

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こういうのをまさにライフワークと言うのだろう。
うちにも「宇宙」と「海」がある。
少ないか、、、。
これと「宇宙・不思議ないれもの」佐治晴夫の文と三嶋典東の絵による本も合わせて見ていた。
とても立体的に俯瞰しつつディテールまで見渡せた。


かこさとしは一望するモノを作りたいのだ。
そして何でもかんでも平等に並列させる。
全てを呑み込もうとする。
そう、身近なところからスッと入って行けるが、その先どこまでも、時空の果てまで見届けようとする。
きっとあの終戦時、19歳の彼がそう決めたのだ。
壮大で空前絶後の未完のままの最後の作品、、、
地球の進化を一望する大作。
「宇宙進化地球生命変遷放散総合図譜」
福岡伸一氏(分子生物学者だがフェルメールの研究家)が解説に来ていたのも面白かった。
これは誰かが完成させなければならない。

松岡正剛さんあたりがやってくれるか。



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村山槐多

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久しぶりに「日美」(NHKのTV)を見て、わたしは22歳で夭逝した村山槐多という画家をはじめて知った。
1896年〈明治29年〉9/15 ~ 1919年〈大正8年〉2/20
若くして天才として認められた画家であり詩人である。
高村光太郎から「火達磨槐多」と呼ばれたそうだが、激しく生き急いだ画家でもあった。
「ガランス」の赤からの連想でもあろうが、高橋 睦郎は彼を「血達磨槐多」と呼んでいる。
何れにせよ「ガランス」の画家と呼ぶのが相応しい。

どんな作品を描いたのか、初っ端から見て驚いた。
真っ赤な(「ガランス」の吹き出る)裸僧が合掌しながら大放尿しているのである。
強烈で壮観だ。ある境地に確かに辿り着いている。

それまでは、セザンヌ、ゴッホを強く意識した作品を描いていたが、、、
野獣派のような表現を独自に編み出したようだ。
「尿する裸僧」(イバリスルラソウ)は自画像でもあると思う。
彼の悟りの(真の)姿である。
村山槐多の19歳の作品。すでに晩年に近い。
これでいいのだ、という感じの絵である。

こんな傑出した作品~画家がいたことに、何やらこちらまで元気が出てしまった。

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「紙風船をかぶれる自画像」
大正の青年は、こんなにモダンなのか、と思ってしまう。
この遊び心。軽やかなユーモア溢れるセンス。頭に紙風船を載せて実に似合っている。
親近感を呼ぶ。
きっと友達、ファンも多かったと思われる。
そして恋多き男でもあったようだ。
余りに激しい情熱をぶつけて相手をドン引きさせて逃していたらしい。
その失意の念を詩に書き、自らも含め多くの人を酔わせていた。
今生きていたらロックミュージシャンになっていたかも。
(モーツァルトがパンクをやっていたかも、と同じような意味で。詩人でもあるし)。
表現者として生き、死ぬしかない男であった。

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彼が好んで使用した深い茜色の「ガランス」がもっとも鮮やかに使われた「カンナと少女」である。
ホッペの「ガランス」は秘めやかにこの娘の性格~個性を匂わせている。
香しい生命力に充ちた可愛らしい絵だ。
こんな絵を手元に置いておきたい。
イバリスルラソウは、一度見たらいつまでも後を引くが目の前に置いておくにはちょっと強烈。
近くに置くには太陽より月が心地よい。
この少女にも恋心を抱いていたようだ。
そして常に恋文のようなものを書き、詩を書いては人々を唸らせていた。

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「湖水と女」
初恋の相手は中学時代の年下の男子であったそうだが、長じては年上の女性に恋をした。
しかし何と言うか自分の表現欲を刺激し高める相手~触媒という感じもしてくる。
それによって良い詩が生まれ、新たな絵が描ける。
全て(出来事~事象のすべて)は創造過程に統合されてゆくのだ。
詩が書きたい。絵を描きたい。「ガランス」を塗りたい。全てはその快楽に収斂されてゆく。
良い一生であったと想う。

