プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
基本的に、日々思うことを綴ってゆきます。悪しからず。
必ずパソコン画面(PCビュー)でご覧ください。


*当サイトはリンクフリーです。

PICKUP
パラサイト 半地下の家族 -2
パラサイト 半地下の家族 -1
ヘンリー・ムーア~彫刻に見る普遍性
911爆破の証拠―専門家は語る 前
9/11:爆破の証拠 - 専門家は語る 後
アポロ 11
シャチ~優しい殺し屋~
ハイヒール
お嬢さん
とうもろこしの島
セールスマン
トラピスト1に寄せて
「労働疎外より人間疎外」によせて
カッシーニ グランドフィナーレ
カッシーニ グランドフィナーレⅡ
シチズンフォー  スノーデンの暴露
スノーデン
レヴェナント: 蘇えりし者
透明な身体性
森羅万象を描く デューラーから柄澤齊へ
ヴィデオドローム2 ~イスラム国 ~アノニマス
見えない重力を描く Ⅱ
美の翳りに寄せて
写真についてーⅡ
午前零時の奇蹟(シュル・レアリスム覚醒の時間)
パーフェクト・デイ ~ルーリード ~ローリー・アンダーソン ~スーザン・ボイル
未来派の画家~ウンベルト・ボッチョーニ
Balthus ~ バルテュス展行ってまいりました。
「ゴールドベルグ変奏曲」 バッハ  ~グールド ~P・オトゥール ~ニーチェ
大昔のスケッチ(詩画集のための試作)
すでに世界は終わっていたのか ~ ヒエロニムス・ボスその1
スヌーズレン002
情報リテラシー  ~華氏911 ~不都合な真実
南伸坊「歴史上の本人」
プラトーン
カレンダー
08 | 2020/09 | 10
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 - - -

娘たち帰る

nikkou002.jpg

まさに行ったかと思ったら帰って来た。
わたしはほぼ独りで何の旅行・見学でも帰って来たが、親の迎えが必須なので、6時にふたりを迎えに行った。
そこから、たっぷりと体育館で到着式だかなんだかをやって、われわれ保護者は後ろで立って見ていることに。
かなりの3密を久しぶりに味わう。
何か気持ちが悪い。

噺が長いのは、校長という印象が強くある(お決まりだ)が、今回は実行委員会の児童の噺が長く、その分校長の話はとても簡潔であった。
それにしても、もう少し短くまとめて話す勉強をして欲しい。
普段の授業でも答を一言答える、だけでなく自分の考えを簡潔にまとめて話をする訓練の場を持ってほしいものだ。
とは言え、今回の旅で感想を述べよと謂われても、かわいそうな気はする。

短い。短すぎるのだ。
待っている側にとっても、短い。
あっという間に帰って来ているではないか。

帰る道すがら二人に色々聞いてみたが、次女はオタク友達がまた増えたと喜んでおり、これは一大勢力(圧力団体)に発展するのでは、という危惧はもったが、向こうの土地についての話題はほとんどなかった。
何処に行ったより、バスで同志とどんなことを喋ったか、が問題のようである。
それについてはかなりの勢いで話すのだが、われわれ親はほとんどついて行けない。

日光東照宮の話題に向けると、左甚五郎の作と謂われる眠り猫と「見ざる、聞かざる、言わざる」の3猿のレリーフは観たとのこと。
次女がほぼ眠り猫みたいな眠そうな顔して話してはくれた。
そりゃ、嫌でも見ることにはなるはず。長女もちゃんと見たらしい。
それだけでも見てくれば良いか、、、。
わたしも眠り猫は好きだ。自分の作品のモチーフに使ったこともある。

3猿については世界中にほぼ同様の意味で広まっている。
元は中国から日本へ伝わったものだが、世界に広まったのは日光東照宮の左甚五郎作のレリーフからのようだ。
有名どころでは、「悪を見るな、悪を聞くな、悪を言うな」と言うガンジーの教えもここから来ているという。

お土産は食べ物ばかりで、お小遣いのほとんどをこれらのお菓子に使ったそうだ。
しかし自分たちで食べる目的で買ったらしい。
必ずわたしも味見はする。

そして、長女が何でも好きな男子が出来たとか、、、
にやにやしていたのが、何とも、、、奇妙な感覚であった。
これが今夜の一番の話題となる(爆。
(本人は多くは語らないが「見ざる、聞かざる、言わざる」と呑み込んだままには出来ないようだ。無論われわれもだ)。
何れにせよ外に意識が向かうことは、(自立性の獲得にとっても)好ましいことだが。
やはり生き物だなあ、と思う。
いや、育っているのだな、と感じる。


