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GOMA28

Author:GOMA28
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ゾンビーバー

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Zombeavers
2014年
アメリカ

ジョーダン・ルービン監督・音楽
ジョン・カプラン、アル・カプラン脚本

レイチェル・メルヴィン 、、、メアリー
コートニー・パーム 、、、ゾーイ
レクシー・アトキンズ 、、、ジェン
ハッチ・ダーノ 、、、サム
ジェイク・ウィアリー 、、、トミー
ピーター・ギルロイ 、、、バック
レックス・リン、、、スミス


こういうのをホラーコメディとか言うのか?
CGはほとんど使われていない感じ。
よく高校、大学生の出てくるものには、下ネタが会話などに挟まれその世代感を出したりする演出に使われるが、この映画では下ネタが終始物語の基調となり、それなしに噺は進まない内容になっている。
しかもそれが面白おかしい学園コメディなのではなく、最後には独りもいなくなる大変なホラーなのだ。
しかもストーリーそのものは、よく出来ている。
基本的にとても変な発想の妙な噺なのだが、その前提を受け容れればしっかりしたゾンビホラーの作品と謂える。
見るからにお馬鹿学生たちであるが、人間関係におけるドロドロとした心情の動きはよく分かる描かれ方であった。

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大型トラックの無責任脇見運転ドライバーが鹿を轢き殺した衝撃で、川に落下させたドラム缶から汚染物質が流出した。
その物質の影響で、ビーバーが獰猛なゾンビと化して週末のバカンスにやって来た男女6人の大学生に襲い掛かってゆく。
湖畔に遊びに来た学生たちは、次々にそのゾンビーバーに襲われパニックになる。
ログハウスに立てこもり中から木で出入り口を塞ぐなどして身を守ろうとするが、ビーバーにとって木は全く意味がない。
人にとって分が悪い夜間こそビーバーにとっては活動時間となる。
叢から沢山の光る目に取り囲まれて怯え慌てふためく若い男女。

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何と襲われて、殺されなくても傷を受けるだけで、少し時間が経過するとその人間はビーバーに似た尻尾も前歯もあるゾンビに変身して人を襲うのだ。
どちらかと言うとビーバーに襲われるよりゾンビ化したビーバーゾンビ人間に襲われる方が怖い。
もう絶体絶命の恐怖の惨劇が連鎖してゆく。
よくビーバーでここまで持ってこれたとちょっと感心しながら、入り込めた。
(ビーバーの動き自体にはかなり制限~限界が見える)。
ふっと絶妙なタイミングで出現するハンター?が何とも言えない立ち位置である。
凄く頼りになりそうで、ゾンビバー人間にあっけなくやられてしまう。
こういうガードマンをどの程度有効に使い引っ張るかは悩ましいところか。

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そして最後の最後にひとり傷だらけで生き残った女子大生が、自動車道にやっと出てよろよろと助けを求め歩いてゆくとその先から大型トラックが走って来るではないか。歓喜して手を振るが、そのトラックこそ最初に出てきた鹿殺しトラックであった。いつもそうなのかスマホに脇見をしていて、彼女も轢き殺される。
呆気なく、、、。

そして、、、誰もいなくなった。

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ちょっと捻りを感じたのは、真面目風で慎重な感じの最後まで生き残りそうなタイプの女子が最初にゾンビ化して仲間を襲い、自分を裏切った彼氏をゾンビとして一物を食いちぎり葬るというある意味、理にかなった行動をとる。
元はと言えば彼女の親友の眼鏡女子が自分の体に傷があることを知り、(もうやけくそよと言うか、本心なのか)その彼を誘ったのだ。この辺、結構切羽詰まった凄い愛憎関係が噴出してくる。
この眼鏡女子、ゾンビーバーには噛まれていない女子を、そろそろあなたもゾンビになるわと撃ち殺そうとしたり、追い詰められた時の自己中心な誰をも巻き添えにしてやる感が半端でなく出ていた。
そしてやんちゃで如何にも一番最初に犠牲になりそうな娘が最後まで残るところが、意外に感じはした。一番開放的なお馬鹿で罪はないという感じの娘だ。まあ、エンドロール直前で絶命するが、そのトラックは死神なのか。
しっかりまとめてはいる。

何も考えずに観るには最適なものだ。











カリキュレーター

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Vychislitel
2014年
ロシア

ドミトリー・グラチョフ監督
アレクサンダー・グローモフ 、ドミトリー・グラチョフ 、アンドレイ・クツザ脚本

エブゲーニイ・ミローノフ、、、エルヴィン(造反した総統顧問官)
アンナ・シポスカヤ、、、クリスティ(受刑者)
ビニー・ジョーンズ、、、ユスト・バン・ボルグ(受刑者)
ニキータ・パンフィーロフ、、、マタイヤス(大尉)
キリル・コザコブ、、、総統


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以前にもロシアSFは観たことがあるが、タルコフスキーの「ソラリス」は別として、それ以外のどれよりも面白かった。
地球人が他の惑星に住み着いた遥か未来の御話。惑星XT-59が舞台。
「システム」が徹底管理支配する居住区に人々は生活している。
システムの命令に従わねば、そこでは造反罪として処罰される。
ここに出てくる8人の囚人も皆、同様の罪で終身刑を言い渡された者たち。
その罰が、居住地の外、危険極まりない生物の生息する沼地に放り出されるというもの。
実質、残酷な処刑に等しい。

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「幸福の島」を目指し300キロを無事に踏破すれば、命が助かると謂うが、その島の所在を知る者はいない。
実際、囚人の間でもその島の存在を信じない者がほとんど。
しかし今回、外に放り出された者たちもは選択の余地なく、ひたすらその島に向け歩き続けるしかない。
(途中の旧刑務所に取り敢えず行くことになるが)。
最初から二手~エルヴィンとクリスティ組と残り全部の組に分かれ、途中仲間割れしたりしながら進むが、鉱物の質感の植物とも動物とも取れる(高電圧の電流まで流れるような)奇怪で獰猛な捕食生物に囚人たちは襲われてゆく、サバイバルサスペンス。

エルヴィンが何故、クリスティだけを相棒にして、集団行動を避けたのか、理由がハッキリする。
集団であると地下に潜む極めて敏感で危険な生物に察知され易いのだ。
二人でのコンパクトな移動の方が小回りも効き安全に進める。
エルヴィンが知る人の限られる沼についての情報をかなりもっていることが分かるところ。
ユストも以前、沼を罪人として渡った経験があるという(どうやって生きて帰ったのか)。
(この二人は未経験の他の受刑者と違い、勝手を色々と知っている)。

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沼地の生物だけで十二分に危ういのに、そこに総統の追っ手がエルヴィンらを殺しにやって来る。
絶体絶命のピンチであり、充分にハラハラさせる。
VFXも実に巧みに仕掛けられている(ロシアSFは、どれをとってもVFX~CG技術はとても高度だ。装置や飛行艇のデザインも含め)。
そして特に裂け目もなく、展開も流れも良い。
特に終盤の自分が書き換えたコードでシステムを一時停止させ敵の戦闘機を沼に沈め安堵した矢先に巨大な滝に呑まれることが分かったところなど、結構驚かせる。
山場が適所に設定された上手い作りだ。