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「自画像」
彼は自画像を多く描いている。木炭デッサンでもそれが多い。
まるでレンブラントの夥しい自画像群みたいに。
わたしとは何か?これは最後に来る最大の謎なのかも。
そして死の間際には、木をひたすら描いていったと謂う。
一日でも多く生きてこの木を描きたいと願いつつ22で亡くなった夭逝の天才ではあるが、不思議に悲壮さはなく、何か妙に前向きにさせてくれるこの画家の力を感じる。
「ガランス」は大変官能的で生命力に充ち満ちているのだ。

生命と快楽。
何をおいても、この基本なのだということをこの画家の人生が再認識させてくれた。



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ギュスターブ・モロー展に行く

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新橋のPanasonic汐留美術館に会期の最終日1日前に滑り込んだ。
物凄く混雑しており、整理券が出されていた。
整理券を持って食事に行こうかとも思ったが、ちょっと微妙な待ち時間なのだ。
だからあちこちふらふらして時間を潰し入館時間に並んだ。
チケットを買う窓口まで、待つこと待つこと、、、これほど美術館に入るのに時間を要した経験はない。
(大概、行ったところで券を買って入っている)。

モローってこんなにポピュラーだったの?
ルノアールやモネやゴッホならともかく、、、。
色彩の乱舞するこころを高揚させるハーモニーとは明らかに異なる世界だが。
(わたしはバルテュスやボッチョーニに並んで大好きな画家であるが)。

しかし、この入場制限は正しかったことに気づく。
何時も人気画家の展覧会は会場内の人混みが尋常でなく、落ち着いて長時間気になる絵の前に立ち尽くせない。
(気になる絵のマチエール~タッチやディテールを観始めたらきりがないのだ)。
人の頭でなかなか見れなかったり、人の流れが気になりじっくり見れなかったりするものだが、自分の問題意識に沿って好きな見方でどの絵も悠々と見る事が出来た。
良かった!

わたしが大分以前、学生時代に模写した「一角獣」がありしみじみ見呆けた。
もう一つ模写した「オルフェウスの首を運ぶトラキアの娘」は残念ながら来ていなかった。
(これは今も額に入れて飾ってあるので娘がここで見たらきっと面白かったろうに)。

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代表作?そうユイスマンス的にいえば「L’Apparition(出現)」は極めてモロー的と謂えよう。
ここにも如実に見られるように、、、
ギュスターブ・モローは、色の付け方~塗り方~置き方が独自である。
画集ではなかなか分からないが、実物を近くで見ると、その入魂の大胆な一筆に呆気にとられる。
ベラスケスやフェルメールにも通じる大胆で計算し尽くされたタッチだ。
物凄く細密で規則的なシャープな線描が、水墨画を思わせる薄塗りの奥行きを持った空間と同居していたり、、、
抽象的で激しい動勢を伴う原色(又は高彩度の色)による厚塗りそのものもそれがあるべき部分を饒舌に充たす造形足り得ている。
通常、異なる複数の描き方~システムがひとつの画布(描面空間)に同居することは~絵としての又は主題としての求心性を逸してしまい~不可能なのだが、モローの象徴性(文学的抽象性)と過度な装飾性は、それらを必須の要素と化して呑み込んでしまう。
そして禍々しくも煌びやかで荘厳な美=狂気を現出させる。

ここで更に強調したいのは、前から気になっていたのだが、「パルクと死の天使」である。
この絵を敢えて言えばセザンヌに近いものがある。
パルク周辺が明らかに塗り残されているのだ。
セザンヌにも絵の中心あたりに塗り残しのある絵が幾つかある。
アングルなどには到底考えられないことであろう。
しかしこの絵の稠密性と深い神秘性の醸す重力は尋常ではない。
キャンバス地も造形の要素として昇華させていることが分かる。
彼は様々な実験を繰り返し、試せることは片っ端してきたのではなかろうか。
そしてそれらを見事なまでにシンセサイズしている。

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今回の展示会では、習作や下絵~アイデアスケッチ風のモノやデッサンも多かった。
基本的にモローの作品は未完が少なくないのだが、それも究極的に仕上がった作品に等しい強度を感じさせる。
この意味では、彼の弟子でモロー美術館初代館長のルオーにも言えることだが。


