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GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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スターレット

Starlet001.jpeg

Starlet
2012年
アメリカ、イギリス

ショーン・ベイカー監督・脚本

ドリー・ヘミングウェイ(マリエル・ヘミングウェイの娘)、、、ジェイニー(ポルノ女優)
ベセドカ・ジョンソン、、、セイディ(老婆)
ステラ・メーヴ、、、メリッサ(ポルノ女優)
ジェームズ・ランソン、、、マイキー(メリッサのヒモ)

ここのところ、ずっとAmazonprimeで観ている。
観ていないソフトが幾つもあるが、、、。

馬鹿げた邦題無視。しかし原題もなんだこれ。このチワワが何だというのか?
しかし、実に不可思議な交流を描いているにも関わらず、淡々とした映画であった。
空気感は寧ろ心地よいのだ。
カリフォルニアのカラッとした明るさが主調になる。
ドリー・ヘミングウェイの掴みどころのない爽やかな雰囲気によるところも大きい。

ガレージセールの花瓶を買いに来たジェイニーに対し、おばあさんが「それは魔法瓶だよ。返品には応じない」と念を押して売った時点で、この「魔法瓶」は特別な容れ物であることが窺える。
案の定、それには多額の札束が押し込まれていた(1万ドル)。
きっとそのおばあさんは、先着一名様に大金を詰め込んだ魔法瓶をプレゼントしたのだ。
もう自分にはこんな大金には用もないというところか。

ジェイニーは大金で、それが気づかずに入っていた可能性もあり、魔法瓶を返しに行ったが返品は受け付けないの一言で持ち帰ることになる。
彼女はおばあさん宅を見張り、タクシーで買い物に行っていることを知り、自分が車で彼女を送迎することに決める。
付き纏い無理やり送迎することを怪しまれ、一度は警察に訴えられるが、疑いは晴れそれ以来、頻繁に送迎やビンゴ大会やお茶、朝食などを共にするようになる。
ジェイニーとしては、せめてそんな形でお金の分を還元したかったのか。
自分がポルノ女優であることは、ずっと伏せていて、派遣の仕事をしているような、ニュアンスを伝えている。

そのおばあさんセイディは週末に僅かな賞金の出るビンゴ大会に出るくらいが趣味で、その他はスーパーで買い物するだけの余生を孤独に送っている。人付き合いもしない。ペットもいない。庭は荒れるままに。部屋も片付けない。
他の家族は死別したようだ。夫はギャンブラーであったという。
子供もいない、と答える。
厭世的な生活を送るセイディであったが、ジェイニー相手に喋るようになり時折笑顔を見せるくらいに打ち解けてくる。
パリに憧れをもっているらしい。

ジェイニーの職業柄の性格であろうか、介護の専門家にもいないくらい非常に献身的で対等な姿勢をもってセイディに接する。
彼女のDVD発売記念のコンベンションでのファン対応にもそれがよく表れていた。
撮影現場でも、仲の良い職場の同僚みたいな雰囲気でサラっとしている。
しかし、同じ職業にあっても、彼女と同居している女優のメリッサなど酷く自己中心的な性格であり、しかも強欲である。おまけにジェイニーがわたしの為でなくおばあさんの為に金を使っていることに腹を立て、事もあろうにセイディの家に押しかけ、ジェイニーがあなたの金を盗んだからその罪悪感から付き合っているだけで、あなたの友達でも何でもないと訴えに行く。
散々、ジェイニーに世話になっておいて、この浅ましさである。
セイディは唖然としてそれを聞くが、それでジェイニーに対する態度を変えることはない。

結局、ジェイニーは8000ドルを使い、セイディの憧れの地、パリに旅立つことにする。
つまり、受け取った金ほぼ全てをおばあさんの為に使う。
空港に行く道すがら、セイディの夫の墓石に花を手向けることをジェイニーは頼まれる。
墓参りでジェイニーは気づく。夫の横に娘の墓を発見する。
セイディには18歳で亡くなった娘がいたのだ。
子供はいない、と言ったのは亡くなって、もういないということを意味していた。
「フランク・パーキンス献身的な夫」その隣の墓標に「サラ・パーキンス愛すべき娘」とあった。

セイディは、かつては愛情深い日々を送っていたことを窺わせる。
そしてあまりに若くして逝ってしまった娘の面影を今やジェイニーに重ねているのかも知れなかった。
或いは、メリッサの暴露話に対しての何らかの確証を得ようというものか。
気になるのは、ジェイニーの何とも言えぬ表情~反応である。
わたしには判別できない。


ほぼ、ドリー・ヘミングウェイとベセドカ・ジョンソンの映画であった。
チワワの印象は残らなかった。どこがどうチワワなのか。
ドリー・ヘミングウェイ、とてもいい感じの女優であった。
作家アーネスト・ヘミングウェイの曾孫となる。
(マーゴ・ヘミングウェイは叔母)。

わたしもパリには行きたい。



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シンクロナイズドモンスター

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Colossal
2016年
カナダ、スペイン

ナチョ・ビガロンド監督・脚本

アン・ハサウェイ 、、、グロリア(失業中ライター)・製作総指揮
ジェイソン・サダイキス 、、、オスカー(グロリアの幼馴染、バー経営者)
ダン・スティーヴンス 、、、ティム(グロリアの彼氏)
オースティン・ストウェル 、、、ジョエル(オスカーの友人)
ティム・ブレイク・ネルソン 、、、ガース(オスカーの友人)


アン・ハサウェイのセンスの良さが、演技と製作面で光った。
時間と空間(そして大と小)を同期するイマジネイティブな映画。
幼いころの宿題で作った韓国のジオラマの破壊とそれに対する怒り、そして落雷による失神(これがポイントか?)からカバンから転げだす怪獣とロボットのフィギュアの繋がり。
当時の荒れた広場は公園に整備されており、何故か韓国のある場所と同期していた。
かつてジオラマを壊され、カバンから怪獣が転げ落ちた少女は大人となり、その場所にたまたまやってくる。
少女のジオラマを踏みつぶして壊した、ロボットの持ち主の少年も年相応の大人となっており、その磁場に引き寄せられてくる。

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そんなとき、突然韓国に巨大怪獣が現れる。
韓国民はパニックになるも好奇心もそれに負けずに強く、避難しつつも見物人は減らない。
(海外からもわざわざ観に押しかける。やはり怪獣は人気者だ)。
世界は騒然となり、各国が韓国の支援~救援に乗り出す。

グロリアもTVニュースでそれを目の当たりにし、驚き呆気にとられる。
だが、その怪獣の仕草が自分が公園でしていた動作そっくりであることに気づく。
(ここが、どうにも弱い。人はほとんど無意識で日常動作~所作を行っている。よほどの際立つ癖などない限り、あれは自分の動き~パタンだなんて気づく可能性はないはず)。もしかしたら彼女の頭を掻く癖か?
それで実際に公園に行き、タブレットでリアルタイムのTVニュースを観ながら、自分の動きと怪獣の動作を照らし合わせてみると、ピッタリなのだ。これは気持ち悪いし笑える。ジョエルなどは容易に信じず、これはアプリの悪戯だろと言い張る。

