プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
基本的に、日々思うことを綴ってゆきます。悪しからず。
必ずパソコン画面(PCビュー)でご覧ください。


*当サイトはリンクフリーです。

PICKUP
レッド・ファミリー
キューブ CUBE
ドント・ハングアップ
キャット・ピープル
パラサイト 半地下の家族 -2
パラサイト 半地下の家族 -1
ヘンリー・ムーア~彫刻に見る普遍性
911爆破の証拠―専門家は語る 前
9/11:爆破の証拠 - 専門家は語る 後
アポロ 11
シャチ~優しい殺し屋~
ハイヒール
お嬢さん
とうもろこしの島
セールスマン
トラピスト1に寄せて
「労働疎外より人間疎外」によせて
カッシーニ グランドフィナーレ
カッシーニ グランドフィナーレⅡ
シチズンフォー  スノーデンの暴露
スノーデン
レヴェナント: 蘇えりし者
透明な身体性
森羅万象を描く デューラーから柄澤齊へ
ヴィデオドローム2 ~イスラム国 ~アノニマス
見えない重力を描く Ⅱ
美の翳りに寄せて
写真についてーⅡ
午前零時の奇蹟(シュル・レアリスム覚醒の時間)
パーフェクト・デイ ~ルーリード ~ローリー・アンダーソン ~スーザン・ボイル
未来派の画家~ウンベルト・ボッチョーニ
Balthus ~ バルテュス展行ってまいりました。
「ゴールドベルグ変奏曲」 バッハ  ~グールド ~P・オトゥール ~ニーチェ
大昔のスケッチ(詩画集のための試作)
すでに世界は終わっていたのか ~ ヒエロニムス・ボスその1
スヌーズレン002
情報リテラシー  ~華氏911 ~不都合な真実
南伸坊「歴史上の本人」
プラトーン
アリータ
カレンダー
01 | 2021/02 | 03
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 - - - - - -

ひみつのアッコちゃん

himitsu001.jpg

2010年

川村泰祐 監督
山口雅俊、大森美香、福間正治 脚本
赤塚不二夫『ひみつのアッコちゃん』原作

綾瀬はるか/吉田里琴(吉川愛)、、、22歳、//10歳 加賀美あつ子(アッコ)
岡田将生、、、早瀬尚人(化粧品会社AKATSUKA研究開発部主任)
谷原章介、、、熱海専務
吹石一恵、、、青山マリ(早瀬の部下)
塚地武雅、、、守衛さん
香川照之、、、鏡の精
堀内敬子、、、あつ子のママ
大杉漣、、、中村前社長
内田春菊、、、総理夫人
肘井美佳、、、黒川朋美(青山の同僚)
柿澤勇人、、、サトウ先生
もたいまさこ、、、大庭鶴子(AKATSUKA筆頭株主)
鹿賀丈史、、、鬼頭大五郎


面白い。何だか分からないが、感動した。

コンパクトを壊してしまい庭にお墓を作って埋めたら、鏡の精から何にでも変身できる魔法のコンパクトを授かる。
そんなもんでこんな途方もないガジェットが授かるんだったら、墓ぐらい幾つでも作るぞおと言いたいがそういう噺ではない。

小5のアッコちゃん、冬休みの短い時間を塾をさぼって化粧品会社で女子大生としてアルバイトに励む。
会社は首脳陣が堕落していて乗っ取られる寸前。
アッコちゃんはひょんなことから商品開発部の中心人物早瀬の下で仕事に励むことに、、、。

見かけは女子大生だが、中身は小5としてもモノ知らずな幼い少女。
色々とハチャメチャな展開となるが、ギャグコメディなのでもっとはじけてもよかったかも知れない。
まあ程よいところでまとめた感はあるも、ちょっと小5にしては、お馬鹿過ぎたかも知れなかった。
しかし化粧品開発に貢献したい、早瀬を盛り立てたい、会社を更生させたいという純粋な熱意に皆が打たれてゆく。
そして筆頭株主もそれを認める。

熱海専務をそそのかし会社を乗っ取ろうとした鬼頭大五郎 が何と或る大国の軍事兵器にAKATSUKA社の早瀬の研究成果を利用しようとしていた。
しかし乗っ取りが株主総会で不成功に終わると、その研究ごと葬る為に工場を爆破しようとする。
(データや開発者が残っていれば、意味はないはずだが)。
そのことを知ったアッコちゃんが爆破を寸前のところで食い止めるなどという凄い噺となるのだ。
アッコちゃんの奮闘に触発されやる気になった早瀬と共に危機を乗り切り会社は再生へと向かう。

商品開発研究に熱意を傾ける早瀬に思いを寄せるアッコちゃんだが、彼も一途で純粋な彼女を必要とするようになっていた。
だが、アッコちゃんは履歴を早稲田大学算数学部と詐称し22歳の女子大生に変身した小5の女の子である。
冬休みが終わればお家に戻らなければならない、、、。

「テクマクマヤコン テクマクマヤコン~になあれ」
と「「ラミパス・ラミパス・ルルルルル~」で自由に変身しては元に戻れるのだが、、、
アッコちゃんは漠然と大人に憧れていた。

「大人ってなに? 一所懸命働く人? 心の痛みを知る人?
自分の身を投げだして、誰かを守る人のこと?
それだったら、魔法なんか使わなくても、
アッコちゃんはもうなってるんじゃないのか」
鏡の精にそう言われる。

himitsu002.jpg

今なりたいのは何?
「自分になりたい」
そうなんだ。
これになかなかなれない。
わたしは、是が非でもなるが。

彼女は本来の自分に戻り、本当の早稲田大学理工学部4年に成って、早瀬が面接官として中央に座る会場に来ていた。
「早稲田大学算数学部の、、、いえ済みません、、、」と言ったところで早瀬は彼女に気づき、二人は目を合わせて微笑む。

こういうコメディもお気楽でたまには良い。
綾瀬はるかには特に思い入れはないのだが、どんな役でもしっかり熟す人だなと思う。
もたいまさこと塚地武雅の持ち味が出ていてどちらも良い役柄だった。
大杉漣が変身したアッコちゃんとなって演じる姿は実にくすぐったいものであった。何でも器用に熟すのね。
少女のアッコちゃん役の吉川愛には注目している。とてもビビットな存在である。





