プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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形を作る

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実体のはっきりしないモノの漠然とした脅威。
結局、ウイルスとは何者?
いや教科書の解説が欲しいのではなくて、、、一体、細胞膜もない活動体とは、生命なのか何なのか?
(タンパク質合成も代謝力もない、、、だからパラサイトするのか、しかしそれに何の意味が、、、あるのか)。
つかみどころのない主役がわれわれの時の流れを危うくしているではないか。

一種の猶予期間~アドレッセンスみたいな日曜続きで、、、太ることが心配(爆。
何処にも目につく、あやふやな対応。仕方ないとはいえ。
情報は過多で錯綜するが、いずれも実情にそぐわぬ、麻痺する感覚。
何処かに湿布でも貼りたい。

こんな時は、「形」をはっきり作る。
部屋で籠ってやるには持って来いの精神活動。
精神衛生上もっともよい集中。
「形」を無欲無心に作ろう。

これは自己完結とは正反対で、自閉からは最も遠い行為。作業。仕事か遊びか。どうでもよい。
一気に(ミクロ~マクロ)宇宙に共振~直結する。


一切、周囲に惑わされない。混じり気の無い究極の快楽。とは、このこと。



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多肉の数だけ、、、

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娘たちだけでなく、わたしも最近、ぼんやり過ごすことが多くなった.。特に今日みたいに天気が良いと、、、。
多肉になった気分になることもある(爆。
他者との交わりは、生命にとって刺激を得る大切なことだと、やはり思う。


明日、学校に諸費と給食費を収めるのと、つでに突然の休校で持ち帰れなかった大きな重いもの(汗、を受け取りに保護者が召集されることになった。娘に聞くと、かなり重いものが幾つもあるよ、ということなので大きな頑丈なバッグを二つ持ってゆくことにした。
お金も4つの封筒にそれぞれ入れた。それから次女が休みに入る前に担任に渡し忘れたファイルも届けに行くこととなる。

ここのところなるべく人の集まるところには行かずに色々と買い溜めをして間に合わせていたが、流石に明日は日用品と食材を買う必要が出て来た為、午前中は大変忙しくなる(妻が公共交通機関を使いたくないということから勤め先までの送り迎えもしているし)。

学校から出ている宿題~課題も最近の中弛みでペースはとても悪い。
今日は、明日先生に進み具合を報告するからと、ハッパをかけて少しは進ませたのだが。
未だに理科の工作は面倒でなかなか手に付かない。
プラモデルを作るのは好きなのだが、、、

地道に進めなければならない学習一般、やる気が出ない。
自分から面白いからやるというのが、「数学パズル」と「ネイティブの発音で聴く英語」のワーク、そしてわたしと始めた「クロッキー」である。3日目になったがクロッキーははっきり進歩が見られる。
全体を一気に捉えながら、それぞれの葉っぱの特徴もそれとなく掴んでいる。
何より伸び伸び、活き活きと描けてきたことが良い。
これだけは褒めた(笑。
多肉はたくさんある。多肉の数だけ、絵は描ける。
モチーフには困らない(笑。

だが、ピアノはやらない。ほんとにサボってしまっている。これでは技能は後退してしまう。
わたしは、ピアノを一か月も休むことには反対であった。
だがこういった風潮が出来てしまい。何でもかんでもお休み、自宅待機となって、何より拙いのは子供にとって一番大切な学習がないがしろにされることだ。
やはり学校という場がないと、なんでもかんでもくまなく学習するということは、とても難しい。
学校と同様のペースで、自ら進んで出来る子はそうはいないと思う。
(今のようにパソコンゲームが好きなだけ出来る環境ではどうしてもそちらに流れてしまう)。


いよいよ、、、テコ入れをする時が来たようだ(爆。


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当分クロッキー

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娘たちとクロッキーをやり始めたら、これが面白い。
当分、クロッキーをやり続けることにした。

