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ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド

Cassini Grand Finale001

今日は映画は一本観るには見たし、カッシーニの”グランド・フィナーレ”(涙!に関しても実はひとつ書いてはみたのだが、わが家で初めてのゲーム機を導入し、そちらに夢中になってしまった(笑。


任天堂のスウィッチにソフト「ゼルダの伝説~」を差し込んで、取り敢えず慣れない仕草でやってみた。
わたしが何故これを導入したかというと、このゲーム機とソフト「ゼルダの伝説~」を”スヌーズレン”として捉えたからである!
これは、娘と「乃木坂46」の番組を見ていた時のCMで確信した。
いよいよわたしもゲームというものをやってみる時が来たのかも、、、という啓示とまでは言わないが胸のザワつきを感じたのだ。
娘達がいつも、iPadを目に近づけ何時間もオタクアニメを見ていることが気になっていた事もあり、異なる方向に目を向かせたいというお試しでもあった。(そのせいか、次女は視力が落ちている)。

であるから、わたし用ではなく、娘用である。
が、わたしも興味はかなりあるし、愉しみたい。
そうなのだ。
わたしはここのところ、、、どれくらいであろうか、、、愉しんだ記憶がない!
これは、恐るべきことであるが、本当なのだ。

しかし、定価より高いものを買うのは久しぶりであった。
定価は確か29800円のはずだが、ウェブ上ではプラス10000円が相場である。
わたしは、その中では一番安いところを見つけ、プラス7000円で購入した。
待っていても仕方がない。欲しい時が買い時なのだ。
とは言え、割高感は拭えない。
ひところのポテチ騒動を思い出すではないか。


テレビでゆったり三人分プレイヤー登録して、始めることにした。
セッティングは極めて簡単で、あっという間にできてしまった。
このパッケージには、取説がない。Apple製品みたいだ。良いことだと思う。
スティーブ・ジョブスの精神は広く定着してきた。全てのソフトマシーンは直感的な身体連動しなければ。

まず、わたしが手始めにお試しプレイをしてみたが、直感的に出来るところと、身体感覚的に慣れを必要とする部分があった。
ゲームをやり慣れているひとなら恐らく引っかかりないところかと思うが、キャラクターの前後左右を体感感覚的に操るのに、どうも違和感~慣れの必要があった。
わたしは、適当なところで終わり、次女~長女にプレイさせてみたが、はっきり言って彼女ら(小3)の方が遥かに上手い。
直ぐにガジェットに馴染んでしまい、どんどん使いこなしてゆくのには、ちょっと驚いた。
途中で止める際の、セーブの仕方にちょっと戸惑うが、問題はない。

パソコンについてもそうであったが、彼女らの感覚にとってそれらのマシンはほとんど違和感ない身体的延長のようだ。
次女にPower Mac9600の「縁日ソフト」(大昔の極めて素朴な2次元無料ソフト)と比べてどちらが面白かった?と聞くと。
笑いながら、こっちと答えたが、9600の方もまたやるよと言っていた。
わたしが思うに、どちらも捨てがたい、価値のある”スヌーズレン”で有り得る。
恍惚の時間を過ごせる点において、、、。
癒しの時間となるはず。
他にはわたしにとって、「亀」と遊ぶことと、「多肉植物」を弄ることくらいか、、、。


「ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド」
今後の、愉しい遊びの展開を、機会をみてまたご報告したい。


今日観た、「知りすぎていた男」と「カッシーニ~グランド・フィナーレへ」は後日、、、。

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時計仕掛けの美~癒しの装置

hikari.jpg

瞬間の美~癒しの発見。
これを時間限定のスヌーズレンとしたりインスタレーションとしてもそれはそれで、オツなものだ。
本日13時過ぎの出来事である。

最近、亀の水槽を新しく大きいものにした。
亀が大きくなった為だ。(しかし片方は片方の優に1.5倍はあるのが不思議。買った時は同じ大きさだったのだ)。
紫外線ライトを続けざまに二回壊してしまった為、また割る事を見越して水槽ごと陽の射す窓辺に置くことにした。
この変更により、、、
陽の射す水面が広がり、天候による光の照射量の増減等による反射光の輝きの度合い・変化が生まれた。

思わぬアート~癒しの時間が現象した。
今日風邪で休んでいる次女が亀を眺めているわたしの隣に座ったときに偶然見つけた事だ。
次女はたびたびわたしとは逆方向の空間に目をやる。
白い天井の端に音もなく光の気流のような波紋とロウソクの焔の形に燃えついた虹があるのだ。
波紋は亀の泳ぎ具合によって細やかにダイナミックに変化する。
亀がこちらの気配で、何やら驚き手足をばたつかせると、ジェット気流の揺れと速度が増す。
亀が落ち着くと、穏やかにたゆたう。
虹はほとんど亀運動に関わらず一定の灯り方を維持する。
これはきっと、水面ではなく水槽のガラスのプリズム作用によるものだ。

このスヌーズレンまたはインスタレーションは、時計亀仕掛けの虹と光の気流変圧装置による。
次女の発見により、半装置化した。
これはウケる。
影の存在が亀なのだ。

14時前には、天然幻灯機は落ちた。

何があったわけでもない。

昼間の宮沢賢治の童話世界を垣間見た。
次女と一緒に視れたのが、またよかった。

我が家にとっては「午前零時の奇蹟」以来の収穫である。


学校から帰ってきた長女にそのことを話すと、「知ってるよ、何度もみたもん」と当たり前のことのように返してきた。
「パパにそのとき教えてよ」というと、、、
ニヤッと笑ってピアノを弾き始めた。


