プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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エンドルフィン

Endorphine.jpg

Endorphine
2015年
カナダ

アンドレ・ターピン監督・脚本

ソフィー・ネリッセ、、、シモン・ディコネック(量子物理学者の少女時代)
マイリーン・マッケイ、、、シモン・ディコネック(量子物理学者の女子大生時代)
リズ・ロイ、、、シモン・ディコネック(量子物理学者の初老時代)
モニア・ショクリ、、、シモンの母


脳内伝達物質のエンドルフィンは、モルヒネを使用した時のような多幸感を齎す。
以前、βエンドルフィン分泌によるランナーズ・ハイなどが話題になっていた時期があった。
何でこの映画、エンドルフィンなのか、、、。

やさしい本泥棒」のヒロインのリーゼル役であったソフィー・ネリッセが主人公の若い頃を演じる。
ちょっと成長した時期をマイリーン・マッケイ。教授になってからの姿をリセ・ロイ。


と言っても、初老の教授の頃と女子大生の頃と少女期が飛び飛びにごちゃ混ぜになって出て来る。
少女期に目の前で母を殺害され、シモンは深いトラウマを負う。
その為か、彼女は時間に拘ったのか。
その時に何も出来なかった自分の無力感が時間意識いや感覚に対する無力感にも同期する。
そして時間とはそもそも何か、を解明したいと願う、、、ようになったみたいだ。

教授の現実~時間についての講義がこの映画の解説にもなっている。
量子力学ベースの時間論となる。ミクロレベルで、粒子は時間的方向性を持たない。
われわれの感じるスケールにおいて立ち現れる時間とは、、、。

様々な説があるが、この先生の説はどのようなものかは今一つ分からないのだが、
昆虫の環界認識との差などを映画のコマ送りを素材にして説明するところで、昆虫の視覚の速度における精度の高さを説いていた。
われわれのスケールでのぼやけた視覚における世界認識というものはある。
そのぼやけ~無知の尺度として生まれた概念が根深く身体化しているところはある。

彼女の講義からは離れるが、全素粒子の相互作用を観る方法がない為、物質と熱(エントロピー)の関係を統計学的に(例えば温度とかで)表現する測りとして時間という概念が生じたという説明はある。
いずれにせよ、われわれが日常感覚では平らな地面~無意識的な基準~の上に生活していて空に浮かぶ天体はこの確かな地面の上空を移動している~日が昇り、沈む~のが極自然な基本感覚である。これに対してわれわれの貼り付いている地面の方が動いているのだと言われても身体感覚では受け入れ難い。その動きも複雑極まりないピアノ曲線を超高速で描いてゆく。
通常のわれわれの時間感覚は、天動説に馴染んだ身体感覚のようなものと謂えるか。
こんなところから、時間について対象化したり思い描いたりすること自体が難しい。
もう久しく前から、光の速度がどの観測者から観ても一定ということから、時間の相対性~時空の歪みは説かれてきたものだが。

もう少しこのシモン先生の時間講義を聴いてみたいものであったが、そこは映画自体で、、、ということか。


もう出だしから尋常ではない時間論の解説なのか、映画の世界そのものの描写なのか判然としない光景が映し出される。
シモンのイメージ、思考、経験、、、物事はこれらをキッパリ割り切れるものではないが、時間のみならず、これらもコラージュの如くに組み込まれて展開する。

こういう映画のように形式を目一杯活用して内容~テーマを表現するものって、どうも解説は難しい。
解説しようなんて元々思ってはいないが(笑。
映画の内容で思想を語るものではないところが難しいのだ。
そのまま体験すればよい?確かにそうなのだが、、、。

要するに変化の体験をわれわれが日常的~マクロのスケールで~把握する尺度として生まれた概念のひとつが時間となろう。
であるから、このような体験を映画で魅せて、この作者の「時間論」いや時間を披露しようと言うものとして、、、
だが、どうも残念なことに、わたしは見終わってどういうものであったかが定かでなくなり、全体をよく思い出せないのだ。
記憶自体がそもそも通常の時間に制約されているため、それを離れた把握が有機的(言語的)にし難い。
別の文法が必要となってくる。

それにどれだけ厳密にある時間論に則し作られているのか。
その辺も何とも言えない。
何でこの映画、エンドルフィンなのか、、、。


そういえば、時間を扱った「グラビティ 繰り返される宇宙」と「万引き家族」の感想を書くことにしていたことを思い出した。
これは、もう鮮度が失われて無理かもしれないが、キャストの記録くらいは残しておきたい気もする。








アイアン・スカイ ディレクターズ・カット版

Iron Sky001

Iron Sky
2013年
フィンランド・ドイツ・オーストラリア


ティモ・ヴオレンソラ監督
マイケル・カレスニコ、ティモ・ヴオレンソラ脚本
ヨハンナ・シニサロ、ヤルモ・プスカラ原案


ユリア・ディーツェ、、、レナーテ・リヒター(地球学者)
ゲッツ・オットー、、、クラウス・アドラー(ナチス准将、次期総督)
クリストファー・カービイ、、、ジェームズ・ワシントン(黒人モデル、何故か月に送り込まれる)
ウド・キア、、、ウォルフガング・コーツフライシュ総統
ティロ・プリュックナー、、、リヒター博士(レナーテの父、マッドサイエンティスト)
ペータ・サージェント、、、ヴィヴィアン・ワグナー(大統領の広報担当者、ナチス軍を迎え撃つ指揮官にもなる)
ステファニー・ポール、、、アメリカ合衆国大統領(選挙戦の為、戦争を企てる)

Iron Sky007

月の裏側に逃げたナチスの残党が、卍型巨大基地~要塞を月面に建造して地球制服を企んでいた。
そこへたまたまやって来たアメリカの月着陸船から降りて、また旗でも立てておくかとか言っている時に、観ての通りの形をした巨大なナチスの裏月面基地を発見して唖然となる。
月面に降りていたモデルで軽佻浮薄なジェームズ・ワシントンはナチスに捕らえられ、殺されかけるも大統領と友達みたいな出任せで辛うじて命は助かる。
但し、地球侵略時にクラウス・アドラー准将を大統領のところまで案内しなければならない。
だが、これも荒唐無稽な形で直ぐに実現してしまう(詳細はアホな展開で略)。

Iron Sky004

「ザワークラウト」をうちでも漬けて食べてみたくなった。
ブラックコメディーで出来ることを片っ端からやってみた、みたいな映画。
コミカルにVFXは、バカ丁寧に作られていて、笑えるかと思って観ていたが、特に爽快に笑える感じのものでもない。
かなりのお馬鹿度ではあるが、時々、ニヤッとするくらいのもの。
マッドサイエンティストのリヒター博士がジェームズ・ワシントンから奪ったスマホをコア動力システムに組み込む時にその接続インターフェイスをUniversal Serial Busと呼ぼう!と言った時は流石に笑った。