毎日、可愛い多肉を観察しながら、見る~描くワークが出来る。
こういう機会でないと、なかなかする気にもならない(ならなかった)。

集中力とセンスとテクニックが身に付けばよいが、、、。
それ以前に、何より自然のフィギュアの面白さ、奇妙さ、美しさに気づくこと、これが一番重要であろう。


描くこと~見ることには常に発見がある。
そこに驚きがあれば、謂うことない。

(無意識に触れるような、何かの契機になるような、、、)。



毎日が新鮮でありますように、、、。





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多肉と娘を描き始める

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今日は天気が良く風も心地よいので、庭で多肉の世話をしていた。
夕方からは、娘と多肉の鉢植えをモチーフにクロッキーを幾つかして、娘の絵を描き始めようかと、、、。
絵をキャンバスにしっかり描くとなると、、、
真面目にやるとすれば、何十年ぶりとなる(笑。

まず、キャンバスはジェッソで塗り潰して使えるものはかなりある。
絵の具はアクリルにする。
乗ってきたら油に切り替えたい。
まず画材の確認をして、今日の夜から始めることにした。

娘たちは、緊張感のない休みがダラダラ続くなか、最初のうちは学校の課題をやってはいたが、ここ3日くらいなにもやらずにパソコンゲームに興じている。おまけにピアノ教室も1か月お休みとなり、ますます堕落して行く。
ここで何とかしないと、、、子供にとって最も大切なものは、勉強である。

何とかしたい。
まず、一緒に絵を描くか、、、
それも良いかも。



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明日からゆっくり

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外に出れない為、室内で色々と片付け仕事を中心にガタガタやっていたが、取り敢えず一区切りがついた。
明日から、ゆっくりと絵を描くことにする。

実は今日も映画を娘と一緒に観たが、つまらなかったのだ。
「フレフレ少女」というもの。新垣結衣なら応援団ものでも面白いかと踏んだが、何のことはなく娘二人はお菓子ばかり食べていた。
正直、これはキツイ。
大体、小説ばかり読んでいる文学少女が、例え野球部員に恋をしたとして、ラブレターを書くまでは分かるが、応援したくて応援部に入って活躍して、、、なんてことで面白いストーリーを作ろうなんて、無理だ。
(個に向かう愛情が、チームや野球というスポーツに向かうには、飛躍がある。というか転換に当たる。全くベクトルの方向が異なるものだからだ)。
ラブレターの文を極めて行き相手の心をガッツリ掴むことに専念するか、その文がどんどん大きく膨らみ恋愛小説を一本仕上げ、それで賞など取ってしまう方向に昇華するとか、、、の方がずっとリアリティがあって物語も稠密なものが作れる。

発想が荒唐無稽だが、噺の内容は驚くほどありきたりで粗雑でリアリティの感じられない子供騙しであった(子供は白け切っていたが)。やはり何で彼女が応援部に入って応援そのものに目覚めるのか、その必然性が感じられないのだ。
まあ、製作側は最初から応援を題材にした映画を撮りたいところから入って行ったのだろうが。
最終的に謳われる応援の精神に行き着くまでの流れが何とも、、、そもそも彼女はどんな文学を読んでいたのだろうか、、、。
「今日はつまんなかったね」と謂われ明日からの映画鑑賞は、危ぶまれる状況にもなった。
丁度この機会に、わたしの生活の流れも変えてみようと思う。

折角だから娘たちと一緒に描くことにした。
クロッキー、素描をしてから、じっくり対象に向かうつもり。
思えば5歳位から、絵や数字は必ず毎日書いていた。

その頃の時間流に乗り移ろうとは考えていたものだ。
今がタイミング的に丁度良い。
ゆっくりと描き始めよう。

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ヤン・ファン・エイク

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Jan van Eyck

先日ヤン・ファン・エイクの開閉式パネル絵24枚からなるゲントの祭壇画の特集を日美でやっていた。
少し前から話題にはなっていたが、あの中央に立つ”子羊”の顔が人面(異星人にも見える)であったとは、、、。
TVで見て、改めてびっくりした。
修復があたかも秘宝の発掘に思えるのだ。
ヤン・ファン・エイクの文字通り再発見であろう。
(番組ではファン・エイクの情報が出て来たと言っていたが)。
しかし肝心なところで、かなり微妙な感覚を味わう、、、

