プロフィール

GOMA28

Author:GOMA28
絵画や映画や音楽、写真、ITなどを入口に語ります。
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見えない重力を描く Ⅱ
美の翳りに寄せて
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「ゴールドベルグ変奏曲」 バッハ  ~グールド ~P・オトゥール ~ニーチェ
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アース

earth001.jpg

earth
アラステア・フォザーギル監督


自然の造形がひたすら美しい。
大変なスケールの撮影である。これは尋常ではない。
BGMもそれにフィットした荘厳なものであった。
(調べたらベルリンフィルではないか。重厚なフルオーケストラのはず。)
そしてメッセージがシンプルで分かりやすい。
われわれをガイアという意識に導こうとしている。

だが、それを実行することは難しい。
われわれの子供に見せるべき映画である。
(というより託すかたちで、、、)

北極の氷が融けてゆくこと。
融けるのが年々早くなってきていること。
氷が直ぐに薄くなり、無くなってしまえば、氷上での狩りが一切出来ない。
このままのペースで行けば、2030年には北極クマが絶滅すること。
それを何とか防ぐ手立てが打てる可能性を持つのも人であろう、、、。
(勿論、地球環境を破壊したのは人であるにしても)。


まず地軸の変化があった。
巨大隕石の衝突で地軸が23.4°傾く。
地球の公転によって、この傾きが季節という変化を繰り返す。
(この時、飛び散った破片により月が形成された)。
そして多様な生命を生み出すことになった。

太陽を多くの生き物が追い地球を縦断する旅に出る。
北極から南極へ、、、その幾つもの壮絶な旅をカメラが追ってゆく、、、
壮大な物語だ。

ホッキョクグマ
ザトウクジラ
ゾウ
、、、、、

途中、ぎりぎりの生存をかけた死闘も描かれるが、必ずしも成功するとは限らない。
飢えが酷いほど大きな賭けに出て失敗してしまう。
微笑ましい生命の営みにも幾つか触れるが、、、
全体として、人の乱獲によって著しく数を減らした上に気候変動による影響が次第に大きく表れてきた。
この惑星が育んできた生命の環境に危機が迫っていることをこの美しくも壮大な映像は告げる。

餌や水を求めての決死の旅が描かれる。
生きることがこれほどまでに過酷なのだ。

最後に、一頭の北極クマの何処に向けて泳ぐかも覚束ない、当て所ない泳ぎを追うカメラ。
確かに象徴的である。
われわれの姿にも重なる。
いや重なる事にも気づかずこうして生きているのだ。
だがその地盤はかなり危うい。
(無意識的に付き纏うこの不安もその為か)。


このクマの旅は、この先どうなるのか、、、。
それは、ヒト次第なのだ。












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写真が撮れない~いつものことだが

sun009.jpg

今日は家に帰ってから、眠くて眠くて、、、
睡魔に襲われどうにも起きていられない。

娘のピアノを聴くだけで精いっぱいであった。
ちなみに、長女は今朝、体調不良を訴え、学校を休んでいる。
年に一度の運動会というお祭りでもあるし、何とか参加させようとはしたが、「ダメ!」の一言であった。
確かに寝冷えでもして風邪気味なのかクシャミばかりしている。
何にせよ彼女は一度、ダメとなるともうどうにも動かない。
それでも小さい頃は、抱きかかえて先生のところまで連れて行って預けたものだが。
もうそれは効かない。重いし。
やはり今一つ冴えない感じだ。熱はなさそうであったが、、、。
(食事だけ摂らせて、わたしは次女を見に行く)。

次女は顔を真っ赤にして応援団で頑張った。
他の子がテントの下にいるときに、炎天下でずっと叫んでいたものだ。
振り付けと文言をずっと考えてきたものだし、当日の発表に掛ける意気込みはかなりのもののようで。
ハッスルしすぎたか、もうヘロヘロと言う感じになっていた。
徒競走はもうおまけみたいなもので5着である。
仕方ない(笑。
旗の前に座ったとたん、もう隣の子と手遊びを始めていた。
友達も結構いて、学校が楽しそうである。

ひとつ、いつも運動会で苦労するのだが、集団の表現でも徒競走でも何でも自分の子供がよく見えないのだ。
もう少し保護者に見せる工夫はできないのか。
カメラマンが入ってどの子も洩れなく撮ってくれるのなら、いちいちカメラなど構えウロチョロしないが、、、。
ともかく見える場所がないのだ。
本当にない!
これがストレス。

今日もズームで(と言ってもコンデジのズームで)連射モードで数撃てば当たる方式で撮ってみたら、とりあえず写ってはいた。
満足からは遠いが。

長女抜きで家族でお弁当を囲み、ほとんどを平らげた。
次女はすかさず他のシートにお邪魔して、美味しそうな「唐揚げ」をたんまりせしめてきた。
この子は将来、くいっぱぐれる心配はなさそうだ(爆。

炎天下に暫く立っていたせいもあるか、、、
家に帰ってからやたらと眠い。
これを書いている今も、頭の10分の9は眠りこけている。
(実はその前に3時間ほど横になっていた。そのまま眠るつもりだったのだが、今日の備忘録は付けておきたいと思い先ほど起きたものだ)。

取り敢えず、写真が酷く撮りにくいという、運動会が終わればいつも忘れてしまうこの件をひとこと書いて、本格的に眠ることにする。




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明日は運動会

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急に暑くなったかと思うと運動会だ。
亀もこの暑さ~気温の上昇にびっくりしている。
(甲羅干しをするより、亀島のなかに隠れてしまった)。

運動会が終わると直ぐにピアノの発表会が控えている。
長女はそこそこ練習は進めてはいるが、次女はほとんど練習をしない。
次女は最近も東京ビッグサイトに「東方~ゆっくり、、、」のグッズやらゲーム~の展示、即売会に行ってきたりして、オタク度を深めるばかり。
家ではスマホゲームばかりしている。パソコンでもしているが、、、。

わたしは、どうもゲームというのがめんどくさくて熱中したことがない。
基本、やるとしても2次元タッチのものがよい。
3Dには関わる気がしない。とは言えひとしきりMayaで3D制作をしていたものだが、、、もうやめた。
ディスクトップアクセサリーなども以前入れていたのは、棒人間がゆらゆら砂浜から砂を掬ってゆく類のものでとても趣きがあってし親しめた、、、だがMacを使わなくなりそのソフトもいつとはなしに消滅して久しい。
そう、紙飛行機の飛ぶのも良かった、、、。
Winのディスクトップでそういう余地を感じたことはない。
(98SEの頃の宮沢賢治の短編を幻灯機で見せるソフトは秀逸であった)。