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但し、エルヴィンの相棒のクリスティが彼の忠告をいちいち無視して危険を招くところは、イラつかせるが。
ちなみに、”カリキュレーター”とは、クリスティがエルヴィンの理詰めのまるで計算機のように思考~行動する姿勢に対して付けた綽名みたいなものだ。
二人は、予想通り身を守るのに利用できた金属の箱と引き換えに、食料をユスト組に渡してしまうが、ゴキブリのような虫(フナ虫?)を生で食して生きながらえる。
何でも喰わねば300キロなど移動できない。苦行を共にすれば打ち解けても来るものだ。

エルヴィンはクリスティに自らの正体を明かす。
彼は元体制側の人間で、総統の顧問官であったがこのシステムが人道上非常に問題があることを危惧し人々に内情を暴露しようとしたが捉えられ機密情報漏えい罪に問われたという。
しかし彼はシステムに彼しか解くコードを知らないウイルスを忍ばせて来ていた。
そのままにしておけば、システム全体がシャットダウンをするのだ。

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色々と難所が続き、人間同士ももつれあいながら、結局最後にエルヴィンとクリスティの2人だけ生き残る。
この辺は、こういったパニックサスペンスものの定石か。
そして「幸福の島」に辿り着いたはずであったが、そこは総督の軍事基地であった。
そこには脱出用ジェットが格納されているが、解除コードの下一桁をエルヴィンは知らなかった。
ここでクリスティが初めて機転を利かせ、最後の一桁をそれを総督と彼とが決めたときの経緯から推測する。
見事その数字が当たり、格納庫の扉が開くが、そのジェットは一人乗りであった。
ごたごたするも、ふたりで何とか窮屈なところを乗り込み、無事脱出を果たす。

10年後、その惑星はより非情なシステムにより管理されたという後日談が騙れれ終わり、、、。


一口に言えば、ロシア製のデストピア映画である。
湿り気と独特の重さと暗さをもったロシアらしい雰囲気のある映画であった。




AmazonPrimeにて。




レジェンド・オブ・リタ

THE LEGEND OF RITA

DIE STILLE NACH DEM SCHUSS  THE LEGEND OF RITA
2001年
ドイツ

フォルカー・シュレンドルフ監督・脚本

ビビアナ・ベグロー、、、リタ・フォークト(西側反資本主義テロリスト)
マルティン・ヴトケ、、、アーウィン・ハル(シュタージ将校)
ナディヤ・ウール、、、タジャナ(リタの同志、アルコール依存症)
アレキサンダー・ベヤー、、、ヨッヘン・ペトカ(リタの恋人)
ジェニー・シリー、、、フリーデリケ・アデバッハ(リタの同志)


西ドイツのテロリスト赤軍派(RAF)と東ドイツの秘密警察(シュタージ)とがこのような癒着関係にあったというのは、なかなか興味深い。どちらも冷酷無比で怖い組織みたいに感じていたが、この映画で見る限り、良くも悪くも人間臭く迷走もする。
こんな風だったのか、とか思ってしまった。

ただし、その悪くも、の部分であるが、どんな思想を掲げようと、それのみを絶対視して自分と異なる考えや感覚を持ち異なる体制下に生きる人間を殺してよいことには、なるまい。
そもそも武装闘争とは何か。何を意味するのか。(何故武装闘争なのか)。
わたしは前半は、こういう体質の人もいるのだな~と、遠くから眺める気持ちで観ていたのだが、次第に何とも言えない不快な親近感を覚えだした。

今も生きているインゲ・ヴィエットという反資本主義者であり元テロリストの半生を描いたものという。
ここでは、リタ・フォークトというヒロイン名であくまでもフィクションの形で本質を捉えようと表現されたものだと受け取れる。



わたしが感じたのは、ロジェ・カイヨワの遊びや戦争論にもあった、人が無意識的に囚われる眩暈や聖なるものへの憧れに等についてであった。
まずは、ある理念なりイデオロギーに感化されその政治闘争に身を委ねてゆく。
次第に思考判断を共同体理念に丸投げ依存するような過程に入ってゆき、恐らく周りなど見えない高揚に包まれてゆくのではないか。
眩暈とヒロイックな高揚感がどんどん高まる中で、自分たちの革命の障害となるものなど、躊躇なく粛清してかまわない感覚麻痺に陥る。
もう客観的な思想内容~行動に対する反省的思考は働かず、そこに自己投企し仲間と破壊的行動を共にすることで(ここでは)悪魔の体制資本主義を打倒せんとするヒロイックな感情の高まりと危険を切り抜けてゆく眩暈と恍惚にひたすら酔って行く。
もうあるところまで来たら止められない。降りることは出来なくなる。制裁があるからと謂うより寧ろその快楽原理から。
こんな政治性~思想性のない局面でも、われわれはランナーズハイなどで近い感覚を味わうこともあろう。

この人間の無意識的な身体性にこそ注意を傾ける必要がある。
最近よく話題にもあがる協調圧力なども、一緒に仲間になって同じことをやれというアホな理念も何もない圧力に思えて、実は多数派に協調することこそが善という共同的な感覚~理念に基づいている。
(これが根付いてきた歴史的必然性もあるにはあろうが。原初的生活においてなど)。

異質に見えるだけの対象を理不尽に周囲が攻撃・排除しようとするような場には、往々にしてこの手の共通感覚が働いているものだ。
ここでは、たまたま交通違反で接触して来た警官を自分たちの素性がバレ、神聖な闘争の妨げになるかも知れない、という程度のことで簡単に撃ち殺している。
しかし、基本的に巷にも同様な愚かな行為を幾らでも見る。
これはいくら強調してもし足りない。

この映画では結局、西の反資本主義テロリストが東に渡り、そこの秘密警察の助けも借り、偽名パスポートやらなにやらで身を隠し、職にも就き、恋人も作って、、、それで何をどう動かしたのか、、、である。
結構、普通の生活もその場その場で楽しんでいる様子が何とも言えない。
闘争としては、銀行強盗や誘拐、仲間の脱獄を手伝い、その時邪魔な警官や弁護士とかを射殺したくらいである。
自慢げに法を踏みにじり悪行をする。これで資本主義がどうなったというのだ。
そしてかつての同志であり現在共産圏に家庭を持ち暮らしているジェニー・シリーの生活に苦しむ表情をどう見たのか。
(結局、ベルリンの壁が壊され、東のシュタージから見放され孤立無援で、ドイツ全土から追い詰められる)。
政治的に全く意味の無い虚しい行為~犯罪だけが残った。
やったことは、単なる(快楽原理による)幼稚で衝動的な憂さ晴らしに過ぎない。それも実に迷惑至極な。

テロ組織という目立った形である為、これに対しては誰もが批判的に見るであろうが、日常に潜在する同質の暴力に関しては自ら加担している場合もある。きっと、ある。確かにある。




AmazonPrimeにて。




Diner ダイナー

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2019年

蜷川 実花 監督
平山 夢明『ダイナー』原作
後藤 ひろひと 杉山 嘉一 蜷川 実花 脚本
大沢 伸一 音楽
DAOKO × MIYAVI「千客万来 主題歌「千客万来」
横尾忠則 美術・装飾
東信 フラワーデコレーション
諏訪綾子 フードクリエイション
名和昇平 彫刻(DIVAボトルウオッカの瓶)