体育館で旅行担当の教員が、帰ってきたら逞しくなっていて、ちょっと大人になった感があるなどと、決まり文句を述べていたが、ホントにある種の距離感~他者性を覚えた。

今後の役に立つ旅行になったような気がする。

nikkou001.jpg




娘の修学旅行

sun009.jpg

今日は、家族皆が5時に起きる。
6時半には、娘たちはバスに乗っていなければならない。
コロナのお陰で、例年の二倍の台数のバスが用意され、ホテルも部屋は二倍確保されたという。
結局、ホテル自体貸し切りとなったそうな。
ゆったりモードで寛げるかと思いきや、わたしらの頃は修学旅行と謂えば3泊4日であったところが、1泊二日だと!
これでは、向こうの地をゆっくり回ることなど出来る訳がない。
少なくとも1日はじっくり過ごす日が無ければ、バスに乗って行きホテルに泊まり、明くる朝バスに乗って帰って来るだけではないか。

皆でホテルに泊まったね、という思いでしか残るまい。
ここのところ、やることが全て消化試合みたいな体裁で行われる。

旅行は、そのうちゆっくり行こうと思うが、家族といっても彼女らも面白くはなかろう。
まあ、高校生くらいになったら、親友とお泊りくらいはさせてあげたいものだ。


ともかく、どっと疲れがきた。
いや、蓄積した疲労がのしかかって来た。
横になったら暫く起きれず、3時頃に昼食を摂ってから風呂に3回入る。
そして普段より水をたくさん飲み、うちにあるビタミン各種と青汁に酵素にユーグレナに、、、あるものサプリみんな飲んで本格的に眠ることにした、、、睡。



花とアリス殺人事件

The Murder Case001

The Murder Case of Hana & Alice
2015年

岩井俊二 監督・原作・脚本・音楽・編集
作詞 岩井俊二 / 編曲 桑原まこ / 歌 椎名琴音『fish in the pool』主題歌

鈴木杏、、、荒井花
蒼井優、、、有栖川徹子
平泉成 、、、黒柳健次(徹子の父)、初老の社員
相田翔子、、、有栖川加代(徹子の母)
鈴木蘭々、、、陸奥睦美(徹子のクラスメイト)
黒木華、、、萩野里美(花とアリスの担任)
勝地涼、、、湯田光太郎(花が思いを寄せる幼馴染)
清水由紀、、、矢上風子(徹子のバレエの幼馴染)


The Murder Case004

花とアリス』がこの映画の終わりから始まるのか、、、。
そうなのか。前日譚。
なら、この後の実写の方がずっと好き。
鈴木杏と蒼井優の演技を生で見る方が愉しい。蒼井優はバレエも上手だし。
甘やかで清々しい空気に満ちていた。
これも確かに斬新な?アニメーション技術を感じさせる雰囲気のものではある。
そのへんを事細かに追及する気は微塵もないが。
背景の作りが面白く、CGも変に目立たない感じで流れていた。
ジブリモノや京アニとはまた違う絵の世界だ。

The Murder Case003

ストーリーは、勘違いや間違いやズレが基本で、それらが無理に繋がったり回収されたり後で整合性が取れたりするものではない。
かといって、自然でリアルな流れかと言えば、全然そんな気はしない。
徹子のおっちょこちょい振りが気に障る場面も多い。
蜂の件でもそれがもとで学校に行けなくなることに共感出来ない為、そこからまず入って行けなかった。
その他のエピソードについても、面白いとかびっくりとか意外だ、と思う以前に無理があるという違和感のみ。
(特に4人のユダなどには閉口する。睦美の立ち位置もあり得ない。噺の中心でもある花の恋愛観。受け入れ難さだけが乗じてゆく)。
不自然なノリで、その中で妙に元気なキャラについて行けない。
(荒唐無稽でも説得力があればよいのだが)。
キャラ自体にほとんど馴染めなかったのだ。
すると絵それ自体にもじっくり味わうモチベーションもなくなる。
実際、あまり覚えていないし、印象もない。
全体として、面白いアニメとは思えなかった。

The Murder Case002

岩井俊二監督の映画はどれも好きであるが、アニメは今一つであった。
今後も(実写)映画の方を見ていきたい。
アニメは京アニやジブリの方がずっと好きだ。




ノートルダムのせむし男

Notre Dame002

The Hunchback of Notre-Dame
1939年
アメリカ

ウィリアム・ディターレ監督
ヴィクトル・ユーゴーNotre-Dame de Paris原作
ソニア・レヴィン脚本
ロバート・ワイズ編集

チャールズ・ロートン、、、カジモド(ノートルダム大聖堂の鐘つき男、せむし男)
モーリン・オハラ、、、エスメラルダ(ジプシー娘)
セドリック・ハードウィック、、、フロロ(司教補佐)
エドモンド・オブライエン、、、グランゴワール(詩人)
アラン・マーシャル、、、フェビュス隊長


中世のパリの光景が大変印象に残る(15世紀のパリ)。
特に夜のノートルダム大聖堂の存在感。
ファサードの再現性も高いではないか。
それと同等の存在感をもったせむし男Quasimodo(不完全)。
レリーフ像の数と多彩さにも眩暈を覚える。カジモドもその一つみたいであった。
しかし彼の鐘を突くシーンは凄い。
その激しさと身軽さは、まるでゴリラみたいだ。