何の話だったか、、、。
運動会がどれだけ暑いか、である。もう憂鬱のレベルに達している。
カメラを持って(最近は、軽いコンデジしか持ち歩かないのだが)娘を探してもいつも見つからないのだ。
合唱の発表会でも見つからないくらいだから、行くだけ無駄な気もするが、お昼は家族で食べたい。
(わたしはただの一度も親と昼を食べたことがない。昼自体、叔母が昼に届けてくれる手はずになっていたのを忘れたらしく、ありつけなかったこともある(爆)。
まあ、明日はさしずめ昼に体育館でみんなでお昼を食べる日というところか。
へとへとになって、、、。

次女は、こういう時にあちこちの島を渡り歩き、色々なお菓子をせしめてくる。
とても長女には出来ない芸当だ。


明日は我慢してソーラン節と徒競走を眺めたら、なるべく屋根の下に隠れて過ごそうと思う。
待てよ、次女が応援団に入っていた。

熱中症だけは避けたい。


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そして涼しい所へ逃避行したい、、、。

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フリークス 怪物園

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Freaks
1932年
アメリカ

トッド・ブラウニング監督・製作
ウィリス・ゴールドベック、レオン・ゴードン、エドガー・アラン・ウールフ、アル・ボースバー脚本

”Freaks”のことは、本や雑誌のなかで取り上げられているのをこれまで幾度も観てきてはいたが、実際にそれを鑑賞する機会がなかった。

今日やっと見る事が出来た。
色々な意味で、想像以上のものであった。
(ただオリジナルの90分ものは、様々な圧力~弾圧で切り刻まれ64分短縮版を見ることになったが、いまやオリジナル版は存在しないという、、、なんという、、、)。

見世物小屋~サーカスが舞台であるが、本物の見世物小屋のスターがキャストを務める。
(最近の映画のようなVFXは一切ない!1932年である。)
彼らがよくこれだけヘビーな役を演じる気になったものだ。
ユーモラスな場面も少なくないが、全体に鬼気迫るものである。
本気で自ら意欲的に愉しんで演じていることが分かる。
そこには異様な緊張感が基調にあった。

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生々しいのだ。
われわれの(日常の無意識的な)身体感覚を宙吊りにする何とも言えない居心地の悪さ、寄る辺なさがずっと続く。
その異形さも、下半身が無く腕だけでバランスを取って昆虫のように軽快に移動する人や、両腕がなく足ですべての手の仕事をなす女性や、手足がなく布にくるまってモゾモゾ動き、口と舌だけでマッチを擦って煙草をくゆらせている人や、それぞれが別の男性と結婚を決めたシャム双生児の姉妹や、小人症の人たちや、小頭症の人たちなど、、、マジンガーZに出ていた「あしゅら男爵」の元型と思われる顔半分が男女で分かれている人もおり、、、ともかくオールスターが揃っていた。
他の映画にも(「ブランカニエベス」などで)よく出てくる小人症の人がとても身近に感じられ彼らがメインに登場したときはホッとする。

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そのなかで怪力を誇るヘラクレスと曲芸を担当するクレオパトラは数少ない健常者であるが、ふたりで結託して遺産が転がり込んだハンスという小人症の男性の金を横取りしようと彼の殺害を企む。
偽装結婚をして小さな夫の飲み物に毒を混ぜて殺そうというのだ。
(この式の席で披露されるフリークスの持ち芸が凄い。長い剣を丸呑みするプロフェッサーや火を喰らう怪人や、、、これらも圧巻であった)。
しかし最初にハンスが結婚パーティでワインを飲んで倒れた時から周囲のフリークスが事の次第を察知し、暗殺を企む二人を鋭くマークし始める。
勿論、ハンスが中心となって彼らを仲間全体で追い詰めてゆく。

かなりスリリングである。
噺の骨格は、奇形の人たちがこれまでの差別でこころに蟠りを抱えているも基本的に素直で純粋な善良なパーソナリティの持ち主で、数少ない健常者の力自慢と曲芸師の男女は、内面は冷酷で強欲な怪物として描かれる。
かなり単純で判り易い構図だ。

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しかしそれを尋常でないアクター、アクトレスが演じる為、その攻防も特異な様相を呈する。
決闘の場は雨の強い深夜の荷馬車での移動時である。環境(演出)的にも禍々しい。
(彼らは荷馬車単位で生活しており、見世物小屋の移動時には、所謂キャンピングカー単位での大移動となるのだ)。
それぞれに自らの武器を持ったフリークスが闇の中から襲い掛かる。
これは当時においてはかなりの衝撃を観客に与えたことは想像できる。
(銀幕を汽車が走って来るだけで席から飛び退いた観客が沢山いた時代からそれほど経ってもいない)。
当然既成観念を逸脱した嫌悪感から、けしからんとかいきり立つ人権擁護の紳士淑女もいただろう。

Freaks005.png

だが、そんなことより、エンターテイメントとしてとても面白いなかなかない見ものであることは確かなのだ。
何でこれに素直に驚き、楽しめないのか?(当時としてはインパクトが強烈過ぎたのかも知れぬが)。
それでは熱演した役者にも申し訳なかろうに。
どこがどう残酷であったのかはもう知る由もないが、こんな貴重なフィルムを切り捨てるなど蛮行にもほどがある。
ぎこちない流れを時折感じたものだが、それが影響しているのは間違いない。
しかし全体として観れば、とてもよく出来た映画であった。
優れた監督だと思うがこの「衝撃作」以降仕事が来なくなったという。
今であればどうだろうか?保守的で排他的な感性は寧ろ強まっている気はする。

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わたしとしては、何度も観たくなる数少ない作品のひとつになった。






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ワン・フロム・ザ・ハート

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One from the Heart
1982年
アメリカ

フランシス・フォード・コッポラ監督・脚本
トム・ウェイツ音楽
ヴィットリオ・ストラーロ撮影


フレデリック・フォレスト 、、、ハンク
テリー・ガー、、、 フラニー(ハンクの彼女)
ナスターシャ・キンスキー、、、ライラ(サーカスの美女)
ラウル・ジュリア 、、、レイ(フラニーの浮気相手)
レイニー・カザン、、、マギー(フラニーの親友)
ハリー・ディーン・スタントン、、、モー(ハンクの親友)