藤原 竜也、、、ボンベロ(天才シェフ、元殺し屋)
玉城 ティナ、、、オオバカナコ(ウエイトレス)
窪田 正孝、、、スキン(殺し屋)
本郷 奏多、、、キッド(殺し屋)
武田 真治、、、ブロ(殺し屋)
斎藤 工、、、カウボーイ(殺し屋ディーディーの彼氏)
佐藤 江梨子、、、ディーディー(殺し屋、カウボーイの彼女)
金子 ノブアキ、、、ブタ男(殺し屋)
小栗 旬、、、マテバ(殺し屋、四天王、東のトップ)
土屋 アンナ、、、マリア(殺し屋、四天王、西のトップ)
真矢 ミキ、、、無礼図(殺し屋、四天王、北のトップ)
奥田 瑛二、、、コフィ(殺し屋、四天王、南のトップ、組織のナンバー2)
菊千代、、、CGブルドッグ(ボンベロの相棒)


「想像力のないやつは、死ね!」
爽快。チョー面白かった!
邦画でこんなに尖ってすっ飛んだものは、初めて見た。
理屈なしに面白い、というより理屈がこれに付くか(爆。
アートにかけた熱量が凄いし、関わったクリエイターとキャストも豪華。
ゴージャスで如何にも金かけてる映画。
誰もが過度の演出と限度を超えたメイキャップとファッションで楽しませてくれる。
(玉城 ティナについてはメイド服は着ているが、ほぼ普通か。元々フランス人形みたいな人である)。
VFXも半端ではない。CGが常に合成されていてアーティフィシャルこの上ない。
ブルドックの菊千代とキッドには感心しながら笑った。

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セリフも面白い。「扱いづらい女だ」とか、、、。
気にかけている証拠だが(笑。
藤原 竜也は、監督のお父さんに舞台で随分としごかれていたものだが、やはり才能を買われてのものだろう。
娘の映画でも大暴れで実力フルに発揮である。
「ここでは、砂糖一粒までも俺が支配する」確かにそんな自分の城は持ちたいものだ。
そこで作られる絶品料理特にデザート類は実際に食べてみたい。
横尾忠則が美術・装飾を担当し、東信のフラワーデコレーションにフードクリエーター諏訪綾子の創作料理、更に1億円以上するというDIVAボトルウオッカの瓶ボトルデザインが彫刻家の名和昇平だという。 
そんなダイナー、腕があればだれもが持ちたくなるもの。

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窪田 正孝がここでもカッコよい役だ。彼は常に節度ある二枚目役ばかりだが、今回はかなりのこころのトラウマを抱えている。
とは言え、他の殺し屋連中からすれば、とてもまともではあるが、、、
トラウマに触れると、もうどうにもならない。
やはり他者に対する想像力と洞察力は必須だ(特にこういうところでは)。
前提としてまずは良心であるが。オオバカナコは孤独だがとても優しく素直であるところで救われたかも。

兎も角、来る客が皆ピストルでも何でもやたらとぶっ放す。
こんなところにいたら直ぐに巻き添え喰って命がいくらあっても足りない(笑。
まあ、会員制の殺し屋専用のダイナーで一般人には関係ないが。
死体をどう処理しているのかは、心配になる。
(警察が捜索するような人々ではない点は気楽でよいが)。

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登場人物(環境も含め)全てが高度に抽象化されており、物語もメタレベルもしくはマルチレベルにあって地上の道理には収まらない。
親に捨てられた孤独で透明人間みたいに過ごしてきたオオバカナコも抽象化の極めて進んだキャラであり、このダイナーには相応しい存在となっている。
そしてここでボンベロの下で働くうちに、メキシコで自分のダイナーを持つ夢を真剣に叶えようと思うようになる。
自分が自分にとって必要な存在になってゆく。
別に人に必要とされなくても問題はないのだ。
ボンベロの謂うように自分に確信があれば。

1日30万円のアルバイトである。
最後にボンベロから店を出すための資金も貰う。
(きっと凄い金額のはず)。
「きっとわたしの店に来てね」と言って喚気口から独り逃げるカナコ。

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ボンベロと無礼図とのどちらも不死身かとも思える激戦が終盤を埋め、途中でカナコを逃がしてから彼は意を決し死闘に終止符を打つ。
何年後であろうか、、、
これまた極彩色の箱庭風の人工的な(メキシコの)街で、彼女はダイナーを開いて成功している。
そこへ激戦の最中、死んだかと思った菊千代が現れ、そしてボンベロが姿を見せる。
よく生きていたものだ(無礼図と爆破で同士討ちになったかと思っていたが)。
感激の再会でハッピーエンド。
これがとても気持ち良い。

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それにしても本郷 奏多はまともな役では気の済まない役者なのか、、、
いつも突飛な役ばかりだが、今回の役は演技もそうだがCG技術の勝利でもある。昔だったらやろうにも出来ない。
(「赤い風車」のホセ・ファーラーがロートレック役で同様の演出であったが)。
自分で殺しをし易くするため、薬物等使用して体を小学生並みの大きさに保つなんて、、、
(昔のソ連の体操選手とかに似た人はいたが)。
ここまでサイコというのも最高だ。謂うことなし(笑。


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わたしの好きなミュージシャン土屋 アンナも女王様風にご登場だ。
とっても振り切れた役だが、真矢 ミキにすぐ殺されてしまった。
もう少し暴れさせてあげたいものだが、、、。

兎も角、この世界観、癖になる。
極彩色にCG絡めっぱなし。
限度がない。
ハチャメチャな噺なのに説得力充分。
音楽もピッタリフィットしていた。
パワーが貰え、こっちまで絶好調だ(爆。

またこの監督の映画は観たい。











遊星からの物体X

The Thing015

The Thing
1982年
アメリカ

ジョン・カーペンター監督
ビル・ランカスター脚本
ジョン・W・キャンベル『影が行く』原作
エンニオ・モリコーネ音楽


カート・ラッセル、、、R・J・マクレディ(ヘリ操縦士)
A・ウィルフォード・ブリムリー、、、ブレア(主任生物学者)
ドナルド・モファット、、、ギャリー(観測隊隊長)
キース・デイヴィッド、、、チャイルズ(機械技師)
T・K・カーター、、、ノールス(調理師)
デヴィッド・クレノン、、、パーマー(第2ヘリ操縦士、機械技師)
リチャード・ダイサート、、、ドクター・コッパー(医師)
チャールズ・ハラハン、、、ヴァンス・ノリス(地球物理学者)
ピーター・マローニー、、、ジョージ・ベニングス(気象学者)
リチャード・メイサー、、、クラーク(犬飼育係)
トーマス・G・ウェイツ、、、ウィンドウズ(無線通信技師)


「何を聞かれても、そうだな、しか答えられない」、、、こんな状況はある。
究極の状況下では。究極の他者”The Thing”の衝撃の後では。
ことばが全く実効性を持たなくなる。そんな場所もある。

The Thing012

わたしにとって原体験みたいな映画で、ホントに大昔にTVで観た記憶がある。
冬の南極の鬱々としてヒリツク雰囲気だけよく覚えていた。
大分以前、「遊星からの物体X ファーストコンタクト The Thing」について記事にしていたことを思い出す。
この映画の前日譚であった。


