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また、路に迷う

Giotto001.jpg

今日の様に、日が暮れてから雨やら雹が降ったりすると、わたしは路が分からなくなる事が多い。
どこをどう走っているのか判然としなくなる(笑。

普段馴染んでいる視覚情報がたちまち乱れてしまうのだ。
晴れ視覚~光景に依存しすぎて来たのか。
いずれにせよ、最近視力が弱くなっているのに、絶対的に視覚優位でいる。

土地感覚はほとんど身体に刻まれておらず勘も働かない。
所謂、立派な方向音痴の部類かも知れない。

ナビに何処かで切り替えて何とか難を逃れるが、切り替えタイミングが掴めず、車の流れの中で暫く見知らぬ風景の中を彷徨う事もある。
近くにこんな場所があったのか、と感慨に耽るような発見もたまにはあるにしても。

ナビを使うほどの場所ではなくとも、嵌った迷路の磁場から脱するには、ナビが有難い。
自転車ならどうにでもなるが、車だと一方通行や何やらで、深みに嵌る事が少なくないのだ。
何であっても出口は肝心である。

とは言え、わたしは時間に余裕を持って家を出る為、目的地に遅刻して到着する事はまず無い。
それにしても、娘のスケート教室行きで迷うとは思わなかった(爆。
すでに何度も来ているのに。
(ちょっと危ない方向音痴かも知れない)。

やはり早朝の教室の方が、眠くてボーッとなっていてもわたしにとっては良い。
朝と夜の世界は全く異なる。
その上、雨、雪、ましてや雹などパラパラ降ってくると~磁気嵐の際にも脳への影響で知覚に異常(多くは反応速度の遅延)が見られるというが~わたしの場合、それらでも何かが変わる。
光、色の変化で世界は変わるのだ。
(印象派か)。


教室は余裕で間に合ったにしても、結構大周りして着いたものだ。
今回は些か極端な例であったが、夜の雨の日はよく路に迷って来た。
そう、まず生理的に変調する感じがする。
だんだんそれがキツくなっているみたいだ。
単なるボケだろうか?

それはそれで構わない。
絵に没頭するなら、その方が好都合かも知れない。
ブログはそのうち、書かなくなるだろうな、、、。





多肉は室内で健やかに

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小さな多肉の苗を室内の窓辺に並べて置いたら、とても健やかに綺麗な色で伸び伸びと育っている。
花も咲かせて勢いも感じる。
かなり暴れているものもある。
子供が根元にたくさんできているものもある。
生命の瑞々しさを感じる。

外に出している古株たちも寒さに耐え、なかなかしっかり生きてはいるが、色が良くないものもある。
寒さ特有の色に変化しているものもあるが、明らかに痛々しい色のものもある。
しかし大きさと数がやたらと多いため、室内には入れられない。
今室内では4か所に分けて、育てているがみな調子が良いがもう空きはない。
外のビニールハウスに適応しているものもあるが、日中の日が強すぎたり夜の気温が低すぎたりで、過酷な状況であることは否めない。

やはり気候(気温や日照)の変化の幅が広すぎることは、健やかに活きるにあたって厳しい。
そのことが多肉を観ているとよく分かる。

しかしこの冬の適度な寒さは、生命にとって良い刺激に思える。



taniku.jpg




金柑集め

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今季、ずっと使ってきた加湿器を二つ捨て、とても小さく可愛らしい加湿器にした。
これまでの加湿器は筐体がデカいうえにメンテナンスが面倒で付き合っていられなくなった。
ただでさえ、家事一般と亀の水替え多肉その他の植物の世話があり、デカい加湿器が鬱陶しくなったのだ。
ルーチンで一杯になると尚更、イライラして来る。

LEDで七色に光る小さな加湿器をつけて就寝する愉しい毎日となったのだが、加湿自体に問題はなかったと思うが(ちょっとパワーが弱かったか)、喉が少しカラカラして来た。
そこで今日、ナップザックをしょって金柑採集に出掛けることにした。
金柑を煮出して蜂蜜をタップリ入れてシンプルなジュースを作るのだ。
これがとても喉に良いし何より美味しい。
気分のリフレッシュにも役立つ。