明日も晴れないかな、、、。

アリスのお茶会

alice001.jpg

昨日。
いつも行く公園の熱帯植物園で、「アリスのお茶会」をやっていた。
アリスのコスプレしたお姉さんが二人いて、にこっと微笑む。
え?
「どうぞ、どうぞ」と誘われ。
小さな女の子は、お茶会にゲスト参加できるそうだ。
お姉さんとも一緒に写真が撮れると。

朝から何故だか分からぬが次女が愚図って仕方ないため、連れて来たのだったが、、、
今や彼女は満面の笑顔。期待でウキウキしている。
(こういうイベント大好きだからな)。
彼女が席に着こうとしたときに、、、。

「カメラ」ありますよね?と係員らしき女性に聞かれ。
カメラどころか、iPhoneすら持っていない。
(愚図ってドウショモナイ子を気晴らしさせるために何処とも決めずに乗せてきたいつものパタンで、何も持ってきていない)。
それがなければ始まらないのか、、、。

「明日もやっていますか」と聞くと、明日もあります、と。
今はニコニコ顔の次女と木漏れ日の路やメタセコイヤの路を散歩し帰った。
(以前もこんなパタンがあり、そのときは向こうで撮ってくれたデータをプリントアウトしてくれたものだ。勿論こちらとしてはデジタルデータとして残したい)。

そして今日。
凄い雨の降った後。
長女と次女を連れて、やって来た。
リターン・マッチみたいに(笑。

エントランスを入ったところで、待ち構えていたかのような係の人にどうぞどうぞと勧められ、彼女らもそのつもりで来たために、すんなりと席に着く。
アリスコスプレお姉さんも入り、写真に何枚もおさめ、わたしもどうですかと言われ久々に自分も入った写真を撮ってもらった。
更に、うさぎのコスもあり、次女・長女それぞれそれを着て、撮影した。
お茶の席もかなりよく出来ていて見栄えのするものであった。

そして、次女のもうひとつの狙いは、2階のハロウィンのオーナメントと衣装である。
衣装としてマントと帽子がそれぞれ6パタンくらいあり、それらを単純に組み合わせできるものではないが、そこそこコーディネートして着れば、結構楽しめる。
それらをひとつひとつ写真に撮った。
75枚程。

今日は次女が風邪気味で咳がひどい。
下のカフェで、カモミールとジンジャーのハーブティとチョコチップクッキーをゆっくりいただいた。
BGMも落ち着くα波系音楽であった。
(聞こえた音楽に同調してα波が脳波として発生するなどという科学的根拠はないが)。
ハーブティと音楽でとても癒された気がする。
次女は熱もあった。
彼女はそのまま、ベッドで寝込んでしまった。

この時期、体調を崩しやすい。
次女のイライラも、心身の調整が効かない不快感から起きたものかも知れない。
適度に体を温め、ハーブティとヒーリングミュージックなどのお茶会を適宜入れてゆきたい。
ティーカップは趣味で集めたものが山ほどあるが、出す機会がなかった。
もうそれらを出しても、不注意で割ったりする年齢は過ぎたかなとおもえる。

心身ともにお茶会は、とても有効なものだ。
忙しい生活の中に効果的に積極的に組み込みたい。




世界の海を泳ぐ金魚たち・・

goldfish-oranda.jpg

round the world trip

申し訳ありません。二回続いて、エストリルのクリスマスローズから引かせて頂きます。
何故ならすごいものを、ヘーゲルの次に見てしまったものですから。
それは、、、

実は、私は以前プラトーンをご紹介した際に(プラトンではないです)、かなり面白い物をテーマにできたと自分でも内心思っていたのです。ところが、見栄えやセンスで言えば遥かに上で、面白さで言うと、まあタイプが違うかな?!と言うアイテムなのです。

そもそも金魚に世界の海を泳がせようと言う発想がすごいですし、確かに綺麗で見ていて飽きないでしょう。
写真に見るところサイズはかなり大きそうで、複雑なディテールも当然あり、お手入れはかなり大変でしょうし、与える餌にも気をつけたいものです。

とは言え赤い金魚でも、黒い金魚でもきっと楽しめることでしょうね。
金魚自身にとってもかなり動き回れる海の道があり、冒険的で楽しめる物かもしれません。
彼らに聞いてみたいものです。

照明の工夫もするとさらに効果的だと思われました。
スヌーズレンでもとりあげましたが、水と光が絡むだけでも精神に与えるかなりの効果がありますが、そこに探索運動などを誘発する余地のあるものは、さらに様々な可能性を孕んできます。
金魚の尾ひれの細やかで繊細な動きに幾重にも交錯する水面の光が彩りを加えてゆくのを見るともなく眺めていたら、時が経つのも忘れてしまうかもです。


これも癒しのアイテムですね。

とりわけゴージャスな。



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THEME:哲学/倫理学 | GENRE:学問・文化・芸術 |