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このグロリアという女性、ニューヨークで活躍するライターであったが、酒が災いしてクビになるも酒浸りは酷くなるばかり、彼氏の家で自堕落な生活を続け、ついに呆れた彼氏ティムに家から追い出される。
呆然として今や空き家の故郷の実家に戻るが金もなく、偶然出逢った幼馴染オスカーのバーでウエイトレスに雇ってもらう。
このオスカーこそ幼いころグロリアの宿題のジオラマを踏みつぶした闇深いロボット少年であった。
最初のうちは優しく色々と世話を焼いてくれるが、彼女が自分の支配下(管理下)から外れると途端に横暴な態度をとり暴挙に出たりする。
彼女が怒って出てゆくと、シンミリ反省して謝ってくるが、猜疑心と嫉妬心が刺激されると過剰に攻撃性を発揮してくる。
昔とちっとも変っていないサイコ野郎であった。

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この男が彼女と一緒に公園の磁場に入ると、何と韓国のその場所には、怪獣とロボットのペアが出現してしまう。
韓国人は更にパニックになり逃げ惑うが、面白さも増えその一帯の野次馬の賑わいは変わらない。
人々はこのライブ感覚に痺れるのだ。
問題は、これらのColossal Figureが動き回ると死傷者が出るということだ。ビルを倒壊させても当然のこと。

オスカーのバーでは、閉店後決まって朝まで酒を呑み明かすのがルーチンであった。
それでグロリアの酒浸りは一向に改善されることがなく、公園で酔っ払って倒れた際には、韓国でかなりの死者を出していたらしい。
このため、彼女は自責の念に心を痛め、断酒に踏み切る。オスカーの勧める酒をキッパリ断る。
そうした主体的な態度がオスカーには気に食わない。更に彼女への劣等感(子供の頃の学業成績や長じてライターとしての活躍)更に他の男との関係に嫉妬するなどの劣情と自分が初めて主役として注目を浴びることへの快感も綯交ぜとなり、彼女が止めれば猶更意気込んで公園で暴れようとする。怪獣対ロボットの闘いでは、決着はつけられない。
グロリアは身を挺して彼を公園から引き釣り出そうとするが、腕力では敵わない。

そこで何と、彼女は折角迎えに来てくれたティムの元に帰ることを決めたのに、独り韓国に飛びその場所に向かうのだ。
韓国の巨大ロボットに彼女が近づいてゆくと、、、
公園にいるオスカーの元に巨大な怪獣が現れる(よくこんなこと~原理に気づいたものだ)。
怪獣は彼を掴み上げると、大きな口を開け、進撃の巨人みたいに喰うのかと思わせて、遥か遠くに投げ捨ててしまう。
韓国でも巨大ロボットが何処かに投げ飛ばされて消えていった。


これは酒に呑まれ男に支配される自分を脱し、自立してゆく女性の物語であった、ようだ。
オスカーを投げ飛ばすというのもよい。
清々しい最後であった。
アン・ハサウェイ自身のオスカー女優である自分を吹っ切り、更なる飛躍を目指す身振りでもあるか。
この人もナタリー・ポートマンみたいに幅の広い有能な女優だな、と思う。






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ゆれる人魚

The Lure001

The Lure
2015年
ポーランド

アグニェシュカ・スモチンスカ監督
ロベルト・ボレスト脚本

キンガ・プレイス、、、クリシア
マルタ・マズレク、、、シルバー
ミハリナ・オルシャンスカ、、、ゴールデン
ヤーコブ・ジェルシャル、、、ミーテク
ジグムント・マラノウッツ、、、ナイトクラブの支配人


うら若き人魚の金さん銀さん姉妹であった。
ここのところ、Amazonのprimevideoをよく観ている。
借りるくらいならよいが、まず購入しない映画を観るのにちょうどよい。

最近では、「RAW 少女のめざめ」は、ソフトを持っていてもよいなとは思ったが、その他はprimeで一度観ればもうたくさん、である。
この映画も、後者に入る。
かといって、つまらぬ映画ではない。

The Lure003

ロック&ポップのミュージカル映画で、それこそPVを見るような感覚で楽しめる。
歪んだポップの出来はなかなか良い。ドナ・サマーの懐かしいカヴァー(アイ・フィール・ラブ)もあった。
だが、ひと昔前の音~ハウス&テクノである。
ロックMTV感覚でもあるが。イメージヴィデオ的なシーンも多い。

ブラックファンタジーと言えるのか。
物語は単純極まりない童話である。
初っ端から人魚であることは関係者(ナイトクラブの人々)公認のうえでショーでパフォーマンスを披露する。
実際に人魚に変身(戻り)もする。拍手喝采である。それはかなりの見世物であろう。

The Lure002

だが、もう少し彼女らの弾けたライブを観たい。
ステージがもっとあってもよかった。
それからワルシャワの魅力が堪能できるような場面も欲しい。
イメージヴィデオ的に。

人にも人魚にも厚みが足りない。鱗を一つ剥がして、これでベースを弾いてというところなど良かったが。
姉の銀さんはベーシストのミーテクと恋仲となり、何と下半身を切り捨て、人のものに付け替える。
単純に胴体を電ノコで切って下半身を縫い合わせたり、何とも身も蓋もない生々しさがある(特に接合跡。フランケンか)。
そう、魚臭い。青み魚の感触か。イルカのようなスマートな感覚ではなくウツボ系なのだ。

The Lure004

姉妹が人でいるときは良いが、人魚モードの時の顔が歯が狼みたいになっていて口のあたりがちょっとどうか。
人喰いモードでワイルドな状態であるから仕方ないのだろうが、美的ではない。
顔が壊れている。噺の内容でブラックにすればよいと思う。
そこの特殊メイクや演出にもう少し繊細な工夫が欲しかった。

どうにも我慢できずに、二人とも人を喰う。
その場面もさしてスプラッターでもなく、怖さも恐ろしさもない、
人魚は元々がこのように獰猛ということなのか。
生きる上で捕食が不可欠であれば、この先は必然的に悲劇しか待ち構えてはいない。

恋人が他の女性と結婚して、夜のうちに彼を喰えずに、朝を迎えて日を浴びミーテクの腕の中で泡となる銀さんのシーンは渾身のVFXで魅せねば。
せめてあそこは盛り上げないと。
肝心なところで、ほぼ手抜きであった。ここで金をかけずにどうする。


最後に、ミーテクを殺し海に飛び込む金さんであったが、彼女が海のなかを泳いでゆく姿は見えず、海藻の揺らぎだけが映されるところは、不気味なもの悲しさと絶望的な孤独が感じられる演出であった。
無常観である。


デビッド・ボウイも拘った、ワルシャワには行ってみたい。


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日の名残り

The Remains of the Day002

The Remains of the Day
1993年
イギリス、アメリカ

ジェームズ・アイヴォリー監督
ルース・プラワー・ジャブバーラ脚本
カズオ・イシグロ『日の名残り』原作

リチャード・ロビンス音楽

アンソニー・ホプキンス 、、、ジェームズ・スティーヴンス(執事)
エマ・トンプソン、、、ミス・ケントン(女中頭)
ジェームズ・フォックス 、、、ダーリントン卿
クリストファー・リーヴ 、、、ルイス(アメリカ人の富豪)
ピーター・ヴォーン 、、、ウィリアム・スティーヴンス(スティーヴンスの父親)
ヒュー・グラント 、、、レジナルド・カーディナル(ダーリントン卿が名付け親になった青年、新聞記者)
ミシェル・ロンダール、、、デュポン(フランスの政治家)