AmazonPrimeにて










卓球温泉

onsen003.jpg

1998年

山川元 監督・脚本
岩代太郎 音楽
矢野顕子 「丘を越えて」主題歌

松坂慶子、、、藤木園子(主婦)
牧瀬里穂、、、浦乃かなえ(ラジオパーソナリティ)
蟹江敬三、、、藤木哲郎(園子の夫)
ヨースケ(現・窪塚洋介)、、、藤木篤(高校生の息子)
山中聡、、、高田公平
菅原大吉 、、、内藤ディレクター
大杉漣、、、岡田
久保田民絵、、、高田千代子
広岡由里子、、、春
左右田一平、、、番頭
桜井センリ、、、大旦那
戸田昌宏、、、直哉
六平直政、、、ダンプの男
ベンガル、、、弁天
上田耕一、、、政夫
松本海希、、、政夫の妻
久保明、、、鉄也


スポーツの効用について考えさせられる。
TV番組の一流スポーツ選手の観戦も良いが、それはその場の興奮で終わる。結果によっては、ストレス解消に繋がることもあろうが。
(所詮、自分とはかけ離れた専門的な世界のことである)。
自分でやるスポーツというのは、全く別物。
体調管理の為とか体力維持の為とか運動(反射)神経の点検もしないといけないところもある(歳を取ると)。
ジョギング等で済ませてしまうことも多い。後、ストレッチとか(スポーツといえるか?)
だが、それ以外に人とやるスポーツにおいては、一緒にやることによる単に言語によるコミュニケーションを超えた共振関係が生まれる。これって大きいことだなと再確認させられる。
日常の言葉では最初から交信不能な関係性に埋没してしまっている場合~ケースでも、共に競技に熱中して行く中で起きる大きなうねり~リズムに一体化し互いに共感を得ることが可能ともなる。
それは場としても広がり人々を繋ぐような働きもする。
これはそんな可能性を描こうとした映画だ。

onsen001.jpg

それからスポーツとは関係ない、もうひとつ大きなこの映画の要素。
ここでは専業主婦の家出だ。
自己規制を何重にもかけて日常をやりくりする文脈からの超脱である。
これは計画的にしっかりと筋道を立てて実行に移そうなどと考えていたら一生出来るものではない。
ちょっとしたトリガー、彼女の場合はいつも聴いているラジオのパーソナリティの何気ないお勧めにそそのかされるような形で、不意に実行してしまったようなものである。
こんな形でしか飛ぶことは無理だと思う。イコール解放。これは潜在された力の発揮できる状況ともなろう。
異なる場に行くだけでも心理的な作用は大きい。好奇心も活性しそこで能動的に動いた結果が人を動かす。
思わぬ繋がりと広がりが生じ、死に体であった温泉街に活気が蘇り、自分の家庭にも波及し再生されてゆく。
お噺としては、余りに上手く出来すぎているが、コメディのエンターテイメントである。理想のサンプルの一つとして見ればよい。
最後の矢野顕子の唄う「丘を越えて」で全て良しとなる(これが流れてしまったらもう逆らえない)。

家出とスポーツの最良の組み合わせと謂えるか(笑。
更に身も心も解放する温泉も加わるではないか。これ以上ない相乗作用生むはず。

onsen002.jpg

卓球によるイベントで盛り上がったのは良いが、温泉街の復興にこの後どのように役立って行ったのか、、、
その辺まで見通せるとホッとできるのだが。
ともかく、ぼんやり愉しんで映画が観れるのはとても助かるものだ。
家事をやりながらのいつものラジオ番組に背中を押され、専業主婦が家出をした先が、かつて夫と行ったことのある温泉宿であった。無意識で着いたところであるが何らかの意図は知らずに働いたものであろう。
だがそこは寂れてかつての面影もほとんどなく、廃業寸前であった。
家出主婦の園子は旅館で楽しんだ卓球を想い出し、それがこの宿やこの温泉街の復興に役立つのではないかと考え、関係者に勧める。
無論、今更卓球なんて、という声が返って来るが、最新ゲーム機にはない旅でやって来た人同士を繋ぐ力があると。
ゲームなどはどこにあっても個人的にいつでも出来る。ネット対戦等で見知らぬ者同士の連帯感は産むだろうが、ここではその土地の活性化なのだ。ゲームと絡んだ企画などを皆で企てる。webを介して宣伝するとかなりの人が集まった。
青空に上がるピンポンボールとラケットのアドバルーンが愉しい。
パーソナリティのかなえがその温泉旅館の娘でもあったという偶然は余りにも、、、ではあるが、メディアの力も借りスポーツ~卓球による再生がこんな風にあってもよいと思った。
手軽に出来るし、わたしも娘とやってみたくなったものだ。


松坂慶子の専業主婦とても好感をもった。
それにしても皆卓球上手過ぎではないか、、、それが気になった。




AmazonPrimeにて





スウィッチ

SWITCH001.jpg

SWITCH
2011年
フランス

フレデリック・シェンデルフェール監督・脚本
ジャン=クリストフ・グランジェ脚本

カリーヌ・ヴァナッス、、、ソフィ・マラテール(モントリオールのデザイナー)
エリック・カントナ、、、ダミアン・フォルジャ(殺人課警部)
メーディ・ネブー、、、ダミアンの部下
オーレリアン・ルコワン、、、ドロール
カリーナ・テスタ、、、、ベネディクト


ソフィはデザイナーとして仕事が行き詰っていた。そこで気分を変えようと知人に勧められたのが違う場所に住んでみることだった。
心機一転やり直そうと。「8月のパリで生まれ変われるわよ」に乗った。
ソフィは期間限定のアパート交換サイト「switch.com」でモントリオールの自宅とパリのアパートを交換する。
ベネディクトという女性の部屋だ。
鍵を交換してパリのその部屋に着くとそれはサイトで見た通りの素晴らしい景観の豪華な部屋であった。
ちょっと周囲の観光を楽しみ満足して眠るが、、、
翌朝から散々な目に、、、。

ホーム・エクスチェンジはハリウッド映画でもあったはずだが、向こうはラブロマンス映画であったと思う。

SWITCH004.jpg

アパートで鍵の掛かった部屋に男(トマ)の首なし死体が発見され、彼女は警察に犯人と断定されてしまう。
ある朝、身に覚えのないことで突然逮捕という流れは、カフカ的。
彼女の関わったサイトは直ぐに抹消され、パスポートから搭乗記録も身元を特定するものは全て書き換えられてしまう。
つまりモントリオールのソフィは完全にパリのベネディクトにされてしまったのだ。
これは単に住居交換サイトでたまたま殺人劇に巻き込まれ犯罪者と勘違いされたようなものではなかった。
近隣の人々も写真から彼女をベネディクトだと言う。普通これは変ではないか。
(名前を変えられたからと言って、顔は違うはず)。

