
多肉には癒される。
外でも育てているが、室内でとても気を使って丁寧に育てている特選ものが幾つかある。
種類も豊富なので、いろいろな形のものを寄せ植えしている。
似た形態であれば同じ環境下で問題なく育つ。
しかし、なるべく違うタイプの形態ものを隣り合わせに育ててみたい。
それが愉しみになっている。
結構、実験的に試したりもしてきた。
わたしが多肉の寄せ植えに密かに力を注いでいることを知った知人(特に親友というわけではない)がやって来て、寄せ植えを譲って欲しいと言う。一瞬、引き攣る(爆。
う~ん。微妙な交渉だ。
特に親しい分けではないし、でもわたしの多肉寄せ植え作品が気になっていて是非欲しいと、、、。
大事に管理すると言うので、それならばとあっさり了解する。
(これといった交渉もない)。
他人にものを贈呈するとなれば、いい加減な出来のものは渡せない。
室内でじっくり育ててきた7種類くらいの多肉の寄せ植えもので、とても元気でまとまりのあるプランターを二つ選んで差し上げた。
急だったもので、ともかくよさそうなものをさっと選んで手渡したのだが、今考えるととっても惜しい気持ちで一杯だ。
せめて写真くらい撮ってから渡せばよかった。
次に作るときの参考にもなるし、、、。
余りに無造作に渡してしまったのだ。
そのことがこころに引っかかっている。
わたしは、急な出来事に弱い。
予め分かっていることなら、作戦を練って行動するのだが、ほとんど「えっ?」と思ってほぼ真っ白の状態で「じゃあこれどうぞ」という流れで行ってしまった、、、。
まあ、向こうで元気に冬を越してくれるのを祈ろう。
娘たちへのプレゼントは、(クリスマス・プレゼントってキリスト教徒でもないのに何で無理やりプレゼントさせられるのだろうか、バレンタインとか近頃すっかり定着したハロウィンとか、、、、習慣は恐ろしい)スマートフォンにした。
わたしのiPhoneよりスペックの高い(特にカメラの解像度が半端ではない)Androidのものだ。
渡すと直ぐに二人でLINEをしあってずっと遊んでいる。
四六時中スマフォばかりやっているようでは困るが、これなしでもこれからはちょっと不便かも知れない。
基本、必要最低限の電話とメール、ネットは地図を調べるくらいにするように言い聞かせた。
絶対に身から離さぬこと(GPSの効用もある)、外出先からの連絡は必ず入れることも含めて。
長女は、昨年ガラケーを公園で紛失している。
置き忘れがやはり心配だ。
そしてゲームは絶対ダメと念を押した。
パソコンとスウィッチでもやっていてそのうえで、またこれでゲームなどやりだしたら、大変である。
いつ勉強するのか。
だがこうしたガジェットは一度手にすると身体に馴染み、依存・癒着してしまう傾向は強いものなのだとつくづく感じた。
ちなみにふたりは植物の世話などほとんどしない。
余り関心が向かないのだ。
他の生命に対する関心がとても乏しい。
他者に対する感覚の問題だ。
どうもここが気になる。