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秘密基地

himitsukichi.jpg

長女が近頃、しきりに「秘密基地」が欲しいという。
自分だけが鍵を掛けて出入り出来る場所がどうしても欲しいのだそうだ。
自分の部屋ではダメなのだ。
謂わば、秘密の活動拠点が必要となっているらしい。

しかし、その構築に関してわたしに相談してくるのだから、余り秘密に拘っているようでもない。
どうやら、場所~位置は知られていても、自分以外の人間の出入りが自分ひとりの裁量で決定できる空間が欲しいようなのである。
具体的には、鍵の掛かる部屋らしくない部屋なのだ。

聞くだけでワクワクするではないか、、、。
わたしも子供時代そういうのが欲しかった。
わたしの場合、近くの空き地の鉄骨の捨ててあるような場所を友達と一緒に基地と見立てて遊んだことはある。
だが、基地と呼ぶには程遠かった。
充分、象徴性はあって、ある意味役目は果たしてはいたのだが、、、。
その当時、庭で作った「かまくら」の方がそれらしかったのを今でも覚えている。
(今でも秘密基地的な空間は欲しい。それは所謂「部屋」ではないのだ)。
ニトリのCMで確かあった、、、大人向け「ニトリでつくる憧れの秘密基地」というの(笑。
そこでのコンセプトはあくまでも個人の嗜好に特化した包み込むような空間という感じであったが、、、。


長女との密談では、わたしの提案で、書庫の2階を利用することに傾いた(まだ決定ではない)。
それを話しながら、彼女は眠くなって寝てしまった、、、。
これから継続審議である。

さて、どうするか、であるが、どうもこうも、場所など何処にもないのだ(笑。
どの部屋もただの普通の空間以外に使えそうもないことは明らかであるし、階段下倉庫やウォークインクローゼットなど、もう隙間もない。押入れもダメ。とくればもうそこしかなかった。

わたしが昔、描いていたかなりの数の絵のカンバスを整理すれば場所は空くのだ。
ただ、そこに登る階段を大分前にわたしが外してしまっており、いまや忍者でなければ上に登れないようになっている。
今回長女のおねだりは、その問題に、改めて直面する機会となった。

適当な梯子があれば、上り下りは彼女がうまくやることだろう。
彼女はジャングルジム系が得意で、高いところに登るのも好きだ。
高いところがからきしダメな次女との階級闘争が明らかにかかっているこの基地問題は、この点でも合意が得られると思われる。

朝起きたら、その線で改めて確認してみよう。
まさか、起きたら何のことやら忘れてたなどということはあるまいな、、、と少し心配なのだが。

「秘密基地」は「廃墟」とはまた異なる、妙に濃密に畳み込まれた自分だけの息苦しさすら覚える魅惑的な記憶に向けて開かれている。その記憶内容は、しかし「まっさら」である。秘密基地なんて実際にはなかった(ないのだ)から、、、。
だが、本当に作ってみたいという思いはある。

そうしたらどうであろうか、、、?


そういえば、少し前、女子美の学生が公園に作って置いた鳥小屋を拡大したような木の小屋をとても気に入って遊んでいたのを思い出した。
あれは、休憩室でもただの遊具でも廃墟でもない、秘密基地に違いなかった、、、。





長女の按摩、、、

Michelangelo.jpg

今日は100円で20分背中から腰のマッサージを長女がしてくれるというので、歓んでやってもらった。
20分といったら結構長い。
彼女は、近くにデジタル置時計を置いて、しょっちゅう時間を確認しながら、背中を体重を掛けて押してくれた。
とても丁寧に、手を抜かずにやってくれたため、かなり疲れたらしく、ここで一休みというので、そこまででいいよ、とした。

その時間、14分であったが、充分に効いた。
おかげで、その後どっさり疲れが出てしまい、その場にすやすや眠りこけてしまった。
実に気持ちよかった(笑。
しばらく眠り、悪夢で起きたのだが(爆。

これからたまにやってくれるというので、おうちのお手伝いの一貫として、記録もしておこうと思う。
写真整理の時に、つくづく大きくなったものだという、当たり前な感慨をもったものだが、自分が娘にマッサージしてもらい、グウグウ寝てしまう身になるとは想像しなかったことだ。
顔をみても、つくづく「いっちょまえ」な表情をしていて笑ってしまうことがある。

確かに卵も自分で割るようになり、自分でやるという場面がかなり増えてきた。
よいことには違いないが、ちょと寂しさも感じることもある、、、。

明日は、一緒にお買い物に行かなければならない。
足りないものが幾つか出てきた。
レジを頼んでみようかと思う、、、。
紙上の計算はもう随分やってきているし100円ストアでの支払いは幾度もしてきた。
大きい数(と言っても4桁だが(笑)で実際のお金が扱えるかやってみたい。

日に一つは、何か些細なことでも新しい経験をさせたいものだ。
こちらにとっても、楽しく面白い体験となる。
それが肝心だ。


娘の音楽発表会

music001.jpg

小2の娘の音楽発表会に行った。
長女が音楽祭実行委員をしている。
発表時舞台に、実行委員で最前列に並び、順番にマイクを回し演目の紹介をしてゆく。
長女は列の真ん中で、オリジナル曲をみんなで協力して作ったという部分をアナウンスした。