この映画については、小説は読んでいる。
一人称の硬質な品格ある文体の小説が見事に映画化されていた。
アンソニー・ホプキンスとエマ・トンプソンは完璧に感じた。この他の役者は思いつかない。
まさに品格によって。

対独宥和主義者であったダーリントン卿に長く仕えてきた有能な執事のスティーヴンスであったが、主の死後アメリカ人の富豪ルイス氏がダーリントンホールを買い取り、彼もそのまま新たな主に仕えることとなった。象徴的である。
スティーヴンスが新しい主人ルイスの勧めで彼のダイムラーを借り、イギリス西岸のクリーヴトンに小旅行に出かけることになる。
ちなみに原作はフォードで出掛けた。その間にご主人も何処かに旅行と言っていたが、本当のところはよく分からない。

スティーヴンスはかつての女中頭のケントン女史に会うのが目的である。20年前の彼女の自分に対する想いを今になって確認したい。この間に自分が関わってきた全てのものが次々に瓦解してゆくなかで、晩年を迎え確かなものを確認したい。彼のなかで時熟したのだ。(世の中と共に自分もまた変わったのだということを)確かめる時だと、そんな気持ちだと思う。名目上は使用人の不足を何とか補うため彼女の現状を確認したいというところか、、、。
その旅路のさなかに過去の回想シーンが鮮やかに挟まれ物語はゆったりと濃密に展開して行く。
この構造は小説と同じである。
異なるところはいくつか見られ原作に出て来て映画にいない人物もいる。ファラディ氏など。彼はJFKであり、かなりきついジョークを連発していて、映像化されるとかなりどぎつくなってしまうはず。新しい主人を全くの別人ルイスに替えてしまうというのも、この映画の場合正解であったと思う。リリカルな品格が保てる。

The Remains of the Day004

有能な執事スティーヴンスは品格を何度も説く~諭す(問われたりもする)。
スティーヴンスもその父もイギリス紳士としての品格を極めんとした人であろう。
「品格」という概念に思い入れも強く、それに何より重きを置く。

ひとつの権威に完璧に仕える職業意識によって品格は磨かれてきたのだ。
勿論、その権威の主体に対しても並々ならぬ敬愛の情を抱いてきた。寧ろそれを前提としていた。
しかし品格自体を対象化~目的的にしてしまうようなニヒリスティックな状況に事態は向ってしまう。
ダーリントン卿のように品格ある高潔な名士がドイツに良いように利用され権威を失墜してしまう(彼はひたすら国家間の相互理解に尽力してきたのだ)。最終的には敵に魂を売った売国奴扱いにされ名誉も失う。スティーヴンスもその主がユダヤの女中をクビにしたあたりから、彼を支え続けて来た信念は流石に揺らぎだす。動揺を隠しきれなくなる。
それまで絶対的に信頼してきた存在が大きく迷走を始めるのだ。
やはり彼の主は政治に関しては素人に過ぎなかったのだ。政治は悪党でないと務まらない。
尊敬すべき特別な主に仕えそれを支えるプライドが、執事という職務を完ぺきに熟すことに静かに移行するように映る。

The Remains of the Day003

いくら執事はそこで行われる要人たちの会話や対談に関わらないように心掛けていてもやはり、社会に生きるひとりの人間である。
自然に話は耳に入ってくるものだろう。
疑問も沸々と沸いてこよう。
しかしそれらについては一切口にはしない。
それがマナーだ。心のうちに沈めておく。これも疲れる稼業だ。

だが、クリーヴトンで出逢った人々には色々と根掘り葉掘り聞かれる。
ダーリントンホールから来た紳士であることから。
彼は諸外国の要人にもたくさん逢って来た。
主は当然ダーリントン卿である。
あなたは、常に彼の身近にいて、今一体どういう気持ちでいるのか、と執拗に問われる。

この旅でそれを総括するつもりだ、という意図の返事を返す。
かつての主の悲劇~大英帝国の崩壊に同期する極私的な、恐らく一時も脳裏を離れない大切な女性を喪失した彼自身の生き方を対象化する旅であった。

The Remains of the Day001

彼は彼女に20年ぶりに逢うが、彼女の彼に対する気持ちは変わっていなかった。
彼はかつて彼女の気持ちを知りながら執事という品格の象徴を守るあまり彼女を受け容れなかった。
ミス・ケントンは、他の男性の求婚に応じミセス・ベンとなっていた(だが結婚生活は破綻していた)。
すでに世界も自分も、全ての状況は変わっていた。
しかし彼女の状況はミセス・ベンをこの地に縛り付けた。
孫が出来たのだ。近くで世話をしてやりたいと言う。
以前のように、お祝いを言うスティーヴンス。
「ミセス・ベン、どうやらバスが来たようです」自分から事を急くようにこう言ってしまうところ、わたしもそうなのだ。
ほんの束の間の語らい。雨のなか彼女はバスに乗りこみ暫し繋いだ手はやがて解かれ、、、今生の別れを互いに確認し合う。
去りながら泣いて手を振り続けるケントン女史の表情は忘れられない。
これだけが彼にとり(決して取り戻せない)確かなものであった。

小説では、スティーヴンスが新しいアメリカ人の主人ファラディ氏がジョーク好きの為、一生懸命ジョークの練習をする場面、それを恐る恐る試す場面があるが、それはここにはない。とてもお茶目で滑って(スルーされて)反省したりするところは楽しいものであったが(ブラックユーモアも満喫できる)。

エンディングは、共に旅から戻ったルイスとスティーヴンスがカラッと明るいダーリントンホールにて、これからのことを話す。
ご家族がお移りになるころまでには、しっかりと整えます、とこれまで通り職務を完璧に遂行する姿勢を見せるスティーヴンス。
ルイスが屋敷に迷い込んだ鳩を窓の外に放つ。


小説ではファラディを立派なジョークでびっくりさせようとジョークの練習に取り組む決意を新たにする。
人生が思い通りにいかなかったと言って後ろばかりを振り向いていても始まらない。
一日の内で一番楽しめるのは、夕方なのだ。






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クワイエット・プレイス

A Quiet Place004

A Quiet Place
2018年
アメリカ

ジョン・クラシンスキー監督・脚本
ブライアン・ウッズ、スコット・ベック脚本・原案


エミリー・ブラント、、、 エヴリン・アボット(妻、妊娠中)
ジョン・クラシンスキー、、、リー・アボット(夫)
ミリセント・シモンズ、、、リーガン・アボット(長女、聴覚障害者)
ノア・ジュープ、、、マーカス・アボット(長男)


アボット一家に焦点を絞り凶悪エイリアンとのサバイバル戦を描く。
(この事態が局所的なものなのか全世界レベルの出来事なのか、、、特に説明はない)。
音を極限的に絞り、ひとつのファミリーに限定し、その地域は明らかに酷い田舎であり、夜の場面が多い(夜の漆黒の水溜まり)。この絞り込みから特異な極限閉塞空間が現出している。
その空間に「それ」は突然音に反応し現れ、襲い掛かり殺戮を繰り返す。「それ」に視覚はないらしい。
クリーチャーのデザインはギーガー調であるが、やはりこの辺に落ち着くか。
一家はコミュニケーションに手話を導入し音を出来る限り排除した密やかな生活を営んでいる。裸足で歩いている。
(長女が聴覚障害者であることから手話による会話は必然的な移行に感じられる。他の家族よりその点でアドヴァンテージは高かっただろう。それで生き残っているのか)。