モローの絵は誰にも追従出来ない孤高の絵に相違ない。
しかし決して閉じてはいない。
楼閣のなかの絵ではない。
(ある意味、モローの城のような「ギュスターブ・モロー美術館」には、是非とも行ってみたいが)。

モローは隠者の印象が強いがその密室で描かれ続けた作品は、未知の領域に幾らでも接続出来る開放性を持っている。



うちの娘たちも、並んでいる時はしこたま文句を言っていたが、いざ絵を観始めると、神妙な目でディテールを追い続けていた。
お喋りの絶えない次女でさえも、会場内では一言も喋らなかった。
やはり確かな磁力があるのだ。


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是非こちらも参照のほどを。
ブルトン~モロー 「ピエタ返歌」
ギュスターブ・モロー ~ 時刻表を持った隠者


プラネット・イン・ブルー

The Living Sea

The Living Sea
1995年
アメリカ

グレッグ・マクギリヴレイ監督

メリル・ストリープ、 、、ナレーション
スティーブン・K・カトーナ
ジュディス・コナー

スティング音楽


この映画は環境ビデオにとても良い。
ときおり、背景に流しておきたい。
考え事をする時に合うとは思わぬが、感性を使う仕事やリフレッシュしたいときや瞑想に耽りたいときにも良いと思う。
単にのんびりしたいときにもとても合う。
時間(尺)も程よい。


美しい海洋生物の多様性を改めて味わった。
また、海辺で遊ぶ人たちにもスポットを当てる。
海と人は切り離せない。
どれほど深い繋がりがあるか。
潮とともに生まれ、潮とともに死ぬ人たちに思いを馳せる。
(潮によって舟は送り出され家族を養う魚を与えてくれる)

「海は繊細なクラゲを包み込む一方で、屈強なクジラも育む、、、
、、、知識を深めることが大切で、知らなければ守れない。
深く理解すれば、その対象を愛せる。」

まったくその通りだ。
メリル・ストリープが語ると確かな説得力がある。
(やはり違う)。

だが、この映画は科学ものではない。
様々な説を紹介するようなことはしない。
また、海と人間との関係の大切さを語るが、環境問題や政治・経済を説いたりしない。

只管、美しい海とスティングの音楽にメリル・ストリープのナレーションの絡み合った映像を雰囲気たっぷりに流してゆく。
細かいことは言わない。
世界の海は繋がっている。
基本的にはそう述べるだけ。

とは言え、平板なイメージの垂れ流しにはならない。

印象的だったのは、カナダのファンディ湾の緩慢の落差である。
舟が岸に座礁しているのか、と思いきや潮が満ちると海の上にポッカリと浮かぶのだ。
この風景の違いが笑ってしまうほど面白い。まさに自然をありありと感じさせるものだ。
普段、月の引力をこれだけ感じられることもない。

そして、風による荒波である。
攪拌である。嵐による遠心力で派生する波が一週間かけて岸辺に到達する。
数千キロ移動した波相手に仕事をするアメリカ沿岸警備隊の元気な波乗りぶりも楽しく描かれ、、、。
地球を回って来た波に乗ることで、自然との調和と深海の神秘を想う瞑想的な時間をサーファーは与えられる。
海と人の一体感はこんな場に感じられるのだろう、としばし想う。
(遠い昔の海と人の関係が思い起こされる)。

更に海の健康診断ということで、遠隔操作無人探索機で深海を調査するときに現れたクダクラゲには驚く。
数百の個体が集まり一つの生命体を形成しているという、オーガニゼーションの妙。
巨大な体の各器官がそれぞれ独立した個体という。
海はこうしたものを見ることが出来る。
ホタルイカもこのような組織化をみせることを読んだことがある。
まだ分からないことは多い。深く潜る必要性は高い。

そしてわたしが一番、気に入ったシーンがパラオの島に囲まれた塩湖の海中の光景である。
海洋生物が閉じ込められて独自の生態系を作っている。
そのなかで100万個のピンクのクラゲが太陽を追って移動する様は圧巻と言うより幻惑的であった。
女性の海洋科学者がその絵本のような世界をひとり泳いでいるのだ。
(とても羨ましい仕事に感じられた)。
通常、こんなシチュエーションは考えられない。しかしこのクラゲは体に持っている藻しか食べないのだ。
肉食でないために刺されることなどない。