びっくりした。
日頃、うちでムニュムニュ喋っている時と全く違い、とてもクリアにしっかり聴き取れる発声だった。
ホントにうちの子か?と思って観たが、そうだった。
クラスでピアノを弾いて、実行委員に選ばれたと聞いたときには、そうかと信じたが。
こんなに喋るのかと、目の前(先)で観ても、にわかに信じられなかった。

日頃、忘れ物はするし、宿題嫌だと一度はごねるし、訳の分からぬ話はするし、変わった感性を持ってることは知ってはいた。
熱中して物を作るのが何より好きで、絵を描いてもかなり長時間集中しており、外部にはほとんど無関心でひたすら自分の世界の仕事をするタイプだと思っていたが、、、。

そう言えば、曲を作るために集まったとか、休み時間とかに実行委員の仕事をしたとか言っていた。
そんな風に集団で何かをやることに、馴染んでくれたらとても嬉しいことだ。
わたしが、そういうのが大の苦手だからだ。

やはり、委員を体験すること自体が齎すものは、大きいと思われる。
選んでもらったことには感謝したい。
娘の可能性が広がった気がした。

肝心のオリジナル曲の合唱であるが、思った以上に凝った曲であった。
手でリズムをとったり、後半からはメロディオンも入り曲に厚みと変化が加えられてゆく。
小さい子特有のがなり声ではなく、綺麗に大きくはっきり発声しようという意識がみられ、立派に歌となっていた。
途中で、隣同士向き合ったり、場所を移動して遊ぶ様子を演劇的に見せたりと、とても工夫が見られた。
このまま進めば、ミュージカルにも発展しそうなものであった。

最後に、実行委員がまた前に集まってきた。
長女は今度は、手に先ほど演奏していたメロディオンを下げていた。

終わったという安堵の表情が遠くでも窺えた気がした。
何にしても達成感が大事である。
これがないと進まない。

終始、長女を片目で見ながら、次女を探し続けたが、とうとう何処にいるか分からず仕舞いであった。
わたしの視力も低下しているが、今朝着ていった服も知っており、それを頼りにも必死で探してはみたが見つからなかった。
前列か雛壇に乗った中列あたりならよく見えるが、その間に入り込むとどうにも見えなくなってしまう。
これでは、業者のビデオでも写真でも撮れていない可能性は高い。
(昨年がそうであった)。


彼女らが帰ってきてからは、2人にご苦労様と言うと、うん頑張ったし、明日ピアノ上がったらラーメン連れて行って、とせがまれた。
勿論、いいよと答えた。
ご褒美が美味しいラーメン屋さんのラーメンでよいのか、、、。
(まだ幼い)。
内心、安上がりで助かった、、、と安堵するわたしであった(笑。


ブルーレイも写真も買うかどうか迷っていたが、買うことにした。


保護者面談

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先日、保護者面談があった。
次女には、悪口言わないでねと何度も前日に念を押されていたが、すっかり忘れて学校に向かった。
道の途中で次女に出逢う。
丁度、彼女らが下校する時間に家を出たのだから、どこかで出逢うことになるはず。
表情を変えずに目と目で、じゃあいってくるから、という確認を取り合ってすれ違った。
とても元気の良いクラスの女の子と一緒であるためか、よそよそしい。
次女がちょっぴり大人っぽく見えた。

最初に、長女の5組。
持ち時間は15分。
次は次女の4組。
時間は勿論、同じ。

学校側の配慮で(常にそういうものだが)、一回でこちらが間で待たずに連続した面談時間はとってくれる。
双子はそれでなくては、やってゆけない。
(であるから、授業参観はキツイ)。

何故、長女に出会わなかったのだろう、と思っていたら、何と彼女は教室で待っていた。
取り敢えず、どうすると聞いてみたが、はっきりしないが恐らく一緒に帰るつもりでいたのだろう。
では、還りは一緒に帰ろうということにして、彼女は校庭で遊んで待つことにした。
(わたしと一緒に帰ると、必ず途中で何か買ってもらえるのも、分かっているし、、、)。

彼女の遊び相手のボーイフレンドも何故か一緒に2人もいた。
とっても礼儀正しい少年だ。
3人で後でね、と言ってとても楽しそうに校庭に駆け出して行った。
毎朝、「今日は学校行きたくない。休む。」と言っているヒトには、とても見えない。

長女も次女も地味に、普通にやっているようだ。
特にいじめもなく、落ち着きが全体的にまだないことから、怪我やちょっとした事故は時折あるようだが、基本的に平和な時間が過ぎていることは感じ取れる。