改めて見て、その稠密さ、質量に驚く。
ザ・ミスト」に近い残酷な神々しさを覚える。

雪~氷の下から10万年以上昔に外宇宙から飛来したエイリアン~他者が、爆破の熱で永い冬眠から覚めた。
全く気付かなかった名状しがたい化け物が突然無意識下から躍り出る恐怖。
人は誰でも少なからず、こうした異物を知らずに抱え込んでもいる。
その目覚め~覚醒は、当人を全く異なる人格に上書きすることもあろう。
見かけは同じでも違うモノになっている。
(そもそも自己同一性とは何か)。
誰もが疑心暗鬼になり~自らに対しても~籠って対象を窺いだす。
全ての表象に対しヒリツキ怯える。

The Thing010

距離を持つことで、相手は生きた身体性を失い、モノ化し記号的な操作対象となってゆく。
自閉的な閉ざされた環境において、他者は排除・攻撃対象として現象する~投影される。
そうまさにいつ自分に死を齎す怪物の真の姿を現すか。
それだけの時間~空間が他者であり、恐怖に充満する場所である。
雪と氷の大平原。
日の光を反射し一面地平線まで白く煌めくこの表層だけで、充分に恐ろしい事ではないか。

The Thing016

そこを犬が走って逃げてくる。
途轍もない災厄の前兆に相応しいイントロダクション。
こんな風に始まる日常~物語は幾らでもありそう。
そしてまた他の犬が次の場所を作りに走ってゆく。
(時空に隙間は幾らでもあるのだ)。
ウイルスの感染拡大のように。
そう、彼らは血液一滴分あれば、対象の身体全体の組織を書き換えてしまうのだ。
常にそれに成って生き延びてゆく驚異の適応性と増殖性。

The Thing013

そして(われわれも他者も)生命を生かすも殺すも火である。
ここでは、始まりから終わりまで火が付きまとう。
怪物も火によって目覚め火によって焼かれる。
人も火が続く限りは生きながらえようが、火が絶えれば凍え死ぬだけ。
雪の凍土、吹雪~風、血液~水、火の4大元素が生々しく描き出されていた。
大変本源的な(物質的想像力を刺激する)映画であった。

The Thing014

この物語をずっと支配する恐怖は、人間にとって実はもっとも本質的で身近な感覚なのだと確認する。
身の危険に対し誰もが恐怖と緊張を強いられるが、他者に対して基本的に持つ感覚・感情こそそれであろう。
であるから排他的な攻撃性や自分に都合のよい投影により、処理・封印しようとする。
だが、それで安心など出来るものではない。
元々相手は、常に他の何者かなのだ。常に溢出してしまう何者かなのだ。
恐怖心はずっと燻り続けよう。
いつまでも、、、


このような本質的なホラーが描かれた稠密な映画である。
エンニオ・モリコーネの音楽とは思えぬ重苦しい音色であった。












プラン9・フロム・アウタースペース

Plan 9 from Outer Space004

Plan 9 from Outer Space
1959年
アメリカ

エド・ウッド監督・製作・脚本

グレゴリー・ウォルコット、、、ジェフ・トレント(パイロット)
モナ・マッキノン、、、ポーラ・トレント(ジェフの妻)
デューク・ムーア、、、ハーパー中尉
トム・キーン、、、エドワーズ大佐
トー・ジョンソン、、、ダニエル・クレイ警視
ベラ・ルゴシ、、、老人
ヴァンパイラ、、、老人の妻
ジョン・ブリッケンリッジ、、、宇宙人の船長?司令官?
ダドリー・マンラブ、、、宇宙人エロス
ジョアンナ・リー、、、宇宙人タンナ


ティム・バートン監督の(傑作)「エド・ウッド」でこの監督のことを知り、(怖いもの見たさで)機会があれば観てみようと思っていたが、AmazonPrimeを開いたらいきなり目に飛び込んできた。
「見ろ!」という何処からかのメッセージに違いあるまい、と観念して見てみた。
見るんじゃなかった、、、ティム・バートンのエド・ウッドへの興味は、飽くまでも彼そのものに対してであろう(勿論、こういう作品を作る人がどういう人なのかとなろうが)。

Plan 9 from Outer Space003

これ、もっとセリフが少なく、淡々と進行するものであれば、味があってそれなりに見られた気もするのだが、、、。
監督の妙な理屈を役者に大声で怒鳴りまくらせて、煩くてイライラしたものだ。
セリフがごっそりなくなれば、それはそれで子供のおもちゃ遊びの感覚でぼんやり眺められ、そのままこちらの白昼夢の世界に入り込めるかも知れない。
そう、案外入り口の機能を果たしてくれそうな映画になる可能性はあった。
妙に画質が良いのがも気になる。保存状態が良かったのか?(誰も観ない為に?)この映画フィルムを修復しようという殊勝な考えを持つ人はいないはずだし。

Plan 9 from Outer Space001

部分的に見て行けば、、、
ゾンビ化したダニエル・クレイ警視はなかなかの迫力であった。これは良いキャラだ。ただどう動かすかのプランが全くなかっただけか。
老人の妻のヴァンパイラも格好は決まっていたが、何をするでもなく木の書割みたいに立っているだけで勿体ない。
宇宙人タンナ役のジョアンナ・リーは、訳の分らぬ宇宙人役ではなく、地球人側のヒロインにでもした方が良かったのではないか。
何より宇宙人が地球人と何の変りもなく男女がいて、風呂屋のおやじみたいな屁理屈を捏ねる司令官みたいなのがいて、指令室?への出入り口がカーテンというのも、情けない。計器類も何もかも地球にありそうなものだし、、、見せない方が良かったのでは。
低予算は分かる。パイロット宅のセットもそれは酷いものであった。予算のない分、光の調節などで画面をうんと単純化・強調し、まさに見せたいものだけ映すとか工夫を凝らせばそれなりのものは出来たはず。明るい光の下、何でもかんでも映してしまうから、ノイズや単なるボロ隠しみたいなものも全部晒され、げんなりしてしまう。
それから何の繋がりもない借り物のフィルムを随所に使っていることが一目で分かり、とても白ける。
日本の特撮ミニチュア模型みたいには出来ないにしても(出来ないのは分かり切っているが)、役者の演技や一部分だけを映したり音響効果などで、その状況を暗示するなどして伝えればよいのだから、工夫ひとつではないか。

Plan 9 from Outer Space002

せめて脚本を誰か他の人に書いてもらうのも予算の都合上駄目だったのか、、、。
この人、ストーリーが書ける書けない才能がどうのという以前に思想そのものが破綻している。
全く話になっていないのだ。本のレベルで取り敢えず辻褄が合えさえすれば、、、
支離滅裂でこちらも眩暈に襲われる。妙な主張は入れないに越したことは無い。エンターテイメントに徹する。
あのぎこちない揺らめく円盤がそれでも一番の出来映えに思えた。

Plan 9 from Outer Space006

宇宙人は男女揃える必要はなく、もっと人間離れした格好で一言も騙らず、淡々と作業~操作を続け、地上にゾンビを量産して行く。
ペラペラ無駄口叩かず、同胞とはテレパシーで意思疎通を行う。それでなければクールな超越者には見えない。
警官も皆やられてしまい、軍隊も要請されるがゾンビの数に圧倒される(この辺の群衆のフィルムを工夫する)。
それをジョアンナ・リー扮するヒロインが敵の弱点を突いて次々に倒し、ついに宇宙船も破壊し地球を救う、とかすれば、スーパーガールとかキャットウーマンのオリジナルとか言われ珍重されたかも。ゾンビのはしりとしても。
大体、何の役にも立たぬゾンビ三体作って地上に放って何のダメージを与えられるものか。
そもそもこの宇宙人は何しに来たのかも分からない。彼ら自身混乱している始末。自己顕示欲だけは受け取れたが。
それを迎える地球人もサッパリ訳わからぬ理屈で応戦し、西部劇のチンピラみたいな殴り合いを宇宙人とし始める。
何処かの路地のチンピラ同士の小競り合いか。
これでは困った人たちのカオス劇ではないか。
メタレベルではまさにそうであり、監督の真意がそれであるなら、、、いやないな。