その後はもう警察も医者にもどこにも頼れなくなり、スウィッチが入り逃げて逃げまくる。
8月のパリで生まれ変わるどころか、皆バカンス、バカンスと言って窮地にある彼女にまともに関わってくれない。
パリ初日に公園で逢い電話番号を聞いたイラン青年は、ただのチンピラで頼って行ったが直ぐに裏切られる。
踏んだり蹴ったりだが、ルノーとキャッシュカードを逃走中のソフィーに奪われた日本人女性は、その様子から彼女の方が被害者に思えたと警察に訴える。古着屋の黒人店主もソフィーのことをメディアを通し逃走犯と知った上で彼女を匿い必要な物資を提供する。少数ながらモノの見える人にはちゃんと分かるのだ。

SWITCH002.jpg

それにしてもよく走る。アスリート並みに。
運動能力も優れている上に格闘術もわきまえているような。
咄嗟の判断も切れるが(逃走時に蹴屋のカギをかけた後に鍵を折る等)、ちょっとそれは、、、という行動もあったり、、、勿論究極状態にあって戸惑いは生じるはず。この一挙手一投足に注目させてしまう動きの多彩さに惹き付けられた。
弛みは全くなく展開する(警察にはイライラするが)。

追い詰められ孤立し母に自分の家を確認し身分証明書を取ってもらおうとするが、そこに待ち構えていた犯人に殺されてしまう。
次々に犠牲者が出てゆき、警察もこの事件が単純なものではない事に気づき始める。
ベネディクトの母親に再度、食い下がることで出生の秘密から見えてきた、、、。
検死官の検視結果にもミスが見つかり、それまで思い込み捜査をしていた刑事の頭が冴えてきて、ソフィーとベネディクトが同じ不妊治療病院で精子提供を受けた異父姉妹であることを推察するに至る。これで顔が似ていてもおかしくない(防犯カメラ等が無効となるのも無理はない)。そしてそこに事件の発端があると、、、。

SWITCH005.jpg

そのことを知っていたベネディクトは、同じ精子を提供され産まれたトマを殺害しソフィーも同様に殺そうとした。
ベネディクトが飛びぬけてパソコンに長けていたことから例のサイトの立ち上げと抹消、ソフィーの身元の情報操作を手際よく出来たことも頷ける。

何故、ベネディクトは異父兄弟の殺害に走ったのか。
自分の母は高名な芸術家で資産家でもあったが、非常に冷たく扱われ問題児~精神異常の子供として苦境を生きることとなった。
公平にする為トマとソフィーの人生を貰うという。わたしにはこの「X5W7896」という精子しかないと彼女に見せる。
幼少期はどうであったか分からぬが、現在は明らかに異常である。サイコ女だ。

SWITCH006.jpg

ベネディクトは自分が貸した部屋に戻って来たソフィを捕らえ、母親のアトリエに連れて行き、両足を骨折させプールに投げ込もうとした。
そこへようやく初動の過ちに気づいた警察が、彼女を助けに来る。
とは言え、彼女がスマフォで連絡して場所を特定できたのだから、ホトホト頼りにはならない。
何とかギリギリのところで助けられるが、自慢の脚はちゃんと治るのか、心配になってしまう。

SWITCH003.jpg

ヒロインの女優にはとても好感がもてた。この女優はもっとクローズアップされないと、、、。
何と言うか佇まいが素敵なのだ。どんな役をやっても品格ある感じの女優だ。
それには有名監督の最初から話題に乗った映画に出る必要があるか。
この映画はなかなかよく出来てるし、しっかり取り上げられればこの女優もよくお目にかかるヒロインの一人となるはず。




AmazonPrimeにて











ゴーストランドの惨劇

INCIDENT IN A GHOSTLAND001

INCIDENT IN A GHOSTLAND
2019年
フランス,カナダ

パスカル・ロジェ監督・脚本


クリスタル・リード、、、ベス(妹)
アナスタシア・フィリップス、、、ヴェラ(姉)
エミリア・ジョーンズ、、、10代のベス
テイラー・ヒックソン、、、10代のヴェラ
ミレーヌ・ファルメール、、、ポリーン(母親)


題名は作家志望の妹が自身の怪奇体験談を執筆した本の題である。
自分がその災難に遭っている最中に夢想の中に退避して書いたものと謂えるか。
(ラブクラフトに称賛されていたりして、つくづくめでたい)。

この監督の映画は以前、「MOTHER マザー」というのを観ている。
何とも言えない映画であった。

INCIDENT IN A GHOSTLAND002

これは、お化け屋敷映画である。
筋立てがどうのというものではなく、ただドーンと怖いのが絶妙のタイミングでやってきて驚かす。
これの連続で見せる。
気合の入ったものだ。
大したもの。

只管、怖がらせる。
それに耐えられない精神が幻を見せ、その対比でまた怖がらせるのだ。
確かに怖い。
特にホラーに弱いわたしには効いた(笑。

INCIDENT IN A GHOSTLAND003

寂れた街にある叔母の家を相続し引っ越した母と双子の娘の3人家族。
街道で出逢ったキャンディ売りのトラックの異様な姿の男2人が突然、家に乱入して襲いかかる。
魔女の姿の冷酷な男と獰猛な巨漢だ。
どう見てもコミュニケーション可能な生き物には見えない。
逃げ惑うが、母は惨殺され娘二人は顔が歪むほどに殴られる。
余り怖いものだから、ラブクラフトを崇拝する妹の方は、完全に白昼夢の中に逃避してしまい、自分が新進気鋭のホラー作家として成功を収めた世界に閉じ籠ってしまう。ラブクラフトの肖像を前にずっと語り掛けている始末。
姉の方は、その間も殴られボコボコにされて悲鳴をあげている。
(妹の煌びやかな妄想と悲惨極まりない闇の現実がクロスカッティングされ展開する)。

INCIDENT IN A GHOSTLAND004

その二人の男たちの素性はおろか、彼らがことばを交わす場面もほぼ見られない。
一体何者なのか、、、。
ただ、二人が実在し母を殺し娘たちを監禁して暴力を振るっていることだけは確かな事実なのだ。
何か人の仕業というより超自然的な災害か獣の被害に遭ったみたいな、、、。
途中、3人が立ち寄った店で見た新聞記事に載っていた一家惨殺犯人がそれであろう。
飛んでもない輩に掴ってしまったものだ。

敢えてこの二人組から人間性の欠片も排除することで、恐怖と緊張を増す演出効果をあげているのだろう。
(しかしこうした関係性はわれわれの身の回りに広がっているのは確かである。道ですれ違うモノの目が名状し難い存在に邂逅してしまったという半ば凍結したような目付きであったりすることが少なくない。互いが互いにとって不安と恐怖と憎悪を掻き立てる関係性はいよいよ高まっている)。

