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GOMA28

Author:GOMA28
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死者の記憶をもつ子供たち 2h SP

81mHP.jpg

2h SPを観てみた。
作りは、45分ものと変わりはなかった。
長くなった分、エピソードも増え、何と5つもすし詰めで入っている。
これでは、45分で2つの方が話が充実していた。


昨日観た「乗り移った記憶」の貿易センタービルで落下死した記憶を持つケイドの噺の続きがあり、前世の友人と語り合う場面が出て来る。
相手もアフターライフってあるんだなあ、、、という感慨に浸る。
二人しか知らない話でピタリと通じるのだ。
(今は子供とおじさんであるが)。
母子で明日から今の生を生きることが出来ることを噛み締めて終わる。
恐らくこれが一番肝心なことであろう。
それだけなのだ。きっと。
では何故、前世の記憶を持って生まれてくるのか?
いや寧ろ、何かの間違えで記憶が残っていることで、現生での生活が多大な障害に見舞われている状況なのだ。

蝶の変態で、卵→(孵化)→幼虫→(蛹化)→蛹→(羽化)→成虫の過程で、前の段階の記憶が残っていたら現段階の生に支障が生じよう。幼虫の動きを身体に残していたら成虫の生存にとっての危機となる(支障どころの話ではない)。
ヒトも完全変態をしているのかも知れない。このような飛躍を経験して続いてゆくのか、、、
そうなると死は、上の過程における()の状況に過ぎないもの、、、
われわれは、前のフィギュアの記憶を完全に忘却しているために今の生を生きていられるのかも知れない。
もしかしたら、無意識的なレベルからの突き上げは、それ~他の場所の記憶の作動によるものと謂えるか。
確かにユングの説く集合無意識は、われわれの原初における記憶である。


ともかく、自分の中に自分を突き動かす強力なイメージ~他人格を抱え込んで苦しむ子供がいるということだけは、ハッキリ分った。
その原因を何に求めるかはさておき。
彼らは決まって激しい夜泣きをする。親子で心身ともに疲れ果てる。荒唐無稽な主張をする。
親としてはそれを否定することは出来ない(否定による解消は望めない)。
徹底して我が子の主張に寄り添い、その記憶から子供を解放しようとする行動は誰もが等しくとっていた。
わたしもその立場ならきっとそうするはず。

ただ、ここに取り上げられたパオロ少年に関しては、昨日の家紋を頼りに日本で前世の自分を探すと言っていた少女よりも覚束ない。日本刀に興味を持ち前世は武士の棟梁で、合戦の中、闇に囲まれ死んだという少年であるが、そのシーンについて、ディテールの解像度の高まることはなく、ずっと漠然としたままで、刀の構えや所作から着物の選択に至るまで、およそ日本らしくなく、侍の姿から遠いものであった。フィジカルイメージがまったくないのだ。他の前世チャイルドたちは文字や形体~家紋などや固有名(地名や人名)などを思い出してゆき、それが決め手となったりしていたが、彼のイメージは、戦隊ものの「赤~」とかアメリカンコミックやテレビショー経由のものに相違なかった。イメージに外部性が見られない点において、これは単なる思い込みとしか受け取れない。
勿論、サムライスピリットで逞しく生きてゆくぞ、という意気込みは結構なものであり、応援したいものだが。
(昨日の前世が「風と共に去りぬ」の脚本家シドニー・ハワードであった少年の対極にいる。このようにはっきりしてしまえば気持ちもスッキリする。後は今世でも名作をものにすれば、説得力が増す。それこそ前世~輪廻転生ブームも巻き起こるだろう。詐欺も含めて)。

ここでも、あのお空の扉からママのお腹に降りて来て、生まれて来たんだよ、という件がある。前世が司祭であった子供だ。
乃木坂4期生の北川さんの見解を聴いてみたい、とふと思った(笑。


面白く興味深いエピソードも幾つもあった。昨日のものであるが、、、
息子がロシア空軍大佐であったことが判明したエピソードは気に入った。
父がイラクに派遣が決まった時に、男同士の話があると息子に呼ばれ、戦場での身の守り方を教えられ、しっかりやってこいと年端も行かぬ息子に励まされる父の絵は何かとても仄々していた。
息子の面持ちは確かに大佐の威厳があり、明らかに父親より格上オーラをビシバシ発していた。
しっかりした息子を持って羨ましい限りだ。うちの娘の赤んぼぶりからしても、、、。

それから、孤児列車の回で、自分のイメージをたった一人孤独のうちにずっと探っていて、その前世ルーツに迫って行く少女には、大変好感を持った。早くその件を解決して、将来研究職にでも就き、実のある仕事をしてもらいたいものだ。今回の足を使った探求は必ず糧になると思われる。


だが、われわれ一般として、最も気になることは、前世がどうとか輪廻転生などということよりも、死んだ後の”生”としか捉えようのない今回の彼らの話しについてである。その死後に訪れる場所そのものが気になるのだ。その霊界みたいな場所こそが知りたい。
そこは、何なんだ?
それこそ知りたいところなのだ。この子たちの中から誰でもよいから教えてくれ。頼むよ。

ちなみに、そこが居心地よければわたしは絶対に輪廻転生のサイクルなどには乗らない。外れる。冗談じゃない。
死んでも拒否する。って死んでいるところだが(爆。

ともかく、教えて欲しい。





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死者の記憶をもつ子供たち

81mHP.jpg

Season 1 4 Episodes
2020年
アメリカ

1. 乗り移った記憶

2. 兵士と脚本家

3. 孤児列車とホテル火災

4. タイタニック号の乗客

以上4編を観てみた。
(この後、2hスペシャルというものがあったが、時間の関係でそこまでは観れなかった)。
かなりシリアスなもので、こちらも普通に真面目に観た。
ともかく、TVの作りだ。
映画とはずいぶん違う。

伝えるべきところをテンポよく簡潔に流してゆく。
観易いことこの上ない。
だが内容は何とも、、、。
噺は、自分の子供が超越的なトラウマを抱えていた場合の、親子の奮闘の記録である。


幼い我が子が急に悪夢を観始める~不意に語り出す。
どうしたことなのか確かめると、凡そ子供らしからぬ口調と表情で自分が死んだときの話をする(そのときは別人格に見える)。
ほとんどが陰惨な事件~事故により命を落としている。
そして自分のかつての親の事や家族の事、仕事の事なども語り始める。
荒唐無稽な絵空事にも想えない真に迫った雰囲気であり、ふざけている様子はない。
それらの噺は徐々に解像度を高め詳細なものとなってゆく。
まさにその時間系は強迫観念として日夜子供のこころを捉えて離さず、彼らは皆孤独にふさぎ込んで苦しむようになり、親は無力に見守るしかない状況となる。
親は危機感を募らせてゆく。

2歳から5歳の間にそれは起きており、親や兄弟がその間に話に現れるような何らかの情報を与えた覚えはない。
しかし、通常では知りえない(親も知らない)情報を正確に事細かに語り、ネットで検索すると事実であることが分かる。
とは言え、天国の窓からママを見ていた、などという言説をはじめやはりどこかの隙に刷り込まれた物語と受け取れるところもある。
情報は何処からともなく様々な形で多様なものが無意識にそれと気づかず侵入して来るものだ。
だが、受け手の年齢にしては、語る内容が整理されている(そこが決め手になっている)。
彼らは決まって、普通より早く歩き、発話も早く、物覚えも良く、世話のかからぬ子どもであったようだ。
(単に能力が高いとも受け取れるが、そもそも彼らを精神分析医が真剣に分析してはいないのか。それが番組の話にはない)。
ともかく知るはずのない事実について熟知していることが大きな戸惑いを生むのだ。
それも陰惨な事件により彼らの前世が断ち切られているところが大きい。