スヌーズレン004

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8.スヌーズレンの応用に向けて

1)理念の再確認

 スヌーズレンとは、障害を持つ人が、心地よい照明、音楽、香りなどを醸し出す器具やそれらによって構成された環境を利用することで視覚、聴覚、触覚、嗅覚などへの様々な刺激を感じ取り、自発的に探索を始めたり、介護者とも刺激を分かち合い楽しみ、充分にくつろぎ合う活動です。介護者は、障害を持つ人の反応をありのままに受け止め、共有し合い、感覚の違いを認め、平等であることが重視されます。一方的な治療方法や教育プログラムではありません。このスヌーズレンの活動を通して、お互いを「受容」し、「共感」することが実感を伴い感じられるようになり、その精神が、ノーマライゼーションやインテグレーション等の構想とともに生活全般へと広まって行くことが期待されます。

2)補足修正と整理

 前回の内容で記述・表現が不十分であったと感じるところの補足・強調をしておきます。 

単なるリラクゼーションではなく

 スヌーズレンについて知識を持っている人でもそれをリラクゼーションの側面でしか捉えていないことが多く、もっとダイナミックな全体像を整理して示す必要性を覚えます。

探索行動を生むもの

 サイドグロウのように体に巻きつけてひたすら恍惚感を得るようなアイテムばかりでなく、白い壁や天井に映りこむ反射板を使ったモビールなどの、色や光のモザイクはとても利用者の目を引きつけ、そのランダムで動的な形態変化から探索行動を誘発するアイテムが多いことを再度強調します。

覚醒か鎮静か

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 「脳の覚醒状態と発揮できる能力の関係」を示す上の図(図と括弧の文は日本スヌーズレン協会HPより引用)を見ると脳の覚醒が低くても高すぎても高い能力は発揮できないことがわかります。利用者が雑然とした刺激の中にいるなどして過度に覚醒の高まった状態なのか、眠りに近い状態なのかをみて、適切なスヌーズレン環境を選び、覚醒状態を変化させることは可能だと思われます。脳を鎮静させる必要のある利用者にはリラックスを呼ぶスヌーズレン器機を中心に構成した環境が適切であろうし、かなり低い覚醒状態にあるように窺える利用者でも「器機に手を伸ばす」、「視線を向ける」等の探索行為が見られれば、覚醒が促されたことが確認できます。

 スヌーズレンにはリラックス系とアクティブ系があることはすでにで述べましたが、利用者の現在の状態を配慮した使用法が必要であるということです。

手作りの可能なもの

 手作りの必要なものと可能なものですが、まず専用のスヌーズレン製品はボールプール198,000円、ビーズクッション(大)83,000円、ビーズクッション(小)48,000円、クッションブロックセット98,000円、ソフトルーム設計施工
要相談(笑)、、、代替品で「間に合わせる」ことが、古くからの日本の伝統文化にあります。その方が「粋」かもしれません。「見立て」等。
 介護者・教師が事前に作っておくものばかりではなく、モビールなどは、十分簡単な工作として利用者と一緒に片手間に制作することの出来るようなアイテムです。風を要素として使用するスヌーズレンでは、可動性と光の反射で感覚刺激を与えることが出来るモビールは利用価値も高いものでしょう。また自ら作ればさらにそれらに対する愛着も生まれ、スヌーズレン環境に対する親和性も高まると思われます。そう考えると、作れるものは利用しながら作っていくでもよいはずです。その方が環境、利用者の実情にマッチしたものとなり得ます。

拘束されないこと

 場所・時間・職員の限られた場所でのスヌーズレンを考えたとき、その部屋の使用をめぐってのスケジュールなどに関して前回触れておきましたが、スヌーズレンの思想から考えると、介護者・教員はいつまでに担当した利用者が何が出来るようにならなければならない等というノルマから、また利用者は介護者・教師からの介入から、そしてその部屋自体も特定の意味や目的から、すべて開放されたものであるはずです。であるのならそこに入る時間も当然自由であるべきであり、利用者が使いたいと感じたときにいつでも使えることが前提となります。実際の運営上では困難であっても理念上は確認しておくべきことです。出来る限り時間枠からははずして使用できる場にしたいものです。また、所謂保健室にそのような工夫を施したコーナーがあってもよいでしょう。

3)日常空間への展開

 スヌーズレンの安価な作成法とiPod(iPhone)等のガジェットの可能性について少し触れましたが、機器に頼らずスヌーズレンをその思想的にもっと展開出来ないかも押さえておきたいです。

 子供・障害者が特に反応を示さない場合は、錯綜するノイズから身を守るために閉じこもってしまっているだけで、それらを制御し、適切な刺激を与えれば(刺激を整理すれば)はっきりした応答を示すことが見られるという報告は多いです。普段窺うことのできないその子の探索する姿や興味を示すものが始めて分かり、その子の本来の姿が見えてくるかもしれません。介護者も障害者の感じる力の邪魔をしないようにすることが肝心です。そのことを基調にした上で、実際にスヌーズレンの環境を常設することは困難であっても、日常生活の中で好きなことに含まれる要素を分析して、その抽出により、精神を安定させたり、自ずと探索行動に出られるような場を作ることは工夫次第で可能であると考えられます。