INCIDENT IN A GHOSTLAND005

それにしてもこの妹の白昼夢~妄想癖は、かなり強力であった。
途中、ホントに作家として成功した妹が姉と母を残した家に戻ると、過去のトラウマでボロボロになって未だに苦しみ踠く姉と気丈に振舞う母が自分を迎え、成功を称えてくれる場面などそのまま受け取ってしまったものだ。
それ以前に、母が二人を攻撃して撃退しているようなシーンもあった。
現実をシャットアウトし合理化する、なかなか都合の良い能力である。

そこにいてそこにいない(しかし現実に肉体的に存在する為、ボコボコにはされるが)。
完全に逃避~疑似空間にこころは閉じ籠ることが出来る。これも精神崩壊から心身を守る防衛機能ではあるが。
小説家向きの資質と謂えるかも知れぬが、現実に相対する意志力がないとなると薄っぺらいファンタジーくらいが関の山では。
作家とは本来、現実を克明に描き切ってその結果として超現実的空間を析出するものだ。
カフカが良い例。
この妄想癖が創作に繋がるかどうか、、、微妙。

INCIDENT IN A GHOSTLAND006

夢(妄想)と現の交錯がとても効果的にクロスしていた。
恐怖と不安もだが、とても虚しさの増す演出であった。
それからこの叔母から引き継いだ家だが、夥しい数の不気味で古い人形ばかりころがっていて、わたしなら直ぐに逃げ出すような空間であった。アンティーク趣味なのだろうが、なにより埃っぽい。
潰して新築だ。




AmazonPrimeにて












ガール・イン・ザ・ミラー

LOOK AWAY001

LOOK AWAY
2019年
カナダ

アサフ・バーンスタイン監督・脚本


インディア・アイズリー、、、マリア/アイラム(女子高生)
ミラ・ソルヴィーノ、、、エイミー(マリア/アイラムの母)
ペネロープ・ミッチェル、、、リリー(幼馴染)
ジェイソン・アイザックス、、、ダン(整形外科医、マリア/アイラムの父)
ジョン・C・マクドナルド、、、マーク(マリアをターゲットに虐める)
ハリソン・ギルバートソン、、、ショーン(リリーの彼氏、後にマリア/アイラムの恋人)
クリステン・ハリス、、、ナオミ
キエラ・ジョンソン、、、ジニー
マイケル・バーンスタイン、、、クラウディア

LOOK AWAY、、、意味深。

LOOK AWAY002

噺自体はよくあるパタン。
ヒロインがなかなか毒と狂気を孕む雰囲気が出せ魅せてくれる。
この女優のお陰で観きれた面はあるか。
キャスト全員役には嵌っていた。

双子の片方が死産だったのか。いやどうやらその姿を見て捨てられた子らしい。
マリアが自分が双子で生まれたことを知った時から、鏡(媒体)にアイラムという同じ顔の別人格が現れる。
自分のかつての片割れが無意識的に自らの抑圧し隠蔽した本心の代弁者として現出したという判り易い設定。
マリアは家庭では出来損ない扱いをされ、学校では美人なのに虐められるという「キャリー」そっくりの境遇に甘んじていた。

LOOK AWAY006

毒親から幼年期~少女期に受けた精神的虐待、更に学校での虐めによるトラウマとストレスの蓄積も大きく、一度外に噴出すればかなり危険な事態を引き起こしかねない。
特にこの少女はこのアイラムを外部の特異な存在~死んだ双子の片割れとして実体化して観ている為、猶更コントロール不能状態となる。
無意識が自立したらそれは恐ろしい。多重人格ともなろう。

案の定、鏡(の儀式)を経て入れ替わった人格は、人間的な~規範の中での~節度ある仕返しではなく、直接殺害に及んでしまう。所謂、アイラム側に規範など存在しない。
元々、人間~父に選別され排除された存在なのだ。
「何故、わたしを愛せないの」と言って、父の首を斬る。
この行為は神話や伝説空間の物語のものと同質であろう。
いつもうわべの取り繕い、美しさばかり口煩く、誕生日のプレゼントに整形を勧めてきた父である。
ありのままの自分を認めてくれたことはない(しかもアイラムの方は醜さから捨てられたようだ)。

LOOK AWAY005

自分の引き立て役くらいの意識でマリアと接しているリリーを、アイラム人格が氷上で睨みつけ追い詰める様子は、鬼気迫る呪術的なものであった。
結局彼女は必死に逃げているうちに倒れて縁石に激突し死亡する。これについては不可抗力の事故で扱われるものであろう。
リリーの不在により、以前から好意をもっていた彼女の彼であるショーンとは心置きなく大胆な恋愛が可能となった。
しかしそれ以外のマークの脚への殴打やショーンの頭の殴打、父の喉を切る行為は明らかな害意~殺意による故意になされたものである。
父を殺した後、マリア人格は消滅したようだ。
横暴な抑圧者によって生まれた人格がマリアであれば自然消滅ということか。

このアイラムはこの後どうするのだろう。
ママのベッドに入って添い寝していたが、このままでは済むまい。

LOOK AWAY004

ヒロインのインディア・アイズリーはオリヴィア・ハッセーの娘だそうだ。
そう言われても残念ながら、特別の感慨はないのだが(笑。確かに面影がありその気で見ればよく似ている。
よい女優であることは、この映画でよく分かった。
他の映画でも期待したい。

LOOK AWAY003

父役のジェイソン・アイザックスがこの物語の緊張感を保つ役割をしっかり担っていた。
非常に厳格な不気味さを感じる好演であった。


AmazonPrimeにて









続きを読む

あなたと私の合言葉 さようなら、今日は

sayounara001.jpg

1959年

市川崑 監督
久里子亭 、舟橋和郎 脚本
久里子亭 原作

若尾文子 、、、青田和子(カーデザイナー)
京マチ子 、、、市毛梅子(老舗料理屋のやり手の経営者、和子の親友)
菅原謙二 、、、渡辺半次郎(会社員)
佐分利信 、、、青田伍介(元欧州航路の船長、和子の父)
野添ひとみ 、、、青田通子(スチューアデス、和子の妹)
川口浩 、、、片岡哲(クリーニング店アルバイト、夜間大学生)
船越英二 、、、市毛虎雄(梅子の義兄)