Plan 9 from Outer Space005

これは、決して昔の映画だからこうなったという類のものではない。断じてない。
技術や設備などの問題以前。
この時代にも大変優れた映画は幾つもある。
(もっと古いサイレント映画も含め。チャップリンのものなど、、、)。
単に映画としての体を成していないのだ。




AmazonPrimeにて。

「地球最後の男」といい、貴重なフィルムが観られることは、映画好きな人や研究者には有難いことだろう。







地球最後の男

The Last Man on Earth001

The Last Man on Earth
1964年
アメリカ、イタリア

ウバルド・ラゴーナ、シドニー・サルコウ監督
フリオ・M・メノッティ、ウバルド・ラゴナ、ウィリアム・レイセスター、リチャード・マシスン脚本
リチャード・マシスン"I Am Legend" 原作
邦訳の度に、『吸血鬼』、『地球最後の男〈人類SOS〉』、『地球最後の男』、『アイ・アム・レジェンド』という題になっている。
尚、この原作の他の映画に、『地球最後の男オメガマン』(The Omega Man)と『アイ・アム・レジェンド』(I Am Legend)があるようだ。
機会があれば観てみたい。


ヴィンセント・プライス、、、ロバート・モーガン(生物学者)
フランカ・ベットーヤ、、、ルース・コリンズ(新人類の女性)
エマ・ダニエリ、、、ヴァージニア・モーガン(ロバートの妻)
ジャコモ・ロッシ=スチュアート、、、ベン・コルトマン(ロバートの同僚、若手の研究者)
クリスティ・コートランド、、、キャシー・モーガン(ロバートの娘)


原作がかなりよく出来たSF小説に思える。
それが十全に映画化されたかどうかは疑問。
この物語の真意を伝えるには至らなかったと謂える。かなり脚本、演出的に弱い。
監督の問題か。
ここからゾンビ映画が溢れ出てきたことはよく分かる記念碑的ムービーであるには違いない。

The Last Man on Earth003

全世界で生き残った人間が、主人公のモーガンただ一人。
全世界レベルでウイルスが猛威を振るい、、、
密を避けたり、衛生面を徹底したり、外出自粛など生活上の制限も虚しく、誰もがなすすべなく感染してしまった(どこかで聴いたことある噺だ。そうこの原作のエピゴーネンが沢山出回ることとなり、いまや現実界にも広まる(苦)。
感染者は、公衆焼却場で次々と焼き捨てられてきたが、やがて焼く役人たちもいなくなる。昼間の路上にはゴロゴロと幾らでも転がっている始末。
その埋葬はもはや彼に残された仕事~責任となり、心臓に木の杭を打ってとどめを刺した上で死体を焼却してゆく。
独りでは大変だ。直ぐに日も暮れたしまう(そうしたら吸血鬼に取り巻かれてしまう)。

日中あちこち探しまわるが、どうやら生存者は見当たらない。
世界に向けて3年間に渡りSOSを発してきたが電波を返してくる者もいなかった。
孤独を極める。
吸血たちは夜な夜な「モーガン出てこい、殺してやる」とか言ってこぞってやって来るが、かなり非力で大したことは無い。
陽の光の下では倒れて動けなくなる、鏡を怖がる、ニンニクを嫌がる、この辺は従来の吸血鬼?と同じ特性である。
また、生前の記憶や知性、そこそこの運動能力、言語能力も保持していることでゾンビとは異なる。
モーガンは、日中は“吸血鬼り”と、周辺の探査も行いチェックした範囲を地図に示し、陽が落ちたら家に立てこもり、音楽などを聴いて過ごす。時には家族のビデオを観て過去の思いに耽る。だがかなり嫌気がさしている。

The Last Man on Earth002

だがある日のこと、生きた犬に出逢い、久々に希望に胸を躍らせる。
しかしその犬も調べてみるとウイルス感染しており、処理することとなり大いに落胆するのだった。
その埋葬をしたとき、遠くに歩く女性をみとめる。
今度こそと思ったらその通り、生きた女性であった。感染していたとしても今現在はしっかり生きているのだ。
彼女はニンニクを嫌うことなどから、モーガン博士としては感染を疑うものであるが、まだ何とかなる状態と踏んだ。
そこで、彼の血液から作ったワクチンを接種すると、見事に彼女は吸血鬼特性が消え去る。
ここで長年の博士の研究が実を結んだことになり、大変な成果ではないか。
彼の仮説では、パナマで働いていたときに感染した吸血コウモリに噛まれたことが原因で免疫が出来たに違いないと。
ホントはここから新人類への集団接種とかそちらへの展開だってあり得たはずだが、もう流れは決まっていた。
彼女は、実は新人類の共同体からモーガンのスパイとして送り込まれた来た女性であり、ワクチンで昼間に何とか動けるようになっていた。しかしそれは持続性が短い(進行を遅らせている)のだ。博士のワクチンは大変重要なはず。
彼女はモーガンに感謝し、しかし味方が命を狙い襲って来ることを伝え、逃げるように諭す。

新人類は夜しか動けないが、死んで吸血鬼になったわけではなく、飽くまでも人間なのだ。
かなりの人数がおり、新しい共同体を形成している。動きも人間そのものだ。
モーガンに対しては、昼間の間に同胞が沢山葬られており、吸血鬼同様、彼のような旧人類も粛清の対象となっており今回の襲撃となった。

The Last Man on Earth004

この映画、最後の大切な詰めが実に弱い。
モーガンという旧人類こそが、新人類の眠る最中に彼らを殺戮して行く悪鬼というかLegend Maになっていたということである。
最後に視座が急転するのだ。
多勢に無勢でモーガンは追い詰められてゆく。ルースが彼は敵ではないことを伝えようとするが同胞にそれを聴く耳はない。
最後に逃げ込んだ教会で、モーガンは「貴様らは皆怪物fだ!わたしこそが地球最後の人間だ!」と叫んだところを槍で胸を刺され絶命する。
そして新人類たちが恐るべき旧人類と吸血鬼を倒し、地上の夜の支配者となってゆく噺である。
ただし、ルース・コリンズだけは新人類でありながら昼間も平気というマルチな人となっているはず。

この視座が一気に新人類側に移り、旧人類こそが切り裂きジャックみたいな殺戮魔となっていたという転換が強調されなければならないはずが、とても弱いのだ。
ルース・コリンズのモーガンが殺される時、そして彼の死後における仲間とのやりとり如何でその新たな世界観が示唆されるはずが、何をどう狙っているのかはっきりしない。
有耶無耶な締めであった。
勿体ない。












