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多肉は室内で健やかに

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小さな多肉の苗を室内の窓辺に並べて置いたら、とても健やかに綺麗な色で伸び伸びと育っている。
花も咲かせて勢いも感じる。
かなり暴れているものもある。
子供が根元にたくさんできているものもある。
生命の瑞々しさを感じる。

外に出している古株たちも寒さに耐え、なかなかしっかり生きてはいるが、色が良くないものもある。
寒さ特有の色に変化しているものもあるが、明らかに痛々しい色のものもある。
しかし大きさと数がやたらと多いため、室内には入れられない。
今室内では4か所に分けて、育てているがみな調子が良いがもう空きはない。
外のビニールハウスに適応しているものもあるが、日中の日が強すぎたり夜の気温が低すぎたりで、過酷な状況であることは否めない。

やはり気候(気温や日照)の変化の幅が広すぎることは、健やかに活きるにあたって厳しい。
そのことが多肉を観ているとよく分かる。

しかしこの冬の適度な寒さは、生命にとって良い刺激に思える。



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金柑集め

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今季、ずっと使ってきた加湿器を二つ捨て、とても小さく可愛らしい加湿器にした。
これまでの加湿器は筐体がデカいうえにメンテナンスが面倒で付き合っていられなくなった。
ただでさえ、家事一般と亀の水替え多肉その他の植物の世話があり、デカい加湿器が鬱陶しくなったのだ。
ルーチンで一杯になると尚更、イライラして来る。

LEDで七色に光る小さな加湿器をつけて就寝する愉しい毎日となったのだが、加湿自体に問題はなかったと思うが(ちょっとパワーが弱かったか)、喉が少しカラカラして来た。
そこで今日、ナップザックをしょって金柑採集に出掛けることにした。
金柑を煮出して蜂蜜をタップリ入れてシンプルなジュースを作るのだ。
これがとても喉に良いし何より美味しい。
気分のリフレッシュにも役立つ。

散歩にもなるし、、、晴れた日には、徒歩と決めている。
健康のために漫然と歩くより、はっきりした目的のため歩く方が歩き易い。
コースに悩むこともないし。
ウォーキングに丁度良い距離でもある。

家の庭だけでは少ないので、弟の家に行くことにした。
庭の大きな2本の木からもタップリ採集出来るのだ。
採り始めるといつまでもきりがない。
無断であるが、多分気づかないだろう。
木を眺めると、実が減ったように観えない(笑。
ともかく、実の数が凄いのだ。

気づくと昼過ぎになっており、時間で切り上げた。
重い荷物をしょっての帰宅。
まさに山ほど採れていた。
大きな金笊に3つほど、山盛り。
当分、これでジュースに困らない。

天気も良く良い時間も過ごせた。

その後は、、、帰って来た娘をピアノ教室に送って、そのまま眠ってしまった。
気持ちの良い遅いお昼寝となった。




風呂で寝る

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ここのところほぼ毎晩、風呂で寝てしまう。
気持ちが弛み切って自分の外に自分が全て流れ出てしまうのだ。
風呂からあがると何も残っていない。
フレームだけのわたし。

空っぽの身体に、冷えた牛乳をマグカップで2杯流し込む。
これが染み渡って、クーっと気持ちよい。
夏ならプレミアムモルツだったりするが、、、(宣伝するつもりはない)。

部屋に戻ると、だらっと椅子に沈み込む(笑。
生まれてこの方、たまりにたまった蓄積疲労を全て何処かに垂れ流しているのだ。
重力が他の次元に流れ出てゆくように。

それから、新しい星が見たい。

プレゼント

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多肉には癒される。
外でも育てているが、室内でとても気を使って丁寧に育てている特選ものが幾つかある。
種類も豊富なので、いろいろな形のものを寄せ植えしている。
似た形態であれば同じ環境下で問題なく育つ。
しかし、なるべく違うタイプの形態ものを隣り合わせに育ててみたい。
それが愉しみになっている。
結構、実験的に試したりもしてきた。

わたしが多肉の寄せ植えに密かに力を注いでいることを知った知人(特に親友というわけではない)がやって来て、寄せ植えを譲って欲しいと言う。一瞬、引き攣る(爆。
う~ん。微妙な交渉だ。
特に親しい分けではないし、でもわたしの多肉寄せ植え作品が気になっていて是非欲しいと、、、。
大事に管理すると言うので、それならばとあっさり了解する。
(これといった交渉もない)。

他人にものを贈呈するとなれば、いい加減な出来のものは渡せない。
室内でじっくり育ててきた7種類くらいの多肉の寄せ植えもので、とても元気でまとまりのあるプランターを二つ選んで差し上げた。