Iron Sky003

”Dark Side of the Moon”にナチスが巨大要塞を建造していて、月面の岩石からヘリウム3の採掘も進めていたらしい。
次期エネルギーをいち早く自分たちのものにしていた。
そこまでしていて、コンピュータは馬鹿でかいままのもの(真空管?)で、その方面での技術革新は全く進んでいない。
地球と月で基礎技術的な面で大変な差が出来ていた、、、そんなことあるか?こういったズレは面白い問題だと思う。
スマホ(のCPU)の方が遥かに高性能で、クラウス・アドラー准将が意気込んで地球にスマホ~タブレットを奪いに行く(爆。

Iron Sky002

何故か、アメリカ大統領広報担当?のヴィヴィアン・ワグナーと意気投合してクラウス・アドラーは現ナチス体制に反旗を翻す。
(意気投合するのは両者ともに利用し合ってと謂うより、余りに灰汁の強い性格がピタリと合ったという感じだ)。
今はウォルフガング・コーツフライシュ総統の時代であるが、クラウスは飽くまでも”ハイル・ヒトラー”と唱えており、現体制を老害と称しこれを打破して自分が総統の座に就くことを狙っている。
ヴィヴィアンもそれに協力する。
だが、直ぐに裏切られる。クラウスはナチスを我が物にして地球を征服すること以外、頭になかった。
立派なヒトラー後継者である。第四帝国万歳と来る。

差別表現に充ち満ちているが、お調子者のジェームズ・ワシントン(ウィル・スミスの芸風にそっくり)がリヒター博士に月面基地において白人(アーリア人)に改造されてしまう。劣等民族であることから救ってやったぞと恩に着せられクラウス准将、レナーテ女史(クラウス准将の婚約者でもある)と共に地球の大統領の仲介役として円盤で還って来る。
しかし結局、彼はかつての黒人でもモデルでもなくなり単なる白人ホームレスになってしまう。
同胞も職も地位も失ってアイデンティティ崩壊ときた。

その後、街中で出逢ったジェームズ・ワシントンとレナーテ・リヒターは、チャップリンの映画「独裁者」を一緒に観る。
レナーテは月ではナチスのプロパガンダ用に編集されたものを観ていたのだが、全く異なる長い「独裁者」を観て、愕然とする。
ジェームズの方も編集が余り上手くないとか知ったようなことを言っていたが、レナーテはここで、転向する(笑。
ナチスが間違っている事を悟り、クラウスを止めようと行動に出る。

Iron Sky005

この映画の目玉でもある、月周辺でのナチス軍と地球軍の宇宙戦艦同士の闘いである。
(その前に地球ニューヨーク上空を、しこたま円盤が来襲してきて暴れまわるのだが)。
この辺は、普通に面白い。ヒトラーお気に入りのワーグナーもここぞとかかる。
だが、日曜のヒーロータイムで何となく見る分には良いが、わざわざ時間を取ってみる程のものかとも思う。
確かにVFXはよく出来ている。が、この手のものは食傷気味でもある。ローランド・エメリッヒ監督をはじめこういうのを作りたがる人も多い。一杯見て来たのだ。

アメリカ大統領がここで意気揚々と、秘密裏に宇宙戦艦を開発していたことを世界に明かし、何故だか広報担当?のヴィヴィアン・ワグナーが、その船の船長として敵の壊滅に向かう。大統領に指名されたのとクラウスに対する復讐もあるみたいだ。
宣伝効果抜群で選挙戦はもう貰ったようなもの。

面白いのは、ナチスの戦艦が隕石を持って来て地球に落下させたり、葉巻状の巨大母艦から次々に発射される円盤との競り合いである。数が余りに多く、アメリカの戦艦も苦境に立たされる。
そこで各国からそれぞれ秘密裏に開発された宇宙戦艦がズラリと登場して来る。何れも個性的なデザインで兵器も異なる。
アメリカ大統領は平和協定違反よ!と怒りを爆発させるが、各国の協力が無いとナチス第四帝国は倒せない。
違反はアメリカもだろと言い、各国代表は大笑いである。
アメリカだけはイイのよと叫ぶ大統領。小学生の学級会レベルに遠く達していない。

Iron Sky006

このシーンでもっとも凄いものは、ナチスの最終兵器である超巨大戦艦”神々の黄昏”である。
その壮大さに圧倒される地球防衛軍?これには狼狽えた。
ヘリウム3をエネルギーとし、一撃で月が大きく削れてしまうキャノン砲を備えている。
しかし戦艦ヤマトみたいに直ぐに沈む運命にあった。
中で、レナーテ・リヒターとジェームズ・ワシントンが適当に活躍していたのだ。
レナーテが総指揮官であるクラウスをハイヒールで倒し、ジェームズがコアシステムからiPadを引き抜いた。
これで、”神々の黄昏”は呆気なく沈む(勿体ない。

兎角そういうモノなのかも知れない。
ナチスを取り敢えず退けると、今度は各国がヘリウム3を巡ってその場で喧々諤々となる。
大統領は、月はアメリカのものよ。旗っだって立てているでしょ!と主張する。
各国の宇宙戦艦同士の死闘に転じる。
日本の戦艦はカミカゼ特攻隊みたいに敵の宇宙戦艦に激突し玉砕するスタイルをとる。

そんなころ、レナーテと薬を飲んで黒人に戻ったジェームズが抱擁してキスを交わしている。
それを観たヒトラーユーゲントたちが異議を唱えるが、レナーテはジェームズにこれからするべきことが多いわねとほほ笑む。


まあ、家に閉じこもっていて、ストレスが溜まっていたなら、観るのもよいかもという映画か。








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イカルイト

Iqaluit002.jpg

Iqaluit
2016
カナダ

ベノワ・ピロン監督・脚本
ロバート・マーセル・ルパージュ音楽

マリ=ジョゼ・クローズ、、、カルメン
フランソワ・パピノー、、、ジル(夫、建設業者)
ナター・アンガラアク、、、ノア(夫の親友、部下、イヌイット)
クリスティン・トゥートゥー、、、アニ(ノアの姪、ジルの浮気相手)
セバスチャン・フーバドー、、、ビクター(夫の親友、白人)
ポール・ヌタラリアック、、、ダニー(ノアの息子)


フロビッシャー・ベイという名の街であったが、1987年にイカルイトに改称された。
ロバート・マーセル・ルパージュの音楽がこの北(北緯63度)の朝なのか夜なのか分からない場所にマッチしていた。
雑踏の話声が環境音でよく響いていた。
住民の約6割はイヌイットであるそうだ。

クリスティン・トゥートゥーの特殊な発声法によるボーカリゼーションも興味深い。
以前、モンゴル人のアーティストによる演奏でもまた異なる発声法によるボーカリゼーション”フォーミー”に驚嘆したものだが(但しこちらは驚嘆という類のものではなく、喉笛とスキャットの重奏による素朴で生々しい響きといった感じ)。