過去に起きた事件の正確で詳細な事実を子供の口から語られると、その合理化として親は前世の(超越的な)記憶を保持した子供なのだと思いたくなるのは分かる。ともかく得体の知れない変わった子供では、お互いに耐えられまい。
彼らは明らかに他の子供とは違うが、聡明で真面目で「異常」を感じさせないことも確かなのだ。
自分の子供が子供らしくすくすく育つのではなく、ある特定の(多くは忌まわしい)記憶に蝕まれ苦しみもがいているのを見ると、親としては激しく執着する「前世」の記憶から彼らを解き放ち、自らの生を活き活きと生きてもらいたいと願う。これは当然だ。
ある意味、結果的に双方の共犯関係は揺ぎ無いものとなる。

彼らは親子で問題の解決に当たる。子供も自分の生を生きたいのだ。
「前世」を仮定し、その記憶を事実の記録と突き合わせ、合致した現場に実際に行って確認~追体験をする。
これは正しいものだと思う。
これ以外の有効に思える方法は浮かばない。
実際にそこを訪れ、事実を確認し自分の前世の妹と逢うなどして、悪夢から解かれてゆく。
1~4までの話では皆、その線で良い方向に向ってゆく。
今生の親子の絆も深まり良い結果を生んでいる。
ただ、前世で日本人として生まれた少女が(記憶から書いた)家紋?を頼りにかつての自分を探し出すのは、大変難しいと思われる。基本、何処の家にも家紋はあり、その家紋に当たる家は夥しい数だと思われる。
筆で書いた漢字も日本の通常の熟語ではない。これは何かの拍子に取り込んでしまった文字であろう。
彼女自身は感受性豊かで能力も高い子供だとは思うが、精神分析医に診てもらった方が解決は早い気がする。


娘との関りで、死は終着ではなく、その先の世界があることが分かり、安らかな境地に至ったと、癌を患う彼女の母が語っていたが、どうもそういう気持ちには共感しかねる。


明日は、二時間スペシャル版も観てみたいが、物語としては充分に面白いので期待は出来る。



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涼宮ハルヒの憂鬱-Ⅱ

Endless Eight004


The Melancholy of Haruhi Suzumiya

2006年

石原立也 監督
谷川流 原作

       (声:
キョン 、、、杉田智和
涼宮ハルヒ 、、、平野綾
長門有希 、、、茅原実里
朝比奈みくる - 後藤邑子
古泉一樹 、、、小野大輔
朝倉涼子 、、、桑谷夏子


不思議なことには敏感。
しかしそれは三面記事の野次馬的なレベルを出ない。
だが、本人の気づかぬ次元で宇宙~時空改変を知らず行っている、という特異点であるハルヒ。
微妙で思い切った設定である。
望むことを彼女はいつの間にか実現してしまうのだが、そのことに全く気付かない。
途轍もない絶妙な凄いことをやっている事実には無自覚で、意識は常識的に面白いことをいつも探している始末。
単にお祭り騒ぎをしたいだけのようにも映る。
だが、彼女が実現した(想像もせずに創造した)世界を彼女自身が観測せずに果たしてその世界は存在したと謂えるのか!
それは無いに等しいではないか。
宇宙は自身の生んだ観測者を前提として初めて存在する。


いま、この世でもっとも不思議でワクワクできるのは、科学的な発見などではないか。
最近の大きな出来事として、ヒッグス粒子の発見(2012)、重力波の直接検出(2016)、ブラックホール撮影(2019)などが特別感慨深い。だが日々宇宙(惑星間)観測機により孤独のうちに続けられていた調査・発見のニュース~情報には胸が躍る。
ここのところ、主にカッシーニによる土星と土星周辺の探査であった。
その余りに美しく神々しい冒険。あのグランドフィナーレのビデオは何度見ても、こみ上げる涙を抑えられない、、、。

それはあくまでもメディア(編集・製作)を通して享受できる情報であることは違いない。
それでも、こんな情報以上のものが、他で得られるとは思えない、、、
そしてこれが観測者あっての宇宙なのだ。リルケの言うように、ことばの数だけ宇宙は深まり広がってゆく。
絶妙なチューニングによって辛うじて存在し得た観測者。
それが初めて宇宙を存在せしめる。この表裏一体。
であるから、映画「メランコリア」で地球が天体衝突により破壊され宇宙の藻屑と消えたときに、同時に宇宙は死んだのだ。
(人間原理の重要な要素のひとつ、地球に向かう他天体の軌道を自らの強大な重力で逸らしてしまう木星の力がこの時は及ばなかった)。

一次情報や所謂情報化される前のデータ~事象に触れる機会はさすがにわれわれ市井の人間には制約が多すぎる。というより接する手立てが限られている。身体的限界も含めて。
ハルヒはともかく素手で直接何か途轍もないものを掴んでみせたいのか。あくまでも自分の手で。仲間と一緒に、、、。
気持ちは分かる。神になりたいのか?(本当になってしまっているが気づかないだけなのだが)。
当然彼女の現実においては、到底何を企てようが満足できるところまでは届かない。
その執念~無意識的欲動が、情報爆発~時間大震動~閉鎖空間(次元断層)の生成などを引き起こすというのか。
とんでもない規模の危うい祭りである。

ハルヒの望む世界を彼女自身が創り、彼女はその世界内にいながらその世界がなんであるかを知らない。
いやこれはわれわれにも言えることではないか?
彼女に必要なのは、観測者なのだ。
彼女の世界を見てくれるもの。それがあって初めて彼女も真に存在しうる。
自分の小ささを自覚させられるのではなく、自分の無限の可能性をその広がりを見届けてくれる存在が必要なのだ。
それが彼女に選ばれた普通の人キョンなのではないか。
そして彼女の望みであった宇宙人の長門有希に未来人の朝比奈みくるに超能力者の古泉一樹がそれぞれの目で見守る。
キョンはハルヒに選ばれた。とみんなが言う。一番の謎。それは何故キョンが選ばれたのか?
キョンこそハルヒの観測者なのだ。
ハルヒが消失したときにも、彼は天文学者のように彼女を見つけ出した。



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涼宮ハルヒの憂鬱-Ⅰ

Endless Eight001

The Melancholy of Haruhi Suzumiya

2006年

石原立也 監督
谷川流 原作

       (声:
キョン 、、、杉田智和
涼宮ハルヒ 、、、平野綾
長門有希 、、、茅原実里
朝比奈みくる - 後藤邑子
古泉一樹 、、、小野大輔
朝倉涼子 、、、桑谷夏子


無意識的な爆走で宇宙を消滅させる可能性のある涼宮ハルヒを観測・監視するおどろおどろしい(宇宙規模の役職の)3人とハルヒ宇宙の微調整役の普通の人キョンで成り立つ噺。