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どう見ても、加筆修正されてしまったついこの間までの子羊の方が「羊」であった。
普通の羊にしては神聖で凛々しかったが、所謂羊には違いなかった。
それが分厚い修正層を剥ぎ取る修復作業により、全く異なる子羊が立ち現れたではないか。
修復に当たった人の驚きの表情が目に浮かぶ。

しかし、あの超写実主義のヤン・ファン・エイクがよりによって何で羊を人面化~擬人化するのか、、、。
勿論宗教的な意味等あるのだろうが、やはりその他のモノの描き方から謂ってもそこだけが際立つ。
驚くべき細密描写に加え、空気遠近法による空間表現も、金属や鏡の反射、反映、光学を研究した上での光の屈折を正確に描き込むなどにより、世界の質感を余すことなく描写し尽くすヤン・ファン・エイクである。
ここで改めてTVでも充分わかる遠方の空は明らかに空気遠近法の先駆をなしていた。
レオナルドより早い。
透明絵の具の塗り重ねで光の乱反射を呼ぶ層の効果は、バルテュスに多用される。
軽い筆さばきで、ある距離で驚くべき質感を現出する技法は、ベラスケス、フェルメールへと繋がる。
見ることの科学を追求した最初の画家と謂えようか。後継者がレオナルドとも謂えるか。
だが、単に科学的な追及だけでないことが、この羊に表れていた。
意図はまだ分からない。

Jan van Eyck001


そもそも、、、
このヤン・ファン・エイクの描いたベルギー、ゲントの聖バーフ大聖堂の祭壇画「神秘の子羊」が600年を経て70%まで加筆されてきたということ自体脅威である。
ナポレオンに奪われ、ヒトラーに略奪され、酷い損傷を受けながら修復を繰り返されてきたが、時代の風潮に合わせて図像まで描き替えられしまっていたのだ。
日本でも自然災害で水にやられ黴の生えた絵画の修復が細心の注意を払い最新の技術によって進められているが、それはオリジナル(原画)を守り維持するための作業である。

今回の修復で多くの加筆修正箇所が露わにされた。
風景の遠景の建造物の一角が丸ごと消されていたり、馬の顔が変わっているとか、かなり加筆修正が成されていたが、主役の子羊の変貌にはただただ唖然とする。
冒涜(犯罪)とも謂えるほどの描き替えだ。

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後世の人間によって手を加えられたものを「それ」と思ってきた者にとって、制作当初の姿が出現することによる当惑は小さくない。
単なる感動とは異質の何かであったりする。

この新たな子羊は取り分け、趣深い。
大概、後世に加筆された部分は醜く、剥ぎ取られたことでオリジナルの神々しさが解き放たれるのだが、この微妙な感覚はなんだ。
間違いなく、ヒトの目である。両眼視差の可能な、前面に配置された目になっている。
彼はここに何を込めたのか、、、

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丸い凸面鏡に自画像を大きく映り込ませている。
超絶技巧を愉しむかのような絵画。
わたしにとって、ヤン・ファン・エイクと謂えば小学校時代から、この絵であった。




相原求一郎

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冬の北海道の極寒の雪景色を描き続けた画家。
色味が少ないのは、生温い色が許せなかったのだ。
わたしの住む土地にも時折雪は降り、全てを白く覆い尽くす光景に酔うことがあるが、そんな生温い雪ではない。
本当の雪なのだ。
とは言え、この「天地静寂」という絵には、僅かな緑が描き込まれている。
福寿草が死の雪白の中に垣間見えるのだ。

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満州に4年間兵役に就いていたが、そこでもずっと絵を描き続けた。
死と隣り合わせの緊張の続く日々に満州の原野を描き続けたことが、帰国後も原体験となって彼を突き動かす。
そして満州の原野に見た赤い夕日を、冬の極寒の北海道にそのまま見たのだ。