長期出張中の夫の事故を受けてモントリオールから駆け付けた妻のカルメン。
しかし彼は一言も彼女に告げることもなく息を引き取る。
それから、カルメンはイカルイトに滞在し夫の生前の姿を知ろうとする。
事故の真相も知りたい。
夫の仕事仲間や知人に当たると皆、彼はいい奴だった、良い上司だった、等と当たり障りないコメントを返してくる。
まあ大概はそうしたものだろう。何やら腹に秘めている者は、そういうときには何も言わない。

寒々とはしているが、とても惹かれる幻惑的な光景だ。
そしてバーに作家自ら彫刻を売りに来るというのも乙なお土産文化に思える。

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この物語、アザラシを生で食べるシーンから始まる。
これが御馳走なのだ。皆で取り囲み各自ナイフで切りながら美味しそうに食べる。
(精神を落ち着かせたいときに滞在する川辺のテントでもノアは釣った魚の生を食していた。食文化は日本人の感覚に近い)。
ここで、ジルはこの家の主人であり仕事の部下でもあるノアに金を渡し、アザラシの生食に誘われた帰りに娘のアリにも金を渡す。
かなり気前のいい男だと思っていたが、後半でその意味も分かる。
ダニーのジルを窺う表情にも見て取れるものだ。

夫はイヌイットの有名な作家の彫刻も沢山集めていた。
知らない面を知ることはあるだろう。
だが、この収集もある目的というかケジメとして処理されていた。

実はジルは、まだ当時20歳の学生と恋仲になり、何と子供まで儲けていたのだった。
流石にカルメンはこれには驚き、悲嘆に暮れる。
真相は、酒に酔ったダニーとジルとの間のちょっとした小競り合いからの事故であった。
押された拍子に落ちたところで頭部を打ってしまったのだ。
直ぐに警察に連絡はしたが、自分たちは姿を消して、この一見は皆で闇に葬ろうとしていた。

そのことを漸く知ったカルメン。
しかし、ノアとその家族との関りを通し、そして何よりこの北の、朝なのか夜なのか分からない場所に、彼女も何時しか呑み込まれていた。
闇のない時間は、異なる感覚と感性を生む。
何よりこの場所なのだ。


この事故~事件の決着は、そのことを自ら話したダニーとその一家に任せることにする。
そしてカルメンは、アニに子供に父親のことを話すかと聞き、勿論という返答に少しだけ微笑む。





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子供と遊ばない日

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たまには、子供と離れて時を過ごす日も欲しい。
独りになりたいときもある(笑。

こんなに長期間、子供と一緒に過ごすことも珍しいし、そうはないことだ。
ふたりは、わたしの目を逃れるとエンドレスでパソコンゲームに走る。
今日はもう、良いことにする。


映画は観てみた。
が、映画のせいではなく感動が薄い。
こちらが感覚的に疲弊している。
感性がダウンしているようだ。

再度、見直さないと感想にもなりそうにない。
そんな感じだ。

観たものは、「グラビティ 繰り返される宇宙」と「万引き家族」
これを立て続けに観て、消化できるはずもない(爆。


思考停止寸前で混乱もしているため、明日以降にまとめてから書くために少しだけ整理しておきたいのだが、、、
出来そうもない。
取り敢えず、気になる事だけでも挙げておきたい。
「グラビティ 繰り返される宇宙」
VFXが良い。
とてもこじんまりした範囲の深宇宙の光景。
強大な重力場の近傍での出来事。
時間が遅延することは分かる。逆走する場合もあろう。時間のループと突然現れ過去の自分に追突する未来の自分、というところがインパクトはあるも、微妙。
無限ループの表現として巨大惑星の輪が全てその船から発せられた脱出ポッドで形成されている光景には瞠目。

良いSFというものは、世界が出来事の集まりであることを想い起こさせてくれる。
そうした感覚を目覚めさせてくれる。
その点で、この映画は好感の持てるものであった。

わたしは、時間を扱う映画では、時間を実体化していない脚本に期待する。
実際、熱力学関係の熱が絡む数式以外の物理の方程式からは、時間変数は消えている。
時間は無い、と言ってよい。
物の動きがランダムであることから不可逆性が不可避となりモノの移ろい~エントロピーの向きから類推により時間という測り~概念が身体化してしまったものか、、、。
その時間も分秒の計測などは生活環境には馴染まず、事象の起こる順番で身体的に感知するレベルである。
全体の基準となる線状的時間~絶対時間(ニュートン)など生活実感には元々そぐわなかった。

物事の軸に時間は無く、互いが互いの関係においてどう変化するかの相互作用があるのみである。
宇宙の局所、局所で多様な「時間」が生じる。人も固有時として存在し関係する。

その辺の感覚はある。
恐ろしい重力場において時間がほぼ止まっているのは、相対性理論による描写であろうが、その宇宙船の位置が気になる。
事象の地平面に取り込まれずにいられる場所なのか、、、ギリギリのエッジにあって時間の逆流と新たな時間系との激突を繰り返しているのか。
しかもそのループ現象が乗組員の行動の修正によって乗り越えられるという設定か、、、。

「万引き家族」も同様。
ギリギリの場所で奇妙な疑似家族形態を微妙に保つ。
勿論、揺らぎながら辛うじて形~枠を維持しているところがリアルで良い。
「万引き」~ちょいとした?ジャンプで繋がっているのだ。
これはアイデアの勝利に思える。

ゆりという連れてこられた少女は、まさに「ごっこ」のヨヨ子である。
ここでの子役も素晴らしい。
それぞれの存在の無軌道な揺らぎぶりがとても生々しさを覚えて心地よい。
よく比較されていた「パラサイト 半地下の家族」とは、趣きが違う。
ここにあの絢爛たるエンターテイメント性は見られない。その意味で実に地味で生~レアである。
ドキュメンタリーを観るような感覚で淡々と事象は起こる。
連続性と謂うよりちょっとした飛躍で進展して行く。

概ね子供にとって良い方に向いていると思っていたが、大事に育てていた祥太によってその危うい家族は解体する。
同じくネグレクト現場から連れてこられたユリは、元の親に還されたが、当然「柴田家」の方が愛情~愛着関係が篤い。
そちらに還りたがっているのは自然な欲求だ。幼少期の大事な経験が味わえない環境でひとは育たない。
だが、祥太はそこからの巣立ちが必要な段階だった。
意識の上でも彼は、「柴田家」を相対化してしまった。
そのきっかけは、近所のカモにしていた駄菓子屋の主人に現場を目撃され、妹には万引きはさせるなと、逆にお菓子を貰ったことだった。
恐らくこういった経験から子供は、ひとつこれまでの世界を包含する世界観を得るのだろう。

そうした運動が見て取れた。
これもまた静かで良い映画であった。


そのうちにまとめたい。

取り敢えず今日のところは、、、この辺で。



ハッシュ・マネー

Hush Money001

Hush Money
2020年
アメリカ

テレル・ラモント監督


ジョシュア・レイ、、、ダグ(元美術教師)
ケネディ・ウェイト、、、ケネディ(野球有名プレイヤーの娘)
マシュー・J・プラム

「口止め料」である、、、微妙。
「身代金」ではない。

ゆっくり子供と絵を描いていたら、時間感覚も緩くなってきて、うっかりブログ記事をあげるのを忘れてしまっていた。
(コメント?の返しは、メールで分かるので、書いたが)。
思えば、必ず毎日アップしていた時期が結構続いていた。
3日空けて、ルーチンから解かれてしまうと、ある意味起きているのか寝ているのかもあやふやな状態となってよくないかも(笑。
ちょいと、映画でも観てみる。という感じでこれにしてみた。

主人公は「美術」の講義が大学から無くなってしまった為に、失業した美術の教師。
どういう大学なのだ、と文句を言いたところだが、、、。恐らく人気のない授業~単位だったのだろう。
当然、そのままではこれまでに入っていた収入がない分、何かと困る事も出て来るだろうが、、、。
就職先をいろいろ丁寧に当たったのだろうか?