「人間原理」をベースに展開する。

ハルヒは、自分では「宇宙人と未来人と超能力者」を友達にして何をかやらかすぞと息巻いているのだが、その無意識的願望によりその通りの存在が(恐らく改変~創造されて)集まってしまっている。
SOS団として。

しかしハルヒは意識の上では、そんな存在がいるわけないと信じている(端から諦めている)。
かなり常識的な超自我~感覚は持っている。
だが、無意識的願望を元に世界を創造してしまう特異な力をもってしまった。それが3年前の七夕に生じたらしい。
彼女には何の自覚もない。意識的にSOS団員に命令してやっていることと言えば、普通のお遊び~イベントを派手にやるに過ぎない。
つまり自分の潜在パワーには全く無自覚なのだ。また、それに多少でも気づくようなことがあると、どのような大変動が宇宙に起こるとも限らない。(古泉の言うように重力定数や粒子の質量比が僅かでも変われば宇宙は消滅しかねない)そんな覚束ない状況にあるのだ。ハルヒが呼び寄せてしまった(創造してしまった)3人は、彼女の無意識的願望を満たす存在であると同時に彼女が世界を取り返しのつかないほどに改変しないようモニターしながら場合によっては早急に修正する役ともなる(何という大役か)。
古泉が「人間原理」をキョンに解説する際に用いた「崖っぷちでつま先立ちしている道化師のごとき存在」こそがハルヒを取り巻く彼らそのものと言える。
だから、ハルヒに常に振り回され危うい目に遭い時には命からがら急場をどうにかしのぎつつ、世界を元の姿に戻したりしてハルヒと仲良く時にはなだめながら遊んでいるのであった。

世界の創造者というものは、やはりハルヒのように荒ぶる神なのだろうか。


ここで何と言っても陰で凄い活躍を続けているのが、長門有希である。
実際のところ、彼女がいなければとっくにキョンは殺され、歯止めの効かないハルヒによって宇宙は消滅であろう。
長門有希は途轍もない功労者である。
ハルヒよりファンが多いのは当然であろう。
(わたしもファンである)。

古泉がハルヒの無意識に形成する閉鎖空間で「神人」を倒す活躍も既視感はあるが、縁の下の力持ちか。
キョンによる宇宙の微調整も何とはなくできていたりそうでもなかったり、であった。
朝比奈みくるはハルヒの良い玩具であったが、彼女が捕まえてきた萌えキャラである。
ハルヒの無意識的な欲望を満たし安定を呼ぶ存在としてとても役立ってはいた。
未来人としてのどういった役割を果たしていたのかは、いまひとつはっきりしないのだが。

やはり長門有希が大活躍なのだ。
キャラもとてもそれらしい。
ハルヒとの対比でも。
丁度、惣流アスカラングレーと綾波レイのテンプレートにピッタリの鉄板キャラとでもいうべきか。
ここではそれにテーマ音楽付きの鉄板萌えキャラ朝比奈みくると非常に安定した相棒キャラの古泉一樹が支える。
これらの構成は強力だ。




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エンドレスエイト インターミッション

Endless Eight007

Intermission

いくちゃんの写真集についてではない(笑。
恐れ多くてコメントなどしようがない。

そうではなく、「エンドレスエイト」についての考えがまとまらず、一先ず休憩にしたいのだ。

原作とか読まないと、よく分からない世界かも知れない。
(原作に忠実とは言え、原作にはこのような繰り返しはないという。一回の記述で凄まじい回数のループの後にキョンのひとことでループを脱したようで、読んでもこれについてはあまり意味はなさそうだが)。

原作を読んでいれば、感じ方が違ってくることは当然ある。
しかしこれは表現形式が異なるのだから当たり前のことであり、その世界観をその形式を活かして表すことに成功していれば文句はないはず。

どうなのだろう。
わたしとしては珍しく、これについて書かれたスレッドなどを拾い観してみたが、驚いたことにコアなファンにかなり評判が悪く、実際売り上げをこの話から落としているようで、それ以降立ち直らなかったようだ。いやセールスの問題より深刻なのは、この大傑作「ハルヒ」シリーズ自体の評価を落とす要因に、この作品がなってしまったらしい。何ということ、、、。

ちょっと今回は、いつものように無手勝流な感想を気軽に書けない気分に陥った。
同時に夏の疲れもどっと来た。
わたしは原作はおろか、毎週の番組を一周間楽しみに待ったうえで視聴していたわけではなく、DVDで一気にまとめて観てしまったのだ。この違いが殊の外大きく影響した感もあるが。

ファンのほとんどは、この作品に怒っているようなのだ。
主に8回ほとんど同じイベントをそれぞれ制作チームを変えてまで作ったのに、完全にイベント・セリフ・シーンが細かい部分まで統制がかけられており、ほぼ同じもの~シークエンスで出来てしまったのだ。それでも作画の個性などは滲み出ており、わたしはその辺の違いを味わうことが楽しかったのだが、、、つまり型を同じにしても溢れ出てしまう表現の妙が、である。

批判の多くは所謂、バタフライエフェクトによる作用がどうなってるのか、自然に考えてもっと多彩で多様な動き~イベントになって当然だろう、いつものようにキョンではなく視点を変えてイベントを捉えてみたらどうなのか、ここでは全てを知る立場の長門がその適役ではないかとか、同じイベントでやっても一回ごとに視座を変えたら変化に富むというのもあった。水着が毎回違うことに注目し、浴衣はその場で買うからまあよいとして、水着は家からもって集まるにしては、たくさん持ってい過ぎだと怒るファンもいた。わたしは毎回異なる衣装を愉しんでいたので盲点を突かれた。リアリティにおける信憑性である。確かに女子なら水着を8種類(以上)持っていても不思議はないが、男子が海パン8種類(以上)持っているのは、ちょっとマニアの領域かも知れない、とは言え、ここまでつつかれるのは、相当この作品が強い批判欲を引き寄せるものになっていることは違いない。

わたしの観方が甘かったのか。
しっかり観ていなかったから、怒りがこみあげてこなかったのか。

わたしは単に純粋に面白かったのだ。
ファンが如何に苦言を呈していても、わたしが面白かったのだから仕方がない。
どうしろというのか。
と、開き直ってみても、この温度差以上の感覚は、やはり気になる。

元々わたしは、滅多なことでは作品を批判的に観ない。
極めて受容的な姿勢で鑑賞する。
勿論、その姿勢もその作品の出来具合の程度によるとはいえ。
余りに酷い時は(最近、何作か確かにあった。「Her」などそのひとつで、普通のパソコンにインストール出来る程度のAIに安易に感情を持たせて、気色悪い会話を延々とさせる映画などには)流石にブチギレ鑑賞放棄するが。
これは、そんなおバカで下らぬものとは、次元の異なる作品である。

丹念な作画でディテールまで緻密に描かれた表現豊かな作品である。
ひとつだけ観れば、文句なしの京アニ品質の傑作ではないか。
要するに、問題は、「反復」(そのさせ方も含め)に尽きるとは謂えよう。
デザインの問題となる。

但し、ひとつだけ、大方のファンの意見にあるらしい「エンドレスエイト」が「消失」の要因となったというのはどうか。
確かにその「時間」は彼女にとって有意味に働いたと思うが、、、。
今日、娘たちと「涼宮ハルヒの消失」を一緒に観て、胸の締め付けられるほどの感動を覚え、思ったのだが、エンドレスエイトがなくても、「消失」は起きたし、それまでの流れの必然の結果でもあったのではないか。