随分前に一度見ていたはずだが、ほとんど何も覚えていない。

トムウェイツとクリスタルゲイルのミュージックビデオみたいな映画でもあった。
主人公ふたりの場面や個々のシーンが交錯しながら進行するところで、彼らの内なることばを歌詞にしたような曲が唄われてゆく。
歌が実に饒舌に場面のイメージを豊かにしていた。
(基本的に、登場人物はほとんど歌らしい歌は唄わないミュージカルである)。
そしてその絶妙なセットである。
ビビットな色彩と光の織り成す奥行きの深い舞台劇を想わせる映画が展開する。
全て監督所有のスタジオでセットを作り撮り切ったという。
(前作の「地獄の黙示録」のロケに余程懲りた部分もあったか)。

One from the Heart001

そのセットは見事であった。
とても人工的でアーティフィシャルな箱庭的~ジオラマ的なもので、すこぶる良かった。
(わたしはこういう人工的なものにはときめいてしまう質なので、掴みはOKであった)。
しかも、しかもである。
このジオラマ的セットに、ナスターシャ・キンスキーときた!。
サーカスの花形スター(恐らく)であろうことから、もういうことなし。
と謂いたいところなのだが、余りに彼女の出番が短い。
ショーでワイングラスに入っていたり、廃車工場の敷地で綱渡りしてみたり重力感覚を失うほどに魅了されるシーンが見られるのだが、如何せん、出番が短い。
出来れば、彼女が出ずっぱりでいてほしかった。
噺は変わってしまうかも知れないが、元々あってないようなどうでもよい噺である。
物語よりナスターシャ・キンスキーが見たいことは言うに及ばぬ。
大変このアーティフィシャルな容れ物に、ナスターシャ・キンスキーはピタリと収まる。

One from the Heart004

この限られた空間における撮影もかなり工夫が凝らされているようであった。
耽美的で郷愁に溢れる無時間的な空間。
そこにトムウェイツとクリスタルゲイルの歌~曲が反復して絡んでゆくのだ。
それだけで抽象的で渋いファンタジーに酔えるではないか、、、。


ただし、問題もある。
噺がつまらない。
ほとんど、どうでもよい噺に終始していた。

倦怠期でブルーな気分の主人公たちとは言え、そのふたりがつまらない。
ほとんど、華がなく共感ももてず、感情移入などしようもなかった。
「この夢から覚める方法はないの~?」

One from the Heart002

このつまらぬ夢から脱する意味でも、ナスターシャ・キンスキーを主に出してくれれば世界は飛躍的に美しく覚めたはず。
この秀逸なセットのなかを優れた撮影技術をもつカメラマンが、魅惑的で自動人形のようなナスターシャ・キンスキーの動き回る姿を撮った方が、幻想的で芸術性も高い映画になっただろう。勿論、その際にはトムウェイツには光景に合った曲に書き換えてもらう必要が生じるが。
そんな試みも充分面白いと思う。
全く異なるテーマ(さしづめ、ベガスのサーカス?!)の別な映画となろうとも。
(わたしはそっちの方が良い)。

噺の内容的には、ただグダグダ倦怠期のカップルの終わりそうで終わらないやりとりが引き摺られてゆくだけのものである。
というより、コッポラはよくこれだけつまらぬ話でベガスの街を自分のスタジオに作るほどの大変な作業をしたのだろう。
スタジオ内でどれ程の街空間(飛行場まであるスケール)が創造~再現出来るかを実験してみたかったのだろうか。
そうした部分もあると想う。

One from the Heart003

確かに、2人のそれぞれの部屋での様子を交錯しながら映すところやこの街丸ごとのセット化による独特な時空間の現出など当時としては実験性の高い試みであったに違いない。
ボラボラに旅行したいとずっと言い続けていたが、このふたりは結局このジオラマの外に出られるのか?


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ギャラクシー・クエスト

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Galaxy Quest
1999年
アメリカ

ディーン・パリソット監督
デビッド・ハワード、ロバート・ゴードン脚本
デヴィッド・ニューマン音楽


ティム・アレン 、、、タガート艦長(マイケル・ネズミス)
シガーニー・ウィーヴァー 、、、マディソン中尉(グウェン・デマルコ)
アラン・リックマン 、、、ドクター・ラザラス(アレクサンダー・デイン)
トニー・シャルーブ 、、、技術主任チェン(フレッド・クワン)
サム・ロックウェル 、、、ガイ・フリーグマン(6人目の乗務員)
ダリル・ミッチェル 、、、ラレド(トミー・ウェバー)
エンリコ・コラントーニ 、、、マセザー(サーミアンのリーダー)
ロビン・サックス 、、、サリス(サーミアンの敵)
パトリック・ブリーン 、、、クエレック(サーミアン)
ミッシー・パイル 、、、ラリアリ(サーミアン)
ジェド・リース 、、、テッブ(サーミアン)
ジャスティン・ロング 、、、ブランドン(サーミアン)

BSで観た。
哀愁たっぷり、妙にエモーショナルなドタバタコメディ。
20年前のSF・TVドラマ”ギャラクシー・クエスト”を受信(傍受?)した異星人が実際の記録ビデオと勘違いして、彼らの敵を倒すため宇宙船プロテクター号のクルー(役者)に助けを求めてくるという荒唐無稽なハチャメチャな設定。
SFの香りはほとんどないが、ファンタジーとしては充分楽しめる映画であった。
昔見たスタートレックを思い起こす、、、。あからさまなオマージュを見る(笑。

助けを求めるのは良いとして、何故TV番組に出ていたものにそっくりの宇宙船プロテクター号を彼らはあらかじめ作っていたのか。
本物の記録と思っているのならわざわざ作って用意しておく必要があろうか?
ただ頼みに来るのではいけないのか。
テクノロジーだけは物凄く発達していても、戦い方を知らない、というのも同じく凄い。
不思議な点は多いが、取り合えず(撮影用の模型ではなく)本物のプロテクター号がなければ話にならないため、それは良しとしたい。

それでも、異星人の地球人似なのがやはり気になる(邪念のない方も邪悪な方も)。
頼って来た善良な?異星人は危険なほど純朴で人がよい。
悪者異星人は如何にも悪を絵に描いたような分かりやすい人だ。
極端ではあるが、思考形態や感情表現からして地球人そのもの。ちょっとだけ異文化の外国人レベルと言える。
(アメリカVSロシアくらいのものではないか?)
でなければ、こんな漫才めいた攻防は無理。
わざと笑い方や表情や拍手やハグをぎこちなく不自然な感じにしているが、他者の違和感と言うほどのものではない。