静謐な展開の為、息が詰まる怖さである。
他の家族や州や国や外国は一体どうなっているのか(そういえば無人のスーパーに行方不明者の貼り紙が沢山あった)。
この事態に国防省が何らかの対策を打ちたてなかったのか?その前に大打撃を被ったのか?
だいたい大騒音が途切れない都会などはどうなったのか?
もしかしてすでにそういう場所は全滅しているのか、、、地下に潜ったのか?
父の補聴器作成デスクには新聞記事が沢山貼られており、エイリアン対策の練られた跡は窺える。
外部との通信場面などはないため、もう誰かの助けを期待できる状況ではないらしい。
(そう、この映画には外部が存在しない。とんでもない窮地に立たされていることが分かって来る)。
ほぼ孤立状態、、、ならばこのような苦境にあっても子供~子孫は作る必要があろう。
赤ん坊を育てる部屋も準備されていた。これは彼らにとっての挑戦でもあろう。そして無論、希望だ。
人類は急速な先細り、後のない事態にある。
(湖に外来種が放たれ在来種の魚が全滅してしまった例と同様)。

エイリアンは空は飛びそうもないため、上空からのおびき出し攻撃などどうなのか?
軍用ヘリなどもうないのか。
音と言っても反応する周波数帯はどれくらいなのか、、、音に敏感なら逆に音を利用する手があろう。
、、、怖いながらも色々考えてしまった。
ともかく怖い。

A Quiet Place002

この一家は以前、4歳の末っ子をエイリアンに殺されている。
それが誰ものトラウマとなっており、その子に(音の出る)おもちゃのロケットをそっと渡した姉は自分を責め、父親との関係を悪くしていた。その男の子は、ロケットでここから脱出すると言っていた。
(ここには、弟が殺される原因を作った自分を父が憎んでいるという娘の一方的な思い込みがあった)。
父はその娘の為に何度も補聴器を考案して試させている。
これが最終的に残された彼の家族を救うガジェットとなった。

A Quiet Place003

水に浸かりながらの対峙と謂い、サイロに落ちたところへ急襲するなど、このクリーチャーはどこにでも突然現れる。
ここがヒタヒタと近づく日本の幽霊とは趣が違う。
忽然と現れ瞬殺である。
しかし、父の作ったリーガンの補聴器が敵を遠ざける凶器いや武器となる。
彼女は、残された母と長男と生まれたばかりの弟と共にいる自宅で、迫って来る相手を前にして気づく。
補聴器のハウリング音?である。
これをマイクから拡大して相手に聴かせる。
音に敏感であればその弱点も音にあるはず。
最初の頃に直観したがほぼその通りに展開した。
その音に苦しみ悶え倒れる。痺れた後起き上がりざまに母から銃で撃たれ退治される。
弱点を掴んだ母娘の不敵な微笑みで終わる。

A Quiet Place005

エミリー・ブラントとジョン・クラシンスキーは実の夫婦であり、ミリセント・シモンズは本当の聴覚障害者である。
真に迫る演技であったが、よく分かる。

何と言うか最後まで見ると妙に爽快な映画であった。



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ボルケーノ

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Volcano
1997年
アメリカ

ミック・ジャクソン監督
ジェローム・アームストロング、ビリー・レイ脚本

トミー・リー・ジョーンズ 、、、マイク・ローク(L.A危機監理局長.)
アン・ヘッシュ 、、、エミー・バーンズ博士(地震学者)
ギャビー・ホフマン 、、、ケリー・ローク
ドン・チードル 、、、エミット・リース
ジャクリーン・キム 、、、ジェイ・コールドウェル
キース・デヴィッド 、、、エド・フォックス
ジョン・コーベット 、、、ノーマン・カルダー
ジョン・キャロル・リンチ 、、、スタン・オルバー
マイケル・リスポリ 、、、ゲイトー・ハリス


「火山」であるが、「溶岩」であろう。
終始、溶岩と人との闘いであった。
後手に回りながらも未曾有の事態に対し、優秀な学者とのタッグで危機監理局長が陣頭指揮を執りよく頑張ったという映画である。娘を持つ父親という立場に引き裂かれつつも。この辺は身につまされる。

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今人類は、地球がかつてないほど穏やかで変化の少ない奇跡的な状況の下で暮らしている認識は必要だと思う。
大きな気候変動や地殻変動が起きれば、荒唐無稽に感じる驚異の自然災害が突然起きる可能性は高いはず。

ここでも、眼前に起きていることの意味が掴めず、一体何なんだとわが目を疑っているうちに時すでに遅い状況に追い込まれてゆく。
突然の想定外の大災害にどう対処するか。
多くの場合、その出来事の前で現実逃避し思考停止してしまうのではないか。
この映画のようにトップの人間が最前線で身を張って災害の拡大を阻み解決に向け陣頭指揮を執ることもありだと思うが、寧ろ彼は本部のディスクにいて、全体を見渡し住民の避難経路確保や誘導、更に今何が起きているのか正確な情報の伝達とその対処方法をしっかり指示するべきではないだろうか。彼の上司が謂うように。

この映画の性質上、淡々としたドキュメンタリー調のモノとは異なり、スリル満載のパニック娯楽映画である。
エンターテイメントであるからには、ヒーロー(ヒロイン)やドラマチックな犠牲・殉教、更に対立を超えた手と手を取り合う協調と協力などの感動が欲しい。この映画はその全てを備えている。
そして演出効果も、見事な溶岩と火山弾のVFXにより成功している。
臨場感が充分で緊張感は高い。その点でよく出来た映画と謂えよう。
キャストも皆、存在感が充分で、そのほとんどが生きた人間になっている。
マイク・ロークL.A危機監理局長はちょっとばかりスーパーマンぽかったが(特に最後のシーン)。
カッコよいと言えば、謂うことなし。
相方のヒロイン博士もこういった映画には無くてはならない存在で、充分役を全うしていた。
(このパタンは余りに既視感が強すぎるが)。

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様々な条件下(気温や傾斜角や溶岩流の組成~粘り気)で異なるだろうが、地上の溶岩流はゆっくりで、考える余地もあり対策を練ることが可能であった。速く流れるところでは40kmくらいの車でも逃げ切れるか分からない速度で流れたりすると聞いている。
しかし地下を流れる溶岩の速度は速かった。外気に冷やされにくい点もある。
バーンズ博士の分析通り、ともかく対抗するに当たって、この速度は重要なファクターであろう。
それから火山弾の避け方である。
これに当たらぬようにする方法は彼女の謂う通りであろう。
弾道を墜落直前まで見切ること。徒に逃げては確かに危ない。運を天に任せる対処の仕方だ。

そう、この物語は、逃げるのではなく、どんな苦境に立っても立ち向かうのである。
その姿勢を活き活きと雄々しく(自己犠牲を払っても)示すエンターテイメントなのだ。
生きる力を人々の胸に沸き起こそうとするものであり、その目的~価値観はよく分かる。

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こういう映画の王道をゆく作品であるが、大変見応えはあった。