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エンドレスエイト-Ⅰ

Endless Eight006

The Melancholy of Haruhi Suzumiya
より"Endless Eight"
2009年


石原立也 監督
賀東招二 村元克彦 脚本
谷川流 原作

       (声:
キョン 、、、杉田智和
涼宮ハルヒ 、、、平野綾
長門有希 、、、茅原実里
朝比奈みくる - 後藤邑子
古泉一樹 、、、小野大輔
朝倉涼子 、、、桑谷夏子


観て一日経ち、これは尋常ではない作品だとじわじわ分かって来た。
どうやらわたしはこれをお気楽ご気楽に観過ぎていたみたいなのだ。
だが、どう分かったのか(気づいたのか)自分でも良く分からない。
少しずつ感じたことを備忘録風に記しておき、その後、まとめられたらまとめたい。
今のところ、そんな状況なのだ。

まずその前に色々と整理するために気になったところをランダムにでもあげておきたい。
大事なことを忘れていてはまずいし、そうしておかないと、先に進めない。


この作品をわたしはDVDでまとめて一気に観てしまったのだが、実際はTVで週一で放映されていたのである。
しかも、たまたま見たスレッドから、視聴者には何話から何話までこれが続くという情報は予めなく(通常そうであるが)、エンドレスエイトの回が何回続くのか分からず相当な不安をもって見守っていたようだ。
(原作本では、一回限りの話しでそれを表現していたところを、京アニは8回繰り返して表現~演出したのだ)。
これは、確かにわたしが一気に観たのとは状況が大きく異なる。
ファンにとっては事件というか事故というか、災難ともとれる事態であったらしい。
まさか放送がエンドレスに続くわけはないにしても、5回目くらいからは、どうなるんだという焦燥と不安は拭えなくなったはず。

この表現はどうのような効果を狙ったものなのか。
かなり特殊なものであることは、端から分かるがさてそれは、と言われるとまだ確信がない。

最初に受けた印象も何か覚束ないものとなっている。
ただ冷静にもう一度、考えると、、、
時間が繰り返されてゆくのであれば、長門の謂った以上に、それぞれに様々なイベントパタンがあって楽しんでいても良いし、動きも大きく異なってよいはずで、通常、その方が自然である。しかもセリフが基本的に一緒ということはまずなかろう。
確率的にハルヒがやりたいことリストに載せる項目は彼女の趣味・趣向から同じとなったとしても、それをやる順番ややり方やその時の状況にもっとバラツキはあってもよいだろう。此処まで揃える意図が何であるのか。勿論、極めて意図的にそう作ってあるのは明らかであるため、そこを確認することがこの物語の理解においては避けられない事項となる。

昨日、書いたことだが、8回目の最後のカフェの場面で、一か八かの勢いでキョンが俺にはまだ課題が残っている。俺の家で皆で宿題だ~にハルヒが乗ってこのループをめでたく抜けるのだが、ここで何が作用してループを抜ける~ハルヒが漸く「夏休み」に満足したのか。
みんなで残った宿題を誰かの家に集まりラストスパートでやるということが、夏休みの風物詩みたいに感じて、これだ!と彼女も満足したのか?
キョンがこうしようと強く主張して、それに対し団員にそんな決定権はない、出しゃばるなと渇を入れ、わたしも行くわよ!と宣言したこと自体が、彼女を吹っ切れさせたのか、、、いまひとつ何とも言えぬが。
とは言えどうやら後者のように想える。何故なら彼女は最終日に、キョンの家では、彼の妹とテレビゲームに興じていて、宿題など彼女は休みの頭に終わらせていたため、ノータッチのようであったから。
キョンが声高に自分を主張する場面などこれまでに一つもない。これに感銘を受けたというか、ハルヒの何かを強く揺さぶった感があるのだ。

さてそれから、何と言っても長門である。
彼女はループの外にいてループ自体を対象化して眺めていたような存在である。
中にいながら全体をしっかり把握していたのだ。
他のメンバーは、その都度一回性の生を生きていたに過ぎない。
古泉の語るように経験の残滓みたいなものが蓄積して行き、時折(しかも決まった場面で)既視感に陥ることはあっても。
そこで、彼女は単に観測者であるため、動かなかったのか。
これまで、彼女は肝心な時には、キョンを朝倉涼子の魔の手から深手を負いつつも救ったり、同様に朝比奈みくるのカラコン光線を手で遮り酷い傷を負いキョンの命を救っている。状況を変えるスーパーウーマン並みの能力を発揮する場面は少なくなかった。
もし、彼女にとって1万5千を越えるリピートが辛ければ、何らかの手を打たないか。勿論、これまで自分のことに対し能力を発揮する場面はなかったが、エラーを自身の内に蓄積し本来の任務遂行に支障が出るような事態を予想すれば、当然手を打つはずである。
彼女の底知れない能力をもってすれば、ループを無化する方法など直ぐに見つかったはずだ。
それを敢えてせずに500年以上もループを許すと言うのは、彼女にとってそこが心地よかったのではないか?
そのなかでの生活が彼女にとってとても有益であった可能性が高い。
彼女に限りずっと連続性を持って本をつぎからつぎへと読破してゆけたはずである。
あの速読力で、500年を遥かに超える時間の多くを読書に充てていたのだ。
それだけ読書すれば誰でも人が変わる~豊かになる。
エラーとか壊れたとかいうことばを使うため、負に解釈し易い流れを作るが、実際はどうなのか。
「消失」で朝倉涼子が普通の女子学生として過ごしていたが、本来それがあるべき姿であったかも知れない。
そもそもハルヒが北高に超能力者と宇宙人と未来人の友達が欲しいという強大な無意識~願いを抱いた為、その役を彼らが担うことになってしまったのなら、長門有希だってそうである。いや古泉一樹も「消失」では普通の生徒としてハルヒの彼氏になっていたではないか。
ハルヒだけは変わらないのであるが。

どう見ても、長門の改変した世界の方が普通であることは間違いない。
とすれば、長門は「消失」で魅せた姿こそ本来の彼女なのだ。
感情の感じられないアンドロイド(対有機体ヒューマノイドインターフェイス)ではない、控え目で情感あふれる美少女。


エンドレスエイトの期間は長門にとっては豊潤な時間であったかも知れない。
ただ、ハルヒの消失により彼女を喪失し彼女が自分にとって掛け替えのない存在であることを自覚するキョンにとっては、長門は壊れたという判断となろう。いつも世話になってばかりでとても大変な役回りだという同情はあっても。
長門はそれらの全て知っているため、パソコンにどちらの世界(ハルヒのいる調子の狂った世界か落ち着いた普通の世界)を選ぶかをキョンに決めさせる手立ても予め用意しておいたのだ。
何と健気な。

しかしまだ、「エンドレスエイト」そのものの謎については皆目分からない。



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PRE:エンドレスエイト

Endless Eight001

The Melancholy of Haruhi Suzumiya
より"Endless Eight"
2009年

石原立也 監督
賀東招二 村元克彦 脚本
谷川流 原作

       (声:
キョン 、、、杉田智和
涼宮ハルヒ 、、、平野綾
長門有希 、、、茅原実里
朝比奈みくる - 後藤邑子
古泉一樹 、、、小野大輔
朝倉涼子 、、、桑谷夏子