 日々の生活でも感覚的に妨げとなりそうな外光や景色、様々な音や声を遮断するためにドアや窓を閉めるなどして対応するはずですが、外光や窓を逆に利用し、窓上部をステンドグラスにするだけでも雰囲気が随分変わります。実際にプレイルームを随時スヌーズレンルームとして使っている療育園があり、窓にステンドグラスの加工を施しているという報告があります。効果音と香りなどをたくことでさらによい雰囲気が作れるということです。雑多なノイズがなるべくは入り込まないように出来れば、利用者の探索行動が自ずと出るような環境になり得ます。好きなものも確認しやすくなるでしょう。

 幼い子供は特にそうですが、障害者も触覚に特別なこだわりや愛着を持つ人が多いです。そこからひとが精神的な安定を得ることはよく知られています。そのためスヌーズレンにおいてはもとより、日常においても汚れを気にしてビニールシートばかりを使うのではなく、触覚の上でも落ち着きを得られる手触りの質の良い布や織物などの使用は大切な心使いでしょう。

 前庭刺激はひとの幼いときに誰もが必要な刺激ですが、自閉症の人にとってはとても重要な刺激であるといわれます。つまり場合によってはトランポリンやブランコも立派なスヌーズレン器具となりえます。ただ空いた時間があるのでやらせるのではなく、本人の脳の覚醒状態のコントロールの場として位置づけて行う必要があります。

 車椅子のひとや幼い子供がゆったりできる環境は、日常環境に思いの他少ないです。店などにおいて買い物中、うちの娘の待つところはまだまだ少ない現状です(親の買い物中子供はとても大変です)。スヌーズレンアイテムの配置と、ここに充分にコントロールされた光や色の感覚刺激が与えられればかなり心身共に安らぐ(落ち着く)環境となるはずです。例え部屋の片隅にでもそれに近い機能のものが置かれていればと思います。余地の活かし方として最も優先して考えて欲しいことです。特に、携帯売り場の待合コーナー等。

4)結び

 スヌーズレンの場は、障害の有無や年齢もちろん性別にも関係なく利用者を選ばない場であり近頃では、子供の発達支援にも利用されているといいます。特に情動の開示に見るべきものがあるようです。またその際付き添っている家族も共に楽しみを共有することで、家族関係の改善にも繋がっているとのことです。認知症の多くの人の服用している鎮静薬の投与が激減したり自傷行為が見られなくなった等の報告もウェブ上にかなりのせられています。介護者・教師の心身の健康にとっても大変有用であり、何らかの形で利用できるものにしてよいと思われます。スヌーズレンは施設などを対象にしたシステムとして販売されているだけでなく、個人レベルで様々なものを手に入れることが出来るので。



9.インクルージョンと気づき 断片補遺

 スヌーズレンは重い障害を持つ人々のためだけでなく、今やさまざまなケアの領域に広がっています。普通の自然のなかではなかなか快適な刺激を享受出来ない人でも深く感覚刺激を得ることが可能な場として、子供の発育支援等でも利用されていることは前にも少し述べたとおりです。

 スヌーズレンでもっとも基本的なことは、「受け容れやすい刺激を自分のペースで受け容れていく」ことです。決して指導されず、介護者や教員はあらゆるノルマも無い、Inclusive(包括的)な場は、リラックスできたり、覚醒が高まったりする場です。それは問題行動や興奮の鎮静または発声を伴う笑顔や追視活動が起こり、発育・認知行動の支援に役立つものであるが、何より両者にとって「気づき」を生む場であることを指摘しておきます。

 障害を持つ人に限らずわれわれにとってもその場は、有効な[覚醒]の場であり、「人間の存在価値って何だろうとか、人間の関係とは何だろうとか、障害って一体何だろうとか、障害の有無にかかわらず人生って何だろうとかというようなこと」(新しい遊びの空間デザイン スヌーズレン紹介(山中 裕子))に想いを巡らせる機会となるという報告がWeb上(日本スヌーズレン協会HP)にも多く確認出来るものです。

10.スヌーズレンに使える小物その他 補足

 「野田屋電気」ご存知ですか?そこから私はかなりのスヌーズレングッズを購入しました。勿論、そこでスヌーズレングッズとして販売しているのではありません。しかし充分それとして使える物がかなり揃っています。ここに手持ちの物を写真でお見せしようかとも思いましたが、実際にお店の品揃えをご覧になってください。
 かなりの物が、ここだけで揃います。
 私は野坂オートマタ美術館(伊豆) 気球オルゴール 5000円ほど(レシートを紛失)で、やはり内臓LEDがオルゴールの鳴る間、回転とともに七色に変わりながら点る物を使ってみました。今、これを打っている机上にあります。
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 この他オブジェ的に観れば、さまざまな形をした多肉植物、さらに人形やオルゴール類等精神を集中させストレスを解きほぐし鎮静効果を持つもの(オブジェ)も見渡せば少なくないです。
 光や音を充分コントロールした環境下において、コレクションなどの趣味に浸ることもスヌーズレンに接続してきます。
 その他に、扇風機、適当なフレグランス装置、LEDライト、マット、柔らかなブロック、クリスマスの電飾、タッチセンサー、シーケンサー等探せば、大変高額な専用アイテムでなくても役を演じる物はいくらでも見つかります。余裕があれば、サイドグロウとバブルジェット、さらにボールプールがあればいうことありません。手作りできるものも沢山あるので、遊べる立体芸術作品として作ってはいかがでしょう。創作好きにはたまりませんよ。