何故だか知らぬが悪徳金貸し(ギャングであろう)から多額の借金をしてしまう。
友人チャックの勧めでそこを紹介されたらしい。このチャックというのも(酷い)曲者だ。
その返済の為そのチャックに言われた通り大リーガーの有名選手の娘を誘拐して指定された場所に連れて行ったのにその男はこない。自分の仕事はそこまでであったのに、この後どうすればよいのか?電話で呼び出してもチャックは別の用があって動けないだと。飛んでもない金貸しを紹介しておいて、返済に困ると誘拐までさせた挙句、自分は手を貸すどころか、打ち合わせの場所にも現れないというのは、、、明らかにハメられたのであろう。もしかしてグルなのか?
誘拐などという大それた犯罪を仕組んでおいて、当日忙しくて行けないから後は適当に頼むというこんな出鱈目があるはずない。
この主人公、ここでパニックとなり、その後はもう滅茶苦茶(自暴自棄)な行動で、当然の如く自滅となる。

この映画は、一体何を狙って作られたものだろう。
ドツボに嵌った人の、歯止めが利かず負の方向に転げ落ちて行ってしまうパタンを一例描いてみせたものなのか。
このダグの行為の愚かさは、誰が見てもそれ以外の何かとは映らないはずだが、友人に肝心なところで梯子を外された時点で、まともな判断の出来る状態ではなくなっていたと謂えようか。所謂、ワンパートを任されただけの犯罪ド素人がいきなり一人で難易度の高い犯罪の全てを熟す羽目になってしまったのだ。対応の取れるはずもない。身代金を奪い金貸しに渡す時間は日没前だ。焦りまくる。
しかも、自分の娘が行方不明と妻から聞かされ、金貸しが娘を保険として誘拐していることを悟ってから、いよいよパニックも倍増する。自分でも何やってるか分からない、、、。


その悲哀がひたすら伝わって来るばかり。
もうそうなると、あの時こうしなければよかったという現実逃避的な後悔と自己破滅的な行動に落ち込むパタンはかなりの確率で起きそうだ。
普段では考えられないような愚かな行動を積み重ねてしまう。
更に、自分の娘に血液を与えるために訪れた客を眠らせ血液採取する老婆の魔の手に落ちてみたり、、、突飛な不運にも見舞われる。誘拐犯のタグは自分の娘のようにケネディをそこから救出したり、喘息持ちの彼女の為に吸入器を買い与えたりして世話まで焼く。そして漸く彼女の母親(継母)が指定の公園のゴミ箱に金の入ったバッグを届ける。タグはそれを横取りしようとする男を半殺しにして金を自宅に持ち帰る。当然そこにはGPSも仕込まれていてFBIが直ぐにやって来る。

こんな最中に、タグとケネディとの間で交わされる「絵」についての話は、唯一実のある部分である。
タグは画家としては無名で、絵も売れていないが、彼女は彼の絵を気に入ってその価値を自分の言葉で語っていた。
奥さんは見向きもしない彼の絵の理解者に、こんな形で出逢うというのもまことに皮肉なものである。
絵を観ればその人間の本質も直覚できるものだ。彼はお気に入りの蝶の絵を覚悟した後ケネディに託す。

ここでは、妙な友人の勧めに応じてギャングから金を借りた時点でほぼアウトではあるが、その過ちに気づき、直ぐにしっかり者の奥さんに相談していたら、痛手を負うにしても何とかなっていただろう。FBIに取り囲まれたことで金を渡しに出ることが出来ず時間切れで自分の最愛の娘を失うことも、その罪の意識からFBIに銃を向け撃ち殺されるところまで行く必要もはなかったはず。
何であっても、最初の失敗の取戻しを早急にすることだ。

彼は、絵をただ描いていれば良かったのだ。ホントは単に絵を描いていたいだけだったのだ。
妻が普通の仕事をしているのだから、再就職はのんびり構えて少しでも条件に合うところをじっくり探せばよかったのではないか。
何を焦っていたのかは知らぬが、ほとんどわたしは日頃全く観ないTV~新聞の三面記事を観る気分で見てしまっていた。
お茶の間の奥さん感覚である(笑。
(今はコロナウイルスでもちきりであるが、ほとんど興味はない)。

ケネディがタグに代わって(引き継いで)絵を描いていることにほっとした。
PTSDではなく彼女にとって良い影響を与えることとなったのであれば(そう願いたい)。
彼女の父も目覚ましい活躍をするようになったことをラジオが伝えていた(彼女の為に奮起したようだ)。
それでなければ、タグも浮かばれまい。

主演の二人はとても熱演で説得力もあった。

この映画、久々のブログ復帰には無理ない滑り出しとなったか?


何の「口止め料」だったのか、、、。
その金はもう要らないと言っていたが、それで口止めもなにもあるまい。
その悪徳金貸しは、タグの娘を殺しておいてどうなったのか、まんまと逃げおおせたのか。




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形を作る

moonbow003.jpg


実体のはっきりしないモノの漠然とした脅威。
結局、ウイルスとは何者?
いや教科書の解説が欲しいのではなくて、、、一体、細胞膜もない活動体とは、生命なのか何なのか?
(タンパク質合成も代謝力もない、、、だからパラサイトするのか、しかしそれに何の意味が、、、あるのか)。
つかみどころのない主役がわれわれの時の流れを危うくしているではないか。

一種の猶予期間~アドレッセンスみたいな日曜続きで、、、太ることが心配(爆。
何処にも目につく、あやふやな対応。仕方ないとはいえ。
情報は過多で錯綜するが、いずれも実情にそぐわぬ、麻痺する感覚。
何処かに湿布でも貼りたい。