この”8”は、8月の8でよいのか?
わたしは度々、日本のアニメ、そして京アニに驚いて来たが、これにはホントにたまげて笑ってしまった。
こんな作品が今から10年前に出来ていたのだ。今頃知るのだから、わたしはハッキリ、アニメの門外漢である。

夏休みも後15日というところで、涼宮ハルヒが一度しかない高1の夏休みを悔いのないように楽しもうということでSOS団員を集めてやりたいことリストに従い、片っ端から皆でイベントを愉しむというものだが、8月31日24時になると自動的に15日前の日に戻り、再度その15日間が繰り返されてしまう、というもの。これを全て一回ずつ覚えているのは長門有希だけである。
他は、皆時間内部に存在するため、繰り返し自体には気づかない。
そしてその現象を引き起こしているのは涼宮ハルヒであり、彼女の夏休みに対する不全感から休みを終わらせることに納得できない無意識が時間をループさせているそうだ。
これに気づいたのは、未来人朝比奈みくるが未来に還れなくなったことから、それを古泉一樹に相談して発覚したことによる。
誰もが既視感を持つようになり、その違和感の原因がそれであることを導き出し、長門有希に聞いてみるとすでに15000回を上回る数の反復をしていた。9月以降の未来が消失したことになる。長門がこのことを誰にも語らなかったのは、彼女の立場が観測者であるからだ。
ループの経験は実質上、長門の経験でしかない。
他の人々にとっては一回性の時~生であることには違いない。
朝比奈においては、その現象による被害を現実に受けてダメージを被ってはいるが、、、。


恐るべき実験作。追従は許さない孤高の怪作。直ぐにそんな印象を抱く。
8話に渡り作画の異なる同じ内容の(セリフや細かいシーンが多少異なる)話が繰り返される圧倒的に面白いアニメーション。
時間のループに気付かず終わる1話、ループに陥っていることに後半気付くも抜け出せない話が6話続き、ループから抜け出すことに成功する最後の1話で完結する。
6つの同じ話は、それぞれ違う制作チームが個別に同時に作ったものだという。
それだけあって、ニュアンスが異なる。どれも大変質の高いもので、愉しめる(8回観ても)。
登場人物の衣装が全て異なる点も充分に面白い(長門の選ぶウルトラマンのお面も被り方も異なる)。
声優のアドリブも異なる。その辺の見比べ聴き比べをしたらかなり濃い体験であろう。
同じ本でこういう表現~演出の可能性が提示される、これからアニメーションの勉強する人にはうってつけの教育的なアニメともとれる。
(アニメ制作会社の極めて良質な社内研修ビデオではないが)。

こんなアニメーション作品、他にあっただろうか?
ループそのものとは関係ないが、これだけ何度も同じシーンを見ると、普段だったら見逃していたり適当に確認していたであろう場面~ディテールをしっかり味わうことが出来る。特に京アニ品質で制作されたものであるから見れば見るだけの価値がある。
京アニの凄さを今更ながら確認する。
恐らく、他の制作会社ではこれは出来ないであろうし、仮にやっても技術的に成り立たないであろう。

さて肝心のこの8回に及ぶループであるが、どうなのだろう。
全てを記憶する長門有希~わたしはこのキャラにとても魅力を感じるのだが~が言うことには、15532回(594年間)も夏休みの終盤15日間が繰り返されるなか、異なるパタンが実際に幾つかあったという。
この異なるパタンも長門有希の恐るべき体験を追体験する意味で8回にそれぞれ入れることは禁止事項であったのか。
全て同じでなければ意味がなくなる(薄れてしまう)ものであったのか。
確かに長門の反復体験を僅かでも感じ取ろうとすることが第一の目的であればこの方が効果的であろう。
だが、異なる行動パタンとやらを分けて描いてもそれくらいのバリエーションなら許されないか。

それから、この反復劇だが、果たしてハルヒの欲求不満(不全感)だけが原因なのだろうか。
「夏休みの宿題」をいつまでも先延ばししたいキョンの無意識も大きな作用を及ぼしてはいないのか?
結局は、彼がハルヒら全員に俺の宿題を終わらせよう、と持ち掛けたところでループを脱し9月が来たのだ。
それまでは、原因が掴めたという時点でも、あまりループを脱することに積極的とも謂えず、31日になってからも、またループしようがその時の俺に任せればいいや、くらいに思っていた。

長門に蓄積されたエラー~感情が「ハルヒの消失」を呼ぶ前段階としては説得力を感じるシークエンスである。
このループ(経験)は確かに長門以外には意味はない。



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広島・長崎の特集番組を見て

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NHKで放送された広島・長崎の特集番組を見て思うこと。
結局、自分のその体験とは何であるのか?
それを各自が自分の場所で徹底して問い詰めること。
それが語られていた。

全くその通りだと思う。
わたしも自分の場所~身体の縁から一歩たりとも離れず、いまこの体験は一体何を意味するのかを考えつづけなければならない。
それ以外は一切考えたり語る必然性~意味がない。
これが倫理だ。

体験が常に学びであること。
そうでなければ、生きる意味などありはしない。
だから彼女らは語り継ぐのではなく、語り合う方法を選択した。
あの長崎の女子高生の方向性は正しいと思う。

わたしは風景画を描くことにした。
この場と社会~自然に連動するに都合がよい。
虚構を簡単に立ち上げるのではなく。
そこに籠められたコードを読み取るならば、定義はし易い。

静かに語り合うための、、、。



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氷菓 その3

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2012年
武本 康弘 監督・脚本
米澤穂信 原作


                         声):
折木奉太郎(古典部、推理の達人)、、、中村悠一
千反田える(「豪農」千反田家のひとり娘、古典部部長)、、、佐藤聡美
福部里志(奉太郎の親友、古典部、総務委員会、手芸部)、、、阪口大助
井原摩耶花(漫画研究会、図書委員、古典部)、、、茅野愛衣
入須冬実(総合病院院長の娘、女帝と呼ばれる)、、、ゆかな
糸魚川養子(神山高校教師、司書)、、、小山 茉美
十文字 かほ(荒楠神社の宮司の娘)、、、早見沙織
折木 供恵(奉太郎の姉、元古典部、インドにいる)、、、 雪野五月
遠垣内 将司(壁新聞部部長、父が教育界重鎮) 、、、置鮎龍太郎
田名辺 治朗(総務委員会委員長)、、、福山潤
陸山 宗芳(生徒会長、絵が上手い)、、、 森川智之


二つ目の山は何と言っても文化祭である。
千反田えるのキラキラ瞳の「気になります!」はずっと健在であるが、「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」というモットーはまだ基本に置いている折木奉太郎ではある。
文化祭は、部室に文集「氷菓」第46号が200部山積みされているところから始まる。
摩耶花の手違いで発注してしまった部数らしい。もとは30部の予定であったそうだ。
上手いイントロである。だが要するに売ればよいのだ。千反田えるは相変わらず前向きだ。
彼らは部活の知名度を上げつつ文集を宣伝し、よい場所に売り場を設けようとするところで、話は動いてゆく。
イベントなどに古典部の名で積極的に参加し、好成績を収めて目立つ。総務委員会にも売り場の拡張をえるが掛け合う。
折木奉太郎はモットーに従い、部室で売り子としてお客を待つ。
だが、わらしべプロトコルを実行して、お料理コンテストで窮地にある古典部を救ったり、単に推理の時だけ役に立つのではなく、普通に考える人になっていて、時折自ら有効な行動にも出たりするのだった。