急だったもので、ともかくよさそうなものをさっと選んで手渡したのだが、今考えるととっても惜しい気持ちで一杯だ。
せめて写真くらい撮ってから渡せばよかった。
次に作るときの参考にもなるし、、、。
余りに無造作に渡してしまったのだ。
そのことがこころに引っかかっている。
わたしは、急な出来事に弱い。
予め分かっていることなら、作戦を練って行動するのだが、ほとんど「えっ?」と思ってほぼ真っ白の状態で「じゃあこれどうぞ」という流れで行ってしまった、、、。

まあ、向こうで元気に冬を越してくれるのを祈ろう。
娘たちへのプレゼントは、(クリスマス・プレゼントってキリスト教徒でもないのに何で無理やりプレゼントさせられるのだろうか、バレンタインとか近頃すっかり定着したハロウィンとか、、、、習慣は恐ろしい)スマートフォンにした。
わたしのiPhoneよりスペックの高い(特にカメラの解像度が半端ではない)Androidのものだ。
渡すと直ぐに二人でLINEをしあってずっと遊んでいる。
四六時中スマフォばかりやっているようでは困るが、これなしでもこれからはちょっと不便かも知れない。

基本、必要最低限の電話とメール、ネットは地図を調べるくらいにするように言い聞かせた。
絶対に身から離さぬこと(GPSの効用もある)、外出先からの連絡は必ず入れることも含めて。
長女は、昨年ガラケーを公園で紛失している。
置き忘れがやはり心配だ。
そしてゲームは絶対ダメと念を押した。
パソコンとスウィッチでもやっていてそのうえで、またこれでゲームなどやりだしたら、大変である。
いつ勉強するのか。

だがこうしたガジェットは一度手にすると身体に馴染み、依存・癒着してしまう傾向は強いものなのだとつくづく感じた。
ちなみにふたりは植物の世話などほとんどしない。
余り関心が向かないのだ。
他の生命に対する関心がとても乏しい。
他者に対する感覚の問題だ。
どうもここが気になる。



安全基地

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安全基地は生を受けた時にすでに用意されていない場合、ある年齢になって(物心ついてから)意識的に探そうにも容易に見つかるものではない。自力で容易く手に入る類のものではない。
余程、幸運に恵まれないと不可能である。

「安全基地」は、仮想空間には見出せない。
「安全基地」は、身体という現実~歴史全体が格納される広さを持つ。
「安全基地」は、こちらの身体性の全てを受け容れる他者という身体性を要請する。
「安全基地」は、独りでは実現しない。鋳型の片側に過ぎない。
「安全基地」は、表現では創造できない。
「安全基地」は、極めて原初的な生物学的な構造~時間に属する。

「安全基地」を探すタイムリミットはせいぜい学生時代までか。
それ以降は、困難。
医者はまずほとんど頼れない。

他者という不可能性を要請しない汎用的「安全基地」が、創作出来たら、救済される人は多い。



健康

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わたしにとって今一番のテーマは「健康」である。
自分を苛む「あやふやなもの」はなくなったところで、全てに的確な対応がとれる。
地図は明瞭になり見通しは明るい。
自分の作ったシステムに乗っかり愉しんでゆけばよい。

無自覚な「病」の連鎖は、はっきりと断ち切らねばならない。
引き継がれてしまった歴史は葬り去る。
わたしの場所で全て清算する。

まずは焼き潰す。


後には残さない。
特に娘たちには。


青い空だけ残る。

blue sky




一言

blue sky

わたしの場所で絶つ。








リボーン Reborn 

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現在の状況を作っている原因が掴めると、まずは落ち着いた足場が与えられる。
それを的確なことばで顕わにできれば揺ぎ無い体勢がとれる。
繊細な作業となるが自分のなかで腑に落ちてゆけばよい。

しかしそれを元にした再生への具体的な対処方法を明確に打ち出せるかとなると問題がある。
この時、他者(第三者)の協力を不可欠とする場合、それを得る当てがないと何らかの代替存在が必要となる。
(たとえどれほど優れたAIをもってしても身体性がなければ意味はない)。
となると、自分しかない。
自分の中に自分の上位存在を出現させなければならない。
超自我を食い破ってもよい。
自分がかなり明瞭にふたりになるか。

新たな自分が親を引き受けることになる。
それ以外に、ない。

生まれ直す。

果たして人は自分独りで”Reborn”可能か。
この実験となる。
もっともまったく記憶にない時期についての情報~素材は、他から収集しなければならない。
出来る限り準備は整える。