こんな時は、「形」をはっきり作る。
部屋で籠ってやるには持って来いの精神活動。
精神衛生上もっともよい集中。
「形」を無欲無心に作ろう。

これは自己完結とは正反対で、自閉からは最も遠い行為。作業。仕事か遊びか。どうでもよい。
一気に(ミクロ~マクロ)宇宙に共振~直結する。


一切、周囲に惑わされない。混じり気の無い究極の快楽。とは、このこと。



moonbow.jpg




ファインディング・ドリー

Finding Dory001

Finding Dory
2016年
アメリカ

アンドリュー・スタントン、アンガス・マクレーン監督
アンドリュー・スタントン脚本
ジョン・ラセター製作総指揮
トーマス・ニューマン音楽
八代亜紀「アンフォゲッタブル」エンディング・ソング

ドリー 、、、何でも直ぐに忘れるナンヨウハギの雌、人やクジラの言葉を理解する
マーリン 、、、カクレクマノミ、ニモの父
ニモ、、、カクレクマノミ、ドリー の親友
ハンク、、、ミズダコの雄
デスティニー、、、ジンベイザメの雌
ベイリー、、、シロイルカの雄
チャーリー&ジェニー、、、ドリーの両親
フルーク&ラダー、、、アシカのコンビ
ベッキー、、、アビの雌
八代亜紀、、、本人、海洋研究所のアナウンス担当(声のみ出演

ウォルト・ディズニー・ピクチャーズ、ピクサー・アニメーション・スタジオ製作
ピクサーあってのウォルト・ディズニー・ピクチャーズである(ジョン・ラセター繋がり)。
スティーブ・ジョブスの大きな功績のひとつでもある。


ファインディング・ニモ」(2003年)の冒険譚から1年後の設定。
マーリン、ニモ親子と一緒にあのドリーは暮らしていた。相変わらず少し前のことをすぐに忘れる、重度の健忘症。そして強度の楽天家である。
ドリーはニモと共にエイ先生の授業に参加するが、この時、うっかり激流に流された拍子に過去のことを思い出す。
「激流には近付いてはいけない」という声がして、それが彼女の両親の言葉であった。
ドリーは両親とはぐれてしまったことを思い出し、両親を探しに行く決意をする。

ニモと今一つ乗り気でないマーリンを引き連れ向こう見ずな両親探しの冒険に出るドリー主演の物語だ。
これが奇想天外で充分ハラハラさせてくれ愉しめる。
(何と言っても健忘症であるが、大事な事を少しづつ思い出して突飛な行動に繋げてゆく)。
脇役もとても個性豊かで何故かとっても親切で情に篤い。
(ちょっと良い人過ぎないか?特にやさぐれたタコ)。

Finding Dory005

鉄板かも知れないが、「モアナと伝説の海」のヘイヘイにピッタリ対応するベッキーも登場する。
そして配役で意外な面白さ、、、
舞台となる海洋研究所のアナウンスを八代亜紀が本人役で務めている。
字幕版だとシガニー・ウィーバーなのだ。
というと、シガニー・ウィーバーは、日本でいうと八代亜紀なのか~?信じられない(謎。

Finding Dory002

「カリフォルニア・モロベイの宝石」というドリーが思い出した言葉がハンクによれば、海洋生物研究所に当たるという。
人につかまり搬送されたところが、そこというのもラッキーである。
そして「研究所の生き物は適切な処置を受けて、自然へ還されます」という八代亜紀のアナウンスが何度も聴こえるが、タグを付けられるとクリーヴランドの水族館で隠居暮らしが出来るという。ミズダコのハンクは実際の海に良い思いが無く、水族館暮らしを強く望んでいる。

どちらが幸せかは、その動物というかその個体次第であろう。
自然はとても厳しい。
だが、このニモたちの住む海の世界は、注意さえしていれば、ほどほどに穏やかだ。

Finding Dory003

この物語では、ドリーが思い出すばかりではなく、出逢った相手が彼女のことを覚えているというパタンも幾つもある。
デスティニーやベイリー、そして彼女の両親を知るナンヨウハギたち、である。
世界は広いようでとても狭いのだ。
こうした物語では。

全て擬人化されており、口当たりの良い御話になっている分、冒険の荒唐無稽さも予定調和的な面白さである。
ハラハラしても親子で安心して観られるものだ。
遊園地のアトラクション的なものか。
感動の親子愛である。
如何にもアメリカ人が好きなタイプのものだ。

Finding Dory004

そしてドリーは、ハンクも海に還してしまう。
そちらが正しいのだ。
そういった枠組みで作られているが、ともかく圧倒的映像技術の勝利である。
CGが現実を超えて(ビビットな)リアルになっていることは、言うまでもない。
以前観たオタク映画、「3D彼女 リアルガール」の登場オタクが現実の美しい風景を前に「3DCGみたいにリアルだ~」と言って感動していたが、「モアナと伝説の海」でも如実に味わえるようにイデア界をそのまま見るような感覚になる。
物語内容は極力引っ掛かりのないものにして、ひたすら映像美を堪能する映画であろう。


その目的は十二分に果たしている。
身体的に大変、心地よい。







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照手姫

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運動不足の解消と、鈍って来きた身体の解放のため、ハイキングに出た。
今日は朝から晴天で、風もここ数日間の中では穏やか、、、。

先日観たTV番組でうちの(比較的)近所に照手姫伝説発祥の地があったことを思い出し、天気も良いし歩いて行こうということになる。
おやつのチョコとお茶のペットボトルだけ持って、おにぎりなどの食事はまだ、外でゆっくり食べる気は起きないので、帰ってから食べることに。
照手姫関連のお店とかには一切寄らず、発祥の地に向い、そこで小休止をとったら直ぐに家路に向かうというあっさりした計画だ。

さて実際に歩くと、次女が足が痛いの痒いのと言い出し煩い。
やはり家に(何度か連れ出してはいるが)ほとんど籠りっきりで運動不足からくる体調の不良であろう。
(血行が悪いのではないか)。
叱咤激励で動く二人ではない。
わたしが大学の一般教養でちょっとだけ習ったヨガのワークショップの内のひとつで、二人ペアとなり、片方が目をつぶり、手を繋いで普通に目を開けている方がナビゲートするというものを試してみた。
空間の質的変化がビビットに感じ取れ感覚の域が上がる高揚した経験が出来る。
日蔭と日向がこれほど違うか、とか足裏の感触の差もクッキリ拾って行けて面白い。
次女もワクワクした様子で、文句を言わなくなった。
取り敢えずは、良し。

サクラもほぼ満開で、途中から完全に桜並木の中に入って歩く。
ここは、目を閉じていたら勿体ないが、帰りに観れば良しとする。
匂い~香りはどうだろう、、、これはさしてしなかった。キンモクセイ(9~10月)とか蝋梅などがあれば、それが目いっぱい愉しめるのだが、、、。
いつしか足も楽になったそうだ。
成長痛ということもあるが、注意はしていきたい。

照手姫伝説の碑については、長女とわたしはすでに来て見ている。
数年前だが、彼女も覚えていた。
とても狭いエリアの伝説である。
わたしが家族で行くもうひとつの大きな公園の方はデイダラボッチ伝説があり、スケールはかなりデカい(笑。
碑には面白みのない絵が説明的に嵌め込まれていて、殆ど見ずに帰路に就いた。