ホントに小津映画みたいだった。カメラワークなど特に。
形式を巧みに踏襲しているが内容(テーマ)も小津の世界に似せているから笑った。
少しセリフの喋り方などに誇張が感じられもするが、監督が愉しんで撮っている感じが伝わってくるような。
佐分利信など小津映画に出ている時とほぼ一緒だ(笑。
途中までパロディとして面白がって観ていたが、、、
一本の映画として、よく出来ていて充分愉しめる。
流石に器用な監督だ。
全体としてコミカルで、キャストも若尾文子の映画に馴染みの達者な人ばかりで、セリフのやり取りも軽妙。
とても魅せる。

sayounara004.jpg

若きカーデザイナー。若尾文子のこれまで見た役では一番素敵な役であった。
眼鏡のちょっとサイボーグ風のできる女。大変凛々しい(ちょっと天然)。
実際に車のデザインをしているところやプレゼンをしているシーンなどが少しでも入っていたらもっと素敵では。
贔屓の京マチ子先生も関西弁をまくしたててずっと和服姿でシャキッとしており、わたしとしては文句なし(笑。
滑舌が素晴らしく、よく喋りまくる(昨日の心は強いが奥床しい奥方とは対比的に)。
佐分利信は小津映画からコピー&ペーストしてきた感じであった。
とても味のあるお父さんだ。
川口浩の役はとても合っていた。これまで見た彼の役の中では一番まともな人である。
船越英二は珍しく三枚目役であったが、コミカル面をしっかり支えていた。

sayounara002.jpg

この映画、女性陣がやたらと粋が良く、男性陣を圧倒し、結局彼女らのペースで流れてゆく。
こんなにすんなり、和子の許嫁の半次郎と彼女の親友の梅子が結婚してしまうとは思わなかった(笑。
和子は半次郎に気が無い訳ではなく、父と離れられないことに、何かと合理的な理屈をつけて誤魔化している面は大きい。
(勿論、仕事も精力的にやっているが)。
そんな父娘の関係も丁寧に描写されている。
父にとり和子は、家事全般を熟してくれる亡き妻の替わりでもあり、幼いところの残る妹の世話役でもあり、父の相談役でもある。
自分が嫁いでしまうと父一人では何も出来ないことから家を離れられないでいるというが、父離れ子離れの問題であろう。
実際上の仕事というより精神的な繋がりが大きいことが後半よく分かって来る。

結局、結婚など眼中にない、仕事が全てみたいなことを力説していた和子と梅子であったが、梅子は和子の許嫁の半次郎に強引に言い寄り結婚してしまい。和子に熱を上げていた哲は、通子に強引に言い寄られこの妹の方と結婚することに。
(実生活では、川口浩と野添ひとみはこの後、結婚したそうな)。
和子は、子離れ(娘離れ)を決意した父の意を酌み会社の勧めを受けアメリカ転勤を決める。
この辺の家族(恋愛~自立)関係は小津と微妙にズレるような、、、。

sayounara003.jpg

女性たちが自分の意志を通してゆく様が描かれていて清々しい。
男性の方も結果オーライみたいで、、、これから頑張りましょうというところか。

この家族劇、まさに小津映画の神髄であり、最後は小津映画とも異なるヒロインの自立と旅立ち~解放で閉じたが、見事な換骨奪胎ではないか。
優れた(コミカルな)オマージュ作品となっていると思う。

若尾文子主演の映画では一番好きだ。


AmazonPrimeにて









地獄門

Gate of Hell001

Gate of Hell
1953年

衣笠貞之助 監督・脚本
菊池寛 『袈裟の良人』原作
芥川也寸志 音楽
和田三造(画家) 色彩指導

長谷川一夫、、、盛遠
京マチ子、、、袈裟
山形勲、、、渡辺渡
黒川弥太郎、、、重盛
坂東好太郎、、、六郎
田崎潤、、、小源太
千田是也(、、、清盛
清水将夫、、、信頼


日本初の総天然色映画とのこと。
和色の再現に力が入っていることは頷ける。
演出の工夫も目立った。

物語は、平治の乱から始まる。
平氏政権が敷かれてゆく中での理不尽で悲惨な出来事が描かれる。

所謂「袈裟の良人」が主役なのか?確かに人格的に出来た人であり、とても哲学的な思索者だと思う。
だが、それより妻の袈裟の自己犠牲的な愛。この形でしか自分の信じるところを貫けなかったその悲劇の方に感情は傾くが、、、
いや感情的には寧ろ、盛遠というドでかい赤ん坊みたいな奴へのイラつきだ。あり得ない暴虐の限りを尽くす。
と謂うより、精神異常か?最初に見初めた時は人妻と知らなかったにせよそれが分かった時点で身を引くのは当然であろうに。
この盛遠という男、最初は主君に仕える武士としては鑑のような男に見えたが、その実、飛んでもないバカであった。
つまり、この物語は恐ろしく手前勝手で欲望のコントロールの効かない3歳児がそのままデカくなったような粗暴な虚けが主人公なのだ。
この男が事態を動かしていることは間違いない。この男に悉く振り回されて物語は展開する。
映画を観ながら、こいつ早く殺されろと願っているようなケースはなかなかない。
結局、飛んでもない罪を犯しながらも生きている~生きて行く。
許せない(笑。

Gate of Hell002

袈裟の旦那の人格者振りも徹底しているが、この内省的な思考ってこの時代にやはり可能であったのか?
どうなんだろう、、、。
妙に気になった。
内面というものの存在に関してである。
そう最後の最後に、盛遠にも大きなトラウマの代償として内面化が生じたが。
もののあわれをしることとなる。
そう無常観か、、、。

しかし侍がどのように受け取られたか甚だ疑問がある。
それから清盛も下衆っぽい。
女性がこれでは、余りに哀れである。

オスカーとパルムドールの受賞って、映像美(色彩)とエキゾチックな衣装、習俗や所作に向こうの人が魅せられたのか。
何とも言えない映画であった。











十代の誘惑

jyuudai001.jpg

1953年

久松静児 監督
須崎勝弥 脚本


若尾文子 、、、月村光子
江原達怡 、、、大井晴彦(光子の彼氏)
夏川静江 、、、月村はる江(光子の母)
山本富士子 、、、川上先生
菅原兼二 、、、有川先生(光子の担任)
青山京子 、、、辻勢津子(小説家志望、クラスメイト)
北林谷栄 、、、大井千代子(光子の母)
千田是也 、、、大井敬蔵(光子の父)
南田洋子 、、、宮下弘子(入院中のクラスメイト)
菅井一郎 、、、善三郎(大井家の使用人)
船越英二 、、、青木


「十代の誘惑」って何?
要するに、「あの二人は怪しいぞ~、やーい、やーい」の噺が噂として興味本位で大きくなったというもの。
(確かにお互いに意識し合っていて、ぎこちない関係ではあったが)。
オマケに変な嘘っぱち記事をローカル新聞で公表されて。
でも名誉棄損の事件として迅速に対応すればよいではないか。
サッと全て津子のせいなのと言ってしまえば、それで取り敢えずは解消するくらいのもの。
だが、自殺まで考えるほどに深刻になったりする(笑。光子がやたらめそめそしたり、晴彦がヒスを起こしたり、、、
何だかやけに平和なピンボケ物語なのだ(笑。