どちらも、独りでポツンといることはなく、友達と何らかの関わりを持って過ごしていることと、どうやらわたしに似て、創作関係は時間を忘れてそれに没頭してしまうようだ。
わたしも、絵を描き出すと、何も耳に入らない方であった。
時間感覚は意識から飛んでしまっていたものだが娘も、特に長女であるが、図工の制作ではかなり没入してしまうという。
チャイムが鳴り、授業を終わる段になると決まって最後までやりたいと先生に訴えてくるという。
特に立体制作に燃えるらしい。
それで、度々終わらなかった工作を家に持ち帰って、続きをひたすら作っていたりする。


とても頼もしかったのは、担任の先生が、その気持ちをしっかり理解してくれているところだった。
単に、管理しか頭にない教員であると、時間を守りなさい、時間で全て終わらせ速やかに片付けなさい、の方向にしか向かない。
それからピアノの関係で音楽会実行委員に選ばれ、その仕事が始まっているという。
(ピアノ自体はまだまだであるが)。
あのひとたちがどの程度、自分たちで物事を決めてゆくのか見当もつかぬが、サポートのもと少しでも考える力がつき、自信に繋がって欲しいと願う。
どんな発表会になるのか、早くも心配になってきてしまうが、、、やはり楽しみでもある(笑。

図工と音楽だけかな、、、と思ったが、他の教科も普通にやっているようで、まずはそれで良しとした。
(ここのところ習い事を3つやめにしたばかり。バレエ・水泳・英語、、、ピアノだけ残した。今は伸び伸び生活させることにしたのだ)。
2人とも一番褒められたのは、給食をよく食べることだ(笑。
最近の給食は、わたしの頃から見ると桁違いに美味しい。(わたしの頃が不味すぎたのだ)。
給食当番もよくやっているという。
食にこだわることは、良いことだ。たくさん食べて元気に大きくなって欲しい。基本それだけだ。

算数のテストもほやほやのものをみせてもらったが、取り敢えず見た範囲は全て出来ていた。
10月からやっと教育課程上、掛け算・割り算が入ってくるという。
まだ、微分・積分までは、遠いな。教えてあげられる時期までは、わたしも頑張って生きていないといけないなと、、、感慨に何故か浸る。

先生の最後の話題で、長女の方だが、とても面白い作文を書くという。
物を作る際の制作過程を細かく説明する文章が、読み応えがあって楽しいという?
彼は国語科の教員である。(小全免許の他に)。
これは、わたしも気付かなかった。
返って来た作文をみて独特の妙な文体だなと、これまで感じていたのだが、最近そこに筋が入ってきたのだろうか。
彼女の文の方にも今後、注意してゆきたいと思った。

先生がよく、娘のことを見てくれていることを感じた。
小学校低学年は、やはり理屈よりも、共感が大切だと思う。
今年度の担任の先生には、是非来年も持ち上がってもらいたいと感じる、面談であった。


今日も、2人は喧嘩しながら、ダンボールでガチャポンの機械を作っている。
わたしの頃は、宿題が終わると、読書を毎日していたものだが、、、。
パソコンゲームは、やらせないようにしたいと思っている。(その存在を教えないつもりだ)。




公園~すごろくゲーム

Dice001.jpg

昨日の大雨のため躊躇したが、娘たちが行きたがったので、シートを持って公園で午前を過ごすことにした。
どちらかといえば、曇天であったが暑いし、凄く蒸す。(暑さだけならどうにか耐えられるが)。
しかもUV-Aは曇天・快晴関係なく射し込む。
娘たちときたら、すっかり休みボケしており、帽子を忘れUVカットの乳液もつけてきていなかった。
わたしもボーッとしており、車を降りて彼女らを見て始めて気づいた。
これまで、毎日学校に行っていた頃は、みんな忘れずにいたのに、、、。
と言うより、無意識的にやっていたことだ。


暑い中、飽きもせずまた公園でモルモットを抱いて遊んだ。
どう見ても、でかいネズミだが、、、。
抱いてる間、小さな円柱形のウンチをする。
大人しいながら、それなりに環境に対応(対抗)してくる。
足を結構踏ん張る。
鼻をずっとくんくんして何やら探ってくる。
居心地が悪い(抱き方が悪いと)?とピーピーと鳴く。
確かに不満はあろう。
前足の指4本。
後ろ足の指3本。
尻尾はない。(骨はあるらしいのだが)。
人参はもう食べ飽きたみたいであまり食べない。
(順番に次々抱かれて、その度に人参食わされているのだ。もういい加減にしてというところか)。

長女がモルモットをお姉さんに返すとき、この子男の子?女の子?と聞いた。
男の子だったようだ。
次女の方は不明。


次は、熱帯植物園でしばし涼んだ。
自然に涼みたくなるもの。
のんびりしたところで、わたしは帰りたくなったのだが、、、。
長女がブランコだけは外せないと言い、次女がプールに行きたいという。
公園の隣の施設のプールには一度行っているが、滑り台以外に何も面白みもないし、水着もない。
それは諦めさせた。
冷たい水を買って飲むと、スキッと生き返って。
木漏れ日の道を足早に散策し、、、
思いっきりブランコで遊んで、帰ることにした。
やはり、蒸し暑い。