まず面白いのは、様々なファン層である。
「ギャラクシー・クエスト」の面々を落ちぶれた役者とみて馬鹿し面白半分で関わっているファンから、彼らを尊敬し、「プロテクター号」の詳細な内部構造を熟知しているファンまでいる。
主人公たちが、敵の仕掛けた起爆装置を解除しなければならぬ危機的状況に、そのオタクファンたちが船内の正確な情報を伝え案内をしてくれたことで助かる。ファンの少年はお母さんにゴミ出しの仕事を言いつけられそれをしながら船長に(宇宙人から受け取ったスマフォみたいな通信ガジェットで)逐次情報を伝えるのだ。
この一連のシーンはスリリングでもあり楽しい。

Galaxy Quest002

ちょっと疑問であったのは、全く邪念のない顔をそろいもそろってしている宇宙人サーミアンであるが、通常?情報リテラシーの低い文化圏にいる人々がフィクションを実際の記録映像と錯誤してしまうということはありうることだろうが、高度な文明を誇り、地球人とは比べ物にならないテクノロジーを持つ彼らが、それを見抜けないというのは、違和感がある。
彼らの文化には、どのような意味でも人をだます、ファンタジーも含め作り物の世界を楽しむ~表現するという価値は生じなかったようだ。確かに嘘をわざと作るのは大人の仕事であり、彼らは子供の精神をそのまま維持している様子が窺える。みんなノンフィクションに見えるのも無理ないのかも知れない(子供にとってはすべてが現実であるし)。
そのTVで謳われる愛や正義や勇気に信頼などの概念がそのまま彼らの文化に息づくこととなり、ギャラクシー・クエストの面々を敬愛することとなったようだ。
そう受け取れば気にせず見ることはできる。
悪に染まった敵の異星人サリスは、フィクションを一目で見抜いた。
そういうものなのか。


ギャラクシー・クエストのメンバーたちが、マイケル・ネズミスが取って来た新しい仕事だと思って、それに乗って後戻りが出来なくなり、本物の宇宙戦争をやるしかない、そして宇宙人サーミアンとの仲間意識も深まり奮起してサリスたちと自ら戦うまでの過程はとても説得力があった。
何より演技で操作(らしき仕草)をしていたのが、そのまま実際の宇宙空間移動、ブラックホールを利用したワープまで出来るのだ。
怯え戸惑いながらも操縦し、終盤には見事にプロテクター号を(番組のように)操り、悪者を打破する流れはよくできている。
最後の最後に一ひねり(いやふたひねり)もあり密度は高かった。

Galaxy Quest003

コミカルだが何故か最後には感動している。
色々な要素がこれでもかというくらいに詰め込まれているが、消化不良や中弛みなど全くなく、最近観た映画の中でも出色の出来であった。


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キングダム

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KINGDOM
2009年

佐藤信介 監督
原泰久 原作
黒岩勉、佐藤信介、原泰久 脚本

山崎賢人、、、信
吉沢亮、、、政/漂
長澤まさみ、、、楊端和
橋本環奈、、、河了貂
本郷奏多、、、成きょう
満島真之介、、、壁
高嶋政宏、、、昌文君
阿部進之介、、、バジオウ
一ノ瀬ワタル、、、タジフ
六平直政、、、里典
深水元基、、、朱凶
橋本じゅん、、、ムタ
坂口拓、、、左慈
阿見201、、、ランカイ
宇梶剛士、、、魏興
加藤雅也、、、肆氏
石橋蓮司、、、竭氏
要潤、、、騰
大沢たかお、、、王騎


原作は未読。
親子で映画館鑑賞。
何故かいつもの映画館ではなく、家から遠く離れた映画館へと遥々電車に乗って出かける。
だがいつもクライマックスあたりで決まってトイレに立つ長女は母親と朝けんかをして行かなかった。
(次女には、コーラはでかいカップはやめるように忠告した)。
チケットがもったいないが、電車に酔う子なので、よかったかも。
そのうちソフトで見せようと思う。

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山崎賢人がワイルドで粗野な役であったが、まずまずだと思う。
アクションも変化があって迫力は充分と言える。
共に闘う者たちの信頼を得て皆が団結してゆく過程も自然な流れであった。
スケールの大きい作品で、中国ロケである。
その意味でも大きい(が、思いの外、広さと奥行きは感じなかった)。
他のキャストもベテランが多く、かなり緊張感が走っていたことが窺える。
この話は始皇帝の誕生までを描くドラマかと思っていたが、この刻み方だとまだまだ先が長そうだ。
続編は、いくつもあると思われる。
重い歴史ドラマであるが、テンポの速いフラットな印象を受けるものだ。

政~吉沢亮がとても光っていた。
役が練れていた、或いは信との絡みのうちに厚みが醸し出されていったのかも。
やはり即興的な部分が大なり小なり加わってくるものだろうし。
政/漂の2役も見事に演じ分けられていた。

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成きょうは、発達障害が顕著な幼児性の顕著に残る人格で、血筋を何より重く見る狭隘な権威主義者だ。
歪んだ気難しい表情と衝動的で不安定な立ち振る舞いが、よくそれを表してはいたが、やや平板すぎる感じはした。
誰でも意外な一面は時折見せるものであり、も少し複雑な厚みがあれば、より人らしくなると思う。
政に腕を少し切られた時のキーキー泣き叫ぶところなど、如何にもという感じで、人格の一貫性は充分保たれてはいたが。

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王騎は、ある意味、他の登場人物より超越的な場所にいる人物であり、彼らから見るとスーパーマン(アウトサイダー)的存在である。
誰よりも情勢と歴史を俯瞰できる視座を持っているため、認める人物もその尺度の上で決まるようだ。
政は認められた(信もここぞとばかりに自己アピールしていたが)。
その姿と振る舞いと言葉使い~身体性からカリスマ性が溢れ出ていて、そこに現れただけで皆がたじろぐところが凄いし笑える。
槍?の腕前も当然超人的で、一振りの風圧だけで階段を転げ落ちてゆく兵士もいた。
物凄い人なのは分かるが、何故かニヤニヤ見てしまうコミカルさがある。
確かに少年の信が憧れてしまうのは分かる偶像性に満ちた人だ。