Notre Dame001

エスメラルダが最後まで馴染めなかったのは分かる。
彼女は、詩人のグランゴワール、司教補佐のフロロ、王室射手隊の隊長フェビュス、そしてカジモドから好意を寄せられる。
消去法でいってグランゴワールとなろう。
フロロとフェビュスは論外であるが、フロロが最も厄介な輩であろう。フェビュスはどこにでもいる女たらしに過ぎないにしても、これにひっかかったことでとんでもない事態となる。

Notre Dame003

この映画は原作とは異なり、エスメラルダは処刑を免れハッピーエンドである。
カジモドの勇敢で直接的な働きは大きい。彼がいなければ原作のように違う形であるが殺されていたに違いない。
筆の力で世論を形成し王に決断を迫ったのはグランゴワールであり、彼のお陰で彼女は正式にパリに暮らすことが出来た。
ふたりの力があってこそであり、グランゴワールは彼女と結ばれる。
カジモドはレリーフのように孤独のままであるが。
悪魔のそれと並んだ姿が見分けがつかないところが、実に絵にはなる。
彼も「石になりたい」と呟く。そう特異な無機質感がある、、、。
彼はこの地上で何であるか。あえて言えば鐘を突くレリーフであろう。

Notre Dame003

地球は丸いということに対する根深い猜疑や印刷術に対する教会(権力者側)の脅威や不安もよく表されていた。
確かに当時の統治側一般としては、民衆に本を読まれて賢くなられては都合が悪いのは分かる。
その点、ルイ11世は開けた人だと思った。
科学とテクノロジーの味方である。大したものだ。

やはり一番大したものは、完全にカジモドになっていたチャールズ・ロートンであった。
演技も演出もディテールまで文句なしだが、この特殊メイクも素晴らしい。
彼は、何か受賞でもしているのか?これだけやって何もなかったらおかしい。

女の心の動きがよく分かった。






ノート還る

moon001.jpg

やはり1万件近くのTEXT、画像、動画の入ったHDDは、還ってきたノートの筐体にセットしたらこれまで通り、全て見えてサクサク作業が出来た。セカンドマシーン、サードマシーンよりすんなりと何でもできるのだが、何より、データが戻って(見えて)使えることでホッとした。
それにしても、かなりのハイスペックの中古ノートが二台楽々買える修理費である。
高い授業料と言って諦めるが、全くこれまで通りに戻っただけのことなのだ。
明日から暇を見て、少しづつ外部ストレージに逃がしていく予定。
とは言え、外部でもHDD、SSDに吸収させるのだから、いつぽしゃるかこれも分からない。
つい先日、WDの外付けHDDが事切れたばかり。
(カリカリ音が悪魔の囁きであった)。

一番、長持ちで堅牢なのは、ラスコーの壁画みたいに岸壁に削り込んだ情報だ。
あの味わい深いフィギュア、、、。
いずれにせよデジタルが一番早く亡くなる。

情報量とその扱いの簡易さは圧倒なのだが、、、。
まだテープの方が長持ちするとも言われているがその編集作業の自在度は天と地の差がある。

しかし情報は凄まじい勢いで雪崩れ込んで来るのに、アウトプットは僅かしか出来ない。
この状況は身体を歪ませるに足る。
そのうえ、ろくでもない情報や詐欺まがいのモノ、単に吐き出された汚物に等しい暴力以外の何物でもないモノも多く混じり、それらは、早急に解毒が必要となる。

アウトプットの有効性は、実感するところではあるが、速度が追い付かない。
ちんたらやっているのがもどかしく、人は原爆を落としたりするのだ。

そう、全的崩壊も趣があってよい。

どうなんだろう。
ここのところ頻りに言われているように、地球外知的生命体は存在するのだろうか、、、。
プーチンに聞いてみたいところなのだが、、、。
河野太郎が総理になったら、日本も本格的にそれに取り組むようになるはず。

地球人が滅んでも他に宇宙を見る存在があるのなら、宇宙は存続するだろう。
あの薫り高い名作「メランコリア」では、地球の消滅と共に宇宙も意味を失い存在を消す。
感知するものが無ければ時空は発生しない。
在るも無いもない。

さて、空のノートが宇宙の果てから帰還した。
外しておいたHDDを装着して時が戻った。

これから新しい時間系に乗る。



Moonwalker002.jpg



寝ても覚めても

Asako I II001

Asako I & II
2018年
フランス・日本

濱口竜介 監督
田中幸子、濱口竜介 脚本
柴崎友香 原作
tofubeats 音楽


東出昌大、、、丸子亮平 / 鳥居麦
唐田えりか、、、泉谷朝子
瀬戸康史、、、串橋耕介
山下リオ、、、鈴木マヤ
伊藤沙莉、、、島春代
渡辺大知、、、岡崎伸行(ALSになる麦の親友)
仲本工事、、、平川
田中美佐子、、、岡崎栄子


携帯を捨てる。
それまでの全てを捨てる。
決断をしているように取れるが、、、
寝ても覚めても(悪)夢の中なのだ。
外には出れない。

Asako I II004

確かに感謝と愛とは違う。
好きというのは、いつも微妙。
好きというのは、自分に言い聞かせるときに使う。
好きにならなければ、、、。
本当に好きな他の誰かを意識の底に沈みこませる時に使う。