家が貧しい光子は勢津子宅から修学旅行費を出して貰う代わりに何をしでかすか分からぬ勢津子の監視役を頼まれる。
案の定、旅行先の電車の中で偽学生にたぶらかされ、夜に怪しいところに連れて行かれる。それを尾行しすんでのところで阻止した光子と晴彦であったが、その為に宿に帰るのが遅くなってしまい、二人の噂が立てられる(勢津子はちゃっかり先に帰っている)。
光子としては勢津子のせいだとか謂えない立場に悩む。その間にひたすら噂は大きくなって広まってしまう。
二人はいよいよ好奇の目で見られ居場所に困るようになるが勢津子にとってはまるで他人事である。
そしてまたしても勢津子は偽編集者につかまり、小説を出して貰えるということで、光子と晴彦のありもしない異性交遊を書いた原稿を渡すのであった。
それを持って男は学校にゆすりに行くが、有川に追い出された腹いせに新聞社にそれを売り、センセーショナルな記事にされてしまう。これに学校関係者は親も教員も大慌てでパニックになり、二人を責めたてることに。味方は有川先生と川上先生くらいか。
有川先生はなかなか頼もしい。光子の母もしっかり娘を信じている。これは立派だ。

しかし、何とも書くのもバカバカしい他愛もない噺ではある(笑。
何かというと「エリーゼのために」が流れまくるのも異様に陳腐。
暫く長女のピアノでずっと聴いて来たから、このBGMはキツイ。
物凄くくどいのだ。いい加減にしてくれ。というほど(爆。
オマケに晴彦がピアノでエリーゼをまたヘラヘラと弾き始める。
もう「バカ!」が、彼の御得意の台詞。このナヨっとした風情は嫌いではないが、、、微妙な線を行く役者だ。

辻勢津子はどうみてもサイコ娘だ。小説家志望の想像力豊かな夢見る少女とかいう生易しいものではない。
軽佻浮薄で全く考え無しに行動しその後のしりぬぐいを全て人にやらせて知ったことではないという娘。
そして自分の世界にどっぷり浸かり完結する危険な奴だ。
こういうのと付き合ったら大変なことになる。
自分の趣味の世界~つまらぬ小説書き~に没頭している間、周囲が全く見えていない。

光子は唯一の相談役の宮下弘子が病死し、嵐の海で自殺を図ろうとするが、、、
晴彦がピッタリのタイミングで現れ、彼女を正気に戻して一夜をこれからは前向きに頑張るわよと励まし合って過ごす。
新聞記事を読んだ辻勢津子は漸く自分のやったことの重大さに気づき、彼女を含め関係者で二人を迎えに行く。
最後はハピーエンド。何故か皆でよかった、よかったと、、、誤解はすんなり解けたと、、、
何ともどーでもよい噺で映画を作ったものだ(笑。
若尾文子が勿体ないが、彼女が出ていなければまず見る人はいないであろう映画であった(哀。
わたしは特に若尾ファンでも何でもない為、寧ろ江原達怡演じる晴彦を楽しんだ。




AmazonPrimeにて




安珍と清姫

anchin001.jpg

1960年
島耕二 監督
小国英雄 脚本

市川雷蔵、、、安珍
若尾文子、、、清姫
浦路洋子、、、桜姫
片山明彦、、、友綱
毛利郁子、、、早苗
毛利菊枝、、、渚
見明凡太郎、、、清継
小堀阿吉雄、、、道覚
荒木忍、、、増全
南部彰三、、、義円
花布辰男、、、佐助
小松みどり、、、女陰陽師


「安珍・清姫伝説」というものがあるそうだ。
修行僧、安珍と自分のこころのままに生きようとする清姫との壮絶な悲恋物語である。

紀州道成寺にまつわる伝説であり、かなりおどろおどろしい御話である。
浄瑠璃や歌舞伎で有名で、これはその映画版となる。ストーリーはアレンジしているようだが、、、。
やはり全体に舞台劇の雰囲気であった。
修行僧・安珍が、真砂の里で清姫に出逢ってしまったことから始まる。
しかし感心したのは、この時代に自分の思いのまま振舞える女性がいたということだ。
(姫という立場にあっても、そうは容易に出来るものではなかろう)。

激情の恋物語であるが、ここまでやってくれれば、文句なし。
これまでに観た若尾文子の映画では最も思い切ったヘビーなものに思えた(蛇にもなるし)。
若尾文子の魅力が遺憾なく発揮されていたと謂えよう。
市川雷蔵も忍者よりこちらの方がずっと似合っている。

anchin003.jpg

安珍はあやかしに憑りつかれているみたいなことを祭りの夜、女陰陽師から唐突に言われるが、、、。
そのあやかしとは、僧にとってのそれである。僧を捨てれば最愛の人に他ならない。
月夜の温泉の光景など、セットであろうが、幻想的で艶めかしく美しい(キッチュではあるが)。
若尾文子が全裸で湯に浸かって来るのだ。度肝を抜かれる安珍。
ここでは女の性がよく表されている。エゴイスティックで残酷な性が。その為に安珍は傷を癒していたのに、トラウマになる。
混乱を極めた彼は、煩悩に苦しみながら逃げ出し彷徨い続ける。
神仏に仕える身でありながら女性に恋をするなど、、あってはならぬこと、、、
(僧を辞めてはダメなのか?この辺から度々道覚和尚が見るに見かねて目立たぬ格好でアドバイスに訪れるが)。
BGMも雅楽もあればクラシックのオーケストラも入り、、、
挿入歌もオペラ調で、彼と清姫の葛藤に寄り添う。
絵~演出も構図や突然の強風など工夫がある。
時折入る二人で舞を舞う幻想が可愛らしい。

安珍が滝に懸命に打たれ煩悩を祓おうとすれば、清姫は琴で欲望を解放し伝えようとする。
恐ろしいこの空間を超えた駆け引き。
清姫に思いを寄せる友綱が思いの外、人格者であることも何とも言えない、、、。
また父、清継もこの時代に珍しいリベラルな人格者である。
周りの付き人も僧も含め良い人ばかりで、、、。
そうであっても身分、境遇の異なる者同士の恋を実らせることは、内面的に難しい。
結局、自分のこころが難しくしているだけなのだが。
(安珍の周囲を巻き込む恐るべき独り相撲でもある)。

anchin002.jpg

最後は鬼気迫る迫力。
信仰を取ろうと女を取ろうとどちらも恥ずべきことではない。己のこころのままに進むのじゃ。
それも仏の道。行くがよい。
悟りを開いた道覚がそういうのである。それで良いのだ。
しかし道覚の教えに覚醒し自らのこころに従った時にはもう遅かった。
川に身を投げた清姫が大蛇に変化して道成寺にひたひたと迫り来る。
安珍は清姫に会おうと飛び出そうとするが、相手はすでに身を投げた女、周りの修行僧一同が彼を留める。
そして悪霊から守ろうと、大きな鐘の中に彼を閉じ込めるのだ。
皆で経を唱えるが、そこに恐ろしい形相の清姫が現れ、僧たちは成す術もない。
完全にオカルト映画である。
(しかしこの時期のVFXによく見られるチャチな感じの特撮ではなく、生々しくリアルで集中が途切れることはない)。
やがて彼女は大蛇の姿となり鐘に纏わりつき口から火を放つ。