隣にいる騰も出来る懐刀という感じがよく出ていた。
王騎との阿吽の呼吸も少ない場面でしっかり窺えた。

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昌文君も如何にもと言う感じの忠臣ぶりである。
優秀で信用の出来る人物であるが、やや弱気なようだ。
見た目が恐ろしくそれらしいので、この人もちょっと笑ってしまう。
動きが窮屈そうで、実際あの鎧では合戦も普通の歩行も大変だったのではなかろうか。
それに比べると政など軽い服装で楽そうであった(信もだが)。

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山の民を率いる王である楊端和には、その登場の場面からして驚いた。
くぐもった仮面の奥から聞こえる絶対的王の声からして、まさか長澤まさみとは思わなかった(笑。
(原作を知っていれば、ここで出るのは彼女だということは、百も承知なことだろうが)。
そのギャップも作用し、大変魅惑的であった。
終始、声は低いトーンで表情の変化も抑え、剣捌きは冴えわたる、まさにクール・ビューティーの極みではないか。
血飛沫を受けた顔がまた美しい。
華麗な二刀流である(ワイヤーアクションもあったが、もう少し自然な感じに出来なかったか)。
これを見た子供は、マネしたくなるだろう。

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政に寄り添う、昌文君の副官である。
終始出ずっぱりであり、地味ではあるがしっかり脇を固める役であった。
この映画に出てくる人の中では、もっとも普通の真面目な~ノーマルな人と言う感じで、そこに好感が持てる。
漂の死を覚悟した闘いぶりを皆に語って聞かせる場面に、この人の人格が窺えた。
こういう人もいないと、話が奇人、変人と超人ばかりで落ち着きが無くなってしまうはず。

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闘いはかなり過酷なもので、敵は矢を放ちまくり、壮絶な戦場のはずなのだが、河了貂というフクロウ?のコスプレをした珍妙なキャラがいる。面白い配役で、トリックスター的な役割とも思えるが。
但しいることはよいのだが、戦場の真っただ中で平気で生き残れるものとは、到底思えない。
何か特殊な必殺技でも武器でもなければ不自然である。
途中で拾った毒の吹き矢では覚束ない。
橋本環奈の演技もどうも中途半端な感じであった。
キャラの性格がいまひとつ分かりかねる、というか練れていないようだ。

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もう少し楊端和の戦いが見たかった。
あのようなワイヤーアクションはない方が良い。

続編は、また映画館に観に行こう。
このスケールは、TVやパソコン画面ではちょっときつい。
今度はいつもの近場の映画館で。
長女もつれて(爆。


中国ロケのスケールは、ある程度感じられたがもう少し広さと奥行きが見たかった。


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プラネット・イン・ブルー

The Living Sea

The Living Sea
1995年
アメリカ

グレッグ・マクギリヴレイ監督

メリル・ストリープ、 、、ナレーション
スティーブン・K・カトーナ
ジュディス・コナー

スティング音楽


この映画は環境ビデオにとても良い。
ときおり、背景に流しておきたい。
考え事をする時に合うとは思わぬが、感性を使う仕事やリフレッシュしたいときや瞑想に耽りたいときにも良いと思う。
単にのんびりしたいときにもとても合う。
時間(尺)も程よい。


美しい海洋生物の多様性を改めて味わった。
また、海辺で遊ぶ人たちにもスポットを当てる。
海と人は切り離せない。
どれほど深い繋がりがあるか。
潮とともに生まれ、潮とともに死ぬ人たちに思いを馳せる。
(潮によって舟は送り出され家族を養う魚を与えてくれる)

「海は繊細なクラゲを包み込む一方で、屈強なクジラも育む、、、
、、、知識を深めることが大切で、知らなければ守れない。
深く理解すれば、その対象を愛せる。」

まったくその通りだ。
メリル・ストリープが語ると確かな説得力がある。
(やはり違う)。

だが、この映画は科学ものではない。
様々な説を紹介するようなことはしない。
また、海と人間との関係の大切さを語るが、環境問題や政治・経済を説いたりしない。

只管、美しい海とスティングの音楽にメリル・ストリープのナレーションの絡み合った映像を雰囲気たっぷりに流してゆく。
細かいことは言わない。
世界の海は繋がっている。
基本的にはそう述べるだけ。

とは言え、平板なイメージの垂れ流しにはならない。

印象的だったのは、カナダのファンディ湾の緩慢の落差である。
舟が岸に座礁しているのか、と思いきや潮が満ちると海の上にポッカリと浮かぶのだ。
この風景の違いが笑ってしまうほど面白い。まさに自然をありありと感じさせるものだ。
普段、月の引力をこれだけ感じられることもない。

そして、風による荒波である。
攪拌である。嵐による遠心力で派生する波が一週間かけて岸辺に到達する。
数千キロ移動した波相手に仕事をするアメリカ沿岸警備隊の元気な波乗りぶりも楽しく描かれ、、、。
地球を回って来た波に乗ることで、自然との調和と深海の神秘を想う瞑想的な時間をサーファーは与えられる。
海と人の一体感はこんな場に感じられるのだろう、としばし想う。
(遠い昔の海と人の関係が思い起こされる)。

更に海の健康診断ということで、遠隔操作無人探索機で深海を調査するときに現れたクダクラゲには驚く。
数百の個体が集まり一つの生命体を形成しているという、オーガニゼーションの妙。
巨大な体の各器官がそれぞれ独立した個体という。
海はこうしたものを見ることが出来る。
ホタルイカもこのような組織化をみせることを読んだことがある。
まだ分からないことは多い。深く潜る必要性は高い。

そしてわたしが一番、気に入ったシーンがパラオの島に囲まれた塩湖の海中の光景である。
海洋生物が閉じ込められて独自の生態系を作っている。
そのなかで100万個のピンクのクラゲが太陽を追って移動する様は圧巻と言うより幻惑的であった。
女性の海洋科学者がその絵本のような世界をひとり泳いでいるのだ。
(とても羨ましい仕事に感じられた)。
通常、こんなシチュエーションは考えられない。しかしこのクラゲは体に持っている藻しか食べないのだ。
肉食でないために刺されることなどない。


様々な海の光景とそこに溶け込む人の姿が描写されてゆく。
パラオの少年が海と先祖の伝説を木彫りしていたりサンゴの大切さをダイブしながら父親が息子たちに教えるところなど、最高の学びの場に思える。
世界には魅惑的な海がたくさんあるはずだが、この海はまた格別に感じた。