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NEO BRIGHTLED LAMP CRYSTAL 光がレインボーカラーに変わるもので、白い壁や天井などに映りこみ、変幻する光の色と模様に空間が満たされる。のだや電気にて購入。4704円
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バイブラランプ レッド カーボン線の柔らかい炎が絶えず揺らめき、心地よいリズムを放つ。のだや電気にて購入。2289円
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エッグライト(3個セット) 2079円は内臓LEDが点灯し、七色に変化する。のだや電気にて購入。しかし現在家にはありません。
その他、ダイソーで星座を象ったセミクリスタル製3Dアートグラスがあります。 315円の同じ値段で別途販売しているLEDライトの台の上に乗せると光が七色に変化します。

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今回2回分を書いたつもりです。今回をもってこのテーマは終わります。次回からは文学に浸りたいと思っています。
THEME:癒し・ヒーリング | GENRE:心と身体 |

スヌーズレン003

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6.スヌーズレンの実施に向けて"その効用を考えて"

 スヌーズレンは部屋と様々な機器とにより構成されます。機材・器具についてはサイドグロウとバブルユニット、ボールプールは必需品でしょうが、私なら是非プロジェクターを中心的なものとして使いたいです。また、感覚をいろいろな面から刺激する事が狙いであるため、数種類の香りやそれを運ぶ風、触感や変化する色も、光や水の動きや音響だけでなく、うまく活かしたいです。

 プロジェクターの果たす役割としては、様々な光がともすると無軌道に交錯しイメージを撹乱してしまう可能性のある部屋の中で、特定の時間と空間の方向性を持ったコンテクストを作ったり、場のめりはりと物語の飛躍なども考えた、確かな輪郭のある意味を変える装置として考えられます。テーマを設定した場合はもっとも有効な表現を可能にする装置でしょう。逆にミラーボールやその他のライティングを徒に使い、効果を打ち消しあったり、うるさくなり神経を苛立たせるようなことにならないようにしたいですね。

 同時に色彩は心に与える影響の大きな要素であり、よく考慮する必要があります。色彩の精神を安定させる効用などは、昔から研究されており、それを無視した演出は論外でしょう。

 また利用者(ここでは最もコアなユーザーとして障害者・老齢痴呆者を考えます)の動きに従い、光や水が変化することは行為に意味があることに気づくことに繋がるため、スイッチの工夫はしたいものです。さらに電気系統や機器の操作は極力単純にし、スタッフが繰り返し使う際に支障のないようにします。扱いが複雑であると早く壊してしまう可能性が高く、メンテナンスで時間を取られるようなことは何であっても極力避けたいです(私のこれまで関ってきた仕事は、ほぼこればかり!)。

 介助者にとってもっとも大切なことは、利用者とともに同じ空間を体験しながら、利用者の変化を発見し、深くコミュニケーションをとっていく姿勢であると考えられます。そのために評価基準をあらかじめスタッフで話しあい立てておくことが有効でしょうし、その際、評価はそれぞれの障害レベルによって基準の枠を作っておくことは必須です。(評価表をきちんと作る)

 障害児の場合、通常表情の変化を捉えることがほぼ唯一の心の変化を観る方法となるでしょう。特に重度重複の障害児に対しては、自分の行っている教育訓練が彼らにとって何らかの意味を持っているのか、という疑問に常に差し戻されるはずです。此迄の関り(毎日の授業カリキュラム)ではっきり成果の伺えない場合、教師は焦り、むやみにいろいろなことに手を出し、疲れ切ってしまうに違いありません。
 
 スヌーズレンは、スウェーデンなどでの報告例を観るかぎり言葉の無い彼らが楽しさの表情を確かに示し、部屋を出るときにいやがる様子を見せる、といったものがいくつもあります。さらに緊張の緩和、自傷行為の減少、積極性の高まり、集中力が出る、バランス感覚が身に付く、笑顔が増えるなどが伝えられています。これらの評価・観察も非指導的介助であり、時間的余裕を持って利用者と信頼関係を深めながら行えるところから伺えることでもあります。

 重度重複障害の場合と、体がある程度自由に動く脳性麻痺または自閉症児に対してはそれぞれ異なるアプローチは必要であると言われています。スウェーデンでも、静かに落ち着いて感覚を磨いていく「ホワイトルーム」と多動障害などの活発に動き回ってしまう利用者向けに「アクティビティルーム」が用意されているそうです。もともとスヌーズレンの基本理念のひとつとして「一部の人だけが利用できるといった特別なものではなく、必要とする誰でもが気軽に体験できる場所」とあります。しかし異なる障害を持つ人を同一環境で同時に体験させることは効果を削ぐことになるため、利用者の時間割を組むことも必要になります。

7.スヌーズレンの実施に向けて"その課題"

 スヌーズレンを構成するどの機材・器具もかなりの高額であること。これがまず最大のネックと言えます。どのような場所で行うにしても、予算をどこから獲得できるのかが最大の問題です。またそれをどうにか獲得したにせよ、スヌーズレンの構成・設置にはかなりの労力と時間を必要とすることが予想されます。場合によっては器具の自作も必要です。その時間をどのようにして捻出するか。此迄の例では、ほとんどが特定の人が勤務時間外に多大な自己犠牲を払って作り上げているようです(苦)。