散歩にもなるし、、、晴れた日には、徒歩と決めている。
健康のために漫然と歩くより、はっきりした目的のため歩く方が歩き易い。
コースに悩むこともないし。
ウォーキングに丁度良い距離でもある。

家の庭だけでは少ないので、弟の家に行くことにした。
庭の大きな2本の木からもタップリ採集出来るのだ。
採り始めるといつまでもきりがない。
無断であるが、多分気づかないだろう。
木を眺めると、実が減ったように観えない(笑。
ともかく、実の数が凄いのだ。

気づくと昼過ぎになっており、時間で切り上げた。
重い荷物をしょっての帰宅。
まさに山ほど採れていた。
大きな金笊に3つほど、山盛り。
当分、これでジュースに困らない。

天気も良く良い時間も過ごせた。

その後は、、、帰って来た娘をピアノ教室に送って、そのまま眠ってしまった。
気持ちの良い遅いお昼寝となった。




風呂で寝る

sun001.jpg

ここのところほぼ毎晩、風呂で寝てしまう。
気持ちが弛み切って自分の外に自分が全て流れ出てしまうのだ。
風呂からあがると何も残っていない。
フレームだけのわたし。

空っぽの身体に、冷えた牛乳をマグカップで2杯流し込む。
これが染み渡って、クーっと気持ちよい。
夏ならプレミアムモルツだったりするが、、、(宣伝するつもりはない)。

部屋に戻ると、だらっと椅子に沈み込む(笑。
生まれてこの方、たまりにたまった蓄積疲労を全て何処かに垂れ流しているのだ。
重力が他の次元に流れ出てゆくように。

それから、新しい星が見たい。

激変を迎え

Michelangelo Pieta003

すべてが大きく解体する。
変動する。
しかし本当に生きようと進めてゆけば、必然的に崩壊するものは当然ある。
容赦ない動き。
そして消滅。
それに耐えきれるかどうか。

想定も見通しもたたない。
何も分からない。
不安しかない。


完全に解体すべき時には、そうなる他ない。
どうにもならない。
暗闇のジャンプ。


なるように成る。
なるように成るだけ。
自然の摂理のように。


最後に正しさを実感できれば良い。

Michelangelo.jpg

心地よい入眠

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以前は睡眠導入剤が必要だったが、最近は飲む必要がなくなった。
夜が更けるころになると、起きているうちからすぐに朦朧としてきて、ばったりと眠れる。
病院の高血圧科にも通院はしているが、ほとんど125/70前後を維持しており、問題はない。
数値に振り回されたくはないが、この辺の数値であるとすっきり過ごせる。
生活の質は、快不快で左右される部分が大きい。

極力、不快・不安要素は取り除きたい。
それでも怒りだけは激しく噴出する。
これは、まだ当分収まるまい。
反復・回帰~再現がある限り、鎮火することはなかろう。

変わらないのだ。
基本的に人は変わらない。
やはり自分が大きく変わり、健康になることだ。
ことばの真の意味での。
ニュートラルに。

まずは、身軽になっていこう。
拘り~自我から少しづつ解かれて。
そう、どうでもよくなってゆけばよいのだ。
だが、まず前提としてやるべきことがある。

よく専門書にも出てくる幼年期からのこれまでの自分を想起し、その時期における欠如を埋め合わせてゆく作業を実質やっておきたい。どれほど有効か、はともかく。
少なくともその最も大事な時期は霞の中なのである。
断片は幾つも、幾つも拾い集めた。
拾える範囲は自ずと限られるが。
独りでやる他ない。
それに不足分を与え生気を蘇らせて統合出来れば、自分の足場として確立するか。

何をするにせよ、土台は必要なのだ。
土台の上に、何度も何度も建て直す必要がある。
最終的に更地にするにせよ。

何かを作りつつ、解体の準備もしてゆく。
その過程で「存在」が屹立してくる。








最近、よく夢を見る

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夢と言うのが、大変現実的で緻密な光景なのである。
しかし、考えてみればそうでない夢など見たことがない。
夢は常にディテールがしっかりしており、へたな映画よりずっとリアルである。