そして
大きく変えてゆく。


人は生れて来たからには、健康に生きたい。


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激変を迎え

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すべてが大きく解体する。
変動する。
しかし本当に生きようと進めてゆけば、必然的に崩壊するものは当然ある。
容赦ない動き。
そして消滅。
それに耐えきれるかどうか。

想定も見通しもたたない。
何も分からない。
不安しかない。


完全に解体すべき時には、そうなる他ない。
どうにもならない。
暗闇のジャンプ。


なるように成る。
なるように成るだけ。
自然の摂理のように。


最後に正しさを実感できれば良い。

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回復プロセス

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プロセスに入るにあたり、親との関係をまず断絶するする必要がある。
勿論、言葉の通じない者や邪悪な輩とも如何なる関係も断ち切る。

すべてをニュートラルに、中庸に保つ。
身体の深く、より深くへと言葉の境界にまで沈潜しなければならない。

余計なノイズはカットする。
純粋領域を掘り返す。

新たなことばを見出す。

これは科学だ。
実験でもあり観測でもある。

永遠に拒絶された愛の果てに延びる路を探るための。
新たな可能性にかける意味でも。

このプロセスは機械的に自動的に始まる。
冷徹に進行する。

心地よい入眠

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以前は睡眠導入剤が必要だったが、最近は飲む必要がなくなった。
夜が更けるころになると、起きているうちからすぐに朦朧としてきて、ばったりと眠れる。
病院の高血圧科にも通院はしているが、ほとんど125/70前後を維持しており、問題はない。
数値に振り回されたくはないが、この辺の数値であるとすっきり過ごせる。
生活の質は、快不快で左右される部分が大きい。

極力、不快・不安要素は取り除きたい。
それでも怒りだけは激しく噴出する。
これは、まだ当分収まるまい。
反復・回帰~再現がある限り、鎮火することはなかろう。

変わらないのだ。
基本的に人は変わらない。
やはり自分が大きく変わり、健康になることだ。
ことばの真の意味での。
ニュートラルに。

まずは、身軽になっていこう。
拘り~自我から少しづつ解かれて。
そう、どうでもよくなってゆけばよいのだ。
だが、まず前提としてやるべきことがある。

よく専門書にも出てくる幼年期からのこれまでの自分を想起し、その時期における欠如を埋め合わせてゆく作業を実質やっておきたい。どれほど有効か、はともかく。
少なくともその最も大事な時期は霞の中なのである。
断片は幾つも、幾つも拾い集めた。
拾える範囲は自ずと限られるが。
独りでやる他ない。
それに不足分を与え生気を蘇らせて統合出来れば、自分の足場として確立するか。

何をするにせよ、土台は必要なのだ。
土台の上に、何度も何度も建て直す必要がある。
最終的に更地にするにせよ。

何かを作りつつ、解体の準備もしてゆく。
その過程で「存在」が屹立してくる。








最近、よく夢を見る

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夢と言うのが、大変現実的で緻密な光景なのである。
しかし、考えてみればそうでない夢など見たことがない。
夢は常にディテールがしっかりしており、へたな映画よりずっとリアルである。

そして変に入り組んだ複雑な映画の脚本より、もっと複雑でダイナミックである。
物凄い出来の良い詩的な映画みたいだ。
そう、タルコフスキーの映画に似ている。(ベルイマンのものにも)。

    タルコフスキー以外では、、、
    わたしは「去年マリエンバートで」は好きだが、「メランコリア」に寧ろ究極的なリアルさを感じる。
    「メランコリア」は人類にとって正夢かも知れない、、、。

うんと苦しい夢の時は、「ストーカー」である。
そんなときは、寝汗もかいている。
何を求めて彷徨ったものか、忘れていてもどっと疲れているものだ。

「鏡」みたいな夢も見たが、その他となると、定かでない。
(「サクリファイス」は知らぬうちに見て忘れてしまった夢であったかも知れなかった)。
いま、緊張感と言うか一種の研ぎ澄まされた濃密さを感じる。

高濃度の時空である。
酷い疲労を誘いつつ、、、。
逆らい難い眠気を纏わせ

ひんやりと醒めている、その時空がこの夜のしじまにすでに嵌入して来ている。
稠密なタルコフスキー時に連結していた。
このまま「ノスタルジア」に導かれそうだ、、、。

   あの回廊は何度も歩いた。
   何度も過った。
   その先を眺めやった。

そんなとき、何故かわたしは決まって自転車に乗っているのだ。
遠藤彰子かジョルジョ・デ・キリコに借りた自転車である。


驚異的に明るい崖の裏面に漆黒の闇が貼りついている。


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プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
基本的に、日々思うことを綴ってゆきます。悪しからず。
出来ればパソコン画面(PCビュー)でご覧ください。

*当サイトはリンクフリーです。

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