「海は繊細なクラゲを包み込む一方で、屈強なクジラも育む、、、
、、、知識を深めることが大切で、知らなければ守れない。
深く理解すれば、その対象を愛せる。」

最近、絶滅寸前の種(ザトウクジラなど)の復活などがいくつも見られている。
クジラなどの数によって海の健康が測定できるという。
海への理解が深まってきたためであろうか。

良質なイメージビデオと言えるか、、、。
スティングの音楽は海によくマッチする。






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津波の子供たち



Children of the Tsunami
2012年
イギリス

ダン・リード監督、製作


どうもドラマストーリーが鬱陶しく感じられ、ドキュメンタリーに触手が向いてしまう今日この頃。

この3.11についても、直後から諸説が巻き起こり、何が起きたのか混乱するばかりであった。

このようなことが何故起きたのか、、、
なかには大変、オドロオドロしいとんでもない規模の陰謀によって引き起こされたという実しやかな説もある。
ことごとく、災害や大事故は、陰謀に結び付ける向きがある。
そのような陰謀説には、必ず背後に巨悪が存在し(決まってアメリカの~家であるが)、糸を引いているという。
日米関係において常に日本がアメリカの言いなりになっているという構図だ。
何か基本の骨組みは恐ろしくパタン化しており、いつも一緒に思える。
(ホントにそうした関係なのかもしれないが、、、だとすれば恐ろしいことだ)。

ここでは、起きたこと~自然災害はそれとして受けとめたところから、現状を少しでも良い方向にもってゆく努力を人々が静かに始めている様子が窺える。
流れは、被害者~主にこどもたちの事故(事件)後の気持ち(感情)をインタビューしたもので綴ってゆく。
これもひとつの証言であると思う。
淡々と静かに進む。

印象に残ったものに、、、
揺れと津波の様子を説明する子がいたが、とてもシンプルでイメージとして捉えることが出来た。
話す勇気が沸かずに、日記帳を買ってもらいそこに気持ちを書くことにした幼い女の子。
一番仲の良い子の誕生日プレゼントをしっかり渡すことが出来ず、さよならも言えずにそのままになってしまった女子。
17人のクラスで4人残った一人だけど、いまも友達だから離れたくないという男の子。
明らかなPTSDであろう、災害の後から弟が喋れなくなったと語る兄。
仮設住宅の暮らしにまだ馴染めないと話す子供たち、、、。
まだまだ、大きな進展がなく、身動きのとれぬままに耐えている様子がよく受け取れる。
(前は大きな広いおうちに住んでいたけど、かなり狭い、、、同じ棟が続いているので家の番号を間違ってしまった、、、窓から住んでいた家のあるところがいつも見え、早く帰りたい、、、草木のあるところは放射線在留濃度が高いからコンクリートの駐車場で短時間だけしか遊べないの、、、)
噺の中で子供のだれもが、必ずと言っていいほど、「放射線」を口にしていた。
それは災害の恐怖の記憶~悪夢と今後の生活に対する不安を象徴する特別な何かとなっていた。

しかし思いの外、厳しいトラウマに悩み引きずるような子がいないことに少しホッとしてしまった。
というより、そうした子はここに出ていなかったのかも知れない。

そして、流れとして、将来自分は何になりたい、どうしたいという抱負を述べる。
安全を考える人になりたい。
皆の安全を守りたい
災害の時に助けてもらったから、人助ける仕事に就きたい等々、、、。

何というのか、親や周囲の大人やメディア等の語りの聞きかじりの解釈とマイクやカメラを向けられた構えによって発せられた漂白された内容に落ち着き、彼らの身体的な場から思わず発せられる生々しさや直截性の感じられる言葉は思いの外少なかったように思う(表現力が稚拙とかいうレベルではなく、寧ろその逆で芝居がかった感じの子もいた)。
別に子供だからきっと人を驚かせる文脈を壊すような発言が現れるとかいう幻想を抱いているわけではないが。
邪念のない前向きな表情は愛くるしく、言いたいことは把握できたし共感もするが、、、。

寧ろここでは脇役で、ことばも僅かしか聞けない(或いはまったく無言な)のだが、、、
仕事を辞め、重機で土を掘って所在不明のこどもをひたすら探す父親。
校庭のすぐ傍に高台があったのに、何故助けられなかったのか、と悲痛に訴える子供を亡くした母親。
(保護者対象の事故の説明会では、親は子供たちは学校に殺されたという認識であった。)
日夜探し続けてきた我が子が偶然、海でカモメにつつかれて浮かんでいるところを発見された母の静かな慟哭。
そのお母さんは、重機を自ら操り残りの子たちを探している。
この言葉少ない胸が裂けんばかりの悲しみを湛えた彼らの姿~表情に、ここで起きた現実を感じた。


イギリス人監督の一定の距離を置いて淡々と撮る映像は、過剰な思い入れや演出がなく誠実にこの土地の空気を拾っていたと思われる。



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シャチ~優しい殺し屋~

Killer Whales001

Killer Whales
2013年
イギリスBBC

クリス・コール監督

”Killer Whales”という異名をとる血生臭いイメージをもつシャチであるが、実際はどのような存在なのか、、、
専門家たちの詳細な調査・研究によるBBCドキュメンタリーには興味を惹かれた。
音響カメラをシャチに取り付け海中で何が行われているかを魚群探知機で調べてゆく。
声~言葉のパタン収集もしデーターも蓄積された(シャチのことばの辞書を作るという科学者もいる)。
彼らは声も言葉~コミュニケーションと効果的な威嚇~狩りに使い分けている。
それから犬に水面に浮かぶ彼らの糞を探させてその水域に棲むシャチの健康~環境状態を細かく調べた。
(観光船のストレスや栄養不足と汚染などが発覚し、シャチにとって環境はかなり過酷なものであることが分かる)。


一頭ずつ背びれの形が違いその後ろの色~サドルパッチの形も異なることで、個体識別が可能である。
名前をひとりひとりに付けて、かなり研究も深まって来た。

シャチは文化を持っている。
家族単位の群れで暮らし、率いるのは雌の家長である。
雌は14歳で成熟し平均3頭の子を産むという。
基本的に雌も雄も同じ群れで一生を過ごす。
群れ特有のことば(映画では方言という)を持ち、狩る獲物も群れによって異なる。
(血縁が近いと言葉も似てくるが、離れていると全く異なる言葉となるようだ。人間もそうなるが)。
シャチは狩る対象が他のグループと重ならないようにして争いを避けて来たことが分かった。
ここは、人間より賢い(人はしょっちゅう漁場を巡る問題を起こしている)。