 さらに、出来あがった環境を使うためのレクチャーを介護者全員に行う時間の確保。スヌーズレンの基本理念から実際の障害者との同伴姿勢を認識しておくことがもっとも肝心なことだからです。考えられる危惧として、何かの「療法」として受け取り効果を過度に性急に期待したり、利用者に指示・指導してしまったり、介護者同士が利用者の頭越しにその場と全く関係のない話しをしてしまう、さらに利用者を単に放置してしまい、肝心の観察を怠ってしまう事などでしょう。これでは環境だけ整えていてもスヌーズレンにはなりません。ひどい場合は娯楽室と化してしまうケースも見られるそうです。

 また、その組織で最初からスヌーズレンが組みこまれていたならともかく、途中から始める場合、限られた部屋でスヌーズレンを行うに当たって、利用者の人数と利用時間の割り振りは、次第にその成果(あくまで過程の評価)の上がるに従い困難になってくるはずです。どのようなグループ分けをし、どのように介護者をつけ、時間をどう配分するかは当初から見込んで計画しておく必要がありましょう。


*後、2回ほどやらないと納まりが悪いので、明日、明後日で終了とします。
 私が体験と構想・制作に僅かに関った経験しかないためか、スヌーズレンそのものについての記述が弱いのと、実際の制作に関して利用できる物、使えるアイテム(プラトーンはちょっと、、、)などまだ若干書くべきことがあります。



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THEME:癒し・ヒーリング | GENRE:心と身体 |

スヌーズレン002

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4.デザインとは ”生活形態の無意識”

 ある空間に自分が選択した物を自由に配して自分の好みに合った場所を作るという行為は歴史的に可能になったものであり、かつては生活空間に物は分かちがたく据えられており、物は独立して存在しませんでした。近代以降生活から「物」が抽象され、純粋に「物」が形作られるようになったことで、「デザイン」が始まりました。

 デザインされた物が、部屋を自由に構成する(デザインする)という転倒が自明化したのです。

 いったんそうなるとたちまち「デザインという仕事の目標は、人間の環境と人間の使う道具、さらに人間自身をも変革すること」(現実世界のためのデザイン)となり、われわれの生活の中に、ある思想によってデザインされた物たちが意図的に浸透していくこととなりました。要するに、物との関係で人を変えて行こうというものはすべて「デザイン」として括られるようになります。

 ウイリアム・モリスの「アーツ&クラフツ」運動はそれに対するもっとも意識的で先駆的な運動でしょう。現在でもその手作業の系譜はエコロジーやATに受け継がれています。「製品がよりよい生活様式を実現するための道具として、どういう、またどれだけの価値を担っているかを見つけ出すのが、デザイナーの責任であり、またこのことの吟味が、一般にデザイン教育の基礎になるのでなければならない。」(生活とデザイン)という、物によって人の生活様式を変革しようという姿勢はやがて「規格化」につながり、合理化・大量生産をよび、個人というものを疎外してゆきます。
 
 しかしやがてそのデザインは多様化・透明化し、個人主義的な思想・経済に伴ってわれわれの感性・感覚を深く支配してゆき、物によって自分を主張したり、持ち物によって人物が推し量られたりすることも自然となっていきました。(かつての体制的な階級を表す象徴としての物から完全に解かれ)
 
 現在、その「デザイン」も過剰生産・過剰消費の市場経済システムの中で次第に変質し、思想的バックボーンを持たず単に差異を価値化したつかみ所の無いイメージを纏った物がいたるところに溢れ出ています。いろいろな場面で庶民を見ない政策などが批判されている昨今ですが、「日産はトヨタばかりを見てユーザーを見てこなかった」(カルロス・ゴーン)などに象徴されるように、ひたすら先行する商品の差異的バリエーションをコンピュータに蓄積された膨大なデータをもとに作り出していくことが主流となっていきました。
 
 それに相まってデザインに対するイメージは錯綜し、感覚も麻痺してきています。どれも皆同じものだ。少し違うと思っても結局は皆同じものだ。小さな期待と失望の繰り返しの中に閉塞し人はニヒリスティックな感覚に取り込まれながら記号的レベルでの消費・所有欲をかきたてられています。そんな中、確かなデザイン思想を持った(新しい行為の発案にデザインが過不足なく結び付いている)商品として、出色の例はAppleのiPodに始まる製品でしょう。人びとの音楽の楽しみ方や行動様式に新たな自然なスタイルを与えてしまう力を持ったヒット作でした。これは先行するウォークマン・MDプレーヤーの提供してきた音楽消費スタイルを確実に変質させ、CDなどのアルバム概念を破壊し、音楽配信に新たなrootを設け、さらに自由と広がりを人びとに与えるものでした。(webから好きな音楽をダウンロードして自分だけの曲構成がつくれ、どこにいても数万曲のなかから自由に構成したライブラリをTPOに合わせ瞬時に開いて自分の世界に浸ることが出来る余裕。場所を特定しない癒しの場の生成。さらに他人のiPodのジャックに自分のイヤホンを挿し、曲を聴き合うような新しい人とのコミュニケーションスタイルも生まれ)言うまでもなく操作性の高さとシンプルさに調和した見事に美しいフォルムとあいまって、ある意味携帯スヌーズレンとも言えるものでしょうか。