成長した気になっていたけど、、、
目が覚めて、わたし何も変わっていなかった。
何度も目が覚めた。
亮平の運転する車の中で。
麦の運転する車の中で。

同じように車が途中で止まり、気づく。
自分の目覚める方向はどちらなのか、、、。

Asako I II003

ずっと怖かった。いつかそうなるかと思っていた亮平。
麦は亮平やない。帰らないと、と言われあっさり晴れやかな表情で別れを告げる麦。

彼女との関係を常に恐れる男と何も恐れず飄々と自分の世界を生きる男。
顔がそっくりなだけ。
地道に生きる男と夢の中を通り過ぎる男。
実際、どちらに惹かれるかは彼女次第。
どちらも悪夢の中のひとつの様態に過ぎない。

Asako I II002

あやふやな、どこか間違っていると感じていた彼女は、「間違いでなかったことをしたかってん。その時は。」と言う何か安定した現実感に触れたかった。亮平にはその安定~安心感がある。
しかし、どこからともなく現れいつの間にか去ってゆく面影にも、その実体のない煌めく夢の方向にも絶えず引っ張られてゆく。
どちらも夢だが、どちらの夢を選ぶか、である。

最後に朝子は、とても力強く確信を持った目で、亮平の世界で共に生きることを決意する。
彼にもう信じては貰えなくとも、彼に甘えず自分を生きることに決めた。
亮平も、もう関わらないと言っても彼女の飼い猫をすっと飼っていたのだ、、、。
ふたりの仲はそのまま漸近的に元へと収束するのだろう。
元の夢へと。



朝子の寝ても覚めても居心地悪い夢の中にいる感覚はとても共感する。
わたしにとっても、この世界はなにひとつ確かなものも信用できることもない悪夢に等しい。

Asako I II005

主演のふたりは物語を延長しそのまま不確かな夢の中を踏み迷って行ったようだ。


山下リオに意外なところで逢った感じ。相変わらず素敵である。
主演のふたりは、この危うい幻想世界を見事に演じ構築していた。
この世界を表わすのにもっとも適した主演者と思われる。



めがみさま

megamisama002.jpg

2017年

宮岡太郎 監督
大月もも 脚本
主題歌SHE'S「Ghost」
松本淳一 音楽

松井玲奈、、、佐倉 理華
新川優愛、、、ラブ
廣瀬智紀、、、川崎 拓海(ラブのマネージャー)
梅舟惟永、、、三坂 あゆみ(雑誌記者)
西沢仁太、、、鹿島(ラブのセミナー会員)
西丸優子、、、相田(ラブのセミナー会員)
片山萌美、、、高鷲 尚美(理華の同僚)
鈴木ちなみ、、、ショップ店員
筒井真理子、、、、佐倉 市絵(理華の母)
尾美としのり、、、尾沢欽一(三坂の上司)


megamisama009.jpg

酷い毒母に育てられる(うちとおっつかっつだ(爆)。
娘の自立性(はおろか自律性を)も認めない母。
(この母の特徴がまず表されるシーンが隣から聞こえてきた赤ん坊の泣き声に酷く腹をたてるところ。本源的な欲求や瑞々しい生命力という他者性を認めない)。
仕事に就いてからもその支配下から娘は抜け出ることが出来ない。
完全にがんじがらめとなっており、無力で卑屈な曖昧な笑みを浮かべる弱者に貶められて生きる。
母子家庭のようだ。佐倉 理華という娘。

megamisama006.jpg

そんな身体性を抱えもって生きているため、母にされたであろうような仕打ちを周りの人間からも絶えず反復される。
片山萌美女史が悪役やっているのは、ちょっと嫌だが(爆、こういう上から目線に常に痛めつけられることが常態化していた。
虐められても誰も助けてはくれないが、それ以前にちゃんと自己を主張し、周囲に対し被害を訴え救援を頼む姿勢が彼女には欠如している。
しかしこれは仕方ないことで、母のお陰で主張するだけの自己が形成されることがなかったのだ。そして健やかな人との関係性を育む機会が与えられずに来てしまったため、自分に起きたことを正当に周囲に伝える、生きるための基本スキル~コミュニケーションスキルがなかった。
やられたらそのまま。そのまま反論もせずクビとなる。
家に帰って母にしょんぼりその件を話すと、単に責められ、この出来損ないが、みたいな罵倒されるだけ。

megamisama001.jpg

ストレスは勿論、大分以前から溜まりまくっており、もう極限状態に達したか。
夜中にムックリ起きてパソコンに向かうと、モニターに自分の別人格が現れた(投影された)。
これだけ自分を抑圧して、ほぼ亡き者として生きていれば、乖離したもうひとりの活きの良い人格が無意識下から忽然と飛び出て来てもおかしくはない。本人はこれまで内省的な人間ではなかった為、単に外に現れた人と受け取って対話することとなる。