サクラはもう家の周辺の街路には一杯咲いている為、こどもは時折垂れ下がっている魔物の手首みたいな枯れ枝を怖がってみたり、他の自然現象を何かに見立てて楽しんだりしていた。次女の好きな苔は見当たらなかった。
流石に長女も疲れてきたようで、次女は早く帰りたいコールを繰り返している為、照手公園には行かずにそのまま帰った。


以前は、車でも結構掛かる道を徒歩で歩いたものだが、ここのところめっきり体力が落ちているようだ。
子供だから体つくりは大切である。
運動をさせる~体力をつけることを第一に考えてゆきたい。


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モアナと伝説の海

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Moana
2016年
アメリカ

ロン・クレメンツ、ジョン・マスカー監督
ジャレド・ブッシュ脚本
オペタイア・フォアイ、マーク・マンシーナ、リン=マニュエル・ミランダ音楽


モアナ・ワイアリキ(モトゥヌイの次期村長)
マウイ(半神半人の英雄)
ミニ・マウイ(タトゥー、マウイの良心)
トゥイ・ワイアリキ(モアナの父、モトゥヌイの村長)
タラ(モアナの祖母)
シーナ(モアナの母)
ヘイヘイ(ペットのニワトリ)


ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオの制作による「アナと雪の女王」からの久々の充実した傑作であった。
大変見応えがあった。この圧倒的で説得力溢れる映像美は実写では難しい。
特に海の表現~進歩したなあ~と感慨にふける、、、(笑。
この映像そのものを観るだけでも十二分に価値があろう。



噺はとても単純なものにして、ひたすらダイナミックでビビットな画像を愉しませるものとなっている。
テ・フィティという女神が、かつて海に島を作り、植物や人を生んでいった。
だが、ある時、マウイという半神半人の男がテ・フィティからこころを奪ってしまう。
そのことで、テ・フィティは、テ・カァという溶岩の魔物に変わってしまい、その後1000年に渡り、この世に闇が拡がるようになった。
闇の力は、島から生命を奪って行った、、、。
この物語は、闇をこの世から取り除くために、海に選ばれた少女モアナと彼女に促され手を貸すマウイのテ・フィティにこころを返すまでの波乱に満ちた冒険譚である。
とても面白い。ちょっと宮崎駿のアニメを思い出しニヤッとしてしまうところもある。

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タラという祖母はとても自由な発想を持ち、因習に捕らわれない素敵な人である。
村長である父トゥイの「珊瑚礁を超えてはいけない」という厳しい戒めに対しても、孫娘の意志を尊重する姿勢を見せる。
彼女は、モアナ自身の心の声に従いなさいという。
素晴らしい教育だ。彼女は島の長となる存在である。そんな人間がかつての習わしに従い生きることしか出来なければ、島に未来はない。
そして祖母という存在はまた伝説という情報の宝庫でもある。
探求心豊かなモアナは、タラからその昔、島の先人たちも遠い海原に挙って出航していた歴史を知ることとなる。
豊かな海(外洋)に出て行けなくなった理由も了解し、島と人々を救う為に冒険に出る決意を固めたのだ。


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海が味方というのも凄く心強い。
(ちょっとご都合主義的で、擬人化し過ぎな面はあるが)。
普段はドジで、肝心な時に良い働きを偶然するバイプレイヤーもニワトリのヘイヘイとしてお約束のように出演している。
この辺は鉄板か。

マウイは、人々から英雄と称えられていた頃、人々の愛を得る為、島や火やココナッツを彼らに与えた。
しかしそれで彼のこころが満たされたかと謂えばそうではなかった。
相変わらず虚無感が彼のこころを支配していたのだろう。
創造主としての力も得たいが為に、女神テ・フィティ(の島)からこころを奪い取ってしまったのだ。
しかし、心を奪われたテ・フィティはテ・カァという溶岩の魔物に変貌し、マウイを一撃で倒し神から授かった釣り針もこころの石も海底深くに沈んでしまった。そして、闇が拡がり良くないことが世に起こるようになった。

そこで海もこの事態を変えてくれる勇敢で機知に溢れる人を探していたのか、、、それに選ばれたのがモトゥヌイ次期村長であるモアナという少女であった。
彼女はとても真面目で責任感があり、使命感を持つ少女である。海としては重要な任務を託せる存在か。
(しかし自分はどうあるべきかの実存的不安は抱き続けている)。
海の導きの中(この旅は海の導きは不可避である)、モアナも奮闘してまずは、こころを盗んだ英雄マウイを探しだす。と言うか邂逅する。それからは彼との闘いでもある。彼をどうやって味方に付けるかが旅の大きな課題ともなって行く。


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カカモラというココナッツみたいな海賊、巨大なカニのタマトア、テ・カァという溶岩の魔物との戦いもそれぞれタイプが異なるもスリリングでスピーディでコミカルな要素を持たせ充分魅せるものとなっている。
動きのダイナミックさエンターテイメントは申し分ない。

この旅路の後半まで、マウイはモアナをずっと邪魔者扱いし続け何とか振り切ろうとする。
だが海を味方につけるモアナは、どこまでも食い下がる。

マウイは自分の身に起きたことが全て体のタトゥーに現れてしまう体質から、自分の生い立ちまでモアナに聞かれ、渋々それを語ることになる。彼はかつて人間であり、母は彼を役に立たない、いらない子として海に捨ててしまった。しかし海の神に救われ何にでも変身できる「神の釣り針」を授けられ(この時点で半神半人の超人と化したのだ)英雄として暴れ回るようになった。
しかし彼はいつまで経っても自分に確信が持てず、ずっと不安に苛まれていた。
(その寄る辺なさ、不安は神の釣り針への彼の過剰とも謂える拘りにも見られる。そういうモノ~ガジェットの支えが必須なのだ。良く分かる)。
マウイの内面の微妙な徴がことごとく彼の体に動くタトゥー~ミニマウイとして現れていたのか。
彼の内面を素直に表して、彼女に読み取られてしまうのだ。
ここでモアナは、彼がテ・フィティから造物主としての「こころ」~究極の力を奪った理由を察知する。
だが、結果として更に彼を虚しくさせ世に混乱と死を招くだけであった。
「あなたをマウイにしたのはあなたよ」とモアナはマウイに告げる。これは確かで肝心なところだ。
マウイになったのは彼にとって不本意ながら不可避であったが、彼が主体として異なる存在~彼自身となるには、マウイを自ら選んだと措定する(選び直す)ところから始めるしかない(ここはカントも謂う通りに)。
彼も新たなアイデンティティの獲得に乗り出すしかない。