命は助かった安珍が目を覚まし清姫を探して川に行くと、辺に倒れた姫の亡骸があった。
わたしは何と言うことをしてしまったのか、、、慟哭する安珍。
確かに中途半端であった。
自分のこころに忠実に従っていれば、どうするべきか直ぐに答えは出たはず。
これからは、姫の成仏を祈りずっと姫と共にいよう。
それもひとつだが、生きて共に居た方が良かったとは思える。
悲恋物語にはならぬが(笑。







忍びの者新・霧隠才蔵

kirigakure001.jpg

1966年

監督 森一生
脚本 高岩肇

市川雷蔵 、、、霧隠才蔵
藤村志保 、、、あかね(くノ一)
楠侑子 、、、弥生
田村高廣 、、、風魔大十郎
千波丈太郎 、、、鴉佐源太
五味龍太郎 、、、島律家久
内田朝雄 、、、音羽弥藤次
佐々木孝丸 、、、天海僧正
小沢栄太郎 、、、徳川家康


たまたま観たものがこれであったが、「霧隠才蔵」ものは沢山あるようだ。
調べたら、これはシリーズ第7作目のものだと、、、。
「寅さん」までは行かなくても凄い人気シリーズなのか?
これまでこの手のものはほとんど見て来なかった為、新鮮であった。
この作品がシリーズ中でどのような位置ににあるのかも分からないが、以前のものを見ていなくてもこれ一作で楽しめるものになっている。前後関係など気にする必要は感じない。
市川雷蔵はどちらかと言うと顔を隠さない侍の方が似合う気がするが、これも堂に入っていた。
藤村志保とよく組んで出演しているように思う。

大阪夏の陣が終り、家康は既に将軍職を秀忠に譲っている。
しかし実権はまだ家康の手中にあり駿府の居城に籠って指令を出しているが、すでに病気がかなり進行していた。
自分の死後の支配体制に関して事細かく天海僧正などの側近に伝えている。
(外様の支配の為には人質を取るか縁戚関係を結ぶことなど、、、)。
そして家康は伊賀忍者をその信念の強さから殊の外恐れていた。
この物語は、霧隠才蔵の属する伊賀忍者と風魔忍者との決戦を描いたものである。
痛快娯楽ものに入る映画であろう。

kirigakure002.jpg

主人公の霧隠才蔵はとても強いが、途轍もなく強いと言うほどでもない強さで、リアリティがある。
彼のお仲間の忍者はかなり簡単に敵の風魔の忍者に倒されてゆくが、力の差がちょっと大き過ぎる気がした。
(風魔というのは、甲賀の忍者だな)。
伊賀忍者はこれと言った忍法を使ったりしないのか、、、
(実はわたしは、荒唐無稽な忍術を期待して見始めたのであるが、、、もっと地道で硬派な映画であった)。
煙幕とか手榴弾みたいなものや手裏剣は使っていたが、少なくともお仲間の伊賀忍者はほとんど何もせずにバッタバッタやられていた。
共に、敵対意識は大変強く、今回家康に伊賀忍者の殲滅を依頼されこれを好機と見て風魔は30人の総勢で乗り込んできたと言う。
何でも風魔は源氏の血を引き、伊賀は平家の血を引くということから根深い敵同士であるそうだ。
殺されると首は晒される。才蔵はそれを回収して弔っている。

伊賀の地面の下に掘られた秘密のアジトは、まずまずといったところか。
子供時代にあんな秘密基地があったらさぞかし楽しかっただろう、と思う。
今も自分だけの秘密基地は欲しい。ロマンである。
今度、改築するようなときは、是非自分だけの秘密の部屋を作りたい(無理か?)。

余り変わった飛び道具や仕掛けもなく、風魔の火縄の術と城の吊り天井くらいであったか。
あかねと弥生の女性陣は、スパイとして活躍している。
才蔵は家康を討つ前に彼は病死してしまい、どうするのかと思ったが、まずは一人で風魔を全滅させに敵のアジトに乗り込む。
この映画の見どころと言ってよい最後の死闘の場面はそれなりに楽しめるが、、、
敵統領の大十郎がひと際強そうであったが、最後はちょっと呆気なく終わってしまった。
実際、闘いとはそんなものであろう。
才蔵のスタミナには感服である。

kirigakure003.jpg

そして休む間もなく、一人走って秀頼を討ちに行く。
無謀な戦に臨まんとする彼の姿に虚無感が漂う。


面白かった。
また、このシリーズ観てみようかと思う。










続きを読む

処刑の部屋

syokei001.jpg

1956年

市川崑 監督
和田夏十、長谷部慶治 脚本
石原慎太郎 原作
増村 保造 助監督

川口浩、、、島田克巳
若尾文子、、、青地顕子
宮口精二、、、島田半弥(胃の具合の悪い銀行員の克巳の父)
岸輝子、、、島田はる(克巳の母)
梅若正義、、、伊藤
中村伸郎、、、茂手木教授
平田守、、、吉村
川崎敬三、、、竹島


狂った果実」も演者は、かなりいまいちだったが、脚本~演出の骨組みは面白いものであった。
こちらは、「妻は告白する」で大変印象の悪い(飽くまでも役柄に対して)川口浩がまた若尾文子と主演をはっている(こちらの方が古い作品だが)。
まあしかし、ここではただの反抗的で虚しい悪ガキである分、分かり易い。相変わらず印象は最悪だが。
若尾文子がとても若い凛とした女子学生である。
ぼんやりしたモノトーン画面だが展開はシャープであった。
監督は原作をモチーフに淡々とスタイリッシュに撮っていったものであろう。
(乾いた感触で、速度感はある)。

syokei005.jpg

吉本隆明は下部構造より上部構造が本質であり、上部構造が下部構造を規定すると論じていたが。
ゼミで若尾文子も寧ろそちらに近い立場で論じていた。人間とは要するに観念の動物である。ここの捉え方において。
正面からのショットが意志の強さを見せている(この撮り方ゴダールっぽい)。