彼女と公園で話をして感銘を受け~自分が本当はそうありたいという話をラブという幻想~インターフェイスを通して知り、彼女のセミナーに行く(実際はどういう形で整えられたのかは分からぬが、理華=ラブ主催のセミナーである)。
そこでラブの口から理華の本心を聴く形となり、大いに感激する。
自分自身に目覚めてゆく。

megamisama007.jpg

橋の欄干から飛び降り自殺しようとしていた青年を思いとどまらせ、彼をセミナーに呼ぶ。
ラブの言葉に強い感銘を受けた青年は彼女のマネージャーとなり運転も受け持つ。
ラブと理華はルームシェアして暮らし相方として活動を進めてゆく。
マネージャーとなった青年に理華は密かに思いを寄せるが、彼はラブに恋をしている。
理華はラブに嫉妬心を抱く。ラブはある意味、理華の理想形でもあり見た目は大変美しい(新川優愛だし)。
しかし活き活きしてきた自分にも自尊心が芽生えてくる。
これまでまず抱かなかったであろう感情が湧き、かなりの回復を感じさせるところ。

megamisama004.jpg

川崎を間にラブに対して、少し距離感を感じ始める理華であったが、それ以上にラブの言葉と実際の行為の隔たりに戸惑い始める。
最初、出逢った頃のことばには、説得力しか覚えなかったのであるが、、、。
「赤ちゃんみたいに泣き叫ばなければ、誰にも気づかない」。「ことばを呑み込んだ分、振り回されてきたのよ」。
「何を捨てても自分だけは捨てられない。裏切ってはいけないのは自分なの。自分のこころに耳を傾けなさい」。
「変わらなくていい。開放するの」。
理華はめでたく家出する。

そして、、、声を上げろ。状況を変えろ。我慢しない。
という掛け声から、ラブ自身も、セミナーの濃いラブ信奉者たちも、まるで子供の仕返しみたいな幼稚で粗暴な行動に出る。
いつも必ず、ラブと理華は一緒にいるが、誰もがラブしか見ておらず、理華に視線が向かないのは、ラブが投影された理華を観ているからだ。人々の中では理華そのものは見えていない。あくまでも理華であるラブに接している。

誰も理華がラブの代役でインタビュー、取材、セミナーで語っても、それに気づかない。
表向きは同一人物であり、内的にかなりの乖離が顕わとなり、双方がそれに気づいてきていた。
であっても、語る内容は同じところから湧き出ている。
その点では、破綻はない。
つまり代役は見事に熟している。

megamisama008.jpg

しかし彼女に習い、セミナーの人々のやることと言えば、相手の人格を無視した暴力的な仕返しであり、一つ間違えれば人身事故や法にも触れる行為に及ぶに至る。
自身も苦しみ葛藤しながら取材に取り組む雑誌記者の三坂がたまたまラブを取材することになった。自分の立ち位置から彼女らを観て、明らかな幼さ自我~自己が成立しないところで単に粗暴な自己主張だけ繰り返しており、彼女は独りよがりで社会的に容認できないものとして告発しようとする。
(この幼い本源的欲求とも取れるものは、子供時代に抑圧され疎外された欲求であろう。ただ、この生々しい欲求がそのまま受け入れられることは赤ん坊でなければ不可能であり、社会化された要求へと昇華されなければならない)。

三坂の真っ当な見解もラブにマインドコントロールされた集団の前では無力であった。
揉み合いになって倒れた三坂を縛り上げて車に乗せ殺害して自分たちを守ろうとするラブについに理華は耐えきれず反旗を翻す。
理華は三坂の主張に共感する部分が大きくなってきたのだ(以前のインタビューの時に比べて)。
しかし三坂はテープを解き車から飛び出したところでトラックに轢かれ死んでしまう。
三坂にも自殺願望があり理華と同様に精神安定剤を常用していた為、取材中であったとは言え彼女の自殺、または妄想がもとの事故と言う形で処理される。

理華は実家に帰り母とはっきりと対峙する。決着をつけるところまでは行かぬが、初めて思い切り自分の本心をぶつける。
毒母が何を謂われたところで改心することはないが、これまで通り娘を思うように操れなくなることだけは認識したはず。

漸く理華は、乖離した自己と決別して、苦難をしっかり受け止められる自立した自己として生きてゆく決心をする。
ラブを取り込んで~子供時代の欲求を承認したうえで、自立した大人として他者と対等に生きる姿となったのだ。
セミナーで、もうラブはいません、と宣言する彼女。
理華は、一つの自我に統合された。

megamisama005.jpg

梅舟惟永という存在感ある女優が光った。
勿論、松井玲奈と新川優愛の熱演は言うことないが。
それから梅舟惟永の上司、編集長?の尾美としのりがとても劇を引き締めていた。
更に友情出演の筒井真理子の毒母振りの凄さはホントに強烈であった。
他人事とは思えない臨場感と共感を得た(爆。
梅舟惟永という女優の他の作品も見てみたいものだ。

megamisama003.jpg




エクストラの空間

StrawberryMoon002.jpg

精神科医をしている弟の薦めで外に空間を一つ確保した。
ことばより場所である。

補助の~もう一つの自分だけの場所がこころの安定にどれだけ寄与するか。

同居の難しさ~自我の相互干渉を緩和する。
(特に依存、共依存関係に嵌らぬように、、、うちの場合は憑依もある)。
ストレスからの解放や緊急時の居場所のために。

あるだけで精神にちょっと余裕が出来るか。
別荘ではなく秘密基地みたいな感じでもある。

思い切った部屋の配置・模様替えも良いが空間の拡張・隔絶がもっと効果的だろう。
ともかく、鬱積するのは選択の余地のない限られた(顔を合わせてしまう)空間内での同居である。
空間の選択に余地があるとないでは雲泥の差というか天と地の差だ。