切り裂き魔ゴーレム

The Limehouse Golem001

The Limehouse Golem
2016年
イギリス

フアン・カルロス・メディナ監督
ジェーン・ゴールドマン脚本
ピーター・アクロイド『切り裂き魔ゴーレム』原作

ビル・ナイ、、、ジョン・キルデア(刑事)
オリヴィア・クック、、、エリザベス(リジー)・クリー(舞台女優)
ダグラス・ブース、、、 ダグラス・ブース(舞台俳優、劇団長、リジーの師匠)
ダニエル・メイズ、、、ジョージ・フラッド(キルデア刑事の補佐警官)
サム・リード、、、ジョン・クリー(リジーの夫、売れない劇作家)
マリア・バルベルデ、、、アヴェリン・オルテガ(クリーの愛人、元女優のメイド)
エディ・マーサン 、、、アンクル( 劇場支配人)


「芸術の一分野として見た殺人」(トマス・ド・クインシー)などという著書があったとは知らなかった。
(「阿片常用者の告白」が有名であるが、、、)。
この著書のページの上に自分の殺害日記をつける犯人とはどんな奴だ?
しかも物凄い癖のある筆跡ではないか、、、。
筆跡鑑定したら直ぐ判るような代物。
図書館で閲覧しながら本に直接、書き込みするってどういうことだ?
かなりの自己顕示欲ではないか。
『ライムハウスのゴーレム』と恐れられる連続殺人犯である。

The Limehouse Golem002

リジーが作家の夫を毒殺したとして逮捕された日に一家5人全員殺害事件も起きていた。
この両方の事件が繋がってゆく。
ゴーレムの方は、死体が切り刻まれるもので殺害方法はことなるものだが。
「傍観者であれ、加害者と同等の血を流させることになる」などと血文字で壁に書きつけるなど、劇場型である。
自己を何らかの形で強烈に表出しないと居られない体質。
大変な不幸と不遇に見舞われ深い傷を負っている者こそ、その必然性を持つ。
出来れば、ロックミュージシャンになることを勧めたいが、、、最適の職業なのだが、、、。
この時代は、1880年頃だとすると、、、。

確かに大衆演劇など一番合っている表出の場かも知れない。
リジーにとっても原体験に直結する場であろうし。
しかし、そこで充足出来なかった。彼女の要求する条件が整わなかった。
コメディエンヌとして人気は博したが、舞台女優として自分の全てを表現したかったのだ。
受ける~称賛だけでは物足りない。自分の外傷経験を対消滅させる超巨大エネルギーが必要なのだ。
浄化と昇華が閉ざされれば、違う場所に激しい殺意に変換されて噴出する。
それも芸術的趣向を加えた。
そう、これも自己表出である以上。

The Limehouse Golem003

幼少時の愛着障害と思春期における抑圧と搾取。
完全に押しつぶされた自己尊厳。
だが生のエネルギー自体は消滅はしない。保存される。
識域下に圧縮され貯えられた凄まじいエネルギーは強烈な殺意に絞り込まれ制御不能に放流する。
これを止められる人間などいない。
勿論、神にも止められはしない。

そして永久に回帰する。
エネルギーは不滅なのだ。












クリスタル殺人事件

The Mirror Crackd003

The Mirror Crack'd
1980年
イギリス

ガイ・ハミルトン監督
ジョナサン・ヘイルズ、バリー・サンドラー脚本
アガサ・クリスティ『鏡は横にひび割れて』原作

アンジェラ・ランズベリー、、、ミス・マープル(事件の犯人を推理する老嬢)
エリザベス・テイラー、、、マリーナ・グレッグ(アメリカ人の大女優)
キム・ノヴァク、、、ローラ・ブルースター(アメリカ人のグラマーな女優)
ロック・ハドソン、、、ジェイソン・ラッド(映画監督、マリーナの夫)
エドワード・フォックス、、、ダーモット・クラドック(ミス・マープルの甥、ロンドン警視庁の主任警部)
ジェラルディン・チャップリン、、、エラ・ジリンスキー(ジェイソン・ラッドの助手)
トニー・カーチス、、、マーティ・N・フィン(映画プロデューサー、ローラの夫)
モーリン・ベネット、、、ヘザー・バブコック(地元婦人会幹事)
ウェンディ・モーガン、、、チェリー・ベイカー(ミス・マープル宅の家政婦)


物凄い豪華キャスト。
ミス・マープルというおばあちゃんが実質ヒロインと謂える。
名探偵であり、ダーモット・クラドック警部のずっと上を行く。
(時折、こういう鋭いおばあちゃんに遭遇することはある。それがよいかと言えばそうとも言えなかったりする((笑)。
エリザベス・テイラーはまさに現実とほぼ同じ状況みたいな。
(若い頃の映画も観ている為、感慨深い)。

The Mirror Crackd004

この物語は、「スコットランドの女王メアリー」の大作映画で再起を狙う往年の大女優マリーナ・グレッグが何者かに命を狙われ、彼女の身代わりにヘザー・バブコックとエラ・ジリンスキーが毒殺されてしまう。舞台は映画を撮影するキャストやクルーを大歓迎する村である。
いよいよマリーナ本人の身が危ないと、不安と緊張が高まる。
しかし名探偵ミス・マープルの推理から、偶然の手違いからマリーナではなく他の人が殺害されてしまったのではなく、最初から巧妙に練られた殺害であり、その真犯人はマリーナであることを突き止める。
わたしも、最初はマリーナの大ファンであるヘザーが毒殺されたのは、彼女がカクテルを零してしまった為、マリーナが飲むはずだったものを彼女に渡したことによるものであった。これだけ見れば、当然狙われたのはマリーナの方だと思ってしまう。
ご丁寧に彼女宛に脅迫状まで届いている。
ジェイソンを慕っているエラが点鼻薬で亡くなるところは、マリーナではなく直接彼女狙いであるが。
エラが淹れてきたコーヒーに毒が入っていてそれに口を付けたマリーナがパニックになった経緯もある。
エラは、怪しいと思われた関係者に片っ端から電話をかけて調べていたことで、真犯人によって仕組まれ殺されたと受け取られていた。

The Mirror Crackd001

村を挙げての歓迎パーティーにマリーナの前にしゃしゃり出てきた婦人会幹事のヘザーが自分がどれ程彼女の大ファンであるかを一方的に捲し立てていた。その時、飛んでもない事実が発覚したのだった。
マリーナを長いこと映画から遠ざけていた原因である息子の知的疾患を招いたのは、戦時中に彼女が慰問の舞台を務めた後、袖でファンだと謂うことで待っていた女性にサインをせがまれキスをされたことによるものであった。今眼前で喋りまくっている女がまさにその女であり、その時の女の風疹のせいで運命が狂ってしまったことを知った瞬間、マリーナは凍てついた表情で「聖母子像」の絵を打ち眺めていた。
ミス・マープルへの報告係でもあるチェリー・ベイカーの観察によれば、周りの人間皆がその異様な表情に唖然とするほどであったようだ。
そしてそれを境に、マリーナにスイッチが入ってしまったのだ。

コロナ禍における現在でもこうした意図せぬ接触事故は多々あるはず。
現状に無理に引き込んでしまう意識も働いてしまった。
この映画を観て、やはり気を付けねばと再認識したものだ。
その時々で様々な観方~受け取り方はあるものである。