それからというもの、北海道の山の初冠雪の時期にそれを描きに行くライフワークが生涯続く。
(どうやら「初冠雪」というのが山に拘る画家や写真家にとって外せない特別なタイミングとなるようだ)。

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寒風吹きすさぶ北海道。
実家は埼玉県の川越である。
長男であるため家業を継がなければならなかった。
実業家と画家の二足草鞋を生きることとなる。
そのため北海道への取材・制作旅行も5日程度が限界であったという。
だが彼は死の間際まで病を押してその場所に赴く。

どの絵も、固い氷の潜む白雪の極寒の様相が余りに鮮烈で痛々しい。

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面白いのは、北海道を訪れ自らのスケッチする風景を8ミリフィルムに収めているのだ。
後の人間にとり貴重な資料であるが、本人はどういう意図で撮っていたのだろうか。
だが、真っ白い過酷な風景に対峙する画家の強靭な姿に圧倒されるだけではない、何かを感じる。

彼は冬の断崖絶壁を潮風に晒されながら描いている。
普通なら数分と立っていられない場所であろう。
そこまでして彼を追い詰めるものは何であったのか。
戦争体験も大きなものであったに違いないであろうが、、、。

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「天と地と」(150号)
まさに両極性を強く感じる非常に重厚な絵である。
これが彼の絶筆であった。
この絵の前で息をひきとっていたという。

この絵だけは、風景をそのまま写実したものではなく、構想をじっくりと練り、雪の峰と黒い丘と鋭く落ち込んだ崖を再構成して構築した風景であった。
これまでに描いて来た大切な場所を統合・構成した集大成の画像となろう。
生涯をかけた宇宙の創造だ。

自分の生涯の終わりに、このようなモニュメンタルな作品を残したいと、、、少なからず誰もが思うものであろうが。
山をこのところ作品によく見る。
これまで自分のなかで、「山」について想う機会はさほど持たなかったことに気づく、、、。
山か、、、。


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秋野亥左牟

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昨日は、庭仕事で余りに忙しく、記事をアップするどころではなかった。
パソコンの前に座る暇もない状態で、ちょっと健康的な気分を味わった。
頭も空っぽになり、亀とも親交を深めた。
本当はこっちの方が正しい生活ではないか、と思う。
いや恐らくそうだ。

秋野亥左牟、、、例によって日曜美術館で観る(笑。
日本画家の秋野不矩の次男である。
絵本作家として高名なそうだが、わたしははじめて知った。
かこさとし以外の絵本作家で、これほどの人がいるとは、、、
(長新太はこの際、出さない方がよいか)。
かこさとしとも、全くタイプは違う。

机上に研究資料を積み重ね準備をしてから仕事に取り組むのではない。
基本は、天と地の間に身をひとつおく。
赤裸々に生きる。
そこに初めて何かが生まれてくる。
場所の魂を呼び込む巫女みたいな人だ。

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所謂、雰囲気的にはヒッピーみたい。
流浪するヒッピー。
ただし、直ぐに地を横断して去って行くのではない。
まずその土地に暮らし、現地の人との交わりを通じてその土地ならではの伝統を継承したかのような絵~絵本を描く。
それが絵~絵本を描くプロセスなのだ。

彼にとっての旅~異国での生活とは、身に付けてしまったものを剥ぎ取る儀式でもある。
間違っても知識を蓄積して行く過程ではない。
彼は障子の巻紙を担いで旅をしたらしいが、その長い巻紙に現地の画家が描いたかのような作風による絵が生成される。
そこに押し付けがましい個性や自我は窺えない。
「プンクマインチャ」ネパールの民話を題材にしたものなどは、特に素晴らしい成果に見える。
TVで見る限り細密な様式美による線描と鮮やかな色彩である。
わたしにとってえらくエキゾチックな絵に見えた。

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今日、絵本は注文した(笑。
じっくり眺め味わたい。
日本の民話、伝承も怖いものが少なくないが、これもかなり恐ろしい噺らしい。
とても楽しみである。