それにしても島田克巳のグループ、どういう集まりなのか。
気色悪い。
ダンスパーティーばかりして金勘定していて何なんだ、、、。
野放図に振舞いながら決まって親元に戻りちゃっかり甘えている。
「やりたいことをやるんだ」、「俺は生きるんだ」。
そもそもこの男にとってやりたいことって何だ。生きるとは何なのか。
単に無軌道に衝動的に暴れているだけにしか見えないが。
アドレナリン大放出の無軌道な乱闘とレイプ犯罪と来た。
(何故、青地顕子は訴えなかったのか、、、卑劣にも酒に睡眠薬を混ぜた上でである)。
何を偉そうにして、おれはやりたいことをやっている、お前たちもやってみろ、などと得意気に謂えるのか、、、
一体何をしたというのか、、、犯罪行為だけだろ。
尖って突っ張っているだけで、、、意味不明。

syokei002.jpg

「太陽族」笑える。
~族ときた。
こんな狂態演じておいて、偉そうな口を叩く資格などどこにあるのか。
悉く神経を逆なでする態度で、反抗を気取っているようだが、やってることは犯行に過ぎない。
そして、森さんも呆れる女性蔑視集団でもある。
大学卒業後の進路や就職を前にして同じようなことをしていた仲間も去ってゆく。
それを軽蔑して、変わらないことに固執する。
これがこの男にとり生きることだと言うのか。
聞いて呆れる。「生きるとは変わること」と欅坂(現櫻坂)も唄っている通り、、、。
BGMや音楽~ドラムソロとかも耳障りであった。
これをキビキビとした展開の映画にしても、一体エンターテイメントとして成り立つものか?

syokei003.jpg

若尾文子のキリっとした表情が無ければ、こんな胸糞悪い映画到底観ていられない。
最後に顕子にナイフで太腿を刺され、痛いと呻きつつ足を引き摺りながら表に転げ出て、這いつくばって行くが、、、
微塵も共感するところが無い。
明らかに狙っていることは分かるが、形式を整えてもそれだけで納得は無理であろう。
カッコよい映画だった、などとまずあり得ない。
何と言うか、多少なりとも感情移入出来る登場人物が一人でもいれば違ったかもしれないが。
余りにやっていることが、幼過ぎ、卑劣過ぎるのだ。
アウトローだが気持ちはよく分かる、とか言う部分が微塵もないところでも受け入れ難いのだ。

syokei004.jpg

さらにこれを真似した犯罪が何件も続いたというのは、どういうことか、、、。
この世代もそんなところか。




AmazonPrimeにて、、、








遊び

asobi001.png


1971年

増村保造 監督
今子正義、伊藤昌洋 脚本
野坂昭如  「心中弁天島」原作

関根恵子、、、少女
内田朝雄、、、少女の父
杉山とく子、、、少女の母
小峯美栄子、、、少女の姉
大門正明、、、少年
平泉征、、、兄貴の子分
稲妻竜二、、、兄貴の子分
早川雄三、、、高利貸
松坂慶子、、、フーテン娘
村田扶実子、、、寿荘の老婆


これには驚いた。凄い傑作。スピリット~魂を感じる。
増村保造監督作品ではこれが一番好きだ。
(全部観たわけではない為、今のところ、、、だが)。

最初のあたりBGMが変。大門正明の台詞回しが大袈裟で声が大きいこと、関根恵子が素朴で若すぎることも気になったが、、、
関根恵子演じる17歳の少女と大門正明演じる19歳の少年の生活環境の過酷さ壮絶さは、どちらもよく伝わる。
彼ら二人にとり、家族が何より重荷であった。
(ライン作業の現場こ過酷さとか、キャバレーの仕事に関しては大変さを匂わす程度)。
二人とも自分のこの宿命に心底うんざりしており、逃避出来るならしたい気持ちで一杯でもある。
ちょっとしたトリガーがあれば直ぐにでもそれに縋りついてしまうほどに、、、。

asobi002.jpg

少年(チンピラ)は、兄貴にもっと取り立てて貰いたいがために、たまたま出逢った電気工の少女を貢物にしようとする。
気を引いて優しくするといつも辛い境遇の彼女は直ぐに懐いて付いて来るのだった。
映画を一緒に観て、ゴーゴー喫茶とか、バーとか彼女の知らない場所に連れて行くと、彼女の自暴自棄な気持ちもいつしか薄れ、彼にこころを許し始めていた。そして兄貴に彼女を差し出すために指定の宿に連れて行くが、余りに彼女が素直で純粋で可愛らしく本気で好きになってしまい、彼女を連れて逃げることに。
これがどれ程、危険なことかは二人とも承知の上である。
(実質、全て~仕事も家族も何もかも~を捨てることになる。これまでの関係性を裏切ることになる)。

僅かな持ち金で、タクシーを飛ばし海の見える豪華ホテルに向かう。
もうこの辺から二人に先の無いことがひしひしと伝わってくる。
(こういった恋人同士の追い詰められる逃避行映画はかなりの数あるが)。
男は彼女に対しおれはチンピラだと告白するが、そんなことは最初から承知の上よと返す。
何もかも嫌になって付いてきたけど、あなたが好きになりずっと一緒にいたくなったの、、、と。
彼女にとっても男にとっても初めて尽くしの一夜となり、確かな愛を確認し合いこの上ない幸せに二人は浸る。
この刹那を永遠の楽園のように楽しもうとする気持ちは、あくる朝には自分たちには何も残っていない悲壮な覚悟からも来ている。

asobi003.jpg

早朝、たった二人で叢に出ると、これまでに感じたことのない幸せに満ち足りた気持ちを暫し確認し合う。
(ここのシーンが好きだ)。
二人には、あっけらかんと、何もない。このまま逃げたとしても追っ手がやがて来るだろう。
岸には壊れた小舟が浮かんでいる(半ば沈んでいる)。
まさかとは思ったが服を脱いで、その浸水している小舟に溜まった水をあたかも、宗教的儀式のように体にかけるのだった。そして二人は小舟に乗り込む。
前方には海が開けていた。
だが舟が到底体重に耐えられぬことが分かり、木に掴って泳ぐ形で舟を押して向こう岸を目指すことにする。
日常の文脈から彼らは異様な強度をもって離脱を図るのだ。
無謀で現実性のない選択に見えて、二人にはそれ以外の道がなかった。

asobi004.jpg

こうした映画は、エンディングが大切だが、この非現実的な~裸になって壊れた舟を押して泳ぎ遥か彼方の向こう岸を目指すという~不条理な行為を何の躊躇もなく同意して始めるというこの有様に全てが収斂されてゆく。

とても魅力的な小品であった。
関根恵子と大門正明の熱演は素晴らしかった。
感動した。








検索フォーム
ブロとも申請フォーム
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

SF PickUp