The Mirror Crackd002

真相が発覚してしまったことで、アリーナは最期まで女優として美しい演出のもと自殺を果たす。

成程ねえ、と思う映画であったが、余りわたしの得意なタイプの映画ではない。
そろそろSFが観たい。「アリータ」みたいなスーパーファンタジーでも良いが、、、。














定められし運命

AGAINST THEIR WILL

AGAINST THEIR WILL
2012年
フランス

ドゥニ・マルバル監督

フロール・ボナヴェントゥーラ、、、アリス・ファーバリッチ
マーシャ・メリル、、、初老のファーバリッチ
ルイーズ・エレーロ、、、リゼット・ワイズ
ピエール・キウィット、、、ヒューゴ・シュタイナー(足の悪い少佐)


戦争映画にこういう切り口があったかと思った。
久々に感動というものを味わう。
この感覚~感情よいものだ。

物語は、身籠ったリゼットの娘が、かつての母の親友であり里親でもあるアリスの語る二人の人生をビデオ録画するその内容である。

アルザスがドイツ軍に占領され、一夜にしてドイツ人となったフランスの少女(高校生か大学生くらいか)たちの噺。
国家労働奉仕団に全員送られる。そこで教訓を叩きこまれる。
しかし思いの外、残虐な目に遭わされる訳でもなかった。
衣食住環境も作業も戦時中にしては、酷いとは言えないレベル。
思想上の問題を除けば規律の厳しい宿舎みたいな感じかも知れない。
少なくとも容姿がナチスに認められる立場のノンポリのリゼットにとっては、然程悪い場所には感じられなかった。
何かにつけて「ハイルヒトラー」である。リゼットは何の抵抗もなく、アリスは苦々しく、、、。
指導者~ヒトラーは見ておられます。
まるで天から覗いている神のごとくだ。

ヒトラー~ナチスの思想(アーリア人の優位~民族浄化に基づき)監視員は皆厳しく意地悪だったりするが、足の不自由なシュタイナー少佐は、彼女らに対し公平に真摯な態度で接する。
だが、規律を乱したり逸脱する行為が見られたり、密告されたりすれば、厄介なことになる。
飽くまでも従順に作業に取り組み、思想的にドイツ人化した者が評価される。
アリスとリゼットは、リゼットがアリスを何かと庇う形で次第に打ち解けてゆく。
だが、砲弾の組み立ての不手際の罪を負わされ、二人は指導者の子孫を残す為の施設に送り込まれる。
アリスは排除されるところを、医者の娘であることから欠員の出た看護師の替わりを務めることで命拾いするが、リゼットは彼女に目を付けていた少佐に強引に身籠らされることとなる。ここから彼女のドイツに対する意識が激変する。
アリスと共にリゼットも脱走し、唯一の頼れる存在であるシュタイナー少佐に連絡を付け、彼に窮地を救われ、シスターに守られ生き延びる。
二人の絆もより深まるが、アリスのシュタイナーに対する信頼も高まってゆく。
ドイツに運ばれ始めて寛いだ生活を送っていたが、リゼットがいよいよ女の子を産み落とす。

リゼットは、シスターの施設でアリスに対し「わたしに何かあったら、子供をお願い」と頼むのだった。アリスは「何を言うの、死んでは駄目よ」と返していたが、「子供を愛してね」という念を押す言葉に対し、怪訝な顔をしながらもはっきりと頷いていた。
この時のリゼットの決意が現実となってしまう。
赤ん坊を産んだ直後、皆が目を一瞬離した隙に彼女は逃走し川に飛び込み絶命していたのだ。

嘆き悲しむアリス。
ミルクも取り寄せてない状況で、赤ん坊に彼女の乳を吸わせると、何としっかり母乳が出るのだった。
シスターは、奇蹟が起きました、と囁く。
この女の子を里子として育てるには、既婚女性であることが望ましいもの(有利)であった。
「わたしが愛してると謂ったら?」「それなら、、、」
シュタイナーからのプロポーズを受けるアリス。
この辺りで何故か感極まってしまった。

現在は年老いても仲の良いアリスとシュタイナー夫妻とリゼットの忘れ形見との幸せな生活が窺える。
その娘もお腹に子供を宿し、生まれたらこのビデオを見せるのだと言う。

知らぬ間に、ここに来るまでの、、、
アリス、リゼット、シュタイナーの感情の揺れ動き、そして流れが余りに説得力に溢れていたのだ。
特にアリスとリゼットの間に生成される友情にとても共感できる。
何だろう、この熱いものは、、、。


今日は午前中からお笑いを見て腹を抱えて笑い転げ、その後この映画で感極まり、感情の激しい体操となった(笑。
そう、朝は蕎麦屋で美味しい蕎麦をたらふく食べて幸福感に浸ってもいたっけ。
久しぶりに気持ちが充たされた感がある。

深呼吸をして眠ろう。



AmazonPrimeにて、、、


全くと言ってよい程、情報のない映画だが、隠れた名作だと思う。
かなりの低予算で作られているはずだが。


サイド・エフェクト

Side Effects001

Side Effects
2013年
アメリカ

スティーブン・ソダーバーグ監督・撮影・編集
スコット・Z・バーンズ脚本
トーマス・ニューマン音楽

ジュード・ロウ、、、ジョナサン・バンクス博士
ルーニー・マーラ、、、エミリー・テイラー
キャサリン・ゼタ=ジョーンズ、、、ヴィクトリア・シーバート博士(エミリーの以前の担当医)
チャニング・テイタム、、、マーティン・テイラー(エミリーの夫、インサイダー取引で服役)
ヴィネッサ・ショウ、、、ディアドラ・バンクス(バンクスの妻)
アン・ダウド、、、マーティンの母
ポリー・ドレイパー、、、エミリーの上司


これはビックリ。
ヒッチコックみたいな映画で楽しめた。
キャストも良い。
音楽にも力が入っている。
こう来るか的な、よく練られた丁寧に作られた映画に感じられた。

Side Effects003

今、うちでも薬が最大のテーマとなっているのだが、薬が色々と出てくる。
こんなに薬ばかり飲んでいないと、普通に生活出来ないというのも、人間とは厄介なものだ。
うちも薬なしの生活は、考えられない。

ここでも取り上げられている鬱病は特に厄介なものである。
鬱病からの自殺も多い。
この映画では、そういった精神における病を巧みに演出し犯罪に利用して行く。
当然それについて豊富な知識を持つ精神科医が絡む。

Side Effects002

なりすまし精神疾患を上手く演じて殺人もやる。標的は日頃から献身的に接する愛してやまない夫である、ということで。
実行した際、心神喪失状態であることから無罪を狙う。
しかしその薬を処方した医者は罪に問われることや製薬会社の株価にもはっきり影響が出ることも計算に入れ、、、とか。
(このとき、異常に株価の上がる他の製薬会社があり、そこに彼女らは関与している)。
ルーニー・マーラとキャサリン・ゼタ=ジョーンズが悪女ぶりをジワジワと発揮する。
しかし、ふりとは言え、鬱で駐車場の壁に車で正面衝突して運ばれるなどの体を張ったリスキーな芝居もしてゆく。
地下鉄ホームから飛び込むふりをして駅員に止められたり、、、その後、エミリーはバンクス博士のところに駆けつけ、ホテルで色々と相談するが、そこを盗撮させ後に利用する等々、、、着々と手際よく計画を進めて行く。