彼は辺境を愛した。
中央が失ったもので生きているからである。
彼は終戦を経験したことで権力に対し酷く失意を覚えその後、高校時代に共産党に傾倒するもそこでも権威に翻弄されることになる。
当時、共産党は彼に危うい任務を課しておきながら後にそれは一部の党員の暴走によるものという形であっさり弁明~処理して終わった。その出来事はその後の彼の世界観~生き方の基調を形成したように窺える。
彼の母である秋野不矩は「亥左牟の運動には悲しみが肉体化していない」と語ったという。
確かにその歳頃特有な観念的な志向により足を掬われた感が強い。
母はインドで絵を教える仕事があるから一緒に来なさいと亥左牟を誘う。
この旅で、絵の力を真に実感することとなる。
これで彼の行く末が決定的となった。

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旅の人生を彼は送ることとなる。
そして辺境の地を体験、時には漁師(海人)となり、海の中で独りを体験し、空~星~海を知ることとなる。
干潮、満潮、星の位置と動きを知り、生きた海~宇宙を悟った。
ある意味、贅沢である。
本の知識では得られない、身体に染み渡る英知であろう。
そんな場所から生み出された作品である。
どれほど凄いか、、、。

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わたしにとって、かこさとしと秋野亥左牟が絵本界の双璧となりそうである。


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平櫛田中

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平櫛田中
「日曜美術館」で初めてその存在を知る。
廃仏毀釈も手伝い、木彫が廃れてしまった時期に近代日本の代表的木彫作家として活躍した。
「いまやらねばいつできる わしがやらねばたれがやる」
並々ならぬ使命感が窺える。

日本の伝統美術の価値を高く評価する岡倉天心からの影響で基本となる作風が決まる。
「不完全の美」
表現しない部分を残し見る側が想像力を働かせ全体像~世界観を把握する。
この代表作として「尋牛」が生まれる。

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この作品は特に時空間の拡張を伴う。
自分と重ね弛まぬ修練を続け歩み続けるその姿~場所である。
尊敬する岡倉天心の像も幾つも傑作を残す。

そしてロダンからの影響。
暫くの間、裸婦モデルを使った彫像による制作に没頭する。
西洋の彫塑作家のように人体構造などの徹底した造形研究を木彫制作にも活かしてゆく。
対象の構造把握をしない~対象に対する洞察をせずに制作技量だけ高めてしまう当時の木彫の水準を脱する。
その成果が「転生」となる。

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そして彼の代表作は何と言っても「鏡獅子」であろう。
国立劇場の正面ホールに置かれる「鏡獅子」は、圧倒的な大作である。
2mの高さで美しく彩色されたものである。

6代目尾上菊五郎をモデルに22年の歳月を経て完成させた途轍もない力作であるが、精緻な彩色が成されている。
この彫刻~立体像に彩色を施す意味とは何か。
仏像も、今現在全ての色が脱色し、所謂「わびさび」をしみじみ感じる様相を呈していても、かつては原色の極彩色で鮮やかに塗られていたものが多い。
彩色された像を見るとわたしは大変エキゾチックな印象を持ってしまう。
そして彫塑というより、人形を想わせる。
この辺がどうにも悩ましい。

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だが、この「鏡獅子」に関しては、彩色は全く自然の不可避の造形要素であると感じられる。
モデルが尾上菊五郎という歌舞伎役者であるところも大きい。
ちなみに6代目尾上菊五郎の裸像もあるが、こちらもミケランジェロばりの筋骨が表現されており素晴らしい。
(6代目は数えきれないほどのモデルを務めてくれたそうだ。この協力あっての賜物であろう)。

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岸田劉生

『驚く可きは実在の力
自分は猶これを探り進めたい』

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「道路と土手と塀」
この坂の向うに何が控えているのか、どのような広がりがあるのか、とても怖いが好奇心は更に大きく疼く。
路に横たわる二本の黒い影が不安を煽る。