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とは言え向こうの映画は、捻くれていた者が告白すると直ぐに素直になってしまうパタンは多い。
もうその後は、一度大きな挫折を味わうが、エイとなって表れた祖母の励ましも受け(タラは自分が死んだらエイとなってあなたのところに現れると約束していた)、マウイと力を合わせてこころをテ・カァ~テ・フィティに戻す。
その後の生命の爆発は鮮やかで煌めきに満ちてゆく。
珊瑚礁を越えて皆が海に出てゆく。モアナもマウイも活き活きと解放されて、、、。
こういう「爽快なハッピーエンドというのもたまには見たいものだ。
おっと、それから歌も良かった。

ともかく、良いものを見た(娘たちはオーストラリア旅行の時の飛行機の中で観ていたので二度目だったが、じっくり味わっていた)。








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ナビゲイター

Flight of the Navigator001

Flight of the Navigator
1986年
アメリカ

ランダル・クレイザー監督
マイケル・バートン、マット・マクマヌス脚本
マーク・H・ベイカー原案

ジョーイ・クレイマー、、、デイヴィッド
ヴェロニカ・カートライト、、、ヘレン
サラ・ジェシカ・パーカー、、、キャロリン
クリフ・デ・ヤング、、、ビル


デイヴィッド少年は弟を迎えに夜森の中に入って行った時に、何かを見つけて足を滑らせ、気を失う。
目を覚まし急いで家に戻るが、そこには他人が住んでいて、周りの世界はすでに8年経っていたことを知る。
自分の家族は別の家に引っ越しており、自分より遥かに年上の体も大きい弟がいることに驚く。
勿論、家族はその前に充分驚いているが、取り敢えず兄が帰って来たことを戸惑いながらもとても喜ぶ。
これを知ってほぼ同時期に捕らえたUFOとの関連でNASAも色めき立つ。
直ぐに少年を念入りに調べるために、NASAの研究室に幽閉する。
脳波を調べると、UFOとの関係が色濃く出てきて、かなり長期に渡る検査・検証が必要と分かる。
これを知った少年は、何処からか聞こえてくる声に従い、研究所からロボットに隠れて逃げ出す。
呼ぶ声は勿論UFOからのものであった。

Flight of the Navigator003

このUFOは、宇宙船ではなく、星間移動体であり高度なAIのマシンであった。
とても綺麗で洗練された形体で、飛行時にはまた形を変えたりする(どうやら自在に形が変えられるような)。
デイヴィッド少年はその内部に招待され、好き勝手に操縦までさせてもらい大いに楽しんだ。
何処にも繫ぎ目や構造体としての特徴を示さない物体であったが、少年を招くときにはヌルっと下に階段が現れる。
この仕掛けは可愛らししく気に入った。
何かに使えそうな階段である(そろそろ実現可能な)。

マシンの中は操縦室的な形体にもなる。様々な形体~機能を魅せることが出来そう。
まさにソフトマシーンである。
そこで少年は大はしゃぎ。
確かに誰でも楽しくなるはず。
こういう「ごっこ」をわれわれはよくやったものだ(一人遊びでもやっていた)。

Flight of the Navigator002

「ごっこ」では、いつも荒唐無稽なテーマやトラブルや敵やイベントが設定される。
ここでは、君らは脳の10%しか使わないからということで、少年に未知の星間地図を記憶させてみたのは良いが、自分(UFO)自身が地球の送電線に引っかかったトラブルによりそのデータを失ってしまった。それで自分の星に帰れないからさっき君に移した記憶データをこっちにコピーさせてよということになる。うん痛くなければいいよ、ということで、コピーしたら余計な情報までコピーしてしまいそのAIは冗談好きのチャラいデイヴィッドの身近な人間とそっくりな「人格」も持ってしまう。
これもちょっとまわりくどいが荒唐無稽な流れである。

それでかなりの尺をそのUFO内で漫才じみたやり取りをして過ごすというもの。
それほど笑えないジョークも多く、さして面白くはない。
とは言え、もうほとんど親しい友達になってしまっている。
これにより、言語構造の異なる別の認識~知の体系を持つ知的存在とのコミュニケーションの難しさの表現の問題をすっ飛ばせることとなった。上手いと言えばそうだが、これではあんまりだ。他者の感覚が微塵も無くなり、平板でチープな感じに落ち着く。
確かに、こういうUFOに乗ってそこらじゅうを飛び回ったら爽快だろうなと、子供なら思うだろうか。

Flight of the Navigator004

少年期への郷愁に浸れる映画かも知れないが、、、。
また、時間を跨ぐ場面であるが、人はやはり時間を空間化したい衝動~欲望に常に駆られていることを確認する。
映画ではしょっちゅうテーマになってきた。
4光年先の惑星に行き、帰って来たことで、自分は変わらないが、周囲は8年経っていた、というのは良しとして、また地球上で8年前に帰るというのは、あまり面白みはない。

わたしとしては、弟より若い兄貴がいても良い気はするが、、、。
本人にとっては困るか。そう言えば同じ歳の憧れの彼女がいたっけ。
それであんなにしゃにむに8年前に戻りたかったのか。
若い(幼い)兄貴を無条件で迎えた(8年前に長男を失い多くの苦難を重ねてきた)家族の世界はどうなるのか。
兎も角、デイヴィッドは再度、UFOに乗り込み、8年前に無事に戻ると家族に出逢い、彼ら3人に対する愛を告げる。
めでたしめでたし、なのだろうが、どうにもチープな印象は残った。

Flight of the Navigator005

娘たちと一緒に観たが、「ドラえもん」の方が面白いとのこと。
ドラえもんと比較可能な映画に思えるが、説得力ではドラえもんに軍配が上がる。









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NERVE/ナーヴ 世界で一番危険なゲーム

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NERVE
2018年
アメリカ

ヘンリー・ジュースト, アリエル・シュルマン監督
ジーン・ライアン原作
ジェシカ・シャーザー脚本

エマ・ロバーツ、、、ヴィーナス・デルモニコ
デイヴ・フランコ、、、イアン
エミリー・ミード、、、シドニー(ヴィーナスの親友)
マシン・ガン・ケリー、、、タイ(イアンの元相棒)
マイルズ・ハイザー、、、トミー(ヴィーナスの親友、プログラマー)
ジュリエット・ルイス、、、ナンシー(ヴィーナスの母)


噺の骨組みは至ってシンプル。映像・BGMは何かの(アップルとかの)PVみたいにお洒落。
仕掛けも、オンラインの裏サイト参加型ライブ形式のゲーム。
ゲームには視聴者か挑戦者かを選択して(口座も)登録して参加。
賭けでもあるし、金は結構掛かる。無料ならともかく、お金がかかってもこんなに沢山の参加者が見込めるだろうか?