様々な海の光景とそこに溶け込む人の姿が描写されてゆく。
パラオの少年が海と先祖の伝説を木彫りしていたりサンゴの大切さをダイブしながら父親が息子たちに教えるところなど、最高の学びの場に思える。
世界には魅惑的な海がたくさんあるはずだが、この海はまた格別に感じた。


「海は繊細なクラゲを包み込む一方で、屈強なクジラも育む、、、
、、、知識を深めることが大切で、知らなければ守れない。
深く理解すれば、その対象を愛せる。」

最近、絶滅寸前の種(ザトウクジラなど)の復活などがいくつも見られている。
クジラなどの数によって海の健康が測定できるという。
海への理解が深まってきたためであろうか。

良質なイメージビデオと言えるか、、、。
スティングの音楽は海によくマッチする。






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一遍~田中泯

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国宝「一遍聖絵」(全12巻)を日曜美術館でやっていた。「踊念仏」興味があった。
ゲストも田中泯である。ファンである。そういえば、泯さんは一遍に似ている。
もう遠い昔、大学生の頃、彼の八王子のワークショップ場に泯さんを見に行ったものである。
(ショップはすでに終わっていて、彼が独りで味噌汁を作っており、「味噌汁飲んでらっしゃい」と謂われたものだ。いきなり来てお弟子さんたち?に交じり味噌汁だけ飲むというのも気が引け、お礼を言って帰ったが、、、今考えると飲んで何か話でも伺うべきだったと思う)。

鎌倉時代の一遍上人の活躍した頃、飢餓や飢饉が拡がり蒙古の襲来も経験し、いよいよこの世も末だと思っている庶民に対し、「南無阿弥陀仏」と唱えさえすれば極楽浄土に逝ける、という思想は極めてラディカルに響いたはずである。
「南無阿弥陀仏」と唱えて踊り続けているうちに、皆トランス状態になって、極楽を見てしまっているのだ。
ここにいて、もうすでにここにはいない、、、
「踊念仏」はパンデミックに広まった。
SNSのない時代に凄い拡散力であった。
あまりの生活苦から、難しい文を読み砕いたり、沈思熟考などしている身分ではない庶民にとって革命的な方法であったに相違ない。

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「南無阿弥陀仏」と唱え、後は身体に任せればよいのだ。
わたしがその時代にいたら、間違いなく田中泯、ではなくて一遍上人の後をついて念仏を唱えながら鐘を鳴らして踊っていたはず。
そんな庶民の様子が国宝「一遍聖絵」にはリアルな臨場感をもって精緻に描かれていた。
絹~和紙ではない~に描かれているのも驚きだが、一遍上人は風俗画のなかのほんの小さな人物の一人として描かれているのも特徴的である。これは鎌倉の時代考証にもってこいの貴重な資料でもあった。
そして一遍がどういういきさつで武士からすべてを捨てて修行僧となったのか、どのように修行を進め、その果てにどのような悟りを得たのか、その悟りとは何であり、それをどういう形で布教していったのかがとても分かりやすく実感できるものとなっている。
これこそ、ミケランジェロのシスティーナ礼拝堂の絵にも言える、絵で表すことの有効性である。
文盲の人にも理解が出来るのだ。
「千年経っても道標となる」貴重な資料だ。
芸術性も大和絵と水墨画を高いレベルで融合させ、和紙に描くより二倍以上は手間のかかるという絹に描くという気合の入り振りが、まごうかたなき国宝の品格を示していた。

もう一人のゲストコメンテーターの政治学者で作家の方も(噺が)面白く、一遍上人像にも少し迫れたが、やはりキメは身体論であった。泯さんは大いなるものを通過させる「器」としての身体~踊りを終始強調していた。
「初めから一遍は念仏を身体で考えていた」
「踊りと(念仏を唱える)歌のなかから自分を超えた自分の力、人知を超えた不可思議な力を感じざるを得ない」
「踊ることで初めて分かる」
「予め持ってしまっているものを捨て続ける」
「規制訓練化された身体性を踊りで打ち壊す」
「今は自由に踊るということ自体出来ない」
「要するに言葉に解消出来ないモノは身体に任せればよい」