実在に迫る。
確かにそれが放つ力~面白さ~異様さに惹き付けられてゆき、想像力に接続する。
この土の路のボリューム(量感)とムーヴマン(動勢)はもはや尋常ではなく、それは想像力をエネルギーにしてせり上がる。
文字通りにせり上がる。
遊び心もあるかもしれない。
だがそれがどう展開し得るか、かなりの危うさを秘めている。

物は動いてゆくことをわれわれに思い起こさせる。

岸田劉生はデューラー(写実の極み)とウィリアム・ブレイク(幻視)に深く傾倒していたと謂うが、それは完全に血肉化されていることも分かる。
表面的に似ているなどの(影響は)感じさせない。
少なくとも彼は、ラファエル・コラン経由の折衷的(印象派と象徴派を口当たりよくミックスした)作風を西洋絵画として継承していた当時の日本油絵画家とは一線を画する。
おフランスから取り寄せたこじゃれた油彩ではない。
独自の思索を突き詰めた絵画である。


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「麗子像」
上下に圧縮されていて手がとても小さい。
そしてこの謎の微笑は、、、。
とても日本的に思える。
自らのルーツに遡った姿が娘の肖像「麗子像」へと昇華したかのような。
いつもこの絵を観ると仏像を重ねてしまうが、よくよく見ると尚更そう見える。
有難い気持ちに何故かなる。

写実を極めた先の帰結としてのデフォルメ。
最初からピカソやマチスの真似から入ったデフォルメではない。
本物の形。

『驚く可きは実在の力』

本物の絵もこの力を持つ。


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小早川 秋聲

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「國之楯」

従軍画家、小早川 秋聲の作品「國之楯」の静かな衝撃は未だに脳裏を巡っている。
はじめて見た時、ミケランジェロの「ピエタ」を想った。
しかし「ピエタ」は、神聖で荘厳な作品であるが、地続きに共感できる人間的ドラマも重ねて見ることも可能だ。
だが、この「國之楯」は、これを前にして無言で立ち尽くす以外に何もできない。
自分なりの言葉に絡めることが不可能なのだ。
何らかの形で押さえようとしても言葉が全て滑り落ちてしまう。

完全に隔絶されているのだ。
そこに見えていても、その場所は、この時空に存在していない。
全ての意味の文脈から断ち切れた。
まさに「死」の場所。
その姿が無限の重みとなっている。
顔は日の丸の旗に覆い隠され、手にも手袋をして横たわる身体は、生身を全く晒していない。
この身体は、もはや誰にも触れえないことが分かる。
如何なる言葉も受け付けない。
「死」の実相にこれほど迫った絵画があっただろうか。

小早川ほど長期に渡って兵士と同じ地平で共に過ごした従軍画家はいないと言われる。
自身、軍人であり僧侶でもあった日本画家だ。
常に兵士と行動を共にしてその最前線における生の現実を描き続けた。
つまり、突撃風景よりも寧ろ彼らの日々の生や死とそれを弔う姿~光景をすぐ隣で描いて来たのだ。
日本にいて写真などを元に戦意高揚のための観念的な絵を描いた戦争画家とは、明らかに一線を画する。
彼ら戦争画家は(例えば藤田嗣治の「アッツ島の玉砕」など)日本の兵士の死体など一切描かず、敵の死体が累々と積み重なるところを勇猛果敢な日本兵が死を恐れず突き進むといったものである。
(玉砕ならば、日本兵が全員死んだのである)。
または、真珠湾攻撃の様を上空から俯瞰した(航空写真の)構図でモニュメンタルに描いたものが傑作として残されている(これも藤田嗣治のものが有名)。

そうした絵のなかで、超然と際立つ作品である。
この作品は日本軍から受け取りを拒否された。
だが、この絵を観た兵士誰もが、帽子を取り敬礼をして動けなくなったという。