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サイバー・リベンジャー

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I.T.
2016
アイルランド/フランス/アメリカ

ジョン・ムーア監督
ダン・ケイ、ウィリアム・ウィッシャー脚本

ピアース・ブロスナン 、、、マイク・リーガン(航空会社の経営者)
ジェームズ・フレッシュヴィル 、、、エド・ポーター(ITエンジニア)
アンナ・フリエル 、、、ローズ・リーガン(妻)
ステファニー・スコット 、、、ケイトリン・リーガン(娘)
ミカエル・ニクヴィスト 、、、ヘンリック(ITセキュリティスペシャリスト:掃除屋)


IT社会特有の歪みが全編に窺えるが、それ以前にコミュニケーション不全の問題と階級関係の問題が横たわっている。
この点において、大変根深い普遍的な、今や何処で起きてもおかしくない話でもある。

ITは通常、適切に管理運営されていれば、問題ない。
しかしそこに人間関係の齟齬や軋轢、対立、敵対関係、憎悪などが絡むと、それを利用した攻撃は時に凄まじい威力を生む。
相手への打撃は途轍もないものとなる。
情報の操作や改竄、拡散によって精神的に押し潰されることも充分にあり、それが機器の作動に直結する場合、物理的~肉体的損傷を被る事態ともなる。
個人や家族をターゲットにしても、簡単にそれを潰すことが可能であるが、その対象が巨大企業であっても取引上に架空の(又は改竄)情報を差し挟むことで信用を失わせ失墜させることも出来る。
これが純粋に利潤を求めての利害関係によりなされるだけでなく、個人的な悪意からなされる場合もいくらでも考えられ、それがネットハッキングによりどれだけ有効かを示す作品ともなっている。

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しかし、そうした事態を生む関係というとこれは、もうIT以前の歴史を大きく遡る普遍的な極めて人間的な事態に端を発している。
ディスコミュニケーションは階級関係や共同体意識からくる差別意識もさることながら、ヒトが単独者になって行くに従い、ますますその強度は増してゆくばかり。
ここでは、まず社長ファミリーの従業員を見下す驕りの意識が、エドを不用意に持ち上げ、彼を重く見ているかのような錯覚を与え、娘の誘うような素振りが彼に期待を持たせ幻想を煽らせる。
ここでエドの極めて個人的な資質も絡み事態は酷く拗れてゆく。
エドの劣悪な成育環境は、彼に癲癇をはじめ幾つもの病を植え付け、自立に必要な自我の確立も阻害してしまった。
(現在、親に充分な包容力や保護能力、教育資質がなく、そこからくる愛着関係がもとで破綻する人間も多い)。
彼は額面通りの(皮相的な)賞賛を真に受けそれだけで親しい友人になった気で過剰に甘えてきたり、叱責を受けてひどく傷つき、激しい攻撃に転じるタイプの男だ。
これでは一個の人間として自立しているとは到底言えない。自我の確立を疎外されてそのまま育ってしまった感が大きい。

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わたしは、勿論エドに共感はできないが、リーガンファミリーの驕りにも嫌悪の情を覚える。
この構図はどこにでも見受けられるものではないか。
ここにIT社会の現状が重なる。
エドを邸宅に招待したときに彼はその家~ファミリーのITネットワークを全て掌握してしまった。
社長の気紛れで気にかけてもらっていると勘違いしたエドは、ネットワークをアップデートし更に快適にするが、その時中庭で観たプールサイドに優雅に寝そべる娘の姿に惹かれてしまう。
お互いに相手を意識し合い、温度差は勿論あるが良い感情は持ち合うのだった。
しかしこれを発端に一気にもつれ、行くところまで突き進む。
ここで顕わなことは、その利便性から余りに人はIT~ネットワークに依存しすぎているのだ。
妻の乳癌の検診とその検査結果の超極秘情報までメールに乗せるか。
いくら邸宅内のスマート安全監視システムであろうが、風呂場にまでカメラを装着するか。
エドの逆襲で真っ先に使われたのが癌の陽性の通知とケイトリンの入浴動画のネット上へのアップ拡散である。
(ここら辺は、エドがやらなくてもその家のシステムに乗っかっていれば誰かにハッキングされてもおかしくない)。
そしてマイクの高級スポーツカーの乗っ取りで事故を誘発させる。これは以前TV番組の特集で観て十分可能であることを知った。
更に勿論、会社の信用失墜である。大打撃である。やれることは全てやってやろうというものだ。
ひとは余りに他者にネット管理・運営を簡単に不用意に任せすぎる。そこに付け込もうとすればいくらでも隙がある。
だからこそまず、人間関係には気を配らなければならない。

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はじめは些細なことなのだ。
エドがケイトリンにフェイスブックの友達申請をし、彼女が承認した。そして彼女が思わせ振りなメッセージを送りエドがそれを真に受けてそのまま行動に出た。
このくらいのディスコミュニケーションはいくらでも見られるものだが、ここからどこまでも行ってしまうのだ。
父はプライベートに踏み込むなと激高して、いきなり彼をクビにし、エドはITでできることを全て使って逆襲をしてゆく。
IT~ネットワーク上であるから猶更極端に進める。そしてITを徹底活用することでそれが可能となった。
最後の決着をつけるには肉弾戦しかなくなり、文字通りのグチャグチャである(苦。
ITに纏う気持ち悪さが充分に溢れる映画であった。
最後にネットの掃除屋に依頼し、スキルに勝る彼の協力を得て何とか瀕死の状態ながら切り抜ける、、、。
大変な消耗戦となった。そうわたしもIT管理者の役を本業の傍ら長いことやって来たこともあり、観ていてやたらと疲れた。

また見ようとは思わない。
だが一度くらいは見ておいてもよいとは思う。


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トータル・リコール 2012

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Total Recall
2012年
アメリカ

レン・ワイズマン監督
フィリップ・K・ディック原作『追憶売ります』

コリン・ファレル 、、、ダグラス・クエイド / カール・ハウザー
ケイト・ベッキンセイル 、、、ローリー(クエイドの妻、連邦警察の諜報員)
ジェシカ・ビール 、、、メリーナ(レジスタンス、ハウザーの相棒)
ブライアン・クランストン、、、 コーヘイゲン(UFB代表)
ビル・ナイ、、、マサイアス(レジスタンスのリーダー)
ボキーム・ウッドバイン、、、ハリー(クエイドの職場の同僚、連邦警察の一員)


1990年「トータル・リコール」(ポール・バーホーベン監督)のリメイク版である。
夢というものは、やはり潜在意識が自分に何をか告げ知らせようとするものなのか。
そのソースは過去から汲み取られる。そして常に同じ夢が現れる場合、潜在意識がアラートを発していると捉えた方がよい。
ダグラス・クエイドからカール・ハウザーに戻りかけた彼は、勿論、以前の自分がどんな男であったのか知らない。
彼は本当の自分を取り戻したいと願う。

しかしマサイアスが肝心なことを諭す。
今更過去に捕らわれることはない。今現在が何であるかがもっとも大切なことなのだと。
そう、記憶を消されたり、異なる記憶を植え付けられ操作されてきた彼としては、本当の自分というアイデンティティにどうしても拘りたくなる。その根拠を過去の(記憶を弄られていない頃の)自分に求めようとする。しかし果たして過去の自分がいまあるべき自分であろうか?
自分という「存在」は絶えず「現存在」によって生成されるものであり、その根拠は「現存在」にこそあるという。
マサイアスは、ほとんどハイデッガーであった。