Killer Whales002

シャチは魚を食べる定住型(レジデント)と哺乳類を狩る回遊型(トランジエント)とその他の2つの4つの共同体に大きく分かれ、世界におよそ10グループあることが知られている。人類に次いで広い範囲に生息する哺乳類なのだ。
そして生息地によって異なる食性を持つ。
(特殊例として、南極大陸には異なるタイプのグループが3つ重なり合って生息しているが、主食が違うためその為の接触は起きず共存共栄している)。
エイを狩ったり、トドを狩ったり、ミンククジラを狩ったり、ゾウアザラシやペンギンだったり、、、そして見事に統制の取れた無敵のチームプレイを展開するが、そのやり方もグループごとに異なる。
ニュージーランドのシャチはエイを狩るのだが、エイの尻尾の毒を封じるためにひっくり返して咥えて動きを止めるなど、対象に特化したテクニックを磨いている。
獲物を追う時も、単に獲物の後を追うのではなく、隊列のフォーメーションを変えながら迫り、囲い込んで溺れさせる技術を持つ。
その他にも全員でシンクロして泳いで大波を起こし、対象を水中に引き落として捕獲するなど、、。
伝統を継承しつつより洗練させ~効率化もそれぞれ独自に図っているらしい。
パタゴニアのシャチに至っては「シャチアタック」という岸辺にいるトドを仕留める必殺技などを開発している、、、そういったものをそれぞれがもっているのだ。
まさに文化である。

群れの中に病気のものや怪我のものがいるときは、成員皆で世話をする体制も組まれる。
体の障害で狩りの出来ないシャチがずっと元気でいられるのも、食物を仲間からシェアしてもらっているからだ。
4つのグループから支援を受けているシャチもいた。極めて高度な支援体制ではないか。
自分の共同体の成員でなくても、生きることに支障のある者は助けるというシステムが出来ているのだ。
苦労して獲った獲物を仲間にそのまま渡したりもする。
きっとそうする必然性があったのだろう。
シャチには高い知性だけでなく、感情が備わっていることも分かっている。
(脳に人と同じ感情を生む細胞が見つけられているそうだ)。

Killer Whales003

最後にシャチは人間に似ているとある女性科学者が述べていたが、それはどうか?
出来れば似ていないことを祈る。
(似ていたなら、ロクなものではない。少なくとも差別や支配を始めることは間違いない)。




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ウォーキングwithモンスター

Walking with Monsters

~前恐竜時代 巨大生物の誕生~
Walking with Monsters
2005年
イギリスBBC

古生代カンブリア紀(5億3000万年前)から中生代三畳紀前期(2億4800万年前)までを描く。
つまり恐竜出現前夜まで。

ドキュメンタリーといっても全てCG映像というのが、面白い。
ある意味、SFとも謂えよう。
魚類の先祖から始まるシナリオである。
細部まで拘ったCGで見られるだけ有難い。
書物で読むのも良いが(それはそれで想像力を刺激するが)画像で示される臨場感はまた捨て難い。
捕食シーンは今一つ迫力と詳細に欠けるが、基本的な形態と質感や動きには充分説得力がある。
それにしても荒唐無稽な方々が次から次へと登場する。
地球生態系のうちで生命が様々な形体を試行錯誤して来た顛末が窺えるというものだ。


それは海から始まる。
沿岸の浅瀬~境界というか縁では特に激しい蠢きが窺える。
(いつもこういう襞のような場所に何かが起こって来た)。

捕食動物の誕生は、目を持つことから、というのはよく分かる。
距離を持って、対象の動きに反応する~と言うより対象化するには、やはり目しかない
目を持つことで、動物は争い合うようになる。はじめてそれが可能となるからだ。

また激しい戦いに耐えられるように、丈夫な鎧を身に着けたりして体自体を変革してゆく。
将来、人がまるで同じことを、道具(武器)として外部へはてしなく拡張してゆくこととなる。

進化しその体に合った新たな環境を開拓しようとすると、必ず未知の敵に遭遇しさらなる戦いに巻き込まれてゆく。
ことごとく戦いなのだ。そして、いまだに戦いではないか、、、。
未知の戦いに対し常にクリエイティブな身体的対応を迫られる(われわれは兵器を作り続ける)。
ご先祖の奮闘ぶりが健気に思え、この時点でこの形質を獲得したのだなと感慨深い。
(特に巨大節足動物に追われても、いつまでも疲れずに逃げおおせる肺と心臓を獲得した小型で敏捷な爬虫類等々)。
その連続であったことをわれわれの遠い先祖の姿をCGで見て実感する。

それにしても巨大節足動物(の世界)はいただけない。
あの大きな蜘蛛に追いかけられたらたまったものではない。
一度夢に出てきたら、暫く不眠症だろう(蜘蛛に対する恐怖心はこの頃の記憶が元になっているか?)
爬虫類の直接の先祖に当たるトカゲみたいな先輩が逃げ切ったと思って一息ついたら、あらぬところから不意打ちにされて絶命したときはちょっとショックであった。蜘蛛の悪知恵はこの頃から凄い。
酸素が過多で気温が高い時分には、でかい節足動物がうようよしていたのだ。どこかに(大脳旧皮質か)その記憶が残留して沈潜しているのなら何とか消し去りたい(恐怖は生存欲動にとってなくてはならないものだが)。


結構盛りだくさんで、色々お目にかかれるのだが、カンブリア紀は例の目を獲得したアノマロカリスである。
まるでゴルフボールみたいな目玉だ。硬い鎧に包まれているが、そこが強みではあるが脆さもここにあった。
この時期にすでに背骨を獲得して(脊椎動物となり)素早く泳げる魚類の先祖も誕生している。

4億2000万年前 シルル紀では、ケファラスピスという進化したお魚が誕生し、人類の体の基礎的な部分(脳など)を作ったといわれる。兜を被った魚みたいなご先祖である。
節足動物も同様に進化しウミサソリなどという巨大な恐ろしいものになっている。
プテリゴトゥスという3m以上ある節足動物もいた。上には上がいるものである。危険だ。
海の外には、300倍の二酸化炭素が大気中に充満していた。気温もはるかに高い。
最初に陸に上がったのは、このサソリであった。