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古典部がクイズに出たりお料理コンテストに出たりするなか、怪盗「十文字」が現れ特定の物品を盗み、後に犯行声明を残してゆく。狙われる部活に法則性が窺え、奉太郎のいつものスウィッチが入って謎解きが始まり、この回の軸となる。
そう、この物語全体はミステリーであった(謎解きはするも日常描写が濃いため、そのイメージが薄いのだ)。
今回は、漫画研究会の井原摩耶花の苦しい立場や彼女と副部長との傑作とは何かを巡る論戦も加わる。
摩耶花は「夕べには骸に」という漫画に絶大な賞賛をよせており、作品自体の質より全ては読者の感性次第という副部長と激しく対立する。
昨年発表された「夕べには骸に」という傑作同人漫画が最後までキイとなる。「響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ」にあるように、才能という問題が同時に語られてゆく。主に福部里志の心情の吐露からだが。
つまり、文化祭のなかで起こった十文字怪盗事件の展開に絡み、「夕べには骸に」を巡って傑作とそうでない作品はどう違うのか、その表裏となる才能と凡庸(諦め)とが切実に描かれてゆく。

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蛇足ではあるが、コンテストで仮装したお料理部部長のコメントが実に面白い。この辺の脇役の個性~魅力も忘れてはなるまい(声優陣の充実が挙げられる)。

時折姉のコントロールが強く感じられ、ちょっと何かの秘密機関の諜報員みたいで怖いところがある。
特に「夕べには骸に」を店番している弟のところに絶妙なタイミングで届けるところなど、この人は誰?という感じ。
この「十文字事件」は、その後記の内容と予定され未だ形を見ない「クドリャフカの順番」なしには解決しえないものであった。
彼女は明らかにヒントというより核心をついたものをここぞとばかりに持ってきたわけであるが、、、。

傑作「夕べには骸に」の次に今年発表されるはずであった「クドリャフカの順番」が完全に宙に浮いていた。
「夕べには骸に」の制作に携わったのは、原作者のアンジョウハルナと作画担当の生徒会長陸山 宗芳、その手伝いをした総務委員会委員長田名辺 治朗であるが、田名辺は「クドリャフカの順番」の構想を「夕べには骸に」の後書きで期待を込めて記していた。原作者アンジョウは、転校してしまい、不在である。
だが、その「夕べには骸に」をも超えるはずのアンジョウ渾身の作「クドリャフカの順番」の原稿を、渡された陸山は読んだ気配がなかった。元々、陸山は絵を続ける(漫画を描く)意志はなかったように見受けられる。ほかの二人と陸山との温度差は大きい。
田名辺は、その原稿~シナリオに従い、文化祭の最中を狙い「十文字事件」を起こしてメッセージを送るが、当の陸山は全く気づきもしなかった。50音順に参加団体(者)からこの音の物品(古典部は「綱領原稿」)をターゲットにするが、「く」は抜かす。「く」で始まるものが失われた、というこの田名辺の手の込んだメッセージは、陸山へ向けた絶望的な期待とアンジョウへの思慕の念と文化祭を賑わせたい悪戯心の成せるものであったようだ。
文化祭の最後に陸山は田名辺に単に「お疲れ」と言葉をかける。この虚しさ。
文化祭の賑わいの中でことばのぶつかり合いとすれちがいと宙吊りのままで終わる様々なことばが何とももの哀しさを湛えていた。

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登山家の先生の話は割愛。弘文堂の件も楽しい推理ゲームであるが割愛。おみくじの話も奉太郎が千反田えるの着物姿にぽ~っと見惚れる面白いものだが割愛。バレンタインデーチョコの里志と摩耶花のストイックな恋愛事情も割愛。ことばは実を結ばない。

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3つ目の山、生き雛祭りの話。
「遠回りする雛」桜の幻想が見事に描かれていた。物凄いセンス!
格式ある名家の伝統行事の準備の忙しなさと、面子と仕来り、統制の難しさ、そこに付け込む他者。
それは美しく仕上がった千反田えるの生き雛~女雛。そして入須冬実の男雛。人々が息を呑む。
コースの乱れは、狂い桜が原因であった。
これを見るために帰省してきた写真家志望の若者が、わざとコースを変え狂い咲の桜の近くを生き雛たちの幻想的な行列が通ることでこの世と思われぬ光景に化学反応を起こすことを狙ったのだ。無論、写真に撮るためである。
傘持ちに参加した奉太郎も彼の信条である省エネ主義が脅かされる(しきりに参加を悔やむが後の祭り)。
桜と空のピンクの絶対的光景に、ついに彼のグレーは上塗りされた、、、。

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そして、ここでも奉太郎のえるに対する内面描写はいとも鮮やかであった。
全てをピンクに染める桜と風が素晴らしい効果をあげていた。
このアニメ以外にない演出が極まった。

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これからも多くの優れた仕事を成し遂げたであろう監督の非業の死を心より悼む。





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氷菓 その2

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2012年
武本 康弘 監督・脚本
米澤穂信 原作


                         声):
折木奉太郎(古典部、推理の達人)、、、中村悠一
千反田える(「豪農」千反田家のひとり娘、古典部部長)、、、佐藤聡美
福部里志(奉太郎の親友、古典部、総務委員会)、、、阪口大助
井原摩耶花(漫画研究会、図書委員、古典部)、、、茅野愛衣
入須冬実(総合病院院長の娘、女帝と呼ばれる)、、、ゆかな
糸魚川養子(神山高校教師、司書)、、、小山 茉美
十文字 かほ(荒楠神社の宮司の娘)、、、早見沙織
折木 供恵(奉太郎の姉、元古典部、インドにいる)、、、 雪野五月
遠垣内 将司(壁新聞部部長、父が教育界重鎮) 、、、置鮎龍太郎
田名辺 治朗(総務委員会委員長)、、、福山潤
陸山 宗芳(生徒会長、絵が上手い)、、、 森川智之


古典部初代「氷菓」編集長で、えるの叔父である関谷純が、如何なる経緯でこの文集を作り、学校を去って行ったのか。
権力闘争が熱狂しエスカレートする様がよく窺える。
これは人間の性である。
戦争の原動力とも謂えよう。
たかが文化祭を巡っての学校側の理不尽な縮小通達に対する生徒会の反発・反抗行動であろうが、それが熱に浮かされた暴力による舵のとれない攻防となれば、先は知れている。
大きな逸脱が起きて双方とも驚いて鎮まるとか。
コメディというかギャグに近い。