そして変に入り組んだ複雑な映画の脚本より、もっと複雑でダイナミックである。
物凄い出来の良い詩的な映画みたいだ。
そう、タルコフスキーの映画に似ている。(ベルイマンのものにも)。

    タルコフスキー以外では、、、
    わたしは「去年マリエンバートで」は好きだが、「メランコリア」に寧ろ究極的なリアルさを感じる。
    「メランコリア」は人類にとって正夢かも知れない、、、。

うんと苦しい夢の時は、「ストーカー」である。
そんなときは、寝汗もかいている。
何を求めて彷徨ったものか、忘れていてもどっと疲れているものだ。

「鏡」みたいな夢も見たが、その他となると、定かでない。
(「サクリファイス」は知らぬうちに見て忘れてしまった夢であったかも知れなかった)。
いま、緊張感と言うか一種の研ぎ澄まされた濃密さを感じる。

高濃度の時空である。
酷い疲労を誘いつつ、、、。
逆らい難い眠気を纏わせ

ひんやりと醒めている、その時空がこの夜のしじまにすでに嵌入して来ている。
稠密なタルコフスキー時に連結していた。
このまま「ノスタルジア」に導かれそうだ、、、。

   あの回廊は何度も歩いた。
   何度も過った。
   その先を眺めやった。

そんなとき、何故かわたしは決まって自転車に乗っているのだ。
遠藤彰子かジョルジョ・デ・キリコに借りた自転車である。


驚異的に明るい崖の裏面に漆黒の闇が貼りついている。


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オウムアムア

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ʻOumuamuaー1I/2017 U1
ここのところずっとNHKのBS番組ばかり見ているような(NHKアレルギーであったのに)。
科学番組で観た未知の天体「オウムアムア」(インターステラー)を巡っての想定外の在り様に対する考察はかなり刺激的であった。
(この番組のテーマ音楽がとても好きだ。”カッシーニ グランドフィナーレ”の回では号泣した)。
1I/2017 U1、、、観測史上初の恒星間天体である。
軌道分析から太陽系外から来たことが断定された。
”1”ははじめての1(番目)。”I”は、InterstellarのIである。
「遠い場所から初めて呼びかけて来る、使い」という意味のハワイ語のオウムアムアと名付けられる。
天文関係者が色めきだった。
初めての太陽系外から来た天体の発見に沸く。

Oumuamua002.jpg

太陽系圏外からやって来て二度と帰らない~太陽系軌道には乗らない~コースで凄いスピードで去って行った。
またいつか、他の太陽系を横切るのだろう、、、。
いつも思うが、こうした天体譚には何とも言えない郷愁と風情がある。

勿論、必ずUFOじゃないか?と取り敢えず騒ぐ人が出るがいつものことだ、、、言ってる本人も信じていない。
連星(一般的に謂って恒星は連星のパタンの方が多いらしい)の微妙な重力バランスによって弾き飛ばされてやって来た小惑星と考える人もいた。
われわれの太陽系では木星と火星の間に夥しい小惑星帯があるが、太陽の重力が強いため系の外に脱出する可能性はない。
大概、小惑星は恒星の近くで作られるものであり重力の拘束力は大きい。
恒星から遠く離れた領域で出来た彗星であれば、近くの大きな惑星の影響で加速を受け系を飛び出す可能性はあり得る。

可能性としてはわれわれの太陽系で謂えば、エッジワース・カイパーベルト~太陽系外縁天体(オールトの雲含む)にある夥しい数の氷の天体である。
表面は高エネルギー粒子や放射線に晒され茶色くなっている(炭素化)。

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ハワイの望遠鏡が最初に発見したというが、ハワイにはかなりの望遠鏡がある。
日本のすばる望遠鏡もマウナ・ケア山山頂にあるが、かなり各国の望遠鏡が密集している。
チリの高原も望遠鏡設置には良い場所だ。今回もチリの望遠鏡が活躍している。
但し、最も大きな貢献をしたのは、ハッブル望遠鏡であった。