ハウザーは納得する。
マサイアスを射殺したコーヘイゲンが安心しろ、直ぐにお前を昔のお前に戻してやると言って現在の記憶をまた上書きしようとするが、拒否して抵抗する。そうなのだ。昔の自分などもう現存在にとっては意味をなさない。
夢に再三現れた女性が誰であるかがはっきり分かった以上、彼女とこれからの困難を切り抜けてゆけばよい。
現実が過酷であっても、もう悪夢に魘されることはない。


この物語は郷愁を誘う。そして途轍もないアクションが続き緊張感も半端ではない。
銃撃戦は頻繁に起こり、シンセティックというロボット相手のバトルも見ものである。
貧困層の労働者の居住区であるコロニーには絶えず酸性雨が降り続いている様子で、ぎらぎらする極彩色の看板にごみごみした細い路地などまさにブレード・ランナーのサイバーパンクな光景だ。日本語の電光看板も目立つ。
この猥雑な空間での考えられる限りの逃走劇が繰り広げられる。
そして富裕層の居住地であるブリテン連邦での磁力によって浮遊して飛ぶ車での壮絶なカーチェイスもハラハラしっぱなしであった。磁力によるアクションも唸った。
そしてイギリスを中心とした富裕層の住むブリテン連邦(UFB)とオーストラリアの労働者の居住地コロニーを結ぶ唯一の交通手段であるフォールという巨大エレベーターの中での重力反転のアクションも入るこれまた壮絶なバトル。
他のアクション映画と比べても圧倒するほどのものだ。


富裕層のブリテン連邦と労働者の居住するオーストラリアに位置するコロニーで世界が二分化されて形成されており、唯一の移動手段がフォールというエレベーターで地球の表裏の交通を可能にしている。
また火星に労働に出たり、土星旅行に行ったりもしているようだ。
しかし労働者に旅行は無理である。
そこで、リコール社が記憶の植え付けで、旅行気分をリアルに味合わせるサービスを提供していた。
悪夢に悩まされ続けてきたクエイドは火星が妙に気になって仕方ない。そこで火星旅行を経験してそれが意味するところを知りたいと思うようになる。
いくらリアルと言っても単なる幻想に過ぎないじゃないかというクエイドに対して社長は、脳にとっての現実となりますと返す。
ここで脳内の記憶を探られたことが契機となり、クエイドは自分をはみ出してゆく。

その後はクエイドの身体性が彼の意識に対して多くの情報を刺激的に与えてゆく。
自分では持った経験がないはずなのに銃を完璧に使いこなす。
闘いに必要な武術や体術を心得ている。
ピアノが弾きたいと言いながら弾くこともなかった彼がUFBのかつての自分の部屋でピアノを弾き始める。
そのピアノのキーが昔の彼と出会うキーとしても働いた。
(実はこのシーンもブレード・ランナーを強く想起した。静かな郷愁と共に)。
そしてメリーナを見分けるのもかつて握り合った自分と彼女の手を貫いた銃弾による傷であった。
このように身体性が意識を逆照射してアイデンティティを収斂する面は大きい。

また、面白かったのは、二人を投降させようとハリーがネゴシエーターとして現れた時である。
彼は、君は今リコール社の椅子に座っている状態なんだ。これは全て脳内の幻想であるから、早く戻ってこいと説得するのだが、これがかなりの説得力を帯び、ダグラス・クエイド / カール・ハウザーが迷いに迷うところはこのコンテクストにおいては実によく分かるところであった。何が本当で嘘なのか、誰が敵で味方なのか、混乱するのも当然ではある。だが、メリーナの涙~その身体性からどちらの言うことが本当か決まる。

UFBが人口過密となり労働者の居住するコロニーの土地を奪うため、 コーヘイゲンが自作自演でテロを頻発させ、その黒幕がレジスタンスのマサイアスであると仕切りに宣伝し、シンセティックを増産して攻撃に向かうパタンは、現実において既視感たっぷりなものがあった。


ケイト・ベッキンセイルが物凄く強くてタフな悪女で出ずっぱりであった。
冷酷無比なクールビューティで存在感抜群であった。
人間味のあるジェシカ・ビールとは良い対称を成していた。
オリジナル版のようにマサイアスがお腹から出てくるのか気になっていたが、その辺はとてもすっきりしていて、普通のおじさんがその人として出てきて直ぐにローリーたちに追い詰められ、コーヘイゲンにあっけなく射殺されてしまった。
謎のレジスタンスのリーダーなのだ。もう少ししぶとくてもよかったが。
オリジナルのこの部分は、クローネンバーグ監督テイストであったが今回はその要素は締め出してあった。







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かこさとし 最期のメッセージ

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わたしの敬愛する絵本作家、かこさとしの最晩年の姿が窺える貴重な番組を観た。
92歳で亡くなられたというが、最後まで大作に取り組んでいたことを知った。
腰を痛め長く椅子に座ることが出来ず、緑内障もありほとんど視界も覚束なかったようだ。
創作机は自作だという。天板自体が光り、トレースをしやすい仕様となっていた。
とっても短くなった鉛筆が整然と並び、パレットは使わなくなった子供用のディッシュがいつの間にかそれになっていたそうである。
素敵な書斎でもあった(わたしはひとの書斎を見るのが大好きなのだ)。

「日美」で観た。何か書いておきたいと感じた。
彼は戦時中、軍人になろうとしたが近視の為なれず、科学の研究でお国に貢献しようと決める。
東大に入学するもその年に終戦となり、周囲が何の反省も総括もせず民主主義者にあっさり鞍替えしてしまったことに驚く。
自分は償いをしなければならぬと考えた結果、自ら物事をしっかり判断できるような子供たちを育てようと決心する。
工学博士として研究所勤務の傍ら、「東大セツルメント」を立ち上げボランティア活動として子供たちに自作の紙芝居を作って見せるようになる。大変盛況であったようだ。
それも頷ける。発想や着眼点やストーリーも良いと思うが、それを具体化する「絵」が優れている。
余り数は紹介はされていなかったが、ものによってはモンマルトルのロートレックを想わせる構図・構成も見られた。

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子供には誤魔化しは効かず、ディテールで手を抜くとついて来ないという。確かにそう思う。
そして内容的にも、彼らが自ら必要~面白いと感じたこと以外には乗ってこないことを思い知らされる。
つまらなければ、彼らはザリガニやトンボを捕りに何処かへ行ってしまうのだ(笑。
彼はザリガニやトンボより面白いものを作ることに挑戦した。
即興で歌も飛び出した。

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幼児教育の本よりも実際の子供の活動から得ることの方がずっと大きかったという。
絵本も書き始めるが、ヒットの糸口は、子供の遊びから発想を得たことであった。
子供が蟻の動きを見て名前を付けたりして楽しんでいるのを見て、蟻を主体にストーリーをつけた。
紙芝居から絵本にシフトして、本業の知識を活かし「科学本」も本格的に制作を始める。
わたしが好きなのはこれだ!
蛇腹の本も作る。確かにページをめくるばかりが本ではない。そのままの面に続く~展開するほうが納得できる世界もある。
絵の世界も単なる平面を超えて半ばファンシーグッズみたいな形態にもなったものもある。
内容と形式は切っても切り離せない。
毎日ワクワクする楽しい仕事を進めていたことが良く分かった。