 現在、物の送り手としては差異・デザインを価値として送り続けることが最大の課題となっていますが、受け手である個人レベルでは無限にある商品・デザインの渦の中から、単なる差異としての価値ではない自分にとって確かな物・デザインを選択する必要に迫られています。アフリカの手工芸品売り場で心の和むグッズに出会って部屋に思いつきで飾ることが、無意識的ではあっても自分の安らぎのための部屋デザインの第一歩でしょう。これを個人的に行うか、組織的に行うか、またどのような目的で構想を立てて行うのかでデザインの意味・価値も決ってくるはずです。個人的な癒し空間の工夫、企業としての営利を目的とした物(環境)の展開、組織としてのスヌーズレンの設置、芸術家個人の思想によるインスタレーションの作成、など、様々なレベルでの数えきれないデザインが発生している現状。そこにあって重要な点は、デザインは物・環境にとって自明なものでも自然発生的なものでもなく、近代以降、生活空間から物が物として初めて見出されたとき、同時に発明され、全く自由自在に形を作ることができる可能性をもちながら、様々な体制・思想の下で人を変える無意識的な形体を作り出し、現在、市場経済のロジックの下で半ば自動的に作動を続けているという過程の意識化です。

 このことに対する無意識は、知らず消費に突き動かされ続けたり、生活様式や身体をあるスタイルにからめとられたり、それによるストレスに嘖まれたり、精神の分裂を呼ぶものとなっています。誰もが自分の場所からすでにある、自分を捉えてしまっているデザインを自ら捉えなおし、デザインをし直すことの重要性を何より確認したいです。スヌーズレンのように、柔らかな組織でその思想の元に構成要素ひとつひとつ吟味して時には自作しながらデザインする作業は制作側にとっても創造的かつ健康的な仕事となるに違いないでしょう。

5.デザインとしての覚醒 ”インスタレーションを超えて”

 すでに引き合いに出している「インスタレーション」も、人が行き来する空間を作家自身が探してきた素材やコンピュータ等を利用したオブジェの設置により「異化」するもので、ある種のメッセージ内容をそこを通過する人びとに一方的に伝えようとするものではなく、いつの間にか作られていた非日常的な空間から人びとが自分なりのメッセージをくみ取ったり、自分の日常空間(枠)が逆照射され、意識が内省に向けられるようなシステムでもあります。期間限定の一回的デザインと言うべきか。デザインという枠を意識化するシステムとも言えましょう。しかしすでにインスタレーションはそれ自体の方法論がすでに目新しさ(革新性)を失い、単に「流行りやすい美術の方法となったと言える、、、あとは、それを、なんのための方法とするかであろう。」(現代美術) と言う状況です。ある思想・目的を持った組織によるスヌーズレンのようなしなやかな方法論がもとになり生活環境に再度そのような試みが広く展開していけば、少なくともわれわれにとっての健康的な環境が考えられる契機となるはずです。

 日々慢性的なストレスに嘖まれ生活を続けなければならないわたしたちにとって、スヌーズレンを障害者や老齢痴呆者だけではなく、もっと広く展望を持ったものとして、開放・一般化する方向性をさぐる必要性を覚えます。

スヌーズレン003を明日お届けします。



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スヌーズレン001

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*とても短くまとめて書きます。スヌーズレンをよくご存じで、定期的に利用されている方、当方新しい知識や動向を全く持っていませんので、付け加えるべきことや、もうすでに古いことなどお教え下さい。

1.はじめに ”光と水からの気づき”

 わたしがはじめてスヌーズレンを経験したのは、11年前になります。11年前にタイムスリップします。よろしいでしょうか(笑)?

 私は促され、小ぶりの会議室といった部屋に入りました。真っ先に強い印象を受けたものは、明りを落とした空間に、細く長く延びる柔らかそうなケーブルの束のなかできらきらきらめく光でした。透明の円筒の中で沸き上がる水泡と光にも目を奪われました。

 光と水というものは人の感覚にとって基本的・原初的な要素であり、芸術作品においてもそれらを利用したものは心に深い憧憬と焦慮の念を抱かせるものが少なくありません。他のものもすべて何らかの光をそれぞれのリズムをともなって放っており、部屋全体が大小様々な光の吐息と水の呟きに満ちているという感でした。その空間はひっそりと静まり返っており、人が多かった割にすがすがしいものでした。われわれが中を進むと踏んだマットの星が音とともに光ったり、突然天井に星座が瞬きながらゆるく回転し始めたり、さらに柔らかいマット状の階段を上ってみるとそこにとても芳しい香りを運ぶ風を感じ、降りたところにはボールプールが控えていて、ドボンと入るとなんとボールからバイブレーションが感じられ、底から音楽がリズムと一緒に聴こえ体を心地よく包みます。サイドグロウというとても細長い至る所で光が明滅するグラスファイバーを体に巻きつけてうっとりする人もいます。私も試しましたが、円筒状のバブルジェットの泡を打ち眺めながらメドーサの髪みたいなファイバーに巻かれていると恍惚としてきます。イボイボのあるトンネル状の筒を抜けるととりあえずは終点でしたが、中でどのようにもコースは自分で決められ、一か所から決して全体は見渡せないため、様々な探索が可能となっていました。広くない空間でありながら暗く色々なレベルの刺激に満ちているためか、奥行きのある探索空間を静かに愉しむことができました。その後、講師の話をビデオを観ながら聞くうちに、その部屋が障害者に人工的に刺激を与え、麻痺している感覚を自分のペースでたのしみながら覚醒させるための場であることを認識しました。