物体の明るさの変化から物体の形が推定できると言うのは、成程と思った。
縦横の比率に変換できる。
ここで、オウムアムアは1:10の細長い形態であることが割り出された。
回転しながら移動する全長800mの細長天体である。
ドバイのブルジェ・ハリファビルと同じような形態であるようだ。

わたしが、この天体譚に感心したのはここからである。
彗星であることが優位に立った時、最初の報告者の博士が、彗星説を否定し惑星であることを主張する。
何故か。彗星であれば太陽に近づいたときに青白い尾を発生させるものだ。
確かにこれまでは皆そうであった。
しかしこの天体はどの望遠鏡で調べても尾を見せていなかった。ガスや塵を発生していないことから、彗星と見ることが出来ない為、岩石で出来た小惑星と捉えることを選んだのだ。

だが、尾を出さない彗星の可能性を示唆する博士が出て来る。
アイスクリームをメレンゲで包んで、ガスバナーで表面を焼いて仕上げるスウィーツである。
ブランデーで香り付けするのも忘れずに、、、。
つまり氷は炭素の皮(宇宙線の照射により凝縮された炭素の外皮)で守られた彗星となっている、と。
だからガスも噴射しない。

だが、最後の詰め~どんでん返しが、ハッブル望遠鏡の長時間観測データの解明によってなされる。
オウムアムアは単に太陽によるスウィングバイの重力効果以上の加速をして遠ざかっていたのだ。
これはオウムアムアが何らかの推進力を独自に持っていることを意味した。
ここからがわたしにとって特に瞠目した部分である。
その博士は太陽系の彗星のガスとは成分の異なるガスが放射されていたという事実を推測したのだ。シアン化物の光~色を発していないことから。
一度は通常の青白い尾~ガスのないことを決め手に彗星説を否定した博士が太陽系では観られないガスによる推進を果たす彗星であることを導き出した。
尾は地球のこれまでの目=言語では検出されなかった、というだけなのだ。
そう、他者なのだ。その成分も太陽系のものではない、という認識の獲得。
これは科学(の言語)でしか到達できないユリイカ~イメージである。

これこそが科学の醍醐味で、他の領域にないエレガントで崇高で愉しいところである。

そして最後に、たまたま地球近傍をオウムアムアが通過したという事実は、太陽系に他の系からやって来た天体が少なくとも1000個は存在すると考えられ(数学的推論)、過去に太陽系の周回軌道に捉えられたモノがあることも実際に分かった。
オウムアムアだけではないのだ、、、。かつて存在した数はどれほどのものであったか、、、。
そしてそのインターステラーの地球への衝突が生命誕生の秘密を握っているかも知れないのだ。
(わたしもそこには大いに関心がある。生命は彗星から来た、、、チャンドラ・ウィックラ・マシンジ=フレッド・ホイル)。
系から系へ。この壮大なる交通空間。
われわれは何処から来たのか。そして何処へ行くのか。そしてわれわれとは何か(ゴーギャン)。



やはり科学程、イマジネーションを解放できる世界は無いと謂える。



ことばとひかり

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ーー実際に星は見えなくとも論理に照らせば
        あるべき光の列が見られるーー

夜空を眺められて
こんなニュアンスのメッセージを下さったあなた

それは
あたかも
論理と想像力の協奏のようで
とても素敵な時の重ね方と

改めて
学びを戴きました。

ほんの少しの心配りで
随所に息衝く生のコンチェルト

何気ない
日常の些事が

束の間の休息さえも
きらきらと輝き出すようです・・・。


いつもながら音楽性溢れる美しい文(文体)でとても心地よかったので、全文引用させて戴いた。
(部分に切れないものであったので)。エストリルのクリスマスローズ*より。

 何気ない日常の些事が
 束の間の休息さえもきらきらと輝き出す生活は*Author:様が実現されていることは、ブログから実感しています。
 その文章と写真から、、、
 わたしも、人間はどのように時を重ねてゆけるか、にかかっていると思います。
 論理と想像力の協奏、、、テーマとします。