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こういうのをまさにライフワークと言うのだろう。
うちにも「宇宙」と「海」がある。
少ないか、、、。
これと「宇宙・不思議ないれもの」佐治晴夫の文と三嶋典東の絵による本も合わせて見ていた。
とても立体的に俯瞰しつつディテールまで見渡せた。


かこさとしは一望するモノを作りたいのだ。
そして何でもかんでも平等に並列させる。
全てを呑み込もうとする。
そう、身近なところからスッと入って行けるが、その先どこまでも、時空の果てまで見届けようとする。
きっとあの終戦時、19歳の彼がそう決めたのだ。
壮大で空前絶後の未完のままの最後の作品、、、
地球の進化を一望する大作。
「宇宙進化地球生命変遷放散総合図譜」
福岡伸一氏(分子生物学者だがフェルメールの研究家)が解説に来ていたのも面白かった。
これは誰かが完成させなければならない。

松岡正剛さんあたりがやってくれるか。



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三十九夜

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The 39 Steps
1935年
イギリス

アルフレッド・ヒッチコック監督
ジョン・バカン原作『三十九階段』
チャールズ・ベネット、アルマ・レヴィル、イアン・ヘイ脚本

ロバート・ドーナット、、、ハネイ(外交官)
マデリーン・キャロル、、、パメラ
R・マンハイム、、、アナベラ(諜報員)
ゴッドフリー・タール、、、ジョーダン教授
ウィリー・ワトソン、、、Mr. Memory
ペギー・アシュクロフト、、、小作人の妻
フランク・セリア、、、保安官


階段(ステップ)が何故、夜になったのか、夜のシーンが多いからなのか、よく分からないが、相変わらずヒッチコックは面白い。
(イギリス時代にすでに基本的なところは出来上がっていて、アメリカ作品で洗練さを増すといったかたちか)。
ただ、この数字が何か込み入った謎解きに関わるとかいうものではなかった。

野次の飛ぶミュージックホールで何でも記憶してしまう記憶術師のショーが始まる。
暫く彼Mr. Memoryの驚異的な記憶力に誰もが唸るが的外れな質問をして場を白けさせる客もいる。
そんなとき銃声が突然響き、場内が騒然となる。、外交官ハネイと諜報員アナベラがその混乱の中で出逢う。
助けを求められたことで自宅に彼女を連れてきたがひどく外を警戒していており、困難な状況に立たされている様子であった。
イギリスの機密書類が海外に渡ることを阻止する任務に就いているらしい。
その翌朝、彼女は背中を刺され死んでしまう。ハネイはよく無事だった。
「The 39 Steps」、「小指の先のない男」とスコットランドのある場所にチェックの付いた地図を残して。

監督の得意な巻き込まれサスペンスが始まる(もっとも有名なのが「北北西に進路をとれ」か?)。
列車は重要な要素として欠かせない(今回は後半の話を面白くする女性との偶然の出逢いの場)。
それから劇場、ホールもよく出てくる。
画質は悪いが暗くてもぞもぞした感じが余計に不穏な緊迫感を醸してゆく。
警察にこの件を説明することをせず、ハネイはいきなり真相究明に走る。
(わたしはこういう危ない橋はまず渡らない。死体を置いたまま失踪したら殺人犯にされるのは避けられないし、その後は警察と彼女を殺した組織に狙われるのも必至)。
案の定、二手から狙われ散々逃げ回る。秘密を握る邪魔者と殺人犯として。
途中で自分のことを信じてもらえた気になったところで、見事に捕まったりする。が相手も脇が甘い。
隙をついて逃げ出す。ただの外交官にしては身が軽い。
小作人の妻にえらく気に入られ外套を貰って逃げたことが幸いし、小指のない教授に銃で撃たれたときにポケットに入っていた讃美歌の本で命拾いする。このシーンは余りに印象的であった為か、後の映画にも(物は変われど)数多く使われる。

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パメラ嬢と手錠をされたままふたりで逃げるところからは、この物語の肝か。
ヒッチコックらしさがとても出ているフェティッシュなシーンとコミカルなやり取りが織り交ぜられて展開する。
これまでのスピーディな流れからここはまったり進む。この緩急が上手い。
ここでも宿の主夫婦(特に奥さん)に気に入られたお陰で、相手をかわす。

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最後の怒涛の展開は見事。
彼が時折、無意識に鳴らしていた口笛がここではじめてその意味を明かす。

小指のない例の男を追って来た場所が、物語の初めにハネイが楽しんだミュージックホールであった。
そこに流れる音楽と彼の身に沁み込んだ口笛がピタリとシンクロし、彼は咄嗟に事の真相に気づく。
そう、イギリスの「機密書類」とはじめ聞かされていたことがミスリードを誘っていた。
すでに彼は警察に囲まれながらも舞台にいるMr. Memoryに大声でThe 39 Stepsと叫ぶ。
するとすぐさまジョーダン教授がピストルで記憶術男を撃つ。
場内騒然となる。警察は逮捕の対象をハネイから教授に替える。
瀕死のMr. Memoryにその部分(The 39 Steps)を話すことを許す。
彼はやはり機密文章を丸暗記していたのだ。話し終えて「これで忘れることができる」と言ってこと切れる。
つまり教授は書類を一時盗んで記憶男に全て記憶させ書類を元に戻していたのだ。
(この人、サヴァン症候群か?)
これで誰にも気づかれず、国外にMr. Memoryごと機密情報を持ち出すことができるという斬新な策であった。
(奇抜なアイデアである)。

こうして見てゆくと、この映画の様々な部分~要素が後の映画に引用・応用されていることが分かる。
きっとこのタイプの映画の教科書みたいな作品なのだ。

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そうそうつい最近観た「或る夜の出来事」も離れたくとも離れられない男女の逃避行みたいなものであったが、それはこの映画の一年前のアメリカ作品である。このテーマはもう少し古くからある(普遍性のある)ものなのか?








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テルマ

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Thelma
2017年

ノルウェー・フランス・デンマーク・スウェーデン

ヨアキム・トリアー監督・脚本

エイリ・ハーボー、、、テルマ
カヤ・ウィルキンス、、、アンニャ (テルマの親友、恋人)
ヘンリク・ラファエルソン、、、トロン (テルマの父)
エレン・ドリト・ピーターセン、、、ウンニ(テルマの母)


ここでも信仰と抑圧の構図が見える。
重苦しいヨーロッパ(氷と雪に閉ざされた北欧)のキリスト教の闇がひとりの少女(の無意識)にのしかかっている。
何でもない日常の光景にずっと不穏な緊張を煽る効果音が響き続けるところは実に鬱陶しい。
ノルウェーの田舎はあんなふうに魚が下を泳ぐ氷の上を歩き狩りに出かけるのが日常なのか。
(何とも覚束ない地平である。テルマの世界を象徴するかのような)。

如何にも優しそうな父が猟銃を鹿ではなく幼い娘に向ける。
彼女もそれを察知するが、、、長じて父の優しい姿しか浮かばなくなっている。
この意味は後程、明かされる。

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彼女は親元を離れオスロの大学に入学し、ひとりの女学生に出逢った時に激しい発作を起こす。
自分の内なる(性的な)欲望に目覚めた時であった。
ジェンダーの問題もあり彼女は自分のこころに戸惑う。
恐らく彼女は厳格な両親の元、幼い時からキリスト教にがんじがらめになっていて、自分の欲望に従うような行動をとったことがなかったのだ。
しかし抑圧を解かれた欲望の力は、尋常なものではなかった。
恐らく両親が死んだと偽り精神病院に幽閉している祖母も同等の能力を発揮していたのだろう。
(隔世遺伝であろう)。