そう、それを前にして動けなくなる絵画である。




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サクラメント 死の楽園

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The Sacrament
2013年
アメリカ

タイ・ウェスト監督・脚本・製作総指揮
エリック・ロビンス撮影


AJ・ボーウェン、、、サム・ターナー(VICE社特派員)
ジョー・スワンバーグ、、、ジェイク・ウィリアムズ(VICE社カメラマン)
ケンタッカー・オードリー、、、パトリック・カーター(妹キャロラインを連れ戻しに来た兄)
エイミー・サイメッツ、、、キャロライン・カーター(パトリックの妹、教団信者)
ジーン・ジョーンズ、、、ファーザー(チャールズAリード、教祖)
ケイト・リン・シャイル、、、サラ・ホワイト(アーティスト、教団信者)


この映画は1978年「人民寺院の集団自殺事件」*(ガイアナ)をモチーフとしたモキュメンタリー映画である。
*918人が殺害・自殺によって命を落とした惨劇である。
POVによる臨場感は半端ではなく、実際のカルト教団の記録映画を見る生々しさであった。
突撃潜入取材の出たとこ勝負の命知らずの記者がやはり潜入によって(強固に見えて辛うじて成り立っている)共同体内部に亀裂を入れてしまう。

洗脳とはよく言われるが、ここでは麻薬もかなり使用されていたようだ。
共同体は教祖に心酔している者と覚めているが脅されて言いなりになっている者とに分かれていたが、外部から人が入って来たことにより、我慢していたなんちゃって信者がザワツキ始めた。
どんなに上辺を取り繕い貼り付けたような笑顔で暮らしていても、歪のある共同体はちょっとした外部~他者の侵食で瓦解してゆく。

The Sacrament002

思想統制と謂っても生まれた時からそこに住んでいれば、北朝鮮のように他の情報がないことで落ち着くとは思うが、これまで下界で過ごしてきてここに移り住めば不可避的に相対的な見方をするはず。
枠~システムを維持する為の抑圧装置があれば、当然反発が生まれる。
それに対する厳しい罰則があれば猶更のこと。

しかしここを出たらまた過酷な環境で惨めに耐え忍ばなければならない。
この理想郷の内部を外に曝すとアメリカ軍隊~外部の悪の象徴が、大挙してきて皆殺しにされるとか、殊更に外部を恐怖の対象として結束を固めようとする。荒唐無稽な脅しが有効性を持つこと自体、ここの成員の精神状態がどういう状況にあるのか。
日々冷静な判断の出来ない状態に追い詰められている可能性は高い。
「エデン」と名付けられたこの共同体はかなりキツイ環境となっていることが分かる。
教祖に心酔しているかに想われる人も薬漬けである可能性は高い。
それから祭り、音楽・ダンスを上手く利用する。
だが、それらに絡めとられない人はそこからの脱出のタイミングを計って堪えている。

The Sacrament003

であるから、外部からやって来て、直ぐに出てゆく人に取りすがろうとする。
内部がバラバラになって、どうしても特派員とヘリに乗って帰るという人が出てきてしまい、教祖はもう歯止めが効かぬことを悟り、集団自殺を強要する。
誰もが逆らえないなか、異を唱える者も出て来る。
自警団みたいなメンバーはマシンガンを携えていた。
素直に天国に行くことを承諾した者以外は、毒薬を強制的に飲まされたり、それを拒み逃げて行くところで次々に銃殺されてゆく。
パトリックは妹に毒を注射されて絶命し、妹は石油をかぶって焼身自殺する。
共同体の敷地に銃声が鳴り響く。
修羅場だ。死体がゴロゴロと横たわる。

The Sacrament004

恐らく、実際の人民寺院の集団自殺はもっと凄惨であったことが推察できる。
人数もこの映画より多いが、殺戮がもっと陰惨であったようだ。
下院議員と代表団、ジャーナリストも射殺されている。


この映画では結局、生き残ったのは、サムとジェイクの二人であった。
共同体の信頼性はそこからの離脱も自由であることが保証されているところにあると思う。
誰もが無意識的にも何らかの共同体~体制に属している。
それを意識化し対象化して自ら選び直す必要はあるはず。


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