夏休みでのこと、、、。
iPhoneを夜空に翳すと、その場所の星座がパネルに現れるアプリで娘と遊んでいたのだが、飽くまでも実際の空の下でやりたい。
雲があったり、光で多少明るくても、やはり火星は見えていたし、ベガ、アルタイル、デネブは見えていた。
しかしその他となるとなかなか見えない。雲と明かりの影響は大きい。

久々に空を見渡す、、、夜は気持ちがよい。夜の散歩なんてまた格別である。
飛行機がゆっくりと過る。
雲が白く過る。
長女が言う。
雲は凄いスピードで飛んでいるんだよ。
わたしは、まだ飛行機は両手の指くらいしか乗っていないが、娘たちはすでに30回位は乗っている。

雲の中も飛んでいる。
窓際のシートが大好きだと、、、。
いろんなモノが見えるから。
どれもみんな飛んでるから。
見てる自分も飛んでるんだ。
もともと全てが、、、ピアノ曲線を描き、、、
そのうちに夢の中を飛んでいる。

自分などというものの無い場所から

見るという事の神秘と創造を想う。
生命(力)がひとつの志向性をもち、感情~感動と共に母音を発した、、、「海を見てウ~っと」(吉本隆明)
そんな場所から、ことばは有機的な分節をもって生成されていったのか、、、。
このことばの出現はわれわれの精神~思考と同時に自然に変質を齎してゆく。
思考はことばにより飛躍するにしても。
自然も大きく変わる。


ベテルギウスはまだあるのか、もうないのか、、、
わたしと娘も一瞬、リルケになって想いを巡らせる。


詩的関係、物質的想像力、、、なんていう言葉を思い起こす。


ことばがはじめてはっせいしたときのうちゅうがみたい



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重陽の節句

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9月9日は一番大きな数が重なる為、「重陽の節句」と呼ばれるようになった。
ちょうど季節の節目でもあり「無病息災」を祈願する行事の日となる。

うちでも簡単にこの別名「菊の節句」を行うことにしている。
そもそも、うちでは昔からやっていたのではなくわたしがブログを始めたころ、ブロ友の方が記事でそれは印象的に紹介されていたことに影響を受けて恒例の行事となった。とは言え、実に簡素にやっている。

早速、昼も近くなったので、近所に買い物に出たが、普通七夕やお月見などの行事では必ず特設コーナーが小さくも設置されるのに、どこにも何もない。「重陽の節句」が完全に無視されていることが分かった。うちの近所の店では、、、。
ちなみに、今年のお月見は9月24日になる。この日はお団子だ。このコーナーは出来るはず。月にお団子で分かり易いのか?

娘のバースデーに必ず頼むケーキ屋にも置いていない。
焦って他のお菓子店にも電話したが、ないのだ、、、。
和菓子専門店ならあるはずだが、ずっと長いこと続いていた大きな店が一週間ほど前に閉店したばかりだ。
(ここのところ、長く続いた店舗も含め、閉店ラッシュである。わたしも日頃の買い物はほとんどアマゾンだし)。
昨年はちょっと遠出した先の大きなデパ地下で前日に買ったと思う(たまたまである)。
菊の花と菊のお菓子。

仕方ないので、菊の花を3種類ばかり買って花瓶に挿した。
後はお酒と三色串団子を買って来た。
大人はお酒に菊を浮かせて、娘は麦茶に菊を浮かせることにした。
栗ご飯を夕食に焚くことにしたので、それで慎ましく行うことにした。


夜は菊を浮かべたお風呂に、これから入る。
まだ夕方だが。
一番は次女から、、、。
今日はゆっくりしたい。

chouyou002.jpg


花火が煩い

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昨夜、メインノートが壊れる。
電源部分の故障のようだ。
スーッと落っこちて、98%書いたブログ記事が消えた。
通常は60%くらい書いたところでエディターにコピーするのだが昨日は何故かしなかった。
一度落ちても、再起動すると、データの復元を聞いてきて大概続けて入力できるのだが昨日のパタンでは出来なかった。
セカンドノートから23時にアップする予定も叶わず、24時チョイと前にそれまで書いたものとは全然異なる文をアップはした。同じ文は書けない。