近いがそこそこ離れているところが良い。
余り近いと、ほぼ離れの感覚だ。
鍵が掛かればよいというものではない。
安全であることが肝心だ。
(こころが脅かされないこと)。

誰にも気兼ねせず、安心して自分になれる場所である。

学生時代離れに暮らしていた友人(先輩)たちを思い出す。
(結構汚いところもあったが)。
部屋の中を完璧に自分好みに形作れることの効用は大きい。
このコンフィギュレーションの操作がそのまま自我形成~アイデンティティの確立へと逆照射してくるはず。
やはり秘密基地だ。
娘に必要な場だ。


moonbow003.jpg



近くにマンションを借りる

Moonwalker002.jpg

同じ屋根の下というのが、煮詰まりの元となる。
親子といえども、、、いや親子だからこそ。
思春期~反抗期~自立という流れからも、少し子供と親の距離を空間的にも取りたい。
(精神的には調整しては来たが、あれこれ手を尽くして空回りしてもしょうもない)。
環境調整からまず行うことにした。

ここの所、物が壊れて修理に出す。取り換える。などのトラブルが続出している。
おまけにメインのノートパソコンにジュースを零した。これは30年以上のパソコン歴からして何とも不甲斐ない噺である。
自分がまさかやるなどと努々思ってもみなかったことだ(爆。
勿論、修理に出す。中のHDの多くのデータがまだバックアップ前であったのだ(実は寸前であった、、、)。
データのバックアップは、そのパソコンを通してするのが最善(セキュリティの関係でSATA~USB3変換ケーブルに繋ぎプロパティからadministratorを移行しても中身を見せない仕様のモノはあるみたいだ。もっとも、パソコンを盗みHDを取り出して繋げば直ぐにデータが見えてしまうのなら、データ盗みほど容易なものはないだろう)。
だが、どれほど修理にかかるかである。ドーターカードの取り換えは必至だろうが。
つい先ほども、ポータブルの外付けHDが自然に壊れた。カリカリ針の音が聞こえだして覚悟は密かにしてはいたが、、、わりと最近のWD製であったため、逝くのが思いの外早い。
貸していたマンションでも機器の大きな取り換え作業が必須となり随分と持っていかれた。
そういうことは、どうも重なる傾向がある。

moon005.jpg

有難くない、シンクロニシティである。
同時性は、どちらかと言うと、良い方で取り沙汰されるケースが多い。
ひとも、ものも一気に煮詰まった感が強い。

今回、娘ひとりと親ひとりずつで取り敢えず分かれて静かに過ごしてみようという試みだ。
今日、2LDKのマンションを営業所の人と見て来たが、娘(出たい方の)は、結構な喜びようであった。
ということで、押さえることにした。
基本、独りで住みたいということだが、独りで住めるはずがないため、親が別の部屋で何か呑気にやっていようということに。
ひとりで色々な家事をやってみることは、とても意味あることだ。
こちらは、困って呼ばれるまでは、好きなことをしていればよい。
恐らくわたしがその部屋で絵を描いている構図となるはず。
それも丁度良いかも。ちょいと歩いた先に、アトリエが一室出来たと思えば良い。
そして娘もピアノの練習は、家に戻ってするしかない。
親娘で、ドタバタ行ったり来たりになると思われる。
ブログを書く暇があるかどうかだが、少なくとも映画を眺めている時間はないだろうな、と思われる。

moon001.jpg

元々映画は好きではないので、大したことではない。
やることを少なくすること。
なるべくやらずに済ますこと、を心掛けたい。




夜に走る

sun009.jpg

今日は病院に2つ行き、薬屋をまわって疲れ果て家でポカンとアイスを食べてほぼ終わり。
物凄く待ち時間が長い病院であった。
みんな只管俯いてスマホで何かしている。
ゲームがほとんどみたいであった。「あつもり」している人もいたようだ。「タヌポータル」で連携プレイができるそうだ。

薬局で処方された薬がないとがっくり来る。
取り寄せだと月曜になりますと謂われたら、遅い!としか応えられない。
金から月まで待てる訳ない。

他の薬局に当たることになったが、途中のスーパーでアイスとドクターペッパーを思わず買ってしまったため、家に一度帰ることに。
家で涼んで大量に溜まった録画を観ながらバニラアイスにドクターペッパーをどくどくかけて食べ始めるともうなかなか腰も上がらない(一応、クリーム・ソーダで食べているつもりだが)。
ほんとに太って来たものだ、、、なんとかせねば、、、。