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共感する言葉に小気味よくこちらも乗せられていくのだが、「嘘をついてる人は身体が辛いでしょ」で皆が笑う。
自覚があるのだ。わたしも勿論。身体にあちこち無理がある。分かっている。だが、ズルズル来てしまった、、、。
「身体は大きなものが通過するかりそめの場所なんですね」
だから「豊かな器にすべき」(田中泯)
まさにこれでキマッタ(笑。


遠藤彰子先生と語る

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やっと本来のテーマに戻った。
当ブログは、美術ブログであって、葬式について語る場所ではない(笑。
(わたしが勝手に語っているのだから仕方ない)。

本日、日本を代表する画家である遠藤彰子先生の講演会に出席した。
予約席は直ぐになくなったということで、通知を貰ったところで早めに電話を入れておいてよかった。
遠藤先生のお話が拝聴できるとなれば、直ぐ満席となるのは分かる。
わたしは美術の教科書で先生の絵を初めて見たときからの大ファンである。
相模原市民ギャラリーで巨大な絵を幾つも観た時のインパクトはずっと残っている)。

2年に1度開催されるカナガワビエンナーレで、前回の「国際児童画展2017」の小展示会の会期中、タイアップして審査を務めた遠藤先生の講演会が設けられたということである。
今10歳の娘が7歳の時描いた「かめとの遊び」のコピーがデンと飾ってあったのには、びっくりした。
(他の絵は全てオリジナルであったが)。
娘の本物は別の展示場に飾ってあり、ここではコピーがパネル化されて飾られていた。
わたしはその絵の関連だとは思っておらず彼女が最近、他の展覧会で受賞した絵かと勘違いしていた。
少し忘れかけていた絵であったが、長女が受賞した最初の絵であったので、感慨深いものである。
88か国から25000人を対象とした絵画展で、「独立行政法人 国際交流基金理事長賞」という覚えられない賞を貰ったものだ。
(「国際児童画展2017‐Ⅰ」、「国際児童画展2017‐Ⅱ」)

大画家でありながら威圧感や高圧的な態度など微塵もなく、誰にもとても暖かく気さくに接する姿勢に先生のお人柄だけでなく、全ての物事を等価に観る姿勢~哲学が基調として窺えた。

今回は子供の絵を形作る「感情」の力に力点をおいて話されていたことがまず印象に残る。
(特に10歳に満たない子供に特徴的な点である)。
確かに感情によるイメージの喚起力は独特であろう。
ものの大きさ、色彩、形体~構成は謂わば、感情の文法に従い生成・再現される。
この面白さ素直さ力強さを強調しておられたが、われわれも納得するし同感だ。
ここに客観的な写実~遠近法の入り込む余地はない。
(しかしこれは単に、その描写法~システムを知らないところから来ているとも謂える)。

子供は遠近法により空間を整序することを成長するにつれ自然に学んでしまう。
そこに配置されるモノ同士の関係や色彩、個々のディテールの描写も写真的な画像へと写実されてゆく。
(これは画一化や形骸化にも繋がる恐れも孕む)。
では、そのなかで如何にまた感情を揺り動かす「絵」が可能となるか。
ピカソのように方法論的に人の原初的イメージに回帰する表現もひとつであるが、わたしの質問に対して先生がお答えになった、写実を徹底して進める方法もあるということだ。
今、娘は写実段階にはっきり(ある意味、不可避的に)進んでいる。
余計な口出しはせず「寄り添いなさい」ということである。
凄い写実が生まれる場合もあると。