だが、何かの遺り滓的なイメージが強く、一旦削除して最初に書いたものに近づけてアップし直した。
(これが最善のはずはないが)。
気持ちの問題かもしれないが、二度目のものは、形は違えど最初に書いたモノを整理して書いた感じに落ち着いていた。それが妙に気に喰わない。
いきなり浮かんできたものには、それがどんなものであってもそれなりのアウラがあるものだが、それが全然ないものになってしまうととても虚しい。
やはり一番搾りが美味しいのだ。

結局、自分が最初に書いたものに似たものにしてアップした。
こちらの方が、整理報告文よりはまだ多少はマシであった。
恐らく一定期間、読んでくださってる方々には分かってしまうに違いない。
「か」の抜けたビールみたいになっている。(この言い回し通じないヒトもいる。ローカルなのか)。

夜中にパソコン関係でゴタゴタするのはキツイ。
以前はそればっかりしていたものだが。
自分でやる根気がなくなっている。
タワーのデカい類のものならやる気も自然に起きるが、ノートは気が進まない。
メーカー修理に出そう。梱包がメンドクサイが,そのうち、、、。


どこで上がっているのか分からないが、先ほどからずっと花火の音がしている。
窓から覗いても分からず、テラスからでも見えない。
庭に出てみたが、テラスから見えないものが見えるはずもなかった。
星は静かなのだが、花火は音ばかりが煩い。
ある意味、人を呼ぶためのものだ。

以前、TVで星(恒星)の音を流していた。
通常では聞こえない音だ。
楽器と同じく反響音だ。凄いスケールの。
名状し難い音だが不思議に記憶に残る。
何でも音を出していることに気付く。


音だけ聞いて想像するというのは、楽しいものだが花火にはそんな気にはなれない。
、、、出て来るパタンが知れている。寧ろ静かに花火そのものだけひっそりと見たい。
ペアになってる音はきっとお祭りを連想させるのか。
時折、心地よい音に聴こえたりもするが。

星はイメージすらできない。
ケプラー望遠鏡の捉えた恒星の音であったが、どこか昔のSF映画で使われていたUFOの効果音にも似ていた。しかしそれでいてチープさはなく、強い存在感ある音であった。

星の音を捉えるような感覚が稀にある。
自分の作ったモノに自然に接続できると、嬉しくなる。


昨夜は遅くまで起きていて夜食も食べ過ぎた。
これでは感覚も鈍るし太る。
今日は何もせず早く寝よう。



NASAの衛星が捉えた地球の音は、もうそれ自体が飛び切りの音楽であった。
クラウトロックも近い音を出していたが、これは「本物」~アウラである。






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トトロの雨

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昨日、台風の中、長女とドライブをした。
ワイパーをうんと速くしても前の見える時間は僅か。
風の唸りとシャワーの細かく鋭い連続音。
この水のお陰か、車内の空間密度が昇まる。
濃密になって来る。

桜並木の中央通りに差し掛かると、雨のシャワーとは全く別の水の塊の落ちる低音が不規則に天井に鳴り響く。
ちょっとユーモラスな太鼓の音だ。
後ろの席で、彼女が「トトロ、トトロ」と歓ぶ。

確かにそうだ。
トトロだ。

ドン!と鳴るとキャハっと笑う。
また、、、ドン!と鳴るとこちらも一緒に笑ってしまう。
ドドン!(笑。
ドドドン!(爆。


トトロサウンドとシャワーで音も視界も密閉される感覚が嬉しい。
この状態がもっと進めば、走るアイソレーション・タンクとなるか?
アルタード・ステイツへとコズミック・ドライブ!(笑。

豪雨の日はスピードがより際立つ。
水しぶきを豪快にあげて走る。
気持ち良い。
水の四重奏だ。
離脱する。

特別な浮遊感。


離脱。



さあ、どこに再接続するか、、、


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プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
基本的に、日々思うことを綴ってゆきます。悪しからず。
出来ればパソコン画面(PCビュー)でご覧ください。

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