3億6000万年前 デボン紀には、魚が鰭を4本の足に進化させ陸に上がる。
巨大な両生類が水辺に住み着くことになった。
まだ酸素が薄いために十分な肺のない節足動物は大きな外骨格を支えきれず小さくなってゆく。そして両生類の餌となる他なかった。
皮膚が薄いため水辺から離れることの出来ない両生類は、巨大な魚~ハイネリアに食われる危険性を常に残していた。

3億年前 石炭紀には、卵が殻に覆われ、体も乾燥に強い皮膚を得て、完全に陸上生活に耐える爬虫類が生まれる。
酸素濃度は現在の40%も多い。羊歯類が巨大化して森を形成していた。
心臓のスペックが高いペトロラコサウルスは水から離れた生活をスタミナ十分に送る事ができたが、高温で高濃度の酸素が充満した大気のもと復活した巨大節足動物が最大のライバルとして立ちはだかった。両生類も豊富な水場を中心に強力な捕食動物となっている。
ヤスデのご先祖も自動車より大きかったというからもう勘弁してくれといいたい。トンボもやたらとでかい。不気味な世界だ。
この時期、高濃度酸素大気にちょっとした稲妻で大爆発が起きる。こういった自然環境も脅威の一つであった。

2億8000万年前 ペルム紀初期、空気が乾燥し酸素が薄くなってくると巨大な節足動物は絶滅する(小さなものは残る)。
その替わりに爬虫類が大型化して地上を支配することとなった。彼らは大きな帆をもって熱調整が出来るのだ。
エダフォサウルスは草食であり、肉食はディメトロドンである。
彼らは極端な暑さと寒さという厳しい変化に対する体の調整能力を獲得することで繁栄して行く。
哺乳類型爬虫類でありわれわれの体温調整能力も彼らから受け継いでいるという。
ディメトロドンの母親が卵を守る戦いがかなりの尺で描かれてゆく。
飢えや敵との闘いの過酷な現実がよく伝わって来た。

2億5000万年前 ペルム紀後期、さらに爬虫類は進化して強靭な体を得る。
しかし地殻変動により、地球の大陸が一つになり(パンゲア大陸)灼熱の世界と化し砂漠化が進んだ。現在より60%気温が高い。
スクトサウルスというリクガメの先祖とゴルゴノプスという獰猛な肉食獣が闊歩していた。
しかしこの頃の爬虫類は、寧ろ爬虫類より哺乳類に近い要素があったようだ(恐竜には直接繋がらない)。
ディイクトドンという哺乳類に近い狡猾で小さな爬虫類も地下に番で棲んでいた。
彼らは深いトンネルを作ってゆき、生き延びていったが、多くの大きな動物は次々に劣悪な環境に耐え兼ね絶滅してゆく。
水場が消滅して行き、灼熱地獄の中90%の生物が絶滅した。

2億4800万年前 三畳紀、地球が回復してゆき、針葉樹の森が現れる。気温は現在の40%高い。
ユーパルケリアという小さい敏捷な爬虫類が二足歩行の能力を得、恐竜の直接の祖先となる。
リストロサウルスという発達した脳を持つ植物食性の爬虫類がもっとも数多く広く地上を占めていた。
しかし彼らは哺乳類型爬虫類の最後の存在であった。
彼らの代わりに進化、発達して地上を支配するのは二足歩行のユーパルケリアを始祖とする恐竜であった、、、


という壮大な物語である。
恐竜の造形はまずまず良かったが、捕食とかその辺のVFXはかなり物足りなさを感じた。
その描写も臨場感溢れるものであれば、もっと入り込めた感はある。
だが、結構好きなテーマであったため、楽しめた。


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幸福の罪

Nevinnost001.jpg

Nevinnost    Innocence
2011年
チェコ

ヤン・フジェベイク監督・脚本


オンドジェイ・ヴェトヒー、、、トマシュ(リハビリ医)
アナ・ガイスレロヴァ、、、リーダ(ミラダの妹)
ジタ・モラヴコヴァ、、、ミラダ(トマシュの妻)
ヒネク・チェルマーク、、、ラダ(刑事、ミラダの元夫)
アナ・リンハルトヴァ、、、オリンカ(トマシュの患者14歳少女)

またもやおかしな邦題。

まさに”Innocence”だ。
オリンカこそロリータだ。
そして15年目のオリンカがリーダであった。
リーダは15年間トマシュを思い続けて身近で待っていた女性であったが、今度はトマシュが刑に服している間の20年ずっと思い続けて待つというオリンカである。
狂気の沙汰。

ある意味、リーダからオリンカへバトンタッチされた。
トマシュは刑務所で卓球していた方が気が楽でよかろうに。
実際、解放感が窺え、楽しそうだ。
外に出たらまた同じようなパタンを繰り返すしかないのだから。

思ってしまうのは仕方のないことだが、何か他の場所を見出したらよいのだ。
それに「あなたは誰も傷付けない主義」とか「何も失いたくなかった」と言われてしまうトマシュの心性は、どうしたって地獄を呼ぶ。
そう、特異な磁場が出来ているではないか、、、。
身近で恋愛感情~関係のある複数の人間が顔を突き合わして暮らしていて、誰ともうまくやっていける訳ない。
少女は少女で、詩的妄想ラブレターを書いては送ってくるし、、、。
そうした感情~性愛が引き寄せられてくる。
オリンカもこれを昇華させ本にでもして売れっ子作家になれば、将来リーダのように湖で溺死することもなかろう。
文才はありそうなので、ラブレターや日記をまとめてゆけばよいのでは。時間はたっぷりあるのだ。
ただ、妄想を日常世界にそのまま撒き散らすと大変危険であることがよく分かる。


物語はとてもよくできている。
最後にそういう形にブーツストラップするか、と感心した。
登場人物の陰影もよく描き出されている。
女性の魔性としたたかさ、アグレッシブなところが印象的であった。
それから独善性も。
男性はラダがひたすら耐える不憫な存在に思えたが、いい人ぶっているトマシュはやはり元凶なんだろうな。


というところで、今日はよく練られた噺の内容には一切立ち入らず、この映画で示された教訓をひとつあげておきたい。
誰をも傷つけずになどという綺麗ごとを言って、何も失わずに済まそうという虫の良い考えは、通用しないばかりか、周りを不幸に陥れるだけである。


このチェコの映画、全体に重く、ユーモアもペーソスに溢れていた。
カフカのチェコである。
一度は行ってみたい。


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