謂われていることは、単なるスーパーリアリズムとかいうレベルではない。
写実が極まって異化された現実の次元だ。
小説でいえば、カフカのような。

では、先生はどのような方法論~突破口を開いているかというと、、、。
人同士や物との関係が極めて歪となった現代が抱える不安や焦慮を無意識の層まで降りて描き尽くそうというものである。
絵は元々形式上それがやり易い。
もっともダイレクトに出来るのは音楽かも知れないが。
それには自由自在な表現を可能にしなければならない(集合無意識を扱うのなら)。
そこで、「重力のコントロール」を導き出す。
空間には遠近法の消失点が複数あり、上下左右も任意となる。
しかし元々われわれの宇宙とはそうしたものだ。
運動も然り。全てが生々流転する壮大なうねりの中にあり、それはまた循環~回帰してゆく。
そう、永劫回帰。
この自由自在な表現~重力コントロールを可能とするには不可避的に巨大画面を要請することとなった。


これは先生が幼少時に家の前の路面にロウセキで毎日描いていた「何処までも続いてゆく鉄道」の絵の集大成に向ってゆく。






長女の作品展受賞式

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長女の作品展受賞式に出る。
昨年も一昨年も人数制限などの理由でわたしは参加出来なかったため、今日は出る事は決めていた。
事前に知らせておけば主席に問題ない式である。しかも歩いて行ける距離なのだ。
滅多にないことで、出ないわけはない。

何故か受付より1時間半早く会場に行き、入選、入賞した全作品を見て回る。
わたしはギリギリで良いと思ったが、余裕を持って行ったため(家族に無理矢理連れてこられ)あちこち見て回れたのは、それはそれで良かった。

かなりダイナミックな作品があり、楽しめたものだ。
子供の作品は面白い。
制約がないほど面白い。
学年が上がる程、型が見えて来て上手い割に面白味は失せる。
だが全体に、やんちゃで無鉄砲な絵が多い。
元気になる。
癒される。
解放される。
こちらも無邪気に遠慮なく笑える。

今、わたしに最も必要なのは、笑いではないか、ということに気づく。
久し振りに笑った。
何と言うか、一瞬でも柵から解かれ自由を実感する。無となる。
これは大切な事だ。
これから一日に一度は笑えるようにする。
これは気づきかも知れなかった(爆。
絵を観てこんなことを思ったのは、恐らく初めてだ。
(大画家の崇高な思想に圧し潰されそうになることはよくあることだが)。

審査員の先生に会場で出遭い、どの絵か聞かれ(長女が)指さすと、構図をしきりに褒められた。
「こんな構図は初めてだ」こう言われて嬉しくないはずはない。
わたしの指南だ(爆。
娘も描いている時はどうかな、という顔でいたが今は納得しているようだった。
(忽然と蝶やヤギが現れるところについても)。

その後、時間が空いてダラダラ、ボンヤリ過ごす。
こういう時間が体にとって危ない。
些かコーラを飲み過ぎた。

だがその後の式は長い。あまりに長い。噺が長いのだ。しかも似たような内容が。
特に次から次に来る来賓挨拶はキツイ。その後の審査員挨拶も同様だが。
「本当に皆さんの作品には感動しました」確かに謂わないわけにもいくまいが、、、その後もほぼ同様の運び。
欠伸をしたら涙が出てきた。
これが学校のかつての朝会なら、バッタバッタと倒れる生徒続出であろう。
ああ、あの光景、懐かしい、、、。
(一時間目のはじめに額から血を流している女子がいたっけ。鼻も真っ赤だったような)。


ボロカメラを一つ下げていったが、ちゃんと保護者が写真を撮る為のスペースが設けてあって、皆物々しい一眼レフで撮影していた。夫婦そろってビデオと高級カメラでバシバシやっているのを見ると執念を感じる。
これには参った。
こちらは手ぶらで行くつもりが、出るときについでに昔のコンパクトカメラを首にぶら下げて来たものだ。
取り敢えず撮れたが、その前に撮ったスナップの方がずっと良かった。
賞状を貰う時の写真はやはり退屈だ。式全般、そういうものだ。


ともかく、いつも残念なのは作品が戻らないことだ。
高解像度のコピーが賞状と一緒に貰える場合もあるが、ほとんどが冊子や画集に小さく印刷が載る程度。
やはり額に入れて飾りたいので、コピーが欲しい。
これさえ貰えれば嬉しいものだが、、、。