うちに帰り、何故かカレーを作って食べたら、わたしはどうにもお風呂に入りたくなって、入ると疲れが出てゴロゴロ寝てしまった。
すると、微塵も疲れのないふたりが、すごろくゲームをやろうと起こしてくる。
何で今すごろくゲームなのかは、ともかく、やるしかない。
今日は遊んであげると朝、宣言している日だ。
シートがどこにも見つからず、長女と一緒に4つ切り画用紙にスタートからゴールまで作ってみた。
早速遊んでみると、4戦してわたしの1勝3敗であった。
一端の顔して、サイコロ振ってくる。
もう8歳だ。いやまだ8歳なのか、、、。

その後は、iPadでずっと「レアルおままごと」と「プリンセス・ミニー」いう番組を見ている。
魔化不思議だ。
面白いのか、これが、、、。
3DCGムービーの対極にあるような、といかお人形でのおままごとをそのまま映しているだけ。
いつもリカちゃんとか相手に、自分たちでやってるのと変わりあるまい。
他人がやっているのを覗き見しているようなものなのか。
しかしこの世界、どこか「水曜日のカンパネラ」などと通じるところは、ある。
一緒に見てると何となく見てしまう。


映画はさすがに、何となくでも、みる気がしない。
幾つか最初の5分から10分見てはみるのだが、どうにも入って行けない。
映画自体みたくないのだ。
もともと映画というものに対しわたしは距離を感じている。
特に好きな表現ジャンルでもないし。
ブログのジャンルは、映画について感想を述べ始めても「美術」にしているのはそのためだ。
(また気が向けば書くと思うが)。

しかし、育児ブログでもない、、、。


亀との再会~桃太郎

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娘たちが帰ってくる。
わたしは、シャトルバスの停留所まで迎えに行った。
時間を間違え、20分待たせることに
長女は「何かあったのか」と心配していた。
わたしが単に遅刻しただけなのだが、、、。
次女はただニコニコしていた。
「おかえり。」


荷物を詰め込み、CDを取り替えて出発した。
車の中で、「水曜日のカンパネラ」と「夢見るアドセンス」が交互に鳴った。
単に交互に並べたら面白いかと思ったのだ。
流れは、不思議によかった。
しかし彼女らが知っている曲は、1曲目の「桃太郎」だけである。
これには、かなり乗ったが、その後の曲にはシーンとしていて、やがてお喋りを始めた。
合わなかったみたいである。

これまでに、「遊佐未森ベスト」と「手嶋あおいベスト」と「セラームーンスペシャル」の選曲CDを作り、何れもヒット(好評をはく)してきたのだが、これは空振りのようだった。
そうだ、それらの前に「宇多田ヒカル子守唄選集」も作っていた。なかなか寝付かない時にそれをかけて夜のドライブに何度となく出たものだ。


今回、馴染みの曲が「桃太郎」だけであった。
それに、「夢見るアドセンス」のようなアイドルポップはほとんど聴いたことがなかった。
「いくちゃん」のいる乃木坂の曲は「ここじゃないどこか」、「何度目の青空か?」とか数曲聴いてはいたが。
打ち込みのピコポコジャーンの際立つ音にはまだ慣れてはいない。
それから水曜日のカンパネラも「桃太郎」以外の世界観は難しいようだ。
ことばの面白さにも、なかなかついてゆけないらしい。
確かにそうだ、、、。
「桃太郎」はPVのアニメーションも秀逸であり、あそこから入ったとも言える。
何度見ても飽きない、感性を擽るものがある。
「魂の16連射」なのだ。


7日の誕生日のお祝いを9日、今日改めて行った。
ケーキを昨日Webで見つけたケーキ屋さんに頼んでおいた。
彼女らを家に連れ帰って、直ぐにケーキ屋さんに取りに行った。
すでにケースに「ご予約ケーキ」として飾ってあった。
見た目が楽しい美味しそうなチョコレートフルーツケーキであった。
予想以上に美味しかったみたいだ。
これから、ケーキ屋さんはここにしようと決める。

しかしちょっと大きめのホールケーキといっても、食べるとあっという間になくなってしまう。
花火みたいに呆気ない、、、。
何故か一抹の寂しさを感じる。
(ケーキ食べてそれはないのだが)。
余りに簡単に8歳になってしまうものなのだ。


ふたりが帰ってきて一気に家の中が活気付き、ホッとする間もなく明日はピアノ教室。
来た早々次女は近くの店に自転車に乗っていき、帰りに転んで膝にかなりの傷を負う。
オロナインを塗ってあげた後、亀の水替えを3人でする。
長女の亀がやたら大きくなっていることに驚く。(やはり)。
ふたりははしゃぎながら亀と追いかけっこをして楽しむ。
わたしは亀がこのまま大きくなったらどんなケースにしたらよいのか、今から少し不安になる。
長女のオクラが2つ食べごろになり、毎日摘んでいた次女のミニトマトが今日も2個ばかり赤くなっている。
次女は、録っておいたTV番組を確認し長女は何やら黙々と工作を始めた。
番組の解説をちょっとして、工作の道具と材料を渡す。
時間の流れが変わる。加速する。