ここでは生徒たちの焚いた火が格技場に燃え移り、全焼したことで一応の終結をみる。
文化祭は従来通りに開催され、生徒の要求は通るが学校は火災の責任をけじめとして彼らに取らせた。
結局、運動の実質的なリーダーは表には出ず、名目上のリーダーとして祭り上げられていた関谷純が生贄となり退学処分となる。彼は表向きは静かにそれを引き受けた。だが、それに対し誰一人として彼の身の潔白を主張する生徒はいなかった。
彼を学校~権力から生徒の文化祭~自主性を取り戻した英雄扱いすることで学校と生徒双方が事の本質を隠蔽した。
優しい英雄として彼を葬り、その後暫く文化祭は神山祭ではなく関谷(せきたに―>かんや)祭と生徒の中で呼ばれることとなる。欺瞞である(誰が望んでそんな英雄などになるか)。
関谷純は退学を予感したときに、古典部の文集を創刊しその名を無理を通して「氷菓」とした。
「氷菓」~アイスクリーム~”I scream”これが折木奉太郎の受け取った(暴いた)メッセージであった。
そして幼いえるが叔父に文集「氷菓」の意味を問うた時に、その恐ろしさに絶句して泣き出しその記憶を封印した当のものであった。その翌日、彼は姿を消した。
彼は幼いえるに、強くなれ、さもないと悲鳴すらあげられなくなる、それは生きたまま死ぬことを意味する、と説いたという。
その時の記憶を彼女は取り戻し、聞いたときと同様に涙が溢れ出す。

わたしは、このことより寧ろ、えるが優しかった叔父に何を聴いたのか、いつも気になりながらも思い出せないでいることを奉太郎に訴えた際、時が経てばそれも時効になると謂われ、何としても今、思い出そうと彼にすがった事に共感する。
時効でとても大事な思い(しかもそれがどうしても思い出せずにいる思い)が消えてなくなることの恐怖こそ真の恐怖である。
わたしは今を生きている。今(もっとも)気になることは、今それを知りたい。自然である。
これがえるの原動力であった。これが奉太郎をも動かした。

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この後、蛇足みたいな感じで、数学の授業での進度を教科担任が誤ったことに関して、何故そう言うことが起きたのかという推理を奉太郎が行う。何とも些細な日常にフォーカスしたものだと思うが、それをストーリーとしてまた面白く料理してしまう。
このホントに小さなエピソードが京アニらしさを如実に表すところか?
この件で、えるがその数学教師に対し抗議して怒ったことを7つの大罪と絡めて語って特に不自然さを感じさせないところもなかなかのもの。
結局、数学教師ならではの進度を記録する際のD組~”d”とA組~”a”の文字表記の見間違えということであった。確かに在り得る。

それから、部活の合宿で温泉旅行に繰り出す噺が続く。
直ぐにバスに酔ってしまい温泉でものぼせる奉太郎のイベントを楽しめない宿命を摩耶花に指摘される回。
その旅館で首つり自殺が以前あったことを知らされたうえで、その夜女子二人が向かいにある使われていない本館の窓にそれらしき影を観てしまう。当然の流れで奉太郎が推理を頼まれる。えるに頼まれたらやらざるを得ないパタンが確立してゆく。
目の錯覚ではあろうが、どういう錯覚なのか、、、
温泉旅館のふたりの小学生姉妹の性格を捉えたうえでの推理が冴える。
無断で借用した浴衣を雨で濡らしたことが姉に言えない妹が、かつて首つりのあった部屋にそれを干していたのを見たものであった。幼い姉妹の間の大変ささやかな、しかし充分にあり得るエピソードを何か郷愁に染め上げて描いたものであった。
一人っ子のえるの姉妹願望が一瞬揺らぐが、最後に姉が妹を労わる仲の良いところを目にして救われる光景で終わる。

古典部4人が招待されて2-Fの試写会に参加するところから始まる「万人の死角」は圧巻であった。プレ文化祭の回となる。
文化祭で発表する2-Fビデオ映画の脚本家が倒れたということで、撮影が途中でストップしてしまう。
そのピンチを彼らが救うという話である。
これがまたよく出来ている。女帝と呼ばれる入須冬実に最初はオブザーバーとして関わるように誘われるが、結局奉太郎が脚本家のその先の部分を推理するのではなく、推理作家の役をやらされ脚本創作を噺の最後までさせられてしまうのだ。
人心を操ることにかけて特別に秀でているために付けられたあだ名である「女帝」の名に恥じない乗せようである。
奉太郎が終盤、それに気づき怒りを顕わに食い下がるも、女帝は冷静にそれをかわす。
脚本家は、登場人物は誰も死ぬ設定をしていなかったにも拘らず、スタッフたちの暴走で死人を出してしまい、それに意見できずに本を進められなくなる。それを察し冬実が病気ということで彼女を降板させ、その続きを他の者に推理させて最後まで撮り終わろうとする名目であったのだ。しかしそれでも脚本家の考えがまずは第一のはず。入院中であろうとその先のプランくらいは聞き出せるであろうが敢えてそれをせず。

奉太郎としては、途中までの素人臭い映像を忠実に読み取り、他の生徒が批判するカメラワーク・演出の悪さ、稚拙さを彼女の積極的な意図であると受け取り考える。
何処にも死角のない密室殺人のトリックを、カメラを回しながら役者たちについて回る第7番目の役者として撮影件懐中電灯(照明)担当と捉えることで破綻なく見事解決する。
これでカメラが超越的視座をもたず、同時にあらゆる場所から情景を写したりする演出が取れないことが分かる。要所要所でカメラ担当者は光の必要な際に懐中電灯で対象を照らす。これも登場人物たちにピッタリ寄り添って移動する一人の役者であるところから自然な動きであることが分かる。そして他の6人がそれぞれの場所に散った後、彼はおもむろにマスターキーを堂々と取ってターゲットに接触して殺すことが楽々できた。所謂、叙述トリックを敷いていたのだ。

奉太郎の示した線で続きが制作され、誰もが唸る作品に仕上がり、冬実からも感謝される。だが、古典部の他の3人からは、それは奉太郎の作品であっても脚本を担当した生徒の真意ではないことを説かれる。その何れもがもっともなものであった。そして彼らの話を聞いて自分が脚本をテクストとして読み取るだけで、脚本家の気持ちに思いが向いていなかった事を確認する。つまり彼がテクストに向き合っているときに他の3人は脚本家自身に想いを馳せていたのだ。そこから導かれた結論はミステリーより彼女の思いを反映させた随分とロマンチックな内容であった。もう撮り終えた後であり、再考する意味は失せたにもかかわらず奉太郎は食い下がる。
(恐らく冬実の真の意図は、脚本自体が面白くないため極力誰も傷付けない形で、それをうまく書き換えて上映し成功させたかったのであろう)。
奉太郎の「やらなくてよいことはやらない」モットーは、えるや冬実さらに姉のお陰でとっくに破綻していた。


思いの外長くなったので、文化祭の回は、明日にでも、、、。



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氷菓 その1

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2012年
武本 康弘 監督・脚本
米澤穂信 原作


                         声):
折木奉太郎(古典部、推理の達人)、、、中村悠一
千反田える(「豪農」千反田家のひとり娘、古典部部長)、、、佐藤聡美
福部里志(奉太郎の親友、古典部、総務委員会)、、、阪口大助
井原摩耶花(漫画研究会、図書委員、古典部)、、、茅野愛衣
入須冬実(総合病院院長の娘、女帝と呼ばれる)、、、ゆかな
糸魚川養子(神山高校教師、司書)、、、小山 茉美
十文字 かほ(荒楠神社の宮司の娘)、、、早見沙織
折木 供恵(奉太郎の姉、元古典部、インドにいる)、、、 雪野五月
遠垣内 将司(壁新聞部部長、父が教育界重鎮) 、、、置鮎龍太郎
田名辺 治朗(総務委員会委員長)、、、福山潤
陸山 宗芳(生徒会長、絵が上手い)、、、 森川智之