でも作品は返してくれても良いのではと思う。
(ずっと保管管理など出来るとも思えない。その後どうするのだろう)。


最後に集合写真を撮って、帰り際にシクラメンの鉢植えを頂いた。
(色鉛筆セットとかサインペンセットにスケッチブックとかいう、よくある副賞はなかった)。
シクラメンは上品なピンクで、一度は絵に描かせたい。
冬はシクラメン、クリスマスローズ、冬咲きクレマチス、ジュリアン、パンジー、ノースポールなど家にあるだけでも描ける花は多い。


さて来年はどう狙うか。





次女の作品展示会

moon005.jpg

明日が搬出日で今日しかないため、肌寒い中、次女の作品展示を観に行く。
昨年の長女の時と同じ展示会場になった(今年は長女は違うコンクールに出品している)。
電車に乗りながら知ったが、作品はWebからダウンロード印刷が出来るようであった。
展示会場の風景も見渡せる。
別にわざわざ行かなくてもと思ったが、実際に行って雰囲気を感じるのも良いし、昨年の長女のときみたいにみんなで作品の周りで写真を撮るのも悪くはない(実はそれが目的で行くのだ(笑)。
出した作品は戻ってこないため、やはり一度は現物にお別れをしておくべきだろうし。
作るという時間の思いがしっかり畳み込まれているのだ。それは大切にしたいではないか。


次女の作品は長女のものより、柔らかい印象派である。
ふたりには、描く前に印象派の色使いが分かる絵を幾つか軽く見せておいた、、、モネ、シスレー、ピサロ、、、など。
基本、筆で塗るのではなく、色を置くようにさせたかった。ほっておくとペンキ屋さんみたいに塗っている。
色を混ぜ過ぎず、彩度・輝度の保たれた色を短い筆致により構成する快感を体験させたい。
ともかく違うパタンも覚えさせたいのだ。筆使いは特に大事だし意識させたい。
ゴッホは筆使いの発明家であった、、、。

次女は体質もあろうが、淡い色彩の使い方とタッチは、モネがアルジャントゥイユの草原の光景を描いた、何という題だか忘れたが、あの雰囲気に似ている。ちょっと盛りすぎだが(笑。
常に長女の方が良い賞につくのだが、次女の作品の方がいつも絵画的なのだ。
わたしは次女の作品の全体に醸す雰囲気が好きだ。ただいま一つインパクトに乏しい。
今回の絵の題(題材)は「夕日を眺める母娘」である、、、(展示会ではちょっと題名が違っていたのだが)。
ちょっと絵本の挿絵にもなりそうな絵であった。

長女の作品の方が一言でいえば子供の勢いで押すタイプである。
彼女のスタイルをより推し進め、攻めの絵を描かせてみた(笑。
今回はかなり彩度の高い色を短い筆致で並置させ、色彩に鮮烈さを持たせた。
構図上では、思い切り人物を前後に配置させその大小で奥行きというものを意識させた。
特に画面を大きく占有する中心人物はその体勢~動作から特に前後への動勢を印象付かせ、斜め後ろに位置する人物はすれ違い逆方向に遠のく速度により空間の奥行をさらに深める。
勿論描いたのは全て長女だが、わたしが事前レクチャーを入れた。というよりプロデューサー的立場か(爆。
(少し描けるようになって、絵が説明的で平面的~並置的になっている。生き生きさせるため搔き乱すことにした)。
画題は何であったか忘れたが、「ターザンロープをする少女」には違いない(笑。


次女は実は昨日からかなりの鼻風邪になってしまいグロッキーなのだ。
彼女だけでなく、家族みんながなんとなくだるい(風邪がようやく治りかけた長女とか、わたしも風邪気味)。
写真をみんなで撮ってから、確かにみんなテンション低いので(爆、、、軽食をとり早めに帰ることに、、、。
(ちょっと勿体ない気もするが、、、横浜までは日頃なかなか来ないし)。
長女の時は観た後、しこたま道草して遊んで帰ったが、今日は体調の関係ですぐに帰路に就く。