イメージ界と現実が綯交ぜとなったシーンはどれも美しい。
幾つもあったが、終盤の湖の底に向け潜水を続け上がったところがいつもの大学のプールで、そこにはアンニャが待っていたところなど、特に眩かった。
こうありたいという(痛々しいほどの)生の欲望に接続するシーンだからだ。
現実とは、わたしが望んだことが現象したものなのか。
彼女は戸惑い混乱する。
神にすがり、罪を告白し懺悔する。
だが更に激しく彼女は引き裂かれてゆく。
文字通り、現実が幻想に吸い込まれる。
発作は続き、入院して検査をするが心因性のものであるとしか診断が出ない。
(癲癇検査はあのような激しい光刺激の元に行うのか。呼吸にしても。初めて見た)。

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父に彼女はありのままを素直に告白する。
「愛してる人がいる。彼女もわたしを愛してくれているの。」
父は返す「それはお前が望んだからだ。寂しかったのだろう。」

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父はそれをよく知っている。
テルマはまだ幼い少女時代に赤ん坊の弟をベッドから氷の下に瞬間移動させていたのだ。
彼女のそのころの記憶がないのはそのせいであろう。
自ら少女期の記憶を深く抑圧したのだ。
そしてキリスト教の厳格な教えの中に埋没してきた。
しかしこころを震わす対象に出逢い自分を偽らないことを彼女は選択する。
自分であることを自らに許す。
(厳格なキリスト教徒には大変な決断となった)。
やはりダダが生まれる土壌である。

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一度は否定して消し去られたかと思われた愛する対象であるアンニャが姿を現す。
(これまで何処にいたのか?)
テルマがはっきり自分を認め肯定したところで、出現したようだ。
それには、父を亡き者とする必要があった。
父もボートで湖に独り出ることは、それを知ってのことであろう。
弟と言い、彼女の無意識の力による犠牲は大きい。
両親~宗教による強力な抑圧がなければ、弟も父も死ぬことはなかったか、どうか。
彼女は今恋人と共にしっかり自分を生き始めている。

久々に清々しいハッピーエンドであった。

わたしはこうした表現~映画は好きだ。







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カイジ 動物世界

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動物世界 Animal World
2018年
中国

ハン・イエン監督・脚本
福本伸行原作「賭博黙示録カイジ」

リー・イーフォン、、、カイジ
マイケル・ダグラス、、、アンダーソン (ゲーム主催者)
チョウ・ドンユィ 、、、リウ・チン(カイジの彼女、看護婦)
ツァオ・ビンクン 、、、リー・ジュン(元不動産業の悪友)
ワン・ゴー、、、モン(ゲーム中に仲間となる詐欺師)

漫画も日本の実写映画も見ていない。
賭け事ものは、浜辺 美波主演の「賭ケグルイ」TV版を見ているくらい。
そういう賭け事の複雑なやり取りは面白いとは思うが、いまひとつよく分からない~ついて行けないところはある。
ただ、演出の持って行き方で、緊張感たっぷりに鑑賞できる(爆。
(高杉真宙が大騒ぎするせいで盛り上がる)。

それにしてもこの映画では、賭け事の緊迫感とは別にカイジのトラウマから発する(発作の?)ピエロイメージの暴発がある。
アメコミ風アニメが突然飛び出る面白い発想だが、衝動的な高ぶり~激情を象徴的する脳内イメージなのか。
子供の頃見たTVヒーローらしいが、それが時に現実とのダブルイメージとして3Dで暴れまわったりする。
変身シーンなどのVFXは相当なものである。ただの演出~想像を超えピエロと一体化し現実に暴力行為に走っているシーンもあり、まさにダブルで重なってしまう。
何とも言えないが、異様だがポップで軽快なリズムを生む効果は抜群だ。

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このカイジという人は、定職に就かずバイトで意識の戻らぬ母をずっと入院させて看病しており、常に金に困っている。
その病院の看護婦リウと彼は慕い合っている。彼女は彼の母の面倒も見ている。
いよいよ金に困り、彼は悪友リーの持ちかけた内容も定かでない投資話を呑み自分の家を抵当に入れてしまう(権利書を手渡す)。
すると怪しい男がカイジのもとに現れ、アンダーソンという謎の人物に引き合わされる。
そこでカイジは、リーによってはめられたことを知り、彼は保証人として多額の借金を背負い込む身となっていた。
彼はアンダーソンにディステニー号に乗船しそこでゲームをやって形勢を逆転する気があるか確かめられる。
そこで行われるゲームは、勝てば借金はチャラになるが、負ければ命がないという凄まじいゲームであった。
(この辺、船の豪華客室ではゲームを命がけでやっているプレーヤーを優雅に観察して楽しむVIPがいるなど、人狼ゲームを思い起こすものだ)。

カイジには乗船する以外にもはや選択の余地もなかった。
船には、多額の借金をそこで帳消しにしあわよくば稼いでやろうと構えている一癖も二癖もあることが見て取れる如何にも危なそうな連中が集められていた。
生死を賭けたゲームは何とじゃんけんカードによるものであった。
グー・チョキ・パー各4枚合計12枚と、星が3つ配られ、カードを使い果たし、星が3つ残っていれば勝ち残り生還できる。
星やカードの売買もでき、それによっては生還だけでなく大儲けも可能となる。
だが星がなくなる、またはカードが残る場合は、死を覚悟しなければならない。
ルールとしては極めてシンプルではあるが、策略を巡らす多人数を相手にただ運では到底勝ち抜けないものである。
ここからは、かなりの尺で延々とスリリングな頭脳戦~姑息な騙し合いや不正も含め、激闘が繰り広げられてゆく。
正直、これほどじゃんけんカードで熱の上がるゲームが可能になるとは思わなかった。

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こういうゲームが元々あるのか、この映画で考えられたものなのか、原作にあるのか分からないが、よく練られたゲームである。
相手の性向を見て心理的に札を読むのにはじまり、ゲームへの取り組みパタンがグループ単位で策略を練り連携を取って戦ったり、カードを借金して主催者から購入して会場に回る手札の操作をし数学的な計算を元に戦うなど、ここまでやるかと感心する。特にカイジである。ただの喧嘩好きの青年ではなく、数学の特異な切れ者なのだ。
これだけ数学的思考が得意なら、金設けは日常生活の中でとっくに出来ていたのでは、と不思議に思う。
ともかく、カイジの凄さと共に周りの人間の自己中の強欲さ卑劣さばかりが浮き上がって行く。

最初の彼のだらしない乱暴者のイメージから次第に頭の切れる人情にも篤い男ぶりを見せてゆく。
カイジはどんどん格好よくなってゆくのだ。
しっかり勝って金もせしめ、彼女の元に無事に帰る。
だが、どうやらハッピーエンドに落ち着かない、、、。
不穏な終わり方で、はっきり続編を予告していた。
勿論、観たい。

面白い映画であった。
原作と邦画の方は、暇があったら観てみるのもよいか、、、。
(あくまでも余裕次第である)。



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