ライトノベル~TVアニメ~実写映画と流れて作成されている作品であり、今回は全22話のTV版を観てみた。
(いつもながらノベルの方は未読)。

監督は、京都アニメーションにおいては「らき☆すた 」、「涼宮ハルヒの憂鬱」の監督も務めている。
更に「日常 」、「中二病でも恋がしたい! 」、「たまこまーけっと 」、「Free!」、「境界の彼方」、「響け! ユーフォニアム」、「無彩限のファントム・ワールド」、「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」、、、等の演出、作画も精力的に行っている。

声優陣がとてもゴージャスで有名な作品でもあるらしい。
確かにそのせいか、アニメ門外漢のわたしにも大変心地よく物語に入り込むことが出来た。
精緻に描かれたキャラの表情・動きに声がよく合っているというレベルを超えた融合~調和を感じる。
つまりこの二次元の表現芸術がとても身体的に自然フィットするのだ(わたしはいつも多少の違和を感じるのだが)。
特にこの「声」に馴染んでしまうと実写~役者がやるのはきつくなるはず(実写への展開の難しさは実はこの「声」ではないか)。
(この物語は殊更、ことばに拘り、ことばを大切にしている)。
表情の細やかな変化~内面の変化は役者の技量でこのレベルの演技は可能であろうが。

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「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」
折木奉太郎、とてもよいモットーだ。
しかし千反田えるが彼を焚き付け難問推理にあたらせるうちに、自他ともにその推理・洞察力を認めることになる。
そのため徐々に非効率的なエネルギー消費に自ら向かってゆく羽目となる。
確かに才能は、こういった形で引き出されてゆくことが多い。
(彼の姉はどの辺まで計算して彼を古典部に入部させたのか?)

「わたし気になります!」
あの目を綺羅めかせ訴えられると、取り敢えずは真実はどうでもよいが、えるを納得させる必要は感じてしまう。
奉太郎の必死さは分かる(笑。この時点で省エネモードはすっ飛ぶ(笑。
探求よりディベート要素もかなり感じるところでもあるが。
これで奉太郎も覚醒して行き、グレーの生活信条からピンクも良いなと思い始めることに繋がる。
えるは奉太郎に対する信頼度が高まり摩耶花も彼を大いに見直してゆく。
元より奉太郎に一目置いている里志はジェラシーを覚える。大らかで開放的に見える彼は自分の力を限定しており、「データーベースは答えは出せない」というのが口癖である。奉太郎につられ彼も揺らぎ始める。

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この作品も「無際限のファントム・ワールド」や「境界の彼方」と異なり、日常のディテールを静かに丁寧に拾ってゆく。
それこそ、えるの髪の毛の動きひとつも見逃さないくらいに。
すべてが微細な感情表現に連動する。
ひとつの動きが様々な関係性に広がって行く。

そうか、こうしてアニメーションというものはつくられてゆくのか。
ふと、合点したような気になる。

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古典部の文集「氷菓」がどういう経緯で作られたのかを、45年後の部員が解いて明かすという謎解きはとても粋である。
この第五話までの流れはとてもワクワクした。
また古典部の面々がストイックで直向きなのが微笑ましくもあった。
彼らはいつの間にか、よい高校部活生活を送っている(奉太郎などまさに姉の思う壺ではないか)。
特にえるのお屋敷で開く限られたテクストから抽出する各自の読み取りと仮説の発表。
今更ながら、わたしは羨ましい。
こんな経験は各自にとっての宝となるはず。
そしてここで奉太郎のまとめた物語の整合性に皆が感心し納得する。

しかし、失踪した彼女の叔父、関谷純の人物像にえるが感情的な齟齬を覚える。
実は奉太郎もそうであった。物語に理屈の上での破綻がなく綺麗にまとまっても、えるが納得しなければ意味がない。
これはえるの深層心理に沈んだ叔父の物語を白昼の元に引き上げる作業なのだ。
えるの感情を揺さぶれないことには、感情が納得しなければ、まだそれが真相に迫り切れていないことを意味した。
ここからの展開が一つの山である(時折、姉がインドから超能力者のようなヒントの電話をくれるところには笑ったが)。
とてもリアリティがあって良かったと思う。



犠牲~生贄を生む構造とはそうしたものだ。
当時がそんな風潮であったかと言えば、そんなことはなく寧ろそれは歴史的な問題というより人間社会にはいつでも起こりうる不条理な事件である。わたしは、こうしたことは今でもいくらでも起こりうると確信をもって謂える。
"I scream"のダジャレは、こちらも言われる前に気づいていたが、そんなことはどうでもよい。
感動した。

ひとつ蛇足であるが、何も限られた僅かなテクストから真相を掬い出すだけでなく、狭い街のようであるし当時の事件にかかわった年配の方からの証言を取って回っても良かったのではないか?個々の受け取り方の差はあろうが、より生々しい情報が得られる可能性は高いと思われたのだが、どうなのであろう?それはNGなのか?



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PRE「氷菓」

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2012年~
武本康弘 監督

折木奉太郎 、、、中村悠一
千反田える 、、、佐藤聡美
福部里志 、、、阪口大助
伊原摩耶花 、、、茅野愛衣
折木供恵 、、、雪野五月
遠垣内将司 、、、置鮎龍太郎
入須冬実 、、、ゆかな
糸魚川養子 、、、小山茉美


今現在、パソコンで「氷菓」の21話まで観終わった(昨日から観始めて)。
明日、最終話の22を観てから、山﨑賢人, 広瀬アリス主演の実写版も(余裕があれば)観てみたいと思う。
一日に、短いTV版であろうと、こんなに観れない。
いろいろやることもありビデオだけ眺めて一日中過ごせる訳ではない。
非常によくできた話であるため適当に流して観れない。
作画が「けいおん!」に劣らず良い。
「響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ」と同じくらいか?
絵がよくできているため、内容に深く沈潜できる。

5話までの古典部文集「氷菓」初代編集長の関谷純(千反田えるの叔父)の人物像を巡る展開だけで充分な気がしたが、その後も大きな山が二つも現れる。最後にまた現在の文化祭から文集「氷菓」に戻り、見つからなかった創刊号(の内容にも触れること)で絞めて、終わるのかと思いきやそうではなかった。
そのまま先へと展開して行く。
灰色だとか省エネとかいろいろ謂いながらも、綺麗な桜の咲く中、折木奉太郎 と千反田えるの希望に満ちた終わり方となる。
こういう方向性なのね、と思った(がっかりしたわけではないが)。

映画版は5話までの関谷純の人物像を追った「氷菓」に絞り込んだ内容となるはず。
そうしないとダイジェスト版みたいな構成になり、薄っぺらいものしかできないはず。
ただしキャストが心配である。少しオリジナル(高1)設定ではキツイのではないか。
(それも演技力によるか?)

明日から特に印象的であった事柄を拾って簡略な感想を記してゆきたい。



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