また少し遅れてついて行くような時間が始まる。



今日3回目のお風呂に入る。
早く寝よう。


フェイスタイム~メアリー・カサット

Mary Stevenson Cassatt

久々に娘と長時間フェイスタイムで話をした。
話すというより、向こうは次々に玩具を出してきて遊び方を教えるというかたちだ。
こちらが何を答えても、まともに返事もしない。
4つ玩具を買ってもらったという。
ひたすらそれらで遊んでいるところを見せたいらしい。
彼女らの元気な様子が窺えるので、とりあえずほっとする。

亀の話には食いついてくる。
体が大きくなって、力も強くなり、走るのも速くなったことは伝えた。
実際に見せるのはタイミングがある。
この時は、ふたりとも亀島の下でじっとしていた。
つつき出すのは、忍びない。
ご飯と水替えも少し心配していた。
それが、わたしの生活のリズムともなっており、大丈夫というと、また遊びに夢中になる。

基本は、お人形相手にお医者さんか美容師ごっこがお気に入りだ。
買ってもらったのは、電池で動く犬と目玉の動くお人形である。
家にもリカちゃんが6人いるのだが、向こうで我慢できなくなったらしい。
どちらも、熱を測ったり、注射をしたり、包帯巻いたりして、あとはとても丁寧に髪をいじっていく。
家にいる時と同じことがやはりしたいのだ。
今日は向こうも余りに暑くて外に出る気になれなかったらしい。

わたしも亀の水替えと庭の木や花の水遣り以外では、今日は一歩もうちを出ていない。
旅行前に気にしていたオクラとプチトマトのことはこちらから切り出さないと何も言わない。
学校から引き上げてきた頃は、ふたりとも収穫を楽しみにしていたのだが。
こちらにとっては毎日少しずつ食べられて、なかなかよいものだ。


横浜美術館で「メアリー・カサット展」をやっている。
門の外に出るのが億劫のため、まだ出向いていない。
メアリーは「母と娘」を描ききった画家である。
母と娘をあれほど描ければ、人についてはもう描くところなどないだろう。
よく8歳まではヒトは、母親との関係で育つと云われる。
メアリーの絵に出てくる少女も赤ん坊からせいぜい8歳くらいまでが多い。
彼女の絵を画集で改めて観てみた。
母が幼い娘を膝に乗せ抱いているだけでどれだけの精神運動がなされているだろうか。
最初の親密な他者との間に起こる感情と知性のせめぎあいのとても繊細なドラマを見る思いがする。

もしこの関係性に病的な歪みがあれば、、、取り返しのつかなくなる場合もある。
われわれは意識で生きるものではない。
母親の無意識次第という場面が実は大変多い。
子育ては、一筋縄ではいかないものだ。
この関係特に、母息子において難しいものがある。
それはここで述べるものでもない、、、。

父親はしばし、見守るしかない時期はあるようだ。
(見守ることが殊の他重要性を持ってしまうのだが)。
 

ちょっと喉が渇いたが、ビールもない。
(最近、ワインよりもビールになった。飲んでも1缶であるが)。
明日辺り、買ってこよう、、、。




火星大接近

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宇宙科学研究所の隣にある博物館にプラネタリウム(火星大接近)目当てで行った。
プラネタリウムのあの真っ暗になった瞬間の雰囲気は、いつもとても素敵なのだが、、、ちょっと解像度に不安が、、、。

前半は、イチバンボシは木星、次いで火星、土星が見えるよ。今夜見てみてという話から、、、
火星とアンタレスの光の強さと赤さ加減の見比べで、「火星の方が光は強いですね~。でも赤さはアンタレスかな~」などのその場で見て比べる話など、、、娘たちにはよい刺激となった。
見て比べるのは、知識の得方というより、考え方の基本として良いと思った。
そして当然、「夏の三角形」の話がきて、天の川と織姫、彦星の話でおわるが、、、
天の川を渡るふねの話は、少し新鮮だったか。
7月7日ではなく、旧暦なのだ。
そう、天の川は太陽系もそのなかに属していて、長いその先が見えてる(別にあるのではなく)ということを彼女らは始めて知ったらしい。
ちょうど良い匙具合だった。(尺もちょうど良かった)。


後半は、火星の話となった。今日のテーマである。
二年に一度くらい火星と地球は公転周期上接近しており、火星の楕円軌道と地球のほぼ円軌道との兼ね合いで、小接近だったり、今回のような中接近だったり、今度の18年は大接近になったりする。
そのへんの話はさらっとして、、、火星探査機のキュリオシティの自撮りの話とか、バイキング2号の撮った地表写真とか、、、。
子供的には面白い方向の噺であった。
こと火星については、画像データの解像度はまだ低く、臨場感は足りなかった。(ここのプラネタリウムの性能の限界もあるか)。
SF映画チックに、地表面を滑空するような映像で締めたが、如何せん画像がボケている。
とても残念。

最近、火星に人影を見たとか、いろいろと話題に事欠かないが、そういう都市伝説みたいなものもキッカケになると思う。
そういう噂話はとても好きだ。特に女の子は。
そんなものも、iPadなどで見せてみようかと思った。
好奇心・興味の導入になっただろうか。