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ゲームはスマフォを介し視聴者から無理な要求~課題が次々に出され、それをクリアするごとに挑戦者には賞金が入ってゆく形式。
当然、挑戦者への要求はどんどん膨らみエスカレートしてゆく。
参加者が増すにつけ匿名性の特権(無責任)からも過激な方向に進む以外にはない。
だが、失敗したり棄権するとそれまで。
密告したら制裁もあり口座のお金も吸い取られるというもの。

一度入ったら辞められなくなる。
挑戦者の承認要求(ランキングあり)と増額される賞金に視聴者の金払っているんだから面白いもの見せろという過剰な欲求により確かにこのようなゲームは成り立ち白熱もするだろう。
ただし、これは裏サイトということだが、これだけの参加者~資金からして、ホントに裏なのか(どの程度の裏か?)
然もこの内容の危険さは明白であり、警察のサイバー犯罪の部署が黙っているはずもない、と思うが。
(密告とかする以前に)。
この内容、流れで死人の出ないはずがない。

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これに似たSNS関連のものでやはりスリリングであった「ザ・サークル」や「search/サーチ」があったが、それらに比べかなり単純な内容であった。だが無軌道に(無責任に)ヒートアップするゲームという点でスリルがありリアルでもあった。
こういったゲームであれば、システムさえ出来ていれば、参加者だけで自動的に加熱するものだろう。
黒幕など必要ない。
参加者そのものが、全員犯罪者なのだ。

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であるから、参加者の実名が明かされてゆくと、ゲームからどんどん人が撤退して行くシーンはその通りだと思う。
ここでも腕利きプログラマーのハッキングでめでたしめでたしであった。
何かあると、ハッカーが活躍となるご時世である。
ヴィーナスには、トミーにもう少し感謝しなさいと言いたい。

この映画は、SNSが過剰に機能する現代社会の風刺と謂うより、登場する主要キャストのアイドル的な姿をスタイリッシュに描いて愉しむものに映った。
確かに、エマ・ロバーツ、デイヴ・フランコ、エミリー・ミード、マシン・ガン・ケリー、マイルズ・ハイザーなど皆アイドル性は高い。
人物の肉付けや関係性の描写などは、かなり御座なりで甘い。
全編を通して重みはなく、スピーディーでハイテンポのあっさりした映画であった。

今日は疲れていて重々しいものには耐えられないといった時に適した映画かも知れない。









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ブランカとギター弾き

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BLANKA
2015年
イタリア

長谷井宏紀 監督・脚本
大西健之 撮影
アスカ・マツミヤ 、 フランシス・デヴェラ 、 アルベルト・ボフ 音楽

サイデル・ガブテロ、、、ブランカ(孤児の少女)
ピーター・ミラリ、、、ピーター(盲目のギター弾き)
ジョマル・ビスヨ、、、セバスチャン(孤児の少年)
レイモンド・カマチョ、、、ラウル(孤児の少年のボス)


フィリピンを舞台にした映画。
自分のフィリピンに対する無知がよく分かった。特にスラム街。
”フィリピン”という場所をリアルにじっくりと感じた。
路地や雑踏、広場での人々の息遣い、たむろする出生証明書のなさそうな荒んだちびっこギャングたちや人情味のある風俗嬢(男含む)、、、。
人の隙を見る眼差し、、、敵意を秘めた目つき、、、人攫いの魔の手、、、街には落とし穴だらけ、、、しかし物乞いにお金を出す人も少なくない。
捨て子たち~ストリート・チルドレンは、徒党を組み身を守り、連携してスリなどで日銭を稼ぐ。
ヒロインのブランカもそうだ。しかし彼女はかなりのお金を貯めている。母親を買う目的で貯めたお金だ。
父を知らず、母はいつも酔っぱらっていて、ある時男と逃げてしまった。

わたしの方が恵まれているなどと謂うつもりは毛頭ないが、これも大変過酷な環境~現実だ。
親がしっかりした家がないと、子供はどうなるのか、、、これは何処の国だろうと変わらぬが(わたしの場合もそうであったが)、改めて家庭環境の大切さを痛感する。
環境は過酷なものだが、その猥雑な風景は何故かとても美しい。


ブランカはギターの音色に導かれピーターに出逢う。
彼は盲目で老齢のギター弾きで、広場に寝泊まりするホームレスだ。
二人は何となく気心の合う~波長の合う歳を越えた友達になる。

ある日、警察からピーターが立ち退きを宣告されたところに出くわしブランカは彼を誘い他の地に移ることにする。
そこは、彼女を捨てた母がかつて彼女を連れて行ったことのある場所であった。
(実は騙され違う場所でバスを降ろされてしまうのだが)。

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彼女の唄う「Carinosa」は大変印象に残る民族音楽であった。
その歌を彼女に教えるピーターがまた渋くて良い。
とても素敵な老人である。ギターもレイドバックしてブルージーでとても沁みる。
時折見せる年輪の刻まれた微笑みが暖かくてチャーミングだ。
彼ら二人で組み、パブで唄うと観客も増え、マスターにも喜ばれとても良い流れとなる。
だが、そのことで隅に追いやられた者が彼らに恨みを持つ。
こういった力学(権力抗争)が至る所に見え隠れしている。
彼女は、店の雑用係に陥れられ店をクビになり貯めて来た有り金全て奪われてしまう。
こんな風に彼女は何度も自分が貯めたお金を巻き上げられてしまう。
とは言え、そのお金は、元は人から盗んだお金であった。悪銭身に付かずか。

ピーターから母親はお金では買えないんだよと諭され、だって大人はお金で子供を買うでしょと言い返すブランカ。
彼女の気持ちの中で、金持ちの財布をくすねることの正当化の意識が窺える。
合法的に(又は法を巧みにすり抜けて)人を搾取するか、ゲリラ的に金持ちから失敬するかの違いか、、、。
しかし、スリや車上荒らし、ひったくり置き引きみたいなことを繰り返すうちに、彼女の身に危険が忍び寄る。

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ギャング仲間の権力関係と人身売買の売人との姦計でブランカは売り飛ばされそうになる。
これまでになかった彼女の人生で最大のピンチであった。
ここで彼女を姉貴と慕うセバスチャンの助けもあって、ピーターと共に何とか難を乗り切る。
紆余曲折を経て結局、彼女はピーターから教えられた歌を唄ってお金を稼ぐ方法で身を立てることになろう。
お金で買う事の出来ないものがあるんだ、とピーターの語る関係が彼と結べる。


最後に夜に孤児院を脱走して、街に戻りピーターの演奏するギターの音を頼りに広場に辿り着いたブランカと彼女を察知したピーターの交わす笑顔の美しいこと、、、。
(そこには彼女を捨て身で庇ったセバスチャンが足を洗い、ピーターの下で煙草売りをしていた)。

これまで見た映画のエンディングの中でも最も美しいシーンであった。

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ビックリしたが、サイデル・ガブテロ以外のキャストは、皆ストリートで見つけた素人であるとのこと。
笑ってしまったが、素人の良い所だけを抽出したかのような朴訥だが味のある演技は、自然で誰も素晴らしかった。
特にピーターに関しては格別であった。もう人格の魅力のレベルである。
彼は上演された直ぐ後に亡くなってしまったという。しかし彼の優しさはずっと映画のなかに生き続ける。

BLANKA005.jpgサイデル・ガブテロ
フィリピンで歌姫としても活躍中とのこと。確かに声も良い。注目の若手女優だ。








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