録画の中では「プレパト」が一番面白かった。
そこの俳句コーナーが愉しい。
芸能人が詠んだ俳句を先生がどう直すかが一番の見どころか。
必ず、おうっと声が出てしまうくらい素敵な句に変えてしまうところが見事でいつも感心する。
変えることで読み手の思うところを更に鮮明に表すのだから素晴らしい。
(いくら綺麗な句になろうと思いがズレてしまっては意味がない)。

それから面白いのは「博士ちゃん」だ。サンドウィッチマンと芦田愛菜のやっている番組。
娘と同じくらいかもっと若い子が博士で出てくる。
それが皆、しっかりしている。
それ以上に自分の好きなこと、やりたいことを知っており、それを無心に極めんとしているところが凄い。
何のためではなく、やりたいから一生懸命やっている。ただそれだけのところが、気持ち良い。
当然それについては大変詳しい。ディテールに及び鮮やかである。

二番組見ながら、結構笑えた。
ここのところ、笑う場面がなかったため、気持ちが解れ、落ち着いた。
偶には、こんな時間ももたなければ。
最近、コズミックフロントは再放送ばかりで、坂道系番組は娘ともども飽きてきて自然に見なくなった。
いくちゃんが出る時だけ見る感じか。
”GirlFriend”が普通の(メジャーの)音楽番組に出たら是非見たいというところか、、、。

食後に飲まねばならぬ薬であるため、アイスをしこたま食べたポッコリお腹を抱えて、ちょっと遠い薬局に行った。
始めて来たところなので、メンドクサイ(お客様)情報を書き込み、ついでだからお薬手帳を新しくした。

帰ってきたら、もう特に何もする気がなくなっていた。


夜になって、ここのところ、とっても難しい娘~長女と一緒に走った。
公園と道路で一緒に走った。
帰りに近所の自動販売機でトマトのスッキリしたジュースを飲んだ。
爽やかな帰宅になった。

night01.jpg




今後の楽しみと言えば、、、航空宇宙自衛隊からの報告。





書道ガールズ!! わたしたちの甲子園

syodou003.jpg

2010

猪股隆一 監督
永田優子 脚本
岩代太郎 音楽
FUNKY MONKEY BABYS「大切」主題歌

成海璃子、、、早川里子(書道部部長)
山下リオ、、、岡崎美央(書道部部員)
桜庭ななみ、、、篠森香奈(書道部副部長)
高畑充希、、、好永清美(書道部部員)
小島藤子、、、山本小春(書道部部員)
森崎ウィン、、、市ノ瀬誠(書道部部員)
森岡龍、、、中野卓也(書道部部員)
坂口涼太郎、、、村上悟(書道部部員)
市川知宏、、、高田智也(里子の幼なじみ)
金子ノブアキ、、、池澤(書道部顧問の臨時教師)
愛媛県立三島高等学校書道部
埼玉県立川口高等学校書道部
埼玉県立松山女子高等学校書道部


ホントに書道パフォーマンスしていた。
「書道」はよく行く(今は全然行けないが)美術館でもやっているし、その一気呵成に描かれた龍雅で精妙な造形に魅了され暫く見惚れてしまうものだ。
ここで彼女らによって書かれた文字もなかなかのものだと思う。
大きな筆で体力も相当消耗するはず。わたしがやったら必ず腰に来る。
女優も大変な職だと思う。
ピアニストの役柄でホントに弾いてる人もいるし。

syodou002.jpg

この物語は実話を元にしたものだという。
愛媛県四国中央市は紙の街として知られ、製紙工場の煙突は街の何処からでも見えるシンボルにもなっていた。
そんな街だが、不況の影響で商店街は軒並みシャッターが降りて店じまいの張り紙が淋しく貼られてゆく状況。
最大の売りである上質の紙も安い紙に押されて売れない。
不活性な雰囲気が至るところに蔓延して閉塞感を漂わせていた。
この物語の愛媛県立四国中央高等学校の書道部も主力部員が母親の入院で進学を諦めアルバイトのために部にも出れなくなる。
書道部は、何とかかつての書道部のような活気を取り戻したいともがく。

syodou005.jpg

絵をパフォーマンスで描くことはもうすでに歴史がある。
このライブのパワーは確実に見るものに衝撃を与える
独り籠って自分に向き合い描き進めその結果を見せるものとは異なるエネルギーの迸りがある。
より感覚の研ぎ澄まされる場の高揚も生まれるのでは。
生成されてゆく過程を目の当たりに出来ることは、音楽を聴くような一回性の感動を齎す。
作者と観客の恍惚的な一体感も生まれるだろう。

syodou001.jpg

これは造形芸術のひとつの在り方だと思う。
特に書き直しの利かない書道は、このようなパフォーマンスに適している。
だらだら長引かないところも良い。
観ていても気持ちよいものだ。
それが個ではなく団体の対抗戦の形式で行われるのは、スポーツ的な要素も入りより見応えも増す。
フィギュアスケートや新体操の競技の観戦にも近い要素はある。