宇宙展示コーナーにあったスペース・シュミレーター・プログラムは凄く充実していて、彼女らもかなり遊べた。
太陽系の各惑星の動きや関係、特徴がとてもよく判るものであった。
冥王星も入っていたはず。
わたしは、プルートのファンなのだ。
これはかなりの力作に思えた。
わたしは、ほとんど触る暇がなかったのだが。

また予定外であったが、この地区の歴史的変遷が文化・自然の両面から3D再現展示されているディビジョンは遊べた。
娘を連れているため、遊べるかどうかが問題なのだが、娘が遊べるくらいならば、ほとんど誰にとっても面白い場所となるはず。
動物の剥製の数がかなりのものであった。
そちらに力を入れていることが判る。
これには、結構怖がっていた。
お化け出る?と次女がしきりに聞いてきた。
面白いのは、きのこが沢山栽培されていることである。
自然などと一口に括らずに、各ブース少し注意して観ていった方が良いように思えてきた。
平板な通り一遍な歴史というより、焦点を当てた拘りが感じられた。
しかし、留まってはいられない。
彼女らは直ぐに何処かに行ってしまう。
(植物や菌類の歴史は興味深いため、そのうちまた来たい)。


最後に、工作コーナーで「星のアクセサリー」を作った。
やはり2人とも、ものづくりが好きだ。
どこに行っても、何か作れるコーナーがあれば、そこに飛んでいってしまう。
20分程で、和柄の紙製の綺麗なアクセサリーが出来きた。
月曜日に担任の先生にも見せたいとのこと。
わたしは、少し取っておいて夏休みの工作の一つに回したらどうかと提案したのだが、すぐに見せたいらしい、、、。

確かに、そうだろう。



粘着する外気

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一番嫌な季節だ。
気温がそれ程、高いわけでもないのに、この蒸し暑さ。
粘着する外気に、だるさが絡む。
整骨院に行き始めて、益々だるさが強烈で、この外気だ。
しかもアルコールも禁止されている。
もともと呑まないが(爆。


今日は、次女が宿題の時に癇癪を起こし、随分荒れた。
彼女は横槍を入れられるのを嫌う。(今日改めて気づく!?)
独りで二階の机でやらず、帰ってすぐに食卓に広げてしまったもので、周りから何やら首を突っ込まれることとなったのだ。

今日は特に収まらず、何もかもひっぽかして自転車で出かけてしまった。
そっと後を追いかけると、何とわたしの弟の家まで行き、庭の使っていない物置小屋に入ってゆくではないか。
うちで使わない物品を時折そこに置かせてもらっており、一緒に彼女も付いていった事があったのだが、、、
まさか、そんなところを隠れ家にせんとする発想をもっていたとは、、、。

ともかく、頭にきて家出して、そこに隠れてやろう、と思ったわけだ。
彼女の決意としては、「鬼ヶ島」に乗り込んでやろう、、、くらいのものであったかどうか、、、。
立てこもり犯にネゴシエーターとして、だるいところ、踏ん張らなければなるまいか、、、?
と、思ったのだが、そっと中を覗いていると、しまってあった布団を出して敷き、こてんと横になっている。
天井を眺めつつ、何やら考えているのか、ただボーッとしてるのか、、、。
暫く寝てみた後で、「怖いから帰ろう」と出てきた。その間30分。
彼女としてはかなり頑張ったようだ。
特にやることもないため寝てみたのだろうが、退屈だしそろそろお化けも出てきそうだし、、、というところか。
先ほど、ひどく怒った事については、ケロっとしている。だいぶ落ち着いたことは確かだ、、、。
扉のところで、身柄を確保し、共に自転車で家まで連行となった。
途中、自転車の乗り方を後ろから細かく注意して、煩がられる。

宿題は、静かな環境で独りでやること、を再度確認。
これまで、彼女らだけで、自転車に乗るのは禁止していたが、もう自分たちで何処にでも乗っていけるため、安全な乗り方を充分身につけさせて、時間を決めて自主的に行かせようと思う。(行き先は勿論告げて)。
次の日の支度を済ませた後、時間に余裕があれば帰りの時刻を決めて行って良いことにする。(塾の日は、当然ダメ)。

しかし亀の世話は必ずする。
最近、朝間に合わず、わたし独りでやる羽目になることが、度々。
宿題にしても塾にしても同様、やるべきことは、放り出さずしっかりやる。
これを疎かにしたら、全てに響く事は、しっかり伝えておく。
おにぎり持っての宇宙科学研究所にもプラネタリウムにも行けない(笑。
「火星大接近」を楽しみにしている。わたしも彼女らも。
ただし、これらのある公園は、わがやではひどく不人気であり、そこで遊ぶことはありえない。
火星の表面よりは幾分ましか、くらいの広場である。
見たらすぐ帰るのは間違いない。
土曜の午後は、いつもどうしたらよいか、、、。
迷うところなのである。

亀がかなり慣れてきたから、ゆっくり遊ばせるのもひとつ、か。
だが、いま一番の課題は読書なのである。
iPadの利用度が異様に高く、それをペーパーの本へと比重を移したい。
ババールとレオ・レオーニの絵本を幾つかあてがって、模写などもさせてもいるが、もう少し食いつかせたい。
何とか読書に触手を向かわせたいものだが、、、。
刺激的で手軽なメディアが身近に多すぎる。
(もう長女は「水曜日のカンパネラ」をiPadで検索して、「キッビダーン、、、」を一緒に唱えている)。


わたしは、どうにも怠く、有効な一手が繰り出せない。
身体が粘着する、外気に。

何かよい飲み物はないか、、、?