長女の作品の授賞式は来週だ。
多少寒くても晴れだと良いが。
体感温度がかなり違う。

blue sky




ジョルジュ・ルオー

Georges Rouault001

Nichibiでルオーの特集があった。
マティスとルオー」という形で以前、姉妹ブログ"Low"に書いてはいたが、ルオー独りは書いていない。
(ちなみに、マチスもルオーもギュスターブ・モローの愛弟子である)。

ルオーについて何をか書くとすれば「聖顔」が目に浮かぶ。
番組でもこれに時間が割かれていたと思う。
ルオーの「聖顔」(生涯に60点を数える)を見ると、確かに「ことばを超えるもの」が迫る。
この真正面からとらえた顔はゆるぎない存在感をもち、同時に非常に強いメッセージである。


20世紀最大の宗教画家と言われ、 バチカンからも勲章を授与されたルオーであるが(今や法王の授与する十字架のペンダントにも彼の描いた聖顔がプリントされている)、教会などには足を運ばなかったという。
それはよくわかる。そうだろう。
彼は、師ギュスターブ・モローの死後、自分~自らの芸術を見失い、宗教画の存在意義から問い直すことをした。
世はまさに印象派の台頭によって刹那的な光の煌めきに満ちており、それはまた享楽的な生を高らかに肯定する側面は強かった。
ルオーは学校(エコール・デ・ボザール)も辞めて彷徨い、修道院に籠り、暫く絵も描かなかったという。
そこでなんとあの「大伽藍」(「さかしま」や「彼方」より寧ろ「大伽藍」であろう)のユイスマンスに出逢う。
彼の影響を受けたのなら、外部ではなく、徹底して内界を凝視する目を磨いたかも知れない。きっとフラ・アンジェリコの例など噺も出たはず。
(それにしてもモロー~ユイスマンスとは、濃い~孤高の師匠をもったものだ。羨ましいが)。
彼は芸術的美が宗教心を真に沸々と蘇らせるものであるという確信を得るに至る。
絵を描くこと自体が信仰であり、自分にとってすべきことはそれだけだ。

吹っ切れて、市井に出るが、一個の存在として社会に対峙した際に出逢ったのが「ピエロ」であった。
以前のように物々しい宗教画や歴史画ではなく、「ピエロ」という存在を見出し描き始める。
それは「わたしであり、われわれすべての姿であった、、、」

Georges Rouault004

実際に見たピエロを何枚も描いてゆくうちに純化され、それはイエスにまで行き着いたものか。
いや、彼らの内にイエスが染み出るように現れて来たのだ。
モローの「出現」みたいに。
実際、聖痕の写真に衝撃を受けたりもしている。
この間、第一次大戦も勃発し、それを題材化した”misère”などの銅版画連作も制作している。
崇高な痛みが深化したと想われる。
その結果としての「聖顔」であろう。

しかし改めて見ると尋常ではない「顔」である。
この強度~差異は圧倒する。
目力が凄いなんていうレベルではない。
そしてキリストの神聖な威厳は勿論だが、わたしは「サラ」や「ヴェロニカ」の荘厳な美しさに殊の外惹かれる。
よく見るほどに、これほど純粋に美しい女性の顔を見たことがないのに気づく。
本当に限りない美しさである。

Georges Rouault003

厚塗りだ(化粧ではない(爆)。笑ってる場合ではない。
この色の付け方はモローに似ている。
ここまで物質的・本質的なレベルで師モローの技法が息づいているのには驚愕する。
それは厚塗りによる輝き。
ゴッホ、バルテュス、モンドリアンも相当な厚塗りでそれぞれ輝き方も異なるが、ルオーの輝きも独自である。
自身の教会と化したアトリエで、ひたすら塗る~スクレーパーで削るを繰り返す。
この塗る、削るの反復が、祈りであり神との対話であった。
混じり気のない信仰への到達であろう。
この「聖顔」の強度はこうして生み出される。

しかしこの異様な彩度~輝度は、彼が少年の頃憧れたというステンドグラス~イコンの神聖な光そのものであったかも知れない。
幼少年期の経験~記憶の重要さを再認識するところでもある。

Georges Rouault002






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