syodou004.jpg

この高校の発案で始まった書道パフォーマンス~「書道甲子園」がそのままずっと続いていることは、その価値が人々にしっかり受け容れられているためだろう。
この催しで、町興しがどれほど出来たかはさておいて、人の気持ちが活性化され創造的になることが出来ればきっと良い結果が齎されるものだ。
あの大きな丈夫で破れない高品質の地元の紙がふんだんに使われていたが、売り上げに繋がっていっただろうか、、、。
注目が全国的に広がることであろう。
まさに「再生」である。

syodou006.jpg

この大会を考え付き、益々盛大なものにしてきたこの書道部の功績は大きい。
ただ、わたしは岡崎美央が大学進学を断念して将来の書道の道も危うい状況のままで終わってしまったのが残念であった。
山下リオは薄幸な美少女という役回りが多いのだろうか、、、。


自分が真にやりたいことが、外的条件により断念せざるを得ない。
立ちはだかる現実。これは、何にしても辛いことだ。
最後の思い出に大会に出場したくらいで、諦めがつくとは思えない。








Rise Up ライズアップ

Rise Up005

Rise Up
2009

中島良 監督
入江信吾 脚本

林遣都、、、津屋崎航(わたる)
山下リオ、、、柳沢ルイ(盲目の少女)
太賀、、、梶裕哉(ひろや)わたるの親友
青木崇高、、、柳沢誠一郎(ルイの兄)


主役トリオがとても瑞々しい。
ほぼありえないような巡りあわせにとても強引な運びであるが、それでも役者が良いと魅せてしまう良い例。

わたしも「太陽って暖かいのね」と涙できる感性で日々を生きたい。

Rise Up003

パラグライダー、盲目の美少女、カメラ、、、。
この三つが揃えば、ドラマは出来るな。
ロケ地がまた良い。

特別な上昇気流“ライオン”に乗ればきっと自分は変われると信じる航。
最後はその航と一緒にパラグライダーで風に乗るルイ。
カメラが趣味であった彼女は、事故で盲目となった後、彼の影響でまた撮り始めた。
高みに上がり、太陽の暖かさを感じてシャッターを押す。

Rise Up001

間近に立つ航の顔を撮る際に、ルイの心象風景における彼の顔が写真に納まる~重なる瞬間のVFXが素敵であった。
これから彼女は盲目の写真家として歩んで行くのだろうと想える。
ひろやもいいやつだが、なかなかここまでの親友というのも、、、貴重である。
航とルイの出会い自体、その因果も含め確率的に在りそうもないものだし、、、あってもよいが。

非常に場のエネルギーが高まっている状態に思える。

何というか若い感性がキラキラしている、そんな映像であった。
ここのルイみたいな少女をツンデレというのか?
ルイ程可愛くないと単に途中で見捨てられそうだが(笑。

Rise Up002

ルイが趣味にしていたカメラは、事故で盲目になってしまった後で処分を頼んでいたモノだそうだ。
それがまだ家に保管されていたことを知り、彼女は逆上してその大切だったカメラを床に叩きつけて壊してしまう。
だが、あることで失意にある彼女を何とか元気にしたいということから、わたるはそのカメラを修理して彼女に手渡す。
わたるに見せた彼女の対応がまず普通のものであろう。嫌がらせなの?と怒り撥ねつける他は考えにくい。
そこから、どういった心の動きがあって、再び撮ってみたいと感じるようになったのか、そこの過程を繊細に描くことは、もうちょっとして欲しいところであった。この部分こそ、この映画の臍の部分だし。

Rise Up004

彼女は撮る対象も撮った写真も見ることは出来ない。
それでも写真を再度、始める決心をしたのは、、、。
確かにその決心をしてから、彼女の外界に対する態度・姿勢が変わった。
こころを強張らせ閉ざしていた他者に対し自分から進んで関り、親切にしてくれた老人に被写体になってくれることを頼むまでしている。
今の自分の身体性を受け容れ、そこを元に新たに積極的に環世界に対して関係を切り結ぼうとしたのだ。
決意後の姿勢はよく分かる。
そして、、、何といってもパラグライダーであろう。
感性が開かれ受容性が高まり、それで”ライオン”に航と一緒に乗れたらきっと感じられるものは、とても広大で美しく暖かいもののはず。
まさにアルタード・ステイツである。

こうした体験から以前の視覚とは異なる感覚が冴えわたってくるかと思われる。
その(拡張)感覚で捉えた写真というのも面白いものになるかも知れない。
そういったことに想いを馳せる機会ともなる映画であった。

Rise Up006

物語の中で流れる「月の光」は良いとして、エンディングの歌はやめてもらいたい。
邦画はどうもエンディングに全てをぶち壊すようなヴォーカルもののポップスをガンガン入れてくるものが多い。
止めて欲しい。


林遣都の演技のぶっきらぼうなところがとてもフィットした物語であった。
山下リオは何の役で出ても存在感があり素晴らしい。








検索フォーム
ブロとも申請フォーム
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

SF PickUp