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プリンスを聴きながら、徒歩で娘と公園へ

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今日は、娘ふたりを連れていつも車で行く公園に徒歩で行った。
(わたしは運動のため、すでに二日ばかり徒歩で通っている)。
かなりの時間を要することは見えていたため「プリンス」の曲をiPhoneに入れて聴きながら出かけた。
次女は初めての徒歩による遠出である。長女は一度経験しているためしんどさは知っている。
どれだけ歩く事になるか、次女は想像もせずににこにこついてくる。
だが、徒歩の言いだしっぺは、次女なので、仕方ない。
長女は覚悟を決めた表情で歩いている。
どうなることかと思いつつ、明日は日曜日だし、とりあえず試してみようと思った。

わたしはプリンスの曲では、モロにロックという感じの曲が好きだ。
彼のギタープレイの冴え渡るロックがとくに良い。
マイケルジャクソンは優れたパフォーマーでダンサーであったが、プリンスは優れたコンポーザーであって、プレイヤーであった。
しかしソレにとどまらず、黒人でありながら完全な白人ロックをコンポーズするその特異なアイデンティティが光っていた。
しかも、コピーや亜流ではなく独創を感じる刺激的な白人ロックを生産していた唯一無二の存在である。
所謂、ファンキーなブラックミュージック的なものもよかったが、イギリスのロックミュージシャンがやっていてもおかしくないようなやつが特に好きであった。
しかし、はっきり言ってそれほど熱心なリスナーではなかった。
マイケルジャクソンと同じくらいは聴いていたというところか、、、。
ファンからは、随分遠いところにいる。

さて、公園徒歩二日目に車で駐車場に行く遥か手前のショートカット、いきなり木漏れ日の道に入る口を探しておいたため、そこから入ることに決めていた。
だが案の定、次女が後どれくらい?もう半分来た?としきりに聞いてくる。
疲れたの?と聞くと「うん」と答える。
公園に着いたらゆっくり休ませてあげる、と応えそのまま歩き続けた。

すると右側の歩道をゆくわれわれの背後からおばさんの自転車がどけどけという感じの声を上げつつ突進してくるではないか。
すぐに子供は脇に避難させたが、何でも「前が見えなくて止まらない」みたいなことを叫んでいた。
子供を前の荷台に座らせた母親の乗る自転車であった。まあなんと血迷ったものか、、、。

プリンス聴いてる場合ではないのでイヤフォンを外し、交通安全体制のレヴェルをアップした。
ふたりを前に歩かせ、後ろから監視して歩く。
長女・次女・わたし。
そうこうしているうちに、ショートカット入口に到着する。

ここだけ車の激しい横断歩道のない大通りを横切るため、両手でふたりと手を繋ぎ横切る。
キャーッと言いながら横切る。
するともう木漏れ日の道の一番の端にいるのだ。
いつもは、そこまでは歩かない端っこなのだが、すぐに本流に繋がるところである。
車の駐車場からは、遥かに手前である。
不安になりかけた次女もウキウキして満足気であり、長女も「もう着いたの?」拍子抜けの感じであった。
長女は以前より確実に体力は増していた。この時期の1歳は大きい。

変化に対する対応は常に怠れない。
外部からの来襲も含め。
事故にしてもインフルエンザにしても、、、。
気は抜けない。
しかし、一番大切なのは、成長(成熟度)に見合った見守り方と環境・情報刺激の与え方であると思う。
これは完全にルールのない個々に対応した個別指導のレヴェルのものだ。
長女は絶えず、手をわたしと繋いで歩く次女とは異なる、距離をもった歩き方で、自分で歩いてきた。
着々と自意識を更新している(内的言語の増えている)のも分かる。


公園で充分遊んだ帰りに、お喋り次女が道端のラーメン屋さんに入ろうと言い出した。
以前、夕暮れどきに散歩に出かけたときは、焼き鳥屋に入ろうとせがまれ入って食べている。
まるで、おやじである。
将来、酒飲みになりそうな気配が漂うが(そういう雰囲気が充分あるが)、それはいま心配しても仕方ない。
ベーシックなラーメンを注文して食べた。
かなり美味しかった。
また来ようね、と言って店を出たら間もなく長女が上着を忘れた!という。
(学校でもしょっちゅう忘れ物をしているのだ)。
ああまたやった、と呆れたら何と隣の座敷にいた同年齢の男の子が、「ハイッ」とピンクの上着を外に走って届けてくれたではないか!
呆気に捉えられながらも長女は嬉しそうにそれを受け取り、共に礼を述べたのだが、今日一番想定外の出来事であった。