SSRIや新薬アブリクサとかゾロフト等々、、、色々試すが、実は飲んだのはアブリクサだけ(実は全く効果のない薬であった)。
精神疾患など微塵もなくふりをしているだけであり有効な薬をホントに飲んだらかえってマズイ。
しかしエミリーは病を悪化させ夢遊病まで発症する。それによって夫を包丁で刺し殺す。
結局、アブリクサの副作用ということになる。
バンクスはこの新薬開発会社と契約を結び患者の協力を得ると金が入ることになっていた。これも不利な要素となる。

Side Effects004

エミリーは精神医療センターに入ることを条件に無罪を勝ち取る。
追い詰められたバンクスは、エミリーが以前、鬱の治療を受けていたというシーバート博士と組んでいたことを突き止める。
バンクスは、面会時にナトリウムアミタールをエミリーに投与してこころを落ち着かせ、何でも自分の思う真実を喋らせるようにする。
彼女はそれを逆手に取り、嘘を騙り眠ってしまう。
だが、それはただの食塩水であった。このあたりからバンクスが形勢を逆転させてゆく。

写真の小細工もあって妻子は出て行き、評判を酷く落としたにも関わらず、バンクスは攻めに出る。
シーバートにはエミリーから話はすべて聞いたと騙り、エミリーにはシーバート推薦の電気ショック療法を試すと持ち掛ける。
そしてシーバートから金を受け取ったとエミリーに留守電に入れ、彼女と組んだように巧みに見せかける(窓から見下ろせる場所で親しげに喋り握手して見せるなど、、、ヒッチコックもやりそうなトリック)。
エミリーは取り乱す。

Side Effects005

結局、全てをバンクスに話してしまう。シーバートとのなりそめから(恋愛関係でもあった)、詐病の計略。夫への恨みと殺意まで。
バンクスはエミリーを使い、心を許したシーバートから犯行や金を隠した銀行などの情報をボイスレコーダーに録音させる。
シーバートは捕まり、エミリーも裁判所命令で副作用のある薬の実験台の役目を命ぜられる。それを嫌い逃げたところで彼女も捕まり医療センターに閉じ込められる。
バンクスは元の家庭の状態に戻り、新オフィスも構えていた。
外を虚しく窓越しに見つめるエミリーの姿、、、でエンドロール。


何だかダラダラ大まかな出来事を書いてしまったが、全く意味の無いことをした。
そもそもこれは書くことでもないし上手く書けるものでもない。
見るしかないものだ。
ヒッチコックばりの面白さはあったと思う。




AmazonPrimeにて、、、

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グッド・ネイバー

The Good Neighbor001

The Good Neighbor
2016年
アメリカ

カスラ・ファラハニ監督
マーク・ビアンクリ、ジェフ・リチャード脚本
アンドリュー・ヒューイット音楽

ジェームズ・カーン、、、ハロルド・グレイニー(独り暮らしの老人)
ローガン・ミラー、、、イーサン・フレミング(高校生)
キーア・ギルクリスト、、、ショーン・ターナー(高校生)
ローラ・イネス、、、キャロライン・グレイニー(イーサンの母)


淡々と流れる映画であった。

糞生意気なアホ高校生が、したり顔で「人は見たいものを見る」などとほざいていたが、まさにその通りで、お前がそれにはっきり自覚的でない為に人を殺すことになったのだ。
他者に対する想像力の欠落。
人を自分の都合の良いようにしか見ることの出来ない屑。
近所の老人に対して、自分の見たいもの~内面を投影して、老人をいいようにいたぶり殺すに至る。
その老人が日頃、不愛想で誰とも付き合いを持たない変人だからきっと何か悪いことをしているどう扱ってもよいやつだ、などと決めてかかる。
この老人は、知人(妻の友人)から良い施設の世話をされていたが、断固として断っていた。
家に大切な想い出が詰まっている為、絶対にここを離れたくなかったのだ。
そこへ、ターゲットに質の悪い悪さをしてその反応を録画・編集しwebに上げ評判をとろうという糞バカどもが一方的に絡んできた。

The Good Neighbor002

向こうには決まって地下室というブラックボックスがある。
昨日の映画では狙い通り地下室に犯罪の巣を見つけ真犯人を暴くことに成功したが、今日の作品はこの老人が地下室でしていることは、亡き妻との想い出に耽ることであった。
そこには病床の妻の為にプレゼントした、彼女が自分を呼ぶときに便利なベルが大切に保管されていた。
この餓鬼どもは、それまでポルターガイストばりの扉がバタバタ開閉したり音楽が勝手に鳴り出したり、電気が付いたり消えたりなどを全て遠隔操作し、それに対する彼の反応をずっと録画してきた。
それらのデバイス取り付けは老人が買い物に出かけた隙に忍び込んでやったものだったが、地下室にはカメラも盗聴器も取り付けていなかった。
家宅不法侵入とは、そもそもこの老人の稠密な内的生活に土足で入り込むことでもある。その重みすら微塵も感じていない。
(単に見つかったら、やべ~っというだけなのだ)。

The Good Neighbor003

ご丁寧にこの家の地下から女性の叫び声が聞こえたなどと警察に通報して何とかその中を確かめようとさえする。
老人にとってそれら全ての事象は霊現象~女性の声すらも~妻からのメッセージだと受け取れるものとなっていた。
そして警察の調べに満足しないそいつらは、自分で地下室を探りに行き、ビンテージもののベルを上の居間まで勝手に持ってきてしまう。そのベルの移動は、老人にとり特別な意味を持った。
これが最終的なトリガーとなり妻からの指示~お迎えと受け取り、彼はピストル自殺を果たす。
(確かにこいつらの言う通り「人は見たいものを見る」ことしか出来ない)。
こいつらは腰を抜かすが、勝手に死んだんだから俺達にはかんけーね~、とかほざいて、機器を取り外し証拠隠滅を図ろうとする。

The Good Neighbor004

裁判官が本来なら無期懲役にあたいする行為だが、まだ未成年であり初犯である為、2年間の保護観察処分とする、ときた。
何なんだ、この情状酌量は。
この老人が死ぬまでに至る仕掛けを作動し、その反応を全てビデオに録りそれをウェブ上にアップして人気者になろうなどと企む屑どもに対し、、、
人をそもそも何だと思っているのか。
だがこういった手合いはいる、いる。こういう空馬鹿は巷にウヨウヨ老若男女を問わず、いるから困る。
自分の空虚さを充たそうと、承認要求の点稼ぎの為に他者を平気で利用し犠牲にするゴロツキどもが。
この映画も典型的「バカは死ね!」映画、(わたしにとり)第二弾となった。だが、ターゲットにされた老人は死んだ(殺された)が、奴らときたら、ピンピンしており保護観察2年というのは、余りに非対称な関係性ではないか。

そして判決後に裁判所を出ると、マスコミや野次馬が大挙して集まり騒ぎ立てて、沢山のマイクを向けて来る。
この子憎たらしい高校生のまんざらでもないという満足気な表情、、、。
こう言う奴を果たして生かしておく意味があるのか。
(死んでも治らない手合いだが)。
こいつは、更に調子に乗るだけだろう。
共感性と想像力のない上に承認欲だけ旺盛なモノがこの先、また何をやらかすのか、、、。
まずもって、少年法というのが気に喰わない。
人類は急速に変化している。枠の有効性は常に検討を加えられなければならない。


見るのが嫌になる映画であった。









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