 置いてあるいろいろな小物類も色形や触り心地は独特のものですが、不安を煽るようなものはなく、好奇心を刺激し、子供にとっては探求心を芽生えさせるものに思われます。それらのグッズのいくつかはかつて自分が大事に持っていた物と同じ類いのものであり、くつろごうと思って店を捜して購入した懐かしい想いを呼ぶものでした。入ってほっとする環境を作ろうとして、無意識にしかし意図的にスヌーズレンと同質の部屋作りをしていたものと言えるかも知れません。ただその時々の気分で買い、統一したコンセプトやテーマがあった分けではないため、結果的に雑多な物でごった返してしまいましたが。しかしそれらを買おうとした心的状況はある種切実であり、おろそかには出来ないものでしょう。そうしたところからスヌーズレンは知的・精神障害者だけでなく、子供から大人の健常者まで様々なレベルで広く有効な使い方や関わり方が検討できると思われました。


2.スヌーズレンの思想 ”感覚の統合”

 書物によると、スヌーズレンとは「人間のもつすべての基本感覚を刺激し、統合させ、機能させるための環境設定法」(スウェーデンのスヌーズレン)とあります。さらに詳しく述べているところでは、「人間が生まれ持つ基本的な能力、すなわち、視覚、聴覚、触覚、臭覚、味覚、それらとともに携わる運動感覚や認知感覚を鋭敏にするために、いろいろな方法によって設定した環境で適度の刺激を与える空間。また、受け入れる側は、それら一つ一つを楽しみながら関知し、体感し、学習し、自分のペースで自分にあった刺激を自発的に選択して受け入れ、自然な形で感覚を磨いていく空間」ということです。

 その実現のために、日常空間の一角や一般の施設・学校・病院・企業に空いた一室を用意し、そこへプロジェクターやサイドグロウ、バブルユニットなどを使った光と水を様々な形で演出していく機器とボールや布などの触感を試せるもの、バブルベッドやサウンドソファなどの振動とともに体を包むように音楽を伝えるもの、火を使わない安全なフレグランス発生機器など、五官すべてに訴えかける機器・器具を持ち込みテーマにそって設置することで、部屋がスヌーズレンを展開できる場となります。多くは利用者と介護者がペアで訪れ、あくまでも利用者の意志を尊重して、ともに体験していきます。

 感覚を統合するという意味では他にADLなどがありますが、療法士主導の療法士による療法であることに違いありません。しかし「スヌーズレンは患者自身が設置されている環境の中で自らが学習して必要とする感覚を獲得していくというもの」(スウェーデンのスヌーズレン)であり医療的な意味での結果を期待せずそのプロセスを大切にするものです。

3.デザインとしての一般化へ ”インスタレーションの文脈で”

スヌーズレンという空間について説明を受け、ある程度の概略を掴めたとき、美術とくにインスタレーションを連想し、デザインの文脈でこれを改めて捉えなおしたい要求を覚えました。現在オブジェや色などで空間を装飾し、その場の内容に相応しいものにすることはごく普通に行われていることです。美術館・博物館はもちろん図書館・公民館・病院・駅・公園・レストラン・デパートなど多くの公共の場にそれを見ることは容易であり、明確な意図と高度な構想力によって創作されているか、おざなりなものであるかレベルの差こそあれ、逆にそれが見られないところはほとんど思い当たりません。
 
 であるから一般の人が身の回りの環境を少し変えたいと思ってもさまざまなアプローチは可能です。癒しを求めるのなら、たくさんの癒し系グッズが販売されているし、部屋から外に目を向ければガーデニングなどもあり、それもかなり長期的に流行っておりノウハウも完備されています。また風水の思想により、部屋の配置、装飾をしたり間取りを考えたり都市計画を練ったりも実際に行われている例は少なくないです。歴史的にも日本では陰陽道や神仙思想をもとに平安京などの都の方角配置をしてきていることはあまりに有名です。日本特有の高度な風景のオーガニゼーションとして、寺院の石庭に限らず遠方の景色を自分の庭に借景として取り込みじっくりそれを味わい感覚を研ぎ澄ますような文化は脈々と息づいてきています。風鈴(鐸)もそのための装置の一つと言えます(彼方の山の向こうから音連れる魂を受信する器として)。
 
 これらも含めデザイン(環境デザイン)と呼べば、スヌーズレンも明らかにデザインのひとつと考えられます。特に最近の傾向では、スヌーズレンも屋外に目を向け、「舗装に変化を持たせて歩くだけで石や草や砂などの感触が楽しめるようにしたり、地面にレンガの色を変えて迷路を造ったり、壁伝いに手で触れるモザイクの絵を組み込んだり、日本庭園の要素も取り入れたりしている」(スウェーデンのスヌーズレン)といいます。これはまさに最初に直感したインスタレーションに接合して考えることが出来ます。

”スヌーズレン002”を明日、お届けします。
デザインと言ってしまっている手前、デザインとは、に遡りこちらに繋げる必要が出てきました。”インスタレーション”も含め。
明日、娘達がどれだけ早く寝てくれるかにかかってきました、、、。



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Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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