長女が気づくより早くその子が事態を認識し、素早い対応をしてくれた。
世界は刺激と変化に富んでいる。
深く有意味な対応―認識を大切にしたい。






今日はプールへ

 娘たちを、いつも行く公園の隣のプールに初めて連れてゆく。
(ひとえに、わたしの体調の関係で約束を伸ばしていたのだが)。
わたしは、まだ体調の具合から無理なので、近くのホールでその時間を久々の読書にあてることにした。
監視体制はかなり濃いし、丁寧なのだ。
小学生なら、保護者は一緒に入水しなくともよい事になっている。
とは言え、プールを歩くだけでも水中エアロビクス効果はあるため、そう遠くない時期にわたしも一緒に入るつもりだ。

さて、日頃全く出来ない読書をするか。
と、言いたいところだが(笑、談話会場も自然に兼ねてしまっているホールが読書向きであろうはずもなく、、、。
ご高齢のおばさま達の鼻息も聴こえるくらいの会話というのか、噂話の発表会で音より熱気が凄く、思わず上着を脱いてしまった。
(いやでも話が暴力的に入ってくるのだが、内容の辻褄からお互いに相手の話は一切聞いていないことが分かる)。

数行読んでは、後戻りして少し前の文脈を確認し直し、しまった哲学書を持ち込むべきではなかったと反省する。
(ちなみにわたしは、反省だけは絶対しない主義を貫いてはきたのだが、最近ちょくちょくしまったという後悔は素直にある、、、)。


そのプールは、取り敢えず大人も泳げるサイズのプールもあるが、隣の子供用プールが公園の遊具広場みたいで、お子様は皆それ目当てで遊びに来ているのだ。
娘たちも特に半透明チューブの中を上から滑り落ちてくる遊具には、最初は怖がっていたものの、スリルがやみつきになって、泳ぐ練習もろくにせず、何度もストーンと落ちてくるのを繰り返し楽しんでいた。
泳いでる子より滑り落ちてくる子の方が多い。

上がってから聞いてみると、チューブ内部の向かい風はかなり強く、それが余計に怖さをますそうだ。
体を寝かして滑ると体感スピードは、かなりのものらしい。
やはり、ロジェ・カイヨワの言うように、目眩を楽しむ遊びは、ヒトを強く惹きつける。
(その最たるものが戦争となるのだが)。

家からずっと近いところにある、スポーツ公園のプールは一時間単位だが、このプールは休憩時間は取るが時間無制限でいられる。
その為、二人もエンドレスで出ようとしない。

今日も、この時点で映画は諦める。


結局、読書もプールをガラス越しに眺めていたりで、数行しか読んだ気になれなかった。
受難なのか何なのか、、、。

娘が満足気なので、それで良いことにした。














次女の腹痛

baymax.jpg


次女の腹痛
入浴後、いつものように寝かせようとしたら、刺すような下腹部の痛みを訴え、とても寝るどころではない、ということなので、すぐに救急病院へ連れて行く。

痛みが出て直ぐに病院に駆け込んだものの、熱も無くトイレも出ず、変なものも食べてはおらず、感染症でも、虫垂炎でもなさそうだ、という所見から、医者は様子をみようというだけ。
若い医者である。

様子をみると言っても、眠れないんだがどうしたら良いかと聞くと、じゃあ待合室で30分待ってて、という事で、少しでも早くと思って連れて来てみたのだが、意味がなかったことが分かる。
様子を見て対応ということであろう。
次女の腹痛だけが、この時の流れの中で、たったひとつの確かな現実であり、サッパリ意味不明の空間が淀んでいる。

何が原因で痛いのかが、分からない。本人も医者も分からない。勿論わたしも分からない。
その為、意味も無い時間を咳をしたり嘔吐したりして待っている患者の中で過ごすこととなった。
待ってるうちに、これも極めて馬鹿げているとしか思えなくなる。
環境の悪い待合室に30分程度いたところで、何がどうわかるとは思えない。
次第に鈍い怒りがこみ上げてきた。

次女と、こんなところに待っていて何か意味があると思うか?とやり取りをしはじめると、看護婦が中待合でお待ちくださいときた。
結局、30分待ったが、痛みは変わらず、医者もどうしたら良いか分からず、痛み止めのとんぷくもらってきて飲ませてくれ、という。
薬局でもらって、飲ませ、また30分。
長椅子に寝かせ、わたしのダウンのコートを掛けた。

いつもは、8時半には寝つくので、もう2時間超過している。
もう10時半だ。

何とか眠らせなければ。
兎も角、今は眠らせることだけが、必要な事に思える。
とんぷくでも何でも飲ませ、取り敢えず眠らせてあげたい。

薬のせいか、少し楽になったようだ。


ということで、ほぼ病院からのライブとなった。
これが、生活というもの。
育児か、、、。



プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
日々思うことを綴ってゆきます。
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ることもあります。
悪しからず。
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